俺ガイルキャラ生誕祭!!   作:Maverick

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由比ヶ浜は書き上げた。問題は相模南、貴様だ。

という訳で来週への憂いを抱きながら前日に急いで仕上げた駄作ですが、読んでいただければ作者はグスンと少し涙目で喜びます。

では、由比ヶ浜結衣の生誕を祝って!!


由比ヶ浜結衣生誕祭2017!!
レッツジューシーポリーイエイ


「あたしね、自分の誕生日の6月18日ってのがあんまり好きじゃないんだー」

 

「…いきなり何の話かしら、由比ヶ浜さん」

 

高校三年生の一学期ももう半分すぎた頃、奉仕部の部室でふと由比ヶ浜がそんなことを喋り出した。

…にしてもこいつが自分の誕生日の日にちが嫌いだとは意外も意外だ。というかこいつに嫌いなものとかあったの?それは言いすぎか。

 

「いやね、大体あたしの誕生日の日って雨になっちゃうんだ。それで放課後遊びに誘いにくいというか、雨が気になっちゃって遊びに行きにくいんだ」

 

なるほど、せっかくの誕生日を友人と過ごしたいと、この時点で俺には理解し難い思考回路だがしかしそう考えるのが由比ヶ浜だ、そう思っても雨のせいでなかなか誘いづらいと。確かに雨の中歩いてカラオケに行ったりするには総武はあまり立地がいいとは言えない。ましてや由比ヶ浜はあまり主役になることはなく、どちらかと言えば裏方でせっせか動くタイプの人だ。去年自分でそう言ってたし。自分から主役になろうなんて露にも思わないか。

 

「それでも去年は晴れ…とまでは行かないけれど雨は降っていなかったわ」

 

「うん!でも奉仕部のこと考えてて…それにあの時あたしゆきのんとヒッキーの関係気にしてたじゃん?」

 

言われてみれば、そんな時期もあったなと思い返す。

由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買うために小町も連れて雪ノ下とららぽーと行って由比ヶ浜に遭遇したんだっけか。…ま、まあ確かに万一俺と雪ノ下が付き合っていたとしたら奉仕部に来づらくなるからな。うんうん、関係を気にするのは普通だ。

 

「にしても由比ヶ浜。お前のさっきの発言は俺と雪ノ下を敵に回してるぞ?」

 

「ええ!?なんでぇ!?」

 

「私はあまり気にしないけれど、客観的に見るとそうなのかしらね」

 

雪ノ下の誕生日は1月3日、俺は8月8日だ。

もはや誘うどうこうの話より飛躍してクラスメイトと会わないんだから、仕方ない。由比ヶ浜が強引に誘えば遊べるんだから、まだマシな気がする。

もっとも、俺達は友達いなかったから誘える日が誕生日でもやらなかっただろうけど。

 

「今年はどうしましょうか…由比ヶ浜さん、貴方誰かと、その…誕生日会?する予定はあるのかしら」

 

「んー、特にしようとは思ってないかな。他の人は受験勉強で忙しいし」

 

「なら問題ないな」

 

そう言った俺の言葉を由比ヶ浜は理解していなかった。しかし雪ノ下はどうやら意図を汲んでくれたらしく、こちらを見てふっと笑った。絵になってて危うく惚れて告って振られるところだった、やっぱり振られるのね…。

 

「私は十分合格圏だし」

 

「俺も私立だからな、学年3位の実力があれば夏休みからでいい」

 

ようやく理解した由比ヶ浜が笑顔を浮かべた。俺はある言葉を催促するように由比ヶ浜を見る。可愛く首を傾げて考える由比ヶ浜、数秒して閃くように頭を戻す。

 

「ゆきのん、ヒッキー!」

 

「どうかしたかしら」

 

「なんだ?」

 

「私、誕生日会して欲しいな!」

 

「…ええ、分かったわ」

 

「了解」

 

普通こういうのは俺たち側から誘うものなのかもしれない。それでも、雪ノ下も俺もこういう時どう言うべきかわからなかったから、いつも俺たちを引っ張ってくれるこいつに託した。

こんな距離感が、この距離感こそが、皆が皆を友人と胸を張って言える今が、俺は一番好きだった。だけど、それが本物なのかは誰も知らない。

 

 

 

 

 

時は流れ6月18日、今年の今日は生憎の雨。もう何個か総体総文で涙を飲んだ部活もあるのか、今まで部活に精を出してきたらしき人も今では教室に残って勉強に精を出している。こんな風景を見るとやはりここは進学校なのだと思うし、少し危機感を覚えなくもない。しかし落ち着いて冷静になれば『どうせこいつらは夏休みの半分は遊ぶのだろう』とか思い始めて心に余裕が出来た。俺ってば、最低な子!

