仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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人を作る人生の『time』


第7話 虚栄のプラナリア

 

 

「ほい!」

 

「うぉ!」

 

 

突然頬につめたい物を感じて、思わず肩をビクンと震わせる。

隼世が後ろを振り返ると、そこには缶ジュースを手に持ったルミが立っていた。

 

 

「ゴメン、一人で公園ブラブラとか無理。速攻で飽きちった」

 

「う、うん。仕方ないよね」

 

「なんか悩みごと? ルミ先生が相談にのりますよ。中卒でも分かるような内容でお願い」

 

 

後ろに立ったまま、ルミは隼世の肩を撫でたり、ポンポンと優しく叩いたりしている。

だからだろう。つい、隼世は弱さを吐露してしまう。

 

 

「正義が、僕の中のライダーがブレるんだ……」

 

「この前のホテルのこと、気にしてるの?」

 

「それもあるけど……、他にもいろいろ分からなくなって」

 

「お姉ちゃんの事――、とか、かな?」

 

「うん。僕ははじめ彼女に偉そうな事を言ったけど、改めてよく考えたら、やっぱり僕の言葉はあまりにも軽くて無責任なのかも」

 

「考えすぎだよ」

 

「……覚えてる? 僕が死んだとき、自殺しようとした人がいた」

 

「うん。市原くんが助けた人だよね」

 

「いや――ッ、違うよルミ。彼女は死ぬつもりなんてなかった」

 

 

今になって思う。

自殺しようとした人を止めたから、向こうも意地になってしまい飛び降りようとしたのかも。

 

 

「一人なら思い直していたかもしれない。僕の偽善が、結果として彼女の背中を押したんだ」

 

「それは――ッ! 絶対に違う……!」

 

「いや、そうなんだよ。ルミ」

 

 

それに少し考えてみた。

もしもあのメガネの子や、瑠姫と同じような境遇になれば。

または身近な人間が彼女達と同じような事になれば、自分は本当に同じ事を言えるんだろうか。

 

その答えを自覚し、自己嫌悪である。

感情が暴走しているのか、隼世はうめき声をあげて頭を掻き毟った。

 

 

「僕は、最低だ」

 

「そんな事……」

 

「正直――、想像しただけで無理だった」

 

「?」

 

「聖人君子になろうとしたけど無理だ。僕にも嫌いな人間はいる」

 

「そんなの誰でもいるって、気にしすぎだよ」

 

「そういう連中がもしもキミに近づき、言葉巧みにホテルへ連れ込み――ッ! せ、性的な行為を強要し……!!」

 

「へ? あ、あの、ちょっと?」

 

「ダメだ! 僕の知らない所でキミが嬌声を上げていると思うと吐き気がする。どうせキミは僕がかけた電話で何気なく話すんだけど、実は僕の嫌いな男と行為に及んで!」

 

「やッ、だから、もしもーし!」

 

「キミはどうせ最初は嫌がるんだろうけど、徐々に快楽に堕ちていって最終的には僕の下にダブルピースのビデオレターが――! あぁぁ、クソッ! ダメなんだ、そんなの考えたら相手の男をズタズタにしたくなってしまった! ぼ、ぼ、僕はライダーし、失格だ!!」

 

「どッせーッッい!!」

 

「ぼばぁ!!」

 

 

ルミは隼世の体を押してスペースを作ると、そこへビンタを挿入。

隼世の背中を力の限り叩く。ダメージに声を上げる隼世は、言葉を中断。

一方でルミは大きなため息を。すっかり呆れ顔になっていた。

 

 

「あのね、キミはそういう所が嫌われちゃうんだよ! 特に女性に!」

 

「あ、ぐ、すまない。少しヒートアップして……!」

 

「普通目の前で言わないって。さすが大学生で童貞なだけはありおる」

 

「や、やめろ! その話はするな!」

 

「はいはい。ッて言うか本当何を妄想しとるんだねキミは。どうせこの前見た幼馴染が寝取られる漫画のショックを引きずってるんでしょ?」

 

「な、なぜキミがそれを!」

 

「履歴にあったよ。ダメだよ買う時はちゃんと吟味しないと」

 

「か、勝手に人の家のパソコンを見るのはダメだよ!」

 

「良いじゃん別に、幼馴染なんだから。それで、まさかアレで抜いてないよね?」

 

「ぶほッ! 何を言うんだキミは!」

 

「答えんかい! いいからほれ、答えんかいッ!」

 

「ぬ、抜けるわけ無いだろ! 最ッ悪の気分だったよ!」

 

「ならよろしい! あれはアタシが削除しておいたから安心せい」

 

「勝手に人が買った漫画を消すのはダメだってば!!」

 

「ええやろがい! ああ言うのは最初は最悪でも徐々に慣れてくるとクセになるって掲示板で書いてあったし!」

 

「何を調べてるんだよ君は!」

 

「そっちこそ何買ってんだよ! どうせパッケージの女の子が可愛いからって安易にぽちったんだろ!」

 

 

それはいきなりの事だった。

ルミは隼世を後ろから包み込む様に抱きしめると、腰を曲げて顔を隼世の肩の上に持っていく。

 

 

「どうせ抜くなら――、アタシで抜いてよ」

 

「え!? は! うッ!?!?」

 

「なんちって」

 

「る、ルミ!?」

 

 

顔を真っ赤にしてうろたえる隼世を逃さまいと、ルミは抱きしめる力を強める。

 

 

「ねえイッチー」

 

「る、ルミ。その呼び方は――」

 

「恥ずかしい? いいじゃん本間くん今はいないんだし。そっちも、ほれ」

 

「る、ルミちゃん。どうしたのさいきなり」

 

「知りたくて」

 

「え?」

 

「なんでさ、さっきアタシの事で説明したの?」

 

「そ、それは、どういう」

 

「イッチーはさ、アタシが他の人にエッチな事されるの、嫌なの……?」

 

「か――ッ!」

 

「答えてよ、教えてよう」

 

 

トマトに変わる隼世。

ルミとて頬はかなり赤い。体が熱くなる。もはやここまで来れば逃げられないか。

 

 

「そ、そうだよッ! 嫌だよ僕は! 嫌に決まってるだろ!」

 

 

