転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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66:最終種目 決勝戦 3

大入は既に“個性”を「使えない」…。

否、「使っても意味が無い」のだ…。

 

 

何故なら大入は武器のストックが「空っぽの状態」だからだ。

 

 

大入が轟戦で放った最大最悪の必殺技〈降雨機関銃(フルマシンガン)〉。あれが大入の持つ武器の全てだった。

更に追加で放った〈シェルブリット〉。あれで大入の備蓄した空気の大半を失った。これまで大入が溜め込んだ「一週間分の空気」を大会の要所で使ってきたのだ。最早自らの体を飛ばすことさえ叶わない。

残った空気はごく僅かだ。

 

 

大入の持つ意外な弱点。連続戦闘への脆弱さ…。

 

 

大入の誇っていた強さは「入念な下準備」があって、ようやく成立する物なのだ。

今は山札の切れた状態、既に後は無い。

 

 

(肝心な場面に来てコレだもんな…。本当に嫌になる)

 

 

大入福朗は弱い…。

自身はいつもそれを嘆いていた。

 

緑谷の様なパワーは無い。

爆豪の様な爆発力は無い。

飯田の様なスピードは無い。

轟の様な制圧力は無い。

八百万の様な万能性は無い。

麗日の様な支援能力は無い。

常闇の様な戦闘力は無い。

物間の様な意外性は無い。

鉄哲の様な頑強度は無い。

塩崎の様な許容量は無い。

拳藤の様な才能は無い。

 

無い、無い、無い、無い、無い無い尽くし。何処に行っても一番になれない。上には上が居る。思わずため息がでる。

 

人には「他人に負けない一番の強み」というものがある。身体的・精神的どちらでも構わない。

しかし、大入には無い。

結局の所、「道具を沢山持てる」以外は但の“無個性”と何も変わらないのだ。

道具に頼るだけの自分。当然道具(ちから)を失えば、有象無象の凡人へと成り下がる。

 

器用貧乏…大入のみが知る、彼の底。

 

贅沢なのは分かっている。曲がりなりにも決勝戦にまで来る実力者なのだから…。

しかし、彼が求める物、欲しい物の為には幾らあっても足りない。足りない。

 

 

「…それがどうした?」

 

 

しかしだ…。

 

 

「爆豪君…君の見立ての通りだ。俺の“個性”は在庫切れ(・・・・)だ。

その上で言わせて貰う…。それがどうした?」

 

 

弱くても…。力が足りなくても…。

 

 

「少なくとも…俺にとっては白旗を上げる理由にはならんね」

 

 

止めらない…。止まらない…。

 

 

「弱いから諦めるのか?“個性”が使えないから諦めるのか?戦えないから諦めるのか?

そんな訳ないだろう!俺がやるって決めたんだよっ!だったら全力でやり通すだけだ!」

 

 

止まったら失うかも知れない。大入は大入で居られなくなる。だから、退かない。

 

大入は再び構える。

 

 

「これが俺の「今」出せる全力だ…文句は受け付けないよ…」

 

 

大入はそのまま待つ。爆豪の応えを求めて…。

 

 

 

──パァン!

 

 

 

 

唖然…そんな表情で大入は爆豪を見た。

爆豪は突如自分の顔面を両の手の平で叩いた。一度深く呼吸をすると爆豪の目の色が変わった。

 

 

「…そのツラ…ムカつくなァ。俺の大っ嫌いな奴を思い出す…」

「……」

 

 

爆豪には目の前の大入(アイツ)がダブって見えた。

 

いつも自分の後ろを歩いていたムカつくアイツ。

自分に手を伸ばしてきたムカつくアイツ。

弱いクセに刃向かったムカつくアイツ。

“無個性”のクセにヒーローに憧れたムカつくアイツ。

弱いクセに飛び出しきたムカつくアイツ。

ずっと俺を騙して虚仮にしたムカつくアイツ。

ピンチに真っ先に飛び出していくムカつくアイツ。

いつの間にか先に進んだムカつくアイツ。

 

 

何処までもムカつくアイツ。

 

 

「でも…まぁ…大体分かった…」

 

