ジェダイの騎士が第四次聖杯戦争に現れたようですが……。   作:投稿参謀

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この作品のタイトルは、いわゆる『出オチ』を目指していたり。


優雅風バーベキュー、焼き方はミディアムレアで

「遅かったか……」

 

 キャスターのマスターが根城にしていると思しい地下バーへと足を踏み入れた時臣とクローン・トルーパーたちだが、ある意味当然と言うべきか、それらしい人物は……もちろん遠坂凛も……すでにいなかった。

 しかし、時臣は冷静だった。

 絶対安全圏である屋敷から出た時点で、冷静とは言えないかもしれないが。

 

「魔術を使った痕跡がある。……後を追えるはずだ」

 

 魔術師としての腕を見せつつ、時臣はこのマスターのあまりの杜撰さに呆れていた。

 この敵は、魔術を隠そうともしていない。

 よほど未熟なのか、あるいは一般人が何かの偶然でマスターになり、キャスターに操られているのかもしれない。

 それで凛を攫ったことを許す気は無いが。

 

「ではさっそく、追いま……ッ!」

 

 時臣に従おうとしたクローン・トルーパーだったが、何かの気配を察知し一斉にブラスターを構える。

 次の瞬間、黒い霧が渦巻き、漆黒の鎧を纏った騎士が実態化した。

 

「バーサーカー! 雁夜か!!」

 

 すぐにそのマスターに思い至り、同時に余りの間の悪さに時臣は怒りに震える。

 いずれは倒さねばならない相手だが、なにもこんな時に現れなくてもいいではないか。こっちは一分一秒が惜しいというのに。

 

「ここは我々が引きつけます! トキオミ様は、ご息女の下へ!! おい、何人かトキオミ様に付いていけ!!」

「ッ! 分かった」

 

 議論する時間も惜しいのでワクサーの提案を飲み、バーサーカーの隙を見て駆け出そうとする時臣。

 しかし、急にバーサーカーの体に電撃が走った。

 

「■■■■―――ッ!!」

 

 苦痛に吼えるバーサーカー。

 時臣はクローン・トルーパーの仕業かとチラリとワクサーの方を見たが、ワクサーは無言で首を横に振る。

 

待て(ステイ)! 待て(ステイ)だ!! 暴れるんじゃない!!」

 

 答えは、すぐに分かった。

 地上に通じる階段から降りてきた男が、本を片手に叫んでいる。

 短い黒髪に、パーカーという姿の三十路に至っていないだろう極普通の青年だ。

 しかし、時臣にとっては因縁深い相手だった。

 

「雁夜か」

「時臣……!」

 

 男……間桐雁夜は時臣の姿を見とめるや、憎々しげに表情を歪める。

 だが、すぐに頭を振った。

 

「……時臣、今は聖杯戦争をしてる場合じゃない。凛ちゃんが危険なんだ」

「何だって? どうして君がそれを知っている?」

「さっき、そいつらと同じ姿をした奴とあった。彼が教えてくれたんだ」

 

 その答えに、クローンの一人が反応した。

 

「オズだ! 彼は?」

 

 雁夜は首を横に振って答えとした。

 

「それで……そうだ、時臣! お前、携帯電話くらい持てよ!! こっちは連絡付かなくて困ったんだぞ!!」

「そう言うのは優雅ではないからね」

「使えないだけだろ! このエセ貴族!!」

 

 無礼な物言いに時臣は顔をしかめる。

 そもそも、時臣はこの間桐雁夜という男が気にくわなかった。

 魔道の家に生まれながら、そこから逃げ出したのもそうだが、何より妻の葵に横恋慕しているからだ。

 葵は気付いていないようだが、時臣から見れば雁夜の想いは火を見るより明らかだった。

 

 実のところ、桜を間桐に養子に出すことの最大の懸念事項が雁夜だった。

 今はいいにしても、やがて美しく育った桜に葵の面影を見出し、それは邪恋を呼び起こす。そして、ある日理性が決壊して……などということにならないかと心配だった。

 

 閑話休題。

 

「……とにかく、君は敵でないと考えても?」

「構わない。とにかく、凛ちゃんを助けることが先だ!」

 

 善意と良識のままに発言する雁夜に、時臣は素早く計算する。

 これから行く場所には、キャスターが待ち構えている可能性が高い。ならば、戦力は多い方がいいだろう。……何より、雁夜を説得するなり叩きのめすなりする時間も惜しい。

 個人的な確執を置いておけるのが、時臣の優れた資質だった。

 

「……いいだろう。一時休戦だ」

 

  *  *  *

 

 時臣と雁夜、クローン・トルーパーが魔力の痕跡を追って行きついたのは、排水溝だった。

 

