英雄の境界   作:みゅう

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今回初の轟くん編。
オリジン回へ続く小さな一歩のお話。


第25話 焦燥

「緑谷のやつ、また強くなっていたな」

 

 緑谷と爆豪の試合によるステージの損傷を修復中、次の試合を待つ俺は控室でふと声を漏らしている自分に気づく。らしくねぇな。

 

 試合結果は大方の予想通り、爆豪の勝利だった。だが、俺は思っていた以上に緑谷に期待していたらしい。

 

 今日一日だけでもこれだけの成長だ。元々個性の制御がクラスで一番劣っている分、伸びしろが目立っている。この体育祭で何かを緑谷に仕込んだらしい猪地は流石と言うかやはり恐ろしい才能の持ち主であるのだろうが、連携重視で後方型の猪地と俺とでは方向性があまりにも違いすぎるからあまり考えないことにする。猪地は特例中の特例だ。

 

 それよりも緑谷だ。親父が目の敵にしているオールマイトと酷似した個性を持ち、明らかにそのナンバーワンヒーローに目を掛けられている緑谷に対して、俺はきっと嫉妬や敵愾心に似た感情を抱いていた。

 

 緑谷を正面からこの手で叩き潰してやりたいと思っていた。タイミングを逃してしまったが宣戦布告だってするつもりでさえあった。

 

 だからこそ俺は落胆した。次に本気の緑谷と戦う機会など早々ないというのに。あぁ、自分の吐息が耳障りだ。控室の観戦モニターの電源を切って外へ向かう。

 

 それにしても次にこの部屋を使うはずの猪地はまだ来ない。医療馬鹿のアイツのことだ。間違いなく緑谷の治療に行っているんだろうな。

 

 連絡のために控室に一度戻ってロッカーに入れてあるスマホを使おうと考えたが、時間に厳しい飯田もついていることだろうから遅れるようなことはないだろう。

 

 そう考えて入場口近くへと向かう。だが、すぐに足を止めることになってしまった。その原因へと俺は視線をぶつける。

 

「さっさと仕事に戻れよ」

「ふん、すぐに戻る。しかし、お前の醜態を親としてこのまま見過ごしてはおけんかったからな。障害物競走はともかく、なんだあの腑抜けた騎馬戦は。左の“力”を使えば圧倒できたハズだろう」

 

 如何にも偉そうに肘を組んで廊下にもたれかかった親父が俺に声を掛けてきた。何が“親として”だ。視界に入れるのも煩わしい。

 

「お前に何がわかる」

「わかる。少なくともあの脳無というザコの強さぐらいはな」

 

 吐き捨てるように言う親父に返す言葉が浮かばない。確かに街での脳無襲撃事件を納めたヒーローたちの内、エンデヴァーが最大の功労者と言われているからだ。

 

 最近の親父は更に荒れていたため、朝練にかこつけて極力接触時間を少なくしていたがそう言えば詳しい話はする機会が全くなかった。

 

「確かにあの敵は歯ごたえがあった。再生能力もスピードも驚異的だった。だが俺の炎の前には為す術もなかった。単に相性が良かったと、そうほざく奴もいるだろう。あぁ、実際そうだ。“俺の炎と相性が良かった"」

「……何が言いたい」

 

 さっさと切り上げたい。不快だ。言うだけ言わせて終わらせよう。道を塞ぐように立ち位置を変えた親父の横を無理やり通り過ぎようとしたときだった。

 

「もし、お前が素直に俺の指導を受けいれば──」

「……せぇ」

 

 本当はわかっていた。あいつら(クラスメイト)の泣き顔を見るたびに、そんな“もしも話”を考えていた。

 

「脳無を何の苦もなく倒せていた筈だ。左の“力”を使いこなしてな」

 

 ずっと考えないように、直視しないように、逃げ続けていたその言葉(俺の罪)をソイツはいつものエゴと共に突きつけてきた。

 

「うるせぇ!!」

 

 何て幼稚なんだ俺は。こんな言葉しか出て来ない自分があまりにも情けない。親父の言葉は正に図星だった。

 

「子供じみた反抗はもう終わりにしろ。それであの様だっただろう」

 

 んなこと、俺が一番わかってんだよ──声にならない叫びを押し殺す。

 

