仮面ライダー 虚栄のプラナリア   作:ホシボシ

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第6話 天使のクラックダウン(後編)

 

 

「キミ達は皆、神になれる資格を持っている」

 

「……ッ」

 

「人に不快感を与える奴らはクズだ。死ねば良い」

 

 

その通りだ。岳葉は一瞬、そう思ってしまった。

それは瑠姫も同じである。アマダムはさらに瑠姫へこういう言葉も付け加えておいた。

 

 

『赤川瑠姫。キミの境遇にはつくづく同情するよ。このままではキミは未来永劫、過去の呪縛に縛られ、苦しみ続けるだろう』

 

 

考えてもみたまえ、キミを陵辱した男は義父だけではない。

義父の知り合い、友人、それらもまたキミの心に深い傷を残しただろう? 彼らは今ものうのうと生き抜いている。

ある者は家庭を持ち、ある者はキミと同じような境遇の少女をまた新たに生み出そうとしている。

 

こんなおかしな話はあるか?

真面目に生きてきたキミがこんなにも苦しんでいるのに、非道な行いをした彼らはなんの罪悪感を持つことなく笑っているのだ。

 

 

『ククク! 赤川瑠姫! お前の未来は穢れているぞ』

 

 

瑠姫は頭を抑えた。体がまた、泥に覆われていく。

 

 

『想像してみろ。もしもお前が愛する男との間に子を生しても、お前は子に後ろめたさを感じずに未来を生きられるのか?』

 

『―――』

 

『クハハ! もしかしたら過去の男の精液が混じっているかもしれないぞ! 穢れた欲望が生み出したたんぱく質の(こども)が、お前の境遇を知ったらどうする!? 私なら首を括るね』

 

 

アマダムは人間の心を知っている。

 

 

『お前の幸福には常に負が混じり、お前を苦しめる。そうしたのは誰だ? 決まっている。身勝手な欲望を優先させる人と言う種だ!』

 

 

人間は醜い。人間は低俗。人間は愚か。

 

 

『思い出せ赤川瑠姫! 浴室で泣きながら精液を掻き出していたあの惨めな姿を! 地獄だったろう? それを味あわせたのは人間なのだ!』

 

 

故に、たったそれだけの言葉で瑠姫の心を簡単に折る事ができた。

 

 

『苦痛を取り払うにはどうすればいいのか!? 決まっている、人間を支配するぞ。お前が支配者になり、不快にさせる人間を全て排除すればいい!』

 

 

だから、瑠姫は、堕ちた。

 

 

「剣を持て、世界に反旗を翻すのだ!」

 

 

これは一種の政治だ。人間を引き摺り下ろし、我々が世界を取ろうじゃないか。

そうすればキミは、キミ達は、幸福になれるだろう。恐怖に震える日は、終わるのだ。

 

 

「それに私の力があれば、瑠姫の肉体を戻す事も、心の傷を消すこともできる」

 

「そんな、まさか!」

 

「できるとも! 私は最強の魔法使いだからな!」

 

 

そして瑠姫は踏み越えた。

 

 

「魔法は人の心に呼応する。強い欲望はそれだけパワーを増幅させる!!」

 

 

怒り、悲しみ、人間の心に張り付いた負の感情はそんな簡単に剥がれ落ちるものではない。

アマダムはそれを知っていた、瑠姫はそれに従った。ただそれだけの事なのである。

 

 

「岳葉くん、隼世くん、ルミ、こっちにおいでよ!」

 

 

瑠姫ではなく――、アフロディーテは濁った声で一同に手招きを行う。

瑠姫は不思議であった。今現在、岳葉達が自分を見る目は明らかに戸惑いの色を含んでいる。

しかし瑠姫は本気で自分はおかしい事をしていると言う自覚が無い。

 

だってそうだろ?