認めたくは無かった。

しかし考えれば考えるほどに理解できる。

 

 

「僕は嫉妬深いんだ。キミが他の男の人と話してるだけで、正直、ちょっと面白くない!」

 

「やばやばだね」

 

「う゛ッ!」

 

「でも、なんで? どして?」

 

「そ、そんなの決まってるだろ!」

 

 

恥ずかしさからか、隼世は目を閉じ、俯きながら叫んだ。

 

 

「だって僕はずっとキミの事がすッ、す、すすすすッ!!」

 

「す?」

 

「すッ、す! すぅ―――き、やきって、美味しいよね!! ハハハ!」

 

「馬鹿が!!」

 

「ゴハッ!!」

 

 

殴られた。

しかもパーではなくグーである。振り下ろされたように放たれた拳を受け、隼世は地面を見つめる。

 

 

「流石に拳は酷くないか!」

 

 

顔を上げると、ルミが目の前に移動していた。

 

 

「む」

 

「ッ!?」

 

 

本人はきっと不意打ちを仕掛けるつもりだったんだろうが、なにせ経験がない。

ルミは顔を思い切り隼世に近づけるものの、鼻と鼻がぶつかりあって、動きが止まった。

 

 

「な、な、なに!?」

 

「え? いやッ、あれ? ど、どうすれば――」

 

 

そこで閃く。そうか、顔を斜めにすればいいのか。

瞬間、ルミは顔を斜め左に。すると隼世は釣られるように斜め右を向く。

 

 

「いや、や、じゃなくて」

 

「え? え? え?」

 

 

ルミは顔を斜め右に。すると隼世は顔を斜め左に。

 

 

「だから――ッ、ちょ!」

 

「な、なに? なにが?」

 

 

 

ルミは顔を斜め左に。

すると隼世はうめき声を上げながら顔を斜め右に。

ルミは顔を斜め右に。すると隼世は(略

 

 

「アホタレめ!!」

 

「アンギョン!!」

 

 

ビンタが飛んでいく。衝撃で隼世は顔を斜め右に。

するとルミは自分も顔を斜め右にして、唇を重ね合わせた。

 

 

「!?!!?!?!???!!!?!?!」

 

「アタシもイッチーが好き。ずっと前から」

 

 

唇が離れる。視界に星が散った。隼世は自分の口を押さえながらルミを見つめている。

こんなに乱れた隼世の表情を見るのは初めてだ。メガネがズレて、汗が凄くて、呼吸が荒くて顔が真っ赤。

ルミは思わず恥ずかしげにはにかんだ。

しかし――。

 

 

「でも、ごめんね」

 

「!!」

 

 

普通、両思いと分かれば、人は嬉しそうな顔をするはずだ。

しかしルミは悲しげな笑みを浮かべていた。儚げな空気は、隼世にもしっかりと伝わり、彼女の心がどういう色をしているのかが伝わる。

 

 

『ごめんね』

 

 

そうか、そうだな。そうに決まっているよな。

冷静さを取り戻し、隼世も同じように微笑んだ。普通ならばこのまま手を繋いでデートにも行こうものだが、そういう訳にもいかない。

ルミにとって隼世は大切な人かもしれない、けれどもっと大切な人が待っているのだから。楽しくお付き合いなんて、できるわけがないのだ。

ルミは隼世の隣に座ると、遠くを見つめる。景色を見つめているわけじゃない。彼女は過去をジッと見つめていた。

 

 

「そのままでいいんじゃないかな。イッチーは」

 

「え?」

 

「だってさ、アタシがイッチーを好きになったのは、イッチーがイッチーだったからだよ?」

 

 

混んでるバスの中で、他人に席を譲ったり。

横断歩道でおばあちゃんをおんぶしてあげたり。

階段でベビーカーを押している人がいれば必ず助けたり。

チャリティー番組が始まれば必ず募金したり。

 

 

「なかなかできないよ、そういうの、ドラマの中だけだと思ってた。そう言えばアタシが知る限りネットに一回も悪口書き込んでないよね? ありえないってそんなヤツ」

 

「気持ち悪いんだ。人を傷つけたり、困っている人を見過ごすのは」

 

「良いと思うよ。それにイッチーちょっとデリカシーは無いけど優しいし、アタシは好き」

 

「あ、あはは。照れるな」

 

「アタシは、そのままでいてほしいけどな。イッチーだって、そういう自分が好きでしょ?」

 

「……どうなんだろう? もっと振り切れば、楽に生きられるのかな?」

 

「偽善者とか、上からとか結構言われてるモンね」

 

 

隼世は頷いた。

そして全ての感情がこもった、本音の言葉を投げる。

 

 

「正しい事は、疲れてしまう」

 

 

その時だった。悲鳴が聞こえたのは。

体を起こし、周囲を確認すると、広場の向こうに異形の姿を捉えた。

 

 

「ペガサス!!」

 

 

逃げ惑う人の中で唯一隼世に向かってくるのは、鎧を身に纏ったウマの化け物。

ソニックアローに似た武器を手にしており、ガシャガシャと煩い音を立てて隼世を指差した。

 

 

「すぐに理解できた。お前はアマダム様の理想には賛同しないと」

 

「おいおい、まさかお前」

 

「その通りだ、邪魔をされる前にお前を消し、クロスオブファイアを回収する」

 

「グッ!」

 

 

ルミをかばう様に立つ隼世。

一方で尚、ペガサスに怯え、逃げ惑う人たち。

 

 

「うるさい連中だ」

 

 

ペガサスが弓を逃げる人々に向け、振り絞る。

すると中央に風が集中してしき、矢を形成した。

まさかあれを人に向かって撃つ気なのか? 隼世は思わず声を荒げ、前に踏み出した。

 

 

「やめろ!!」

 

「――なぜ?」

 

「なにッ!?」

 

「なぜ撃ってはいけない。なぜ人を傷つけてはいけない」

 

「その人達は何もしてないだろ!!」

 

「本当にそう思うのか?」

 

「ッ!?」

 

「もしかしたら奴らは、私達の知らない所で人を傷つけているかもしれない。たとえば、そう、いじめとか」

 

 

ペガサスは語る。

彼もまた、元は人間だ。

 

 

「私は中学生の時にいじめを受け、高校でも素行の悪いものに暴力を受けていた」

 

