防音仕様の分厚い扉が開く。扉が開いた瞬間、その部屋の奥から甲高い音が鳴り響いていた。扉を開いた少女は、迷うこと無く中へと歩みを進める。
身に纏っている白いコートを脱ぎ捨て、頭のスチールパンクなデザインのゴーグルを外す。それらを手頃なロングテーブルに乱雑に置いた。
ジワリと掻いた汗でペタリと張り付いた前髪の毛を掻き上げ直しながら、奥へと更に歩みを進める。
そして、その部屋の中で音のする方…その扉を開いた。
「あぁ、やっぱり子沢山さんでしたか!」
サポートアイテムの開発室。そこに大入はいた。
彼は大会の合間、頻繁にここを訪れ、自作の武器の作成に精を出していた。勿論、主審ミッドナイトと開発室管理人パワーローダーの許可もしっかりと貰っている。
発目の言葉に耳を貸さず、集中して手元の加工機械を操作する。エアープラズマ式の切断機から閃光の火花を散らし、鉄板が裁断された。
切りの良いところで一旦手を止め、ふぅ…と大きく息を吐いた大入は保護用のフェイスガードを外し、改めて発目の言葉に答える。
「発目さんお帰り。勝利おめでとう。これは餞別ね」
「わぁっ!ありがとうございます!」
大入は発目の方を見ることすら無くそう答える。
大入が指を鳴らすと〈揺らぎ〉が生まれて、中からガシャガシャとガラクタに早変わりしたハンマー三本が落ちた。
発目が嬉々として、それを素早く回収すると、その照準器の様な瞳でハンマーを繁々と観察する。
「やはり、ミサイルと地雷を組み合わせてましたか…。でもこんな
「元から使い捨て前提だしね。有るもんで何とかやるなら、多少の粗は目を瞑らないと…ね?」
「それにしてもよくこれをパワーローダー先生にパス通しましたね…」
「むしろ不完全だから通ったんだよ。殴打の衝撃で自壊するから、勝手に威力が分散して、効率の良いダメージを出せない。
これがもし完成品なら、それはもう攻城兵器だ、人に使うもんじゃ無くなる」
試作型噴射式発破戦鎚『コダマネズミ』。その亡骸の考察を程々にして、発目自身が利用している作業デスクの上にそれを置く。そのままデスクの引き出しをゴソゴソと漁ると、常備しているらしい板チョコを一つ取り出す。包み紙を破り、甘い香りを放つそれに齧り付くと、今度は自分の開発したサポートアイテムの山に向かう。
「さて…次はどのベイビーを使いましょうか?こっちかな?それともこっち?」
発目は次の試合に向けてサポートアイテムの選抜を開始する。ガシャガシャと山をかき分け、あれやこれやと物色する。
「発目さんの次の相手は爆豪君だろうな…。
彼の“個性”は手のひらを爆破することが出来る。多分炸薬系の化学物質を分泌する体質なんだろうさ。
爆発を推進力にした高機動戦闘。爆破の威力を調整した全距離戦闘。本人の肉体スペックも高いし、代謝機能が上がれば自然と爆破をリロード抜きでバカスカ出してくる。
ぶっちゃけ死角無し。なんつうパーフェクトソルジャーっぷりだよ」
大入は発目の次の相手になるであろう爆豪の講評を述べる。
それでいながら、自身は先程切り出した鉄板の形と重さを確認して、今度は掘削ドリルを持ち出して、鉄板に穴を開け始めた。
「おや、もう一人の方は?彼、貴方のクラスメイトですよね?」
「鉄哲は…多分勝てない。相手が悪すぎる」
「これまた随分と薄情ですね」
「
発目の些細な質問に大入は端的に答えた。今度は研磨機に移動し、鉄板の角を丸く加工していく。
「なる程…対戦相手はわかりました。それで?…付け入るなら何処を?」
発目は大入にアドバイスを求める。発目が一回戦・二回戦を勝てたのは、大入のアドバイスを受けたお陰でもある。
相手の弱みを穿ち、強味を徹底的に押さえ込んだワンサイドゲーム。大入からもたらされた情報と、それを実行可能にする無数の発明品があるからこそなせる技だ。
「精神攻撃。煽り耐性無いから、兎に角引っかき回す。…でもああ見えて、すごく頭が回るから自力が無いと結局は競り負ける」
「実質対策無しですか」
