どうしてこうなってしまったのだろうか。アインズは声に出さず、己の心のうちでその言葉を何度も繰り返していた。
先日、エ・ランテルにて依頼主のンフィーレアが攫われるという事件があった。攫った連中はンフィーレアの能力を使い、街をアンデッドによるパンデミックを引き起こそうとしていたらしく、アインズはナーベラルとおまけでもう一匹、ハムスケを連れてそれを解決することに成功した。
しかし、その後に待っていたのは、ナザリックのNPCのうちの一人……シャルティアが反旗を翻したという事実だった。
最初はまさか、と疑った。しかし調べていくうちに、シャルティアは何者かに
そして妙なことにシャルティアを精神支配した者は姿を見せず、シャルティアに何も命令しないまま姿を眩ましている。こちらを誘っているのか、それとも何か別の理由なのかは知らない。もし自分の前に犯人が現れたときは……
「あはははは!」
いけない、今はこちらに集中しなければと、アインズは武器を振るう。
実は、今アインズの目の前でど突き合いをしている相手こそがそのシャルティアなのだ。
シャルティアを精神支配から救い出す方法は大きく分けて二つ。ナザリックにある世界級アイテムを使うか、シャルティアを殺すかだ。前者の方法ならほぼ確実に精神支配を解除できるだろう。しかし今後のことも考えると、一度しか使えないほど強力な世界級アイテムを使用してしまうのは躊躇われる。そして後者の方法は、シャルティアを殺した後、蘇生をすれば精神支配を解除できるのだが、そもそも蘇生できるかが問題だ。ユグドラシルであれば、大量の金貨と引き換えに死んだNPCを蘇らせることが可能だったが、現実のようなこの異世界でその方法が通用するかはわからない。
(まったく……より確実な方を取らずに、わざわざ危険を冒している俺は本当に馬鹿な男だよ)
結局自分は後者の方法を取ることにした。
「あははは! アインズ様! 先に体力が尽きるのはあなた様のようですね! 体力の基礎となる差がここに来て決定的なものになりましたね!」
シャルティアが勝機を我が物にしたような表情をする。
あの手この手を使い、シャルティアのスキルと魔法を使い果たさせることには成功したが、確かにこのままただのど突き合いを続けていればアインズは負ける。魔法で戦士化しているとはいえ、アインズのステータスなどではガチビルドのシャルティアには及ばないし、シャルティアの持っている武器はスポイトランスといって、相手に与えたダメージに比例して自分の体力を回復するという性能を持っているからだ。
「……本当にそう思うのか?」
しかし策がないわけではない。こうなることは予想できたし、それに対抗する術を持たずに来るわけがない。
自分の言葉に困惑した様子のシャルティア。そしてその場に第三者の声が小さく響く。
『予定したお時間が経過したよ。モモンガお兄ちゃん!』
「ぶくぶく……茶釜さま……?」
シャルティアと戦う前につけておいた腕時計のアラームが鳴った。
「なぁ、何の時間が経過したと思う? 今までの全てが私の計算通りであったとするならば、ここまでの時間の経過もまた想定の範疇だということだな。では、時計が教えてくれた時間の経過はお互いにとって、いったいどんな意味を持つと思う?」
手に持っていた、借りている仲間の斧を手から離すとそれは空気のように消えた。そして代わりに今装備している純白の鎧と同じ色合いをしている盾を出現させる。
「答えは言うまでもないか。決着だよ、勝負の終わりということだ」
自分の言葉にシャルティアが何か叫ぼうとするのがわかったが、実際に言葉としては出てこなかった。
「超位魔法の一撃では体力が満タンであるお前は倒せない。だったら一撃で倒せるまで体力を消耗させれば良いと思わないか? そういえば、先の相打ちで十分に体力はすり減ったよな」
「……あ、あぁ。あああああああ!!」
シャルティアが完全に防御を捨て、攻撃を仕掛けてくる。シャルティアの乱撃を盾で弾き返していく。
「……直接戦闘能力では私の方が低いが……その分、魔法防御力は私の方が上。ならば、言いたいことはわかるよな? 行くぞ、シャルティア。後は私の計算が間違っていないことを祈るだけだ」
シャルティアの攻撃のタイミングを見計らい、大振りな攻撃を弾き返す。そして戦士化の魔法を解除し、超位魔法を発動させる。
あとはこの小さな砂時計の形をした課金アイテムを使用すれば終わる……
(これでようやく……)
シャルティアを解放できる。チャンスは一度きり……これを逃せば勝機は完全になくなる。
骨の手に力を入れ、課金アイテムを破壊しようとする……そして迷いが生じた。
本当にシャルティアを殺してしまっていいのだろうか?