 爆豪の全力攻撃は脳無を倒すには至らなかったものの、再生までかなりの時間を稼いでいた。イレイザーヘッドが時折、再生妨害していたことを考慮してもだ。そう考えれば、もし俺が親父好みの人形に仕上がっていたら、みんなが死線をさまようことも、緑谷と麗日、飯田が無茶な決断をする必要もなかったはずだ。

 

 それに万が一倒せないとしても、八百万と猪地の策にもっと幅が出たはずだ。クラスの中で最も多人数相手に向いている俺を、足止めではなく脱出組に付けたのは俺の氷では力不足だと判断されたからだ。だからオールマイトたちを呼ぶ方に注力するため、保険として俺は付けられた。

 

 こんな悲観的な推論と、自分の中で見て見ぬ振りをしてみたが、あの見舞いの後に八百万に鎌をかけたら案の定、猪地がそういう判断をしたらしい。

 

 猪地のやつ、ふざけやがって。俺を見くびりやがって。自主練で指導する姿や、講評のときの姿が度々親父の姿に重なるのが気に食わなかったのかもしれない。いつも上から目線でお前は何様のつもりだと言いたい。だけどそれを言う資格は俺にはない。足りていないくせに強者気分だった先日までの俺自身を鑑みれば。

 

「お前にはオールマイトを超える義務があるんだぞ。わかっているのか? 最高傑作としての自覚を持て」

「何が最高傑作だ。俺はお前のおもちゃじゃねぇ!」

「限界は既に見えただろう。お前は俺の力を──」

「お前の炎なんて要らねえ! 母さんの氷をもっと使いこなせていれば、俺がもっと強ければ良かった。ただそれだけの話だ!!」

 

 あぁ。単純な話だ。まだ親父に追いつけていないのを自覚していたくせに、中学や高校の皆にもてはやされて、無関心のつもりでいたくせに実のところ慢心していたんだ。

 

 純粋に力が、練度が、渇望が、熱量が足りなかった。緑谷のように、爆豪のように、もっとがむしゃらになるべきだった。“結果的に”親父を超えればいいんだ。その過程に余計な感傷など、親父のことを考える暇など、決していらなかったんだ。だというのに────

 

「そこをどけ。邪魔だ」 

 

 こんな下らないやり取りは無駄だ。目線を外し、耳を塞ぎ、そして口を噤む。すれ違いざまに感じる熱気を忘れようと、拳の中に小さな氷を創造し、握り潰す。

 

 優勝まであと3つ。次の試合に集中しろ。掌に喰い込む痛みが、俺の目を覚ましてくれる。そんな気がしていた。

 

 

             ×             ×

 

 

 

『リスナーのみんな、よーやく会場も直ったぜ』

『二人共ド派手にやってくれたもんだ』

『全く、お前のクラスどうなってんのさ。次も凄そうだけどな。さぁ次は本命の一角、火力はA組最強か?! 轟焦凍!!』

 

 プレゼントマイクの声と共にリングへと入場する。

 

『対、B組最後の砦だ。塩崎茨!』

 

 そう言えばもう他はA組しか残ってねぇな。それでこの女は飯田達と組んでいた奴か。個性は確か、髪に生えているツルを自在に操る能力だったはず。操れる数が段違いとは言え、瀬呂と蛙吹相手を意識すれば問題ない相手だ。個性の相性そのもので言えばさっきの芦戸の方が少々厄介だった。

 

「貴方の強さは伺っています。ですが、負けるつもりは一切ありません」

「俺もだ」

 

 口数少なさそうな印象だったが、B組の期待を一身に背負っていることもあるのだろう。宣戦布告をしてきた塩崎に一言だけ返す。

 

 だが悪いな。騎馬戦の様子を見ていた限り、相性でも、経験値でも、負ける要素が見当たらない。速攻で終わりだ。

 

『じゃあ行くぜ。スタート!』

 

 合図と共に足元から威力は抑えつつ、最速を意識して氷結の壁を走らせる。

 

「やはり、それですか」

 

 読めていたとばかりに自らのツルの束をリングに突き刺し、俺の空中へと身体を浮かせた状態で回避する塩崎。

 

『おっと、ここで塩崎。瞬殺男、轟の攻撃を華麗に回避したー。頑張れー!』

『お前私情入ってるだろ』

 