アマダムが言っている事は腐敗した世界を自分達で変えようと言うごく当たり前のことなのだから。

 

 

「岳葉くん、アマダムさんが目指す世界は、私達がやっていた事と同じじゃない!」

 

「そ、それは、そうだけど」

 

「その通りだ! まさかとは思うが、岳葉、キミは断らないよなぁ?」

 

「え……、あ――」

 

「自分の意思を持て。お前は人形か!? 違うよなァ!」

 

「それは――」

 

 

言葉を詰まらせる岳葉。

しかし隼世は違った。前に出て、確かに首を横に振った。

 

 

「僕は、貴方の考えには賛同できない……!」

 

「ほう、理由を聞こうか、隼世くん」

 

「あなたも仮面ライダーを知っているなら、怪人の末路は分かっている筈だ。世界を支配しようなどと、そんな馬鹿な考えがまかり通る訳はないんだ!」

 

「本当にそう思うか?」

 

「え?」

 

「先程も言ったが、仮面ライダーとは怪人になりそこなった欠落品だ。完璧なクロスオブファイアを持つ私こそがライダーや怪人を超越した唯一無二の正義なのだよ」

 

 

それに、隼世は少々偶像に夢を見すぎているとアマダムは指摘した。

どうやらアマダムは全てを観察していたらしい。当然隼世の境遇、過去、味わってきた思い、それを把握している。

 

 

「キミは正義正義と口にするが、それは結局のところ、自分を誤魔化しているだけにしか過ぎないのではないか?」

 

「なにッ?」

 

「キミが見てきた仮面ライダーはアカシックレコードではない。所詮、一つの正義を端的に写しただけにしか過ぎないのだ。全てを知った気になっているキミは滑稽だ!」

 

「そ、それは、どういう意味ですか!」

 

「君自身、分かってきたはずだ。人間の醜さ、愚かさ、汚さが!!」

 

「ッ!!」

 

「私達が現れるまでこの世界に怪人はいなかった。しかしライダーの力を持つキミ達は確かに存在していた。だと言うのにキミ達は仮面ライダーに変身する事ができた」

 

 

なぜか? 悪があるからだ。

隼世はなにも災害や事故のみを選んで人を助けていたわけじゃない。

不良に襲われる人間を守り、さらに突き詰めれば災害の一つである火災は放火であったり。

分かるだろう。分かるはずだ。これは岳葉も言った事だが仮面ライダーの敵である怪人はあくまでも『人の悪意の擬人化』でしかないことが。

 

 

「それに私は気づいているぞ。この世界には人間の皮を被っただけの劣等生物がはびこっていると言う事を」

 

 

アマダムはコネクトの魔法を発動し電子パッドを取り出した。

チラリとSNSを見てみれば、犯罪自慢を乗せたり、低俗な言葉で争いあったり、宗教や種族の事で争いあったり。

 

 

「世界を見れば今日もどこかで戦争だ」

 

 

そして今もどこかでレイプや強盗、暴行や恐喝、詐欺や殺人が行われている。

 

 

「更生ぃ? 反省ぃ? 司法、警察ぅ? おいおいおい、本当にそんなんで良いのかよお前ぇ!」

 

 

アマダムは隼世を強く指差した。一方で反論するべき隼世は顔を真っ青にして歯を食いしばっている。

 

 

「正義を語るのは結構だが隼世くん、キミの行動には結果が伴っていないんだ。全て上辺だけなんだよ。キミの愚かなジャスティスは蜃気楼のように無意味だ」

 

「それは、しかし――ッッ!」

 

「言い返せないだろ? この世は結果が全てだ。お前は人を助けたつもりでも、それは一時的なだけ。全ての犯罪者が更生できる様にキミは監視や説得ができるのか? できねぇよな! だって軽いモンな、お前の正義!!」

 

「―――」

 

「いいか! よく聞け隼世、岳葉! 私は今の通り人間の醜さを語ったが、なにもそれで世界の全てを知ったつもりではない。ネットの知識だけで神になった気にはなっていないんだ」

 

 

悪い人間もいるが、良い人間もいる。

 

 

「良くある反論の文句だ。結構結構、ご結構」

 

 

アマダムはそれを否定する気はなかった。

そりゃあゴミみたいに数だけ入る人間だ、中には良心的な者もいるだろう。

 

 

「だからこそ私は滅びではなく支配を提示する! 力を持つ我々はそれだけの権利があるとは思わないか?」

 

「だが貴方は他の世界の支配を提示している! それは結局、侵略ではないですか!」

 

「何がいけない! 腐敗した世界をよりよくしようと思うのは当然の事だろう?」

 

