転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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62:最終種目 準決勝 3

──「右手の粉砕骨折…。

もうコレ、キレイに元通りとはいかないよ。破片が関節に残らないように摘出しないと…治癒はその後だ。

憧れでこうまで身を滅ぼす子を発破かけて焚きつけて…。嫌だよあたしゃあ…、やりすぎだ、あんたもこの子も…。

あんたコレ褒めちゃいけないよ…」

 

 

リカバリーガールから告げられた言葉…。全身を痛みが駆け巡り、疲労で意識が飛びそうな中、それがハッキリと聞こえた。

彼女のお叱りに気持ちが暗くなったけど、僕を心配して医務室まで様子を見に来てくれた友達(クラスメイト)の顔を見たら、少しだけ元気が出た。

 

 

──「すみません…果たせなかった。黙っていれば……。轟くんにあんなこと言っておいて僕は……」

──「君は彼に何かもたらそうとしていた」

 

 

そうだ、僕は轟くんに言いたかったんだ…。「何でそんな苦しんでだよっ!」…って。

そして思ったんだ。「何とかしないとっ!」…って。

 

 

──「…確かに…轟くん…悲しすぎて……。余計なお世話を…考えてしまった…」

 

 

……本当はどうだったんだろう。

 

 

──「でも違うんです…それ以上にあの時、僕はただ…悔しかった」

 

 

僕は、本当は嫉妬していたのかもしれない。

 

“無個性”だった僕。無力だった僕。

ほんの一欠片の偶然の巡り合わせで、僕は“個性”を貰った。力を貰った。ヒーローになるための道が拓かれた。

僕は…恵まれすぎている…。

 

でも、轟くんも恵まれていた…と思う。

“個性”を与えられ、力を与えられ、ヒーローになるための道が全て揃っていた。必然が重なって、彼はヒーローを目指した。

 

それなのに苦しそうだった、辛そうだった。

僕の思い描くヒーロー像とは酷くかけ離れていた…。

 

 

──『周りも先も…見えなくなっていた…。ごめんなさい…』

 

 

気が付いたら体が勝手に動いていた。心の訴えかけるままに口を開いていた。

僕は負け、轟くんは全力を出さずに殻を閉じたまま。なにも出来なかった…。

 

 

──『確かに残念な結果だ。馬鹿をしたと言われても仕方のない結果だ…。

でもな、余計なお世話ってのはヒーローの本質でもある』

──『───…!!』

 

 

最後に言われた言葉が僕を肯定してくれたけど、応えられなかった事を悔いた。

 

 

 

治療は終わった。短期間で酷使した右手が歪んだ形で残った。

リカバリーガールからはそれを戒めにしろと忠告された。

そして、こんな無茶はするなと、新しい方法を模索しろと言われた……。

きっと今のままじゃダメなんだ…。これじゃあ、誰も助けられない。

 

 

 

 

 

 

「…すごいね。デクくん…」

「…うん」

 

 

麗日さんの率直な感想に応えた。

ステージには炎が揺らめいていた…。轟くんの炎、彼の本当の意味での全力。

『大入福朗』くん…彼が引き摺り出したんだ。

 

 

「使った…!戦闘において使わないと言った炎を…」

 

 

飯田くんがそう言葉を漏らした。

轟くんの炎は…その存在を知りつつも、その最大値は誰も見たことは無かった。クラスの皆でさえだ。

戦慄した…全てを薙ぎ飛ばす爆風。凄いと思った。

 

 

「…クソっ!何でアイツなんだっ!アイツが引き摺り出してんだっ!」

 

 

かっちゃんが悪態をついている。相手は大入くんだ。

 

彼と言葉を交わした機会はそう多くはない。ただ、明るくて愉快な人だと思った。

けど、分からなくなる。轟くんを説得…いや、アレを説得と言って良いのか?アレは言葉の暴風雨。あそこまでの激しい感情を剥き出しにしたのは、正直意外だった。

けど…。

 

 

(羨ましい…)

 

 

