転生者「転生したんでヒーロー目指します」   作:セイントス

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これでいいのか悩みつつも更新。

色々ひどいです。




54:最終種目 一回戦 2

先程試合が終了した。結果は大金星。

 

拳藤の願いに大入は見事に応え、勝利をもぎ取って見せた。塩崎の勝利に大入が続いた事でA組一極だった雰囲気を巻き返し、会場もその評価を改めつつ有る。

クラスメイトの皆も大入の勝利を喜び、B組があのA組に一矢報いて見せたのだと、大層賑わっていた。

 

しかし、払った犠牲は安くない。対戦相手の飯田の攻撃。B組でもスピード自慢の大入・宍田・庄田を遥かに凌ぐ高機動力に大入は窮地に陥ったのだ。

しかし、それでも大入は勝った。周囲が想定していた試合運びを完全に覆して、相手を撹乱し、罠に嵌め、得意とする戦況に持ち込むことに成功したのだ。

そんな激戦の最中。大入は大きなダメージを負った。現在、医務室に運び込まれて治療を受けているはずだ。

 

拳藤は大入の安否が気になり、居てもたっても居られずに、彼を迎えに行くことにした。少しでも早く、彼の顔を見たくて…。

拳藤はクラスメイトに断りを入れ、自分と大入の席をキープするように頼んでから、彼の元へ向かう。

その駆けていく後ろ姿は、まるで恋人を迎えに行く乙女のようだった…とクラスメイトは語る事だろう。

 

拳藤は逸る気持ち抑えて、早足で歩く。観客席を去り、階段を降り、廊下を抜けて、目的地に一直線に向かう。

そして医務室(目的地)に着くと、ノックも忘れて、その中に飛び込んだ。

 

 

「福朗っ!大丈夫っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほうなるほど~。これはロボットの関節機構のシリンダーパーツを接ぎ合わせて柄にしてるんですね?更に、内部にバネを埋め込んで伸縮式に改造したんですか!刃は流石に研いで無いようですが…、短めに仕上げていて、取り回しも良さそうです!!」

「でしょでしょ!?アイディアモチーフは「高枝切鋏」と「ハルバード」が下地でさ!この伸びるギミックなんて浪漫溢れるだろっ!」

「ですねっ!可愛く変身する機能付きとは子沢山さんも分かっているじゃ無いですか~」

 

 

医務室には大入福朗だけで無く、何故か発目明が居た。

そして先程試合で振るっていた試作型武器に強い関心を持ち、是非とも研究したいとたっての願いだった。しかし、試作品と言っても、大入にとって体育祭を切り抜けるための重要な戦力…。そう簡単に手放せる物では無い。

しかし、発目との仲はそれなりに深い。大入としても、常日頃から懇意にさせて貰っている発目相手ならできる限りのことはしてあげたいと思っていた。

折衷案として、分解・改造をしない事を条件に試作品を発目に見せる事までなら許可する事にした。

 

大入の武器に夢中の発目は槍鎌を伸ばしたり縮めたり、周りの迷惑なんてお構いなしの自由っぷりを発揮している。

普段ならそんな粗相を(たしな)めるのが大入だが、自作の武器の高評価に盛り上がってしまい、それを放棄している。オマケに拳藤の存在に気付いてすら居ない。

 

 

「…でも、間に合わせで作ったから、重心がおかしかったり、強度も足りなくて、軸も歪んでたり、散々なんだよ…なんとかならない?」

「任せて下さい!子沢山さんのベイビー、試作型伸縮式足狩槍鎌『レッドキャップ』!…バッチリ、ドッ可愛くしてみせますよっ!今度図面をお見せしますね!」

「よろしく頼むよ発目さん」

「いや~それにしても本当に子沢山さんのアイテムは、私の発明家魂(乙女心)を刺激しますねぇ…。…また今度一緒にベイビー作りましょ?」

「あぁ、喜んで!」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

 

 

 

拳藤の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

「福朗おおおっ!!?」

 

「あっ!一佳お疲れ…って何っ!?ちょ!やめっ!ギャアアアァァァっ!!!」

 

 

この後メチャクチャ襲われた(暴力的な意味で)。

 

 

 

_______________

 

 

「なぁ、一佳ぁ…いい加減機嫌直してくれよ」

「知らないよ、馬鹿っ!」

 

 

医務室で手当てを受けていたら、発目さんが自作した武器を見たいと言ってきた。ちょうど本職の意見も聞きたかったから、実物を触らせていたら、何故かキレた一佳が乱入してきた。どういうこっちゃ?

