転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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職場体験編
70:名前に思いを込めて


「へぇ…『ヒーローネーム』…」

 

「うん!そうなんだ!」

 

 

昼時、腹ペコ生徒のごった返す大食堂『LUNCHRASHのメシ処』。目の前の緑髪にソバカスの少年『緑谷出久』が、手に持ったカツ丼を掻き込みながら嬉しそうにそう言っている。

 

 

「それで『デク』ねぇ…」

 

 

デク君が笑顔で語っているのはAクラスの午前のカリキュラム『ヒーロー情報学』の授業内容だった。

これから始まる職場体験に伴い、「ヒーローのコードネームの考案」をする事になったらしい。

名は体を表すと言うように、名前を付けると言う行為は、目標を掲げ、願いを込める事でも有る。つまり、それだけ大事な授業であり、ある種の自己啓発を促す内容でもあった。のだが…。

 

 

「例えば俺の『福朗』って言う名前。「幸福で朗らかに笑って居られるように」と願いが込められているわけだが…」

「…う、うん。いい名前だよね…」

「『デク』って普通に聞いたら真っ先に想像すんのが『木偶の坊』のデクだろ?『出久』って名前がそうも読めるってだけで付けられたあだ名…。ヒーローネームにするには印象悪くない?」

「そんな事無いよ!良い名前だよっ!」

「でもなー…」

 

 

デク君の隣で白米を頬張る『麗日お茶子』が抗議の声を上げてきた。口にご飯を目一杯含んだホッペタがモニュモニュしていてハムスターを彷彿させるような愛嬌を醸し出していた。…ホッペタつっついたらどうなるんだろ?

 

 

「デク君のデクは「頑張れって感じのデク」なんだよっ!」

「「頑張れって感じのデク」…な。普通に考えるとそんな発想にはならんよなぁ…」

「うっ…確かに僕も麗日さんに言われるまではそんな事思いつきもしなかった…」

「デクくん!?」

 

 

「デク」って言葉から「頑張れ」って意味を繋ぎ合わせる麗日の独特の感性。

俺からみてもユーモラスで大層魅力的では有る。しかし、世間一般を考慮するとそんな発想には辿り着かないだろう。

 

 

「でも…まぁ…いいんじゃない?」

 

「へ?」

 

「名前に込めた意味は謂わば目標であり理想だけど、自分でしっかりと心に刻んで、それがブレてないなら問題無いでしょ」

 

 

『デク』と言うネーミング。ルーツを辿ると彼の幼少期にまで遡る。

きっかけは幼馴染みだった爆豪が「出久(いずく)」を「出久(デク)」と読んだのが始まりだった。それ以降彼は爆豪との能力の差を齢四歳の頃からずっと叩き付けられてきた。

優秀な彼と、無能な自分。

“強個性”な彼と、“無個性”な自分。

 

つまり『デク』とは渾名は、忌み名であり、緑谷が長年晒され続けてきた「劣等感」の象徴でもある。

それを自らの『名前』にすると決めたのだ。

何も出来ないデク(古い意味)」から「頑張れって感じのデク(新しい意味)」に言葉を変えるために、『デク』を選んだのだ。

 

 

(『弱さ』を認めるって本当に難しい事をサラッとやってのけるんだよな~この子…)

 

 

弱さを認め、飲み込んで、それでも諦めずに立ち上がる。

それがどれだけ大変な事なのかは身をもって知っている。

 

 

「……で?飯田君、大丈夫?手止まってるよ?」

「っ!あ、あぁ、すまない!……むっ!大入クン、いつの間に来てたのかね?」

「今更ぁっ!?」

 

 

放っておくとそのままビーフシチューの皿を見つめていそうな飯田君、声を掛けてみたらハッと我に返ったようだ。

というか、俺、認識されてなかった。

せつなさみだれづきである。

 

 

「……やっぱりお兄さんの事?」

「っ!?」

「ちょっ!大入くんっ!?」

 

 

雄英体育祭の裏で起きていた惨劇。飯田の兄であるターボヒーロー『インゲニウム』が敵によってやられた。何とか一命は取り留めていたものの、今後ヒーロー活動が出来るかは不明だ…。

 

いや、嘘だ、本当は知っている。

彼の兄『飯田天晴』は、凶悪犯罪者『ヒーロー殺しのステイン』の凶刃にかかり、敗北した。その後遺症でヒーロー活動は不可能と診断されている。

 