僕はあの場に立てなかった。きっとこれから始まる激戦にも着いていくことは叶わないかも知れない。

 

 

(僕はまだまだ弱いな…)

 

 

力も心も…。そう痛感した。だから轟くんには届かなかった。

 

見届けなくちゃならない。僕がやりたかった事、僕が出来なかった事。それの終着点を…。

 

ステージの上の二人がそれを見せてくれるはずだ…。

 

 

_______________

 

 

目の前のあれは「地獄か?」と冗談抜きで錯覚した。

轟君の右半身から氷柱と冷気が噴き出し、左半身から灼熱と炎風が吹き出す。

 

 

 

右を眺めれば八熱地獄…。

 

 

 

左を眺めれば八寒地獄…。

 

 

 

 

(あなた)(わたし)超爆風(メドローア)

 

 

 

 

 

よし、帰ろう…っ!

 

 

 

 

 

本気でそんな選択肢が出てきた。

 

けどな…。

 

 

 

──「福朗ーーっ!頑張れっ!!応援してるからっ!!!」

 

 

脳裏に焼き付いたあの言葉、あの声。

…大丈夫だ。分かっている。

 

 

望まれているんだ。

 

期待されているんだ。

 

求められているんだ。

 

必要とされているんだ。

 

認めてくれているんだ。

 

居ていいって言ってくれているんだ。

 

 

それに応えなきゃ、全てが「嘘」になっちまうだろっ!

 

 

どれもこれも大切なんだ。たった一つでも取り溢したくない。

 

 

だから…。ここからは俺のワガママ(・・・・)だ…。

 

 

よし、大丈夫。腹は括った。

 

 

 

 

では、「地獄巡り」と洒落込もうか…。

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだい、轟君?」

 

 

俺は轟君に問いかける。返事は無い。

けど、表情を見れば分かる…笑っている、泣いている、少なくとも怒っては居ない。

一度咳払いをして、更に話を進めた。

 

 

「今の君の方がいい顔をしているな。少なくともそっちの顔の方が、俺好みだ…。

…大丈夫だ、全力でこたえる(・・・・)から。だから、心の思うままに、今だけは使えよ…」

 

 

体にズキリと痛みを感じた。

ヤバいな…フィードバックが来てる…。

 

 

「…敵に塩を送るなんて何考えてんだよ、お前…」

「はっはっはっ!別に大したモンじゃねぇよ!俺はな、俺の視界に映る皆が笑顔になれる未来を進みたいだけさっ!

それに必要なことをしてるに過ぎないよ。あぁ、あとさっきのは轟君に意地が悪い事を言い過ぎた…謝りはしないがなっ!!」

 

 

精一杯の虚勢を張ってみせる。空元気も元気だ。

 

 

「ここまでやるか…普通?…説得して…怒鳴り散らして…殺すレベルで攻撃してきやがって……それを全部、笑い飛ばしやがって。

ハッキリ言って、お前……イカレてるよ」

 

 

…。

 

 

「わかった…やってやる」

 

 

轟君の表情が変わった。そして口を開く。

 

 

「でも…どうなっても知らねえぞ」

 

 

そう言って轟君がゆっくりとしゃがむ、そして右手を地面に触れた。

 

 

「んなっ!?」

 

 

次の瞬間、氷が生まれた。全身に熱が巡り、全快になった氷結機能。開幕と同じだけの展開速度だった。

 

しかし、狙いは俺じゃ無い…。

 

左右への氷の壁の同時展開。右手と右足で二種類の氷を同時制御で発動していた。こんな器用な事まで出来るのかっ!?

 

拙いっ!囲まれたっ!?