「それは、ごめん…」
『戦闘力』と言う一点に置いて、爆豪勝己は最強と言っても過言では無い。本人の身体能力と戦闘センス相手に猪口才な細工で穴埋めするのは不可能に近い。
結局は直接戦闘と言う同じ土俵に上がる必要がある。
そうなったら発目に勝ち目は無い。
「む~困りました。これでは『サポートアイテム大博覧会』が開催出来ません」
チョコレートを一囓り、発目は思案する。
大入との取引。はっきり言って発目には良いこと尽くしだった。
大入から提示したカードは
「『エグゼキューター』の分解権利」
「発目の対戦相手の戦闘傾向の情報」
「発目と戦う際、サポートアイテムのプレゼンテーションの全面協力」
の三件。
発目から提示したカードは
「『エグゼキューター』の分解協力」
「対戦相手になった暁には勝利を譲る」
の二件。
発目が本大会に向ける意気込みは「自分の
「発目と戦う際、サポートアイテムのプレゼンテーションの全面協力」と言うのは実にストレートなメリットだ「対戦相手になった暁には勝利を譲る」と言う条件でも破格だ。
更に「発目の対戦相手の戦闘傾向の情報」というのも相当なものだ。なんと言っても自分が勝てば試合回数が増え、自分のサポートアイテムを紹介するチャンスを増やすことが出来るのだから。
残るのは「『エグゼキューター』の分解権利」「『エグゼキューター』の分解協力」の二つだが、ハッキリ言って発目の得ばかりだ。
何せこの入試ロボ達、多額の施工費が掛かり、一般ではお目にすら掛かれない。それを自由に中まで見て良いと言われるのだ。一も二も無く飛びつくに決まっている。
正直受けたメリットは計り知れないが、それでもサポートアイテムはまだまだ大量に残っている。出来れば大入vs発目のマッチングを成立させたかった。
「あっそうだ!ねぇ、子沢山さん!次の試合
まさに名案とばかりに笑顔の花を咲かせる発目。そして、自分の考えを大入に提案した。
「3位決定戦っ、そこで『サポートアイテム大博覧会』をしましょうよ!そうすれば…って如何したんですか?その顔?」
此処に来て発目は初めて大入の顔を見た。そして疑問符を浮かべた。
大入の顔はボロボロだった。涙を流したであろう目元が赤く腫れている。世に言う泣き腫らした跡だった。
「いやあ、単なる自己嫌悪さ」
発目の問いかけに、大入は視線を逸らしてそう一言答えた。
__________
『オーケーエヴィバディ!!!そろそろ次の試合に行こうか!これが終われば本大会のベスト4が決まるぜ!明日から注目の的だな!』
発目の大活躍で、実況席の置物だったプレゼントマイクが巻き返しを謀ろうと気合いの入ったコールを入れる。
観客が熱気の籠もった大声でそれにレスポンスした。
『…いいぜいいぜ!皆が一体になって場を盛り上げるこのライブ感っ!早速出てきな無頼漢!』
プレゼントマイクの呼びかけに応え、二人の戦士がステージに上がる。
『その心は鋼!その体は鋼!その技は鋼の輝きを魅せるか!?
鋼の戦士っ!鉄哲轍鐵!!!』
戦意に満ちた表情で相手を睨む鉄哲。
(漸く…漸くだ…)
鉄哲はこの試合、爆豪との対戦を待ち望んでいた。
初めて爆豪を見たのは二週間前。ヴィラン連合襲撃事件の数日後まで遡る。あの日彼が放った暴言、アレが鉄哲の心に火を付けた。
そして、今日の午前、選手宣誓。何処までも高慢ちきなその振る舞いに、我慢がならなくなった。
──この俺が潰したるわ!!
あの時から心に決めていた。
戦意高揚、気合充分。いつでも動ける。
『目の前の壁は正面突破で突き抜けるっ!その手で障害は薙ぎ払うっ!タイラントボマー!爆豪勝己!!!』
爆豪は精神を研ぎ澄ます。
一つ前の試合。あの
この戦い今までとは何かが違う。
気迫だ。
何が何でも上に勝ち上がろうと、誰も彼もが己の持てる総ての最後の一滴まで振り絞って挑んでいるんだ。
全身の血が熱くなる。何処までも騰がっていく。自然と口角が上がるのを彼は気付いているだろうか?