結果、医務室でドッタンバッタンしてたら『リカバリーガール』に叩き出された。因みに一佳に受けた引っ掻き傷は治して貰えなかった。すごくヒリヒリします。

 

そんな傷害罪の現行犯一佳は顔を赤くして、俺の少し前を地団駄しながら先導する様に歩いている。やべぇよ、まだ怒ってるよ…。

何とか許して貰おうと、さっきから謝ってはいるが、どうにも芳しくない。医務室で騒ぐと言うアンモラルな行いは、充分反省したのに…。解せぬ。

 

 

「なぁ…一佳ぁ」

 

「……はぁ…クレープ」

「はい?」

「後でクレープ買ってくれたら許してやるっ!」

 

「っ!?任されたっ!!よし、行こう!

今 すぐ 行こうッ!!!」

 

 

一佳が根負けして、俺にチャンスをくれたっ。これは逃せないっ!クレープの一つや二つで機嫌が戻るなら安い物だっ!

となれば、気が変わる前に買いに行こう。ちょうど外に屋台が並んでいたはずだ!

俺は一佳の手を掴み、スタジアムの外に向かうことにした。

 

 

「ちょっと待て福朗っ!クレープは後でいいってっ!?」

「思い立ったら即行動!ちょうどクレープ屋が外にあるだろ?」

「次の試合はっ!?時間少ししかないぞっ!」

「そりゃあ大変だ!ますます急がないとっ!走るぞ一佳っ!」

「だから…きゃっ!?」

 

 

俺は躊躇う一佳の手を放さない。幸運の女神は前髪しか無いんだ。片時も逃すわけにはいかない。

一佳の手を固く握りしめると、観念したように大人しく着いてくる。

 

勝った…。

 

目指せ、クレープ屋っ!店は逃げないが、時間は待ってくれないのだっ!

 

 

俺達はクレープ目掛けて猫まっしぐらと洒落込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッ、お帰り!拳藤と………大…入?」

 

「『待たせたな、少年少女っ!私が来たっ!!』」

 

 

観客席に戻ると、クラスメイトの皆が固まっているスペースの一角で席を取ってくれていた。一佳が事前に手配してくれていたそうな。ほんまに気配りの出来る娘やねぇ…。

クラスの皆が温かく…迎えてはくれなかった。こちらを見た瞬間、笑顔が引き攣り、ある者は訝しむ様な視線を投げてくる。隣の一佳に至っては視線すら合わせてくれない。辛い。

しかし、受け入れてくれる人も居る。

 

 

「ギャッハッハ!おっ…大入っちっ!なっ、なにそれっ!アーハッハッハッ!!」

「Wow! 大入サン!ステキなフェイスデース!」

「『HAHAHA…わかってくれるかい?取蔭少女に角取少女!このグッネスな姿をっ!!』」

「イーヒッヒッヒッヒー!!お…お腹痛いっ!!」

 

 

クラスメイト二人のハートをガッチリ掴んだ俺は、ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

リラックスポーズから、サイドリラックス。ダブルバイセップスにラッドスプレッドにサイドトライセップス。サイドチェスト、アブドミナル&サイと続いてモストマスキュラー。トドメにオリバーポーズ…と流れるようにボディビルのポージングを決めていく。

 

確かに、俺は鍛えてはいるが中肉中背の体格をしている。正直、ボディビルなんて様にはならない。

しかしっ!今の俺ならこんなことをしても許されるっ!

 

 

 

 

そうっ!この『オールマイトお面』があればねっ!

 

 

 

 

「本当に何してんだよお前はっ!?」

「『いや~流石はNo.1ヒーローの私だ!人気もあってか、縁日グッズのクオリティも凄いな!