 それは悪手だ。氷結の範囲を広げれば突き刺さっているツルを伝って本体を凍らせてしまえる。

 

「植物と氷じゃ相性悪かったな」

 

 ツルが下から凍りついていく。が、それを途中で切り離された。塩崎は改めてツルの束を他の凍っていない地点に突き刺し、自らの身体を引き寄せて安全地帯へと移動しようとする。

 

 ならばもっと範囲を広げるだけだ。そうしようと、力を込め掛けた瞬間──

 

「ちっ?!」

 

 左足首に痛みを覚えると共に視界が歪む。どうやら左足首を掴まれ、遠心力で空中に身を放り出されたようだ。地面からツルが湧き出して来たのか。

 

『地面からの急襲で反撃だ。ここでまさかの大金星か!?』

 

 拘束をしないで場外狙いの判断は悪くない。だがこれでやられるほど俺も甘くない。瞬時に氷結の壁を作り出し、リング内に踏みとどまる。

 

『あぁーおっしいー。あと一歩届かず。流石の轟、余裕の表情で耐え抜いた!』

「やはり、この程度では届きませんか」

「その動き、知っているな?」

「えぇ。知っています。私は拒みましたが、ハンデということらしいですね。悔しいですが、実力差がわからないほど未熟ではありませんので」

 

 同じチームだった蛙吹あたりの入れ知恵か。氷結を出せるのは俺の右半身からだけ。個性を使わない左側に回り込めば、どうしても対応が僅かに遅れてしまう。舐めてかかるのは良くねぇな。だけど負ける気は微塵もない。

   

 今の地面からの攻撃は、ちょっと面倒だった。故にそれを封じるため、リングの足元全てを氷で覆い尽くす。そこまで分厚くしているわけではないから、ツルで壊せないこともないだろうが牽制には充分だろう。氷結を重ねがけするときにも便利だ。ツルを突き刺しながらの移動が面倒だが、通常の移動を封じれる分、機動力を削げたはず。

 

 しかし何だアレは。幾度か空中で体勢を整えてから着地した塩崎は、普通に地面を疾走している。芦戸じゃあるまいと思ったが、トゲのついたツルを足に絡めスパイク代わりにしているようだった。

 

 ツルを絡めた投網状の物を投擲してきた。目眩ましとはわかっているが、対応しないわけにはいかない。氷結させた上で、その塊の落下地点から回避する。

 

「切り離しが思ってたより厄介だな」

「ありがとうございます。で、いいのでしょうか?」

 

 よくわからないといった風に首を傾げながらも、複数地点の地面からツルを生やして対応の隙を突こうとしてくる。全て凍らせたが、やはり対応がワンテンポ遅くなる。中々に手強いなコイツは。緑谷ではなくコイツと戦えたのは正解だったかもしれない。

 

 次の試合での爆豪と、おそらく上がってくる猪地相手を考えると小技を使ってくる相手に予行演習しておけたのはラッキーだ。

 

 地面からの攻撃をデコイにして突進してくる塩崎。直接迎撃するのではなく、大きな壁を創造して視界を遮る。そして氷結を足元に重ねた高速移動で、背後に回り込もうとしたとき――――

 

「居ねぇ?!」

 

 塩崎の姿はない。だけど“影”はくっきりと残っている。地面に茨が刺さっていないから、騙されそうになったが晴天というのが仇になったな。

 

 空に向けて右手をかざす。しかしそこにあったのはツルで編まれた人形だった。

 

『やっれー!』

 

 やられた。だが慌てる必要はない。こういうときのセオリーは――――

 

反対側()だ!」

 

 案の定、隆起する地面から太いドリル状に編まれたツルが押し寄せてくる。ツルの隙間からは塩崎の姿が確認できた。氷結を出せるのは右手だけだったらここで詰んでいたかもしれない。だが、まだ俺の右足は地面に触れたままだ。何の問題もない。

 

 意外と大技を使わされてきたせいか僅かながらも身体に霜が降り始める前だ。この弱点も向こうは知っていると考えれば、いいかげん決着をつけるべきだ。

 

 相手が本気で仕掛けてきたときこそ、カウンターの意味がある。自身はその場を離脱しつつ、氷結の波を迸らせる。

 

