「『存在証明』…ただそれだけだよ…」
あぁ…まただ。また遠くへ行っちゃう…。
時折見せる孤独の目。何処か遠くを見るような、何も見ていない目。透明な色。
水面をのぞき込むと、ふと吸い込まれるようなあの感覚。体が振るえる、底冷えする。
手のひらで掴んだと思ったのに、スルリとすり抜ける。あれは夢か幻かと思わされるような無力感。
なんで…?なんでなんだよ福朗?
なんでまだそんな顔するんだよ?
淋しそうな顔をしてんだよ?
私はそんな顔を見たいんじゃ無いんだよ。
なぁ…。
笑ってくれよ、福朗…。
「…………ん…?……一佳さん?」
「…うぇっ!?な、なにっ!?」
グルグルと空回りを繰り返した思考がパタリと止まる。
隣に座る茨が声をかけてきた。さっきまでの考えを片隅において話を聞く。
「………」
「……な、なに………?っ!?」
ジッとこちらを見つめる茨。
突然私の頭を掴んで引き寄せるとそっと頭を抱きしめ、優しく撫で始めた。
「……大丈夫ですよ一佳さん。貴女は頑張っています。しっかりと思いは伝わってるはずですよ…」
そう言って塩崎が私の頭を撫で続けた。そんな中、私は…。
(こ、これが「母性の塊」…っ!)
思わず戦慄した。
塩崎茨の圧倒的な包容力。彼女の温かな体温と同性から見てもかなり大きめのバスト。極めつけは彼女の“個性”でもあるツル。その髪の毛から感じられるフローラルな香り。ハンパない癒やし効果だった…。
「…大丈夫……大丈夫…」
茨が根拠も無くただ私の頭を撫でる。なんだこれ?気持ちいい…。
あれ…?
あれ?なんだこの
……
……
「っ!!?」
「一佳さんっ!?」
「「「「どうしたっ!拳藤!?」」」」
「い、いや、なんでも無いっ!!」
全身から火が噴き出したかのように熱くなる。
待て、待ってくれっ!?これアレじゃ無いかっ!
準決勝前の私と福朗じゃないか!?
ちょっと待てっ!?冷静に考えたら、なんちう恥ずかしい光景なんだこれっ!?
思わず茨を引き剥がして、顔を塞ぐ。私の奇行にクラスメイトから驚愕の声が上がるっ!そんなん知ったことかっ!
しかし、私の願いは聞き受けられない。
「おんや~?どったの、一佳っち~?」
目聡く
如何にもワザとらしくニヤニヤとした顔で眺めてくる彼女の追求が迫る。
「なになに?そんなに茨っちの母性が効いたの?バブみが凄いの?オギャりそうなの?」
「母性っ!?」
「違っ…えっ!?ちょ!バブ?オギャ!?」
「そっか~違うのか~。じゃあ
「…へ?」
目を輝かせた切奈の眼光が爛々と私の瞳を覗く。次の瞬間、私は選択を誤った事を酷く後悔した。
「大入っちとなんかあったんでしょ~?」
「ブフォっ!?ゲホッ!?な…なにを…」
「いや~アタシ実はずっと気になってんだよね~?
準決勝前からなんだけどさ?なんで「一佳っちから大入っちの匂いがするのかな~」ってさ?」
「「「「「!!?」」」」」
「!?」
「言っとくけど、誤魔化しは効かないよ?何てったってアタシ、「男を嗅ぎ分けるのは得意」なんだからさ!」
自信満々な態度でこちらに詰め寄る切奈。すると、私の匂い…いや私に付いた福朗の匂いを探し始めた。
「スン…スンスン…。あーこれはアレだねー。この匂いのする場所は…」
「わーっ!わーっ!わーっ!!」
「もぎゅ!?」
これ以上喋らせる訳には行かない。私は、慌てて切奈の口を塞いだ…。
「…い、一佳さん?」
隣の茨が震えた声でこちらを呼びかける。
そして、気が付いた。
「「「「「…………」」」」」
こちらを見つめる周囲の目。
なんとゆうか「察した」と言うような空気が漂っていた。
「…は…ははは……」
もう既に語るに落ちた。
私は乾いた笑い声を出すしか無かった。
_______________
雄英に入ってからは、自分の今までをぶっ壊され事ばかりだ。
入試試験では同着1位が居たものの、こと戦闘力に置いては文句無し、ぶっちぎりの1位だった。
だが、それだけじゃ駄目なんだと痛感した。
入学二日目、初めてのヒーロー基礎学「対人戦闘訓練」、あの
その後にやった
どいつもこいつも俺の前を行きやがるっ!!