見たまえっ!この画風の違いの再現率をっ!!』」

「話聞けよっ!?」

 

「あの短時間に何があったの、一佳ちゃん?」

「ごめん、聞かないで…」

「いや、何が…あった…の…?」

 

 

ごめん、俺が屋台巡りデスマーチを決行したせいです。

ワカ=ゲノ=イタリーって恐いねー。

 

 

「大入さんお静かに…。次の試合が始まりますよ?それと、随分呑気な物ですね…次は私との勝負なんですよ?」

「『あぁ、塩崎少女!遅くなったが勝利おめでとう!さっきは行き違いになったもんだから声かけらんなくてゴメンね?

後…はいっ!これは餞別だ!』」

「わっ!きゃっ!?」

 

 

ピリピリと張り詰めた塩崎さんが剣呑な表情でこちらを睨んでくる。

俺は指を鳴らして〈揺らぎ〉からビニール袋を取り出す。中からキンキンに冷えたスポーツドリンクを取り出すと、塩崎さんに向けて投げる。

慌ててそれをキャッチした塩崎さんを横目に、俺はクラスの皆にスポーツドリンクを配って行く。スポドリオンリーでゴメンね-。

後、いい加減手元が見にくいからオールマイトお面も上にずらす。

 

 

「全く…試合前から緊張してちゃ駄目でしょ。気疲れしちゃうよ?」

「む~…」

 

 

塩崎さんがこちらを睨んでくるが先程よりも険が取れたようだ。席に腰掛けて観戦の態勢に入る。

 

 

「さて、次はA組の芦戸さんとサポート科の発目さんの試合だな」

「サポート科って昼休みに君と居た彼女だよね?決勝で…」「あーっ!それそれ!…後、決勝のソレ(・・)は秘密な」

「あ、あぁ…」

 

「「「「「…?」」」」」

 

 

危ない危ない…。決勝での『発目明のサポートアイテム大博覧会大作戦』は秘密裏にしないとな。決勝での反則負けは構わないが、そこに行き着く前に脱落は駄目だ。打倒爆豪が叶わない。

咄嗟に物間君に睨みを利かせる。

 

 

「けどさ、福朗?あの娘、そもそも勝てるの?」

「どうだろ?徹底的に持てる情報は提供したんだけどな…後は戦術次第かな?」

「ん?大入くん、A組のことそんなに詳しいの?」

「『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』って奴さ。可能な限り集めたよ」

 

 

仕込みもしたし、かなり面白い事になるんじゃ無いか?

 

 

「さて、後は観てからのお楽しみって奴かな?」

 

 

 

_______________

 

 

『ヘイ、野郎共っ!男同士の熱い戦いも悪かァ無いが、女同士の華々しい戦いってのも好いんじゃねえか!?

因みに俺は大好きだぜェッ!!』

『手前の趣味なんざ誰も興味ねぇよ』

 

 

『張り切って行こうぜ五戦目っ!まずは、こちらっ!

黒い瞳はブラックダイヤっ!ピンクの肌が眩しいぜ!さてさて、どんな戦いをしてくれるのか!?

プリティー!ピンキー!アシッドガール!!芦戸三奈っ!!!』

 

 

湧き上がる歓声に芦戸が手を振って応える。ノリの良い彼女はこのお祭りムードに便乗するように全力で楽しみながら挑んでいるようだ。非常にリラックスしており、メンタルのコンディションは安定していた。

 

 

『相手はコイツだ!

数多の選手を押しのけ、サポート科からの殴り込みだァ!さァ、どんなビックリドッキリアイテムを見せてくれるのか!

スチームパンクなメカニックガール!!発目明っ!!!』

 

 

ステージに発目が登場する。発目は全身にこれまで作ってきたサポートアイテムを身につける。ブーツにバックパック、手にはヤケに玩具のようなハンドバズーカを引っ提げている。

その表情は気合充分で試合を今か今かと待ち侘びていた。

 

 

『 S T A R T !!』

 

「先手必勝っ!」

 

 

合図と共に芦戸は一目散に発目へと走り出す。彼女の“個性”用に特殊加工された運動靴の隙間から、弱めの溶解液を出して地面を滑りやすくする。そして体を前に動かし、フィギュアスケートを踊るかのように滑走する。

 

 

「フフフっ…はいっ!!」

「わわっ!?あぶなっ!」

 

 

対して発目はバズーカの砲口を芦戸に向ける。芦戸は咄嗟に射線から飛び退いた。

 