『S T A R T !』
開始の合図と共に鉄哲が全力で駆け出す。彼の本分である近接格闘に持ち込む。
対して爆豪は反撃を選択した。爆豪の爆発は射程が伸びるほど威力が分散し、ダメージが大きく減衰する。火力を一点に収束する技術に辿り着いていない彼は有効打を入れるべく、近距離の戦闘に応じたのだ。
先ずは、小手調べ。
爆豪は鉄哲をギリギリまで引きつけ、右手の爆破で薙ぎ払った。麗日を一切寄せ付けなかった爆炎と轟風の壁。その高熱と黒煙が鉄哲を呑み込んだ。
「っ!?」
黒煙を突き破り、鉄哲の鋼の拳が爆豪の眼前に迫る。爆豪はそれを全身を仰け反らせる事で回避した。
「んなモン効くかっ!!」
「上等だ…てめェっ!」
『流石は鉄哲!鋼の肉体は爆破を物ともしてねぇぞ!!』
爆豪は二手三手と爆破の弾幕を鉄哲に叩き込む。しかし、鉄哲はそれすらも無視して爆豪に乱打を叩き込む。爆豪はその攻撃を見切りながら次々躱していく。
「ちょこまか…してんじゃねぇっ!」
「!?」
一瞬、鉄哲が鋭い突きを放つ。以前に庄田が見せた「ジャブ」の様な素早い牽制打撃。顔面を狙ったそれを、爆豪は紙一重で躱した。
しかし、鉄哲の連携は終わらない。突きを放った拳を開き、熊手の様に袈裟を裂く。その途中で爆豪の胸倉の襟を鷲摑みにした。
「ラァっ!!」
「ごっ!?」
『ヘッドバぁぁぁットっ!爆豪が怯んだっ!』
鉄哲はそのまま強引に引き寄せ、鋼鉄の頭突きをお見舞いした。爆豪の額を強打し、血が滲む、グラグラと頭が揺れた。
鉄哲は畳みかける。そのまま体勢の崩れた爆豪を地面に叩き落とす。半ばラリアットをかますように全身を浴びせ倒す投げ。宍田が得意とする力押しの戦い方だった。
受け身すらまともに取れずに背中を強打、激痛が走り、肺に溜まった空気を吐き出した。
「潰れろっ!!」
「っ!?ぐふっ!!!」
仰向けに倒れた爆豪は目を見開いた。迫り来るのは鉄哲の足。震脚するように踏み付けられた蹄鉄は爆豪の腹を地面ごと穿つように突き刺さった。
_______________
「なぁ、大入ぃ?強くなるコツって…あるか?」
「何?どうしたの急に?」
ヒーロー基礎学で数回の実戦闘経験を経た頃、突然鉄哲は大入の元を訪れた。
「いやよ…お前ってさ、あの宍田だって平然とぶっ飛ばすじゃねぇか」
「まあ、そう言う技術を使ってるわけだし…」
先程やってた対人格闘。流石に“異形型個性”相手なので〈揺らぎの風〉によるブーストだけは許可を貰っていた様だが、あの化け物染みた身体能力に対して良いところまで競り合い続けており、かなり異様な光景だった。
鉄哲が以前に宍田と対峙したときは、中々に酷い有様だった。転ばされた所に足を捕まれて、そのまま猛スピードで引きずり回し、最後は瓦礫の山に叩き込まれた。今でも苦い思い出だ。
「そうさねぇ…。色々言いたい事はあるけど、とりあえず一つだけ」
「なんだ?」
「君の攻撃は馬鹿正直すぎる」
「オイ」
大入のぞんざいな言い方に鉄哲の抗議が入る。それを無視して大入は鉄哲の傍に歩み寄る。
そして右拳を握りしめて、ジェスチャーをするようにゆっくりと鉄哲の顔面目掛けて伸ばす。
「鉄哲の攻撃はな。「今からお前の顔面目掛けて殴るぞ」って宣言して攻撃するくらいにわかりやすい」
あと数センチで顔に当たる。その距離で拳がピタリと止まる。
「…何かに気付かない?」