 

アマダムは何も人を奴隷にして悪逆非道の限りを尽くそうと言うのではない。

ただ自らを崇拝する信者を増やし、そして逆らう馬鹿や犯罪行為を行う者は全て排除すると言うのだ。

 

 

「………!」

 

 

それを聞いて隼世は完全に口を閉じた。

決まっている。それは口だけでしかない。

きっとアマダムはいずれ自らの思想に反対する者を異分子とみなし処罰していくだろう。

特撮だけではなくアニメや映画でもありがちな『悪者』の言うことだ。

 

しかし、言い返せなかった。何も言い返せなかったのだ。

もちろんそれは岳葉も同じだ。もともと岳葉はアマダムと近い考え方を持っている。

しかしいざそれを前にすると、言いようも無い『胡散臭さ』を感じてしまい、協力するとはいえなかった。

それにもう一つ、アフロディーテを見ると、心が激痛を発する。

その中で一人、大声をあげる者がいた。

 

 

「違う! アンタは間違ってる!!」

 

 

視線が一勢に、その言葉を放った者、つまりルミに集中する。

しかし戸惑う岳葉や隼世とは裏腹に、アマダムは鼻を鳴らし、一瞥するだけ。

 

 

「お嬢ちゃん。何が違うって言うんだよ」(ゴミが……)

 

「だって、お姉ちゃんをそんな姿にしてッッ!!」

 

「ルミ。私は別に気にしてないよ」

 

「え?」

 

 

アフロディーテは即答だった。

確かにザ・薔薇人間と言う容姿は人間とはかけ離れており醜いと言えるだろう。

 

 

「だって、前から私は醜い異形(かいじん)みたいなものだったし」

 

「お姉ちゃん……! なんで――ッ! 自分の事をそんなにッ」

 

 

アマダムの笑い声が聞こえた。

そういうものだ。人は負を抱え続ける事はできない。

抑制しても、結局は心のなかに巣食い続ける。自虐、八つ当たり、自尊心の確立ができなければ人は壊れる。

 

 

「弱い生き物だ。ハハハ!」

 

「ッ、アマダム。お前は――ッ!」

 

「そう怖い顔をするな。コチラとしても急な話しであると言うのは分かっているでおじゃる!」

 

 

そこでアマダムは考える時間を与えるといった。

指定の時間に、指定の場所に来るように伝え、そこで答えを聞きたいと。

場所は岳葉と隼世の脳に直接叩き込まれた。そこは奇しくも、岳葉が住んでいった町である。その外れにある採石場で結論を聞きたいとアマダムは口にした。

 

 

「最後に、こんな事は言いたくないが、私の邪魔をする事だけは避けてもらいたい」

 

 

協力するにせよ、拒むにせよ、アマダムは岳葉達の中にあるクロスオブファイアを回収しなければならない。

 

 

「回収方法は二つ。我がコネクトの魔力を受け入れるかだ」

 

 

つまり『私はアマダム様の魔法に掛かります』と岳葉と隼世が服従しなければならない。

これは力を与える際も同じだったはずだ。特典を受け入れるかどうかを聞き、岳葉達はオーケーしたからこそライダーの力を貰った。

 

 

「私は強制はしない。キミ達が支配者になりたくないと言うのならば、決して処罰はしない。クロスオブファイアさえ返してもらえば、私は次の適合者を探すだけだ」

 

 

しかし――、と、アマダムの声色が変わった。

 

 

「もしも邪魔をすれば、私はキミ達を殺す」

 

「!!」

 

「勘違いをしてはいけないよ。キミ達の中にあるライダーの力は我がクロスオブファイアの一部にしかすぎない。コアを持つ私とでは力の差があると言うことくらい、分かるね?」

 

 

勝ち目ゼロなのに歯向かってくる馬鹿は、アマダムの理想とする世界にはいらない。そういう事であった。

 

 

「何もおかしな事はない。大が小を食らう。これは自然の摂理だろ」

 

「………」

 

「賢くなりたまえ。人も豚や牛を支配している。それと同じだ」

 

 

