英雄の境界   作:みゅう

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第19話 縁日にて

「集合時間から逆算すると、自由に動けるのは残り40分と言ったところだな。効率的に回るぞ!」

「おー!」

 

 猪地くんと共に拳を振り上げる。縁日の楽しみ方を彼女に教えるのも、副委員長としての役目だ。気合いを入れなければ。

 

「でも、ちょっと待った。この先は一般の人も出入りするから……」

 

 通用口の前で立ち止まった彼女は髪をまとめていたゴムを外し、ポケットにしまい込む。髪を手櫛でワサワサと泡立てるように動かすと、直毛気味だった彼女の髪が緩くウェーブがかったようになる。

 

「猪地流変装術、秘技“瞬間パーマの術”!」

 

 ふわりと空気を含ませたように、柔らかにうねる黒い艶髪。いつもの活発さや凛々しさはなりを潜め、温厚さや静謐さが滲み出ている。

 

「アーンド、秘技」

 

 そして両手を覆い被せるようにして顔を隠した彼女は、幼子をあやす仕草のようにその手をパッと開いた。

 

「“そばかすの術”! なんちゃって。いま適当に名前付けちゃった」

「ブラボー!」

「いやー、どうもどうも」

「まさかそんな個性の使い方があるとは。凄い応用力だな」

 

 これは素直に拍手を送らざるを得ない。俺が猪地くんと同じ個性を持っていたとしても、この発想には至らなかっただろう。

 

「ちょびっと生命力を別の部位に移動させて、ダメージを調整するっていう、自分限定の技だけどね。意外と役に立つよ。イメージ変わるでしょ? それでね、よいしょっと!」

 

 猪地くんの両手が俺の顔に……否、俺の眼鏡に延びる。そしてさも当然かのように外して、猪地くんは俺の眼鏡を掛けた。

 

「うーん。ちょっと違和感あるけど、そこまで度がキツくなくて良かった。天哉、これでどう? 地味めの文学少女です的な感じにならない?」

「眼鏡がないから良くわからないな」

 

 酷い近視というわけではないので、全く見えなくはないのだが、少しぼんやりとした視界で意見するのも躊躇われた。

 

「もう、この距離ならどう?」

 

 吐息が顔に触れる。ほんのりと漂う爽やかな柑橘の香り。

 

「確かに、君が言わんとするイメージは表現できていると思う。ただ先ほどよりもやけに血色が良すぎるよつに見えるのは個性の反動か? 男の俺が口に出すことではないかもしれないが、やはり肌に負担をかけるのは良くないと思うぞ」

「……うん。知ってた。心遣いはありがたいけど、天哉は至って通常運転だね」

「確かに俺は至って普段通りだが、猪地くんはいつもと……って何をするんだ?!」

 

 再び俺の頭へと両手を伸ばした彼女が手櫛で俺の頭を掻き上げるように弄り出す。

 

「イメチェン、イメチェン。天哉は選手宣誓で目立っちゃってるからね。こうやって分け目と流れを変えると、眼鏡もないから大分変わるよ。できた!」

「鏡がないからわからないぞ」

「こういうときはね、スマホのカメラを自分側のほうに切り替えて……」

「なるほど。これなら良くわかるな」

 

 スマホの画面に映る姿をまじまじと見る。前髪以外をオールバック気味で反時計回りに流した自分の姿は、いつもよりもすっきり纏まっている印象を受けた。

 

「せっかくのツーブロックだしね。いつもよりちょっとサイドの短さを強調して大人っぽくしてみたけど、どう?」

「ありがとう。清潔感があって割と好みだ。確かにこの姿も俺ではあるのだが、遠目からではわからないかもな」

「そうだ。ついでだし」

 

 カメラの位置はそのままに、俺の右隣へと移動してきた彼女が肩を寄せてくる。そしてパシャリ、とシャッター音が鳴った。

 

「初変装記念的な?」

「初耳だなそれは」

「私だって初めてだよ。うん、ちゃんと撮れてる」

 

 変装姿のツーショット写真を見せる猪地くん。入学式も相澤先生のテストのため完全に飛ばしてしまっていたため、そういえば高校に入ってから初写真になるのか。そう言えば天晴兄さんが猪地くんの写真を見せろと言っていたがこれでいいのだろうか。それとも普段の姿も撮ってもらうべきか?

