「……すいません、もう一度言ってくれませんか?」
モモンガは机を挟んで向こう側に座っているレジスに向かってそう言った。
「ですから、俺って父親なんでしょうか? それとも母親?」
「聞き間違いじゃなかった! え、いきなりどうしたんですか?」
突然、父親か母親……どっちかと聞かれて即答できるほどモモンガの頭の回転は速くない。
なので物事の順序を確かめなければならない。
「いえ、NPC達って自分を創った創造主のことを親と感じてる節があるじゃないですか」
「まぁ……そうですね」
親……と感じてるとは言い切れないが、自分の創造主を何よりも一番に想っているということはモモンガも知っていた。
以前のシャルティア戦で、アインズより
「それでこの前の件も含めて、一度シャルティアと話し合いをしたいなって思ったんですよ」
「あー……」
確かにシャルティアは、ペロロンチーノとレジスの二人が共同制作で作り上げたNPCだ。
なのでレジスも創造主に当てはまるといえば当てはまる。
「で、俺は父親なのか母親なのかどっちかなって」
「……ごめんなさい、なんでそう思ったのか結局理解できませんでした」
経緯を聞いても理解不能だった。
「……配下の者に聞いたんですけど、どうやらシャルティアは今相当塞ぎ込んでしまってるらしいんですよ」
「……そうですね」
その話はモモンガも聞いた。
洗脳される前後の記憶がすっぽりと無くなっているシャルティアだが、デミウルゴスから全ての事実を聞かされた途端それはもうショックを受けたようだ。
それからというもの、意気消失気味になり毎日のようにため息をつきまくってるらしい。
レジスが帰還したとはいえ、そのレジス本人にも迷惑をかけたということで、『私にはレジス・エンリ・フォートレス様とお会いする資格なんてないでありんす』といったりもしてるらしい。
「確かに重症だよなぁ……」
シャルティアからしたら、きっと今すぐにでもレジスに会いに行ってその胸に飛び込みたいくらいの歓喜を感じているはずだ。
しかし自身の失態から来る罪悪感がそうさせてくれないのだ。
「えぇ、なので荒療治にはなりますが、こっちから会いに行って話す事にしたんですけど、創造主として……親としてどう接したらいいのかわからないんですよ、父親? それとも母親? もしくは祖父……」
あぁ、成る程。
ようやくレジスの考えがわかってきた。
親のことなんてあまり知らないモモンガだが、父親、又は母親が子供に接する時の違いくらいはわかる。
父親は子供に厳しく、母親は優しく……みたいな感じで、レジスはどのポジションからシャルティアと話せばいいのか悩んでいるということだ。
「……けど普通に考えて父親の選択肢しかないと思うんですけど」
レジスさんはリアルでは男だし。
一度ギルドメンバーでオフ会なるものを開き、リアルで集まったことがあるのだが、その時みたリアルのレジスさんは皆がハードボイルドな男だ……と感じるほどダンディな外見だった。
そもそもそんなポジションとか気にしなくてもいいのでは……?
「まぁそうなんですけどね、でも一応ほら……」
レジスがあるアイテムを使い、その姿が変わっていく。
「母親にもなれちゃうんですよ」
「あー」
その姿はレジスがアバターコンテストで作ったアバターの姿だ。
それはまるでシャルティアを成長させたかのような外見だ。
というか……
「やっぱりあの時道を聞いた相手って、レジスさんだったんですね……」
「……やめましょう、その話は」
後から気づいたのだが、実はエ・ランテルでモモンガとレジスは会っていたという新事実が明らかになった。
お互いが本来の姿ではなかったので、気づかないのも無理はないのだが……しかし同時にどうして気付けなかったと責める自分もいるのは確かだ。
「……取り敢えずこのまま悩んでいても仕方がないので、会いに行ってきますね。細かいことはその後考えます」
「あ、はい。その、頑張ってくださいね」
今シャルティアの心の傷を癒せるとしたら、それは自分ではなくレジス本人だろう。
自分ができることといえば、エールを送ることだけだ。
そして部屋からレジスが転移して消える……
「……親かぁ」
一人になった部屋でモモンガが頭に思い浮かべたのは、自身が作ったNPCのこと……
