あくまで冒険者やってます   作:よっしゅん

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ナーベラルのほっぺた引っ張ってみたい


第2章 漆黒の戦士
第8話


リ・エスティーゼ王国にある都市のうちの1つエ・ランテル。

エ・ランテルは三重の城壁に守られた城塞都市で、毎年恒例のようにカッツェ平野という場所でバハルス帝国と戦争をするためか、軍事拠点にも利用されている。また、そのため他の都市よりも武器や食料関係の商人がかなりの権力を有している。

他にも戦死者の死体がここに運ばれ、ここで埋葬をするために墓地の広さはかなりの規模になっていたりと結構有名な都市だ。

 

「……暇だなぁ」

 

そんなエ・ランテルの中にある中央広場……様々な露店や行き交う人々により賑わっている場所の隅っこの方でレジスは暇を持て余していた。

 

「……うーん。塩にすればよかったかな」

 

1つの露店で先程買ったタレ漬けの串肉をかじりながらそうぼやく。

指輪の力により飲食も不要とはなっているが食べられなくなるというわけではない。食べればその分腹も膨れるし味もわかる……単に食べなくても大丈夫という状態になっているだけだ。

ちなみにどうして暇を持て余しているかというと、ちょうど今から数十分前……エ・ランテルに無事に着いた後、漆黒の剣が今回のお礼がしたいと言ってきたのだ。

もちろんレジスは「気にしなくていい。報酬の分け前だけで充分だ」と言ったのだが、どうしてもと何度も言うので「なら夕食でも奢ってくれ」と言い、漆黒の剣もそれを承諾した。

そして漆黒の剣は、依頼達成の報告と吸血鬼のことを報告するため冒険者組合に行き、そのあとは夕食の時間になるまで宿で仮眠をとるためにレジスとは1度別れた。待ち合わせはここ中央広場となっている。

夕食の時間までレジスは待たなくてはいけなくなってしまったのだが、いかんせん暇である。

 

(こうなるなら冒険者組合だけでもついていけばよかったかな。報酬もその場で貰えたし……いやダメだ。組合にはあいつがいるんだったな)

 

あいつとは冒険者組合の組合長をしているアインザックという人物のことである。別に激しい憎悪とかを抱いているわけではないが、正直言って苦手である。

あれは確かレジスが銀狼と呼ばれるようになった発端の事件を自ら起こした時、アイテムによって呼び出されたモンスターを全て倒したあと礼をしたいということで冒険者組合に呼ばれた時にアインザックとは初めて会ったのだが、あれ以来彼と会うたびに何かと絡んでくるのだ。

急に組合に所属している冒険者達のプロフィールを延々と説明されたり(しかも男ばっか)「君も冒険者にならないか? 今なら若い男達がチームを募集しているぞ」と冒険者に誘ってきたり、しまいには男娼館に案内された時は本気で殴ろうかと思った。その時はなんとか拳を抑え、逆に女娼婦館に行きたいと告げた時のアインザックの顔は傑作ものだった。

それ故にできるだけアインザックとは会わないようにしている。まぁ彼の考えもある意味ではわからなくもないかもしれないが、レジスはそんな趣味はない。それに、この世界に来た時は冒険者になりたいとも思っていたが実際の冒険者達を目の当たりにしてその気はすでになくなっている。レジスが思っていた冒険者とは違っていたからだ……これなら自由気ままに旅をしていた方がいいなと思い冒険者にはならなかったのだ。

 

「暇だ……」

 

本日何回目になるかわからない呟きをまた漏らす。仕方がないので街をぶらぶらしながら時間を潰すかと思い中央広場を出ようとする。その際に食べ終わった串肉の串を、『火炎(ファイヤ)』の魔法を一瞬だけ手に出すことで持っていた串を燃やして灰にした。こうする以外にも、蝋燭に火を灯したり、焚き火を付けることができるので結構便利である。

そしてふと、ほのかに甘い香りがレジスの鼻を刺激してきた。

 

「これは……ブドウ酒か?」

 

レジスは結構酒の類は好きである。しかもこの世界はリアルでは名前しか聞いたことないような物から全く知識にない酒までたくさんあり、多種多様であった。そんな数あるお酒の中でブドウ酒というワインを飲んだことがあったが、その独特な甘い香りは今でも鮮明に覚えており何故かその香りが今この場で匂ってきているのだ。

中央広場を出ようと裏路地を通ろうとしていたのだが、こんな通路に何故?と思うが、思考がまとまる前に脇道から男の声が聞こえてくるのでそちらに目がいってしまった。

 