 

「俺の方に画像を送ってもらってもいいだろうか?」

「え、勿論いいけど。まさか天哉の方から言い出すなんて、今日は大雪にならないよね……あれでも、サイトの降水予想確率0%だ」

「今日は間違いなく快晴だぞ」

「おう、ボケを素で返された。ま、早く行こっか。時間もないし。そうそう設定は普通科ね。親戚に顔出しに外に出て来たという体で」

 

 親戚という言葉から最も縁遠いであろう猪地くんが唐突にそんなことを口にした。明らかに嘘だ。

 

「体? 相澤先生にはなんと言って外出許可をもらったんだ?」

聖輪会(メビウス)が面倒起こさないように釘刺しに行って来ますって」

「それも虚偽ではないのか。良くないことだぞ」

「最後にちょっと顔出すから本当だもん」

 

 頬をリスのように膨らませた猪地くんに「早く行こう」と急かされ俺は通用口の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、凄い人だ」

 

 各学年ステージへの通路に立ち並ぶ縁日ゾーンは、昼時ということもあってか、さながら満員電車一歩手前の様相だ。猪地くんはマップと周囲を見比べ、小鳥のように世話しなく首を左右に動かしている。

 

 かなり周囲に気をつけなければすぐ人にぶつかりそうだ。この前にぶつかってしまった男性に言われたことを思い出し、過ちを繰り返さないように気を引き締める。そしてマップを持っていない猪地くんの右手を軽く掴んだ。

 

「はぐれないように手を繋いでおこう」

「――――うん。なんか、こう賑わってると色々目移りしちゃうよね」

「そうだな。まずは炭水化物をしっかり摂るために粉物などはどうだろうか?」

「いいね! いかにも縁日っぽい。ってあそこに居るの、シンリンカムイじゃない?」

 

 彼女が指し示すたこ焼き屋に居るのはプロヒーローのシンリンカムイ、そしてMt.レディとデステゴロか。割と最近よく聞く名前だからすぐにわかった。何やら彼らもたこ焼きを買い求めているようだ。

 

「1つ500円だ」

「あの、今持ち合わせがなくって…………」

 

 代金を提示させたMt.レディが俯きがちに身体をくねらせ、猫なで声で言う。

 

「エロッ!!! タダで!」

「ありがとー!!」

 

 男性店主は料金を彼女から取ること無くたこ焼きの箱を差し出していた。後ろ二人の男性陣は呆れ顔でため息をついている。さらにMt.レディは追加もねだり、箱の蓋が閉まらないほどにたこ焼きが溢れかえっていた。ホクホク顔で彼女は足早に次の店へと向かっていく。

 

「あれはプロヒーローとしていいのだろうか」

「店主さんの好意だからいいんじゃない。露骨過ぎてちょっと退くけど。でも美味しそうだな。偶に食べても冷凍ものだし」

「なら早速買ってこよう。焼き立てはフワフワで美味しいぞ」

 

 財布から500円玉を取り出しながら注文をする。

 

「たこ焼き一箱お願いします」

「あいよ、まいどあり! 青のり、マヨと鰹節はどうするかい?」

「全部お願いします! 天哉もいいよね?」

「あぁ」

 

 隣の猪地くんが元気よく答え、俺も頷きで返す。猪地くんは握っていた手を離し、財布代わりにしている赤い七宝柄の小さな巾着袋から100円玉2枚と10円玉5枚を取り出し俺に渡そうとする。

 

「はい、半分こね」

 

 しかし差し出された手に乗せられた小銭。しかし俺は上から手を被せ、そのまま彼女の指を閉じさせた。

 

「それは受け取れない。僅かばかりだがここは俺に奢らせてくれ。この2週間のブートキャンプの礼だ」

 

 俺たちの筋トレの監督として、プロ顔負けの敏腕を奮った彼女に対し何か礼をしなければならないと常々思っていたところだったのだ。ならばこういう場こそが相応しいだろう。兄さんも似たようなことを言っていた。

 

「お嬢ちゃん、もらっとけもらっとけ。こういうのは男にカッコつけさせるとこだぜ」

 

 鮮やかな手つきで器用にたこ焼きをひっくり返していく店主が言った。

 

「そういうことだ」

「わかった。ありがとう、天哉。でも次は割り勘だよ」

「どういたしまして。次からはそうだな。了解だ、いの――」

 

 彼女の名を呼ぼうとすると、人差し指の先で口を塞がれた。

 

「巡理でいいよ。せっかくこの格好なんだから名字はなし」

 

 確かに試合中に選手名を呼ばれることは度々あったが、殆どが名字でフルネームではそう何度も呼ばれていなかったはずだ。少しでも目立つ可能性を減らすためにと考えれば確かに一理ある。

 

「ならば巡理くん」

「ん~、まぁいいか。それで良し」

 

 そう言いながら彼女は巾着袋に小銭をしまい込む。たこ焼き屋の店主は焼けたのから順番に箱に盛り付けているところだ。生地が焦げる香ばしい匂いが鼻腔の奥を刺激する。

 

「もうちょいだから待っとけよ。今のうちに横の飲み物、好きなの1つずつ持っていけ。頑張ってる学生さんにおっちゃんの奢りだ」

 

 氷水に浸かった缶飲料の方を顎で指し示す店主。お茶やコーラなど6種類ほどの飲み物が所狭しと浮かんでいた。中には100%オレンジジュースも見えた。俺のお気に入りのメーカーの品だ。中々に品揃えがわかっているご主人だ。

 

「おじさん、好意に甘えちゃっていいんですか?」

「それではご主人の稼ぎが減るのでは?」

「良いんだよ。年長者には甘えとけ。兄ちゃんもその金で甘いもんでも後で買ってやんな」

 