 

爆豪の手の平からパチパチと火花が散る。

 

 

「全力で殺すわ」

 

 

次の瞬間、爆豪は飛んだ。騎馬戦で見せた飛行能力。大入の頭上を捉え、両手を翳す。

 

 

「っ!?」

 

 

大入は横に跳んだ。爆豪の意図を理解したからだ。

爆豪の肘から手の平に掛けてスパークが走り、大爆発が巻き起こった。

 

爆豪の最大火力…の二歩手前。反動が来ないギリギリの許容範囲での火力。それを真下に目掛けて打ち込んできたのだ。

震源地から逃げだした大入は、未だに危険域。「地面」と言う名の「不動の壁」に爆風は衝突し、全方位へ拡散する。轟風が辺り一面をも飲み込み、大入が吹き飛んだ。

 

 

「全方位死角無しみてぇだが、遠距離なら不完全だなァ…。

だったらそこから切り崩す!!」

 

 

上空に滞空していた爆豪が地面を這う大入を見つけた。さながら野鼠を狩る隼を彷彿させる。

爆豪は大入へと一直線に直滑降。爆速ターボの加速力の乗った流星が一条、地面に落ちる。

 

 

「…ッぶねっ!?」

「これも躱しやがんのか…」

 

 

高速で突撃する爆豪が突き出した右腕。大入は針の穴を通す様な精密さで手の平を蹴り弾く。爆破が逸れ、地面を穿ち、瓦礫と大入をまとめて爆風が吹き飛ばす。

爆豪は冷静に大入を見る。先程の強襲も有効打であっても、決定打にはならないと予想は出来ていた。

 

 

「じゃあ、次だ」

 

 

だからすぐに次の手を打つ。

 

 

(っ!?この動きっ!?)

 

 

爆豪は手首を、準備運動でもするかのようにグルグルと回し始める。

両手から小規模の爆破が連続して発生して爆豪の体が浮く、緩やかに回転を始めた。

 

大入が咄嗟に距離を取る。連続のバックステップで攻撃を待ち構える。

 

爆豪の手の平の爆破の速度と規模が増加していく。一足飛びに速度と回転数が上がる。そして動き出した。

「ネズミ花火」…真っ先にイメージされたのがそれだった。人間サイズのそれは、決して可愛らしい物では無い。燃え盛る紅蓮の大車輪、それが大入を薙ぎ払う様に動き出す。

 

 

「(軌道が読めないっ!)…ちっ!?」

 

『炎の輪が迫るっ!?しかし、それを大入、右へ左へ躱していくっ!!まるでサーカスみてえだな!?』

 

 

イビツに形を歪める火炎攻撃。度ごとに爆破する手首の角度を操作する。縦回転、横回転を無軌道に繰り返し、ランダムの動きで大入の先読み…爆豪の手の向きからの軌道予測を崩す。

大入は距離を離して回避に専念。カウンターを叩き込めずにいた。

 

 

「ったく!次から次へと嫌らしい攻撃してくるなっ!」

「るせえっ!勝手に避けンじゃねえよ!」

「無茶言う…なっとっ!!」

 

 

爆豪が回転したまま、爆破だけを止める。慣性に従うままに体を捻りながら両手を揃えて重ね合わせる。

それを思いっ切り振り抜く。

地面を這う様に侵攻する炎の津波。轟がやって見せた拘束技を爆豪流にアレンジして見せた。

大入はタイミングを読んで、その波を跳び越える。しかし、それは悪手だった。

 

 

「ようやく派手に跳んだなァ!?」

「…っ!?しまっ!?」

 

 

大入は体を丸くし、空中で防御姿勢を取る。そして攻撃が来た。

 

 

「あ゛づっ!?」

 

 

火の玉の散弾銃。爆豪が両手で籠を編むように指を絡めて重ね合わせる。

指で織りなした網目を爆破が通過して、爆破が分散、散弾となって大入の体を焼き叩いた。そのまま、吹き飛び地面を転がった。

 

 

「獲ったァ!!」

 

 

大入が両手を地面に手をついて起き上がる瞬間、爆豪は既に大入目掛けて一直線に加速していた。大入は四つん這いのままに爆豪を睨む姿勢、満足な回避も精密なカウンターも出来ない体勢、完璧なタイミングだった。

 

 

──ゴッ!!