 

社会人になった後も同じだった。

職場では派閥争い。陰口。ストレス発散の為にパワハラじみた事をされる毎日。

 

 

「私は自宅で首を釣り、アマダム様に助けていただきました」

 

「そしてライダーの力を得たという事ですか」

 

「その通り。私はすぐに私を苦しめた者達に復讐し、そして気づいたのです! 人は自尊心の確立のためなら、平気で他人を傷つける愚か者であると!」

 

「しかし!」

 

「あなたに私の苦しみが分かりますか! 自殺を考えるほど、他人に苦しめられた事はありますか!!」

 

「ッッ!!」

 

「苦しみを知らない者が、偉そうに正義を語るな!!」

 

 

ペガサスは弓を、逃げる人たちから隼世に向ける。

 

 

「お前には我々の苦しみ、正義は理解でない!」

 

 

矢が放たれた。

息を呑み、動けぬ隼世。

しかしその体が浮き上がる。後ろにいたルミが地面を蹴り、隼世を突き飛ばしたのだ。

ルミもまた隼世に重なるように移動しており、放たれた矢は空を切って二人の背後にある木に直撃、風圧で木を吹き飛ばす。

風が隼世達の髪を揺らした。葉が舞い落ちる中、ルミは隼世の目をまっすぐに見る。

 

 

「周りがどうかじゃなくて、貴方がどうしたいかだよね! イッチー!」

 

「ッ! ルミちゃん……!」

 

「正しい事は疲れるよ! でもね、必要なんだよ!!」

 

「!」

 

 

ルミは隼世を尊敬していた。

善を目指す姿は誰もが目指すべき場所だが、目指せない。なぜか? 難しいからに決まっている。それでも、必要なんだ。

だって存在してなきゃ、尊敬して肯定も、否定して嫉妬もできない。

 

 

「甘えさせてくれるイッチーのような人がいるの! 偽善者とののしれる人が必要なの! アタシには――、ううん! 世界にはあなたが必要なの!」

 

「世界に、僕がッ?」

 

「そう! イッチーは凄いよ! 凄すぎる。アタシには目指せないけど、イッチーはどうなの? そのままがいいの? 違う道がいいの?」

 

「何をゴチャゴチャと!」

 

 

再び弓を引き絞るペガサス。

しかし同時に、隼世の心に僅かな火が灯った。

 

 

「イッチーがどんな道を目指してもアタシは応援してあげる! 傍にいてあげる! でもだからこそ、自分が本当に目指したい道を選んで!!」

 

「ルミ。僕は……」

 

「世界で一番カッコいい貴方を、アタシに見せて!!」

 

「僕は!!」

 

「死ね! 市原隼世!!」

 

 

ペガサスがチャージした弓が放たれた。

緑色の閃光はビュンと音を立てながら一瞬で隼世の眼前に迫った。

しかし残念ながら。一歩、ほんのわずか一歩が足りなかった。なぜならば隼世の中に宿った火は、すでに炎に燃え上がっていたからだ。

 

 

「何ッ! 馬鹿な!!」

 

 

ペガサスは思わず一歩後ろに下がる。矢は確かに隼世に届いた。

しかし隼世が腕を伸ばすと、そこへ矢が直撃。どう考えても矢は隼世の腕を貫通するはずなのだが、なんとかき消され、消滅する。

何がどうなっているんだ。ペガサスは唸り声をあげて隼世を凝視する。

 

そして気づいた。

矢は隼世の腕に当たったのではない、『隼世の手にあったアイテム』に命中したのだ。

それは、ロックシード。

 

 

『バナナ!』

 

 

隼世は立ち上がると、服についた砂を払っている。

その腰には、戦極ドライバーが見えた。

 

 

「ペガサス! 僕はお前を倒す!」

 

「何ッ!」

 

「お前の語る罪は可能性でしかない。ならば僕はこう言おう、逃げていた人達は、とても素晴らしい人間であったかもしれないと!」

 

「お前ッ! また下らない正義論か!」

 

「何がいけない! 人を信頼せずに、生きてなんていけるものか!」

 

 

それに。

 

 

「理由はどうであれ、人に向かって矢を放とうとするお前は悪以外の何者でもない!」

 

「黙れ! 先程まで迷っていた人間が!」

 

「確かに、僕は迷っていた! 僕の目指す正義は、酷く脆い!」

 

 

だがつくづく思った。

この正義があったからこそ、ルミが自分を『好き』と言ってくれたなら、『世界にあなたが必要』とまで言ってくれたなら、これほど嬉しい事は無い。

今、過去で一番隼世の自尊心が満たされていく。

ああ、生まれてきて、良かったと。

 

 

「僕の後ろにルミがいるかぎり、僕は正義を諦めない!」

 

 

それは一つのエゴだ。

世界の為の正義よりも、ルミに好かれる正義を選ぶ。

だからこそ否定されるのは仕方ない。それでもいい。

しかし信じている。この正義こそが、世界に必要なのだと。

 

 

「ごちゃごちゃと面倒な事はもうやめないか、ペガサス!」『ロック・オン!』

 

 

隼世の頭上に円形状のクラックが出現し、巨大なバナナが降りてくる。

突き詰めれば極論。人は身勝手な正義を振り回し、戦っている。

その中でマイノリティは排除され、マジョリティとなった正義が正義とされる。

 

なぜマイノリティになる?