ゴクリと喉を鳴らし、アイコンタクトを行う岳葉と隼世。

正直、双方その可能性は考えた。要するにライダーの力があるのだからアマダムから逃げるだの、戦うだのと反抗はできるのではないかと。

しかし今は何もしない事が一番であると察したようだ。

 

一方でアマダム達も踵を返し、集合の場所に先に向かうようだった。

アマダムに続き、配下であるドラゴン、ペガサス、タイタンが続く。

そして最後に、アフロディーテも踵を返した。

 

 

「ま、待ってよお姉ちゃん!! いかないでよ!」

 

 

ルミは手を伸ばし、懇願するように訴えた。

しかしアフロディーテは首をかしげ、意味が分からないという風なリアクションを見せる。

 

 

「変なの。ルミも岳葉くんたちも、さっさとコッチにくればいいのに」

 

「そんな……!」

 

「じゃあ、採石場で待ってるね」

 

 

そう言うと、アマダム達は姿を消した。

へたり込むルミ。岳葉達も何を言っていいのか分からず、しばらくそのまま呆然と立ち尽くすしかできなかった。

アマダムだとかクロスオブファイアだとか、何がなにやらだ。ましてや世界の支配など――。

 

支配など――、なんなんだろう?

いざ考えてみるとそれはやはり今まで自分達がしてきた事じゃないのか。

岳葉は頭を抱え、唸った。これから何をすればいいのか分からない。

 

そのなか、ルミはパニックになったように声を荒げていた。

とにかく瑠姫が怪人になってしまった。あのままで良い訳が無い。

 

 

「本当ッ、とにかく、アマダムさんに言ってお姉ちゃんだけは元に戻してもらおうよ!!」

 

「そ、そうだな! いずれにせよ、瑠姫をこのままにはできない!」

 

 

隼世もまた頷いた。

三人はアマダムが待つ、岳葉の町に向かうことに。

隼世とルミはサイドバッシャーに。岳葉はオートバジンに乗り込み、スピードを上げた。

高速道路をひたすらに走る事二時間と少し。岳葉の町が見えてきた。

一同は下道に下りると、市街地に侵入する。そして信号を待つ間、岳葉ふと、アマダム達のことを思い出した。

 

 

「………」

 

 

本当はどうすればいいかなんて、とっくに分かっているんじゃないのか?

戸惑いがちに隼世の方を見る。するとその隼世と視線がぶつかった。

 

 

「ど、どう思う? 隼世」

 

「……決まっているさ。アマダムが目指す世界は理想郷ではなく、ディストピアだ」

 

 

そもそもアマダムが言う様にあの調子で仲間を増やしていけばどうなる?

決まっている。必ず均衡は破綻し、結局は力が力をねじ伏せる世界形態が訪れる。

そもそもドラゴンやペガサスは自分達と同じ人間なのだ。

 

 

「いくら達観している様に見えても、人の心があるかぎりロボットにはなれない」

 

 

いずれは力に溺れ、自らが気に入らない者を処罰するエゴを前面に押し出してくるだろう。そんな事は容易に想像できる。

 

 

「だから、それを……」

 

 

それを、許すわけにはいかない。

隼世はそう言うつもりだった。しかし、言葉が出てこなかった。

 

 

「………」

 

 

出てこなかったのだ。

 

 

「――岳葉、アマダムは間違っているのかな」

 

「え?」

 

「……僕には、それが分からない」

 

 

自分がやらないといけない事なんてすぐに分かる。

 

 

『アマダム! 力で人を支配しようとするなんて間違っている! そんな野望は僕たちが阻止してやるッッ! 変身!!』

 

 

そんな言葉を言わなければならないんだ。

でもそれは正解ではなく理想なんじゃないか。隼世はそう思うようになってしまった。

なぜいけなんだろう? 何がダメなんだろう。どうなるんだろう。何も分からない。

そこまでして守るべき世界なのか。

 

そもそもクロスオブファイアのコアを持っているアマダムには勝てないはずだ。

なのに勝負を挑むなんて無駄死にも程がある。隼世だって馬鹿じゃない、死ぬと分かっている戦いを挑むほど生に執着がないわけじゃないんだ。

 

そしてなにより、瑠姫だ。

アフロディーテの力を彼女はまったく嫌悪していないように感じた。

それだけの闇が彼女にはある。それだけの不満が世界にあったのだ。

 

 

「………」

 

 

アマダムに戦いを挑んだとして彼女を説得できるのか?

