貧乳派団長とリンゴちゃん   作:やーなん

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前回はあとがきに質問をしてしまい、すみません。
改めて質問の場を活動報告に置きましたので、よろしくお願いいたします。
多少質問の文面も変わっています。

では、本編へどうぞ。




最も贅沢な選択

 それからしばらく経ってからのことである。

 

 男漁りをしていたレッドチューリップがゲットした男と連れ込み宿で愛を囁き合っていた時だった。

 

「えー、皆さま、市民の皆さま、害虫が市内に出現しました!!

 小型の害虫が出現いたしました!! 危険などはございませんが、念のため、市民の皆様は外出を控えるようにお願い申し上げます!!!」

 と、害虫が町中に出てきたことを知らせる為、騎士団が警告して回っている声がした。

 大して害のない小型の害虫が街中に出てくることは珍しくはなかった。

 たまに噛みつかれて子供が泣くぐらいの被害が出る程度である。

 

 とは言え益虫に接触して害虫化されても困るため、騎士団はその度に動員されるという損な役回りだ。

 問題は、レッドチューリップにとって問題なのは、声の主が自分の所の団長だということだった。

 

 直後、部屋の扉が開き、チューリップ団長が現れ、笑顔で言った。

 

「姉さん、害虫が出たから出撃だよ!!」

 

 

 

 また別の日、レッドチューリップがゲットした男と別の連れ込み宿でいよいよ事に至ろうとしていた時だった。

 

「えー、火の用心、火の用心。

 火事撲滅強化月間でございーす、市民の皆様は外出の際、火の元となる魔道具のチェックをお忘れなくお願いいたしまーす。

 美しいリリィウッドを火災から守るためご協力ください。

 あ、赤姉さん、そこにいるのは分かってるよ。早くこっちに来て警備手伝ってよ!!」

 

 

 また別の日、レッドチューリップがゲットした男と酒場兼宿屋で熱烈なキスを交わしていると。

 

「さおやー、さおだけー、さおやー、さおだけー。

 騎士団御用達の物干し竿はいかがですかー。

 おっと、そこの赤姉さん、そこで男の竿を咥えこもうとする暇が有ったらこっちを手伝ってよ!!」

 

 

 

 

「もう、なんで私の邪魔ばかりするのよ!!

 せっかくいいムードだったのに、何度も何度も!!」

 いい加減に堪忍袋の緒が切れたレッドチューリップが執務室に殴りこんでくると、団長はそっぽを向いた。

 

「俺は騎士団の活動をしているだけだよ。

 どうにも俺は害虫退治なんて向いてなくてさ、警備とかそういう仕事をメインにしたのは知ってるだろ」

「騎士団が何で物干し竿なんて売ってるのよ……」

 世にも珍しいレッドチューリップのツッコミだった。

 

「物干し竿の販売はあくまで広報の一つにすぎないよ。

 うちの騎士団はいろんなギルドや商店と提携を結んだんだ。

 どうして俺が姉さんの居場所を正確に把握できるか分かる?」

「……」

 彼女が黙っていると、団長はにやにやと机の下から一枚の紙を取り出し、彼女に渡した。

 

「これって、ただのチラシじゃ……っ!?」

 それはチラシだった。

 だが、ただのチラシではなかった。

 

 チラシの内容は様々な店舗の呼び込み、騎士団の広報や活動内容の紹介。

 そして、チラシの大部分を使って、レッドチューリップの似顔絵が描かれ、目立つようにこう書かれていた。

 

 

 ――――この顔にピンときたら

 リリィウッド市街地にて、午後7:00以降にこの女性を見かけたら、騎士団窓口までお知らせください。

 有力な情報提供者には報奨として一万ゴールドを騎士団から支払わせていただきます。

 なお、虚偽又は悪意ある悪戯の場合、条例により以下の罰則が適用されます。

 …………

 ………

 ……

 

 

 そして彼のテーブルの上にあるリリィウッドの地図には彼女の行動の軌跡が無数のピンによってほぼ完ぺきに追跡されていた。

 