「この大馬鹿野郎!お前のことは前から馬鹿だとは思っていたがどうやら違ったようだな……お前は馬鹿じゃなくて大馬鹿だ!」

 

「す、すまねぇ!お頭!」

 

ちょうどレジスの真横にあった脇道に、道化師のような服装をした小柄な男を硬そうな筋肉をしているがたいのいい男が怒鳴りつけていた。

この状況をレジスはどうしたらいいものかと悩んでいた。別に放っといても、これだけ騒いでいたらいずれ街の衛兵などが止めに入るであろう。しかし暇をしていたレジスは少しでも時間が潰せたならな、と思い声をかけることにした。

 

「なにをそんなに騒いでいるんだ?」

 

レジスの声に気付いた大柄の男と小柄の男は同時にこちらを視界に入れた。

 

「これが騒がずにいられるかっての! こいつは大事な商売道具を……」

 

大柄の男の方が小柄の男を指差しながら声をあげてそう言った。小柄の男の方は言い返せないのかだんまりである。

 

「商売道具?」

 

「あぁ商売道具さ! これから中央広場でやる芸に使う商売道具だよ!」

 

なるほど、と内心で納得をするレジス。中央広場で芸をする……そんな事をするのは大道芸人と呼ばれる集団だけだ。

大道芸人とは街中などで芸を披露し、娯楽を与えることを目的としている。この2人もその大道芸人の一員でしかも片方はお頭と呼ばれていたことからリーダーらしき人物と見ていいだろう。

 

「それで? その芸に使う商売道具がどうかしたのか?」

 

「どうもこうしたもねぇよ! メンバーのみんなで打ち合わせをしようと一旦テントに戻るからこいつにここで荷物番をさせてたんだが、戻ってきたらこいつなんて言ったと思う? 荷物を盗まれちゃいました。だ……これが怒らずにいられるかっての!」

 

大柄の男は小柄の男の服の首根っこを掴むと、そのまま力に任せて持ち上げた。小柄の男の方は足が地面から離れそのまま足をバタバタさせていた。

 

「お、お頭……! く、苦しいです……」

 

「ならとっとと取り返してこい! あと2時間以内に取り返してこなかったらお前はクビだ!」

 

そのまま服を掴んでいた手を離され、重力に従って地面にお尻からぶつけた小柄の男がい小さい悲鳴を上げた。大柄の男はそのまま怒った様子で脇道から出て何処かへ行ってしまった。

脇道にはレジスと小柄の男しか残らなかった。

 

「大丈夫か?」

 

ひとまず小柄の男を起こそうと手を差し出す。

 

「あ、すまねぇ。……へへ、女の子に手を差し出して貰うなんてついてるなぁおいら」

 

顔はフードで隠してあるが、声色と前からは服装が普通に見えてしまうのでそれで女だとわかったのだろう。頬を少し赤らめながら照れたように差し出された手を掴みそのまま起き上がった。

それにしてもさっきまであんなに怒られたというのにまるで元気をなくしていない様子だ。

 

「……それで? あと2時間で見つけられるのか?」

 

「うっ……」

 

今度は逆に一気に元気をなくしてしまったようだ。確かにこんな広い街で盗まれた荷物を見つけ出すのは至難の技だろう。

一体どんな経緯で盗まれたのかは知らないが、荷物番を任されたにもかかわらず荷物を盗られたのは明らかにこの男の自業自得であろう。

故にレジスが手伝う義理はないのだろうが、今は暇を持て余していたレジスはフードの下でニヤリと唇の端を上げて「いい暇つぶしができた」と呟いた。

 

「その荷物探し……手伝ってやろうか?」

 

そう言った直後男の顔が驚きに満ちた顔をし、すぐに笑みになった。

 

「ほ、ほんとか!? 手伝ってくれるんか?見も知らぬおいらを!? ……いやー世の中優しい人もいるもんだなぁ、お頭もこのくらい優しかったらどれだけ…」

 

「だが……タダ働きはしない主義でね……」

 

右手の親指と人差し指で輪っかを作り、それを男に見えるように差し出す。男はそれの意味を悟ったのか慌てて懐から小さな袋を取り出し口を緩めて中身を確認する。

 

「……銅貨10枚」

 

「………」

 

「15枚」

 

「………」

 

「――銀貨3枚」

 

「もう一声」

 

「………………銀貨…5枚」

 

「よし。早速探しにかかろうか」

 

男はがっくしと落ち込む様子を見せるがレジスは気にしない。男もこのまま1人で探して見つからずにクビになるよりは、多少の出費をして少しでも見つける確率を上げる方がいいと考えたのだろう。案外あっさりと成功した交渉にレジスはまたもや笑みを浮かべる。