 

 

「があっ!?」

 

 

突如聞こえた風切り音。爆豪の脳に危険信号が流れた。完全に誘い込まれた。

煙の中から拳程の石が飛び出す。それがドンピシャリと爆豪の顔面に激突する。予想だにしない一撃に、思わず爆豪が怯んだ。

大入は直ぐさま跳びあがり、無防備を曝した爆豪の肩と股下を担ぎ上げる様にガッチリとホールド、そのまま投げた。

 

 

「ふぐっ!?」

「つ か ま え た !」

 

 

柔道に見られる大技「肩車」。それを受け地面に仰向けに倒れる爆豪。大入が馬乗りになりマウントポジションを取る。

そしてそのまま両手をアームロックした。

 

 

「テメエ…最初っから騙してやがッたのか!?」

大会全部(・・・・)を使った一撃だ!光栄に思えよっ!!」

 

 

大入の最後の不意打ち〈突風銃(トップガン)背度撃ち(ハイドショット)〉。爆豪は完全に反応が遅れた。

元々大入の「武器が無い」発言は虚言(ブラフ)だと見抜いていた。武器を隠し持っている可能性は最後の最後まで捨ててはいなかったし、最悪再び拾い集め直される事まで想定していた。

だからこそ爆豪は、大入の体勢を完全に崩しきったこのタイミングで切り込んだのだ。

 

 

それでも爆豪は回避しそびれた、それは何故か?

 

 

簡単な話だ。大入が予備動作無し(ノーモーション)で必殺技を撃ったからだ。

 

 

本大会で大入はあることをしていた。「指を鳴らす」「手を叩く」…このどちらかを必ず“個性”使用前に行っていた。

 

「全くもって必要ない動作にも関わらず」だ。

 

大入のクラスメイトは遊びやパフォーマンスの一環と認識していたが、それは大きな間違いだ。

大入の狙いは「“個性”の発動条件にハンドアクションが必要である」と誤認させる事だった。元よりB組なんぞ眼中に無い、対A組用の一回限りの暗器。それを決勝戦の土壇場でとうとう抜いた。

 

 

「馬鹿にしてんじゃねェぞ!?こんなんスグに…」

 

 

両手のアームロック、大入は選択を誤った。こんな物、爆豪からすれば「どうぞ、手を爆破して下さい」とお願いされて死んでいるようなものだ。

「だったらお望み通りにしてやるよ」と言わんばかりに爆豪は手の平を高火力で爆破した。

 

 

──パチっ!

 

 

「……は?」

 

 

イヤにちゃっちい音の爆発がした。何が起きたのか分からない。爆豪は混乱した。

 

何故、大入は悪辣な笑み(・・・・・)をしているのか?

 

 

「…あ」

 

 

アッサリと声が漏れた。

 

 

「…ああっ!」

 

 

爆豪は理解した。大入の狙いに気付いてしまった。

 

 

「あああぁぁぁぁっ!!?」

 

 

爆豪は自分の手の平を見て、叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始から12分が経過した…。

 

 

 

『オイ…』

 

 

実況席のプレゼントマイクが声を漏らす。

 

 

『オイどうなってんだよこれええええええっ!!?』

 

 

「ぬがああぁぁぁっ!放しやがれっ!クソ大福がああぁっ!!?」

「白旗をっ!上げてくれたら喜んでっ!!」

「寝言は寝て死ねっ!クソ野郎がっ!?」

 

 

プレゼントマイクの悲鳴が上がる。

爆豪の怒号と罵声が迸り、大入が顔からダラダラと脂汗を滲ませながら軽口を叩く。

そして大入と爆豪の二人が繋がった両の手の平から、パチパチと爆発音が鳴り響き、ブスブスと黒い煙、肉の焼ける臭いが漂っていた。

 

 