仲間の思いが詰まったNPCのシャルティアを?
本当にシャルティアは復活できるのだろうか?
殺してしまってはもう二度とシャルティアには会えないのではないか?
(本当にこれで……いや、これしかないんだ。ここまで来たのならやるしかない! シャルティアを殺すんだ! 殺せ!)
この一瞬の間に何度も何度も手に力を込める。しかしいくらこめようとしても力は入らなかった。
(くそっ……!)
ここにきて、今まで溜め込んでいた不安がアインズを支配してしまった。いつもならアンデッドの精神作用がうまく働くはずなのに、いくら鎮静化されようとも、すぐに新しい不安が全身を駆け回ってしまう。
「あああああああ!」
「!? しまっ……!」
ふと気がついたらシャルティアはスポイトランスを振りかざしていた。そして戦士化を解除したアインズにそれを防ぐ手段はない。
そしてあっさり腕をランスの先で貫かれ、手に持っていた課金アイテムを落としてしまう。
これは非常にまずい。
「アインズ様!」
ナザリックのとある部屋、そこにはシャルティアと同じく、意志を持ったNPCが三人。一人は背中に黒い翼の生えた女、もう一人は尻尾を生やしたスーツ姿の男。そして最後に水色の甲殻を持つ巨大な昆虫のような姿だった。
そして部屋の中央に置かれたテーブルの上には、水晶玉のようなものが置かれていて、その水晶にはシャルティアによって腕を貫かれたアインズが写っていた。
そしてその様子を見て、アインズの名前を叫ぶのはアルベドという名のNPCだった。
「馬鹿ナ! ナゼ超位魔法ガ発動シナカッタノダ!」
アルベドと同じように声をあげるのはコキュートス。その口からは蒸気のような煙を吐き出していたため、興奮している様子だ。
「これは……まさか」
スーツ姿の男、デミウルゴスが呟く。
三人はアインズとシャルティアの戦いをずっと見ていた。そして先ほどその戦いはアインズの勝利だと確信したのだ。しかし確信するのにはまだ早かったようだ。
三人はアインズが超位魔法を使い、シャルティアにトドメを刺すのは容易に推測できていた。そして発動に時間がかかる超位魔法を、自分たちの主人は何らかの方法で短縮するだろうということも。だが、その予想は大きく外れてしまった。
「おそらくアインズ様は、シャルティアを殺すのを躊躇ってしまわれたのでしょう」
デミウルゴスがそう言う。
「躊躇う……? そんなまさか!」
「アインズ様は慈悲深いお方。それはアルベド、あなたも知っているはずです」
そう、自分たちの主人はとても慈悲深い。それはこのナザリックに存在しているものなら誰でも知っていること。
つまりアインズはその慈悲深き故に、配下であるシャルティアを殺すのを躊躇ってしまったということだ。
「アインズ様……」
しかし三人に今できることはこの場で戦いの行く末を見届けることだ。今すぐにでも主人の許に駆けつけたい、そう思うが、それでは結局主人の意志に反してしまうことになる。忠誠を誓う身としては、それは死ぬよりも恐ろしいことなのだ。
そして三人は水晶を見続ける。
(ふっ……結局最後の最後でヘタれてしまうとは。ギルド長失格だな)
シャルティアを殺すのを躊躇ってしまった。その結果がこのザマだ。これではみんなに笑われてしまう。
「はぁ、はぁ……あ、アインズ様、どうやら、私の勝ちのようです……ねぇ!」
息をつく暇もなく、シャルティアはトドメを刺そうとしてくる。
しかしここで諦めるわけにはいかない。残す限りの力でシャルティアの攻撃を避けながら、次の手を考える。
(もう一度戦士化を……いや、MPが足りない。ならアイテムを使って……)
アインズが思考を張り巡らしている中、それは突然起こった。
『アインズ様!』
頭の中で少女の声が響いた。
『大変です! 何者かが、アインズ様の所へものすごいスピードで向かってます!』
少女の声の正体はアウラというNPCだ。
アウラには周辺の警戒をしてもらっていたのだが……
(なっ……! まさかこのタイミングで!?)
