転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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勢いに任せてるせいか少し視点が激しく動きます。ご注意を。

続きです。




60:最終種目 準決勝 1

「ったく!福朗ってば何処ほっつき歩いてんだか…」

 

 

拳藤は大入を探して会場内をツカツカと歩き回っていた。医務室から選手控室を順番に見て回り、隈無く捜索したが見つからない。

彼はどこに行ったのだろうか…?

 

 

(そういえば福朗って、あの武器をどこで(・・・)用意してんだ?)

 

 

拳藤が大入の行動を予測していると、ふとそんな疑問に辿り着いた。

ジャンクパーツの分解だけなら大入の単独でも可能だ。しかし、それの組み立てとなると話は変わる。どうしても調整の為にそれなりの道具が必要なはずだ。

 

 

(じゃあ、もしかしてサポート科の研究棟?)

 

 

サポートアイテムが生命線になる大入が、頻繁にサポート科に足を運ぶのは知っていた。時折授業にヘンテコなサポートアイテムを持ち出しては、よく自爆していたが…あれは今思えば発目が作ったアイテムのモニターテストだったのだろう。

 

 

(でも研究棟はここからじゃ、それなりに距離がある。行き違いにでもなったら、もう話す時間は無いな…ん?)

 

 

もう少し探そうかと計画したところでお目当ての相手を見つけた。

しかし、拳藤はすぐに傍には行かずに慌てて廊下の角へと身を隠した。

 

 

(福朗と…あれは…!?)

 

 

想像すらしていなかった。意外な組み合わせだった…。

 

 

_______________

 

 

「大入福朗くんと言ったか…初めましてだな」

 

 

『恐怖!雄英体育祭を徘徊する炎の巨人を見たっ!?』…そんなゴシップ記事にピッタリな感じのフレーズが頭をよぎった。

 

 

とりあえず一言…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイエエエェェッ!!エンデヴァー!?エンデヴァーナンデ!?

 

パニックになった俺はとりあえず頭の中でお約束(テンプレート)を消化していた。こういう時にネタに走る俺は、相当アレだなと再認識した。何だか哀しくなってきた。

 

 

「……初めましてエンデヴァーさん。息子さんの応援ですか?でしたら恐らく、彼は第二控室の方に…」

 

 

平静を取り戻し、話しをする。

先ほどのデク君との戦い、結局轟君は()を使う事は無かった。

この原作乖離でエンデヴァーがどんな動きをしているか予想も付かないが、多分執拗に轟君に余計なお世話(ちょっかい)をかけているのだろうか?

 

 

「いや、結構。用があるのは君の方だ」

「…私…ですか?」

「あぁ、そうだ。『AVENGER計画・第一被験者』の君にだ…」

「っ!?」

「「何故それを?」…と思っているのか?これでもNo.2のヒーローだ。それなりに情報も持っている…」

 

 

しまった。痛い所を突かれた。

冷静に考えれば彼はNo.2ヒーロー『エンデヴァー』。彼ならばツテも多いから、情報を持っている事なんて、簡単に予想できたではないか。

 

 

『AVENGER計画』…ヴィラン二世教育・矯正計画。「生まれついてのヴィラン全てに教育と社会復帰の機会を与える」の頭文字を取り出して作られた名称。その昔流行ったダークヒーロー物の映画になぞられてそう決まったらしいが、復讐者(avenger)とは随分皮肉の効いた名称である。

兎に角、俺の人生と切っても切れない話だ。

 

ヴィラン二世。犯罪者の子供。

 

この先の人生もずっと後ろ指を指される、脛の傷。

 

解っていても。覚悟してても。何度も何度も対面する現実。胸が苦しくなる。

沈んだ気持ちが更に沈んだ。

 

 

「あれからもう10年以上経つのか…。子供が居た事は知っていたが、まさか焦凍と同い年で、今ここで対峙するとはな…」

「…私の両親を知っているのですか?」

「知って居るも何も、俺は事件の現場に居たからな」

「っ!…そう…でしたか…」

 