そんなクラスの奴らを横目に見ながら俺は教室を後にした。いつも通り部室へ向かう。途中、クラスが分かれた由比ヶ浜のところを通るため、中をチラ見するとそこに居た。こちらにも視線を向けたため気づいていることだろう。もう少し廊下を歩き曲がり角で待つ。

 

「なんで先行くし」

 

「廊下で立ってても勉強してる奴らの邪魔になるだろ」

 

「…それも、そっか」

 

「ああ。…それと、一応おめっとさん」

 

「あ、うん。ありがと」

 

2人で並んで部室へ向かう。由比ヶ浜がいつも通り話しかけてきて、特筆するイベントなしで部室に着く。

ガラガラと由比ヶ浜がドアを開ける。いつも通り、雪ノ下はそこに居た。だがいつも通りではないとひと目でわかるほどソワソワしてた。お前どんだけ楽しみなのん?

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん、比企谷くん。由比ヶ浜さん誕生日おめでとう」

 

「ゆきのんやっはろー!ありがとー!」

 

「おっす」

 

いつも通りの席に各々座る。座ると同時に雪ノ下が本を閉じた。

 

「あの、今日は2人に話があるの」

 

「なになに?」

 

どうして今日という日にわざわざ話をするのだろう、不思議に思った。由比ヶ浜の誕生日であるが故なのか、それとも全く関係ないのか、とにかく俺には話の内容が検討つかなかった。

 

「今日で奉仕部を終わろうと思うわ」

 

「…そっか、もうそんな時期だね」

 

「仕方ないと言えば仕方ないか…」

 

「ええ、ちょうど今日由比ヶ浜さんの誕生日会するついでと言ってはあれなのだけれど、奉仕部の解散パーティというか、打ち上げもやろうかと思って」

 

雪ノ下にしちゃあいい意見だな。と言うかそんなこと言い出すあたりこいつがほんとに雪ノ下か少し不安になったり。

 

「比企谷くん?」

 

「うひゃあ!?な、なんだ…」

 

「気持ちわる…じゃなくて、もちろん今日は貴方も来るでしょう?」

 

心の中読まれたと思ってびっくりしたけど、全然そんなこと無くて挙句の果てに気持ち悪いと言われかけた、別名ヒキガエルの八幡くんです。

にしてもこの女何を言っているのか、今日ばかりは流石に行くわ。はい、すみません。前科沢山あるから信用とか皆無ですよね!日頃の行いが悪い俺が悪い。こればかりは社会のせいにできないだろう。

 

「まあ…さすがに、な?」

 

「嘘、あのヒッキーが素直に来るって言った…」

 

ちょっとー?由比ヶ浜さーん?そりゃさっき俺も信用ないとか思っちゃったけど、でもその反応は少し酷すぎないかな?八幡少し寂しい、というか悲しい。

 

「で、どうすんだ?小町とかも呼ぶつもりか?」

 

「本来ならそうするべきなのでしょうけど…でも私はこの3人だけでいいと思うわ」

 

「そう…だね、うん!あたし1番祝ってほしい人たちはゆきのんとヒッキーだもん!今までお世話になった人たちとはまた今度でいいかな」

 

その由比ヶ浜の言の葉の朱色が雪ノ下に伝染り、雪ノ下の頬が赤くなる。軽く苦笑し、読書しようとする。と、ドアがいきなりバンッと開いた。

 

「やあ、元気かね」

 

「…平塚先生、入る時はノックをと最後まで言い続けたのに直していただけませんでしたね」

 

「いやあ、すまないね。こうでもしないとテンションが上がらないんだよ」

 

で、でたー。平塚先生が現れた!

雪ノ下の口ぶりと、平塚先生の反応から察するにきっと奉仕部解散の件は平塚先生に報告済みなのだろう。『最後まで』という言葉になんも驚かなかったし。

 

「でだ、私がここに来た理由はただ一つ!」

 

「…別に勝敗とか気にしてませんし、誰が優勝でもいいですけどね」

 

「むっ、流石は比企谷。既に察せられるとは」

 

雪ノ下と由比ヶ浜がハッとした。

何時しか平塚先生が火蓋を切って落としたバトルロワイヤルの件だろう、と思ってはいたがドンピシャとはな。

しかしここに平塚先生が来たということはつまり独断と偏見による選考は終結したと考察する。

でもまあ正直俺が欲したものは十二分に彼女達から貰えたし、強いていえばこれからもよろしくしてほしい程度のお願いしかない。

そ、そりゃ俺も男子高校生だし!ちょっとやましい事は考えてなくもなくなくない。結局どっち?