こっからだ!俺はこっから一番になってやる!!
──俺が1位になる。
だから、俺が目指したのは但の1位じゃねぇ。完膚無きまでの1位だ。
…なのに、なんだこれは?
第一種目は三位。いけ好かねぇ轟に先を越され、クソムカつく
第二種目は二位。生意気なモノマネ野郎をぶっ殺したのは少しスカッとしたが、時間を使いすぎた。結局、攻めきれなかった。
ここからおかしくなったんだ。
最終種目…。正直戦うことになんのは切島と常闇か八百万だと思ってた。だが、実際は
──
ムカつく!ムカつく!!ムカつくっ!!!
多少実力はあるみてぇだが、あのクソ生意気な奴の鼻っ柱をへし折ってやらねぇと気が済まねぇ…。
だが、
「…………はい?」
そこで思考は中断した。
突然ドアが空いて、中に人が入ってくる。ソイツは呆気にとられたようなアホな声を上げた。
目と目が合った。
顔面に貼り付けたヘラヘラとした顔。
黒髪ツンツンヘッドのクソ野郎。
「……ハ?」
決勝戦の相手、
_______________
(アイエエエェッ!かっちゃん!?かっちゃんナンデェッ!!?)
大入は内心パニックを起こしていた。長年培ってきたポーカーフェイスがそれを押さえ込むが、表情が僅かに揺れた。
動揺を抑えて大入は状況を確認する。目の前に爆豪、そして控え室のプレートを確認して気が付いた。
「あ~そっか。俺、次は第二控え室なのか…」
結論から言おう。大入は控え室を間違えたのだ。
選手控え室は第一と第二の二つを利用している。これら控え室の割当は簡単にトーナメント表に従って充てられていた。
トーナメント表のマッチングにて、表の右側に来た選手は第一控え室を利用、左側に来た選手は第二控え室を利用する決まりとなっていた。
例えば緑谷の場合全て第二控え室を利用し、轟の場合第二→第一→第二と言った具合に利用していた。
大入の場合はというと、今までの三試合で全て第一控え室を利用し、決勝戦で初めて第二控え室を利用することになるのだ。
なんでこんなややこしいシステムなのかと言うと、単にスタジアムの構造に起因している。
このスタジアム、言わずもがなとても広大な面積を誇る。障害物競走でスタジアム外周が4kmと言われたように、スタジアムの内周でも1~2kmになる。スタジアム内円の直径は400mにも相当する。
そう、この第一・第二控え室は距離の離れた別々の場所にあるのだ。
選手がスムーズに入場出来るようにするため、東ゲートに第一控え室が、西ゲートに第二控え室が設置されているのだ。
大入の疑問は氷解した。そこで新たな疑問が生まれる。
(あれ?かっちゃん、どうやって控え室を間違えたんだろう?)
大入の疑問は原作での話である。
爆豪はトーナメント表の一番右側、つまり「全て第一控え室」を利用している。そもそも「スタジアムの反対側にある第二控え室と間違えるわけが無い」のだ。
その上で行われた爆豪と轟の決勝戦前の会話。その意図とは…?
(これ以上はやめよう。深みにはまりそうだ…)
大入は考えるのを止めた。
所詮は別時空の話、今追求しても詮無き事である。
目下最大注意事項の轟が解決しているので最悪無視して構わないと判断することにした。
「あースマン、部屋を間違えた。邪魔して悪かったな」
大入福朗はクールに去るぜ。
この後直ぐに決勝戦なのに、このまま顔を突き合わせるのは非常に気まずい。戦いの準備を考えたなら、さっさと控え室戻るべきだろう。
大入は踵を返して控え室を後にする。
「……オイ、待てや
「っ!?」
ドアを閉めようとした所で爆豪が大入を呼び止める。
「それって俺のことか?」
「……」
「な、なんだよ…?」
大入は動揺しながらも対応する姿勢をとる。しかし、爆豪は大入をジッと睨みつけるばかりだ。
「……なぁ、お前って本当に「ヴィラン二世」なんか?」
「っ!?何故それを…っ!?」
大入はギョッと目を見開いた。彼の出生は知る人が限られる秘密だった。
果たしてどうやって爆豪は知り得たのか?