 

 

「っ!そう来るよなっ!?」

 

 

しゃがんだ体勢から、轟君が左手を構える。アッパーを打ち上げるように拳を振ると、炎が生まれた。

氷の水路をなぞるように、炎の川が雪崩れ込んで来た。

氷の壁は高熱で焼け、水蒸気の城壁に変貌する。横には逃げられない…。

 

咄嗟に指を鳴らした。

 

 

『大入が炎に呑まれたぁぁぁっ!何だアレ!エグいっ!!』

『左右への逃げ場を封じた上で、トドメに触れる事が出来ない「炎」と「水蒸気」か…やっぱ頭回るな。…まぁ、大入もだが…』

『おっ!ホントだ!スゲーなっ!!』

 

「……あ゛ぁっ!?」

 

 

身を低くし、咄嗟に指を鳴らして、〈揺らぎ〉から風を噴き出す。

押し返すんじゃなく、擬似的に上昇気流を作って炎を上に逃がす。

痛ぇ…。思わず声が出た。

 

 

「やっぱ凌ぐよな、これくらい…」

「っ!?ちぃっ!?」

 

 

そう言いながら轟君は右足から氷を展開する。先程何度も見た足狙いの小さな氷の津波。

歯を食いしばって指を鳴らす。〈揺らぎ〉から伸縮する槍鎌『レッドキャップ』を出す。

近くに落ちてた氷に突き立て、鎌で氷を掬い取る。それを轟君の顔面目掛けて、振り投げた。

 

 

「っ!?」

「そりゃそりゃそりゃそりゃぁっ!!!」

 

『大入、足を止めずに逃げ回る!轟に状況が傾いてやがるっ!!負けんなっ!』

 

 

最初の投擲で轟君が怯んだ。流石に顔面を狙われてビビりもしなかったらどうしようかと…。

おかげで氷のコントロールがブレた。その隙に氷から逃れる。

逃げる傍らで、氷を拾っては轟君に向かって投げつけ、石を蹴り飛ばした。

 

十年見向きもして来なかったツケで、ベタ踏みしか出来ない炎で有りながらあのエグさ…。自由にしたら拙い。

氷に足を捕まれたら、一瞬で刺される。

轟君は俺を捕まえようと氷の銀盤を連続で放ってくる。

少しでも阻害するために投擲を繰り返す。

 

 

「…鬱陶しいな、それ」

 

 

そう言った瞬間に轟君は氷の盾を作る。俺の投石を一通り弾くと、轟君は左手を氷の盾にかざした。

高熱が噴き出して氷が水蒸気に変わる。

先程乱発した銀盤で空気が冷やされた空間。拡散した水蒸気が混ざり合い、濃霧が生まれた。

 

 

「煙幕ッ!?…っ!?」

 

 

霧の向こうから氷のピキピキと凍る音がする。次第にその音は大きくなる。俺の両脇を再び囲う様に氷の壁が走り抜ける。まだ音は止まない。

 

どこだ…どこから来る!?

 

 

「らぁっ!!」

 

 

すると轟君が霧の中、右側面から奇襲を仕掛けてきた。氷結音は足音を消す偽装。まんまと嵌められた。

轟君の右腕は氷塊に包まれた籠手を装備していた。そいつで轟君は思いっきりぶん殴ってくる。

俺は反射的に槍鎌で受け止めてしまった(・・・・)

 

 

「…っ、しまっ!?…がっ!?」

 

 

重擊を受けた槍鎌の柄が真ん中から(ひしゃ)げる。間に合わせで作ったこの武器は、ギミックを盛ったせいで横からの衝撃に弱い。折れて使い物にならなくなった。

動揺する間もなく、轟君が左の蹴りを放つ。右の脇腹を強打し、激痛が走った。

 

 

「…っ!?なに…を…!」

 

「さて、当ててみな?」

 

 

轟君は追撃を止めて、氷の壁を作り出していた。一カ所だけ丸い穴が空いている変な盾だった。どこかで見たことがある…あれは…銃眼?

 

 

「…っ!?マジ…かッ!?」

 

 

直感に従い、上を見た。空を覆う氷が見えた。しまった!誘い込まれたっ!!これは「氷のトンネル」だっ!?