それは、『やはりそれが間違っている』と皆が思うからだ。

だが、やめにしよう。今はそんな言葉なんていらない。

 

 

正義(ちから)を見せてみろペガサス。僕の正義でぶっ潰す!」『カモン!』

 

 

走り出す隼世。バナナの鎧が頭を通過し、バロンの鎧を与えていく。

 

 

「勝ち残った方が、正義になる!」『ナイト・オブ・スピアー!』

 

「いいだろう、はじめからお前は消すつもりだった!!」

 

 

ペガサスの弓は双剣を連結させて構成していたらしい。

刃を分離させると、ペガサスは真正面からバロンと衝突する。振るわれる槍を的確に捌くと、刃の乱舞がバロンを狙った。

しかしバロンは肩にあるアーマーで双剣を受け止めると、柄をふるって双剣をいなしていく。

 

 

「チッ!!」

 

 

ペガサスは翼を広げバックステップ。

さらにその際に双剣を投擲させ、ブーメランの様にしてバロンを狙う。

 

バロンはすぐに地面を蹴って転がり、刃を回避。

しかしここで予想外の事が起きた。ペガサスは刃に風を纏わせる事で、自由自在に刃を操ってみせる。

さらに刃にはそれだけの攻撃力と言うものが存在している。

 

なんとか自身に襲い掛かる刃にバナスピアーを重ねるバロンだが、それで刃は弾かれない。

むしろガリガリとバナスピアーを削り壊そうとする。

その間にもう一方の刃がバロンの背を削った。

そしてペガサスは翼をはばたかせ突風を発生させ、バロンの動きを鈍らせる。

 

 

「ペガサス、キミの境遇は同情する。しかしキミは一つだけ間違った!」『マンゴー!』

 

 

しかしバロンは冷静だった。

マンゴーアームズに変身すると、巨大なメイスを振り回し、襲い掛かる刃を簡単に弾き返した。

 

 

「私の何が間違っていると言うんだ!」

 

「気づかないのか! ならばそれは力に溺れた証拠だ!」『カモン!』『マンゴーオーレ!』

 

 

バロンはメイスをハンマー投げのように投擲する。それを巨大な矢で射抜くペガサス。

マンゴーのエネルギーが爆発し、カラフルなエネルギー波を周囲に拡散させた。

それに気を取られていたのか、ペガサスは爆煙に隠れながら走ってくるバロンに気づいていない。

 

 

「キミは力を手にして復讐を選んだ」『カモン!』『リンゴアームズ!』

 

「当然だ! それをしても私は許される!」

 

「その考えが間違っているんだ!!」『デザイア・フォビドゥン・フルーツ!」

 

 

シールドで矢を防ぎながらペガサスの眼前に迫るバロン。

そのまま二人は刃を存分に振るい、激しい火花を散らしあう。

 

 

「キミが選ぶべき道は、耐える事だったんだ!」

 

「復讐をせずにか!? そんな馬鹿な事があるか!」

 

「それが強さだろ!!」

 

 

バロンの剣が双剣の間を抜けてペガサスの胴体に赤い斬撃を刻み込む。

よろけ、後退して行くペガサス。その隙にバロンは戦極ドライバーを外して投げ捨てると、ゲネシスドライバーと別のロックシードを構える。

 

 

「本当に復讐すれば、お前も同じになる。黒に堕ちては意味が無いだろ!」『レモンエナジーアームズ』

 

 

ソニックアローを乱射しながら距離を詰めるバロン。

一方でペガサスも空中に飛翔し、矢を連射し始めた。

 

 

「いじめっこの劣化になって、お前は何を目指すんだ!」

 

「うるさい! お前に私の気持ちが分かるか!!」

 

「分からないさ! だからなんともで言えるんだ!」

 

 

それでも、言わなければ仕方ない。

かわいそうだね、うん、いいよ。仕方ないからキミはいじめっ子を殺していいよ。そう言うわけにはいかないのだ。

 

 

「大切な人を作ればよかった。その地が嫌なら離れれば良かった!」

 

 

多くの矢を受けた。多くの矢を与えた。

煙を上げながら地面を転がるバロン。立ち上がるのは、君が見ているからだ。

分かる。分かっている。心のどこかでペガサスに心の底から同情し、賛同したいと思う心もある。

しかしそれを封じ込めなければならない。なぜか? 決まっている。その果てにある結果が見えているからだ。

 

 

「もちろんいじめを行う者は許せない。しかしだからと言って殺してしまえばお前も同じになるだろう!」

 

「それでも私は、私は――ッ!!」

 

「お前は少しでもいじめが消えるように立ち振る舞うべきだった。でなければ、連鎖は未来永劫続く。苦しみの連鎖はどこかで断ち切らなければならない!!」

 

 

せめて、殺したところで終わっておけばよかった。

アマダムの仲間になり、世界の支配に加担しようなどと。

 

 

「同情だけで、全てが許されるものか!!」

 

「ぐあッ!!」

 

 

空中にいたペガサスの背から火花が散り、そのまま地面に墜落する。

なんだ? なにに攻撃されたのか? ペガサスの目に映ったのは小さなコウモリ。

 

 

「人間は誰もが心に闇を抱えている。誰もがみんな、かわいそうな面はある!」

 

 

キバットバット2世と融合するように変身。

仮面ライダーダークキバは紋章を飛ばすとペガサスを拘束、そのまま自分の下へ引き寄せ、思い切り殴り飛ばした。

 

 

「いじめられているのはお前だけじゃない! 変身!」『HENSHIN』

 

 

サソード・ライダーフォームに変身した隼世はクロックアップを発動。

超高速の中、激しい剣舞をペガサスの肉体に刻み付けていく。

 

 

「いじめられても立ち直り、真面目に生きている人間がいる以上、お前の行動は絶対に正当化されない!!」

 

「ぐあぁあああッッ!!」

 

 

だがペガサスもやられてばかりではない。

自身の周りに強力なハリケーンを発生させ、サソードの体を『浮かす』。

いくら高速で移動できても、地面に足がついていなければ意味がない。

ペガサスはそのまま浮遊するサソードに向けて最大級の威力を持った矢を撃ちこんだ。

 

 

「グッ! ズァ――ッッ!!」

 

 

吹き飛び、鎧が粉々に破壊される。

隼世はダメージから血を吐き出しながら草を掴んだ。

しかし目は死んでいない。光を伴い、ペガサスを睨みつけている。

 

 

「何故僕の所に来た」

 

「何……!」

 

「本当に僕が協力しないと思ったからか」

 

「どういう意味だ!」

 

「もちろん、それもあるだろうが、もしかしたらキミは――」

 

 

隼世は立ち上がり、ペガサスを指さした。

 

 

「僕の存在が怖かったんじゃないのか?」

 

「何を言っている――ッ!」

 

「人が増えて、いじめられるのが怖かったんだ」

 

「お前ッッ!!」

 

「まあ、でも、悪い事じゃないのかもな」

 

 