「廊下で騒ぐんじゃねえよクソが…」
「……は?」
「わざわざ女とイチャつきやがって」
「………っ!!?」
大入が目を見開いた。爆豪の言動で全てを察したのだ。しかし、認めない認められない。
認めたくないが確認せずにはいられない。大入は震える声で問いただす。
「ば、爆豪君?いつから見てた…?」
………
「……お前等が抱き合ってる所」
「いやあアアあぁぁぁあアあぁぁぁっ!!」
爆豪の慈悲も無いトドメの一撃、大入が断末魔を上げて倒れる。
大入が受けた拳藤の熱い、そして優しい包容。あんな情けなくてみっともない所、他ならぬ拳藤だからこそ大入は曝け出す事が出来たのだ。
そんな拳藤にバブみを感じてオギャっている所を爆豪は目撃したというのだ。憤死せずにはいられない。
両手で顔を覆い蹲る大入。さっきまでの緊張感は既に無く、なんとも言えない空気が漂っていた。
「ゆるしてつかーさい…ゆるしてつかーさい…」
「…ふん!てめえの事情なんざ心底どうでもいい…」
爆豪が大入の元に歩み寄ると両肩を掴み、無理矢理立たせる。
先程までの恥辱で顔を真っ赤にした大入を睨みつけてこう告げた。
「てめえには言っとかなきゃなんねえ事がある。
俺は俺の前に立ちはだかる敵を全部ぶっ殺して一番になるって決めてんだ。なのに、よくも騎馬戦じゃ背中に泥を付けやがったなぁ…。
だがここまでだ。次の勝負で、てめえをぶっ殺す。
いいか、全力で掛かって来いよ!俺はてめえの全力をその上からぶっ潰してやる!!」
そう言いきると「言いてえ事は全部だ!さっさと行けぇっ!!!」と大入を廊下に叩き出すと乱暴に控え室のドアを閉めた。
「全力…か…」
大入は自分の控え室に向かいながらポツリと先程の爆豪の言葉を反芻する。
「全く
そう言って頭をガシガシと掻いた。
「まぁ、いいや。ついでに
_______________
『雄英体育祭1年部門!
俺もそれなりに長いこと雄英の教師やって来たが、1年の内からここまでアツいバトルを繰り広げたのは初めてだ!!胸を張れよっ、オマエ等!!
しかし今までの戦いでさえ、この瞬間の為の前座に過ぎねェ!!!
リスナー!準備はいいかァ!!?』
─yeah !
『あぁん!聞こえねェぞ!!』
─Y E A H ! !
『まだまだ足んねえぞ!これが最後なんだ!腹の底から声出しやがれっ!!!』
─Y E E E A A A H ! ! ! !
『最っ高ぉのレスポンスだ!!オマエ等、愛してるぜっ!!!』
プレゼントマイクのマイクパフォーマンスがスタジアムを最高の状態に温める。
観客も興奮に曝された疲れを忘れて、ひたすら声を上げ叫ぶ。
『シノギを削りあった最強の1年が、とうとう、この瞬間に決まるっ!!その瞬間の目撃者は俺達だっ!瞬きする暇も呼吸する暇もネェゾ!!
真実は小説より奇なりたァ正にこのことだな!コイツ等に始まりコイツ等に終わるっ…!随分とドラマチックな展開じゃねえか!!?
それじゃあ……イってみようか決勝戦っ!!』
ステージに二人の選手が立つ。片方は静かに相手を見つめ、片方は好戦的に相手を睨みつける。
『彼は誓った、目の前のアイツを倒して1位になると…。
サポート科顔負けの武器開発力!それを使いこなす戦闘技術!戦術を構築する知力まで備えたバトルアーティスト!
1年B組! 大入ぃぃぃ福朗ぉぉぉ!!!』
大入は前に出る。彼が許されている開始位置…ステージど真ん中の数m手前に立つ。
一歩でも一秒でも早く、一撃を叩き込むために。
『彼は誓った、全ての障害を払い除け、俺こそが1位になると…。
ここまで勝ち続けた紛う事なき実力者!障害物競走三位!騎馬戦二位!…と来れば狙うのは燦然と輝く一位の玉座のみ!