 

 

「喰らえっ!!!」

 

 

最後に見たのは轟君が呑まれた姿(・・・・・)だった。

 

轟君は穴から左手を突き出し、炎を焚き付ける。

 

 

次の瞬間、2度目の爆風が吹き荒れた。

 

 

_______________

 

 

 

『またもや大 爆 発 つうぅぅっ!!何てことだっ!』

 

 

(外した…)

 

 

 

氷のトンネルの中で、最初…程じゃねえが大爆風を放った。逃げ場はねえ。

俺が作ったのは即席の「大砲」だった。

 

 

砲身は氷のトンネル。火薬は爆風。砲弾は大入自身だ。

それで場外まで一発で叩き出すつもりだった。

 

 

しかし、うまくいかねぇもんだな…。

冷却が甘く、空気の膨張が弱ぇ。

氷のトンネルが脆く、途中で崩壊した。

その証拠に…ほら…。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ…!!?」

 

 

大入がまだ居る…。

咄嗟に身を伏せ、装甲板を被るように防御したんだろう。その場から数メートル程しか動いていねえ。

しかし、熱風は別だ。躰を焼き、それが奴を苦しめている。絶叫を上げていた。

 

辛そうだ…。さっさと場外に出して終わりにしよう。そう思って一歩を踏み出して、気が付いた。

 

 

(っ!?んだよ…これ……)

 

 

氷に反射した左半身。鏡の様に被写体を映しだした。

揺らめく炎、そして瞳…。これはまるで…。

 

 

クソ親父と一緒じゃねぇか…。

 

 

 

「がはっ!?ゲホッゲホッっ!!グエっ!?ゲーッ!?」

 

「っ!?」

 

 

声のした方を向くとアイツが立ち上がろうとしていた。

しかし、腹を手で押さえ、嘔吐く様に咳き込む。

 

そして血を吐いた。

 

 

(…なんだっ!?…なんだあれ!?)

 

 

俺の攻撃で、そうなったのか!?いや、違うっ!そんな吐血に繋がる様な攻撃は当てれてないはずだ…なのに何で…。

 

 

「…ま、まさか…反動(・・)?」

 

「ゲホッっ!ゲホッっ!…グエっ!」

 

 

返事は無い。でも当たり…だとおもう。

“個性”だって身体機能の一つだ。筋肉を酷使すれば筋繊維は切れるし、走り続ければ息も上がる。俺の氷だって連発すれば、体が冷えて動けなくなる。

それにウチのクラスメイトにも“個性”を使えば内臓にダメージを負う奴が居た…はずだ。案外同系統なのかもしれねえ。

 

今思えば違和感がある。何でアイツ…不意打ち射撃を止めた(・・・)んだ?

 

まさか…もう使う余裕も…無い?

 

あり得る。『鋼の雨』…あれ程の規模の大攻撃だ。俺の大氷結だって一度撃てば相当に消耗する…。って事はだ…。

 

 

「“個性”の限界なのか…?」

 

 

そんな状態で戦ってやがるのか。…同じじゃねえか……緑谷と。

 

 

「…はあ…はあ……ん゛んっ!…あ゛ーっ!あーっ!…よし、オッケー…。すまん、待たせた…」

 

 

大入は自分で胸をドンドンぶっ叩いて、痛みを無理矢理黙らせていた。そして何でも無いかのような顔をしてこちらに向き直る。

 

 

「な…んで…」

「ん?」

「なんでそこまでする…」

 

 

“個性”だって使えねえじゃねえか…。

全身火傷で重傷じゃねえか…。

満身創痍じゃねえか…。

 

なのに…。

 

なんで立ち上がる?

なんで拳を握る?