本心を仮面で隠す。それは誰もが同じだ。

隼世は一つのデッキを取り出した。ずっと迷っていた。仮面ライダーの正義を振りかざすが、人を殺した事のあるライダーも多い。

あのフォーゼですら、よくよく考えてみれば銀河王を殺しているし。

そんなライダーの力を使って人を殺すなだとか、正義を口にするとか、良いものかと本気で悩んだ。

 

 

「負けないで! イッチー!!」

 

 

それでも、目指したい正義がある。

隼世はルミに視線を返すと、確かに微笑んだ。

 

 

「僕だけにしか、できない正義があるなら!」

 

 

デッキを突き出す。

Vバックルが装備され、隼世は構えを取る。

 

 

「変身!」

 

 

隼世が選んだのは仮面ライダー王蛇。

夜中にビール瓶を持ってヘラヘラ笑いながら女性を追いかけて殺したり。

女の子に拳銃を突きつけて人質にしたり、家に火をつけてで家族殺したり、弟追いかけて殺したり、ある時は赤ん坊の時から母親殺したり。

ライダーの中でも特代級の悪人だ。しかしそれでも浅倉がライダーである事にはかわりない。

 

 

「だからこそ僕は王蛇で正義を示す!」『アドベント』

 

「ッ! ぐあぁああ!!」

 

 

ペガサスの真下からエビルダイバーが飛翔する。

打ち上げられるようにして吹き飛んだペガサス。翼を広げバランスを取ろうとするが、そこで再びエビルダイバーが直撃、真下へ墜落する。

 

 

『アドベント』

 

「ゴハァア!!」

 

 

メタルゲラスが地面を突き破って出現、その角でペガサスを受け止めると、直後大きく首をふるって投げ飛ばした。

地面を転がるペガサス、素早く立ち上がると、視界に広がる脚。

 

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオ!!」『ファイナルベント』

 

「ぐッ! がはッ!! ガガガガガガァア!!」

 

 

ペガサスは迫る脚を一旦は防ぐ事はできた。

しかしベノクラッシュの連続攻撃は並の防御で無効化できるレベルではない。

ペガサスもまた同じだ。双剣を盾にしていたが、王蛇の足はそれらを吹き飛ばし、尚突き進む。

そしてフィニッシュ。ペガサスの体はきりもみ状に吹き飛び、地面に倒れる。

 

 

「グッ! あぁあッ! クソ!!」

 

 

しかし再び体勢を整えると、ペガサスは急上昇。

どうやらココは勝てないと悟り、撤退の選択を取るようだ。だが王蛇は既に別のカードを用意していた。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

メタルゲラス、エビルダイバー、ベノスネーカーが融合。

獣帝・ジェノサイダーは腹部に穴を開けると、そこから強力な引力を発生させ、ブラックホールのごとく空に舞い上がったペガサスを引き戻す。

墜落するペガサス。後ろを見ればジェノサイダー、前には王蛇が。

 

 

「ぐッ!!」

 

「降参してくれ。アマダムを倒せば、君も元に戻るだろ」

 

「それは――、嫌だ!!」

 

「何?」

 

「私は――、僕は、やっと変われたのに!!」

 

「おい! 待て!!」

 

 

それはあまりにも一瞬だった。

ペガサスは風の力で矢を作り出すと、それを自分の頭に刺し、そのまま倒れた。

すぐに駆け寄る王蛇だが、既にペガサスは息絶えていた。矢は頭部に深く突き刺さっており、大量の血がそこに溢れている。

 

 

「………」

 

 

ペガサスはペガサスのまま死んだ。

それが彼の望む最後だったのか。王蛇には、全く理解できない。

 

 

「……どうして人を支配しようとする決断ができて、どうして自分で自分を殺す決断ができて」

 

 

悔しげに、王蛇は拳を握り締めた。

 

 

「どうして人として変わろうとする決断が取れないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、なにやってんだ俺は」

 

 

岳葉は何度目か分からないため息をついて、近くのベンチに座った。

隼世と別れた後、彼はタイプテクニックに変身。ある情報を仕入れ、その場所にやって来た。

しかしいざやって来たは良いものの、結局その建物に入る事はできず、その前にあるベンチでうな垂れるだけ。

近くにはホームレスも多く見えた。少し離れたベンチでは浮浪者のおじさんが眠っている。

なんだか気が滅入る。もう一度ため息をついて、岳葉背後の方向、つまりは病院の方に視線を移す。

 

 

「ッ!!」

 

 

岳葉は目を見開き、素早く立ち上がる。

なぜならば見えたからだ。目的の人物が。

岳葉はある人がどの病院に入院しているのかを調べ、そしてココに来たのだ。

本当は見舞いをするつもりだったが、奇しくも今日が退院の日であったようだ。

 

鼓動が早くなる。

岳葉の視線の先にいたのは、水島紫とその父親であった。

忘れるわけがない、仮面ライダーの力を手に入れた岳葉が、強姦目的で襲った少女だ。

さらに父親に邪魔をされたから、気の済むまでボコボコしたんだ。

 

 

(俺はなにをしてんだよ……)

 

 

紫は父親と母親と一緒に歩いている。

その表情には一応と笑顔が見えた。

父親の方も顔には少し痕らしきものが見えるが、まあ元通りに近い形になっていた。現代医療の発展は凄まじい。

 

とは言え、なんだかとても惨めな気分になった。

そうだ、お見舞いなんて何を馬鹿な事を考えていたんだ。

あの中に自分が入って何になる? 嫌な記憶を思い出させるだけ。

 

ああ馬鹿らしい。

無事な姿が見えたんだ、それでいいじゃないか。

家族で笑い合っている紫たちに背を向け、一人ぼっちの岳葉は足を一歩踏み出した。

 

 

「ッ?」

 

 

地鳴りが響いた。

直後衝撃と轟音。それに重なる様に悲鳴が聞こえる。

なんだ? 岳葉が背後を振り返ると、紫たちと岳葉の丁度間くらいに紫色の怪人が見えた。

三メートル程はあろうか? 紫色の岩を纏っているタイタンは、岳葉を見て大きな笑い声をあげた。

 

 

「遅いぞ本間! 俺様が迎えに来てやった!!」

 

「お前ッ、アマダムの!」

 

「迷う必要など無いだろ! 何かがお前の心を引っ掛けるのか?」

 

