転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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68:時には素敵な日常を…3

──大入くんの日課──

 

 

転生者『大入福朗』の朝は早い。

 

 

日の出より少し早い時間に彼は目を覚ます。ベッドから起き上がると軽く背伸びをして、寝てる間に凝り固まった背を軽く解す。

欠伸を噛み締めながら冷えた廊下を進み、台所へと赴く。

台所に着くと、予め冷蔵庫に入れて置いたボトルからグラスに水を並々注ぎ、それを一気に喉の奥に流し込む。キンと冷えた冷水が胃から全身に沁み、寝ぼけた意識が覚醒する。グラスをシンクに置いたついでに水道水で軽く顔を洗い、“個性(ポケット)”からタオルを取り出して顔を拭う。

そのまま、視線は横に向けられる。横に置いてある炊飯器の蓋を開けると、中には水に浸けた米が入っていた。中身を確認した後、大入は釜に火を入れる。ここに居るガス式炊飯器は、かれこれ10年前の骨董品のような型だが、未だに現役を張っていて、積み重ねられた年季が炊飯器に歴戦の勇士のような厳格さを醸し出させている。

何も炊飯器だけでは無い。此処に在る家電や食器の多くは、長い月日を経てすっかり日常の一部に溶け込んでいる。彼の生活の一部だった。

 

 

「……おっけー」

 

 

朝食の要である米を炊いておくのは、家族の中で1番早く起きる彼の日課になっていた。昨晩のうちに米を計量し、洗米し、朝には釜に火を入れる。後は十年来のこれが旨い食事を用意してくれる。

 

 

 

 

……やばい、ナレーションごっこ楽しい。もう少しだけ語ろう。

 

 

 

 

一度自室に戻り、寝間着から中学時代の体操着に着替える。

玄関から表に出ると、日の出にはまだ時間があるらしく、辺りは仄かに薄暗い。ゆっくりと時間を掛けて深呼吸すると、朝露が染み込み冷えた空気が肺を満たした。

そこから彼は柔軟体操を始める。手首足首首回りを順々に解し、体を伸ばし、折り曲げ、全身の筋肉を少しずつ馴らしていく。

 

 

「おはよう福兄」

 

 

程なくして家から少女が一人出てくる。

 

インディゴブルーのショートヘア。端整な顔立ちに少し吊り上がった目がシャープな印象を与える。その外見と未発達な体型から中性的に見えるものの、彼女はまだ中学一年生…成長もまだまだこれからである。

彼女は市販のスポーツウェアに身を包み、靴の紐を結び直していた。

 

 

「おはよう(つむぎ)

 

 

そう言えば紹介が遅れた…。

彼女の名前は『安良気紡(やすらぎつむぎ)』。年齢順で言うと、上から4番目の娘…次女である。

 

互いに何時もの調子で挨拶を交わし、一緒にストレッチを済ませると朝のランニングに走り出す。

山の中に作られたランニングコースは上り下りと起伏に富んでいて、中にはワザと倒木や大岩で道を塞ぎ、迂回を強いられるルートもある。それを安良気が軽快なテンポで走り抜ける。対して大入はそのペースに合わせるように近くに置かれた大岩を飛び越えたり、木の枝に飛び移ったり、木の幹で三角跳びをしたりとちょっとした忍者の様な動きでショートカットしていく。彼がしているのは『フリーランニング』や『パルクール』と呼ばれる物で、効率良く体を運用する訓練になる。

 

 

「ちょっと福兄っ!病み上がりなんだから無理すんなっ!」

「平気平気っ!怪我は治ってるっ!早く感覚戻さないとっ!」

「また怪我しても知らないからなっ!」

 

 

安良気が呆れたように声を上げる。しかし、余裕を見せながら先行する大入にしっかりと追随してくる。

“個性”使用の為の基礎体力作りを目的として始めた当初は、息も絶え絶えで着いてくるのも一苦労だった彼女。その成長ぶりに感心してしまう。気持ちとしては我が子の成長を見届ける父親気分だ。