 

初めて知った両親の顛末。エンデヴァーも両親の検挙に関わっていたのか…。

 

 

「…?驚いてはいるようだが、恨みは無さそうだな。君から両親を奪った当人が目の前にいるのだぞ?」

「両親が捕まったのは、物心ついて間もない頃ですから…」

「そうか…。それにしても不思議な物だな。君は見れば見るほど両親に似ている」

「っ!?」

「愉快犯『リーカーズ』。俺も彼等には散々手を焼いた物だ…。そして、君は両親(それ)にそっくりだ、やはり血は争えないな」

「…な、なにを」

「君の戦い方だよ。

道端に落ちている取るに足らない要素。それらを只管掻き集めて、練り合わせて、凶悪な戦術に昇華する。全ての状況をひっくり返す「盤外戦術」…実に見事だ。それだけでは無く、自力も素晴らしい。君はウチの焦凍に勝るとも劣らない実力者だろう。

だからこそ焦凍の相手に相応しい。

…本音を言うとだな、君が悪意を滾らせて、ウチの愚息との戦いに臨んでくれたなら、非常に良い「実践的な仮想敵(ヴィラン)」となると思ったのだが…アテが外れてしまったな」

「……酷い話ですね」

「いや、失礼した。君は全うな人間をしているのだな。甘く見ていたよ、謝罪させてもらう。

では、試合頑張ってくれたまえ。願わくば君がウチの焦凍の超えるべき壁になってくれるとありがたい…」

 

「…一つだけ教えてくれませんか?」

「何かね?」

「彼…轟焦凍は戦いで右側()しか使っていない。あれは貴方の指示ですか?」

「…あれは子供じみた下らん反抗だ」

 

 

そう言うとエンデヴァーは去って行った。

 

…轟君を説得する最後のピースが手に入った。偶然かもしれないが僥倖だ。ちょっと「傷心した」くらいなら安い物だ。

 

 

(もう試合まで時間が無い。行かないと…)

 

 

そう思って早足で歩き出し、角を曲がって思わず足が止まった。

 

 

「っ!!!?」

 

 

おい…おい…。何でここ(・・)に居る…。

 

 

「…ふ…福朗…」

 

 

明るい色のサイドテール。不安そうな表情。青い瞳が揺れた。

 

 

「…い、一佳?」

 

 

ちょっと待て。俺はさっき何の話(・・・)をしていた?

それを聞いていたのか?知られた?ひた隠しにしてた秘密(・・)を?

 

疑問符が並び立てられる。思考を再試行する。そして同じ答えに辿り着く。

 

全身の血が抜け落ちていくような感覚。悪寒。それなのに心臓音は異常な程に鳴り響く。なんだコレ?気持ち悪い…。

 

 

「お、おい…福朗?」

 

 

一佳がこちらに歩み寄る。

思わず後ろに下がった。

 

苦しい。呼吸が出来なくなる。

 

 

「福朗っ!?」

 

 

気が付いたら走り出していた。

今まで積み上げて来た物がガラガラと崩れて亡くなる。そんな喪失感。

 

犯罪者の子供、大入福朗。

そんな人間が皆と一緒に居られるなんて、それは烏滸(おこ)がましいことだ。

 

 

 

分かっていた…。

 

いつかそんな未来が来るだろうって…。

 

けど、あまりにも唐突過ぎる。理不尽な現実。

 

 

 

自分の体なのにまるで言うことを効かない。全身をバラバラに分解されたかのように、体が整合性を持たない。

それでも只管繰り返し、繰り返し脳が体に命令を怒鳴りつける。

 

 

 

 

逃げろ。

 

 

 

 

帰れ。

 

 

 

 

去れ。

 

 

 

 

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはお前の居るべき場所じゃ無い…。

 

 

 

 

俺は我武者羅に体を動かし続けた。

 

 

_______________

 

 

──「嫌だよお母さん…僕……。僕、お父さんみたいになりたくない。

お母さんをいじめる人になんてなりたくない」

 

 

──「………でも、ヒーローにはなりたいんでしょ?