1年A組! 爆豪ぉぉぉ勝己ぃぃぃ!!!』
爆豪も前に出る。生意気な大入から距離を取るのは、負けを認めたみたいで腹が立つ。張り合うようにステージど真ん中の数m手前に立つ。
一歩でも一秒でも早く、一撃を叩き込めば良いだけだ。
『二人ともその位置でいいのね?』
主審ミッドナイトの問い掛けに両者静かに頷く。彼我の距離は10mを切る。本大会初めての最短距離。
『おいおい!?なんだこれェ!近っ!?』
プレゼントマイクの驚愕の声が上がる。
大入は後一歩で射程距離。
爆豪は既に射程距離。
最初からクライマックスの
そして、無慈悲に戦いの鐘は鳴る…。
『S T A R T ! ! 』
開幕の瞬間に大入が一歩踏み出す。
次の瞬間には、爆豪の右手が炸裂した。前面を塗り潰すような高熱の壁、爆風。
「っ!?」
それをスルリと潜り抜けた大入が爆豪に肉迫する。拳を握る。
咄嗟に爆豪は左手の爆破で地面を抉る。
二度目の爆破で大入は吹き飛んだ。空を二転三転と転がり、勢いのままに立ち上がり、構え直した。
『あぁーっと!?大入近づけない!?やっぱし強ェな爆豪はっ!?』
『馬鹿、よく見ろ…。それともグラサンが邪魔で見えねえか?』
『おいイレイザー人様のグラサンをディスってんじゃ…って、おぉっ!?』
「まずは一発…かな?」
「てめえ…」
大入が不敵に笑う。爆豪の左の額から血が滲んで流れた…。
大入は開幕の一歩で右に…爆豪の左に踏み込んだ。それを爆豪は自分の癖である利き手の右手で爆破する。
次の瞬間、大入は左に爆豪の右外側に進路を一気に切り返す。敢えて自ら攻撃の懐に潜り込む事で、大入は相手の攻撃のワンテンポ先に割り込む。僅かな隙間を縫って回避したのだ。
このまま隙を曝した爆豪の横っ腹に強烈な一撃を叩き込むつもりだった。しかし、爆豪の反射神経は並のそれでは無い。すぐさま空いた左手の爆破で地面ごと吹き飛ばした。
吹き飛んだ最中、大入は更に一手打つ。爆風の中から小石を拾い、爆豪に向かって投げつける。自らの攻撃で視界を遮った爆豪は反応が遅れた。小石が爆豪のコメカミを打ち、血を流させたのだ。
僅か数秒間に込められた勝負の駆け引き。
大入はほぼ無傷。爆豪に小さな切り傷一つ。
「(これも凌がれたのか…)思ったより浅いなぁ。もっとパックリいってくれたら楽だったのに…」
大入は左手に持った小石数個を手の平で弄びながらそうボヤく。大入は爆豪に石を投げるとき、平たい面を水平方向にし、手首のスナップを効かせて強い回転をかけて投げた。小さな丸鋸のようにスピンした小石が爆豪に当たり流血…血で視界を潰す事まで狙った一撃だった。
だが、大入の小細工はトドメに届く前に爆豪の反射神経に凌がれた。僅かに身を捻った事で狙いがズレたのだ。
大入は驚愕する内心を笑顔の下に隠し、おちゃらけたように語る。
「…さて、次はどうしようか?」
「ふざけやがって…」
思案顔で考える大入。爆豪は生意気な顔を睨みつけていた。
………
………
試合開始から三分が過ぎた。
『オイ、なんだよ…これ?』
プレゼントマイクが思わず声を漏らした。二人の高レベルな戦いにでは無い。
『なんで大入の奴“個性”を使わねえんだ!?』
「てめえいい加減にしやがれ!!?」
大入が爆豪に向けて突撃する。大入がパチリと指を鳴らす。
大入と爆豪の間に幾つもの〈揺らぎ〉が生まれる。手足に〈揺らぎ〉を纏っていた時のような多重展開。空中に散りばめられた「砲門」は爆豪を…狙わない。
本命はこっそりと右手から肩に掛けて纏っていた〈揺らぎ〉…でも無い。
突如爆豪が体を仰け反らせる。原因は大入が足下から蹴り上げた石。それを爆豪の顔目掛けて飛ばしたのだ。
爆豪の体制を崩した大入はそのまま肉迫する。咄嗟に爆豪は迎撃に右手を振るが、大入のただ〈揺らぎ〉を出しただけの右腕に弾かれる。追撃に伸ばした左手で爆豪の右肩を掴むと、鳩尾に跳び膝蹴りを突き刺した。