 ソースを網目状に掛けながらご主人が言う。そして続けてマヨネーズ、鰹節と青のりを振りかけた。風に舞った粉と熱で蒸発するソースの香りが一気に食欲を刺激する。

 

「おじさん、ありがとうございます! オレンジ2本貰いますね」

 

 氷水に手を浸し、オレンジジュースを2本取って俺にその内の1本を手渡す猪――いや、巡理くん。キンキンに冷えているな。この強い日差しと祭りの雰囲気で、いつもよりさぞ美味しく感じることだろう。

 

「ご好意ありがとうございます」

「良いってことよ。もうできるぜ。ほらよっと」

 

 渡された箱を受け取る。熱い。箱越しに伝わる熱が早く食べてくれと主張しているかのようだ。

 

「おー鰹節が踊ってる! 美味しそう。頂きます!」 

「頂きます。ありがとうございました」

 

 次の客の対応をしていたご主人に礼を言って店から去る。ご主人は言葉の代わりに左手でサムズアップをしてくれた。

 

「いい人だったね。あっちのテントの下の席が空いてるよ!」

 

 祭りのときならば食べ歩きも悪くはないだろうがこの人混みだ。素直に座った方が良いだろう。巡理くんの言っていた飲食スペースのテントへ移動し、無事に席を確保する。

 

「じゃあ早速食べようよ。あ、その前に午前の部お疲れ様ってことで乾杯!」

「乾杯!」

 

 オレンジジュースの縁を軽く当てた後、一気に喉へとジュースを流し込む。染み渡る酸味とまろやかな甘味。

 

「美味い! たこ焼きも冷めないうちに食べよう。頂きます」

「頂きますって…………アレ? 付いてるの爪楊枝じゃなくてお箸じゃん」

「関西など幾つかの店では箸で食べると聞くが、一人分だけでは困ったな。先程の店に貰いに行って来よう」

 

 席を立とうとすると、巡理くんに手で座れと指示され着席する。

 

「さっきのお店見てよ。ほら、行列になってる。今行ったら邪魔になっちゃうよ」

「確かに。ならば交代で食べるか。巡理くんから先に食べるといい」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 箸でたこ焼きをつまむ巡理くん。見るからに崩れ落ちそうなほど柔らかそうな生地だ。そして大きい。なるほどだから爪楊枝ではなく箸を渡されたのか。

 

「あっつい、火傷しそう――――けど美味しい!」 

 

 口元を手で覆い隠し、ハフハフと口内を冷やしながら食べる彼女。良かった。笑顔を見せてくれて。連れてきた甲斐があったというものだ

 

「はい、天哉も」 

 

 巡理くんが新たなたこ焼きを箸で摘み、差し出して来た。このまま食べろということか。これは俗に言う「あ~ん」というやつだ。だがしかし俺たちは恋人ではない。周囲に誤解を与えるのは巡理くんにとっても良くないことではないだろうか。

 

「巡理くん、これでは傍から見ると君が――――」

「そこの学生2人、そこまでよ!」

 

 金切り声に近い大声がテントに響き渡る。縁日では同じように許可を貰ったであろう学生の姿もチラホラと見かけたが、このテント内における学生2人といえば、どう見ても俺たちしかいない。

 

 猫型のヘッドギアとグローブ、そして飾りの尻尾の付いたスカートが印象的な警備のヒーローらしき長い金髪の女性と、同じコスチュームを着用した筋肉隆々とした単発で黒髪の男性が俺たちを指差していた。

 

「一般人用の縁日に紛れ込むなんて悪いキティね。しかも不順異性交友ときた。なんてうらや……ゴホンゴホン、けしからん! 私の目が黒いうちは決して許すわけにはいかないよ!」

「不順?! いえ、俺たちはただ食事をしていただけで決してそんな破廉恥なことはしていません」

 

 血走った目で睨みつけてくる金髪のヒーロー。確かに警備の人たちからしたら学生がウロウロしていれば心配にもなるはずだ。許可証を巡理くんが持っていたはずだ。

 

「巡理くん、許可証を…………どうした?」

 

 珍しくぽかんと口を開けて呆けている彼女に思わず問いかける。

 

「ワイプシだ。生ワイプシだ」

 

  この反応はまるでオールマイト談義のときの緑谷くんのようだ。もしかすると憧れのヒーローだったのだろうか。爛々と瞳を輝かせる彼女がそこに居た。

 

「虎とピクシーボブじゃん。うわ、本物?! 何かサインしてもらえる紙は…………これだ!」

「もしや我々のファンなのか?」

「はい! 超ファンです! この裏にサインお願いします!」

 

 そう言って相澤先生直筆の許可証とマジックペンを躊躇いなく差し出した巡理くん。

 

「あ、本当にイレイザーの許可出てる。って、この子あの宗教団体の?!」

 

 許可証の内容を読んだ二人のヒーローは苦い顔へと急に変わる。 

 

「すまぬがここでは人目がある故、我々に同行してもらおうか」

「少し場所を移すよキティ」

 

 今日という日を境にして、俺の知らなかった世界が、少しずつその姿を露わにし始めようとしていた。

 

 

 

 


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