いいのよおまえは、強く思う“将来”があるなら…」

 

 

いつの間にか、忘れてしまった遠い日の記憶。あれの続きは何だっただろうか?

温かくて、優しくて、幸せで、心が内側から熱くなるような…。

 

 

炎が揺れる。赤色に染まる。

 

 

邪魔をしないでくれ…。

 

 

もう少し、もう少しなんだ。あと少しで思い出せそうなんだ。そうしたら、何かが変わる。

 

思い出せ…。

 

思い出せない…。

 

思い出したい…。

 

もうちょっとの所で空を掴むように霧散する。

 

全身が温もりを失うように底冷えする。

 

寒い…。

 

 

_______________

 

 

『さァ!時間もおしてきた!サクサク行くぜ準決勝っ!』

 

 

『どちらもエリートの対決っ!ここまでハイレベルな戦いが続くと燃え上がるぜっ!!

どんな相手もその氷で瞬く間に拘束っ!轟焦凍!!』

 

 

轟はユラリとステージに佇む。我ここにあらずと言った様子で自分の世界に没頭する轟。もはや、観客の歓声など聞いては居なかった。

 

 

『対するは、小細工だけじゃねぇ!?先程は正面戦闘からもその強さを見せつけた!大入福朗!!……って、アレ?』

 

 

大入は出てこない。毎回ウケを狙った登場をしていた大入が顔を出さない。

如何したことかと観客の間に困惑が広まった。

 

 

『大入…はトイレかしらん?』

 

『大入くんが控室にまだ来てないわね…。今から10分待ちます。それまでに出て来なければ轟くんの不戦勝とします!』

 

 

 

 

 

 

 

「…オッ!大入の試合に間に合ったかっ!!」

「鉄哲っ!生きてたのか!?」

 

 

B組団体席に先程激闘を見せた鉄哲が戻って来た。一度の治癒で治らなかった両手の手のひらと腹部のダメージには包帯を巻いているが至って元気そうだ。

 

 

「ってアレ?如何したんだ?」

「大入くん…出て来ないのよ。このままだと不戦敗になっちゃう」

「はぁっ!?どういうことだよ!」

 

「……」

 

 

小森から告げられた状況に鉄哲が驚きを露わにする。

塩崎が今一度唇を噛み締めた。

 

 

「まさか…大入。本気で回原に…?」

 

 

回原先生の回原先生による回原先生の為の大入ぶっころ宣言。鉄哲もあのやり取りの場にいた。残念ながら爆豪との試合を控えていた為、顛末を確認する事は出来なかったのだか…。もしや、回原を止めきれず大入は闇討ちにあったのか?

 

鉄哲の頭に不安が過ぎる。

 

 

「あぁ、回原先生はそこだよ」

 

「むーーー!!!」

 

「回原ぁっ!?」

 

 

なんと言うことか。よく見ると回原先生が縛られているでは無いか。

由緒正しき日本文化芸能『Japanese Su☆Ma☆Ki』である。

何故か隣のA組から呼ばれた瀬呂氏の協力の元、回原先生は足の先から口まで一分の隙も無くぐるぐる巻きにされていた。

 

因みに物間がいい加減に『由緒正しき日本文化芸能』とか宣ったせいで、角取が興味津々で観察している。

 

 

「どうしてこうなった…」

『塩崎さんは“個性”使えなくなってるし、凡戸くんの“個性”は片付け大変だしね。これが一番最適だったんだよ』

「違う、そうじゃねぇ」

 

 

そもそも何故簀巻なのか?