リアルで生活していた頃探偵という職業をやっていたせいなのか、仕事を終えたあとの報酬を貰うという行為がレジスは好きであった。この世界に来てからもそれは変わらず、こういうことをする時は基本レジスは報酬をねだるのだ。

それに路銀がなければ旅もできない。お金はいくらあっても困らないものだ。

 

「それで、誰に盗まれたかは分かってるのか? というよりどうして盗まれたんだ……しっかり荷物を見張ってなかったのか?」

 

「いや……それがだな。喉が渇いちまって、ショーに使うはずだったワインを1つ荷物から拝借して飲んでたんだが……その……よ、用をたしたくなっちまって近くの店で便所借りに行ったんだ」

 

なるほど、その間に盗まれた感じだろうか。だとしたらやっぱり自業自得である。

 

「しかし勝手にワインを飲むのはどうかと思うが……」

 

「し、しょうがねぇだろ。ここ最近ワインどころか酒も飲めなかったんだ。どうせショーが終わった後はいつも何本か余るから……いいかなぁって……」

 

後半は少しどもりながら小さい声で言い訳を言う。

 

「まぁ、私がとやかく言っても仕方がないか……で? その間に盗まれたという感じか?」

 

だが予想と反して男の答えは少し違っていた。

 

「うーん……まぁそういうことにもなるかな? ただ、盗まれたのはおいらがちょうど便所からここに戻ってきた時なんだ」

 

男はさらに続ける。

 

「便所からここに戻ろうとここの脇道に入った時だ。なーんか変な物音がするなと思ったら誰かが荷物を漁ってたんだよ。そんでおいら怒鳴り声上げて「何してる」って言ったら慌てたように荷物を丸ごと持って走り出したんだ……もちろん追いかけたさ、だがあまり重たくないとはいえ荷物を抱えてるにもかかわらずものすごい速さであっという間に距離を離されちまったんだ」

 

「ふむ……その盗人の容姿はどんなだった?」

 

顎に手を当ててしばらく考える素振りをする。

 

「えーと……確か、緑の上着を着ていた……ちょうどおいらくらいの身長の女だったな」

 

緑の上着とはなかなかに目立つ服装をしているようだ。これは探すのは少し楽になりそう……いや、普通に考えて犯行時の服装とは違うのに着替えてる可能性が十分にある。

 

「顔はみたか?」

 

「いや……よく見る前に走り去って行ったからよくわからなかったな」

 

「そうか……」

 

今わかっていることは、犯行時は緑の上着を着ていて身長はこの男と同じくらいだということだけだ。これだけの情報で探すのは流石に骨が折れそうだ。

 

「他に何か手掛かりになりそうなことはないか?どんな事でもあったら教えてくれ」

 

一見なんの変哲も無いことが手掛かりになったりするものだ。

 

「そうだなぁ……確か逃げてく盗人を止めようと持っていた飲みかけのワインをぶつけてやろうと投げたっけな。結局壁にあたってせいぜい中身が盗人にかかったくらいかなぁ。ほらあそこに破片が落ちてるだろ?」

 

指をさした先には確かにワインが入っていただろうボトルの破片と中身の紫色の液体が石畳の道を濡らしていた。レジスはそれに近寄って匂いを嗅いでみる。匂いからしてこのワインの中身はブドウ酒なのは間違いない……つまり先ほどから感じていたこの辺りを包んでいるこの匂いはこれが原因であることがわかった。

 

「……中身は確かに盗人にかかったんだな?」

 

「え?あ、あぁ。肩あたりにかかってたはずだから、あの派手な緑の上着に今頃洗ってもなかなか落ちないシミができてるだろうよ」

 

「ん。なら追跡は簡単だな」

 

後ろで男が、え?そうなの?と疑問の声を上げている。確かに盗人の肩にワインがかかった……それだけで追跡は簡単だと断言されれば当然の疑問であろう。しかしレジスはしっかりとした自信があって断言していた。

 

「匂いだよ」

 

「は?」

 

男から気の抜けたような声が出る。

 

「盗人にワインの中身……独特な甘い香りを出すブドウ酒がかかったということは匂いが染み付いているということだ。その染み付いた匂いの後を追えばいいだけの話さ」

 

「ど、どうやって追うんだ?」

 

「嗅いで」

 

「………」

 

もはや気の抜けた声を出すのもできないくらいに呆れたような表情をする男。

 

「あのなぁ姉ちゃんや。そんな獣みたいな事できるわけないだろ? それとも姉ちゃんは実は獣だって言うのか?」

 