因みに大入の怪我は完全回復している。安良気の“個性”は生命力の回復をさせる働きがあり、それを利用して体力を補った後にリカバリーガールに再度“個性(治癒)”を施して貰い怪我も直したのだ。怪我の回復に丸一日を要することになったが、アレだけの怪我を考えれば破格だった。

 

 

 

 

40分程度のランニングを済ませると安良気が先にシャワーを浴びる為、家に入る。その間に大入は家の裏手に回り、家庭菜園に赴く。

 

 

「あら~おはよう福ちゃん」

「おはようございます師匠」

「もうっ!修業の時以外は「ママ」って呼んで良いのよ?」

「失礼しましたお母さん」

「もうっ!」

 

 

プリプリと言う擬態語が似合う態度で、育て親で師匠の『大屋敷護子』が不満を口にする。もう歳は三じゅ…「何か言ったかしら?」

 

気が付くと師匠の拳が頬を掠っていた。目だけが笑っていない。本気の師匠が地の文にまで割り込んできた証だ。

 

 

「…いえ、可愛いのも似合うなんて卑怯だなと思っただけです」

「…そう…それなら好いのよ♪」

 

 

機嫌を直した師し…お母さんが土弄りに戻る。思わず素に戻った俺は、後を追い一緒に農作業に入る。

 

ウチの家庭菜園は山から取れた山菜を移植し自生させた野晒しのスペースと、季節の野菜を少量育てるスペースの二つに分かれる。

俺は外に設置されたホースからシャワーノズルを取り外すと、ヘッド部分だけを持って野晒しスペースに向かう。

 

 

流水濫射(カレントランサー)ー」

 

 

気の抜けた、遊び半分の掛け声で必殺技を放つ。手にしたシャワーノズルの中に〈揺らぎ〉が生まれ、そこから水が流れ出す。“個性”の練習を兼ねて山の上層を流れる清流から汲み取って来た水がシャワーヘッドを通して畑に恵みの雨を降らせる。このやり方、ホースが絡まないから楽だよな…ホース片付ける手間も無くなるし…。

 

 

「福ちゃん、調子はどう?」

 

 

お母さんが野菜を収穫しながら問いかける。春キャベツにアスパラ、山菜が瑞々しい色艶をしている。朝ご飯が楽しみだ。

 

 

「…右腕の筋力が少し落ちました。感覚馴らさないとズレがあります」

「そう…随分と馬鹿な使い方したものね…」

「うっ…」

 

 

体育祭では右腕を酷使しすぎた。塩崎さんの必殺技をゴリ押しで突破し、轟君には限界突破のパワーでシェルブリットを放ち、かっちゃんの爆撃は幾度となく右腕を盾にした。

怪我は治ったものの、激戦の果てにダメージ超過を繰り返した結果、右腕が少し削ぎ落とされた。それに伴って物理的に筋力が減って、パワーバランスがズレた。さっきのランニングで全身運動してみたが、どうにもしっくりこない。早く元の状態に戻さないと。

 

 

「急いだってそんなに早く筋力は戻らないわ。取り敢えず今は感覚を調節する事を意識しなさい」

「分かりました」

 

「それにしても危なっかしい戦い方ばかりするわね…教育間違えたかしら…」

 

 

そう言いながらお母さんは溜息をもらした。

自分の成長をずっと見守り続けてきた母、自分をここまで強くしてくれた師。それに結果で報いる事は出来なかった。それ自体はとても残念だ。

しかし、収穫もある。自分の現在の実力だ。

元々俺にとって雄英体育祭は「自分の実力を推し量る」為の物だった。飯田君・轟君・かっちゃんとの戦いで俺の力は充分に通用するレベルであると分かった。

未だに予断を許さない状態ではあるが、少なくとも地力に関してはこの先何も出来ずに敗北する心配は減っただろう。

 

 

「…福ちゃん、師匠としてこれだけは言っておくわよ?

いざ、戦いとなれば絶対に退けない状況って言う物は確かにあるわ…。でも、貴方の傍に紡ちゃんやリカバリーガールがいつも居るわけじゃ無いのよ?

