転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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58:最終種目 二回戦 3

泥の中に沈んだ意識がゆっくりと浮上する。そのまま、もう一度眠ってしまいたかった。

そんな倦怠感に一生懸命抵抗して、瞼を開くと光が差し込む。目の前には白い天井、耳の奥には喧騒。息を浅く吸い込むと、消毒液の匂いがした。

 

 

「…っ!?試合はっ!?…痛っ!」

 

 

塩崎は意識が完全に覚醒し、慌てて起き上がる。その際、起きた拍子に体が強張り、ズキリと胸に鈍い痛みが走った。

痛みを堪え、咄嗟に胸を押さえて気が付く。雄英指定のジャージは病衣のガウンに着替えられ、衣服の下には全身に包帯を巻いた感触が有り、手を見れば指先まで包帯でグルグル巻きにされていた。

治療の際、全身に纏っていた荊の鎧を脱がされたたためだろうか。頭髪の蔓は、肩程の長さに切り添えられていた。胸元を確認し、下を向いた拍子に髪が頬を撫でた事で、その事実に気付いた。

ようやく、ここは医務室で、これは治療の跡だと理解した。

 

 

「あ…おきた」

「大入さんっ!?」

 

 

塩崎の起床に反応した声を聞き、横を向くと大入が居た。

 

 

「もう少し休んだ方がいいよ。リカバリーガールの治癒活性のお陰で怪我は治ってるけど、体力が無いから充分な回復は出来なかった。まだ少し痛みは残るって…」

 

 

恐らくは奥の手の代償技の反動に寄る物だろう。あの技は蔓が全身からエネルギーを急速に吸い上げる。それにより体力を著しく消耗したため、治癒活性による治療を満足には行うには足りず、最小限の重傷の回復に的を絞ったのだろう。

注意を促した大入は塩崎に目も向けず、設置されたモニターを…次の試合を真剣に見ていた。

ひとまず大入の勧めに素直に従い、体を横に…医療ベッドに身を沈めて安静にする。

そして改めて大入の姿を観察する。塩崎と同じく医療ベッドに寝ている大入は、治療も済んでいるのか、上体を起こしている。着替えたらしい新しいシャツから覗く右腕には、拳から肩口に掛けて稲妻の走った様な傷痕。リカバリーガールの強めの治癒活性により、僅かな痕しか残って居ないが、間違いなく最後の攻撃で受けた傷の痕だった。更には、失った血液と体力を回復するためか、左腕に点滴を受けている。

そして両の手のひらに〈揺らぎ〉を出し、その〈揺らぎ〉が静かに呼吸をするような音を立てた。日常生活の合間に目撃した「大気を格納する作業」だ、こうしている間も大入は次の戦いに備えているのだ。

 

 

「私は…負けたんですね」

「あぁ」

 

 

実感してしまうと途端に悔しさが込み上げてくる。先程の戦いはこれまで培ってきた力、研鑚してきた技術、それらを総て注ぎ込んだのだ。

 

 

それでも負けた。

 

 

やり切った、後悔は無い。でも勝ちたかった。一生懸命にやっても…いや、一生懸命やったからこそ、そんな気持ちになる。

 

思わず、手を強く握り締めた。

 

 

「塩崎さん、見て」

 

 

そんな心情を察してか、大入が塩崎に向き直り、声をかける。大入が右手を前に伸ばす。それを見た塩崎の目に再び、大入の傷痕が目に入った。

 

 

「君が刻み付けた証だ」

 

 

右腕の裂傷痕、治療前は見るに堪えない惨状だった。拳に罅が入り、腕や肩の肉は抉れて削げ落ちた。

 

 

「…最後のは俺が少し卑怯(・・)だっただけだ。間違いなく塩崎さんの方が強かった(・・・・)

 

 

大入は試合の結果では勝者だ。しかし、塩崎の方が強いと肯定した。

 

 

「あの時、俺は捨て身で殴った。それこそ「腕一本くれてやる」って気持ちでだ。

…でもさ、塩崎さんはそれを躊躇ってくれたんだろ?やろうと(・・・・)思えば勝てる筈だったのに」

 