 この先に、凛と……キャスターがいるはずだ。

 

 迷わず排水溝の中に侵入すれば、出るわ出るわ、海魔が山と押し寄せる。

 

「撃て! 撃ちながら、前進!! 後方の警戒も怠るな!」

 

 ワクサーの指示の下、クローンたちが、すぐさまブラスターで海魔を銃殺していく。

 異形の海魔と言えど精密かつ、かなりの密度を持った弾幕の前に次々と倒れていく。

 

「殺れ! バーサーカー!!」

「■■■■■―――!!」

 

 雁夜の呼ぶ声に応じて漆黒の騎士が実態化し、海魔の群れに突っ込んでいく。

 その手には、死したオズの持ち物だったブラスターが握られていた。

 しかし、まるでマシンガンのように連続で光弾を吐き出し、それも全弾命中して海魔を消し炭にしていく。

 明らかに通常のブラスターより機能が上がっているが、これこそバーサーカーの宝具、騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)の力である。

 

「雁夜、一つ聞くが君、戦闘は?」

 

 言いつつ、時臣は杖を振るって炎を巻き起こす。

 炎は粘液に覆われた海魔の群れを容赦なく焼いていく。

 しかし、時臣の背後に海魔の触手が伸び……さらに背後から現れた飛蝗の群れに食い尽くされる。

 

「その台詞、そのまま返すぞ学者先生。……そいつらは鉄噛虫(てっこうちゅう)、って呼んでる。まあ実際には鉄だろうがコンクリだろうが何だって食い尽くすんだが」

 

 そう言って雁夜は手首を新たに向かってきた海魔に向ける。

 するとパーカーの裾から目にも止まらぬ速さで鞭のような物が飛び出し、海魔に突き刺さる……いや、噛みついている。

 鞭と見えたそれは、実際には奇妙な黒い蛇だった。

 毒でも持っているのか一噛みで海魔を麻痺させた蛇は、雁夜の手の動きに合わせ鞭のようにしなって海魔を打ちのめし、あるいは平べったくなって剣のように海魔の触手を斬り落とす。

 

剣杖蛇(けんじょうじゃ)。俺の指示一つで、剣にも杖にも鞭にも、そして……」

 

 説明しながら雁夜が腕を突き出すと、剣杖蛇は口からビームのように見える何か……それほどの早さで飛ぶ液体を吐きだした。

 液体が海魔の体にかかると、海魔は悲鳴を上げて動かなくなる。しかし消滅しないことを見ると、麻痺しているだけのようだ。

 

「銃にもなる。……お疲れ、アオイ」

「それはそれは…………アオイ?」

 

 少し得意げに自身の秘術を語る雁夜に若干呆れる時臣だったが、雁夜が蛇の喉を撫でながら呟いた名前に、顔をしかめる。

 

「君、蛇にアオイという名前を付けたのかね?」

「し、しょうがないだろ! こいつが生まれた頃は、なんて言うか葵さんのことを乗り越えてない頃で……」

「絶対に乗り越えてないだろ、君……ところで思ったんだが、君のバーサーカーの能力を考えると、その蛇を持たせればいいんじゃないか?」

「馬鹿言え! バーサーカーの力に、剣杖蛇が耐えられないんだよ!!」

 

 言い合いながらも海魔を殲滅しつつ進み続ける一行は、やがて排水を溜める貯水槽に出た。

 貯水槽には水は無かったが……。

 

「これは……!」

「ヒデエ……」

「これが人間のやることかよ……!」

 

 クローンたちが呻き声を出す。

 そこにあったのは、『人間』だった。

 いや人間を使った芸術品、とでも言うのだろうか。

 言葉にするのも悍ましい、名状しがたい人だった何か。それもおそらくは年端もいかない子供ばかり。

 何があったか、すでに黒焦げな物が大半だが、いくつかはまだ『生きて』いた。

 

「これは……魔術的な意図があっての物じゃない……多分だけど、それこそ芸術品のつもりなんだろう。何にしたって、狂ってやがる……!」

 

 怒りと吐き気に震える雁夜だが、時臣はふと思ってしまった。

 

 この、悍ましい『芸術品』の材料が…………凛だったら?