そんな鉄哲の疑問を無視して、大入の話に戻る。

 

 

「…まさかー…逃げた?」

「…オイ。あんま巫山戯たこと言うなよ」

「だってよー!あんなシャレになんない強さなんだぜー!無理だって勝てっこないって-!」

 

 

円場の弱音が漏れる。気持ちは分かる。対戦相手の轟は規格外だ、敵前逃亡が起きても不思議では無い。

 

 

「それだけは無いよ」

 

 

物間がぴしゃりと円場の考えを否定した。

 

 

「だって大入が彼に負ける要素(・・・・・)なんて無いんだから」

 

 

_______________

 

 

私の居た場所は一本道で、身を隠す場所なんて無かった。

 

 

「…い、一佳?」

 

 

結局そのまま見つかった。私を見たとき、まるで信じられない物を見るかのように、福朗は目を見開いた。

そして表情は見る見る青白くなり、瞬く間に精気を失い、体が震えだしていた。

 

 

「お、おい…福朗?」

 

 

福朗が心配で、思わず歩み寄った。

しかし、福朗は私から離れるように一歩後ろに下がった。

次の瞬間には福朗は身を翻し、来た道を逆走するように駆け出した。

 

 

「福朗っ!?」

 

 

思わず大声が出た。でも、福朗は止まらない。どこまでも遠くへ行ってしまう。

 

 

嫌だ…。

 

行かないでよ…。

 

逃げないでよ…。

 

こっちを向いてよ…。

 

 

ねぇ、福朗…!

 

 

 

 

 

 

 

 

──「おまえのてはなぁ、『しあわせ』をつかみやすいように、かみさまがおおきくしてくれたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

不意に過ぎった、幼い日の記憶。小さな少年のぶっきらぼうな声、恥ずかしそうにそっぽを向いた横顔。

 

あの時の私の背中を押した、魔法の言葉。

 

 

「福朗っ!!」

 

 

私は走り出した。逃げる彼を追って。

 

 

 

彼が曲がり角を曲がる。慌てて追うと少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

彼が鉢植えに躓いた。また少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

彼が足を縺れさせた。また少しだけ背中が近くなった。

 

 

 

福朗との距離は少しづつ近くなり、私は頑張って手を伸ばした。

 

 

頑張れ私っ!あと少し、あと少しなんだっ!

 

 

ほらあと5m…。

 

 

3m…。

 

 

1m…。

 

 

 

届いたっ!

 

 

「福朗っ!!」

「うおっ!!?」

 

 

私は福朗に飛びついた。福朗はロクに体勢を立て直す事も出来ずに、私と一緒に廊下に倒れた。

それでも、福朗は私から逃げようと、体を動かし、立ち上がろうとする。

 

 

「大丈夫っ!…大丈夫…だから…」

 

 

私は逃げようとする福朗を抱きしめた。福朗が動こうとしたら、すぐに力を込めて動きを制した。そして、真っ先に伝えたかった言葉を言った。

 

 

「大丈夫だから…アンタを嫌いになったりしないから」

「ぅ…ぁ…?」

「だから、苦しまなくていい、悲しまなくていい。私が傍に居てあげるから…」

 

「ぅぁ…ぁぁ…ぁぁぁぁぁぁっ…」

 

 

情けなくて、格好悪くて、弱々しい。だけど、愛おしくて、とても温かい…彼の泣き声が、静かに溢れ落ちた。

 

 

________________

 

 

 

背中を叩いた衝撃。思わず倒れた。

 

それでも逃げようと必死に体を動かした。

 

 

「大丈夫っ!」

 

 

何かが俺の体を強く抱き留めた。

 

 

「…大丈夫…だから…」

 

 

彼女の声が聞こえた。体が硬直した。温かい熱を感じた。

 

 

「大丈夫だから…アンタを嫌いになったりしないから。

だから、苦しまなくていい、悲しまなくていい。私が傍に居てあげるから…」

 

 

じわりと体に熱が戻ってくる。自分の心臓音に重なるように彼女の音が聞こえた。

 

広がっていく…。

 

優しい声。

 

優しい温度。

 

