「…随分な重役出勤だね?こっちの仕事は片付いたよ」
「…」
「これで数の不利は消えた…。俺も物間君もまだまだ戦えるぞ?そちらこそ諦めたらどうだ?」
ヒーローチームにとって状況は最悪だ。
「……だっ!」
それでも…
「…?なんだって」
それでもだ。
「…まだだっ!まだ俺が居るっ!1 vs 2だって!?何を言っている!大入は重傷!物間だって傷は浅くないっ!比べて俺はほぼ無傷だっ!俺の方がまだ戦える!!大体、その人数的不利って言うのを覆して見せたのは
泡瀬の戦意は消えていない。むしろ闘志を燃やし、不退転の意志を宣誓した。
「戦力として巻き返すことにするよ」
戦闘訓練前のミーティングで何気なく放った一言。そんな些細な言葉に泡瀬は硬い決意を込めていた。
しかし、結果はどうだ?鎌切は打倒され、取蔭は捕まり、自分だけが…「後から入った自分だけが」立っている。
泡瀬は激怒した。「目の前の敵」にではない。この状況に陥るまでまともに対処すら出来なかった「不甲斐ない自分自身」にだ。それ程に泡瀬は義務感の強い漢だ。
硬すぎる義務感は思考の柔軟性を失い、視野を狭める。しかし、貫き通せたなら、それは折れることの無い芯だ。鋼の意志だ。
『不屈』
今の泡瀬を一言で表すならば、そんな言葉が似合うだろうか?
一瞬…
僅か一瞬だけ泡瀬は腕を振るう。袖口から飛び出しだのは「先端に
それを大入は体をずらし最小限の動きで回避、肌を擦り鮮血が飛ぶ。
「うわっ!?」
突如、隣の物間は転倒する。初撃からコンマ数秒間ずらしてもう一つの腕から「先端にモンキーレンチの付いたロープ」が射出され、虚を突かれた物間の足を絡めとる。力任せに引っ張られ、見事に体勢を崩した彼に、泡瀬は全力で跳び掛かり渾身の鉄拳を繰り出すっ!
「っ!危ないっ!」
「はあぁぁぁあぁっ!!」
「んなっ!?」
「でりゃあぁ!」
大入はすぐに物間を庇う、大盾を取り出し、泡瀬の拳を防ぐ。
すると、どうだろうか。防いだ筈の盾が高熱を帯び始める。
本能が警鐘を鳴り響かせる。大入は直ぐさま盾を放棄して物間を回収し後退。
次の瞬間、泡瀬は大盾を貫いて地面を叩き割る。
「…おいおい、それは一体なんだよ?」
「…さあな?秘密だよ」
そもそも「溶接」とはいったい何か?
アーク溶接・ガス溶接・スポット溶接・ビーム溶接・鍛接・爆発圧接・ろう接…etc.
方法や名称は数有るが…、重要なのは熱や圧力を利用して「物質を溶かして繋ぎ合わせる」ということだ。
先ほど「泡瀬の“溶接”は溶接エネルギー過剰に流す事で、数秒間モノに蓄積させる事が出来る」と説明したのを覚えているだろうか?
なぜ?「壁一面を溶接可能にする程のエネルギーを流せる」のに「ドライバーには僅か数秒間しかエネルギーを蓄積出来ない」のか?
答えは簡単だ「過剰にエネルギーを流しすぎると物質自体がエネルギーに耐えられない」のだ。
〈溶断〉
これが彼、『泡瀬洋雪』の“個性”の
泡瀬の猛進は止まらない。飛び道具を投げれば拳で砕かれる。盾で防げば手刀で叩き割られる。
「おいっ!?止めろって!!泡瀬君!」
「その言葉はブーメランかっ、大入ィッ!?負けられない…負けるわけには行かないんだよおぉぉっ!!」
「…大入君、これはちょっとマズいんじゃないかなぁ」
何とか攻撃を逸らす事で凌いでいるが時間は掛けられない。
それは「物間の“コピー”のタイムリミットが切れる」とか「大入の体力が限界寸前」とかの話では無い。「泡瀬の肉体の限界」である。
元々「“個性”に対する観察力」に優れたヴィランチームの2名は彼が繰り出している技の正体に当たりを付けていた。
その上で判断した。「これ以上は危険だ」と。
見ると泡瀬の手は真っ赤に染まり、体からは蒸気が立ち込める。放出された過剰なエネルギーが暴走し、泡瀬自身を傷つけているのだ。顔色は青白く呼吸も乱れ、全身から尋常では無いほどの発汗量を出し、時折不自然な痙攣までしている。彼自身も己の限界が近いことを理解しているだろう。
それでも彼は戦いを止めない。その双眸はギラギラとした戦意を持ち、今も攻めの手を緩める気配は無い。
「それ以上は無理だっ泡瀬っ!?
「泡瀬っちダメだって!アタシは負けでも良いからっ!」
「…安心しろ。今、勝ち星もぎ取ってやるからな…」
(どうする…どうやって止める?)