 

「さて、勝敗だが…正直なところ君たちがお互いの領域にどこまで踏み込んでいるか把握していないし、それでは判断のしようがない。そこで、君たち三人で多数決をとってほしい」

 

「もはや独断でも偏見でもなくただの残酷な民主主義じゃないですか」

 

少数意見の尊重なんて無かった。小学校の時も委員会決める時俺のこと数えてなかったなぁ…いや、俺は無票だったのか。今気づいたわ、許さん小学校時代の同じクラスの細川くん。

直接民主制である今回と言えど、母体数が三人だとまともに間接民主制をとってもそっちの方が遥かに数が上だ。どうでもいいな。

 

「君たち三人には机に伏せてもらって手を挙げてもらう。一応匿名で君たちの関係者たちからメッセージというか、推薦文をもらっているのだが、読むか?」

 

「必要ありません。私は既に誰を選ぶのか決めていますから」

 

「あたしもいいです。あたしも、決めてるので」

 

「あ、じゃあそれ借してください。一人で読むんで」

 

正直なところ、由比ヶ浜と雪ノ下は表立って依頼解決に動いたことは少ない。いや、動けなかった、と言う方が正しい気もするが。俺たちとて高校生であるが、ある程度人の裏は読める人間が集まっている。

ならば、顕在していなかった潜在的な依頼の方で彼女たちはなにか活躍していたはずだ。事実、俺もいくつか思い当たるのだから。

俺が俺に手を挙げるのは万に一つもない。ならば雪ノ下か由比ヶ浜に挙げなければいけない、がその時第三者の意見というのはかなり役に立つ。

あるのなら、使わせてもらおう。

 

「そうか。ほら、一応名目上匿名だからな」

 

なるほど、一応といった意味が分かる。それぞれの文を読んでみるとだいたい誰が書いたのかわかる気がするからだ。

一番わかりやすいのが材木座だ。あいつ匿名って意味知ってんの?って言うくらいふんだんに材木座の字がある。どんだけ自分の名字大好きなんだよ。

ふんふん、これは川、川…なんとかさんだな。で、こっちが海老名さんで、それは戸塚だな。他にも三浦一色葉山戸部めぐり先輩陽乃さんと様々な人たちがいた。果てには遊戯部の二人からも来てたぞ…もっとも、材木座に投票してたけど。アイツ奉仕部じゃないんだよなぁ。てかみんなバレバレ。逆になんでこんなにわかりやすく書くのやら。

 

「決めました」

 

その一声が部屋の空気を震わせ、色を変える。

女性方は三者三葉に口の粘液と喉で音を鳴らす。ごきゅり、に似た音が3回鳴った。

 

「では伏せてくれ。黒板に書く必要も無いだろう」

 

俺達は俯く。目を閉じ、今までを振り返る。

去年の四月平塚先生に呼び出され作文についてぐちぐち言われ、その後この部屋に連れてこられドアを開ければ、そこには一人の少女が芸術作品のようにいた。

少女とのふたりきりの時間なんて数日ですぐに依頼人の少女が訪れる。少女と少女の邂逅は少年と少女と少女の運命の歯車を動かすレバーだった。

修学旅行をきっかけに『偽物』になりかけた少年たちは半年かけて本物へ近づいた。どこかの詐欺師もこういうのだろう。『本物よりも本物になろうとする偽物の方がいい』と。

 

「集計が終わったぞ。黒板に結果を書いた」

 

いつの間にか終わっていたらしい。ちゃんと手を挙げたはずだ。そしてお咎めがないのなら、それは…。

 

「比企谷が二票、由比ヶ浜雪ノ下共に一票。比企谷の勝ちだな」

 

つまるところ、こういう事さ。

 

 

 

 

 

「ヒッキーずるいよー!」

 

「ええ、本当に。あんなの反則だわ」

 

「平塚先生は一度も一人一回なんて言ってなかったろ」

 

帰り道、というかカラオケへの道中。両手に花を抱え歩く俺、周りからの目が痛いけどキニシナイ!と言っても歩道に3人傘をさして並ぶのも狭いので俺は若干後ろにいる。まあ、こちらをちらりと睨んでいる雪ノ下は、彼女の傘がビニール製であるため丸見えなんだよな。怖い怖い。