「黒歴史とはいえ、そのうち俺もちゃんと向き合わないとダメだよなぁ……」
「あのねシャルティア、あんたの気持ちはよーくわかるよ? けれどいつまでもそんなクヨクヨしてたって意味ないでしょ?」
「そうでありんすね」
「だ、大体今回の件は仕方がないというか……兎も角、全部があんたの責任ってわけじゃないってアインズ様も仰ってたでしょ!?」
「そうでありんすね」
ぷつん、と何かが切れた音がした。
「だぁぁぁもう! いい加減にしなさいよ! その態度腹立つからやめなさい!」
「そうでありんすね」
「!!!!?」
「お、おねぇちゃん! 落ち着いて!」
第六階層の円形闘技場、何層にもなる客席のある場所で、ぼーっと座っているシャルティアに対して、闇妖精のアウラが今にも殴りかかりそうなのを、その弟のマーレが必死に止めていた。
最初こそ、階層の廊下をぼけっとしながらフラフラと歩いているシャルティアを少しでも元気付けようとここまで連れてきたのだが、何を言っても『そうでありんすね』としか言わない。
せっかく精神支配からも解放され、レジス・エンリ・フォートレス様もご帰還なされたというのに、シャルティアはいつまでたってもこの調子だ。
「……あーそう、じゃあもう勝手にしろ、この貧乳!」
「そうでありんすね」
いつもなら何か言い返してくるというのに……これはもう本格的にやばいのかもしれない。
「行こうマーレ、こんなやつほっといて」
「う、うん……」
あの調子では私やマーレが何を言ったって無駄だろう。
そのうち時間が元どおりにしてくれるのを待つしか……
「あ、おねぇちゃん。誰か来たみたいだよ」
弟のマーレが、円形闘技場の入り口の方を見ながらそう言った。
確かに誰かやってきたようだが……
「んー? ……れ、レジス・エンリ・フォートレス様!?」
その正体を知るや否や、マーレと共に急いで階段を駆け下り、下へと降りる。
本当はここから飛び降りた方が楽なのだが、以前マーレに『せっかく階段があるのに、使わないともったいない』と言われたので仕方なく使う。
「……アウラとマーレか」
「い、いらっしゃいませ、レジス・エンリ・フォートレス様!」
「いらっしゃいませ!」
突然の来訪に少し驚きながらも、何とかいつもの調子でまずは挨拶をする。
「えっと、今日は如何なさいましたか?」
「あぁ、シャルティアがここにいると聞いたんだが……」
なんと要件はシャルティアらしい。
「シャルティアなら……あそこです」
指をさした先には、ぼけっと空中を見ながら闘技場の客席に座っているシャルティア。
「す、すいません……私たちも色々と試したんですけど、ずっとあんな感じで……」
「いや、ありがとうな。後は任せてくれ」
そう言ってシャルティアの元へと向かうレジス・エンリ・フォートレス様。
「……大丈夫かな、シャルティアさん」
「……どのみちもう私達の出番ないよ、後はお任せして私たちは見守ろうか」
意識ははっきりしている。
特にバッドステータスになっているわけでもない。
だというのにこのモヤモヤする感じはなんなのだろうか。
もしかして、これが虚無というものなのかもしれない。
自分はある至高のお二方によって創られた。
強さをいただいた、武器や防具もいただいた、美しい容姿をいただいた……素敵な名前を与えてくださった。
だから自分はこれまでの間、このナザリックに忠義を尽くした……例えあのお二方が去ってしまった後であっても……
しかしある日私は失敗した……
任務を遂行できず、挙げ句の果てに正体不明の輩に精神支配され、ナザリックに矛を向けてしまった。
その時のことは何も覚えていないが、それが事実であることを認識した途端、心に何か出来物ができたような感覚がした。
それ以来、何もかもがどうでもよくなった。
だからだろう、レジス様がご帰還なされたと知っても、素直に喜べなかったのは。
それどころか、そのレジス様にさえも迷惑をかけたのだ。
そんな私があの至高の御身に顔向けなぞできるはずもない。
このまま消えて無くなってしまいたい。
ここ最近はその言葉がずっと頭の中で反響しっぱなしだ。
「———シャルティア」
あぁ、ついに幻聴まで聞こえてきた。