蹌踉けた爆豪に大入は拳を叩き込もうとして、爆豪の左手に阻まれる。手の平の爆発が大入の右半身を爆破し、そのまま吹き飛ばした。大入の右腕に痛々しい焼き後を残した。
「…おー痛いっ。…勘違いすんな。
別に舐めてる訳でも、手を抜いてる訳でも無いよ?」
「あ゛あ゛ぁーっ!?ムカつくなァ!!」
飄々と騙る大入の言動に、爆豪の苛立ちが募る。
そう、大入は先程から“個性”を攻撃の囮として使うばかりで、攻撃に一切使用していない。
来そうで来ない偽装攻撃。同時処理で爆豪の速過ぎる反射神経を全力で振り回す。
「そんなに使わせたいならもっと本気にさせてみな?」
爆豪の冷静さを奪う挑発攻撃。“個性”未使用の舐めプ。爆豪のメンタルは早くも限界を超えた。
「上等だよクソがっ!?」
「っ!?」
爆豪が手の平で小爆発を繰り返す。そのまま爆豪は手の平を後ろに向け、一際大きい爆発を出した。
〈爆速ターボ〉。爆豪が愛用する爆風を推進力にした移動用得意技。斜め方向に走り出し、大入の横を走り抜ける。
一瞬で大入の背後を取った。慌てて大入は振り向く。
そこには両手を前に突き出して構える爆豪が居た。そして、手の平から強烈な爆発が起こった。
──〈
強烈な爆破の光と轟音が大入の目と耳を潰す。その隙に爆豪は更に爆速ターボで大入の側面に回り込む。
「貰ったァ!!」
爆豪が再度肉迫し、右手を振りかざす。
しかし、そこで指を弾く音が鳴った。
「…っ!?…グオッ!?がぁ!!?」
突如爆豪の眼前に現れた巨大な〈揺らぎ〉の壁。濃密な蜃気楼に大入の姿は隠された。ここ一番の場面で爆豪は大入を見失った。
爆豪が手を伸ばした先、そこには大入は居ない。身を低くし回避した大入がそこから跳び上がる様に爆豪目掛けてアッパーを繰り出す。世に言うカエルパンチだ。痛烈な当たりに、爆豪の視界が揺れた。
しかし、大入は躊躇わない。そのまま大入は爆豪の伸びきった右手と胸倉を掴み、勢いに任せて背負い投げ、瓦礫でぐしゃぐしゃになった地面に叩き落とした。
爆豪は投げられ、背中を叩く衝撃が肺から空気を押し出し、地面の大小様々な石が背中に刺さり、苦悶の表情を浮かべた。
その爆豪の顔面をトドメと言わんばかりに蹴り飛ばす。さながら爆豪の頭でサッカーでもするかの様な蹴り飛ばしだった。
爆豪は3m程度吹き飛び、転がった。うつ伏せの態勢から爆豪はヨロヨロと起き上がる。脳が揺れて、体が言うことを聞かなかった。
「…は?」
爆豪の眼前にポタリと何かの雫が落ちた。
水滴はポタリポタリと何度も滴り落ち「地面を赤く染めた」。
爆豪ははと気付いて顔に手を当てる。生温かい温度と共にドロリとした少し粘りのある感触を感じた。
「これは…血?」
爆豪は驚愕した。大入の痛烈な当たりが爆豪の顔面を貫き、鼻血を出させたのだ。
「目や耳を封じたくらいで勝てるもんか」
大入が油断せずに静かに拳を構えた。
大入の“強個性”には副次効果も備わっている。
大入の“
「対象に手で触る」「対象を5m以内の任意の空間に展開する」と言う二つのプロセスが擬似的な“
それを成立させるため大入にも
そうして身につけた技能こそ「半径5mの絶対的空間把握能力」。
彼だけが持つ
爆豪が近接戦闘をすると言うことは、大入の強固な制空圏を掻い潜る行為に他ならない。その事実に気付くまでに、かなりの痛手を受けた。
「巫山戯んじゃねえぞクソがぁぁっ!!」
爆豪が再度爆速ターボで急発進。一息に大入の間合いに入る。そしてお返しとばかりに顔面に爆破を狙う。
大入がそれを弾くと、爆豪は追撃とばかりに空いた手で攻撃する。
「おらああああああっ!!」
『激しいラぁぁッシュ!?爆豪止まらねえっ!!』
連打。