 

手編み(ハンドニッチング)祭衣(ステハリ)聖霊降臨(ペンテコステ)』〉は本当によく出来た必殺技だった。荊の鎧が塩崎の走攻守を一段階上に引き上げ、「荊のマント」が防御を「荊のドリル(ロンギヌス)」が攻撃をバランス良くこなし、蔓に余裕さえ有れば本来の広範囲攻撃・拘束、果てには「荊のロープ」を作って擬似的なワイヤーアクションさえ可能かも知れない。

加えて〈主よ私の血を捧げます(サクリファイス)〉による二段階強化。蔓の能力を限定的に最大以上に引き出す恐ろしい技だった。

 

強い…いや強過ぎた(・・・・)のだ。それこそ大入を僅差で上回る程に。

塩崎は怖くなった。自分の攻撃が大入を一瞬で血だらけにした事に。

 

だから、塩崎は試合中の応急手当を赦した。だって「そうしないと死んでしまうかも知れない」と恐怖したから。

だから、最後の激突、塩崎は攻撃の手を緩めた。だって「そうしないと彼のヒーロー人生を終わらせてしまうかも知れない」と恐怖したから。

 

相手を無傷で制圧すると言うのは、力量差が無いと中々成立しない。それよりも「殺してしまう方が」圧倒的に楽なのだ。

だから力量がほぼ同じ相手が、どちらも譲らなければ、勝負は自然と命を賭けた戦いに変貌する。

 

現に大入の一撃も相当に危険な行為だった。塩崎の左胸を貫いた〈抹殺のラストブリット〉。荊の鎧の厚い装甲に守られたお陰で、「肋骨に罅が入る程度」で済んだのだ。下手をすれば肋骨が折れ、骨が肺や心臓、その他の臓器を傷つける可能性があった。

 

大入の執念と塩崎の決意がぶつかり合い、大入が制した…と述べれば少しは格好が付くだろうか?

しかし、その実は大入が自分の命を盾にして塩崎を脅しただけに過ぎないのだ。

 

 

「あのまま続ければ、俺の拳が壊れて、俺が貫かれて、それで終わりだったろうな…少なくともそんな未来が過ぎる一撃だった。そうなったら、倒れる前に俺なら逆転のために…」

「巫山戯ないで下さいっ!!」

 

 

言葉を遮るように、塩崎が叫び声を上げる。大入の淡々とした話に我慢がならなくなった。

大入の言いたいことは分かる。塩崎の方が強いから、悔しがる必要は何処にも無いのだと。大入の狡猾な戦い方に騙されただけだと。

しかし、そうでは無い。そうでは無いのだ。

 

 

「大入さんっ!貴方は私に言いましたよね!?「危険な行為は止めろ」と、私の体を心配して!

では!なぜ!ご自身はお止めにならなかったのですかっ!それこそ、この場で貴方の未来が潰えたかも知れないのですよっ!!」

「…怒ってくれるんだな」

「当たり前です!!」

 

 

ここだ、ここなのだ。大入の恐い所。

 

大入の強味は「奇抜な戦術」「鍛えられた戦闘能力」「技術習得への貪欲性」そして「自己犠牲への躊躇いの無さ」。

 

大入と共に学んで分かった事がある。大入は状況が過酷に成れば成る程、独断専行に強く走る。普段ならばグループワークでも協調性を持つ大入が、ちょっとした切っ掛けで途端に破綻する。

屋内対人戦闘訓練では、勝利条件を大入の捕縛に設定し、ヘイトを自分に集中させた。泡瀬の暴走も、物間を自分で排除して、ヘイトを自分向けた。

屋外逃走劇では、ヒーローチーム全員でさえ押さえ込んでいた塩崎の隙を作り、全員を逃がして見せた挙げ句。殿としてたった一人立ちはだかった。

災害ウォークラリーでは、たった一人で水中探索を進め、通路の出来ていない悪路を真っ先に先行し、火災ビルには自ら進んで中に突入した。

雄英体育祭選手宣誓、暴挙に近い宣言の後、急に私達から距離を置いた、余計な因縁を避けるため。騎馬戦で暴れ回り、最終的な注目を自分に掻き集めた。

ざっと挙げただけでこれだけ出てくる。事あるごとに「危険で大変な仕事は大入が引き受け」「安全で楽な仕事を他の人に押し付けて」くるのだ。

 