むしろプロになれば手厚い保護って言うのはかなり減るわ。プロヒーローの業界において、“回復系個性”の人口は少なくて、圧倒的に人手が足りないの。貴方は周りを助けるためにも自分のこともしっかりと守らないと駄目よ?」

 

 

ミイラ姿で家に帰った当初、家族にガチ泣きされた。特に年少組の泣き声は凄惨たるもので、紡にいたっては「福兄直すっ!…全力でっ!」と言って許容限界を超えた回復をしようとしたので全力で止めた。

こんなにも大入福朗(じぶん)の事を大切に思ってくれるなんて胸が熱くなる。だからこそ、俺は全力で応えたい。

 

 

「はい、分かりました!師匠っ!」

 

 

その気持ちを込めて力一杯返事をした。

 

 

「もうっ!ママって呼んでいいのよ!」

 

「…えぇー…」

 

 

 

 

朝の労働の汗をシャワーで流し、リビングに入ると年少組二人がテレビに釘付けになっていた。

 

 

「がんばれー!ワンダーナイトー!」

「そこにゃ!あのピカピカの宝石が弱点にゃ!」

「「いっけーっ!!」」

 

「隼人、寧々子二人ともおはよう」

 

「「福にぃおはようっ!!」」

 

 

序でに紹介しとこう。

こっちのネコっぽいのが『三宅寧々子』。見た目の通り“個性”は“猫”で、ネコっぽいことは大体できる凄い子で、ウチの最年少だ。

んでもって隣にいるやんちゃな癖毛が『足柄隼人(あしがらはやと)』。ウチの三男で下から二番目の子になる。こいつはシンプルな“増強型個性”持ちで、将来はスポーツ選手を目指すのも有りかも知れない。

 

そんな二人は現在、ニチアサタイムに夢中だ。

転生前の世界では、少年アニメ→スーパー戦隊→特撮ヒーロー→少女アニメの順番で放送されてたこの時間、こちらの世界では少し異なる。社会にリアルヒーローが存在するためにヒーロー物の枠がゴールデンタイムのワイドショーに戦闘映像ライブラリーとして引っ越し、空いた枠にファンタジー物がよく入る。

今やっている『光の国のワンダーナイト』と言うアニメは小国の王子が見聞を広める為に身分を隠し、国中を見て回る冒険譚らしく大変好評らしい。…見た方が良いのだろうか?なんか、角取さんと吹出君が熱心に語ってたな…。

 

そんな事を考えながら台所に移動する。すると台所に男女二人が立ち、朝食の支度をしていた。

 

 

「おはよう…。すまん遅くなった、手伝うわ」

「あぁ、おはよう」

「おはよう福兄。もうすぐで出来るから、先に御飯盛っちゃって」

「あいよっ」

 

 

こっちのドライ&クールなつり目の男が『葛西束』。ウチの次男。

そして、こっちの三つ編みに涙ボクロが『川瀬琴葉』。ウチの長女。

 

俺が雄英を目指し始めた頃から、チビ達の面倒を見てくれる良く出来た弟と妹だ。

寧ろ良くやり過ぎて、最近兄の威厳に危機感を覚える。今度オヤツで餌付けしようか…。

 

 

「それは好いわ福兄!是非『大入スペシャル』をお願いね?」

「福兄はなんて?」

「オヤツ作ってくれるって。威厳を取り戻すんだーって」

「こらナチュラルに人の思考をROMるんじゃない」

 

 

琴葉の“個性(チャットルーム)”は集中すると読心まで出来る。短い射程距離と高い集中力が求められることから、精度は大したこと無いらしいが、エスパーよろしく心を読まれるのは内心冷や汗をかく。自分には秘密にしている事が色々あるから尚更だ。

そんな思考をパタリと放棄し、読心対策に頭の中で即興で唄を歌う。脱線した情報を大量に垂れ流す事で彼女に処理負荷がかかり、(サーバー)がダウンするらしい。

御飯をよそって食卓に並べると、今度は味噌汁を盛る。おっ!今日は春キャベツと玉葱の味噌汁か…。

 