 レッドチューリップは唖然とした。

 ここまでやるか、と言う意味で。

 謝礼とチラシ代だけで軽く二十万ゴールドは吹き飛んでいた。

 

「俺は手間もコストも惜しまないよ。

 姉さんが抜け道を考えてそれを実行するならそれを潰していくだけさ。

 でも勘違いしないで欲しいんだけど、俺はちゃんと姉さんには好きな人とちゃんと好きあってほしいんだ」

 彼はそう言って、新たな紙を取り出した。

 

「これって……」

「騎士団主催の仮面舞踏会の案内状だよ。

 他にもいろんなパーティの予定表とかね。

 貴族の催しから市民の娯楽まで色々とあるから、ちゃんとした出会いの場で良い人を見つけてほしいな。

 ……あとはできる限り多く、家族で食事できれば言うことないよ」

「……はぁ、わかったわ、私の負けよ」

 がっくりと彼女は肩を落とした。

 両手を上げるのも忘れない。

 

「まったく、とんでもない弟を持ったものね」

 無論、この程度で引き下がるほど、彼女の情熱は低温でも下火でも無いわけだが、それは彼だって百も承知だった。

 お互いにそれを楽しんでいるんだから、どうしようもない話である。

 

 

 

 

 それから更にしばらくして。

 

「さて、と今日はどの原料を試そうかしら」

 イエローチューリップは薬の材料を買いに馴染みの材料店に来ていた。

 

「これとこれと、これにしようっと」

 彼女が買うものを決めてカウンターに持っていき、会計をしようと財布を取り出す。

 すると。

 

「ああ、ちょっと待っておくれ、この材料は取扱いに薬剤師の資格がいるね」

「え、どうして?」

 馴染みの店主に急にそんなことを言われて、彼女は首を傾げた。

 

「薬と原材料の取り扱いが今月から変わったんだよ。

 効能の強さや取り扱いの難しさによって階級ができて、買うのも売るのも資格が必要になるんだと」

「ふーん、なんだか面倒ね。

 あ、これ資格証明書ね」

 とは言えイエローチューリップには何の関係もない話だった。

 そう、彼女は思っていた。

 

「あ、そういえばお前さん花騎士だったね。

 だったら団長の許可をもらっておいで」

「え、どうしてよ?」

「知らないよ、そう言う決まりになったんだから仕方ないだろう。

 花騎士の医師や薬剤師は医療品の購入に団長の許可証が必要なんだと」

「……」

 結局彼女はほとんど何も買えずに帰ることになった。

 

 

「だーんちょーさーん」

 彼女が診療所に帰ると、書類仕事をしている団長に猫撫で声で近づいた。

 

「許可証ちょーだい!!」

「では使用用途と目的、予想される効能と費用、そして材料をこの書類に書いて提出してください。

 後日材料を届けさせますんで」

 彼は至極事務的に対応した。

 

「あと、どの材料をどのくらい使用したかも明記してください。

 騎士団で一括管理する予定なので。姉さんの管理してる薬品類もリスト化してこっちに提出してよね」

「………」

 イエローチューリップは無言で書類を受け取った。

 

 その後、身支度を整えると武器を手にし、町から出た。

 

「全くもう、やってらんないわ。

 堅苦しい規則なんてまっぴら、私は自由に実験するのよ!!」

 彼女は自ら材料を採取すべく、近隣の森へと赴いた。

 

 が、森の入り口に立札が建てられていた。

 

『薬剤ギルド所有地 許可なく侵入を禁ず』

 

 

「無視無視……」

「あのー、すみません」

 立札を無視して勝手に入ろうとした彼女に、周辺を警備していた花騎士が声を掛ける。

 

「薬剤ギルドの関係者の方ですか?