 

 

「簡単だろ、そんなの?」

「………は?」

 

 

 

 

 

「自分がそうしたいから、そうしてるんだよ」

 

 

 

 

こいつはそう笑って答えた。辛そうなのに…それでも笑っていた。

 

 

「…なんだよ…それ…わけわかんねえ」

「まぁ、理屈で説明出来るもんじゃないしな…」

 

 

でも…。不思議と「カッコイイ」と思っちまった…。

 

 

「…さて、オチも着いたし…終わりにしようか…。

…〈換装〉っ!!」

 

 

そう言うと大入が右手の指を鳴らした。すると何度も見た蜃気楼が生まれる。その〈揺らぎ〉は大入の右腕に濃密に纏わり付いた。

 

そして、晴れる。

 

 

「試作型右腕包蔵式鉄甲っ!『幸運をもたらす銀の腕(ヌアザアガートラム)』っ!!」

 

 

見た物は『鋼の腕』だった。右の拳骨から右肩の肩甲骨までを完全に包んだ装甲板の籠手。

大入は拳を前に突き出し、手応えを確認するように人差し指、中指、薬指、小指と順番に握り込み、最後に親指を握ると同時に強く拳を握った。

 

 

「君の予想は合ってるよ轟君…。俺の“個性”は使用限界だ…。だから、これが最後だ」

 

 

空いた左手で指を鳴らすと拳の先に蜃気楼が生まれた。それが歪んで渦を巻き始める。一つ前に見た、風のドリルだ。

加えて肩甲骨部分に内臓されたらしい排気口から竜巻の様に突風が吹き出した。

 

 

「今の俺が出せる全力だ…いくぜっ…!!」

 

 

背中の竜巻が風車の様にうねり、回転を始めた。

次の瞬間には大入が必殺の一歩目を踏み込んだ。風に乗り、一本の槍になったみてえに突っ込んで来る。

 

 

「シェルっ!!ブリットおおぉぉぉっ!!」

 

 

俺は咄嗟に氷を放った。二度目の最大出力の氷結。けど、アイツは止まらねえ。

ガリガリと氷を削る音を立てながら掘り進んで来てる。氷の壁を貫いて大入が飛び出してきた。

俺は左を──…

 

 

──『立て、こんなもので倒れていてはオールマイトはおろか雑魚敵にすら…』

──『やめて下さい!まだ五つですよ……』

──『もう五つだ!邪魔するな!!』

 

 

(っ!?)

 

 

記憶が頭を過ぎった。クソ親父から受けた鍛錬の日々……。

今でも怒りが込み上げる。…でも、さっき一瞬だけ…。

 

 

クソ親父(アイツ)と自分がダブって見えた…。

幼い俺とさっきまでの大入(アイツ)がダブって見えた…。

 

 

(……仕方ねえ…よな…)

 

 

それに気付いたら……もう、左は使えねえ…炎を消していた。

そして氷の盾を作り、背中に壁も作り、構えた。

 

 

「ぐふっ!!?」

 

 

景気の良い音を鳴らし、氷の盾をぶち抜いて、大入の拳が腹に突き刺さる。堪らずに吹き飛んだ…背中の壁ごとだった。

地面に体を打ち付け、何かにぶつかり止まった。コロシアムの外壁だった。

…気が付いたら場外に叩き出されていた…。

 

 

『そこまで!轟くん場外っ!!大入くんの勝利っ!!』

 

 

全身を強く打って混濁した意識が回復する…。遠くに観客の歓声が聞こえる。

 

あぁ……俺は、負けたんだな……。

 

 

「左…使うのが怖くなった(・・・・・)か…?」

 

 

目の前に大入が立っていた。焦点の定まっていない目でこちらを見下ろしていた。

満身創痍なんだろう…今にも倒れてしまいそうだった。

フラフラと彷徨う幽鬼のようで、風が吹けば折れてしまいそうな…死に体だった。

 

こちらの様子を無視してこう告げた…。

 

 

「『優しさ』を忘れるな…。『大切な物』を思い出せ…。……そうすれば君は戻って来れるから…」

 

 

そう言うと大入は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…「邪魔だ」とは言わんのか」

 

 

大入が搬送されるのを見届けて、ステージから降りるとクソ親父が待っていた。

呆れ果てた…と言ったような表情だった。

 

 

「だから言っただろう…。「すぐ限界が来るぞ」…とな。

まぁ、いい…。さっきの試合、炎を使って分かっただろ?左の“個性”はこの先、お前に必要な物だ…」

 

 

…?