 

「さぁ、出来たわ。皆~御飯よ~!」

 

「「は~い!」」

 

「あぁ、俺が紡呼んできます」

「おう、頼んだ」

 

「あらあら~。もう出来たのね~」

 

 

これが俺の家族。

 

俺が住む児童養護施設「陽だまりの森」は養育児童6名を育成する所謂「ファミリーホーム」と言われる規模の施設になるのだが、その実体は全然違っている。と言うより一介の孤児院に山付き、家庭菜園付きとかある分けねぇだろう常識的に(J)考えて(K)という話で有る。

AVENGER計画に伴い、国から別枠の支援金が投資されているらしく、運営資金が潤沢なのだそうだ。流石に娯楽品に関しては限度はあるが、それ以外の生活に必要な物は一通り揃う。

他の児童養護施設との差異については語れないが、転生前に一般的な家庭で人生を送って来た俺からしたら、この生活は転生前の家庭と遜色ない。確かに、「労働」と称した施設内の手伝いが必要な事や、身の回りの世話を自発的に行う必要があり、弟妹の多い大所帯であるが、反対に言えば違いはそれくらいな物だ。お腹一杯の食事、生活に困らない程度の衣服、温かいお風呂にお布団と、衣食住が揃っている。

ここでの生活は忙しないが、とても充実感に溢れている。

 

 

「おっ!ほうれん草のお浸しウマー」

「そう?ありがとう福兄」

「あぁ琴葉、それ俺が作ったんですが…」

「卵焼きアマーイ!」

「二人とも料理上手になったわね~いいお嫁さんになるわよ~」

「あぁ、俺も嫁なんですか…」

「ほら、寧々子。口汚れてる」

「にゃー!」

 

 

大人数で食卓を囲み、賑やかな朝食を取る。献立は御飯、味噌汁、お浸しに卵焼きとお漬け物の和食構成だ。

 

 

「福兄?今日暇?」

「ん、予定あるけど…。どうかしたのか?」

「いや…なんでも…」

 

 

すると紡が今日の予定を聞いてきた。生憎昨日のうちに予定を入れてしまったので、そちらを優先したい。内容を確認しようかと思ったら、どうにもはぐらかされてしまった。

 

 

「あら、珍しいわね?何処かに行くの?」

「えぇ、一佳と遊びに…」

「まあ!もしかして二人で?」

 

 

「……ハァ?」

 

 

お母さんと話していると、カランと音がした。視線の先に箸が転がった。

 

 

「…ふ、福兄が…で、デート…?」

 

 

何故か、この世の終わりのような顔をした紡が居た。

 

 

 

 

──拳藤さんと大入くん──

 

 

「と、とんでもない事をしてしまったぁぁぁっ!!」

 

 

雄英体育祭が終わった翌日、自分のしでかした事を思い出していた。

逃げる福朗を捕まえて宥めるためとはいいながら、思いっきり抱きついて抱きしめてしまった。我ながら大胆な事をしてしまった…。

 

今でも鮮明に思い出す。あの福朗の体温、心臓の音、汗のニオイ…。

 

 

「って!何考えてんだーっ!私はーっ!」

 

 

頭の記憶を振り払うように、たまたま近くにあったクッションに当たり散らす。クッションがポフポフとへこみ、思い出したかのように、また元の形に戻る。

 

どうにか気分が落ち着いた。

 

…ガッチリした体付きだったな…。

 

 

「って!いってる傍からーっ!」

 

 

思わずクッションを壁に向かって投げつける。ウサギのキャラクターがデザインされたそのクッションは、壁に衝突しそのまま力無くポタリと床に落ちた。

許せ、君に罪は無い。

 

 

「はぁ…何か駄目だ、今日の私…」

 

 

今朝からこんな調子だ。事あるごとに彼の色々な表情を思い出し、心が掻き乱される。

既に一日が終わろうとしていた。

 

 

「今思えば中学からなんだよな…ああいう表情するようになったのは…」

 