 

「…兄の事は心配ない。一命は取り留めている」

「………そっか」

 

 

飯田君はぎこちない笑みで返した。辛くて苦しい筈なのに、決してそれを気取られぬように明るく振る舞っていた。周りに悲しい顔をさせたくないと言う、彼なりの健気で不器用な優しさだった。

それを見て胸が苦しくなった。

 

 

「そうだっ!忘れる前にこれ渡さないとっ!」

 

 

しんみりとした空気を変えるように、努めて明るい声色で話題をすり替えた。

指を鳴らしてデク君と麗日さんの前に〈揺らぎ〉が生まれる。すると、中から可愛らしい小包が二つ出てきた。

 

 

「これ騎馬戦組んでくれたお礼な。市販品だけど旨いだろうよ」

「わあっ!クッキーだっ!ありがとう大入くん!」

 

 

取り出したのは先日遊園地で買ってきた小さなクッキーの袋詰めだった。

食べ物を手に入れた麗日さんが大喜びである。…ちょい待て、アンタ貧乏キャラは二次ネタだろ。

 

 

「あぁ、切島くん達と遊園地行ってきたんだっけ…」

「そ、千葉県出身者集めた『ヒロイチバ会』。それのお土産も兼ねてるから」

「うわ~いいな~遊園地…」

 

「んじゃ、俺はこの辺で、常闇君にもお礼しないと…。邪魔して悪かったな」

 

 

そう言って席を経つ。

当初の目的を達成したので、そろそろお暇しよう。お昼の内に常闇君にもクッキーあげないと……あっ、勿論黒影(ダークシャドウ)ちゃんの分もあるよ!

 

 

 

 

 

 

 

Aクラスに戻ってきていた常闇君を捕まえて、クッキーを渡すミッションをクリアし、教室に帰ってくると昼時の騒がしい話し声が聞こえてくる。というか、俺の席の後ろ…回原先生の席が座談会場となってるらしい。

俺の存在に気付いたらしい円場君が手招きをしてきた。

 

 

「どったの?円場君?」

「なー大入?お前はどれが好みよ?」

 

 

回原先生の机の上には何故か女性ヒーローのブロマイドが並べられていた。『ミッドナイト』『ウワバミ』『Mt.レディ』『リューキュウ』『ワイルドワイルドプシーキャッツ』に他にも俺が知らない女性ヒーローのもある。…あっ、これインゲニウムのとこの相棒(サイドキック)だ。あと、『シリウス』とかすごいマイナーなのまで…。

 

 

「好みの女性のタイプを聞いてるの?」

『それ以外に何があると思ったのさ?』

 

 

持ち込んだのは吹出君らしい。

 

しまった…と思った。

童貞を拗らせた彼女居ない歴=15+α才(30オーバー)の俺は、どうにもこの手の下世話な話が苦手だ。

無論「エッチなのはいけないと思います」とかピュアピュアな事を言うつもりは毛頭無い。どちらかと言えば、「これにどんな返答をして、どんな印象を持たれるか」と考えることが怖い。ただただ、奥手でリスク管理が行き届いているだけだ。

 

そこ、臆病者(チキン)とか言うんじゃ無い。

 

 

「ん~やっぱり塩崎さんには敵わねぇな…」

「ブレ無いな~回原君」

 

 

席の主である回原先生がつまらなそうな顔で色々なブロマイドを眺めているが、どうにも気に入らないらしい。彼の塩崎さん好きは筋金入りと化し始めている。

 

 

「そんで?どうなんだ?」

「ん~じゃあ…これで…」

 

 

適当にはぐらかして誤魔化す事は出来そうにないな。…仕方ないからガッツリはぐらかす。

俺は一枚のブロマイド…『ミッドナイト』の写真を取った。

 

 

『18禁ヒーロー『ミッドナイト』?』

「なんつーか意外だなー?そんなエロエロなのを選ぶなんてな-?」

 

「おっ?なんだなんだ?面白そうな話してんな?」

「女性ヒーローのブロマイド?