連打。
連打。
爆豪が大入の隙をこじ開けようと弱攻撃の爆破をひたすら繰り返し、攻撃速度を上げる。体が温まり、汗腺が広がり、手の平の爆破成分が増えていく。次第に増大していく威力にジリジリと後退を余儀なくされる大入。
しかし、それでも大入に決定打は入らない。爆豪の手の平を全て外側に捌き、爆発を逃がしている。そして爆豪の意識が両手…上半身に向いた所で、容赦なく膝にローキックを叩き込む。何度も何度も執拗に陰湿に。
「ガッ!!?あぁぁぁっ!?」
『直撃ーっ!!なんだこれグロっ!?チミドロの戦いが繰り広げられる!!』
爆豪の態勢が崩れた。その瞬間に大入は強烈な一撃をお見舞いする。精密に狙われた高速の拳。それが爆豪のコメカミ…一番最初の小さな傷を撃ち抜く。傷口を広げ更に多くの血が流れた。
額の流血は傷口の大きさの割に大量の血が流れる。それが爆豪の目にかかり、視界を塞ぐ。死角が広がった。
怯んだ爆豪を前蹴りで突き飛ばし、大入は仕切り直しを計った。
「…なぁ、これって」
「あぁ、エグいな…」
観客がポツリと呟く。
一同はとうに声を失い、固唾を呑んで闘いを見守る。しかしスタジアム全体を包み込む熱気はそのまま。二人の戦士が奏でる爆発音と打撃音だけが響き渡った。
大入福朗。ここまで多種多様な武器と戦法で戦場を色鮮やかに彩る曲芸師。しかし、ここにきて闘いの毛色が変わった。
視界を容赦なく潰しにかかり、急所を穿ち、関節を壊す。流血さえ問わない、放送倫理は完全無視の
「……がんばれ…」
観客の一人が声を出す。
「頑張れ爆豪っ!!」
一人の声援が響き渡る。
「頑張れ爆豪っ!!」
熱が伝播して呼応する。
「頑張れ爆豪っ!!」「負けんな-!!」「立ち上がれよ!」「爆豪っ!!」「ファイト-!!」
流れが変わった。観客が爆豪に味方をした。
『アンダードッグ効果』
状況が不利なる程に、応援したくなる手を差し伸べたくなる、人間の心理的行動の事を言う。
(詰まるところ、「裸エプロン先輩」の事な…胃が痛い)
大入は戦いのスタイルを変えた。爆豪の残虐過ぎる戦いのエグさに合わせて、自身もエグい戦いにした。彼なりの思惑があっての事であった。
その影響か観客が爆豪の味方をする。熱い爆豪コールが湧き起こるアウェーの戦い。大入の狙い通りだった。
「……流れが来てるな。ほら立てよっ!」
「…ぎぃっ!?」
「卑怯だぞお前ーっ!」「倒れてる相手に追い打ちなんてそれでもヒーロー志望か!!」「そんな奴に負けんな爆豪!!」
「叩きのめしちまえ爆豪!」
『大入の容赦ない攻撃に避難殺到!!オイオイ、さっきまでのオマエは如何したんだ大入っ!』
先程叩き伏せた爆豪の腹を思いっ切り蹴り飛ばす。再び地面を転がった。
立ち上がる前の追撃。余りに無慈悲な攻撃に非難が殺到している。
「…分かったぞ…」
「…あん?………っ!?」
爆豪がユラリと立ち上がる。そしてコメカミに手を当て爆破した。
『んなぁ!?爆豪っ!自分自身を爆発!?
とうとうトチ狂ったか!?』
『…違う、あれは止血だ。傷口をわざと焼いて無理矢理止めやがった。額の流血は傷が浅くても血がドバドバでる。血で視界が塞がるのを嫌ったな…』
『嘘だろオイっ!?痛そーっ!!』
「っ!?痛ってえ…」
「マジかよ…オイ…」
爆豪は自分のコメカミを爆破して傷口を焼いた。常識外れの応急処置で流血を塞ぎ、目元に流れた血を拭った。
その異常な光景に大入も戦慄した。幾ら耐性があるからといって、自分に向けて攻撃するなんて誰が想像できただろうか?
「あ゛ーー……。てっきり舐めプしてんのかと思ったわ。
…でも違うんだな。てめえ、もう“個性”使えねえんだな…」
爆豪は確信を持って告げた。大入の冷酷な瞳がユラリと揺れた。
「流石にバレるか…」
大入はそれを静かに肯定した。