 

ふと、アイツの顔を思い出す。

自信に溢れた態度、優しい笑顔、恥ずかしそうな赤面、冗談を言う愛想笑い、必死に弁明する困り顔、縋るような泣き顔、楽しそうに笑う顔。

気がつけばアイツも色んな表情を見せるようになった。

 

 

「あぁ、でもあの時の顔は昔にちょっと似てたかも…」

 

 

準決勝で見せたあの抜き身の魂みたいな叫び、小さい頃のアイツにそっくり…。

気に入らない事には全力で反発して、曲がった事が嫌い、自分を絶対に曲げない。そんなギラギラした性格だった。

そんな部分はとっくの昔に「死んでしまった」のかと思っていたが一安心だ。福朗が「全てを取り戻す日」は近いかも知れない。

 

 

「はっ!まただ…」

 

 

思考がアイツから抜け出せない。どんたけアイツの事考えてんだよ!乙女かっ!!

 

 

─PPP !!!

 

 

「ひゃう!?」

 

 

突如、私の持つスマートフォンが鳴り出す。味気ない電子音が鳴り響いて、体がビクリと反応した。

 

 

「……福朗からメール?」

 

 

スマートフォンにはメールが一件受信されていた。

 

この御時世に携帯電話を使用している彼とのやり取りは少し面倒だ。どうしてもSNSツールからハブられるから別ルートでコンタクトを取らないとならない。ふとメールの履歴を見るとその殆どが家族と福朗、後アイツの弟妹達で占められていた。

どうしようも無い感慨に耽った後にメールを開く…。

 

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:遊びのお誘い

 

改めまして、雄英体育祭お疲れ様でした。

急で悪いんだけど一佳、明日は暇?

よかったら一緒に遊びに行かないか?

 

──────

 

From:拳藤一佳

To:大入福朗

件名:Re.遊びのお誘い

 

それは良いけど…何処行くの?

つか、アンタ体は平気なの?

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:Re.Re.遊びのお誘い

 

紡に体力分けて貰って、リカバリーガール先生のとこで即効直した。それで一日潰れたけど…。そのお陰で休みを満喫してない!遊びたい!

行き先なんだが、ちょっと遠出して舞浜とか如何?夢の国で遊びたい。

 

──────

 

 

あそこか…久しぶりに行くのも悪くないな。最後に行ったのは中学の卒業記念で友達と行った時か。福朗とチビ達と皆でワイワイ遊園地…楽しそうだな。

 

 

──────

 

From:拳藤一佳

To:大入福朗

件名:Re.Re.Re.遊びのお誘い

 

いいよ。私も暇だし

 

──────

 

From:大入福朗

To:拳藤一佳

件名:Re.Re.Re.Re.遊びのお誘い

 

よし、決定!明日9:00に駅前集合な!

 

──────

 

 

 

 

 

 

「…あれ?チビ達は?」

 

 

駅前に行くと福朗が待ってた。

 

上は白いインナーのTシャツに黒いパーカー。ちょっと目を引くパーカーで、後ろから覗くと裾から黒い紐が伸びている。更にフード部分に三角形のパーツが二つ着いている。

「クロネコパーカー」というこの奇妙な服は、福朗の妹の寧々子からのプレゼント。「福にぃとおそろいにゃ!」と言われ、それから愛用しているらしい。シスコンめ…。

後は下はジーパンで、ベースボールキャップを目深に被り、手袋をはめていた。

そして手にはいつものマッカンが納まっていた。

 

 

「あぁ、チビ達はお留守番」

「…待って!…今日はチビ達居ないのっ!?」

「そうだけど…」

 

 

それって、もしかして、もしかすると、「デート」って奴では無かろうか?