『情け容赦ない攻撃が、って氷山かよ!! 塩崎吹っ飛んだー!!』 

「やべっ、やり過ぎた!」

 

 プロヒーローが見守っているとは言え“万が一にも観客席に被害が及ばないよう”にと八百万たちから口酸っぱく言われていたにも関わらず、抑え続けていた力加減を誤ってしまった。激闘を繰り広げていた爆豪や緑谷たちでさえ、意識できていたというのに。

 

 幸い、観客席には氷結はギリギリで及んでいない。だが、問題は塩崎だ。その場で凍りついていれば良かったものの、中途半端にツルの壁で防御しつつ身体を受け流そうとした結果、氷塊の圧力でかなり上空まで投げ飛ばされている。

 

 しかも目をつぶったまま不自然な体勢での落下の様子だと、意識が飛んだか。拙いな。下は俺が作り出した氷の剣山が待ち受けている。身体に霜が降り出した今の状態で、落下先を滑り台のような形へ作り変えるのは規模と制御の問題で厳しい。

 

「先生たちは気づいてないな。くそっ間に合えよっ!」

 

 氷を重ねて、重ねて、重ね続け、氷山の上を全力で駆け抜ける。だが落下が思っていたよりも速い。氷の切っ先が無防備な塩崎の身体に迫ろうとしている。

 

「焦凍ぉおおお!」

 

 煩わしい声がした。目を向ける暇も、耳を傾けている余裕もないのに。

 

「轟さん、炎をっ!」

 

 親父以外の声がした。クラスの誰かか。炎で氷山を溶かせと言うのか。馬鹿な。今の俺の制御力だと塩崎も巻き込むのが良いオチだ。緊急時とは言え、そんな安定しない力を使うわけにはいかない。

 

「バイクですわっ!!」 

 

 声の主は八百万か。何でバイクなんか――――そういうことか。八百万の隣で応援する青山の姿を見て、あの日のことを思い出す。

 

「わかった!」

 

 氷を溶かす以外に使うのはいつ振りだろうか。アクセルはベタ踏みでいい。左手から炎を全力で放出する。青山や爆豪がやっていたようにまでは行かないが、ある程度だけでも収束させれば上出来だ。

 

 アフターバーナーへと左半身を作り変え、氷上を更に加速させる。冷え切った身体が温まり、氷結の足場を作る効率も上がっていく。ぶれそうになる上体を安定させながら、ただ速くなるためだけに炎を吹かす。

 

『轟、初めて見せた炎で落下する塩崎をダイビングキャッチ! って、ミッドナイト、この試合の結果って』

『あ、ゴメンなさい。轟くん勝利、三回戦進出よ!』

 

 どうにか追いつけた。だけどコイツの身体、冷え切ってんな。低体温のショックで気を失ったのか。受け止めた後は、そのまま氷山を滑るようにして下る。

 

「イケメンだからって許されねぇことがあるだろ。離せ、砂藤! オイラはアイツに誅伐を!!」

 

 観客席は賑やかだな。A組の奴らが居る方を向けば青山と八百万が親指を立てていた。峰田は中指を立てているが、アレは中継していいのだろうか。

 

 退場の途中で掌に小さな炎を作り、首元に近い所を温めるようにしていると、どうやら塩崎も気がついたらしい。 

 

「もしかして、介抱して頂いたのでしょうか?」

「介抱というか、自分の後始末をしただけだ。悪りぃ。最後のは力加減間違えた」

「だとしても、救けて頂いたことには代わりありません。ありがとうございます。それに貴方のような強い人と戦えて、良い経験になりました」

「そうか」

「もう、自分の足で歩けます」

 

 入退場口の手前ほどで塩崎を下ろす。しまった。どうせ二人で同じコーナーから帰るのならば、塩崎が入ってきた方からしておけば良かった。そして懸念していた通りのことが起こった。

 

「焦凍! 試合は無様だったが最後の炎はよくやった!」 

 

 うざい奴がまた道を塞いでいた。

 

「轟さん、この方はもしや」

「父親だ。ウチの焦凍を相手に、君の立ち回りも見事だった。これでコイツはさらなる覇道を歩むことができる。目を覚ましてくれた君には感謝しかない」

「黙ってろ。試合には母さんの力だけで勝てたんだ。お前の炎には頼ってねぇ!」

 