『大した忍耐力だな。かれこれ七分もあの状態をキープしてやがる…』

『こんな耐久戦なんて聞いたことネェゾ!?』

『大入は確実に勝つための鍵を拾い集めているだけだ…全力でな』

 

 

相沢は冷静に眼下の一見地味で、しかしとんでもなく熾烈な戦いを評価していた。

 

 

(もっとも、そのやり方は狂人の域だがな…)

 

 

最後の一言だけはそっと飲み込んだ。

 

大入のやっている事は「この期に及んで武器集め」である。狙いは目の前の爆豪だ。

 

そう、大入は「爆豪の手汗」を格納している。

 

騎馬戦で大入が峰田相手にやって見せた粘着球や、轟戦の大氷塊と同じ「“個性”を奪い取る戦い方」だ。爆豪の手汗がニトログリセリンに類似した化学成分である以上、それは大入の格納対象だ。爆豪はせめてもの抵抗として、格納されるより早く爆発を繰り返し、奪われる汗を減らし、大入の格納機能を破壊するために手の平にダメージを蓄積させ続けている。

 

 

相手の“個性”を利用するカウンターアタック。実は相棒の物間の模倣だったりする。

ボーラなどの縄仕事(ロープアクション)は泡瀬の模倣。

格闘技術は近接型のクラスメイトの模倣。

遠距離攻撃と防戦の立ち回りは回原先生や塩崎の模倣。

武器開発は発目の模倣。

 

 

大入は弱い。だからこそ武装する。

肉体で、武器で、技術で、知識で、戦術で、自分が手に入れられる強さを持てる限り拾い集めて、その身に纏う。

 

 

──『貪欲』

 

 

大入が絶対に認めない彼の強みは、その一言に尽きた。

何処までも醜く、泥臭くて、節操が無い。そして、その瞬間の彼は他の誰よりも高慢で傲慢だ。

だからこそ、ここまで這い上がってくるのだ。

 

 

「らあっ!!」

「ぐあっ!?」

 

 

ダメージの蓄積で大入の握力が限界を迎え、僅かに緩む。爆豪は拘束を逃れて、大入を殴り飛ばす。

爆豪が跳ね起きると大入に跳びかかり、マウントポジションを奪い返す。

 

次の瞬間、二人を〈揺らぎ〉が遮り、爆発した。

 

 

「があっ!?」

 

 

盛大に吹き飛ぶ爆豪。起き上がり、敵対者を見て、軽く舌打ちをした。

最悪の結果になった。

 

 

「随分と待たせたな…。やっとお前を倒すだけの武器が揃った」

 

 

堂々と待ち構える大入。右手に〈揺らぎ〉を出現させるとそれが小さく爆発して火を灯した。

格納した爆豪の「汗」を今度は大入が利用して武器にしたのだ。

 

 

「上等だよクソ野郎がぁぁっ!!」

 

 

爆豪はその場から駆け出し、一気に肉迫した。

幾ら爆豪の“個性”を盗もうが所詮は人真似。爆豪に分があると考えた。

 

 

「だぁりゃあ!」

「おらぁぁ!!」

 

 

爆豪の手の平が爆発し、大入の右腕を直撃する。同時に大入の〈揺らぎ〉を纏った足が爆豪に叩き込まれて爆発した。爆豪が蹌踉けた。

 

 

「らぁっ!」

「クソがぁっ!!」

 

 

大入の〈揺らぎ〉を纏ったエルボーを振り抜く。爆豪は正面から迎撃するように爆破を叩き込む。

 

 

「ああああああっ!!」

「があああああっ!!」

 

 

活火激発。互いが互いを打ち倒そうと拳と蹴りと爆発のラッシュを打ち合う。

爆破の余熱で気温が上昇し、爆豪の発汗量が更に加速する。攻撃が激しくなる。

火炎が空気を燃焼し、酸素量が減衰、二酸化炭素が排出されていく。呼吸が苦しくなる。

それでも止まらない。二人を中心に焼夷弾でも爆発したかのように深紅の業火が咲き乱れる。

 

 