男女二人が遊園地に遊びに行く…デートじゃないか…。

 

 

「……?どうした、一佳?」

「っ!?何でもナイ!何でもナイからっ!」

 

 

不意に福朗が顔を覗き込んでくる。彼の瞳に自分の顔が写った。思わず息を呑み、身を仰け反らせた。私は慌てて平静を装う。

やめてくれ。そういうのは心臓に悪い。顔が熱くなる。

 

 

「…何だか、体調崩してるのか?顔も赤いし、熱でもあるんじゃ…。無理してるなら予定キャンセルでも…」

「違うっ!風邪とかじゃないから!」

「そ、そうか?…でも、具合悪いなら言ってよ?」

「大丈夫だからっ!…よし!さっ、行こう!」

 

 

急遽始まった福朗とのデート…。学校帰りにちょっとサイゼで御飯したり、電車やバスでずっとダベったりと、ここ最近いつも一緒の相手。中学時代も一緒にトレーニングや勉強をした後に息抜きでゲームセンター行くくらいはしていた。

しかし休みを使ってまで、本格的に遊びに行くのは初めてかも知れない…。ヤバイ、緊張してきた。

あれ?私の恰好って大丈夫?変じゃないよね?福朗の手を引いて歩き出してからふと気付く、緊張で手汗出てきた。…バレてないよね?

 

 

「……そう言えば…」

「…?」

「ソレ使ってくれてるんだな…」

 

「……あぁ……」

 

 

そう言いながら福朗が私の頭…サイドテールを束ねるのに使った「シュシュ」を指差してきた。

明るいオレンジ色の髪の毛に良く映えるハワイアンブルーの髪飾りは福朗からプレゼントにもらった物だ。

その髪留めを選んだのは本当に偶然だが、彼の指摘に思わず顔が更に熱くなる。ついぞ、私は黙りこくってしまった。

 

 

 

 

電車に乗ると二人の楽しい会話…とはならなかった。

 

 

「…あれ?もしかすると『大入福朗』君?」

「え?嘘っ!マジっ!?」

「誰それ?」

「あれよ!この間の雄英体育祭!一年部門の総合二位っ!」

「すごかったよアンタ!頑張ってくれよな!」

 

「はい、ありがとうございます…」

 

 

電車と言う密閉空間で私達は包囲された。

 

雄英体育祭の活躍を経て福朗はちょっとした有名人と化していた。

本大会の注目株として期待されていた1年A組。その視線を一気に掻っ攫って行ったのがコイツだ。

 

選手宣誓での啖呵切り。

騎馬戦での空中殺法にロボパニック。

飯田戦ではテクニカルに攻め。

茨戦では景気よく殴り飛ばし。

轟戦では情け容赦の無い説教。

爆豪戦ではステージを大爆発で叩き割り。

表彰式でのあの暴挙。

 

なんと言うか悪目立ちし過ぎた。今思えば目深に被った野球帽は顔を隠すためのアイテムだったのだろうか?

目の前に立つ件の男は困ったような笑顔を向けていた。

 

 

「…で?そっちの可愛いお嬢さんは彼女?これからデート?」

 

「んなっ!」

 

 

乗り合わせたおじさんが急にそんなことを言い出すもんだから、自然と鼓動が早くなる。思わず息を呑んだ。

 

 

「…違いますよ。彼女、俺では釣り合わない位にステキな女性ですから」

「ちょっ!?」

 

「「「おお~っ」」」

 

 

不意打ち気味のベタ褒めに周囲から歓声が漏れる。やめろぉ!何だか恥ずかしいだろ!

 

 

「まず、真っ先に目を引かれるのはその容姿だよな。明るい色の髪の毛は太陽見たいに暖かい色をしていて、束ねられた髪の毛は毛先が全身の動きに合わせて揺れて可愛らしい女の子らしさを醸し出している。瞳は薄いブルーで小さな泉のような清らかで透明感のある美しさ。鍛錬を積んだ体は引き締まっていて、綺麗なボディラインを維持している。

しかも、容姿が綺麗なだけじゃない。

優しくて、面倒見がいい、クラスの中心。でもそれを鼻に掛ける事無く、謙虚で誠実。向上心もあって、自分を高める努力は怠らない。

そういう内面から滲み出る美しさも彼女の魅力かな?」

「や、やめろ福朗…遊んでるだろ?」

「バレたか」

「ぐっ、コイツ…」

 