 考えないようにすれども、その度にコイツは何度も前に立ち塞がる。

 

「何度も言うが、お前は俺の生み出した最高傑作だ。口で何を言おうとも、さっきので強く自覚したはずだ。氷だけでは不完全だとな。炎を使ってこそ最後に氷の方も調子が良くなったのだろう」

「黙れ!」

 

 そんなときだった。塩崎がふらついた足取りにも関わらず、まるで俺を庇うように両手を広げる。

 

「他人の家庭に口を挟むのは気が引けますが、貴方は子供をきちんと愛していらっしゃるのですか? 全ての生き物は皆愛される資格を持つのですよ?」

「耳が腐れるからコイツとは話さない方が良い。個性婚上等で、兄貴や姉貴たちをできそこないとか言うクズだからな」

「ますます聞き逃がせませんね」

「たかが高校生に何がわかる」

 

 髭の炎熱を更に強くし、威嚇する親父に対して決して一歩も退かない塩崎。マジモンの宗教家だったか。猪地みたいな変なのしか知らなかったから何か新鮮だ。

 

「おっしゃる通り、私の経験だけではわからないこともたくさんあります。しかし神は全てを存じておられます。そして私はその教えを受けております」

「俺が信じるのは法と力のみだ」

「私は神の愛を、人の愛を信じております。貴方には正しき神の教えが必要だと啓示が降りました。間違いありません」

「下らん。そんなものただの思いこみだ」

 

 一触即発の雰囲気の中。聞き覚えがある声がした。

 

「お、宗教談議なら付き合うよ」

「猪地。そういや次はお前の番だったか。飯田はお守りか。毎度大変だな」

「全くだ。正直今日はもう宗教はコリゴリなんだが――」

 

 飯田のヤツ、いつも猪地に振り回されて大変そうだが、今日は妙に疲れた顔をしているな。かなり実感のこもった声だった。 

 

聖輪会(メビウス)の方とは私も一度ゆっくりお話をしてみたかったのですが、次の試合があるご様子ですのでここは私にお任せ下さい。この方は児童教育について色々勘違いなされているご様子ですので」

「でも塩崎さん、ステージ復旧まで時間あるしそれまで私も手伝うよ。大丈夫そっちの宗教観には入り込まないから。私“自身”は一応無宗教だしね」

 

 その周りがヤバイんだろうと突っもうとしたときに、飯田の手が俺の肩を掴み、それを制した。

 

「轟くん、ここは彼女たちに任せて離脱するんだ。巡理くんが宗教モードで説教を始めると本当に凄まじいからな。君は何も聞かないほうが良い」

「お、おう」

「でしたら猪地さん。よろしくお願いしたします」

「オッケー任せて!」

「巡理くん、頼んだぞ! それと試合も頑張れ!」

「もちろん!」

 

 その言葉を合図に飯田に強く手を引かれ、親父の横を強引に通り過ぎる。

 

「ちょっと、待て。待つんだ!」

「追わせません。轟さんの精神状態も気になりますが、まずは貴方の心の傷を癒やしてさしあげなければなりません」

「おー、これがパチモン宗教とのオーラの差か。なら私は搦め手で。轟くんのお父さん、この病院名知ってます? 実は聖輪会(メビウス)の系列なんですけどね。あなたに“ちょーっとした”疑いがあるんでこっちでお話させてくれませんか?」

 

 過剰防衛とかそう言った噂か? 最後に猪地の言っていたセリフが何やら怪しげだったが、飯田の言う通り二人に任せることにした。

 

「ふん、良いザマだ」

「轟くんでもこんなときは笑うんだな。いや、君の笑顔を久しぶりに見たような気がして」

「そうか?」

「しかし、君の父上に対して失礼かもしれないが、ナンバー2ヒーローがあの二人に手球に取られているのは少々滑稽だったかもしれないな」

 

 明らかに苦笑といった表情の飯田。猪地の厄介さを一番知っているのがコイツだからな。親父に同情したのもあるんだろう。無理もない。

 

「だろ?」

 

 親父のことを忘れるのは、意識しないのはやっぱり無理かもしれないが、こうやって鼻で笑える位には強くなりたいと、俺は思った。

 




覚醒はもう少し後になりますがその布石回でした。
とっておきの進化を用意しています。

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