優しい香り。

 

彼女の優しさ…。

 

 

気が付いたら声を上げて泣いていた。みっともないと自分を恥じた。でも、どうしようもなく安心してしまって。涙も声も抑える事は出来なくて。止まらなくて。心の器から溢れ出るままに、声を上げた。

 

 

彼女が優しく俺の抱き抱えて、背中を撫でた。また情けなさと嬉しさが込み上げてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経ったのだろう?十分?一時間?…とても長い時間のように感じた。

 

 

「…ありがとう。もう平気」

「落ち着いたか?」

「大丈夫だ…」

 

 

一佳の体がゆっくりと離れていく。でも、その温もりはまだ、ここにある。もう、寒くない。

 

 

「実はさ…私知ってたんだ。福朗がヴィラン二世だって」

「っ!?」

「今から三年前…あの事件、覚えてる?あの後に大屋敷さんから教えて貰ったんだ」

「師匠から?」

「そ、福朗と一緒に居るなら知っておいて欲しいって…」

 

 

そんなに前から…。

 

 

「本当はさ、私は待つつもりだったんだ。福朗が自分で決心して、自分から話してくれるのを…さ。まあ、こんな形になっちゃったけど…。

けど、さっき言ったのは本当に本当。「私はアンタを嫌いになったりしない」。

だって、アンタは犯罪者の子供でも、優しくて、明るくて、強くて真っ直ぐで、そりゃあ…まあ…デリカシーの無い鈍感馬鹿だけど、正しい事を正しいと言ってくれる良い奴だ。

そんな奴を嫌いになれる訳ないだろう…?」

 

 

…。

 

込み上げてくる物がある。あっ、涙腺が…。咄嗟に上を仰ぎ、手のひらで顔を覆う。

 

 

「だからさ、今度は逃げないでよ。私からさ…。私はまだアンタに何も返していないんだから…。居なくなったら…その…困る」

 

 

違う…違うよ、一佳。貰ってばかりなのは俺の方だ。

 

この安らげる居場所も。この心の温もりも。この嬉しくなる優しさも。

 

全部貰った物だ。君がずっと傍に居たから得られた物だ。

 

俺は感謝を伝えようとして…。

 

 

『さぁ、残り時間五分っ!大入はステージに現れるのかっ!?』

 

 

アナウンスが遮った。

 

 

俺と一佳はハッとなってスピーカーの方を振り向く。

 

 

「忘れてたっ!!試合っ!!ほら、福朗立って!」

「ちょ、一佳!?うおっ!!」

 

 

一佳は掌を巨大化して俺を強制的に立たせる。そしてクルリと回して、俺の背中をグイグイと押した。

 

 

「さ、さっ、行った行った!!このままだと不戦敗だぞ!」

「待って一佳!俺まだ言ってない事が!」

「そんなん!試合終わった後にゆっくりと言ってくれれば良いから!」

「待って、待ってぇっ!!それ多分、死亡フラグ…」

「い い か ら っ !!」

 

 

そう言って俺の背中を大きな掌でドンと叩いて押し出した。背中全体がヒリヒリする。

一歩二歩三歩と体が蹌踉けて、転びそうになるのを踏み留まる。

後ろを振り向くと、既に一佳は遠くに居た。

 

 

「福朗ーーっ!頑張れっ!!応援してるからっ!!!」

 

 

最後に元気いっぱいに力を込めて大声で叫ぶと、一佳は身を翻して、曲がり角に消えていった。

 

それを見届けた後、俺はもと来た道を歩き出す。足取りがいつも以上に軽い。歩みが早足になる。早足が疾駆になる。

地面を踏み締めた力が体を進める。前へ前へと。

 

力が溢れる。俺の気分は最高潮だ。

何せ、女神の祝福を受けたんだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな気持ちで戦うなんて初めて…。

 

もう、何も恐くないっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おっとイカン、自分でフラグを立ててしまった…。

 

 