 

タイタンは背後を振り返る。

そこには震え、怯え、へたり込む紫たちが見えた。

 

 

「なるほど。奴らに何か後ろめたいものを持っているんだな!」

 

「お、おい! お前何言って――」

 

「分かった。俺様が奴らをぶっ殺してやろう!!」

 

「はぁ!? 嘘だろ、やめろッッ!!」

 

 

しかしタイタンは既にスタートを切っていた。

大柄な体を揺らしながら全力疾走。あっと言う間に紫達のところに来ると、パニックになっている三人を見て笑う。

 

 

「分かる、分かるぞ岳葉! 俺様も家族が嫌いだった!」

 

「おい話を聞けよデカブツ野郎!!」

 

「俺様は家族に虐待され、虐げられてきた! だからこそアマダム様に――」

 

 

タイタンは紫の母親を掴み取ると、そのまま大きく振りかぶって、投げた。

 

 

「忠誠を誓ったのだーッ!」

 

「――ッッ」

 

 

出遅れた岳葉ではあるが、空中を猛スピードで飛んでいく母親は目視できた。

頭の中で強く念じると、母親を追従するようにして無数のディスクアニマルや、メモリガジェット、フードロイドやシフトカー等無数のサポートメカが出現。

紫の母親を掴み、減速させ、最後は遠くの方でパワーダイザーが母親をキャッチして完全に停止させた。

 

ディスクアニマルの視点を脳に映す。

紫の母親は白目をむいて泡を吹いているが、死んではいないようだ。

しかしホッと胸をなでおろしたのも束の間、タイタンは次に紫とその父親を睨む。

 

 

「も、もう嫌だァアアァァ!!」

 

 

以前の記憶と、今の光景が心を砕いたのか、紫の父親は悲鳴をあげて情けなく逃げ出した。

もちろん紫を置いてだ。以前はダブルに勇敢に立ち向かっていたのに、今はもうその面影は無い。

岳葉は言いようも無いショックを受ける。その引き金を引いたのは他でもない自分自身なのに。

 

 

「逃がすか! 愚かな人間め!!」

 

 

もちろん逃げられるわけも無く。

タイタンの手が伸び、紫の父親をキャッチしたのは言うまでもない。そこで到着する岳葉。

 

 

『紫ちゃんの父親を離せ!』

 

 

そう叫ぶべきだが、声が出ない。

いや、正確には出せない。後ろには紫がいる。彼女は岳葉の姿を見ても怯える事はない。

当然だ、岳葉が紫を襲った際の姿はダブルだったのだから。しかしいくら仮面を被っていても、声を変える事はできない。

 

紫が覚えていない可能性は大いにあった。

しかし人間は嫌な記憶ほど覚えているものだ。

ましてやそれが少女にとっての強姦ともなれば、その恐怖はより強く脳に刻まれているはず。

だからこそ岳葉は声を出せなかった。ただ複雑な表情でタイタンを睨みつけるだけしかできない。

 

 

「その目、そうか、俺様には分かるぞ岳葉! お前の後ろにいる女の子を殺してほしいんだな!」

 

(んな訳ねぇだろコイツ! ぶっ殺すぞ!!)

 

 

いや、違うのか。タイタンは本当は全てを理解しているのか。

その上でこんな間抜けを演じているのか。なぜ? 決まっている、タイタンもまた力に溺れたものにしか過ぎない。

だからこそ何か適当な理由をつけて人を傷つけたいのだ。

 

 

「死ねェエエッッ!!」

 

 

タイタンは足を振り上げ、紫を踏み潰そうと試みる。

 

 

(クソッッ!!)

 

 

刹那。岳葉は動いていた。

紫の前に立ち、腕を交差させ、そこでタイタンの足を受け止めた。

 

 

「カッ! はぁ――ッッ!!」

 

 

思わず声が漏れるが、すぐに口を閉じる。

変身者たる補正のおかげで、多少防御力は上がっているものの、腕がミシミシと音を立て始める。

ダメだ、三分ももたない、それで腕が砕けて自分が踏み潰される。

しかしそれでも岳葉は退けない。後ろにはへたり込んで泣いている紫がいるからだ。

 

そして故に、変身できない。

きっと子供達にとってライダーなんてほとんどどれも同じ姿に映るはずだ。

だから変身してはいけない、変身すれば紫の記憶が呼び起こされるから。

そして声が出せない。逃げろと紫に叫べば、記憶が――。

 

 

「ふはは! どうした岳葉! お前まさかそいつらを守るのか!?」

 

「――ッ!」

 

 

一瞬だけ背後を向いて紫を確認する。

ダメだ、腰が抜けている。なにより泣きじゃくり、とてもじゃないがこの隙に逃げられるとは思えなかった。

そして受け止めた足の向こうでは紫の父親が握りつぶされようとしている。

足指の隙間から見えたが、紫の父は顔を青ざめさせ、失禁している。このままあの状態が続けば、もしくは少しでもタイタンが力をいれれば終わりだろう。

 

 

「岳葉、それは反逆だ! アマダム様の理想を理解できないお前は、俺様が今ココで処刑してやる!!」

 

(コイツッ! 最初からそれが目的かよ!!)

 

 

クソ、クソッ! クソォオッッ!!

ムカツク、許せない、結局初めから人を殺したかっただけじゃないか。

アマダムの仲間になろうとする事を躊躇した自分達を殺そうとしているだけじゃないか。ああ、クソ、イラつく、殺したい。

死ね、死ね! シネシネシネシネシネ!!

いや――、死ぬ。

 

 

(マジで死ぬ!!)

 

 

潰される。殺される。このままだったら紫も、彼女の父親も、自分もぶっ殺される。

けれども退く事はできない。もしもどけば紫が死に、声を上げれば紫が壊れ、変身すれば紫が壊れ―――。

 

 

(ダメだ、もう紫ちゃんは傷ついちゃダメなんだ!!)

 

 

俺が守らないと、ダメなんだ!