 

 脳裏に、まざまざと浮かんでくる。

 

 手足に杭を打たれて目と舌をくり抜かれ、

 腹を捌かれて内蔵を引きずり出され、

 頭を切り開かれて脳を剥きだしにされ……それでも死ねない。

 

「ッ! 凛! 凛、何処だ!! 返事をしてくれ!!」

「お、おい時臣!」

「トキオミ様! 危険です!!」

 

 雁夜やワクサーが止めるのも聞かずに時臣は大声で娘を呼ぶ。

 

「凛! りぃぃぃん!!」

「ん~? 誰だい、アンタ?」

 

 と、貯水槽の柱の陰から紫のジャケットを着てオレンジの髪の若い男が出てきた。

 だが時臣にとって重要なのは、この男が凛の手を引っ張っていることだ。

 何らかの術のせいか、凛の表情は虚ろだ。

 

「ッ! 凛!!」

「リン? ……ああ! アンタ、この子の親御さん?」

 

 すぐにでも娘を取り返そうとする時臣だが、周囲に今までより大きな海魔が現れる。

 クローンたちがすぐに円陣を組むようにして時臣の周りを囲み、ブラスターを海魔に向ける。

 

「バーサーカー! 待て! 待てだ!」

 

 雁夜は敵に踊りかかろうとするバーサーカーを止める。

 この状況では、凛の身が危ない。

 

「おお、すげえや! その兵隊さんたち、アンタの仲間なんだ! じゃあ、あれだアンタらもセイハイセンソウってのの参加者なんだ! 生憎と旦那は留守だけど、ゆっくりしてってよ!」

 

 ヘラヘラと笑いながら、男……名を雨生龍之介は両腕を広げた。

 

「で、どうだった? 俺と旦那の自信作! 実は昨日、燃やされちゃったんだけど、昼の間にいくつか作ったんだ!」

「貴様……! 何の目的でこんなことを……!!」

「目的って……そんなこと聞かれてもなあ。芸術に、理由っている?」

 

 怒りに震えるワクサーに問われば、龍之介は困ったように頬を掻きながらヘラヘラと笑う。

 そこに人を殺した罪悪感など、無い。

 

「しいて言うなら……そう、人の死の意味って奴を知りたいからかな! ……兵隊さんなら、分かんない?」

「分からんな、子供を殺すような奴の考えなど、一切」

 

 ワクサーは龍之介の言葉をバッサリと斬り捨てる。

 龍之介は困ったように肩をすくめた。

 

「う~ん……みんなそう言うんだよね。俺からすればさ、俺が殺した人数なんてミサイル一発分にもならないじゃん。何でみんな、そんなに怒るかね~? 殺した数で言えば、兵隊さんの方がよっぽど多いと思うよ? あ、別に俺、兵隊さんのこと嫌いじゃないよ! 殺しのプロだし、むしろ尊敬してる。マジ、リスペクト!」

「テメエ……!!」

「……トキオミ様。すぐにこの男の射殺許可を。我慢なりません……!!」

 

 あまりにも軽薄な龍之介の口ぶりに、人並みの良心と人並みでない経験を持つ雁夜は拳を青くなるまで握り締め、ワクサーも兵士として、また心優しい気質を持つ者として到底看過できず、引き金にかけた指に力を入れる。

 一方で、時臣は冷静だった……少なくとも表面上は。

 

「いや、良く分かった。なるほど、君は芸術に対し、非情に真摯かつ誠実な人柄のようだ。……話せて良かった」

「時臣!?」

「トキオミ様、何を……?」

 

 笑みさえ浮かべて、龍之介を褒め称える時臣に、驚く雁夜とワクサー。

 龍之介は嬉しそうに破顔する。その顔はある意味、純粋無垢と言えた。

 

「おおー! 分かってくれるんだ! 俺も理解してくれる人に会えて嬉しいよ! 旦那といい、最近はツイテるなー!」

「ああ、私も幸運だったよ…………君がどうしようもない狂人で。おかげで、何の躊躇いもなく殺せる」

「へ?」

 

 淡々と放たれた言葉の意味を理解できずに龍之介が首を傾げた瞬間、その身体が炎に包まれた。

 

「ぎ、ぎゃああああ!!」

 

 魔術による炎は龍之介の体に纏わりつき、もがこうが地面に転がろうが消えない。手を繋いでいた凛には、一切伝播していないあたりが、時臣の神業だった。

 

 時臣は冷静だったのではない。怒りが限界を超えていただけだったのだ。

 

 龍之介の危険を察知した海魔たちが襲い掛かってくるが、バーサーカーやクローン・トルーパーがブラスター射撃で迎え撃つ。

 雁夜も剣杖蛇と鉄噛虫を使役し、海魔を倒していく。

 黒焦げになって動かなくなった龍之介を放っておいて、時臣は愛娘を抱き上げた。

 

「退こう! もうここに用はない!」

「お待ちを! あそこに子供たちが!!」

 

 目的を果たし撤退しようとする時臣に、ワクサーが叫ぶ。

 柱の陰に、凛と同年代の子供たちが意識の無い状態で転がされていた。

 本来なら、時臣に彼らを助ける義理も義務も無いのだが……。

 