…なんか珍しいね、君はこの手の話嫌ってる風なのに」

 

「まぁ、巻き込まれたんだよ」

 

 

俺の選択に反応したらしく、泡瀬君に物間君まで寄ってきた。昼間っから男子6人で好きな女性ヒーローの話って本当に何やってんだろ、俺…。

心無しか女性陣の目が痛い。

 

 

「実はさ…『ミッドナイト』先生の事で気になる事があるのさ…」

 

『おっ!何々?「今フリーなのか?」とか「教師と生徒の恋愛はありなのか?」とか?』

「オイ、何故に恋愛絡みに持ち込もうとする?」

「それで?ミッドナイトなんかのどこら辺がいいんだ?」

「回原君…言葉に気を付けないとしばかれるよ?」

 

「いやさ……

『ミッドナイト』先生って本当に『18禁ヒーロー』なのかな?って」

 

「『「「「………ん?」」」』」

 

「おいおい皆して小大さんになってるぞ?

………前から思ってたんだよ。「18禁ヒーローが高校教師でいいのか?」ってさ。

そこで閃いたんだっ!もしかしたらミッドナイト先生は18禁では無いのかも知れないっ!」

 

 

突然の話に一同、目をぱちくりさせている。ふっふっふ…いいぞ?既に貴様等は我が術中だ。

 

 

「まてよ大入?ミッドナイト先生のあの出で立ちを見て18禁じゃないって言うつもりか?」

「それこそよく考えてみろ?ミッドナイトのコスチュームは極薄タイツでは有るが、露出面積も非常に少ないし、大事な局部はしっかりガードしてるぞ?極めて健全じゃないか?」

『いや、でも…』

「不健全さで言うならA組女子の葉隠さんとかヤバイぞ?話に聞いたところによるとヒーローコスチュームは手袋とブーツのみで後は全裸だぞ?」

「「「『「っ!?」』」」」

 

 

強烈なパンチに一同が怯む。しかし、ここからが本題だ。

 

 

「まぁ、両者共に『衣服』って存在自体が“個性”の圧倒的優位性を阻害しているせいで、より適応した形に変化したって話さ。

でもさ、それってイヤラシいと感じる心がイヤラシいんじゃないか?本人達がイヤラシいかって言われたら別問題だと思うんだよ」

 

 

身を翻して自分のイスに腰掛ける。イスを後ろ向きにして回原先生の机に対面するように座り直した。

 

 

「俺はね、ミッドナイト先生は18禁とか呼ばれる程、エロくないと考えてる」

『何を言ってるの!?』

 

「………かなり踏み込んだ話をするよ?いい?」

 

 

各々が躊躇いがちにも首を縦に振った。俺がアダルティな話をする事も珍しいが、それ以上に俺の話に興味があるようだ。

 

 

「そもそもミッドナイト先生って恋愛とか情事の経験って少ないと思うんだ…」

「えぇー!?あんな経験豊富なお姉さんって感じなのにかー!?」

「泡瀬君?ミッドナイト先生の“個性”は分かるよな?」

「そりゃあ知ってるさ。“個性:睡り香”、睡眠へと誘導する特殊な香りを分泌する事だろ?」

「それが原因だよ」

「どういう意味だ?」

「……あぁ、そう言う…」

 

 

流石だな物間君。伊達に俺とコンビ組んでるだけはある。

 

 

「男女が性行為をするとしたら…」

「いきなり生々しいなオイ」

「茶化すな、真面目に考察してんだから。…その行為をしたら十中八九、両者は脱衣した状態で、更に密着した状態になるだろ?加えて激しい運動で発汗量も増える。

つまり先生の場合、“睡り香”の分泌量も増加する。“個性”のオンオフがどの程度コントロール出来るかは不明だから、これは予想ではあるけど…。そしたら相手は“睡り香”を嗅いでしまって、すぐに眠ってしまうんじゃない?」

『つまり……男性は眠っちゃうからエッチな行為自体が上手くいかないってこと?』

「スル場所が個室とかになれば、睡りへの誘導はもっと早いだろうな?まぁ、眠ってる相手を無理矢理襲うことも出来るんだろうけど…、ヒーローである先生がそんな強姦紛いのことは早々出来ないだろう。

防止策を考えるなら「男性がガスマスクを付ける」とか「換気扇ぶん回した部屋でスル」とかになるんだろうけど…あまりにもムードに欠けるよな?

いづれにせよ、キチンとしたパートナーと同意の下、勤しむ事になるだろうけど…これも厳しい。何せ、女性ヒーローの結婚率ってのがそもそも低い。日頃の激務に出会いが少なく、危険な戦いに身を投じているせいか男性受けも宜しくない。大概は寿引退したり、別の仕事に転身してから結婚ってパターンになるわけだ…」

「確かに結婚した後、出産を機に引退表明とかよく耳にするな…」

「ミッドナイト先生ってSっ気有るには有るけど、それ以上に青臭いシチュエーションを好むだろ?