大入が鉄哲に問いかける。注意深く大入を観察すると、いつの間にか無手だったはずの大入の左手に模擬刀が握られていた。
それに気付いた大入がニコリと笑うと。
「残念、ハズレ」
「ウォッ!?」
突如、鉄哲の頭にパサリとタオルが落ちてきた。
「要はだ、鉄哲は「相手の裏を掻いてやろう」って言う気概がなさ過ぎるんだよ。
まぁ、相手の全部を真っ向から受け止める漢気溢れた精神は美徳だけど、それらは総じて「搦め手」に弱い。
ぶっちゃけ俺なんかの恰好の餌食だ」
「ム…」
目をパチクリさせていた鉄哲がハッと我に返る。そして、大入にからかわれた事にへそを曲げた。
それに対して「悪かったよ」と一言謝罪を入れ、改めて大入は話を続けた。
「だから鉄哲は「戦いの駆け引き」って奴を学ぶべきだ」
「…具体的にどうしろってんだよ?」
「簡単さ、
「観察?」
「そうだよ。特に君と戦う対戦相手の立ち回りをね。
相手が君をどうやって攻略しようとしているか?弱点のどこを狙っているのか?それを知るだけでもかなり変わる。
それらを自分流にアレンジして、取り入れろ。戦法の幅が増えれば、自然と自分の取れる選択肢も増える」
そう言いながら手に持った模擬刀と鉄哲の頭に乗ったタオルを指差してアピール。その後に目潰し、顎、喉元、鳩尾…と一般的な急所を次々とジェスチャーで攻撃するフリをする。
「学べ、鉄哲。君の伸び代は、まだまだ沢山残っているよ」
最後にドンと胸を叩き、そう言って大入は去って行った。
大入の助言を受けてから、鉄哲は対戦相手の事を観察するようになった。
そして、分かった事がある。
例えば、大入。彼が鉄哲と戦う時は殆ど転倒を狙った足払いと、相手の攻撃を利用した合気道の投げ、そして極め技だった。
例えば、宍田。彼は見た目とは裏腹の小回りの効いたスピードを活かして、こちらの体勢の崩れた所を体当たりをする様に吹き飛ばした。
例えば、庄田。彼は鉄哲の正面に立ちながら、常に一定の距離をキープして高速のフリッカージャブ。浅い当たりも“個性”で威力を増幅し、ひたすら怯ませ続けた。
例えば、拳藤。その巨大な手のひらでシールドバッシュでもするかのように壁や床と板挟みにして動きを封じられた。
例えば、鱗。体の奥深くまで貫くような掌底。それは中国拳法の太極拳や八極拳における発勁、全身の筋肉・骨格の動きから重心の移動までを無駄なく収束した一撃で内臓を叩き、スタミナを削った。
各々が自分の出来る最善を使って、鉄哲を攻略する。此処まで違うのかと驚愕した、同い年でありながら積み上げてきた物が全然違うと思った。
そこから無い頭を搾って考えた。彼等の攻略法の攻略。
鉄哲が自身に課した問題だった。
最初は何度も負けた。その度に試行錯誤を繰り返した。己を叩いて何度も鍛え直した。それが次第に形になる…。
宍田の高機動戦闘に、カウンターナックルを叩き込めた。
庄田の圧倒的な手数に、攻撃をいなす事で反撃が出来るようになった。
鱗の鋭い突きに、瞬間的に鋼の強度を上げる小技を覚えた。
以前の自分より相当戦えるようになったと実感した。
大入と拳藤は今までの戦法に、更に新しい戦法を絡め合わせて、巧妙に攻めて来る様になった。未だに勝つには至らないが、偶に良い当たりが入るようになった。
_______________
…
…
(俺はちゃんと戦えてるか…?)