 

「それに、結局お前らふたりとも俺にいれてたし」

 

「純粋な結果としても、内面的な結果としても比企谷くんが一番よ。今回ばかりは勝ちを譲るわ」

 

「ヒッキーはみんなのことをいつも考えてたからね。一番奉仕部らしい姿勢だと思うな、そういうの」

 

「…そりゃどうも」

 

雨の向きが変わった気がしたため傘を前へ傾ける。由比ヶ浜と雪ノ下は足しか見えなくなり、彼女たちの顔はお互いに向き合ったようだ。くすくす笑う声がする。くそ…恥ずかしいじゃん、バカ!

ふと、チラリ後ろを見る。するとこちらへ駆ける赤色の傘が。

 

「せんぱーい!」

 

「…一色?」

 

傘をあげ見えた顔は一色その人のもので、見間違えようがなかった。俺の声に由比ヶ浜と雪ノ下も歩を止めたのを感じ邪魔にならないよう移動する。

 

「はあ、はあ。…ふぅ、今日で奉仕部終わっちゃうんですよね」

 

「ええ、これは以前から私の独断だけれど決めてたから」

 

「でしたら、今日の打ち上げ、無理を承知で私も行かせてください!!」

 

一色がこんなにも奉仕部を想っていたなんて知らなかった。彼女の靴下は雨に濡れてぐしょぐしょで、メイクも少し防水性をあげる必要がありそうなほど、汗をかいていた。それが走ったからか湿気が多いからか、また別の理由かは知らないが。

 

「…今日の主役はあくまで由比ヶ浜さんよ。彼女に聞きなさい」

 

「ゆきのんずるい…私には決められないよ」

 

その言葉はまるで3人の目線を俺に誘導させるための合図で、寧ろ俺はそこにメタファーを感じることさえ出来なかった。

この世に事実婚という言葉があるように、契約や書類上ではそうでなくとも、そのような生活を送っている人たちもいるのだ。ならば、言うなれば、一色は、もはや、事実部員、的な存在ではないだろうか。そのことを拙いながらも表明する。

 

「俺個人としての意見だ…連れていくかどうかは最終的には雪ノ下、部長が決めろ。お前自身の意見を、吐露するんだ」

 

結局彼女の依存癖は治らずじまいのままだ。だからこそ今は彼女の自立に重要で絶好の機会だ。

さあ、雪ノ下。俺はどんな意見も否定しないし、咎めることもしない。望むのなら賛同すらせず付き従おう。いつか言われた『助けて』という依頼はまだ終わってないぞ…!

雪ノ下は困惑したまま口を開く。

 

「そ、そうね…」

 

悩みが息遣いにも顕在していた。

由比ヶ浜がサポートしようとしたのを手で制する。彼女の顔が心配から信頼へ移る。それでいい、それがいい。

 

「私は一色さんのこと、その…いい後輩だと思っているわ。…うちの、部活の…だから、私は一色には参加する権利も義務もあると…思、います」

 

自信の無さからなのか最後が敬語になる彼女、こうさせるのが正しいのかは分からない。

荒療治の一種のつもりでやらせたが、どうやら彼女にとって大きな一歩となったようだ。

雪ノ下を信じてなかった訳では無いが、まさか感情論を述べてくるとは。もう少しロジカルに了承するもんだと思ってた。

雪ノ下の言葉に俺たち三人の顔が綻ぶ。由比ヶ浜が声を発した。

 

「そういう訳だから、いろはちゃんも来てね!ここまで言われて今から行きませんはなしだよ!」

 

「もちろんです!先輩方に私の美声を聞かせて泣かせます!」

 

「ふふっ、いい度胸ね一色さん。私の方が上手いわ」

 

あらー、変に吹っ切れたのか少しテンション上がっちゃってるよ雪ノ下…。

部室では3人でいいと言っていたが、しかし思えば一色はほぼ毎日遊びに来てたからな。由比ヶ浜もほかの知人より思い入れがあったのだろう。雪ノ下に至っては後輩と呼べる唯一の存在となる彼女だ、ここまで言えばもはや断る理由がない。

 

「あ!先輩、私先輩とデュエットしたいです!」

 

「あ、あたしも!!」

 

「…では勝負は比企谷くんとのデュエットでの点数にしましょう…これで自然にデュエットできる…っ!」

 