あれだけの失態をしたのだ、まさかレジス様自ら自分の所に来るなんてありえるわけが……
「シャルティア」
「……え」
しかし幻聴かと思ったそれは、その声と共に私の肩に何かが触れたことにより現実だと知らされた。
「!!!? れ、れれれれれ……!」
「落ち着け、呂律すら回ってないぞ」
肩に触れたのは、レジス様の手だった。
突然の出来事に、本来必要のないはずの呼吸が苦しくなる感じがした。
「ど、どうして……」
何とか捻り出せた言葉はそれだけだった。
「なに、お前が元気がないと聞いてな。俺はその原因の一つでもあるだろうと思って、こうして責任を取りにきた」
「そ、そのようなことはございません! レジス・エンリ・フォートレス様に責任など!」
不思議と声が震える。
「全ては……全ては私が……」
その先は言えなかった。
口に出すのが怖かったからだ。
「……私は、
ふと、唐突にそんな言葉が口から出た。
あまりにも不敬な質問だ。
しかし今の自分には明確な答えというものが必要だったのだ……例えそれが、残酷な答えであっても。
「…………」
しばらくの間、静寂がこの場を支配する。
そしてそれを破ったのはレジス様だった。
「……シャルティア」
「……はい」
息を飲み込み、覚悟を決める。
「いったん俺の部屋に行こうか」
「……はい?」
しかしその言葉の意味が一瞬理解できずに、思考がフリーズする。
「え、あの……ひゃあ!」
そして有無を言わせず、レジス様に抱き抱えられた。
これは確か、お姫様抱っことかいうやつだ。
そしてそのまま下に連れていかれる。
「れ、れじすさまぁ……?」
「アウラ、マーレ、しばらくシャルティアと二人きりになりたいから、俺の部屋の近くを人払いしておいてくれないか?」
「「は、はい!」」
双子が元気な声で反応をする。
そして今の自分の顔は血のように真っ赤だろう。
嬉しさと恥ずかしさが混ざり合って、もうなにが何だかわからなくなってきた。
ナザリックにある自身の自室、そこに少し大きめの椅子に座り込み、未だに部屋の入り口でオドオドしているシャルティアを呼ぶ。
「ほら、いつまでもそこに立ってないで、ここに座ってくれ」
そう言って、座っている自分の膝の上を指差す。
「で、ですが……」
「いいから、ほら」
しかしなかなかシャルティアも頑固というべきなのか、一向に動こうとしない。
仕方がないので、一度椅子から立ち上がり、シャルティアを再び抱き上げ無理矢理座らせる。
それでようやく観念したのか、特に抵抗はしてこなかった。
「痛くないか?」
「だ、大丈夫です……」
鎧を着たままだったので、座り心地を心配したが、どうやら平気そうだ。
(……昔は父さんにもよくやってもらったなぁ)
ふと育ての父親でもある人に、子供の頃よく膝の上に座らせてもらったことを思い出す。
「あ、あの……」
緊張でもしてるのか、小刻みに震えるシャルティア。
「気を楽にしてくれ、今からお前に一つ昔話をしようと思ってるんだ」
「む、昔話……ですか?」
そして空中にぽっかりとあいた穴に手を突っ込み、一冊の本を取り出す。
「これが何か分かるか?」
「……いえ」
まぁ当然だろう。
表紙にはタイトルすらも書かれていないのだから。
「これはある『記録』を残したものだ。言い換えれば、日記だとかアルバムともいえるな」
そして、本をシャルティアの前まで持っていき、表紙を開く。
そして気づく……この構図、なんだか子供に読み聞かせをしているような図だなと。
表紙を開くと、そこには何枚かの写真が収められていた。
「えっ……ペロロンチーノ様?」
シャルティアがぽつりと言った。
おそらく最初の一枚目の写真を見ての反応だろう。
その写真には金色の派手な鎧を着たペロロンチーノと、漆黒の鎧を着た自分がツーショットで写っていた。
「その写真はな、俺とペロロンチーノさんがある事を実行すると決めた時に記念に撮ったものだ」
案外ペロロンチーノさんはマメな所がある。
この本だってペロロンチーノさんが記録を残しておきたいと言ったから今ここに存在しているのだ。
「その……ある事とは何のことなんでしょうか?」
「まぁ待て、俺の話を聞いてればわかってくるさ」
そう言って収められた写真一枚一枚を説明していく。