弾丸と言うのは、速い物で音速を超える速度で空を切る。超人でもなければ、到底見てから回避出来る物では無い。

それを可能にするのが所謂「先読み」である。銃口から相手の狙いを、相手の気配から撃つタイミングを察知して回避。言うだけなら簡単だが、それの実行にはかなりの精密さを要求される。そこまでの技量を持たない芦戸は左右に小刻みに避け、狙いを付けさせないつもりで移動した。

 

 

「それじゃあ失礼しますね~」

「っ!?あぁっ!!?」

 

 

発目の狙いは元からバズーカで狙うフリをして、芦戸の対応を誘導し、出足を挫くことだった。

そのまま発目は、バックパックのショルダーに貼り付けたスイッチを押した。するとバックパックに内蔵された「ブースター」が火を上げ、大空へと飛び立った。

 

 

『なんとぉぉ!発目選手フライアウェイ-っ!!』

 

『さあさあ、ご覧下さいっ!!こちらは私が、とあるヒーローのサポートアイテムを参考に、独自のアレンジを加えたジェットパックですっ!!』

 

『はぁっ!!?』

『…ありゃあマイクか?』

 

 

発目は頭に装備したインカムを起動。腰に繋いだ小型のアンプから大音量に拡声された発目の声がスタジアム中に響き渡る。

 

 

『エネルギー効率を見直す事で持続力を大幅に改善っ!それでいて重量と出力は従来機と同格っ!!機動力の改善と戦闘継続力の上昇を充分に見込めます!!』

 

「こっちを見なさいってのっ!」

 

 

芦戸は発目に向け攻撃する。指先に粘性のある酸を分泌する。その手を思いっ切り振ると、酸が飛沫となり、酸弾となった。

しかし、発目は1m程横に動いて、あっさりとそれを回避してしまう。

 

 

『そしてっ!空中での移動をアシストするのがこのホバーソールっ!!靴底から噴き出す強力なブロアーで空中を自在に移動できますっ!ほらっ、この通りっ!!』

 

 

バレルロールにインメルマンターン・キューバンエイト。エルロンロールに木の葉落としと次々マニューバを決め、発目は自由に空を飛ぶ。自らの技術力の高さを誇示していた。

その様子は「戦う」為の物ではなく、「見せびらかす」為の物だった。

 

 

(さて、サポート会社さんのいる席は…ひょー、食いついてる食いついてるっ!!)

 

 

発目は視線をサポートアイテムメーカーの人間と思しき方面に視線を向ける。遠方の彼らの表情をジックリ観察し、その感触を確かめていた。つまり、発目は戦闘そっちのけでサポートアイテムの売り込みをしているのだ。何処までもズレているがブレない人だ。

 

ステージから観客席まではかなり距離がある。しかし、彼女には関係ない。

 

 

『発目明』

“個性:ズーム”

本気を出せば5km先までクッキリ見渡せる。

 

 

彼女の肉眼は非常に便利である。

サポートアイテムを作る際、視力を顕微モードに切り替えると、精密な作業もその場で熟せてしまうため、細かい微調整や修正はお手な物である。

 

 

「卑怯だぞっ!降りてこーいっ!!」

『さぁ、飛んで逃げるだけじゃありませんよー!お次はコレっ!リボルバーバズーカっ!炸裂弾のみならず複数の特殊弾を打てる優れ物っ!中でもイチオシなのが…』

 

『オーノーっ!セルフで解説してやがるぜっ!俺の出番がナッシング!!』

(商売根性逞しいな…)

 

 

芦戸の抗議もなんのその。

発目は手にしていたバズーカを芦戸に向ける。トリガーを引くとポン!というコミカルな発射音と共に白いカプセルが発射された。

芦戸が着弾点から速やかに離脱した。直後に着弾。カプセルが割れて、白濁したナニかが飛び散る。

 

 

「きゃーっ!ちょっと、何コレ!気持ち悪いっ!」

『どんな(ヴィラン)もコレ一本!頑固に張り付き逃さない!特性トリモチ弾!!