あれって“個性”のせいで、満足な青春時代を謳歌出来なかった反動じゃないかな?例えば“個性”のコントロールが不安定で好きな相手の傍だと緊張して、ウッカリ暴発、眠らせちゃった…とか。

そういう恋愛の失敗から、熱い展開・甘酸っぱい展開を好む様になったんだと思うんだよ」

「マジかよ…。っ!?」

 

 

回原先生が声を震わせている。いいぞ、完全に俺のペースに巻き込んだ。

 

 

「…そもそも18禁ヒーローって肩書き自体がオカシイんだよ」

 

「あら?どうしてそう思うの?」

 

「ミッドナイト先生が高校を卒業して、即ヒーロー活動を始めたなら、その時の歳は勿論18歳。18歳のうら若き乙女が自ら18禁を冠するなんて考えにくいだろ?

本来『Midnight(ミッドナイト)』は『深夜』って意味だ。皆が暗闇に怯えることの無い様に、安らかな睡りを与える守り神。だから『夜の守り手(ミッドナイト)』だったと考える方が自然だな。名前を付けた当初は『おやすみヒーローミッドナイト』とでも付けていたかもな…。

現在、そうならなかった。それは経営陣の売り出し方針のせいだと思う。深夜って単語からエロスな発想が出て、露出の多いヒーローコスチュームがそれを後押ししてしまったんじゃないか…?」

 

 

一度呼吸を整えて。俺は話をまとめた。

 

 

「以上の事を総括して、俺は新説を提唱したいと思うっ………!

 

 

 

それは………

 

 

 

『18禁ヒーロー『ミッドナイト』素人処女ビッチ説』!!」

 

 

俺が皆に目線を向けると、一同は顔を真っ青にしてブルブルと震えていた。

そして、視線は俺に向いていた。……否、俺の…後ろ?

 

ふと、後ろを振り返ると、顔を真っ赤にプルプルと震える当事者が居た。

 

 

「っ!?」

 

「「うおっ!?」」

 

 

完全に背後を取られたっ!?途轍もない生命の危機!?

 

気が付けば、本能が逃げの一択を命令していた。

咄嗟に足元に〈揺らぎ〉を展開した。クラスメイトの事などお構いなしに、空気の爆発で周囲の机や椅子を吹き飛ばして、相手の動きを妨害する。そのまま反動で一度教室の天井に張り付いた。

そこから窓際方面へ跳び、素早く転身。二手三手とフェイントを加えて教室の後ろのドアから脱出を計る。

 

 

「げふっ!?」

 

 

教室を飛び出した所でバランスを崩して、顔面から廊下に倒れる。鼻っ柱がジンジンと痛んだ。

すぐに立ち上がろうとすると、足が強い力に引っ張られ、転んだ。よく見ると左脚には鞭が絡み付いていた。

 

 

「ぐえっ!?」

 

「人の顔を見るなり逃げるなんて酷い。先生傷付いちゃうわ~」

 

 

背中にいきなり何かが乗る。それは相手が、倒れた俺を椅子にして座って居るせいであり、逃走に失敗した証明でもあった。

 

 

「いや、その…」

 

「随分私のこと好き勝手に言ったわね…覚悟は出来てる?」

 

「これは、あれですよ…先生の“個性”の考察…」

 

「それに“個性”の無断使用は御法度よ?出来の悪い生徒にはオシオキが必要よねぇ?そうは思わないかしら?」

 

「あの、その…」

 

 

ミッドナイト先生の顔が赤くなる。と言う寄りも恍惚としている。

今も脳が警鐘をガンガン鳴らし立てていた。

そして彼女がトドメの言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 

「さあ?心の準備は出来た?」

 

 

 

 

 

 

 

あ…ヲワタ……。

 

 

 

 

 

 

 

「い、いやっ!?やめて!デキてないっ!?覚悟出来てないっ!!