彼女のような人間を救うことはできるのか?

なによりも、アマダムが言うように人間を見てきて、それでもなお自分は正義だのと口にできるのか?

ああ、分からない――。

 

 

「少し、時間をくれないか。岳葉、ルミ」

 

「え?」「市原くん?」

 

 

弱弱しい声で、隼世は呟いた。

 

 

「考え事がしたいんだ」

 

「あ、ああ……」

 

 

アマダムが指定した時間にはまだ余裕がある。

隼世は岳葉と別れると進路を変更、近くの公園にやって来た。

それなりに大きな公園だ。広場ではピクニックにやって来ていたのか、親子連れや恋人の姿も見える。

空気を呼んだのか、適当にブラついて来るとルミはいい、隼世は先程から一人でベンチに座っていた。

 

ぼんやりと空を見る。

しかしすぐにうつむき、大きなため息を漏らした。

こんな事を言ったら、ルミは自分を軽蔑するだろうか? しかし隼世は思う。

 

怖い。怖いのだ。

それは隼世が人間を下に見ていた証明なのだろうか。

隼世はライダーの力を手に入れてからそれを正義の為に振るっていたつもりだった。

しかしどこかでそれを楽しんでいたのかもしれない。だって自分が負ける事は――、つまり正義が否定される事はないと知っていたからだ。

 

だから岳葉の登場で内心大きく焦っていた。

いやだがそれでも命を賭けて岳葉を止めるつもりだったし、現に全力で戦う事ができた。

しかしそれはあくまでも岳葉が対等、もしくは勝てそうだったからに他ならない。

 

 

(僕の正義に、覚悟はあったのか?)

 

 

今、アマダムを前にして思う。

無理だ、勝てない。アマダムが何か良からぬ事を企んでいると分かっていても、止めようと全力を出す事ができない。

 

 

「………」

 

 

つくづく思う。

 

 

(僕は、仮面ライダーにはなれない)

 

 

隼世が知っている男達は、たとえどんな状況であろうとも悪に屈する事は無かった。

もちろん一度や二度だけではなく、多くのライダーが多くの怪人に負けた。

しかしたとえ心を折られそうになったとしても彼らは立ち上がり、強敵に立ち向かい、勝利を収めた。

 

しかし自分はどうだ? はじめの敗北ですら、想像すれば吐き気がしてくる。

恐怖、絶望、命が危険に晒されればアマダムに土下座をして許しを乞うているビジョンが容易に想像できた。

 

 

(ダメだな、僕は……)

 

 

考えれば考えるほどネガティブに飲み込まれていく。

だいだいなんなんだ、この状況は。確かに仮面ライダーは好きだった。

なれるのならばなりたいとも思っていた。自分が変身するオリジナルライダーを妄想していた事だってある。

しかし、いざなってみて思った。やはり、戦いからは逃げられない。アマダムのような怪人がいるなんて夢にも思っていなかった自分が今は酷く滑稽に思える。

怖いんだ、勝てる可能性がないなら戦う意味なんて――。

 

そうだろ? だって所詮フィクションだった。

なにも本当に存在しているなんてアホな事は考えてない。

仮面ライダーになるには日々修行や正義を思う精神を鍛えるのではなく、事務所に入り、オーディションに受かり、一年と言う撮影をこなす事だ。

脚本家は販促スケジュールを考えお話を作り、監督はアクションや演技指導に力を入れればネットで評価される。

そして玩具やDVD、ブルーレイが売れれば歴史に名前を残せる。

 

偶像だった。

ニセモノだった。それで良かった。

まさか本当に変身して世界の命運を分けるかもしれない戦いに参加するなんて――。

 

 

(そんな器じゃ……)

 

 

それに、一つまだ分からないことがある。

 

 

(正義ってなんだ? 正しい事ってなんだ?)

 

 

ライダーって、なんなんだ? 本当に必要なのか――?