雪ノ下の小声は聞き取ることが出来なかった、少なくとも聞き間違いだったと思うのですが、というかなんで俺巻き込まれてんの?ちょっと、俺プリキュアとかしか歌えない。いやまあ流石にそれは言い過ぎだけど。

 

「さ、雨がこれ以上強くなる前に行きましょう」

 

「ですねー!」

 

雪ノ下が諭すようにかけた声に一色が応える。

こうして見るとやはり一色が俺たちの後輩に見えなくもない。というか完全に馴染んじゃってるよ、この子。でもまあそれでいいのだろう、きっとこいつも『本物』の原石を持つ者だと思うから。

 

 

 

 

 

カラオケにつく頃には雲と時間のシナジー効果であたりには既に夜の帳がかけられ始めていた。と言ってもここ数週は夏至が近いこともあるし、多分帰る頃にようやく帳が完全にかかるもんだろう。

 

「ヒッキー!部屋空いてたよ!」

 

「ん、おう…」

 

若干憂鬱になりながら3人についていく。だってやだよ、何でこいつらとデュエットしないといけない訳?俺の下手くそさが露見して爆笑されて黒歴史確チャンじゃないの?ワンチャンってレベルじゃないよ?

 

「まずは喉ならししましょうか」

 

そう言いながら雪ノ下は国民的アイドルのドラマ主題歌を入れた。イントロが流れ、雪ノ下のまとう雰囲気が変わる。

 

「夢の〜、中で〜♪君と笑える〜なら〜♪」

 

やはり上手い。男性ボーカルを一音以上ずれることなく歌い上げるあたり根っからの負けず嫌いらしい。

 

「…ふぅ、こんなものかしらね」

 

「うわぁ…雪ノ下先輩上手すぎです!勝てる気しません…」

 

そう言いつつ立ち上がる一色が入れた曲は顔非公開の大人気グループの、季節が真逆と言えるあの名曲。なぜか少し艶やかな顔になる。

 

「どうしてなの?寒い夜は、あなたを思い胸が締め〜つける♪」

 

普段とは違う声のハリが新鮮味を与えつつ、サビでの迫力はカバー歌手顔負けだった。強い、こいつもやっぱ上手いわ。

 

「…んー、今日は少し声のノリが良くないですかね?」

 

「90点だしといてそんな事言っちゃうんだ!…あたし歌いづらいじゃん」

 

俯きながらもマイクを手に持つ由比ヶ浜。歌うつもりはあるらしい。流れてきたイントロは放牧宣言をしたグループの、アニメ映画の主題歌だった。

 

「伝え〜たくて♪届け〜たくて♪あの日〜の君へ〜♪」

 

比較的早いテンポに負けない声質、本家とはまた違った魅力を引き出す彼女もまた、上手かった。

というかほんと君たちハイスペック過ぎない?ほんと俺歌いづらい。全員90点台たたき出すあたりもうやだ。いっそ殺せ。

 

「最後はヒッキーだよ!」

 

「どうしても歌わなきゃダメか?」

 

「ダメよ、今日の主役が歌って欲しいと言っているのだから歌いなさい」

 

しぶしぶマイクを受け取り適当にみんなが知るアニソンを入れる。一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。大丈夫、日曜の昼にwiiで練習しているんだから。小町に怒られるけど…。

 

「つぶらな瞳〜も、鼻にか〜かる♪じゃれた声も、その小さな手も♪」

 

ところどころで歌詞をチラ見しながら歌う。美少女3人に見つめられながら歌うのは恥ずかしかったが、意地で歌いきる。表示される得点に9は無かったが、80後半と自己ベストだった。

 

「まあまあ、ね」

 

「ヒッキー意外とうまい…」

 

「歌ってた先輩かっこよくて惚れそうでした!」

 

3人が思い思いに感想を言ってくる。普通に照れる内容ばかりで顔を背けてしまった。

この後も何曲か歌ったあと、一色が声を上げた。

 

「先輩方に果たし状です!勝負内容は先輩とのデュエットの特典の高さ!」

 

「受けて立つわ」

 

「負けないよ!」

 

んー、やっぱり俺も歌わなきゃダメ?俺の喉のことも考えて慎重に歌う順番が決められていく。抗えぬ、この波に。

 

「じゃあまず私から行きますね!先輩、お願いします」

 

「はあ、やるしかないよなぁ。やだなぁ」

 

イントロが流れる。

 

「雨上がりの虹も、凛と咲いた花も、色づき溢れ出す〜♪」

 