 でしたら許可証の提示をお願いします。

 森の中は害虫も出現しますし、花騎士の同行が義務付けられるようになったんで」

 よろしければご一緒しますよ、と親切にも笑みを浮かべて言う花騎士に、イエローチューリップは急に後ろめたくなって、ごめんなさい、と逃げ出した。

 

 その他の目ぼしい採取地は全て同様に抑えられていた。

 ならば、と他国を経由して取り寄せようとすれば、そちらも既に手を打たれていた。

 

 意気消沈するイエローチューリップが夕食の時間に食卓に着くと、食事中の話題に団長はこんなことを口にした。

 

 

「そう言えばさ。この間、俺、女王陛下に謁見する機会を賜ったんだ」

「へぇ、すごいじゃない。

 最近私たちあんまり出撃してないけど、なにか功績でも立てたの?」

「まあね」

 レッドチューリップに対し彼は誇らしげな笑みを浮かべた。

 

「色んな理由で前線に出られなくなった花騎士とかいるじゃない?

 害虫へのトラウマとか怪我とか。そういう人たちを雇ってさ、企業内偵……ギルドとか商店とかの信用調査とかに特化した部隊を作ったんだよ。

 そうしていろいろ調べてたらさ、見たくも無い不正とか貴族との癒着とか山ほど出てさ」

 リリィウッドは貴族社会の国だから、そう言うのはよくあることだった。

 

「見て見ぬふりとか目覚め悪いじゃん?

 告発するにも俺みたいな身分じゃ揉み消されると思ってさ、前々からお誘いを受けていた多国籍遊撃騎士団ってところに参加して、そこに居る改革派若手騎士団長を経由してやってもらうことにしたんだよ。

 そしたらその団長、キンギョソウ団長っていうんだけど、その人はできた人でね。全部俺の手柄だって女王陛下に報告してくれたんだよ。

 表向きはその団長が告発したことにしてさ。配慮が行き届いてるよね。

 それで、女王陛下に意見具申する機会を頂いたんだ。

 だから俺は薬品やその材料とかの取り扱いをもっと厳格にすべきだって、具体的な草案を持って提出したんだ。

 そしたら女王陛下はいたく感動された様子でね、すぐに検討して施行しようって約束してくれて―――――」

「あんたの仕業かぁ!!」

「どうしたの黄姉さん?」

 いきなり立ち上がる姉貴分に対してにやにやと笑みを浮かべて彼は言った。

 

「道理で最近原材料とか薬品が手に入りにくいと思ったらあんたが裏で手を引いていたのね」

「勘違いしないでほしいな。

 俺は姉さんに好きなように研究して、色々な発見をしてほしいんだ。

 姉さんの研究ってこれまで個人の物だっただろう?

 騎士団の管理下で全面的なバックアップの元でやった方が研究も捗ると思うんだけれど。

 勿論、俺は研究内容や費用に関して口うるさくどうしろこうしろなんて言わないよ。

 ただ徹底的に、厳格に、使用と持ち出しの管理をして欲しいだけなんだ。

 そう、患者の安全の為にもね」

「うう、団長の姿勢には感動を禁じえません」

 ホワイトチューリップは姉をやり込めている団長の雄姿に涙した。

 

「実験台に困るようなら俺が調達してくるからさ。

 お金に困る浮浪者とか、重犯罪者とか、後から何を言われても揉み消せる連中を集めてさ。

 あ、もちろんちゃんと事前に説明はするよ? あくまで自主的にってことで。

 姉さんのことだから死なせちゃったりしないだろうけど、万が一そうなっても大丈夫なようにしておくから、安心していいよ」

 と、にこにこと団長はどこかズレたことを言った。

 

 事ここに至って漸く、彼女たちは彼の中に潜む怪物に気が付いて食事の手が止まった。

 何事もなく食べ進めているのはパープルチューリップだけだった。

 彼女だけは彼の危うさに気づいていた。

 

 

「白姉さんも解剖実験とかしたいときにはいつでも言ってね。

 損壊を気にしないなら幾らでも調達できる伝手を手に入れたからさ」

 彼はにこにこと満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「いやぁ、これでようやく、姉さん達に恩返しができるよ。

 随分時間がかかっちゃったけど、これで一安心だ」

 がたん、と席に落ちるイエローチューリップの音が異様に大きく響いた。

 