「これはある洞窟ダンジョンに二人で潜った時のやつだ、けど思ったよりも内部が狭くてな、ペロロンチーノさんの武器が役に立たなかったから、結局俺が殆ど敵を片付けたんだ」
「さ、流石でございます!」
それは、武器を一心不乱に振り回している自分が写った写真を。
「こっちのは、とある素材を求めて砂漠地帯に行った時のだ。障害物がなく、広い場所だったからペロロンチーノさんが活き活きしてたな」
「素敵です! ペロロンチーノ様!」
それは、上空を優雅に飛び回るペロロンチーノの写真を。
「それは確か、同じ素材を狙ってたプレイヤーに襲われた時のやつだ。まぁ返り討ちにしてやったけど」
「おのれ……人間の分際で偉大なる至高の方々を襲うとは……今すぐ報復しにいきましょう!」
「いや、もう終わったことだからな?」
それは、勝利のポーズをとる自分とペロロンチーノの写真を。
一枚、また一枚と順番に説明していく度に、シャルティアの反応は段々と良くなってきた。
そして気が付けば、最後のページに差し掛かっていた。
ゆっくりとそのページを開いていくと、そのページにはたった一枚だけの写真と文字が書き込まれていた。
「あ……」
シャルティアがそれを見て何かに気づいた様子だ。
顔は位置関係上よく見えないが、きっと目を見開いているだろう。
「気づいたか? この本にどんな意味があるのか」
「……はい」
その写真には、自分とペロロンチーノ……そして『シャルティア』が写っていた。
そして写真の下には、『ついに完成!』の文字……
「そう、これはお前というNPCを創るまでの過程を記録したものだ……シャルティア」
つまりこの本は、シャルティアが誕生するまでのアルバムということだ。
「実はな、お前を創るための素材やら何やらは全て俺とペロロンチーノさんが集めたんだ。他のギルドメンバーの力は一切借りずにな」
シャルティアは何も言わない。
「今思えば相当無茶したと思う、けどなんでか俺たちは意地になってな。絶対に二人だけで完成させるんだーって」
シャルティアは黙ったままだ。
しかし言葉を繋げていく。
「そして長い時間と労力を使って、ようやく終わった」
シャルティアがプルプルと震えだす。
「……それじゃあ先程のお前の質問に答えようか、シャルティア」
息を大きく吸い、深く深呼吸してから口を動かした。
「シャルティア、お前の存在は価値あるものだ。理由は簡単、俺とペロロンチーノさんが手間暇かけて創ったお前に価値がないわけないからな」
今まで押し殺していたのであろう、シャルティアが静かに泣き出す。
「失敗は誰にだってある、それをいつまでも引きずるのはよくないことだ。だから同じ失敗を繰り返さないようこれから頑張っていけば良い」
「はい……!」
シャルティアの頭を優しく撫でてやる。
「それと、もしお前に『価値なんてない』という輩がいるのなら、俺が許さん。例え誰だろうとな……お前は大事な大事な俺の娘だ」
そう言うとシャルティアは、もう恥なんてどうでもいいといわんばかりに大泣きし始めた。
というかアンデッドなのに涙とか出るんだな……なんて場違いなことを思ったのは内緒だ。
「……すまなかったなシャルティア、お前を置いて行ってしまって」
もし……もし自分がナザリックを去らずに、モモンガさんと同じように最後まで残っていたら、今回のような悲劇はなかったのかもしれない。
そう考えると、自分にも責任はあるのかもしれない。
だから俺は決めた。
「シャルティア、約束しようか」
「ぐすっ……約束ですか?」
そう、約束だ。
「あぁ……『約束』は俺にとっては、希望の言葉でもあり、呪いの儀式でもある。俺は取り決めた約束事は必ず貫き通す主義だ……だからお前に俺はこう約束する」
シャルティアの右手の小指に、籠手を外した自分の小指を絡ませる。
「もうお前を悲しませたりはしない……そしていつの日か俺とペロロンチーノさん、シャルティアでまた写真を撮ろう。再開の記念写真を……」
ご要望があったのと、どうせなら勢いに任せてもう一つ番外編をと思いまして……
前回と今回の番外編は、一応シャルティア戦後の時系列に沿っていますが、これからの番外編は時間が飛んでたり、もしくは過去の出来事を話しにするかもです。
それではまたどこかでお会いしましょう。