_______________

 

 

『さァ!残り時間一分を切ってしまったぞ!?マジで何処行ったんだ大入っ!?』

 

 

観客の相当数がどよめき出していた。

 

 

敵前逃亡…。

 

 

その可能性が濃厚になってきたからだ。

 

 

沈黙を保っていた主審ミッドナイトが目を見開き、鞭を振るった。乾いた音が会場に木魂する。

 

 

『…時間ね。この勝負は轟くんの…』

 

「ちょっと待ったああああぁぁーーっ!!」

 

 

会場に大声が響き渡る。観客が声の主を瞳に捉えた。

辿り着いた。大入福朗だ。

 

 

『何所から入って来てんだお前ーーっ!?』

 

 

プレゼントマイクが反射的にツッコミを入れる。

当然だ、大入が入場してきたのは「轟側の入場ゲート」だ。後ろを振り向いた轟が唖然としている。

大入はそんな周りの様子を無視してズンズンと歩み寄る。階段を上がり、轟を一瞥、脇を擦り抜け、主審ミッドナイトの元へ歩いて行った。

 

 

「っ!?ちょっと、どうしたの大入くん!?」

 

 

ミッドナイトは慌ててインカムのスイッチを切り、小声で話し出した。

それもその筈、大入の顔はボロボロだった。目元が赤く、泣き腫らした跡だ。

 

 

「ちょっと色々有りまして…。でも大丈夫っ!?戦えますっ!!」

「っ!?」

 

 

大入は精一杯の笑顔で答えた。

そして、それはミッドナイトの性癖を…青春フェチを刺激した。

 

 

「~っ!!…コホン!それならいいわ。さぁ、位置について」

「ありがとうごさいます」

 

 

大入は頭を下げ、試合開始位置に歩いていく。

 

 

『大入くんの試合参加を許可しますっ!

改めて轟くんと大入くんの試合を開始致します!!』

 

 

観客から歓声が上がった。先程までの冷えた空気が嘘のように盛り上がる。その中にヒーロー科1年、両者のクラスメイトの声援が一際大きく聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「福朗は間に合ったか?」

 

「一佳さん!?」

「おう、茨。ただいま」

 

 

観客席のB組の団体席に拳藤は帰還した。

試合時間ギリギリの拳藤の登場に皆が驚いた。

 

 

「えぇ、大入さんは先程登場しました…。間もなく試合も始まります」

「そっか、よかった…」

 

 

上はインナーのTシャツ姿で、脱いだジャージは袖をベルトの様にして縛り上げ、腰に巻きつけていた。ラフな姿をした拳藤は、安堵して塩崎の隣に座った。

 

 

「…福朗の事なら心配無いよ」

「っ!?…そうですか、ありがとうごさいます」

 

 

拳藤からの突然の報告に塩崎は目を見開いた。全て察していたのかと…。

 

 

「茨…ありがとね」

「?」

「…福朗の事、心配してくれて」

「いえ、私は力になれませんでした。やはり、一佳さんでなければ…」

「そんなこと無いって。…見たんでしょ?福朗の抱えてる物…」

「…はい、大入さん、苦しそうでした」

「…さっき、福朗とさ。ほんの少しだけど、分かり合ってきたんだ。まぁ、偶然なんだけどね?」

「…」

「…もしさ、福朗が自分の事を話してきたらさ…その時は茨自身の言葉で答えてあげて?そうしたら福朗は、今よりも救われるから…」

「…はい、必ず」

「…ありがとう」

 

 

二人の会話はそこで打ち切られ、視線はステージに、一人の男に向けられる。

 

 

 

 

 

 

『さァ!ちとばかしトラブルが有ったようだが、安心してくれリスナー諸君っ!!ちゃんと彼等はアツいバトルを提供してくれるはずだぜっ!!