 

 

 

「お食事中失礼します、団長様。

 火急の案件がございまして、ご裁可いただきたく」

 こんこん、と窓がノックされる。

 彼の部下が目を伏せてそこにいた。

 

「食事中だってわかってるなら持ってくるなよ。

 まあ、一応聞くけどさ、なにさ」

「とある貴族の男性がパープルチューリップさまに侮辱された、と。

 何でも交際中の女性に対しデート中に、この男は浮気しているから別れた方が良い、と公衆の面前で言われたそうで」

「なんだ、そういう案件か」

 それを聞いて姉妹も件のパープルチューリップに視線が向けられる。

 姉二人の印象が強いせいで忘れられがちだが、この娘も十分問題児なのだ。

 

 なのだが。

 

 

「ゴミ箱にポイしといて。いつも通りさ。

 紫姉ちゃんの苦情は受け付けておりません。

 だから、紫姉ちゃんの問題なんて存在しない、いいね?」

「あ、はい……ではそのように」

「次、そんな下らない用件で食事の邪魔したら次の君らの休み無しだからね?

 紫姉ちゃん最高、紫姉ちゃんマンセー、紫姉ちゃん大正義。白姉さんと被らない限り紫姉ちゃん最優先。

 うちの部隊規則にもそう書いてあるだろ?

 わかったらさっさと帰れ」

「はっ、失礼しました」

 恐らくその規則に則ってやってきただろう部下を見送り、団長は満足げに頷いた。

 

「まったく、姉ちゃんのすることに間違いなんてあるわけないのにね。

 その貴族の浮気の証拠を町中にばら撒いてやろうっと」

「……大事にしてはいけないわ。

 貴族と揉め事は面白くないでしょう?」

「そうだね!! 姉ちゃんの言うとおりだ。

 でも交際相手が可哀そうだから浮気の証拠を探って送ってあげよう」

「それが良いと思うわ」

 ぷんすかと怒る団長と、横で妖しく微笑むパープルチューリップ。

 

 

「姉さん達、手綱はこのように握るのです」

 彼の中の怪物は既に調教されて飼いならされているようだった。

 

「……ただのシスコン野郎じゃない」

 呆れたイエローチューリップがそう呟くと、他の三人もくすくすと笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 イエローチューリップは顎に手を当てて回転式の椅子でくるくる回りながら考えていた。

 

 自分たちの弟分の団長の事である。

 彼は彼女に語った通り、好きな研究を好きなだけさせてくれた。

 

 それこそ媚薬から下らない内容のクスリまで。

 潤沢な資金と施設、優秀な助手と後進育成の若手まで付いて。

 あれが欲しいこれが欲しいと言えば、すぐに彼の部下が届けてくれるし、お昼には食べたい物が運ばれる。

 

 彼は彼女の意思を尊重し、束縛するようなことは全くしなかった。

 強いて言えば、夕飯には帰ってきてね、ぐらいである。

 

 

 まるでお姫様のような扱いだが、それでも彼女は窮屈さを感じていた。

 贅沢な話であるが、奔放な性格であるイエローチューリップには何から何までどうにかなって許されてしまう状況というのはつまらなさを感じてしまうものだったのだ。

 

 要するに、刺激が足りないのだ。

 

 

「昔はお姫様のように恋してみたいとか思ってたけど、実際にお姫様になるとこんな気持ちなのかしらねぇ」

 くるくると回りながら彼女は考える。

 そこでふと、ろくでもないことを思いついた。

 

 お姫様の住む城は騎士や兵士が守っているものだが、それは同時に姫を外に出さない為の鳥籠でもあるのだ。

 同じように、この研究施設も、助手も、後輩も、警備兵も、全て彼女を無意識に縛り付けるガラスの檻だった。

 

 純粋に恩義を感じて敬愛と家族愛を向けてくる彼のことは嫌いではない。

 何だかんだけなしているが、彼女も弟分ができたことが満更ではないのだ。

 

 でもだからこそ、彼女は沸き立つ衝動が抑えられなかった。

 