ぎゃああああぁぁぁぁぁ………!」

 

 

お昼の教室に俺の断末魔が響き渡った。

 

 

───────────────

 

 

「……と言うわけで、皆さん察しているかと思いますが、本日のヒーロー情報学は後に控える「職場体験」に備えて、ヒーローのコードネームの考案を行います」

 

 

午後の授業の「ヒーロー情報学」。A組と同じコードネームの考案から始まった。

教卓に立つのは長いポニーテールに銀フレームの眼鏡の女教師。ビッシリとスーツでタイトに決めた姿は、如何にも仕事が出来るキャリアウーマンといった様子だ。

B組副担任の『海馬先生』。ヒーロー情報学の幅広い情報量を分かりやすく、それでいて面白く教えてくれる、クラスでも評判の先生だ。一応ヒーローライセンスの保持者でも有るが、ヒーローコスチュームは普段着用せず、スーツ姿で過ごすヒーロー科教師にしては珍しいタイプだ。

 

 

「ヒーローのコードネームとは即ち、自分がどういうヒーローなのかを示す、最も判りやすい情報です。

「自分はこの様なヒーローなんだ」と相手に伝える売り文句とも言えます。だからこそ自分の性格や特性などを織り交ぜた名前を考える人が多いですね…。

例えば、オールマイトならば『全能(almighty)』、エンデヴァーならば『努力(endeavor)』、ベストジーニストならば自分の代名詞とも言える『ジーンズ』。

これだけでも各々が自分に掲げたヒーローとしての在り方を感じられますね。

では、皆さんも自分にヒーローネームを付けてみましょう。将来目指すべき、自分のヒーロー像…それを考える事が素敵なヒーローネーム考案の第一歩となるでしょう」

「適当に付けちゃあ駄目よ!ヘンな名前を付けたがサイゴ!高校の時に付けたヒーローネームがそのまま世間に認知されて定着しちゃうこともあるからねっ!」

 

「……ブーメランですか?」

 

「だまらっしゃいっ!!?」

 

 

顔面に生傷で化粧をした男子生徒の大入が口を開くと、教卓の横に立っていたミッドナイトが鞭を振るって威嚇する。

乾いた鞭の音に短い悲鳴を上げ、大入が縮こまる。余程さっきの折檻が効いたようだ。

コードネームを書き込むためのボードが配布されると生徒各々が思い思いにペンを走られせた。

 

 

(ヒーローネーム…今思えば考えてなかった…)

 

 

大入にとってヒーローとは憧れの存在であり、目指すべき未来である。しかし、それは彼にとって「手段」でしかない。

大入がヒーローを目指すのは、限られた選択肢の中、最良の選択がこれだった為だ。

『AVENGER計画』の第一被験者である彼は、自身が選択した将来がこの計画の合否に直結すると言っても過言では無い。彼がヒーローとなった暁には、今まで「ヴィラン二世問題」に苦悩してきた同じ境遇の者達の救済制度を確立し、それの魁となる事が出来る。

加えて彼がヒーローとして大成すれば、例え計画が凍結したとしても、自立して弟妹達を養って生活する事だって不可能では無くなる。

つまり彼がヒーローを目指すのは「実益に基づいた」考えを備えているのだ。

 

自分の大切な者を守るため、只管我武者羅に己を鍛えてきた大入にとってヒーローネームなんて考えた事すらなかった。いや、考える余裕も無かったと言う方が正しいだろう。

改めて考えると本当にアクセクして生きてきたんだなと認識させられる思いだった。

 

 

「……さて、後は大入くんだけね」

 

「……はっ!?」

 

 

はっと気付くと知らぬ間に大入以外の者は発表を終えてしまったらしい。それ程までに集中して悩んでいたと言うことか。

大入の発表を待ち望んでいるらしく、生徒達の熱い視線を感じた。

 

 

(仕方ない…取り敢えず『テーマ性』から…)

 

 

大入は一先ず自分の売りを下地に名前を考えることにした。

自分の名前、能力、傾向…。こうして思考時間15分の彼のヒーローネームが決定した。

決めた名前をマジックペンでフリップに書き出し、彼は教壇に立った。

 

 

「じゃあ、大トリ失礼します…。

俺のヒーロー名は………

 

 

Jack Sacker(ジャックサッカー)』…」

 

 

フリップには綺麗な筆記体で記入されたヒーローネームが掻かれていた。

それを見ると教師二人が眉をひそめた。

 

 

「Sacker…『Sack(袋)』って意味ね…」

「でも、前に付いたジャックは何かしら?」

 

「それは『Jack in the box』…『びっくり箱』の事です」

 

 

「何が飛び出すか分からない袋」。それこそが大入の付けたヒーローネーム。数多の武器、知識、技術、戦法を総動員して戦う大入らしい名前になった。

 

 

「あぁ、なる程…。大入くんのスタイルは意表を突く事が多いものね」

「その意向に合わせて訳すなら『Jack Sacker(奇想天外な袋)』って事ね……うん、いいんじゃないかしら?」

 

 

教師からの太鼓判を貰い、安堵しながら大入は席に着く。御役目を終えたミッドナイトはここで退席するらしく、別れを告げて教室から去って行った。

無事に生徒達の名前が決定した所で、話は次の段階に移行する。

 

 

「さて、皆さん。ヒーロー名が決まったことで、今までより自分のイメージを固められたのでは無いでしょうか?