お味の程はとくと御賞味あれっ!』

「わっ!ちょ!やめて!」

 

『あーっと一方的な展開!発目が上空から一方的に撃って撃って撃ちまくる!!』

 

「せこい!狡い!悪平等だっ!!」

『ほ~らほらほらっ!』

 

 

バズーカに内蔵されたリボルバー式の弾倉が回転し、次弾が装填される。連続射撃で瞬く間に撃ち尽くすと空薬莢を捨て、新しい弾丸を込めていく。

その隙に芦戸は再び酸弾を放つが、遥か上空の発目には当たりもしない。

 

 

『フフフ…。さぁ、さっさと白くてベタベタなそれに塗れて下さい!そして、トリモチの凄さをお客さんに見せて下さーいっ!!』

「なんかやだっ!その言い方やだーーっ!!?」

 

 

悠々と弾込を終えた発目の射撃が再開される。

 

発目の射撃性能は極めて高い。

彼女自身が設計した砲身は、ズレが殆ど無く、面白いように狙った所に狙った様に弾が飛んだ。

そして、彼女の“個性(ズーム)”が肉眼を高性能な照準器に代え、正確に芦戸の動きを捉える。

幸い弾速が遅いため、芦戸は何とか回避しているが、攻撃に転じる事は出来ずにいた。

 

 

__________________

 

 

「『さぁ少年少女達、ここでクイズだ!』」

「えっ?まだ、それやるのかっ!?」

 

 

突然『オールマイトお面』を付け直した大入がクラスメイトに話しかける。

 

 

「『ツッコミの反応が早いな、泡瀬少年っ!

では問題だ。現在、試合を優勢に進めている発目少女だが…彼女の持っているアドバンテージを列挙してみたまえ!!』」

「え~と…サポートアイテムっ!」

「『オゥ!いくらなんでもそれはザックリしすぎだぜ?正解はあげられないなぁ~』」

「…解答だ大入。

まずは射程距離、発明家の女は銃を使っている。一方桃色の女は酸の液体をただ投擲するのみ…。発明家は相手のリーチの外から一方的に攻撃できる。

二つ目にその位置取り。発明家はサポートアイテムを使って飛行している。桃色には空を飛ぶ手段は無いから、発明家は主導で自由に距離を調整できる。

加えて、飛行には高低差という利点もある。射撃とは距離が伸びれば伸びるほど、風や重力の影響でブレるものだ。発明家のように上空から、ただ真下に撃つだけなら、そのズレを大幅に削減出来るだろう。一方で桃色は上に投擲する必要がある。恐らく重力の枷に引き摺られ、思うように飛びはしないだろうな…」

「…よくお前、そこまで気付くな」

「『素晴らしい解答だ、黒色少年!このフライドポテトを分けてあげよう』」

「必要ない」

「『HAHAHA!つれないなぁ…。しかし、黒色少年よ!高低差にはもう一つメリットがあるのさ…』」

 

 

そういいながら大入は真上をチョンと指差した。それに気付いた柳が思わず声を上げる。

 

 

「…光?」

「『そうさっ!本日は天晴(あっぱ)れ快晴!空からの射撃に対応するってのは、上を見上げ続けて、視界に差し込む太陽光を受けるって事なんだぜっ!そんな眩しい状態で芦戸少女は正確な狙いを付けられると思うかい?』」

「…つまり、今の状況はサポート科の圧倒的なワンサイドゲームで、あのA組の女は一方的にやられるだけだってのかよ?」

「否定だ泡瀬。発明家にも限界はある。弾丸だって撃てば減るし、飛べば燃料だって無くなる」

「なるほど、つまりは…」

「我慢…比べ…」

 

「…まぁ、芦戸さんがしっかりと冷静に対処すれば、勝ち筋はまだ残ってるって事なんだよなぁ」

 

 

お面を外した大入はステージを見つめる。勝負はまだ決まっていない。

 

 

________________

 

 

(あらら、膠着状態ですか…。流石はヒーロー科期待の新星と言ったところですね)

 

 

試合開始から10分。

発目は残弾数と燃料を逆算する。そして、現状では芦戸を取り抑える事は不可能と判断せざるを得なかった。

試しに…とバズーカの弾倉に残ったトリモチ弾を三発打ち切る。それを芦戸は着弾点から駆け足で退避し、誰も居なくなった場所に白濁したナニかが撒き散らされる。その後に、芦戸はトリモチに持ち前の酸を吹き掛ける。酸の働きにより、トリモチが溶解してあっという間に使い物にならなくなった。