絶対に、俺は紫ちゃんを守ってみせる。

あ、骨、折れ――。

 

 

「無理」

 

 

死ぬ。

 

 

「変身ッ!」『ヒート・ジョーカー!』

 

 

腰に現れたダブルドライバーは既にメモリを装填済みであった。

あとは素早く展開させるだけ。それだけで変身完了だ。

ヒートージョーカーになったダブルは片手でタイタンの足を受け止められるようになる。

さらにその状態で、メモリを引き抜いた。

 

 

『ジョーカー! マキシマムドライブ!!』

 

 

刹那、ダブルの体が分離した。

ジョーカーサイドで足裏を受け止めながら紫を守りつつ、ヒートサイドは拳に炎を纏わせて飛んでいく。

そして紫の父親を掴んでいる腕に、思い切り拳を撃ちこんだ。

 

 

「ジョーカーグレネード!」

 

「オブァ!!」

 

 

一瞬の攻撃にタイタンは反応できず、さらに衝撃と痛みに紫の父親を離し、解放する。

さらに防御反射が働いたのか、思わずダブルから足を離して後退していった。そこでダブルはメモリをチェンジさせ、ルナジョーカーに変身する。

手足が伸張、まるでタコの様にタイタンへ絡みつくと、その動きを鈍らせた。

 

 

「紫ちゃん、お父さんを連れて逃げ――ッ!!」

 

 

紫へ向けて避難を促したとき、ダブルは――、岳葉は先程まで頭に浮かべていた事を思い出した。

そして目の前にいた紫を見て、岳葉は絶句した。

 

いや、それは当然の事だ。

よりによって岳葉が変身したのはダブル、そして今の姿は父親をボコボコにしたルナジョーカーである。

そして岳葉の声、あの時と何もかも同じだった。

 

 

「いあ゛ァァあぁぁアァあぁあァあぁぁあアァァ!!」

 

 

これほどまで人の表情は醜く歪むものなのか。

恐怖のあまり紫は目から涙を流し、鼻からは大量の鼻水がたれ、口からは涎が零れ出ていく。

恐怖で足が竦んでいるため、腰を思い切りあげ、まるで犬――、いやうめき声をあげながら逃げる様はブタのようだ。

スカートだが気にする事はなく岳葉に尻を見せつけ、見えた下着と脚の間からは恐怖を証明するように尿が漏れ出ていた。

紫は失禁し、意味不明なことを叫びながら倒れている父親には目もくれずダブルから離れていった。

 

そう、ダブルからだ。

紫はこの時確かに、タイタンではなくダブルから逃げたのだ。

 

 

「……!」

 

 

あたりまえだ。

 

そうしたのは自分だ。

 

お前が悪いんだ、本間岳葉。

 

何をショックを受けているんだ。全部、全部――、お前が望んだ事だろう?

紫を傷つけないと思っておきながら、ダブルに変身したんだ。

確かにあの状況で紫を守りながら父親を助ける方法はヒートジョーカーの必殺技を使うしかなかったのかもしれない。

けれどきっともっと考えれば、他の方法があったのかもしれない。

 

たとえ腕が砕けようが紫を助ける方法を模索できたのかもしれない。

しかしお前は、俺は、我が身可愛さに諦め、変身し、そして、そして――、ああ。

 

 

「ムォ!?」

 

 

タイタンは困惑する。不思議な事が起こったのだ。

と言うのもルナジョーカーを引き剥がそうと体を掴んだ瞬間、ダブルの体が液状化して指をすり抜けていく。

なんだコレは? タイタンは空中を漂う水の塊を掴もうと手を伸ばすが、まったく意味は無い。

そのまま水はタイタンの背後に回ると、人の形を形成した。

 

 

「あッッ! ぐあぁあぁッッ!!」

 

 

タイタンの悲鳴が聞こえる。

水が形を成したと思えば、激痛、そしてタイタンの腹部から火花のシャワーが噴出する。

火花の勢いは非常に強く、手持ち花火でも仕込んだのかと思うほどだ。タイタンが混乱する中で、答えは背にあった。

そこにはリボルケインを突き刺していた仮面ライダーブラックRXが。

つまりルナジョーカーからバイオライダーに変身した岳葉は、そのまま具現化しつつRXにフォームチェンジ、瞬間リボルケインをタイタンの背に刺し入れたのである。

 

 

「お前ぇえ! おのれぇえッッ!!」

 

「今すぐ、俺の前から消えろ……!!」

 

「あぁッ! 俺様が死ぬ!? やだ、嫌だよママァアアアアアアア!!」

 

 

大爆発。

RXがリボルケインを引き抜く前に限界がきたのか、タイタンの体は爆散し、粉々に砕け散った。

このままココにいては騒ぎに巻き込まれる。とは言え、なんだかとても疲れた。

RXは変身を解除すると、岳葉はそのままトボトボと先程の公園に戻った。

 

 

「………」

 

 

頭を抱え、岳葉は先程の光景を思い出していた。

紫はまるで死神を見るような目で自分(たけは)を見ていた。

恐怖で表情が歪んでおり、可愛らしかった紫はまるでB級ホラーに出てくる魔女のように醜かった。恐怖と絶望は人をあそこまで変えてしまうのか。

もっと、マシな人生があっただろうに。

誰のせい? 決まっている。

 

 

(俺のせいだ……)

 

 

申し訳ないと思ったんだ。だから見舞いに行こうとした、無事を確かめようとした。

心のどこかで祈っていたんだ。あの時の事なんて忘れましたよ~なんて顔をして笑っている紫を見れば、きっと岳葉は救われると思ったんだ。

 

 

(結局、ダメだったな。泣かせちゃったな、紫ちゃん……)

 

 

ゴメン。心でそう思っておく。

 

 

『貴方は私の、ヒーローよ』

 

 

でもいいんだ。自分には瑠姫が――

 

 

(あ)

 

 

いないじゃないか。

 

 

『だって、前から私は醜い異形みたいなものだったし』

 

 

何もできていないじゃないか。

ココに、瑠姫はいないじゃないか。

 

 

「なんだ、はは、なんだよ……」

 

 

ベンチに座り、頭を抱え、岳葉深くうな垂れた。

 

 

「何が仮面ライダーだよ、ちくしょう、結局――」

 

 

超人的な力を手に入れ、神にも近い力を手に入れ。

 

なにか、したんだろうか?

 

なにか、できたんだろうか?