 

「ねぇ、どうして貴方ばかりが大変な思いをするのですか?どうして貴方ばかりが危険に身を曝すのですか?それなのにどうして止まらないのですか?どうして逃げないのですか?どうして…どうしてっ…!!」

 

──そうやって一人になろうとするのですか…

 

 

塩崎の頬を伝う、一条の雫。気が付いたら塩崎は泣いていた。

彼女は優しい女性だ「自身の事を粗末に扱う大入」に思う所が有ったのだろう。身を乗り出して大入の右手を掴む。大入は困った顔をした。

 

 

「…困ったな。どう答えれば良いのかな?」

 

 

頬を掻いて少しばかり思案した大入は、呼吸整えて話し出す。

 

 

「…『ヒーローとは目の前に転がる不幸を無視できない存在(モノ)である』」

「なにを…」

「俺の持論だよ。

困っている人が居る。泣いている人が居る。危ない目に陥った人が居る。

そんな人が俺の目の前いるとさ、言葉にし難いんだけど…凄く胸を掻き毟られる。辛くて苦しくなる。だから助けるんだ。そうすれば気持ちが落ち着くから…。

でもさ?それって自分の自己満足の話で、自己中心的な行動の結果、相手が助かったに過ぎないんだ。

そもそもだ。仮に俺が助けなくても、他の人が助けるかも知れない。もしかして、自力で助かるかもしれない。…何も必ず俺が手を出す必要は無いのかもしれない。それでも助けに跳び込んでしまうのなら、それは単なるワガママだろ?

そんなワガママに俺の大切な人を巻き込むなんて傍迷惑な話だろう?…少なくとも俺は嫌だ」

「そんなこと…」「あるんだよ」「っ!」

「…正直な話、さっきの試合も勝ちを譲っても良かった。

 

…でも駄目なんだ。

 

詳しくは言えないけど、如何してもやりたい事が出来てしまった。助けないといけないと思った。

そうなったら降参なんて選択肢は無くなってた。

結局は自分のワガママでしかないんだよ。だから…」

 

 

医務室の中に乾いた音が鳴り響く。塩崎の手が大入の頬を叩いたのだ。大入が予期していなかった塩崎の行動に、思わず言葉が止まる。

 

 

「いい加減にして下さいっ!!」

 

 

塩崎の声が今一度響いた。

 

 

「人を救う事は素晴らしい事です。迷わずに救う為に動ける事は尊い事です。目標に向けて直向きに尽力するのは高尚な事です。

しかし、それで貴方が傷付いては駄目なのです!貴方が傷付く事に悲しむ人が居るのです!貴方を失う事で苦しむ人が居るのです!どうして分からないのですか!貴方は…貴方は!貴方を大切に思う人の気持ちを知るべきなのですっ!!」

「…」

 

 

──そんなことをして貰える程、俺は出来た人間じゃ無いんだよ。

 

 

大入は苦しそうに視線を逸らして、そう搾り出した。

 

 

_______________

 

 

『あーはっはっはー!!それではっ!次の発明の御紹介に参りましょう!!』

 

 

二回戦 三試合目

発目明 vs 常闇踏影

 

モニターの先では発目節が炸裂していた。

 

白いコートに身を包み、全身には先程の装備とは全て違う武装に身を包む発目。

清々しい高笑いをしながら、猛スピードで常闇に突貫する。

 

 

『こちらはどんな悪路も何のその!圧倒的な走破力で突っ走る「ホイールブーツ」!高出力の小型モーターをコンピュータ制御で完全にコントロールっ!圧力センサーを内蔵し、貴方の踏み込みに合わせてホイールが完璧な加速を補助します!』

 

 

インラインスケート型の脚部用サポートアイテムの恩恵で爆発的なスピードを手にした発目が、右腕に装備した籠手型のサポートアイテムで常闇に殴りかかる。

常闇はその攻撃を横に跳んで躱した。

発目は常闇の横を過ぎ去り、素早く転身する。

 

 

『そして、この鮮やかな反転っ!正体はこの「オートバランサー」!っとっと…三十二軸ジャイロセンサー内蔵で不意の転倒まで完全にフォロー!