 人間とは難儀なもので、愛と言うものを向けられるとその度合いを測りたくなってしまう生き物なのだから。

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、仕事を終えて診療所に戻ってきたチューリップ団長が今日の夕飯のメニューを考えている時のことだった。

 

「た、大変です団長!!」

「なんだよ、今俺は今日のメニューを考えているんだ。

 報告なら後にしろって」

 診療所内まで駆け込んでくる尋常ではない様子の部下だったが、彼はそれより夕食のメニューの方が大事なようだった。

 

 

「イエローチューリップさんが研究員たちを薬で眠らせ、研究施設から行方をくらませました!!」

「は……?」

 一瞬彼は何を言われたのか理解が及ばなかったが、部下は一枚のメモを彼に差し出した。

 

『ちょっとヨモギちゃんのところへ行ってくる。

            イエローチューリップより』

 

 

 それは、宣戦布告の書状だった。

 

「訓練中の魔女狩り隊を招集しろ!!」

「はっ、既に表に待機させています」

 彼は部下を伴いすぐに表通りへと出て行った。

 

「どうしたんです、害虫でも出たんですか!!」

 騒ぎ声を聞きつけたホワイトチューリップが表に出ると、そこには二十人ほどの花騎士らしい部隊が整列していた。

 それぞれ花騎士らしい華やかな格好だが、一様に黒いケープを羽織っている。

 

 

「みんな、ついに恐れていた事態が起きてしまった」

 彼女らの前を右往左往している団長が、真剣な声音でそう言った。

 

「黄姉さんの国外逃亡だ!!」

 それを聞いて、えっ、となるホワイトチューリップをよそに、彼女たちは眉ひとつ動かさない。

 

「俺は忠誠心とは無縁の人間だった。

 しかし、この国で過ごし、この国の人たちに良くしてもらい、女王陛下にこの団長証を頂いた時、この胸に愛国心が芽生えた!!

 国に身を捧げるなんて馬鹿らしいと思っていた俺が、この地で人々に尽くすことに喜びを感じている!!

 だからこそ黄姉さんを野放しにしたら、この国にどんな迷惑をかけるか分かったもんじゃない!!」

 そう演説する彼の声に、ホワイトチューリップは胸中複雑だった。

 あながち否定できないからだった。

 

「じゃあ、お前たちの役目は害虫退治か?」

 彼がそう問うと、否、と彼女たちは返した。

 

「ではお前たちの役目とはなんだ!!」

「国家を脅かす魔性の御方たちの、確保、収容、保護であります!!」

「そうだ、お前たちはこの為に組織された!!

 この為だけに、魔女狩り隊は組織された!!

 お前たちの役目は姉さんたちの動向を見守り、護衛し、軽率な行動を止める為だ!!」

 この人は何やってるんだろう、といった視線を彼に向けるホワイトチューリップ。

 

「お前たちが守るのは、国家の威信と、我が家の世間体である!!

 断じて害虫たちから人々を守るためではない。そんなものは他の部隊の仕事だ!!」

 騒ぎを聞きつけ近所の人たちは遠巻きに彼らを見ていた。

 少なくとも世間体は守られていなかった。

 ホワイトチューリップは恥ずかしさのあまり赤面して顔を覆い隠した。

 

「草の根分けても黄姉さんを探し出せ!!!

 どれだけの手間暇、コストが掛かろうともだ!!」

「あら、面白そうなことになってるわね」

 熱弁する彼の元に、レッドチューリップがやってきた。

 

「赤姉さん大変だ、黄姉さんがどっか行っちゃった!!」

「面白そうだから私も混ぜてくれるかしら?」

「え?」

「私もどこか遠くに行くから、捕まえてごらんなさい」

 と言うと、彼女は普段は見せない機敏な動きで走り去っていった。

 

 

「最悪の事態だ、コード・パンデミック発令!!

 まずは連絡を入れて国境を封鎖するぞ、A班B班は俺に続け!!