「残念。私は“あくま”で人間さ」

 

納得しきれてない男にレジスは説明を付け足す。

 

「私は普通の人より少しばかり鼻が利くのさ。実際に匂いで追跡をするなんてことは何回もしているよ……って言っても信じないか。ともかく私にはわかるのさ」

 

デイドラロードという悪魔系種族になった影響なのかはわからないが、人間だった頃に比べて遥かに嗅覚や視覚と言った感覚が明らかに、そして飛躍的に上がっていた。

それでも納得してないような表情を浮かべている男を無視して次の確認を取る。

 

「他には何かあるか?」

 

その言葉に男は首を横に振って否定を示した。

 

「なら早速追うとしようじゃないか。時間もないしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして自分はこの場にいるのだろうか。できるならこの場から逃げて愛する姉妹達と優雅にお茶会でもしてたい……

そんな気持ちを必死に抑えているのは、ナザリック地下大墳墓の戦闘メイドプレアデスの1人、ナーベラル・ガンマである。

彼女は今自らの主人、モモンガ……もといアインズ・ウール・ゴウンの部屋の書斎にいた。今ここにいるのはナーベラルを含めて4人。自分と、主人であるアインズ。守護者統括のアルベド、そして守護者の1人である悪魔のデミウルゴスだ。

普段ならメイドという地位のナーベラルは外で待機しているところだが、それはアインズによってここに居ろという命を受け部屋の中にいる。そしてナーベラルは今部屋のちょうど中央らへんで跪いていた……ナーベラルの隣にはデミウルゴスが見惚れるような立ち姿で目の前の現状を黙って見ていた。ナーベラルもまたその現状を跪きながら見ていた。

 

「どうして! どうしてですか!? 何故私ではないんですかアインズ様!」

 

「お、落ち着くのだアルベドよ……」

 

目の前の現状とは、アルベドがひどく動揺したような様子で膝立ちをしていてアインズのローブを両手で掴みながら、涙目で疑問の言葉を投げかけているという現状である。

さながら捨てないでと飼い主に懇願するペットのようだ。

どうしてこんな事になったかというと、時は数十分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私が……ですか?」

 

「あぁ、そうだ。色々と検討した結果お前が適切だと判断した……やってくれるか?」

 

「も、勿論でございます! この命にかけても御身をお守りいたします!」

 

アインズに呼び出されて、てっきり何か失態を演じてしまったのではないかと思い、それが勘違いだったと理解して改めてアインズの前に跪いたナーベラルにアインズはこう告げたのだ。

 

『私は近いうちに、この世界のある都市……エ・ランテルという所に向かう事にした。よってナーベラルよ、お前に私の護衛を頼みたい』

 

と……その言葉の意味を一瞬理解できず固まってしまったが、ようやく意味の咀嚼を終えるとナーベラルに襲ってきたのは歓喜という感情であった。

当然のことであった。このナザリックにいる僕は全て至高の41人に仕えるためだけに存在をしている。その至高の41人の頂点に立つ至高の方…要するにアインズのことを指すが、そのアインズの護衛を任されるということは最高の栄誉である。嬉しさのあまり表情が崩れかけるがなんとか至高の方の前でも恥じる事ない真面目な顔を保つ。そして主人の、やってくれるか?という言葉にナーベラルは元気に答えたのであった。

しかし、この時は嬉しさのあまり、どうして自分なのだろうか?という疑問はナーベラルの頭にはなかった。そして後で地獄を見る事になるとも知らずに。

 

「さて、この事を守護者達にも伝えないとな。まずはアルベドとデミウルゴスあたりに説明をしておくか」

 

アインズはナーベラルを呼び出したように伝言の魔法を使いアルベドとデミウルゴスを呼び出す。呼び出して1分もしない内にアルベドがやけに興奮したような様子でやってきた。なんでもアインズに部屋に呼び出されててっきりベッドの上での仕事かと思ってたらしい……そうではないとアルベドに向かってアインズが言った後のアルベドの顔は絶望していた。

ほどなくしてデミウルゴスもやってきて、3人はアインズの前に跪く。

アインズはナーベラルに話した通り、自らがエ・ランテルに行くことを伝えた。当然の事ながらアルベドとデミウルゴスの2人はその事にあまり納得していないような様子だった。ナーベラルもまた危険すぎるという理由で1度アインズに説得をしたのだが、聞き入れてはもらえなかった。

なんとか2人にもその事を納得させると、不意にアルベドがアインズに尋ねたのだ。

 

「それでは、供は誰にいたしますか?やはりここはいざという時にアインズ様の盾になれるような…例えば守りに特化した私などがよろしいかと…」

 