 

明らかにやり過ぎな解説に言及したところあっさりと虚言を認めやがった…。ちくせう。

 

 

あっ、いいこと思いついた。

 

 

「でも、釣り合わないって事は無いだろ?」

「…え?い、一佳?」

「まず、分かり易いのがその強さ。この間の雄英体育祭でのリザルトは騎馬戦1位に総合2位の好成績。間違いなくヒーローの素質、こと戦闘力に置いて優秀と言えるだろう。

ルックスも…まぁ、悪くない。喜怒哀楽に富んだ、精悍と言うよりも愛嬌のある顔立ちは、自然と周りを楽しませるし、何より精神的な余裕を感じさせる。

それでいて性格は周りに優しくも厳しく、自分には更にストイック。才能にかまけること無く努力を怠らない勤勉家。成績優秀、質実剛健を地で行く様な男だ」

 

「「「おぉ~…」」」

 

「ちょっと一佳、やめて…悪かったから…」

 

「あぁ、でも可愛いとこもあるよね。

折角の栄えある総合2位なのに結果に満足いかないって拗ねてみたり、超が付くほど甘党なスイーツ男子だし、主夫だし。それと寝るとき猫みたいにスンゴイ丸くなって寝んの」

 

「やめてっ!!」

 

 

必死になる福朗…なんだか楽しくなってきた。

 

 

「他には何があっかたかな…そうそう!あれは先週の…」

 

「やめろぉっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ~面白かったっ!」

 

「さいですか…」

 

 

余りに面白かったんで、福朗をからかったら、福朗がそっぽ向いたまんま、こっちを向いてくれなくなった。よく見ると耳が真っ赤になっている。

ふふふ、福朗よ初奴よのぉ…。

 

電車を降りて辿り着くは舞浜。そこから更に歩く、遠くを見れば既に夢の国は目と鼻の先だ。

しかし、夢の国の正式名称を言おうとすると福朗が真顔で止めてくるのは何でだろう?以前に理由を聞いたら「黒服のエージェントがやって来て、永遠に夢の国の住人にされる」らしい。んな馬鹿な。

 

 

「~♪」

 

 

段々と近づく夢の国からBGMが流れてきて、それに乗っかるように鼻歌を歌う。気分が乗ってきて、既に気合充分だ。

 

 

「ついたな…」

 

 

そして見えた入場ゲート…。

始まるのか…福朗とのデートが。

 

随分と気持ちを誤魔化していたが緊張が走る。思わず拳を強く握った。

 

 

「さっ!行こうっ!」

 

 

私は福朗の手を繋ぎ、先を急ぐ。

いざ征かん夢の国へっ!!

 

 

そして私は二歩三歩と歩いて、福朗の手に引き留められた。

 

 

「まてまて。まだゲストが来てない」

 

「…は?」

 

 

ちょっと待て?今なんて言った?ゲスト?

 

疑問を浮かべる私を余所に福朗はゲートの列から外れてズンズンと脇に進んで行く。

 

 

「確かこっちに…あぁ、居た居た」

 

 

目の前には三人の男女が居た。

一人は桃色髪の少女。一人は赤髪の少年。

一人は…。

 

 

「…あっ!おにーさん!おはようございます (*❛ั∀❛ั * )✧」

「おはよう僕ロリ一昨日ぶり」

「です!…ゴホン!では皆さんお揃いですので改めましてっ!

これより、第1回雄英高校ヒーロー科1年!千葉出身者交流会!略して『ヒロイチバ会』を開催したいと思います!ハイっ!拍手~ (*´ー`*人)」

 

「「「わーっ!」」」

 

 

……なるほどー。福朗も「チビ達()居ない」ってしか言ってないもんな-。

 

これはデートじゃなくヒーロー科の交流会なのかー。

 

そうかー。

 

そうか…。

 

 

 

 

「福朗おおおっっ!!?」

 

「えっ!?ちょ、なに!ちょ、やめ!ぎゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

この野郎っ!私のドキドキを返しやがれっ!!

 

 


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