両者このガチバトルで、散々派手なバトルを魅せてくれたっ!今回も期待大だっ!!』

 

 

「轟君。戦う前に少しだけ、いいか?」

「?」

 

 

突如、大入は轟に話し掛ける。突然の呼びかけに轟は小首をかしげて答えた。

 

 

「さっき、君のお父さん(・・・・)…『エンデヴァー』に会ったぞ…」

「っ!」

 

 

その言葉で轟の殺気が一気に膨れ上がる。大入を…いや、それを通して憎い相手(クソ親父)を見ていた。

 

 

『S T A R T !』

 

 

次の瞬間、轟は最大火力…否、最大凍力の大氷結を繰り出した。

第一試合、あの瀬呂範太を瞬殺した氷。ステージを突き抜け、観客席にまで到達したあの氷だ。

 

それに対して大入は、何も出来ずに凶悪な氷の中に呑み込まれた。

 

 

『瞬 殺 っ!!

オイオイオイオイっ!!此処まで引っ張っといてそれはあんまりじゃ…』

『違う、よく見ろ』

『…え?』

 

 

「…ったく!人の話は最後まで聞けってのっ!!」

「!?」

 

 

氷に縛られた大入は凍らされたまま話を続ける。

 

 

「君のお父さんはさ、こう言ったんだ。「願わくば君がウチの焦凍の超えるべき壁になってくれるとありがたい…」ってね。

だからさ、俺は全力で君の障害(・・)になることにしたよ」

 

 

そう告げた瞬間、大氷結が大入の触れている部分から〈揺らぎ〉を生み出す。その揺らぎは徐々に、徐々に広がっていく。そして、大氷結全て包み込み、格納(・・)し、何事も無かったかのように消え失せた。

 

 

『な、な、な、何事おおぉーーーっ!!轟必殺の大氷結っ!?夢か!真か!そこに存在しなかったかのように消失ぅぅーー!!

もしかしてコレはアレか!?ヤベー奴なのかぁぁぁっ!!?』

『大したことじゃない、轟の氷は大入にとって格納可能な物質である…ってだけの話さ』

『こいつはぁシヴィーーーっ!!!』

 

 

大入は、体に纏わり付いた霜を余裕そうにパタパタとはたき落としていた。

轟は驚愕していた。自身の最大の攻撃…それを大入は凌いだ。しかもだ…

 

 

迎撃でも無い。

 

回避でも無い。

 

防御でも無い。

 

 

完全な無効化。

 

 

それを大入はやって見せたのだ。

 

 

「それともう一つ…」

 

 

唖然としている轟に向けて、大入は言葉を続ける。その言葉は轟に絶対的な二択を迫る言葉だった。

 

 

「俺相手にその右側()だけで勝てると思うなよっ…!」

 

「っ!?」

 

 

気迫の籠もった声。闘争者の凄み。轟がその空気に呑まれた。

 

ヒーローの子供、轟焦凍に向けられた宣戦布告。

ヴィランの子供、大入福朗が叩きつけた挑戦状だった。

 

 

(これは…っ!?)

 

 

轟は息を呑んだ。

この雄英体育祭。轟は戦闘において左側()を使っていない。たった一度の例外を除いて。

こいつだ、大入福朗だ。第二種目『騎馬戦』のあの時だ。

 

 

あの時、轟は自分に架した制約を思わず破ってしまった。大入の気迫に気圧されたのだ。

本気のオールマイトと敵による死闘を身近で経験した彼だけが知る重圧(プレッシャー)

 

今確信した…。

 

 

こいつは轟の知らない何か(・・)を持っている。

 

 

(俺はコイツに勝たなきゃならねぇ…!コイツの上を行かなきゃならねぇ…!)

 

 

轟は前方に立つ大入を睨み付けた。

 

 

 

 

その大入が再び口を開く。そして、言葉を借りる。

 

大入福朗(かれ)が信じる緑谷出久(最高のヒーロー)の言葉だ。

 

 

「全力でかかって来い!!」

 

 

拳を握り締めて、前へと突き出した。

 

 


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