鉄哲の頭に疑問が過ぎる。一つ前の切島との試合。全力で戦い、そして勝利をもぎ取った。しかし、それでも不安が過ぎる。
空を埋め尽くす程の、大量の岩石の雨が降った。
有象無象を灰燼にする爆発が、雄叫びを上げた。
身を裂く程冷たい氷陣が、全てを丸呑みにした。
衝撃波が迫る障害を全て砕き、悉く叩き割った。
見上げる程の荊の巨人が、戦場を蹂躙していた。
剣戟が演武が銃擊が数多の軌跡を描き咲き誇る。
どいつもこいつもまるでスケールが違う。自分に無い物ばかりを持っている。あいつらと比べて、なんて自分の地味な事だろう。
唯々、硬いだけ…。
自分の“個性”を嫌った事なんて一度も無かった。実際に、これでも中学時代は負け無しだったのだ。だがそれは、井の中の蛙が大海を知らなかっただけなのだと痛感した。
(っ!?駄目だ駄目だっ!弱気になるな俺っ!?)
「うおおぉぉおぉっ!!!」
鉄哲は折れかけた精神を叱咤する。自分を鼓舞する
「拳打」に「掴みによる拘束」を組み合わせた喧嘩殺法の様な戦い方。
立ち向かって来る相手には圧倒的な肉体の強さで押し負かし、逃げる相手は搦め手で自分の
〈
鉄哲が手探りで見つけた、自分だけの、自分にしか出来ない戦い方。
それは確かに鉄哲にマッチしていた。あの爆豪にさえ有効打を叩き込んだのだ。
しかし、爆豪は上を行った。
鉄哲が爆豪の鳩尾を貫こうと振るった拳を「包み込む様に抱きかかえる」。そしてそれを爆破した。火傷しそうな高熱が手を焼き、鉄哲が苦悶の表情を浮かべる。
そのまま爆豪は反対側の手に飛び掛かる。それを防ぐために爆豪を掴もうとして異変に気が付いた。
(拳が開かねぇっ!?)
動揺している間にも爆豪は手を掴み取り、爆破した。黒く焦げた両手の拳は開かなくなった。
(まさか、こいつは泡瀬のっ!?)
鉄哲はこれを知っている。よく似た手口を使う奴が居たからだ。
以前に溶接に付いて、軽く触れた時の事を覚えているだろうか?
「爆発圧接」と言う物がある。これは爆発により引き出される高エネルギーを利用して金属を接合する加工技術の事だ。
狙いはそれだ。爆豪は拳を包み込んで全方位から中心に向けて爆破。鉄哲の拳を
実は泡瀬がよくやる戦い方にどこか似ている。彼は、自身が得意とする
爆豪によって封じられた手のひら。自分の掴み技を奪われたのは今までに無い初めての体験だった。
鉄哲の〈
それでも鉄哲は足掻く。身体を鋼鉄化し、その鈍器の様な拳を振るう。ひたすら早く、速く、疾く。
しかし、今更爆豪には通じない。拳の距離を見切り、それより僅かに離れた位置から爆撃。飛んでくる拳もひたすら回避した。
最初に鉄哲の重い打撃を受けているにもかかわらず、爆豪の動きは冴えている。化け物染みたタフネスが未だに爆豪を支えていた。
そして、傾いた天秤は戻らない。
鉄哲の呼吸が乱れる。
切島の“
爆豪と鉄哲のカードは切島よりも最悪だ。その運命からは逃れることは出来ない。
『ああーー!!効いたっ!!?』
「ぐっ…!!」
爆破の威力が鋼鉄化の耐久力を上回りだした。爆豪はその瞬間、勝機を確信した。
「鉄は熱い内に打て…って言うよなァ!」
「っ!?」
爆豪が獰猛な笑みを浮かべた。
鉄哲は咄嗟に腕をクロスガード。脆くなった
「ガッ!!?」
次の瞬間的、爆撃の暴風雨が襲った。全身の至る所を横殴りに叩きつける絨毯爆撃。
踏ん張っている足下がジリジリと後ろに押された。
(マズイっ!やられる!?)