『激しい爆発っ!!鳴り止まない轟音が空を叩くっ!!互いに一歩も退かねえ!?爆豪強気に攻めていくっ!!』

『いや、爆豪のミスだ…』

『はぁ!?』

 

「ぐっ!ぐうぅぅぅぅっ゛!!!」

「どうしたっ!回転率落てんぞっ!もっと気張れよっ!!」

 

『爆豪押されてるっ!?』

 

 

熾烈な打ち合い。ジリジリと爆豪が後ろに下がる。

 

爆豪はそもそもの前提を間違えた。優位性は大入にあるのだ。

爆豪の“個性”は手の平の汗腺から吹き出た爆薬による物。つまり、「手からしか撃てない」。

大入の“個性”は取り込んだ物質を自在に放出する物。つまり、「〈揺らぎ〉を纏えば何処からでも撃てる」。大入ならば、拳も、蹴りも、肘打ちも、膝蹴りも、果てには頭突きさえ、爆撃に変貌する。

 

爆豪の他の追随を許さない反射神経と運動能力に、大入は多岐に渡り研鑽を重ねた技術で追随していた。それに爆撃が上乗せされたのだ。当然のように大入が打ち勝つ。

 

 

「チッ!」

「何退いてんだよ」

 

 

堪らずに爆豪が距離を取る。しかし、今さら大入がそれを許すわけが無い。

突如、大入の背後が爆発。爆風に乗り、大入が走り出す。弾丸と化した拳が爆豪に突き刺さり、〈揺らぎの爆破〉が体を焼いた。

 

 

「一位になるんだろ?頑張れよっ!」

「があっ!?」

 

 

今度は爆豪の背後が爆発する。爆熱が爆豪の背を焼いた。更には前方に押し出された爆豪の腹に大入の跳び膝蹴りが突き刺さる。爆豪の体が、くの字に折れ曲がった。

 

大入の〈揺らぎ〉は複数の同時展開と、射程5mまでの任意展開が出来る。

つまり、大入は「打撃による爆撃」「爆速による移動」「死角からの爆破射撃」を完璧に同時に制御出来るのだ。

 

 

擬似的な“爆破の完全上位互換”。それこそが現在の大入の姿だった。

 

 

一度傾いた優勢は加速的に状況を変化させる。

格闘戦で競り勝ち。機動戦で競り勝ち。射撃戦で競り勝つ。

防戦一方の爆豪が限界を迎えた。

 

 

「でりゃぁ!!」

「あ゛あっ!!?」

 

 

爆発を纏ったローキックが爆豪の膝を叩く。限界を迎え爆豪は体勢を大きく崩した。

 

 

「決めるっ!!」

「っ!?」

 

 

大入は好機を見つけ、一気に勝負に出た。

両手足に〈揺らぎ〉を纏うと、それが渦を巻く、更に小爆発が乗った。

大入が身に纏う「爆炎の竜巻」。それが爆豪を刈り取る。

 

 

「 爆 !!!」

 

 

一撃目。爆速の足払いが炎を纏って両足を狩る。爆豪が宙に浮いた。

 

 

「 龍 !!!」

 

 

二擊目。爆撃の拳打が爆豪の鳩尾を貫く。重い一撃に体が弛緩した。

 

 

「 三 連 擊 !!!」

 

 

三擊目。爆弾のハイキックが爆豪の頭を蹴り飛ばす。無防備を曝した爆豪の意識を刈り取る。

 

 

『爆豪吹っ飛んだぁぁぁ!!ダぁぁウン!?』

 

 

弧を描き飛んでいく爆豪。その勢いはステージ場外の白線を越えた。後は地に体が触れれば場外判定、大入の優勝、B組の悲願が叶う。

その一瞬が妙にゆっくりに感じた。

 

 

(体が痛え…)

 

 

爆豪の意識が朦朧とする。全身を爆撃が打ちのめし、これっぽっちも力が入らない。

 

 

(…待て、駄目だ。…まだ終われねえ)

 

 

爆豪が虚空に手を伸ばす。力無いまま、足掻き続ける。しかし、終演のカウントダウンは刻一刻と迫る。

 

 

(まだ……)

 