「レッグパーツ&アームパーツ」と連動して、か弱い私の動きも完全サポートっ!足の動き、腕の動きもこんなにスムーズに!

さぁ!次のサポートアイテムが…こちらっ!』

 

 

今度は発目が左腕の籠手型サポートアイテムを常闇に向けた。すると籠手から大量の銃弾を連射した。

 

 

黒影(ダークシャドウ)っ!」

「ヒーッ!」

 

 

常闇が黒影(ダークシャドウ)を召喚して銃弾を防ぐ。闇を失い、力の出せない黒影(ダークシャドウ)の可哀想な悲鳴が上がる。

 

 

「モウイヤーッ!」

「…くっ!」

 

『常闇為す術なーし!これあるのか?下克上有るのかァ!?』

 

「不覚…」

 

『「暴動鎮圧用オートカノンガントレット」。防具としても利用可能な籠手型で、一本のカートリッジで30発の強化ゴム弾を連射可能です!』

 

 

何故、こうまで常闇が追い詰められているのか?語るまでも無く、大体発目のせいである。

 

 

『ゴヨーアラタメデゴザール』

 

 

そう、ステージの場外で巫山戯た音声を発する、あの忌々しいサポートアイテムのせいだ。

「トレーサーサーチライト」…逃げる犯人を追跡するべく、勝手に(・・・)自動で追っかけ回す探照灯。飛行タイプ四機、走行タイプ四機の計八機がAIのパターンを修正され、ステージの()から常闇を包囲し、その強烈な光を浴びせ続けていた。いくら常闇が体内で闇を補充しても、黒影(ダークシャドウ)が外に出た瞬間、その力が数秒と保たずに無力化される。

 

常闇踏影の“個性”は非常に優秀な力だ。長距離・広範囲攻撃を可能にし、常闇と黒影(ダークシャドウ)の二人分の思考が互いの死角をカバーして防御も鉄壁。しかし、問題は“個性”が強力過ぎるのだ。自然と戦い方も、黒影(ダークシャドウ)に在りきの依存した形になってしまう。

そんな常闇が突然黒影(あいぼう)を失ってしまったらどうなるだろうか?その答えがそっくりそのままこの状況を著しているのではないだろうか…。

 

窮地に追い込まれた常闇は汗を拭った。

 

 

『おや暑いですか、常闇さん?そうでしょう、そうでしょうとも常闇さん!サーチライトの光量は自然と熱を伴うのです。これ程にカンカンと照らされれば体温も上がるという物です!

しかし!そんな状況も私が開発したこの「クーラントコート」が有れば、例え砂漠だろうが火山だろうが至極極楽快適な環境を保てると言うわけですっ!』

 

 

何所までも詰め込まれた発目のサポートアイテム達。

常闇の“個性”(強味)を潰し。発目の身体能力(弱味)を補っていた。

舞台を整えていく。一分(いちぶ)の隙も無く、一厘(いちりん)の無駄も無く。

 

体力を消耗した常闇の眼前に、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)が投げられる。強烈な光と爆音が常闇の視覚と聴覚を潰す。

気が付いたら常闇の眼前に発目が立っていた。そして、静かに右手の籠手を常闇の腹部に当てる。

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

次の瞬間的、ズガン!という炸裂音が響き渡る。重厚な衝撃が常闇の鳩尾に突き刺さる。常闇の体が吹き飛び、場外に叩き出され、そして気を失った。

発目の右の籠手が硝煙を上げた。籠手に着いているボルトアクションのレバーを引くとカバーが開き、空薬莢が吐き出された。

 

 

『見て下さいこの威力っ!これが私が開発した「パイルガントレット」の凄さです!装填数は三発!先程の「オートカノンガントレット」と合わせて遠近バランス良く戦う事も可能です!