腰に生えてる黒い翼をパタパタさせながらアルベドはアインズの答えを待っている。確かにアルベドの言うことは間違ってはいない……だからアインズは間違いなく自分を選ぶだろう……そうアルベドは考えていたが、その期待はすぐに裏切られた。

 

「あぁ、供ならもう決めているぞ。ナーベラルを連れて行こうかと思っている」

 

「そうですか。やはりナーベラルですか……ん? ナーベラル?」

 

アルベドの翼が動きを止めた。

 

「……申し訳ありません。今耳の調子が悪いのかよく聞こえませんでした。もう一度聞かせてはもらえないでしょうか?」

 

「ん? だからナーベラルを連れて行こうかと思っている」

 

「………」

 

無言で信じられないようなものを見るような顔でアルベドがナーベラルに視線を向けてくる。そして、ナーベラルの背中にゾワリとした感覚が襲ってきた。

 

(あ、アルベド様……おやめ下さいその視線だけで人を殺せそうな目をこちらに向けてくるのは……)

 

正直そう言葉に出したかったが、出せなかった。

冷や汗が止まらない。このままここにいたら自分は消されてしまうのではないか? そう思い始めるナーベラル。

 

「アルベド?」

 

固まってるアルベドに不審を持ったアインズが語りかける。そして、冒頭のやり取りに発展したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりの恐怖にナーベラルは目の前のアインズとアルベドの口論の内容が全く頭に入ってこなかった。時折こちらに視線を向けるアルベドの顔は相も変わらずこちらを殺せそうな目をしていた。ナーベラルの頭の中にあるのは早く帰りたい、である。

そして、その永遠に続くと思われたナーベラルにとって地獄のような時間はデミウルゴスがアルベドに何か耳元で囁いた事によりようやく終わった。

そして、最終的にはアルベドもデミウルゴスもアインズの提案を呑みようやく解放されたナーベラルは、アインズの自室から出て準備等の用事を済ませようとナザリックの第9階層の廊下を歩いていた。

 

(……はぁ、なんだかとっても疲れたわ。……それにしてもどうして私を選んだのかしらアインズ様は)

 

しかしいくら考えても答えは出なかった。故にナーベラルは後でアインズ様本人にお伺いすればいいかと考え廊下を歩く。そして聞き覚えのある声が自分を呼び止めた。

 

「ナーベラル・ガンマ」

 

「! ……あ、アルベド様。ど、どうかされましたか?」

 

呼ばれてみて、後ろを振り返るとそこにはアルベドがいた。ようやく収まった恐怖が再びこみ上げてきた。

 

「大丈夫よ。別に取って食おうというわけではないわ。ただ、貴女にちょっとお願いをしたいだけよ」

 

「お願い……ですか?」

 

一体何を言われるのだろうかとヒヤヒヤしているナーベラルを無視してアルベドは続けた。

 

「えぇお願いよ。貴女はこれからしばらくの間アインズ様と一緒に行動をする……つまりアインズ様と一緒に居る時間が増えるということよね?」

 

「そ、そうなりますね……」

 

アルベドがだんだんこちらに迫ってきて、つい後ずさりをしてしまうナーベラル。やがて壁に背中がつき、もう後ろには退がれなくなったところでアルベドが片方の手をナーベラルの顔の横あたりの壁にドンッ!という音を出して手のひらを押し付けた。いわゆる壁ドンというやつである。

 

「いい? 貴女に頼みたいことはそれほど難しいことではないわ。ただ旅の途中でアインズ様に私の魅力とかをアピールして欲しいのよ……簡単でしょ?」

 

「アピール……でございますか?」

 

「そうアピールよ。今シャルティアはナザリックには居ないのは貴女も知ってるわね? つまりこれは私がアインズ様の第1妃になれるチャンスなのよ! シャルティアが居ない内にアインズ様に私の魅力を全て伝えることで間違いなく私はアインズ様と……くふー!」

 

アルベド様ご乱心。

 

「貴女はアインズ様に私のことをアピールする。そしてアインズ様が私に対してどう思っていらっしゃるのかを定時報告の時でいいから教えて頂戴。……もちろんやってくれるわね?」

 

ここでもし断りでもしたらナーベラルに明日はないだろう。

 

「もちろんでございます。私はアルベド様を応援いたします……」

 

「よく言ったわ! それじゃあ頼んだわよ〜〜♪」

 

鼻歌まじりにスキップで去っていくアルベドの背中をナーベラルはただ見つめることしかできなかった。




10/11
誤字報告ありがとうございます

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