 

どこか、違和感を覚えた。いつもの様なギラギラとした野心を感じない。……機嫌がいい?

 

 

「子供染みた駄々は捨てて、俺の“完全上位互換”となれ、焦凍…」

 

 

不思議だ…。いつもより怒りが込み上げてこねえ。自分でもビックリするくらいにクソ親父の話を聞いてる…。

 

 

「炎熱の操作…ベタ踏みでまだまだ危なかっしいもんだが…それも今後次第だ。

卒業後は俺の元に来い!!俺が覇道を歩ませてやる!」

 

 

そう言って手を差し伸べてくる。

俺は……。

 

 

「捨てられるわけねえだろう」

 

 

そう答えた瞬間に、クソ親父の顔が曇った。

 

 

「そんな簡単に覆るわけねえよ。

確かに俺は炎を使った…。ただ、あの時の一瞬の間だけは…お前を忘れられてた」

 

 

でも……。

 

 

「でも、弱った大入(アイツ)を見た瞬間…炎を使いたくねえって思っちまった…。使っちまったらダメになるって思った」

 

 

クソ親父の横を通り過ぎる。もうどんな表情をしているか見えない。

 

 

「それが良いのか、悪ィのか正しいことなのか…少し…考える」

 

 

当初の目的の「体育祭優勝」も「親父の否定」も達成出来なかった…。

 

悔しい…。でも、そんなに憎くねえ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

クラスに戻ると皆が温かく迎えてくれた。

 

八百万が「惜しかったですわね」…と励ましてくれたり。

瀬呂が「ドンマーイ」…と慰めてくれたり。

上鳴と芦戸に「お前が負けるなんてな」…と驚かれたり。

切島が「お前もアイツも、最高に熱かったぜ!」…と褒められたり…って、炎使ったんだから当たり前か…。

後、青山…「輝いていたね…。まぁ、僕程キラめいては無いけど☆」…お前本戦出てないだろ…。

 

そんな中を掻き分けて、目的の相手を見つけた…。

 

 

「……あっ、轟…くん」

「なぁ、緑谷。…隣いいか?」

「う、うん…」

 

 

緑谷の隣に座り、少し考える。…どこから話そうか…。

 

 

「…その、悪かったな…」

「えっ!?な、なにが…」

「その腕…そんなにボロボロにさせちまって……」

「いや、そんなことないよ!?これだって僕が勝手にやった自業自得な事だし!」

「それだけじゃねえ…。全力でかかって来いって言ってくれたのに…お前には…本気、出さなかった」

「…それも…違うよ。それは僕が力不足だっただけだ…。もっと…もっと強くならないと。君達の試合を見てそう思った」

「そんなことねえよ…。お前はちゃんと強かった…」

「!」

 

 

そうだ…間違いなく緑谷は強敵だった。

 

 

「お前との戦いの中で…昔の記憶…ほんの少しだけだが、ハッキリ思い出せた。おかげで、さっきの試合…俺は全力を出せた…と思う。だから…」

 

 

そして一番言いたかった事を伝える。

 

 

「ありがとうな、緑谷…」

 

「…うん!」

 

 

俺はどんな顔をしていただろうか?緑谷が唖然とした顔で固まった。

それも数秒で戻り、明るい声色で返事で返してきた。

…なんだか、ここで話を終わらせるのが勿体なく感じた。内容は決めてないが…思うがままに言葉を続ける。

 

 

「オールマイトがお前を気にかける理由が少しわかった気がする…。俺も…いや…」

 

 

オールマイトみたいなヒーローになりたかった…って言うのは、妙に小っ恥ずかしくて口をつぐんだ。

 

 

「お前もアイツも無茶苦茶やって他人が抱えてたもんブッ壊してきやがった…。

お前等にキッカケ貰って…分からなくなっちまったよ…」

 

「…」

 

「…けど、俺だけが吹っ切れてそれで終わりじゃ駄目だと思った。清算しなきゃならないモノがまだある」

 

 

けど…どうやって?どうしたら清算できる?