 残りは赤姉さんを追え!! 何としても国外流出だけは避けるんだ!!」

 どたばたと団長と魔女狩り隊の面々が走り去っていく。

 

「久しぶりね」

「紫姉さん……」

 ホワイトチューリップが両手を顔から下すと、パープルチューリップがいつの間にかそこにいた。

 

「姉さん達があんなに楽しそうにはしゃいでいるのを見るのは……」

「……そうかもしれないけど」

「これで私もどこかへ行ったらどうなるのかしら」

「止めてあげようよ」

 

 こんなことを何度か繰り返すうちに、チューリップ四姉妹は怪しげな魔女姉妹からはた迷惑でなるべく関わり合いたくない魔女姉妹へとランクアップしたのである。

 周囲への被害は抑えられるようになったが、四女のため息は増えたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちに来て、いろいろなことがあったなぁ」

 書類仕事を片付け、チューリップ団長は物思いに耽る。

 

 実のところ、彼は故郷に戻れるかもしれない手段を見つけていた。

 ナズナに協力を仰いだところ、異世界から来た書物の内容と花騎士を遠くから召喚する魔具を組み合わせれば、理論上は思い浮かべたところへ一瞬で移動できるアイテムを作れるかもしれないという。

 だが言うまでもないがそれは一方通行で、一度戻ったら帰りは自力……つまり、彼の場合二度と戻ってこれないだろうことは容易に予想できた。

 

 こちらにも醤油はあるし、お寿司もある。

 故郷にも負けないくらいごちゃ混ぜの各季節のお祭りは、望郷の念を忘れさせてしまえるものだった。

 

 いつしか、彼はこのスプリングガーデンの誰もが望む最も贅沢な物を捨てる選択を受け入れていた。

 この世界で最も贅沢な代物、それは平和な故郷だった。

 

 千年もの間、戦いが絶えない美しくも残酷なこの世界で生きるという選択を。

 

 

「これでいいんだ、どうせ親とも上手くいっていない。

 大学を出ても三流サラリーマンになって、結婚も面倒がってしないまま老いか病気で死ぬはずの男が誰かの役に立つんだから」

 そうして、彼は故郷への未練を封じ込めた。

 その時、こんこん、と執務室のドアがノックされた。

 

「入れ」

「失礼します。

 先ほど団長を襲った男の身元が判明いたしました」

 彼は入室を促した部下の説明を聞いた。

 

 あの男はどうやら魔女狩り隊が組織される前にレッドチューリップと関わりがあったらしいことが判明した。

 それなら逆恨みを受けるには昔過ぎるが、最近彼は失業し、自暴自棄になっていたらしい。

 

「なんだそれ、追い詰められておかしくなっただけじゃないか」

「実は、どうやら彼を焚き付けた人物がいるらしく」

「なんだって?」

 団長もそれを聞いて理解した。

 痴情の(もつ)れに見せかけ、彼を殺そうとした人物が居るということなのだと。

 

 

「どこの誰だ?」

「現在追って調査中ですが、恐らく……」

 そして部下が口にしたのはこの国の貴族の名前だった。

 

「この間の利権争いで負けた奴じゃないか」

「いかがしますか?」

「そいつは赤姉さんを間接的に利用したってことだろ?

 だったら徹底的にぶっ潰すよ。まずは財産、名誉、そして地位を。

 命以外のすべてを失ってもらう」

 チューリップ団長は、残虐に笑った。

 

 

「姉さんを利用しようとした報いを、たっぷり時間を掛けて味わわせてやろう」

 

 全ては、ただ家族の為に。

 

 

 

 

 

 




六話のあとがきの団長名簿をご覧ください。
常識人はハナモモ団長ただ一人です。

チューリップ団長を異世界人としたのは、他の団長とは異なる視点をやってみたかったからです。
彼が現代チートをしようにも、その労力は全てあの姉妹に対して使われるため、できないようになっているんですね。
正直異世界人にでもしないとあの四人のキャラに負けそうだって思ったんですが、書いてみたらそうでもなかったですね。

さて、次はいよいよ我らのリンゴ団長の回です。



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