引き続き、職場体験の説明をしましょう。今回の雄英体育祭で活躍した生徒達にヒーロー事務所から多くの指名が来ました。これが結果です」

 

 

副担任海馬が端末を操作すると、スクリーンにグラフが表示される。棒グラフの様式で、上から順に指名数の多い者から並べられていた。

指名数トップは案の定、総合2位の大入だった。3000の大台に乗った指名の数々が、ぶっちぎりのトップを飾っていた。

続いて、最終種目で大暴れした塩崎と鉄哲がそれぞれ300程度の指名を貰った。それと意外なことに拳藤と物間にも1件づつではあるが、指名が入っていた。

 

 

「例年はもっと分散するのですが…。今年はA組に注目が集中していました。地力もシッカリ有るウチのB組が低く評価されてしまったのは少し残念で仕方有りません…。

でもっ!まだまだこれからですっ!これからこの職場体験で力をつけてA組を見返してやりましょうっ!」

 

 

ペンを口元に当てて数秒間考え込むと、そのままシュンと落ち込む海馬先生。クールな女性の時折見せるこの子供っぽい仕草がどうにも可愛らしい。両手で小さくガッツポーズをして気合いを入れ直すと職場体験の説明に移った。

 

 

「指名のない人にはこちらの事前に用意した受け入れ先から選択して貰います。

指名のあった人には追加でこちらの専用のリストを配ります。折角指名を頂いたのだから、できる限りそちらから選んで下さい。

ヒーローによって活動範囲や得意分野等も異なりますので、自分に必要な経験が得られそうな職場を選ぶことをお勧めします」

 

 

「……あれ?海馬先生?俺のリストは?」

 

 

受け入れ先のリストが各々に配布されている最中にトラブルが発生した。

どうやら大入の専用のリストだけが無いそうだ。彼は困惑した様子で先生に尋ねた。

 

 

「……あれ?…ごめんなさい忘れて来てしまったようね。大入くん、悪いけど授業終わった後に職員室に来てくれるかしら?」

 

「…はぁ…わかりました…」

 

 

彼女の発言に周りからヒソヒソ話が聞こえる。普段から細かい所にも手が行き届いた彼女がこんなミスをするのは珍しい。

そんなに疑問も配布された職場体験リストの存在に掻き消された。

 

手元にリストが届かずに手持ち無沙汰となった大入はチラリと隣の拳藤のリストを覗き見る。

 

 

「おっ『ウワバミ芸能プロダクション』から来たんだ…」

「ちょ!?見んなよ!」

「いいじゃん、暇なんだよ」

 

 

拳藤の手には学校側が用意したリストと拳藤専用のリストが握られていた。

しかし、拳藤の指名は1件のみ。無駄に白いスペースが広いA4用紙にポツンと唯一の指名先であるスネークヒーロー『ウワバミ』のヒーロー事務所の名が燦然と輝いていた。

 

 

(何、このルート固定?怖いな…修正力…)

 

 

雄英体育祭。原作でも大した活躍を出来なかったB組であるが、その際拳藤はシッカリと指名を貰っていた。

しかしこの度、彼女の見せ場でもあった「最終種目への出場権の譲渡」は無くなっていた。

それでも彼女に指名は届いたのだ。転生知識持ちの大入からしたら、こういう所に「世界の修正力」というものを感じずにはいられなかった。

 

 

「そんで、行くの?名前からしてメディア露出ハンパなさそうだけど?」

「う~ん…折角指名貰ったしな…いこうかな」

 

「……そっか、頑張ってな。(そりゃあ、もう、色々と…)」

 

 

この先待ち受ける拳藤の運命に、大入は心の中で合掌することにした。そして彼女の勇姿は高画質で録画しとくと、心に誓うことにした。

 

 


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