「茜色の空〜仰ぐ君に、あ〜の〜日、恋に〜、落ちた〜♪」

 

時々目を合わせてドキドキしながらアウトロまで到達。いやぁ、緊張した。

 

「91.416ね…いきなり高得点が出たわね」

 

「勝てるか不安だなぁ」

 

一曲のインターバルを由比ヶ浜が歌って、次は雪ノ下とのデュエットとなった。

 

「比企谷くん、これでいいかしら?」

 

「…っ!あ、ああ。いいんじゃね?」

 

近い近い、いい匂い!言ってすぐ顔を背けてしまったことにより雪ノ下の方も恥ずかしくなってしまったようだ。なんか、すまん。

イントロが漏れ出てくる。

 

「「さよなら〜、愛しき人よ〜♪もう二度と会えない、もう会わない、そう決めたのに〜♪」」

 

アウトロが消えた後も2人から感想が出てくることは無かった。2人とも唖然として口があんぐりしている。

 

「95.103。まあ、比企谷君とならこんなものね」

 

「おまっ、俺史上最高得点だぞ!」

 

「比企谷君の初めてをもらったわけね」

 

なんでそんな変な言い方するの?ほら、変に俺の顔熱くなっちゃったじゃん。

この雪ノ下の言葉に意識を覚醒させる言霊でもあったかのようにふたり同時に現実に帰ってくる。

 

「負けるわけにいかないよ、ゆきのん!」

 

「負けました〜。不覚にも感動しました」

 

由比ヶ浜は闘志を燃やし、一色は期待を消化する。

由比ヶ浜が俺に見せてきた曲名を見て絶句する。え、なに。ほんとにこれ?目で訴えかける。

 

「いいから歌うの!」

 

「…えぇ」

 

ええいこうなりゃやけだ。

マイクを構えた。曲が始まる。一色は曲を知ってるのか絶句している。

 

「やあ、こんにちは♪」

 

「こんにちは」

 

「「あ〜あ〜♪」」

 

「ねえ調子どう?」

 

「普通かな?」

 

「「ウーウー♪」」

 

お互いの唇を意識して赤面したり由比ヶ浜の手作りクッキーを思い出して戦慄したり、楽しく歌った。結果は…。

 

「96.618…。やった!あたしの勝ちー!」

 

「…もう帰してくれ」

 

楽しくなかったとは言わないが、それ以上に恥ずかしいんだよこの曲!ちなみに俺は声優陣の方が好きです。

 

「ふふっ、あたしが一番だね…まあ、だからと言って何かあるわけじゃないけどさ」

 

由比ヶ浜が雪ノ下の方を見る。はっとした雪ノ下、何かあるらしい。

 

「そうね、由比ヶ浜さん。比企谷くん、私たちになんでも一つ命令するというあれ、忘れてないわよね?」

 

「あ、ああ。そりゃ忘れてねえけどよ」

 

バトルロワイヤルの景品、勝った方が負けた方になんでも言うことを一つ聞かせる。

正直なところ今の今まで頭の片隅に追いやられていて、半ば忘れていたわけだが、しかし何か聞いてほしいお願いがある訳でもない。

 

「これからも『本物』を俺と探し続けてくれ」

 

その言葉は突如として口から逃げ出す。

だがあながち間違いでもない、俺が彼女たちに求めているのは、求めたのは確かに『本物』だったのだから。

だからこれは、約束の締結のやり直し。

 

「ヒッキーらしいね」

 

「いつもいつも本物本物と、飽きないのかしら。私は嬉しいのだけれど」

 

いつの間にか一色はトイレに立っていて部屋にいない。今は3人だけしかいない。

ここはあの部屋と少しも似ていないのに、あの部屋の雰囲気を確かに感じた。

 

「手始めにこれから八幡君って呼んでいい?」

 

「私からも、貴方を八幡君と呼んでもいいかしら?」

 

「…勝手にしろ」

 

これも彼女たちが『本物』を探すための手段だと信じ、俺は判断を委ねた。

しかしこれが間違いだった。

 

「「だったらこれからあたし(私)達のことも結衣って呼んでね!(雪乃と呼びなさい)」」

 

纏った雰囲気は俺に有無を言わせず、これから俺は精進していくことになった。

いつか俺たちは『本物』を手に出来るのだろうか。一抹の不安は残るけれど、それでも俺は俺を、彼女たちが信じる俺を、信じて踠いて足掻いて苦しみ、残りの間違いだらけの青春ラブコメを過ごしていく。


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