これだ…これが発目が決定打を打てない理由。

 

 

トリモチは地面に接着した後、そのままトラップとして利用出来る事が最大の利点だ。

 

上空から弾丸の雨、降れば降るほど足場はトリモチで埋まり、やがては捕まる。

 

と言うのが、このトリモチ弾最大のメリットだ。

もし、対戦相手が切島や鉄哲の様な純格闘スタイルだったら、これで完封だっただろう。

しかし、今回の相手は芦戸。彼女の“個性()”の前にはトリモチの効果が失われている。仮に本人にトリモチが当たったとしても全身から酸を出されたら、数秒も拘束はできないだろう。

 

 

(やっぱりアレ(・・)使わないと駄目ですかね~)

 

 

 

 

 

 

(…あと残弾は何発?あと何分間逃げれば良い?)

 

 

芦戸は汗を拭い、上を見る。足元のトリモチは積極的に除去して、つまらないミスは念入りに防いで、次のアクションを待つ。

上空では発目が悠々と弾倉に弾を込め終えていた。ガシャリと留め金をはめ直すと再び銃口を向ける。

あの銃撃が再開される…と思いきや状況が変化した。

ポン!ポン!というコミカルな発射音と共に黒いカプセルが発射される。地面に着弾して破裂した途端にステージが白煙に呑み込まれた。

 

 

『あーっとここで煙幕!何にも見えねぇぞ!』

 

『困った時には煙幕弾っ!相手の隙を作るのにはうってつけです!』

 

 

発目は追加で煙幕の中に四発弾丸を打ち込む。二発は青色のカプセル、二発は黄色のカプセル。その後に発目は急いで空薬莢を捨て、弾丸を装填し、同じ物を追加で三発づつ打ち込む。

 

 

「きゃあああっ!!何コレ!何コレぇぇぇっ!!いやーーーっ!!?」

『ちょっと!何よコレっ!!?』

 

『芦戸から悲鳴が上がるっ!ってこっちからはなんも見えねぇぞっ!!』

 

 

突如、地上の芦戸とミッドナイトの悲鳴が上がる。しかし、濃厚な煙幕に阻まれて中の様子はサッパリ分からない。

発目が飛行高度を下げ、ホバーソールのブロアーを煙に当てる。すると、強風が吹いて煙幕が散った。

 

 

『な…な…なんじゃこりゃあああああっ!!!』

 

「ひ~っ!!気持ち悪~!!取れないっ!取れないよ~!?」

 

 

 

 

発目が打ち込んだ青色・黄色の弾丸は大入から得た情報を基に芦戸対策に試作した特殊弾だった。といっても本来、煙幕弾の様に「特定の物質を散布する弾丸」をマイナーチェンジした物である。

青色の弾丸には「苛性ソーダ」が入っていた。強いアルカリ性を示す物質で、芦戸のばらまいた酸性溶解液と混ざり合って急速に中和していく。

黄色の弾丸には「高分子凝集剤」が入っていた。所謂吸水性ポリマーの事で、大量の水分を吸い込む事の出来る化学物質である。それは体積の10~1000倍程の量を吸い上げる脅威の吸水性を誇る。

酸性傾いた水溶液や飽和限界の食塩水中ではその吸水性は大幅に減少する物の、その効果は破格だ。

凝集剤は水分を瞬く間に吸い上げ、コロイド状のゲルを作る。更に複数の化学薬品を混合し、粘着性のある液体も作る様に改良していた。

以上の事をまとめると。

 

──酸を化学反応させて、ドロドロヌルヌルの凄い大量のローションを作った。

 

ということである。

 

 

 

 

『目には目を、歯には歯を、化学薬品には化学薬品をっ!この薬剤散布弾が有れば強力な酸も何のその!あっという間に無害な液体に早変わりっ!』

 

「ちょっと待てぇぇぇぃ!!これの何処が無害だっ!!」

 

『あっ、今回は追加で薬剤を投入して、妨害用にヌルヌルの潤滑剤にさせていただきました』

 

「ふざけるな--っ!!」

 

 