「分かった! ワクサー、子供たちを救出しろ!!」

 

 ここまで来たら、乗りかかった船だ。

 

  *  *  *

 

「う、う~ん……あれ、ここは?」

 

 遠坂凛は目を覚まし、薄目を開けると、見慣れた背中が映った。

 

 父だ。

 

 でも、父は聖杯戦争に出ていて自分は禅城の家に……いや違う。

 凛は自分が親友のコトネを助けるために、冬木に戻ったことを思い出した。

 路地裏で見るからに怪しい男を見つけ、それから……。

 

「そうだ! コトネ!!」

 

 見回すと、ここはビルに囲まれた空き地で、何人かの装甲服の兵士たちが意識のない子供たちを介抱していた。その中に、コトネもいる。

 

「コトネ、良かった……」

「凛」

 

 ホッと息を吐く凛だが、冷たい父の声にビクリと震え、背筋を伸ばした。

 振り返った父は、スーツは汚れ髪は乱れていて、そして無表情だった。

 

「お、お父様……あ、あのわたし、コトネが家に帰ってなくて、それで心配で……」

 

 何とか今自分がここにいる理由を説明しようとする凛だが、途中でそれが『言い訳』という遠坂の家訓……『常に余裕を持って、優雅たれ』に反する行いだと気が付いた。

 

「ええと、その……ご、ごめんなさい。言いつけを破って……ッ!」

 

 謝る凛だったが、急に頬に走った痛みに硬直した。

 時臣が、凛の頬を張ったのだ。

 

「……なんで、あんなことをしたんだ!!」

 

 頬を手で押さえながら見上げれば、時臣の顔は激しい怒りに歪んでいた。

 こんな父の顔は見たことがない。

 

「何故、私に連絡しなかった!!」

「ご、ごめんなさい……だ、だって、だって……お父様に迷惑をかけちゃ……!」

 

 余裕も優雅もなく、時臣は怒鳴り散らし、凛は涙を流す。

 脇にいた雁夜が時臣を諌めようとするが、ワクサーに止められる。

 

「死ぬかもしれなかった……いや、確実に死んでいたんだぞ!! 凛が死んだら……凛が、死んだら……」

 

 吊り上っていた時臣の眉と目が、徐々に下がっていく。

 

「桜が他の家の子になって、凛までいなくなってしまったら……私と葵はどうしたらいいんだ!!」

 

 それから、震える愛娘を強く抱きしめた。

 凛は、何をされたのか分からず目を見開いた。

 

「生きていてよかった……! 本当に、よかった……!」

「う、う……うわぁぁあぁぁぁんッ!!」

 

 嗚咽を漏らしながら、時臣は娘を抱きしめて離さない。

 凛は、大きな声を上げて泣いた。

 自分が何故泣いているのか、遅れてやってきた恐怖のせいか、父を悲しませて自分も悲しいからか、父の腕の力強さと温もりに安心したからか、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……泣き疲れて眠ってしまった凛を抱き上げ、時臣は自問する。

 

 果たして自分は、このまま聖杯戦争を続けていけるだろうか?

 

 自分一人が傷つくならいい、しかし家族が傷ついた時、時臣の魔術師としての価値観は吹き飛んでしまった。

 心配なのは聖杯戦争のことではなく、今回のことで心身に傷を負った凛のこれからだった。

 今、時臣は自分が一人の父親であることを強く自覚していた。

 

「……時臣、話がある」

 

 抱き合う親子を黙って見守っていた雁夜が不意に声を出した。

 酷く、真剣みを帯びた声だった。

 

「……何かな雁夜? 君には感謝しているが、聖杯戦争では敵同士だ……」

「その聖杯戦争のことだ。……聖杯の異変について」

「何……?」

 

 その内容は、時臣の興味を引く物だった。

 雁夜は時臣の反応を待っているようだ。

 そして、時臣の返事は決まっていた。

 

「……詳しく聞かせてくれ」

 

 




ああ、ごめんよ龍ちゃんと、龍ちゃんファンの皆さん。
子持ちのオッサンばっかりのこの作品で、子供狙いの連続殺人鬼が、碌な目に合うはずないじゃないか。

ちなみに初期案では、まかり間違ってルークを攫ってしまい、ヴェイダーパパに脳天唐竹割りにされる予定でした。

作中で雁夜おじさんが操ってる剣杖蛇は、アンフィスタッフというユージャン・ヴォングの生体兵器シリーズその2.
おじさんは魔術師としては3流だけど、戦闘力はそこそこあります。

次回からは、またアインツベルン陣営に話が戻る予定です。

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