 

 

──「『優しさ』を忘れるな…」

 

 

『優しさ』…って何だろうな。

 

 

──「『大切な物』を思い出せ…」

 

 

『大切な物』…って何だっただろう。

 

 

 

 

──『なりたい自分になっていいんだよ…』

 

 

 

 

そうか…。

 

あぁ、そうか…。俺はお母さんが『大切』だったんだ…。

 

 

 

わかった…。今度、会いに行こう…。

 

恐がられるかもしれない。

怯えられるかもしれない。

憎まれるかもしれない。

拒絶されるかもしれない。

 

それでも会いたい…。

 

そしたらきっと…何かが変わるはずだ…。

 

 

________________

 

 

「やれやれ…やっぱり勝ってしまいましたか…」

 

 

雄英高校研究棟サポートアイテム開発室。

そこに1台のモニターが置いてある。画面には今正に行われている体育祭の模様が実況生中継で全国区に送られている。

 

発目明はそのモニター越しに大入の勝利を見届けた。

案の定、大入福朗は勝った。それは「ワザと負ける事を拒否した時点」で分かっていた事だ。

発目は残っていた板チョコの最後の一欠片を口の中に放り込み、その甘さを堪能した。

 

 

「彼はマトモじゃありませんからね…。「勝つ」って決めたら、そりゃ勝っちゃうでしょうよ…」

 

 

発目明は自他共に認める変人だ。

固定概念に囚われる暇があったら、黙々と発明を続ける。根っからの発明家だ。

世間なんてお構い無し。ひたすら自分本位の自由人。

 

そんな非常識人とマトモに付き合える人物がマトモな訳が無い。

 

要は大入福朗も変人なのだ。

常識に囚われ無い、行動力と思考力。

決断してしまったら絶対に翻すことの無い不退転。

誰よりも柔軟な思考なのに、行動は頑固者。

 

 

ふと初めて会った時の事を思い出した…。

 

 

(アホみたいな量のレポートの束を持って、研究室に入ってきた彼。

強引に詰め寄ったと言う理由はあるものの、一介の学生でしか無い私に、戸惑いながらも意見を求めた彼。

驚きました。マイナーチェンジのアイテムも多い物の、何十種と有るサポートアイテム一つ一つに考察を入れ、改善点や応用法の模索をしていた彼。

私のサポートアイテムの実験(モル)…テストプレイに文句を言いながらも付き合ってくれた彼)

 

 

思えば大入が発目の事を引いた事は一度も無かった。もちろん怒る時はあったが、それは命に関わる様な危険な物の話で、大概は笑ってスルーされた…と思った。

基本的には笑う事が多かった。

 

 

(……その後も頻繁に試用運転に協力して貰いました。

たまに無茶苦茶なオーダーもありましたが…それはそれで面白かったのでアリです…)

 

 

そう思い出してクスリと笑った。

 

…戯れはその辺にして意識を切り替える。

 

 

「さて、私も勝利を目指さないと行けなくなりました…」

 

 

『サポートアイテム大博覧会』の開催には大入vs発目のマッチングが必要不可欠。

それには発目が次の試合で勝つ必要が出てきた。

しかも、ここにきて本大会の優勝候補に名を連ねる強敵相手『爆豪勝己』。

 

 

「勝てるか分かりませんか…まぁ、何事も挑戦です。張り切っていきましょー!」

 

 

そう言うと発目はテーブルに置いていたゴーグルを装着した。そして立ち上がると、エイ・エイ・オーと拳を掲げた。

 

 

「さて、ステージが穴ボコで修理が必要になるでしょうし、まだ時間はありますね。今一度サポートアイテム(ベイビー)チェック(お手入れ)しましょうか!」

 

 

そう言うと傍に置いた工具箱を拾い上げ、鼻歌を歌いながら振り返る。嬉々としながら、山になっている自分のサポートアイテムへと突撃していった。

 

 


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