もしかして、シャルティアを精神支配した犯人がこちらに向かっているのだろうか。そうだとしたら、やはりシャルティアを囮にしてこちらをおびき出した……?
(落ち着け、相手がそう出てくるのも予想の範囲内だ。まだ対処はできる)
そのために今まで使わずにおいた課金アイテムを大量に持ってきているのだ。最悪、アルベドにあんな啖呵を切っておきながら、情けないとは思うが、撤退するのも手の内に入れといたほうが良いかもしれない。
『アウラ、その何者とは一人か? 今どの辺に……』
「もらったあああああ!」
しまった。アウラとの念話に夢中になりすぎていたようで、シャルティアにいつの間にか距離を詰められていた。
(まずい! 避けられ……)
この攻撃を食らって仕舞えば、アインズの残り少ないHPは完全になくなってしまう。
隠し持っている課金アイテムを使うのも間に合わない。まるでスローモーションのようにシャルティアの攻撃が迫ってくるのを感じるが、体は素早く動かせない。
絶体絶命だ。そう直感した直後、それは起きた。
「!? なっ!!」
突如アインズ達の上空から何かが降ってきた。そしてその何かはシャルティアとアインズの間に割り込むような形で地面に着地すると、シャルティアを蹴りで押しのけた。
そう、降ってきた何かとは人の形をしていた。背中に剣を背負い、腰にまで届きそうな長い銀髪を風になびかせ、アインズの目の前に背中を見せる形で立っていた。
(あっ……)
アインズはその人物の後ろ姿にデジャブを感じた。
いや、デジャブなんかではない。過去に同じように自分を守ってくれる背中を見たことがあるはずだ。アインズはそう直感し、記憶の本棚からそれを見つけだす。あれは確か……
「ど、どうして見も知らぬ俺を?」
モモンガがユグドラシルを始めたばかりの頃、異形種という種族を選んだばかりに、異形種狩りをしているプレイヤー達に遭遇してしまいPKされかけるなんてことはよくあった。
もう数えるのも面倒になるほど、立て続けにPKをされ、正直ゲームにうんざりしていた。次にPKされたら、もうこのゲームはやめよう。そう考え、若干自棄になっていたモモンガは適当にフィールドを歩き回った。その結果、やはりと言うべきか、案の定PKを狙ったプレイヤー達に遭遇した。
あと一撃でモモンガのHPは尽きる。リアルのストレス解消としてユグドラシルを始めたのだが、逆にストレスが溜まるゲームだったなと思いながら、トドメの一撃を待った。
しかしトドメの一撃はモモンガを襲うことはなく、むしろ逆にPKをしていたプレイヤー達がいつの間にか現れた、純白の鎧と漆黒の鎧に包まれた二人のプレイヤーによりHPを全損させられていた。
そして突如モモンガを助けてくれた二人のプレイヤーに尋ねる。どうして自分を助けてくれたのかと。
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!」
純白の鎧のプレイヤーが、「正義降臨」という課金により使える文字スタンプをでかでかと出しながら、そう言った。
「あーすみません、こいつはこういう奴なんです。ほら、たっちさん、この人固まってるからその自己紹介今度からやめません?」
漆黒の鎧のプレイヤーがそう言う。
「む、中々良い演出かと思ったのだが……おっと失礼、私はたっち・みーです」
「レジス・エンリ・フォートレスです」
二人はプレイヤーカードをこちらに送りながら名乗った。プレイヤーカードはいわゆる名刺のようなもので、その人の大まかなプロフィールを見ることができる。
どうやら純白の鎧は、たっち・みー。漆黒の鎧はレジス・エンリ・フォートレスというプレイヤー名らしい。
「あ、モモンガです……」
こちらのプレイヤーカードを二人に送りながら自己紹介をする。
……今思えば、あの出会いがモモンガにとって全ての始まりだった。
そう、あのとき、たっち・みーとレジスに助けられたときと似たような光景だということをアインズは感じた。
そしてそれと同時に目の前の銀髪の人をどこかで見たような覚えもあることに気づいた。しかしアインズがそれに気付く前に目の前の人物はこちらに振り返り、こう言った。
「モモンガさん……ですか?」
原作では絶対にありえない流れだとは思いますが、私の小説のアインズ様は原作よりも人間味が残っているという作者の勝手な設定が付属されているので、この流れにしました。
気がつけば約一年前くらいなんですね、一話を投稿したの。時間の流れって速い……