芦戸はステージの周辺や全身に纏わり付いたローション地獄にパニックに陥る。慌てて体勢を整えようとしてもヌルヌルとした潤滑剤に足を取られて思いように動けない。

ならば溶かす!…と溶解液を追加で放出しようとするが、全身にローションの膜が張り、酸が上手く放出されない。出した酸も次々化学反応を起こして、追加のローションを作るだけだった。

 

好機を得た発目が芦戸に向かって急接近する。

手持ちのバズーカを投げ捨て、腰に下げたハンドガン程の銃に持ち換える。それを構えて放つと銃口から細いワイヤーが撃ち出された。

ワイヤーは身動きの出来ない芦戸に突き刺さった。加えて発目が引き金を引くとワイヤーに電気が流れ、芦戸を感電させた。

 

 

「痛たたたたたたたっ!!?」

『痺れますよね?私が改良した電気銃(テーザーガン)は如何ですか!射程距離が大幅に改善されておりますっ!それっもう1回!』

「ああーーーっ!!?」

 

 

 

『…そこまでっ!芦戸さんの行動不能と見なすわ』

 

 

幾度となく打ち込まれた電気銃(テーザーガン)の電流に芦戸はビクビク跳ねる。最早抵抗どころでは無くなり、身動きが出来なくなっていた。なんというかやっちゃいけない光景である。

これを受けてミッドナイトが戦闘を中断。発目の勝利を告げた。

 

 

『大番狂わせで発目の勝利だぁぁ!…にしても凄ぇ光景だな、片付ける大変そうだぜ!』

『まぁ、セメントスはご愁傷様だな…』

 

 

発目の勝利に観客の疎らな歓声が湧き上がる。…と言うよりもステージの惨状を見て「うわぁ…」となっている観客の方が多いくらいだ。

 

 

発目はローション地獄を避けて、ステージの脇に降り立つ。発目は営業スマイルで観客に手を振って退場していった。

 

 

 

出口を抜けた発目は、その顔から笑顔が消えて、不機嫌そうに口をへの字に曲げた。営業用に愛想を振りまくのをやめて思考に没頭する。

 

 

(子沢山さんのアドバイスから考案した特殊弾…強力な事は強力ですが、まだダメですね。ローションの膜で相手の“体液等を放出する個性”を封じるのは有りですが、純粋に分泌量を増やされたら膜を維持できません。

まぁ、この粘液が生理的嫌悪感を演出して、動揺を誘う…ってのは実に子沢山さん好みかもしれませんが…。

もし、これを改良するなら……)

 

 

発目はすぐにサポートアイテムの性能評価に入る。特に急遽作成した特殊弾…あれについては改良の余地がまだまだ大量に残されている。

 

発目は次のサポートアイテムの構想に想像を膨らませていた。

 

__________________

 

 

頭の頭痛が痛い…。

 

そんなアホな言葉がでるほどに、俺は思わず頭を抱えていた。

 

…あぁ、うん。その、待った。ちょっと待ってくれ。確かに俺は言ったさ?

 

 

「あの強酸を無効化出来ればいいな?」…とか?

「あの強酸をそもそも出させないようにしたらどうか?」…とか?

 

 

でもさっ、いくらなんでもアレは無いんじゃ無いかなっ!

何なんだよっ!?ステージをローション塗れにするとか!頭おかしいだろっ!!?

って言うかアレ!アイディアが先行して完全に暴走してる時の発目さんじゃねえぇぇぇかぁぁぁぁっ!!!

 

御蔭で見ろよっ!!A組の席(あっち)性欲の権現(峰田くん)がヘヴンしてんじゃねえぇかぁぁっ!?

 

しかもB組の席(こっち)も居辛い。何より拳藤・小大・取蔭の三名が「アレもお前の入れ知恵か?」と言わんばかりの冷たい視線を投げかけてくる。

 

もちろん全力で否定する。そりゃあ首をブンブンと横に振ったさ。

 

 

「福朗…アンタって奴は…」

「大入っち…流石にひくわー」

「ん…大入くん最低…」

 

「ちっ…があぁぁぁうっ!?」

 

 

女性陣に俺の否定は信じて貰えなかった。特に理由の無い糾弾が俺を襲う。

 

俺の悲痛な叫びが会場に木魂した。

 

 


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