大入は考えていた。このままタイムアップまで逃げ切るだけなら問題ない。しかし、それでは泡瀬の体がどうなるか分からない。
やり過ぎた…
大入は後悔していた。確かにヒーローチームを全滅させるために「情報」を「戦術」を「罠」を「自力」を尽くして掛かった。それが泡瀬をこんなに追い詰めるなんて予想できなかった。出来るわけがない。彼は余りに「頑固過ぎる」。
大入は決断した。「勝てる勝負を捨てた」のだ。
「…物間君っごめん!」
「は?」
大入は暴挙に出た。戦闘中にこっそり回収した捕獲テープを「物間に巻き付けた」。
背後から仲間を撃つ行為。常識を疑う光景。一同は理解が追い着かない。
大入は呆然とする一同を無視し、物間を鎌切・取蔭の近くに蹴り飛ばす。
そして大入は大事にしまっていた「核兵器」を取り出して横に置く。
「…なんのマネだ?」
「…作戦変更だ。ここにハリボテとは言え「核兵器」がある。そんな阿呆みたいな技使ってみろ。あっと言う間に誘爆して
「…」
「…はぁ。…もっと分かりやすく言ってやんよ。『あんまりに駄々捏ねるからこっちは譲歩してやってるんだ。四の五の言わずに奪いに来い』」
「…ふっ、ふざけるなあああぁぁぁっっっ!!」
泡瀬は怒りの矛先を大入に向けた。泡瀬はもう止まらない。拳を握り、襲いかかる。
(…乗って来たっ!)
大入には泡瀬を止める手段が無かった。油断の無い泡瀬には、あらゆる捕縛武器や飛び道具、果てには防御も通じない。あの手に焼き切られるからだ。
物間と二人がかりなら抑え込めるだろう。しかし、あんな「金属でも叩き割るエネルギー」で抵抗されたらこちらも只ではすまない。火傷で済めばかわいいものだ。
大入は物間をそんな危険な目に遭わせる気にはならなかった。故に最低の手段を取る。
大入は即興で一芝居打った。全ては自分で決着を付けるため。
大入は視野を奪った。物間を排除し、標的を一人に絞った。
大入は思考を奪った。泡瀬を挑発し、策略を読ませないため。
(…刺し違えても止める!)
大入は最後の一手を打つ。泡瀬に気付かれないようにこっそりと〈揺らぎ〉から「とある武器」を取り出す。
「ダーツ」の形をした小さな「矢」。本来は専用の「吹き矢」として使うものだが…「麻酔薬」を仕込んだ特別製だ。
「ああああぁぁぁぁっっ!!」
距離はあっと言う間に射程圏内。一瞬の交叉がとても長い時間のように感じる。大入は手に隠した最後の武器を握りしめる。
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(…焦るな…焦るなっ!チャンスは1回しか無いんだぞ!?)
胸の中を暴れ回るナニかを必死に抑え込む。
確かにな?俺はさ、転生者だよ?そりゃあ他の皆より多くの知識や経験を積んではいるさ?でもさ、「戦場の場数」において言えば一般人のそれと変わらない!
ぶっちゃけ怖い!何あれ!ベルセルクなのっ!ヴィランコロスマンなのっ!ニンジャスレイヤーなのぉぉっ!!許されるなら逃げたい!赦されなくても逃げたいっ!
でもさ?泡瀬君はこのままに出来ないよ…。このまま誰かを重傷負わせたらその負い目で「歪みかねない」。彼の覚悟は正面から受け止めるべきだ、しかし、可能な限り最小限の怪我で。なにそれ面倒くさい。
そんな危ない橋を
集中しろ、冷静になれ!相手の一挙手一投足を一つも見落とすな!!
「ああああぁぁぁぁっっ!!」
泡瀬君が突撃してくる。手は真っ赤なままだ。…あぁ、やっぱり熔鉱炉みたいにメルトダウン寸前なのかな?とにかくあれでは核兵器は狙えないな、標的は俺だろう。…後遺症とかないと良いんだけど。
泡瀬君が「ドライバー」を投擲する。熱を帯びて炎の矢みたいだ。回避…は駄目だ「核兵器」に当たる。盾を取り出し防御する。
同時に足に「ロープ」が伸びる。完全に足が捕まった。転倒する前に盾を地面に突き立てる。ロープを地面に埋めて一気に切断する。
その隙に距離を詰められる。再び「ドライバー」。盾…は間に合わない。仕方ないから籠手で受け止める。
泡瀬君の拳が届く距離まで迫る。ここだ、狙うならここしか無い。俺は「矢」を取り出し突き刺す。
(届け…届けっ……届けっっ!!)
勝敗は決した。
「そこまでだっ!!…………二人とも、訓練は中止だ」
「「オール…マイト先生…」」
戦場に一陣の風。戦いを止めたのは伝説のヒーローだった。