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

──「かっちゃん!!負けるな!頑張れ!!!」

 

 

 

 

「っ!!ああ嗚呼アアぁぁああァァっ!!!」

 

 

『爆豪復活!?ギリギリのところで息を吹き返したっ!!持ち前の爆発で場外送りを回避っ!!』

 

 

聞こえるはずの無い声援。それが爆豪の意識を繋ぎ止めた。

覚醒した爆豪は地面に向けて爆破。推進力で一気に空高くへと飛翔する。

 

爆豪のガッツに観客から万雷の歓声が起こる。会場は完全に爆豪の味方になった。

 

 

(そうだ、何腑抜けてんだ俺っ!?まだだ!まだ終わっちゃいねえ!終われねえっ!!)

 

 

──ここで一番になる!

 

 

(自分が掲げた目標じゃねえか!?何投げ出してんだよ!!)

 

 

爆豪は連続爆破で天高く上昇していく。そして大入に狙い定めて急降下を開始した。

 

 

(クソデクにまで言われるなんて焼きが回ったなっ!!んなもん分かってんだよ!!

俺が目指したのは完膚なきまでの1位だ!!)

 

 

爆豪の手の平が連続爆破を積み重ね、右へ左へとバレルロールを繰り返し、加速する。轟々と螺旋を描き、爆豪が回転する。自身の体を己が持てる最高速度の砲弾に変貌させた。

 

 

(絶対に負けらんねえっ!!!)

 

 

大入福朗は目の前だ。

 

 

 

 

 

 

(これが主人公補正って奴か?本当に強い…嫌んなるわ)

 

 

大入はげんなりとした。完全に勝利を確信した直後にこれだ。

大入のトドメは爆豪を完全に沈黙させたと確信するに足る手応えだった。それなのに爆豪は息を吹き返した。

彼が強いことを知りつつも、まだ甘かった…と言うことか…。

 

 

(気張れよ俺…アレが最後だ…)

 

 

そう自分を叱咤して、大入は「口の中の血」を飲み込んだ。

 

既に大入も限界なのだ。

不慣れな爆破による攻撃は、僅かに生じた反動が全身にダメージを蓄積させていた。正直なところ、疲れ切った体にこれは辛い。

おまけに爆破によるエネルギーが〈揺らぎ〉の制御を狂わせ、イタズラに“個性(ポケット)”のフィードバックを加速させた。大入の“個性”自体も限界を迎えていた。

 

爆豪に注目が集まり、その大入の様子を見た者は誰も居なかった。

 

 

(残るは一発…)

 

 

これで最後になる。大入はそれを確信していた。爆豪のあの技が決定打になる破壊力を持つと知るからだ。

 

 

(だから、全力で迎撃するっ…!!)

 

 

大入は左手を翳すように前に突き出す。脇を締め、右拳を引き、正拳突きの構えをとった。

 

 

(この勝負、勝つっ!皆のためにもっ!!)

 

 

そして大入の目の前に〈揺らぎ〉が生まれる。一列に重ね合わせるように3枚発生したそれを収束、手の平程の小さな円盤状になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「〈合成砲(コンポジットアーティラリー)〉!轟爆焼却砲っ!!」

 

 

二人の距離がグングンと縮まる。そして最後の一撃が放たれる。

 

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト) !!!」

 

紅蓮火音(グレンカノン) !!!」

 

 

爆豪が大入を捉え、最後の爆破を叩き付けた。

大入が〈揺らぎ〉を穿ち、全てを呑み込む爆炎が放たれる。

 

二つの大輪の業火が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

ステージが亀裂を走らせて大崩壊した。何せ麗日の流星群を打ち破った最大火力…それが二つだ。耐えられるわけがない。

 

会場に黒煙と熱風が吹き荒れる。余りの迫力に観客が悲鳴を上げた。

 

すぐに誰かが黒煙を突き抜けて、空へと飛んでいった。誰かは緩やかで広大なアーチを描いて飛んでいく。ステージを遥かに越えて観客席にまで届いた誰かは、偶然近くに居たヒーローが慌てて受け止めた。

 

 

「っぁ……!!」

 