今回はここまで!次の発目明のサポートアイテムもご期待下さいっ!発目明!発目明でしたっ!!』

 

 

『そこまで!常闇くん場外!発目さんの勝利です!!』

 

 

両手を広げ、これでもかと自分を売り込んでいく発目。

観客席は破竹の勢いの発目よりも、何も出来ずに敗北した常闇への同情の色を映していた。

 

 

_______________

 

 

「只今…戻りました…」

 

「…あぁ、茨おかえり。…酷くやられたな」

「…えぇ」

 

 

観客席の1-Bクラスの団体席に塩崎が戻る。全身に痛々しい包帯姿、病衣のガウンの上に羽織ったジャージ、短くなった頭髪はそのまま。しかし表情は晴れなかった。

 

 

「…あれ?大入っちは?」

「っ!?…お、大入さんは…次の準備があると…」

「…?そう…」

「…」

 

 

取蔭のなんでも無いような質問に、塩崎が彼女にしては珍しく、濁したような言い方をした。

 

 

──そんなことをして貰える程、俺は出来た人間じゃ無いんだよ。

 

 

先程の大入の言葉が甦る。

大入が見せた、普段の(おど)けた様子すら無い表情(かお)、その上での明確な拒絶の意思表示。

あの表情(かお)。悲しみ、苦しみ、怒り、後ろめたさ、そんな感情をごちゃ混ぜにして煮詰めた様な表情。思わず恐れた。

その反応を察した大入は、自ら点滴の針を引き抜いて、新しいジャージを羽織直すと医務室から逃げ出した。塩崎の制止すら聞かずに飛び出した大入、その行き先は塩崎も知らない。

咄嗟に嘘をついてしまった事実に、塩崎は自分でショックを受けるも、大入を庇ったのだと心の中で言い訳をした。

 

 

「…それにしても、あのサポート科の奴やるよね。相手の常闇って、騎馬戦で福朗と一緒になって鉄壁の防御をしてた奴だろ?」

「でもな…弱点が明白ってのがな…」

「いやいやっ!対抗策持ってない俺達からしたら詰みだろっ!正攻法だと勝ち目無いって!」

「強いて言うなら…スピード勝負か?懐に潜りさえすればあるいは…」

「カッ、その前に狙い撃ちだろうよ」

 

 

拳藤が話題を逸らすと皆が自然と先程の試合の考察に入った。他人の戦い方を考えるのは、自分の戦い方を見直す良い切っ掛けになるため重要だと、常日頃から担任のブラドキングに教わっているため、すんなりとディスカッションに入る。

話題が大入から離れた事に安堵した塩崎の様子を拳藤は見逃していなかった。

 

 

(ま~た、なんかやらかしたな福朗の奴…)

 

 

恐らく大入の独断専行癖の傾向に気付いたのだろう、それで擦れ違いでもしたか、と拳藤は当たりを付けた。

日常生活では至って普通の大入は、その悪癖が目に入る事は中々無い。少々癖はあるが、二枚目と三枚目を渡り歩くいいキャラだ。

しかし、ここは「雄英高校」だ。ヒーローの卵達に壁を用意し続けるハードなカリキュラムは、大入の悪癖を浮き彫りにするには充分すぎた。

察しの良い人なら既に何か感じ始める予想だけはしていた。

 

 

(…様子…見に行くべきか?)

 

「ごめん、ちょっと席外すわ…」

「Oh! 一佳サン、大入サンのトコデスカ?」

「何々~?一佳っち、大入っちの事がもう恋しくなっちゃったの?」

「はいはい、そう言うのいいから…」

 

 

拳藤は追求を適当にあしらって席を立った。

 

そう言えば、大入との事でクラスメイトにからかわれる事が多くなったな…とふと拳藤は気付いた。

やはり大入の悪癖のせいだろうか。アレは気が付いたら何処かに消えてしまいそうなどうしようも無い不安に駆られる。

無意識に拳藤の干渉頻度も増えているのだろう。

 