 

生まれ変わった意味は、あったのだろうか。

 

結論、『無』。

 

 

(俺は、女の子一人守れないのか……)

 

 

ありったけの自虐の笑みが浮かんできた。

視界が滲む。ダメだ、嫌だ、こんなんじゃ終われない。

岳葉は半ばヤケになりつつも立ち上がり、そこで相変わらず眠りこけている浮浪者に自身の上着を重ねた。

それもわざとらしく。それは浮浪者を起こすためである。

 

 

「――ぁ」

 

「あ、すいません、起きましたか?」

 

「あぁ、えっと、キミは?」

 

「いえ、あの、そこで眠ると風邪をひくと思って。俺の上着でよければ使ってください」

 

 

浮浪者は当然風呂に入っていないのだろうから、酷い悪臭が岳葉の鼻を貫く。

しかしどうでも良かった。そんな事よりも岳葉は欲している。お礼だ、『キミ』でなければならないと言う理由をくれ。

 

 

「いいのかい? ありがとう。ありがとう……!」

 

 

その言葉が岳葉の渇きを潤してくれる。

しかし浮浪者は目にありったけの涙を浮かべていた。

はて? 上着をあげただけで人はココまで感動するものだろうか?

もちろん悪い気はしないが、少し違和感がある。

首をかしげる岳葉、そんな彼に気づいたのか、浮浪者は涙をぬぐい、訳を話し始める。

 

 

「ごめんごめん、私の息子も、キミくらいの筈だからね」

 

「ッ、お子さんがいるんですか」

 

「ああ、だがもう会えない。私は会ってはいけないんだ……!」

 

「ど、どうして?」

 

 

反射的に聞いてしまった。

まあ恐らくは離婚したか何かだろう。

そういう話は控えるべきだったが。やってしまったと岳葉は自己反省である。

しかしふと別のことが気になった。なんだろう? この浮浪者をどこかで見たような気が――

 

 

「人を殺したんだ」

 

「え?」

 

「妻の誕生日だったんだ」

 

 

浮浪者は泣いていた。

その目は既に、岳葉を見ていなかった。浮浪者は過去を見て泣いていたのだ。

 

 

「息子と一緒にプレゼントを選んで――、早く届けたかった」

 

「あ、あの……」

 

「だから悪かったんだ。私は君と同じくらいの男の子を――、うぅぅッ!」

 

「―――」

 

「ダメだった。周りは気にするなって言うけれど、私にはもう耐えられなかったんだ……」

 

 

岳葉の脳に電流が走った。

口を押さえ、浮浪者から距離をとると、草むらに向かって嘔吐き始める。

胃液がこみ上げ、吐きそうになりながら岳葉は必死に耐えた。まさか、そんな、馬鹿な。

 

 

「あぁ、ごめん。臭かったね。上着は置いておくよ、ありがとう……」

 

 

浮浪者は涙を拭うと、肩を落として岳葉から離れていった。

間違いない。あの浮浪者は――、岳葉を轢いたトラックの運転手であった。

 

 

「――ぐッ! あぁぁッ!!」

 

 

岳葉の目から涙が零れた。

気づいた。気づいてしまった。察してしまった。悟ってしまった。至ってしまった。

自分は――、本間岳葉は――、俺はッ!

 

 

(俺は、最低だ!!)

 

 

俺は、間違っていた。

なにもかも、なにもかもだ!!

 

 

(俺は――ッ、どうして人の気持ちが分からないんだ!)

 

 

あの人は何も悪くない。

悪いのは全て信号を無視して飛び出した俺なのに、なのにあの人は苦しんで、引きずって! あぁああぁ!

紫ちゃんもそうだ。彼女は何もしてないのに、あんな苦しむべきじゃないのに。俺のせいで輝いていた未来がドロドロになってしまった。

瑠姫を守れず、紫ちゃんも守れず、人を苦しめて傷つけて――あぁあぁあぁああぁ。

 

 

(俺が、あの人たちの人生をメチャクチャにしたんだッッ!!)

 

 

別にとりえが無くても良かった。

根性がなくて無職でも良かった。

恋人を作る勇気がなくて童貞でも良かったんだ。

コミュニケーション能力が無くて友達ゼロでも良かった。

恋人がいない暦=年齢でも引きこもりでも全部全部、機械で代用できる人生でも良かったんじゃないのか。

 

確かに母親や親戚の何人かは苦しんでいただろう。

悲しんでいただろう。けれど逆を言えばそれだけだった。それにラインは超えていなかったはずだ。

 

 

「あぁぁああぁぁああ!」

 

 

"生きる価値がなくても"、それでも良かった。

今の俺は――。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!」

 

 

今の俺は、"生きていてはいけない"存在になってしまった。

無ではなく、マイナスの存在になってしまったのだ。

 

何の為に生まれてきたのか分からなかった。

でもそれでも、生きていても良かったはずなんだ。

でも今はもう違う。俺の存在が多くの人を苦しめた。何も守れないくせに、傷つける事だけは一丁前に。

 

俺は、俺は――、罪人だ。

仮面ライダーなんかじゃない、ただの醜い人間だ。

 

 

『俺は死んでしまったが、神様に仮面ライダーの力を与えられて蘇った』

 

 

じゃあどうすれば良かったんだ?

 

 

『こうなったら、好き勝手にさせてもらうぜ!!』

 

 

違う、お前は――、俺は間違っていた。なんでそんな事を。どうしてそんな事を。

お前は自分で、チャンスを捨てたんだ。

 

 

「あぁぁぁあッ! うぅうぁぁあぁあぁあ!!」

 

 

傷ついて、だから苦しめて、そして失わせる。

 

 

(なぜ、気づかなかったんだ!!)

 

 

傷つけて、だから苦しんで、そして失うまで、なんで。

岳葉は情けなく、声を上げて泣いた。

子供にもなりきれなかった馬鹿は、ただひたすらに声を上げて泣いた。

ナンバーワンやオンリーワンになりたかった。その結果、彼は無限に湧いて出るワーストワンに変身していた。

 

 

(助けて、俺を助けてくれ瑠姫!!)

 

 

誰もいないのに。消えていく自尊心。

求め続ける。さようなら、アイデンティティ。

 

 

 





たぶんあらすじちょっと変わってます。
うまくいけば次回最終回、よかったら見てね( ́・ω・ )

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