 

落下の衝撃が誰かは意識を覚醒させた。誰かは慌てて起き上がると、先程まで自らが立っていた場所…ステージを凝視する。

 

 

「あ……あいつは………?」

 

 

赤い瞳が揺れた。誰か…爆豪は自分の根幹がグラグラと揺れるのを感じた。

自分が居る場所…それは観客席、つまりは場外だ。

場外判定…自分の敗北。その事実がどっしりと腹の中に沈んでくる。

 

 

「俺は…負けたのか……?」

 

 

黒煙が晴れる。ステージに立つ憎き相手…大入福朗が顔を出す。

 

 

「………は?」

 

 

大入福朗は倒れていた。四肢を投げ出し、空を仰ぐ。

そして上半身が「白線」を跨いでいた。

 

 

『ああっとぉぉっ!!これはぁぁぁっ!!』

『両者…場外っ…!』

 

 

前代未聞の結末、「両者場外判定」。しかし、ルール上で采配が決まっている。

 

 

『けど、この場合って…』

 

 

場外判定の場合、「先に地面に触れた方の負け」と決まっている。

 

つまりは……。

 

 

『両者場外っ!!…しかし、先に場外に出たのは大入くん!!』

 

 

滞空時間の問題だ。爆豪が空中に吹き飛ばされた浮遊時間。それこそが勝因をもたらした。

 

 

『よって!勝者っ!!爆豪くん!!』

 

 

観客から割れんばかりの拍手喝采が送られる。

大入福朗(きょうてき)を見事に打ち倒し、勝利を掴み取った勝者(ヒーロー)

その賞賛が呆然と佇む少年に向けられた。

 

 

(…勝った?…俺が?)

 

 

確かに爆豪は勝者だ。「判定の上」ではの話だが…。

最後の打ち合い、盛大に吹き飛ばされ場外に叩き出されて置きながら、勝利を与えられた。

最後に運が味方をした。

 

 

「………るか…」

 

 

そう思えば良いのに…。

 

 

「こんな結末っ!!納得できるかっ!?」

 

 

爆豪は認めることは出来なかった。

当然だ、両者場外とは言いながら二人には大きな差があった。

大入は白線をギリギリ越えてしまっただけの距離だ。あの爆発の奔流を考えれば、誤差レベルと言ってもおかしくない状態だ。

一方で爆豪は観客席にまで叩き出されている。文句の付けようが無い完全場外だった。

これだけ明確な差を示されていながら、勝者と認められる。端から見れば『五十歩百歩』な話だが、爆豪には我慢ならなかった。

 

 

爆豪は観客席から飛び降り、爆発を使いステージに戻る。

 

 

「こんな勝ち方納得できるか!俺が狙ってんのは完膚無きまでの1位なんだよ!!」

 

 

爆豪は地面に横たわる大入の胸倉を掴み上げ、無理矢理起こす。

 

 

「立てよっ!!立って今度こそ…」

 

 

 

 

 

「…ゲホッ!」

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

突如爆豪の頬に生暖かい雫が当たる。そして鼻腔に感じる鉄の匂い…血の匂いだった。

 

 

「ゲホッゲホッ!」

 

 

血反吐を吐き、口から赤い雫を流す大入。瞳は虚ろで焦点も合ってなかった。

爆豪の腕を振り払おうと触れた右掌は、血に濡れていた。

 

 

(っ!なんだっ、これっ!?)

 

 

爆豪の本能が警鐘を打ち鳴らす。

爆豪は僅かに恐怖した。大入のその生気の無い瞳に、力の無い腕に、そんな状態でも動く執念に。

 

 

『二人とも止めなさいっ!』

 

「っ!?」

 

 

突如「花の香り」がした。興奮しきった肉体が急速に冷まされ、強い眠気に誘われた。

爆豪は全身に力が入らなくなり、そのまま膝を着いて、深い眠りに落ちた。

つられるように大入も膝を折り、意識を彼方へと手放した。

 

 

雄英体育祭、決勝戦…。

 

 

その戦いは爆豪の勝利を持って、幕を閉じた。

 

 


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