 

(けど、消えて貰っちゃ困るんだ。福朗は私にとって大切な…)

 

 

そこまで考えた所でハッと我に返る。そこはかとなく頬が熱を持つのを感じた。それを周りに悟られては居まいかと、冷や汗を流した。

誰も居ない事を確認し、ホッと安堵した。

 

拳藤は、大入の探索に精を入れることにした。

 

 

 

 

「…ずーっと気になたってたんだけどよー?」

 

『何、円場くん?』

 

「拳藤と大入って何でアレ(・・)で付き合ってねーの?」

「それ、ずっと思ってたしっ!」

『いや、そこに触れるのはやめよ?』

「さっきだってお前ら聞いたかー!?拳藤さー、大入の所に行くのは否定してないんだぜ!?」

「だよね、確定だよね!ぜったい一佳っち、大入っちのとこだよね!」

「普段からあんなに仲良いのもんなーっ!!」

「ずっと一緒にいるもんね!」

「しかもよー!あいつら、帰るのも一緒らしいぜ!更にだ!話によると大入は拳藤を自宅まで送るんだぜっ!こんなのおかしーって!!」

「だよね!だよね!しかも、その事を一佳っちに聞いたら「いや福朗はそう言う関係じゃないし」…って言うんだよ!あり得なくない!?」

『確かに大入くんも拳藤さんの事は「恩義と憧れの対象」とは言ってるけど、思い人とは認めて無いね…』

「あ゛ーっモヤモヤするしーっ!」

「なんだよあれっ!二人揃って爆発すれば良いのにーっ!」

 

 

突如拳藤と大入の微妙過ぎる関係に円場と取蔭の発狂した声が上がる。

そんな二人に対する反応は凡そ二つに分かれた。同じように感じている同意派とそっとしといてやれよという静観派である。

 

 

「黙って…見てる…べき」

「そうだぜ、色恋沙汰に周りが茶々入れて上手く行った試しなんてねぇぞ」

「そうよ、恋が実るのには時間が掛かるものよ」

 

 

静観派の柳と鱗と小森が二人の制止に掛かる。

 

 

「No! 『ハナのイノチはミジメ』イイマス!Loveも大切デス!」

「『花の命は短い』な」

「アレ?」

「けど、言い分は解るぜ!互いに脈有りじゃねぇか!さっさとくっついて欲しいもんだ!」

「ん。他の人に取られる前に、先に取るべき…」

 

 

同意派の角取と泡瀬と小大から声が上がる。馬鹿やってる大入を拳藤が鉄拳制裁する。その構図は何処か平和的で、案外お似合いに感じた。

そんな感じで当人の居ぬ間に和気藹々、喧々諤々と他人の青春恋愛に話は替わる。まさか、拳藤と大入も自分たちが恋バナのダシにされているとは思いもしないだろう…。

 

まぁ、それも仕方ない。彼らは高校1年生、華の十代、恋に青春に勉強に大忙しなのだ…。

 

 

「……」

「…?如何したんだ回原?」

「いや、ショートボブの塩崎さん…ありだなっ!」

「お前は本当にブレ無いなっ!!」

 

 

因みに回原は珍しい、どっちでもいい派である。

 

 

「…っ!あああっっっ!!?」

「今度はなんだよっ!?」

「俺…今、重大な事に気が付いちまった…」

 

 

そんな回原から突如悲鳴が上がる。その切羽詰まった様子、ただ事では無い。突然の出来事にクラスの皆が注目する。

 

 

「さっきの塩崎さんと大入の野郎の試合…。野郎が塩崎さんにトドメを刺すときに…」

「ヤロウ…」

「…?何か変なトコあったべが?」

「あったさ!それもとんでもなく重要な事だ!」

「…質問だ回原よ。それはなんだ?」

「それはだな…」

「それは…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎っ!思いっきり塩崎さんの(むね)触ってんじゃねえぇぇかあぁぁぁっ!?」

 

「ふえぇえぇぇっ!!?」

 

 