身体の熱が上がる、鋼に罅が入る。濃厚な敗北のイメージが頭に浮かぶ。
熾烈な爆豪の連擊。その中で鉄哲は…
鋼鉄化を
「死ねえ!!!」
爆豪の爆破を纏った掌底が鉄哲の無防備な腹を撃った。激痛が全身を巡り、意識がぶっ飛びそうになる。
「嗚呼ァァァァッ!!?」
「っ!?」
もはや悲鳴に近い叫び声を上げ、無理やり意識を繋ぎ止める。鉄哲はそのまま爆豪の両肩を掴んだ。
鉄哲の拳は溶接されていた。しかし、鋼鉄化を解除した事で金属の性質が消え、接合強度が弱まったのだ。その状態で鉄哲は無理やり手を開いた。手の皮がベリベリ剥がれ、瞬く間に血塗れになった。
爆豪が勝利を確信した一瞬。その僅かな緩みを鉄哲は狙い撃ちした。
「らあぁぁぁアアァ!!!」
隙を曝した爆豪をガッチリとホールドし、頭に頭突きが振り下ろされる。爆豪の額を叩き、大きく蹌踉けさせた。
「うぐ…ぅ!やってくれんじゃねェ…か…?」
爆豪が体勢を立て直し、鉄哲に向き直ると。鉄哲はうつ伏せに倒れていた。
残っていた最後の力を使い、報いた一矢。爆豪には届いたが、討ち取るには至らなかった。
『そこまでよ!鉄哲くん行動不能!勝者爆豪くん!!』
ど派手で見栄えのある爆豪の勝利に、観客から熱い歓声と拍手が上がる。
相性の悪さを理解していたプロヒーローの面々が、苦境にも負けない鉄哲の勇姿に惜しみない賞賛の拍手が送られた。
『爆豪エゲツない絨毯爆撃で三回戦進出!!負けた鉄哲も最後の最後まで漢を見せてくれたなァ!!
さァ!これでベスト4が出揃った!!戦いも佳境だ!騰げてけお前ら!!』
プレゼントマイクの煽りに観客が呼応する。会場は更なる熱を帯びた。
_______________
「なんだコレ?まるで茶番じゃ無いか…」
薄暗い小部屋。戸棚やウォールラックには乱雑に本が積み上げられ、壁には夥しい量のヒーローの資料がベタベタと貼り付けてある。
部屋を照らす唯一の光源のコンピュータのデスクトップには、ライブ中継された雄英体育祭の映像が映し出されていた。
映像を睨み付けていた少年がそんな不満を零しながら、首筋をガリっ…と引っ掻いた。
『ほう、どこが茶番なんだい?死柄木弔?』
画面を覗く少年、死柄木に男が問いかける。その声は低く、包み込む様に優しく、奈落の底に引きずり込むように恐ろしい声だった。
「あいつら、負けた奴にまで賞賛の拍手とやらを送ってやがる…。
敗北ってのは何処までも惨めなもんだ。奪われて、奪われて…結局最後には何も残りもしない。それが敗北だ」
虐げられ、迫害され、蹂躙され、なにもかも踏みにじられた。そんな死柄木だからこそ思う、敗者へ向けられる温情の多さ。
敗北をよく知る彼は、酷く空虚で不自然な違和感を覚えた。
『はっはっはっ…。失敗は成功の母と言うように、敗北は強くなるためのチャンスなんだよ死枯木弔。あの賞賛は激励の言葉の代わりさ…』
「精一杯頑張って負けたのに、「お前は努力が足りない、まだ頑張れ」って吐き捨てるのかっ…!
先生、勘違いしてた!これは死体蹴りだな!死人に鞭打つのが好きなんて非道い奴らだ!」
死柄木は盛大な皮肉を込めてカラカラと嗤う。先生と呼ばれた男は黙ってそれを見ていた。
『…それにしても面白い子が居るね』
「あ?どれだ?…雄英にちょっかいかけた時に見た奴ならそれなりに居るが」
『いやあ、違う違う。あの勝ち上がっている「B組の男子」だよ』
「あぁ、ヒーローのクセして得物使ってる
『弱者を嘗めてはいけないよ死枯木弔?ああ言う手合いの人間は時に巫山戯た力を発揮する。君になら分かるはずだよ?』
ふと雄英高校を襲撃した時の事を思い出した。路地裏のチンピラどもをまとめ上げ、初めての大規模で本格的な襲撃だったが、結果は散々。戦力に数えてすら居なかった
『それに彼には
「ハッ!冗談!気持ち悪い事を言うなっ…」
死柄木は露骨に嫌そうな顔をした。