回原の斜め上の着眼点に、思わず塩崎の変な悲鳴が上がる。

確かに大入のフィニッシュブローは塩崎をダウンさせるハートブレイクショットだった。狙いは自然と左の大胸筋になる。所謂「パイタッチ」であった。

しかし、手を血だらけにして、しかもグーで行った、荊の鎧越しの物を果たして「パイタッチ」と呼んで良い物か?だが、胸を触ったのは紛れもなく事実である。

 

その事実を理解した塩崎の顔が見る見るうちに赤くなる。既に茹で蛸の様で湯気を発しそうな程である。

 

そして、その様子は取蔭の恰好の餌食となった。

 

 

「おんや~?どしたの茨っち、そんな顔を赤くして?あっ!もしかして、今の回原っちの言葉で意識しちゃったの?」

「えっ、いや!あのっ!?そうでなくてですね!?」

「そうだよね~大入っち茨っちのおっぱい触っちゃったもんね~。これは責任取って貰うしか無いんじゃ無い?」

「セキニンっ!?」

「そうだよっ、茨っち!だって、おっぱい触る以前に、大入っちは茨っちを傷物にしたんだよ?責任取る理由としては充分っしょ?」

「キズモノっ!?」

「アレだよ茨っち!これはもう大入っちに貰ってもらうしか無いっしょ!!!」

「ふえぇえぇぇっ!!?」

 

 

取蔭の捲し立てた超理論に塩崎の2度目の悲鳴が上がる。

先程まで別の意味で大入を意識していた分、イメージがより鮮明に塩崎の中に流れ込んでくる。塩崎の頭は許容量を超え、思考は限界に達していた。混乱状態で目をぐるぐると回していた。

 

 

(その理屈だと、私も大入さんを傷物にしてしまいました。これは責任を取らないといけない!?)

 

 

もう、色々と駄目な状態である。

 

それでも、取蔭は死体蹴り(追及)を止めない。塩崎の肩を組み、そっと囁き掛ける。

 

 

「でさでさ、実際どうなの?」

「ど、ど、ど、どうっとは?」

「話の流れを察してよ!大入っちの事!…どう思ってる?」

「そ、それは大入さんは立派な方です…。お強いですし、聡明ですし、それに…」

「…どったの茨っち?」

 

「…大入さんは寂しい方だと思います。私と戦った時もそうですが、大入さんは危険に躊躇無く身を投じるのです。私にはそれが堪らなく不安に感じるのです。…胸が苦しくなります。

私は、彼には傍に寄り添う方が必要なのだと思います。「貴方が居る。それだけで良いのです」としっかりと伝えてくれるような人が…」

 

 

塩崎の頭に大入の表情がちらつく、あの苦しむ表情、悲しむ表情、怒りそうな表情、泣き出しそうな表情。

それらが先程までの熱を急速に冷やす。

その様子に取蔭が思わず面食らった。

 

 

「…」

「ど、どうしたんだい、回原?」

 

 

そんな塩崎の様子を見て、回原は無言で立ち上がった。その姿に思わず物間が尋ねた。

 

 

 

 

 

「ちょっとオオイリのヤロウをブッコロしてくる」

 

 

 

 

 

凄く爽やかな笑顔で回原はそう告げた。

 

 

「待てっ、回原!流石にそれはアウトだっ!」

 

 

回原先生の御乱心を男子総出で取り押さえる。それでも回原は抵抗を止めない。

 

 

「野郎っ!塩崎さんを汚して、怪我して、穢した挙げ句!塩崎さんを赤面させて、その上悲しませたんだぞっ!こんな横暴っ!赦されていいものかっ!いや、ない!

例え、塩崎さんや神様仏様が許しても俺が許さない、赦せないっ!!

…塩崎さん、安心して下さい。貴方の憂いは私が払ってみせます…。あいつを排除してっ!

と言うわけで、ちょっとクソ野郎の処に行ってくるっ!」

 

「だから駄目だって!」

 

「HA☆NA☆SE」

 

 

回原の激昂が木魂する。ドッタンバッタンと騒ぎ立てるB組に担任の制裁が入ったのは約3分後だった。

 

 


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