 

 

『では、キミが救助を?』

 

 

以前、火災が発生したホテルで人を助けた事がある。

ギャレンの力があれば救助は楽に進んだ。しかしやはり救助は地味にとはいかない。

その際、救助隊の隊長に姿を見られてしまった。迷ったが言い訳をする時間や余裕も無く、隼世は己の全てを隊長に打ち明けた。

 

何、ライダーだっておやっさんと言う理解者がいたのだ。大丈夫、おかしい事じゃない。

だから隼世は全てを吐露した。そして提案したのだ。

 

 

『もしよければ携帯の番号を渡します。何かあればすぐに呼んでください!』

 

『断る』

 

『え?』

 

『……消防士をナメるな』

 

 

これが、返って来た言葉だった。

隼世は信じられなかった。なにも賞賛がほしかった訳じゃない。

しかし、せめて、認めるくらいは期待をしていたのかもしれない。純粋なお礼くらいは期待していたのかもしれない。

 

 

『今回だけは感謝しておくが、これきりにしてくれ』

 

『何故ですか! 僕の力――、いやっ、ライダーの力があれば貴方達では足を踏み入れる事ができない場所でも行けます!』

 

『随分と上からだな』

 

『そ、それはッ、失礼しました! そんなつもりじゃ!』

 

『いいかい? 我々は厳しい訓練を重ね、様々な事を学び、試験を合格しココにいる』

 

 

なのに少し力があるだけで簡単に消防隊の上を行く。

神様に力を貰ったなどと言う訳の分からない理由で、本来消防隊が助ける筈だった人を助ける。

死に恐怖する人の前に、訳の分からない理由で蘇ったという人間が現れる。

 

 

『それを知れば、厳しい毎日を耐えてきた我らの想いはどうなる? キミが活躍すればするほど、回りにも君の存在は知られる事になるぞ。メディアを通じ、マスコミを通じ、君は有名人だ』

 

『それは――』

 

『それを見た人間はどうする? これから努力し、消防士を目指そうと思うか?』

 

『……ッ!』

 

『俺はよく、下の者がくじけそうになった時、消防士を目指そうとしている者が諦めそうになった時、こんな言葉を使う』

 

 

俺も頑張ったから、お前も頑張れ。

みんな同じ事をしているんだ。みんな同じ事を耐えているんだ、と。

 

 

『その言葉を他でもない、キミが軽くするんだ。君の存在が意味を殺すんだ!』

 

『そんな、僕はただ困っている人を助けたいと――ッ!』

 

『その考えは立派だが、世界や社会はそんなに単純じゃない!』

 

 

人が隼世の存在をしれば、必ず縋ってくる。

 

 

『キミはウルトラマンを見たことがあるか?』

 

『え? あッ、ええ』

 

『私は宇宙警備隊が嫌いだった』

 

『か、科学特捜隊……』

 

『なにかね?』

 

『い、いえ、お話を続けてください』

 

『宇宙警備隊は弱いんだ。パンドンやキングジョーにすぐ負ける!』

 

『あ、あの、パンドンやキングジョーはウルトラマンではなくセブンで――』

 

『ハァ、揚げ足を取るのが好きだな、君は。ウチじゃそんなヤツはすぐに嫌われる』

 

『す、すみません。失礼しました! 特撮が好きなもので無礼な事を!』

 

『いいかね。とにかく、彼らはすぐに怪獣に負ける。なんの役にも立たない! 私は子供の時からずっと思っていたよ――』

 

 

怪獣が現れたとき、警備隊なんていらない。

ウルトラマンさえいればいいと。

 

 

『分かるだろ、君はウルトラマン。我々は宇宙警備隊になるんだ』

 

『……ッッ!!』

 

『キミがもしも現場に来ず、犠牲者が出れば、キミさえいればと永遠に言われる』

 

『そ、そ、それは……』

 

『言い返せないだろう? 周りの人間が、キミの出来損ないである我々を頼りにするのか? キミさえればいれば良いと、消防士を目指そうとしていた人間は、夢を諦める!!』

 

 

苦労を重ね、命を助ける事の重さを知ればこそ、その仕事に誇りが持てる。

命を賭ける重さが分かるんだ。

 

 

『その誇りを、キミと言う存在が消そうとしてるんだ!!』

 

『僕は、僕はただッッ!!』

 

『ヒーローごっこは、もうやめてくれ』

 

 

目の前が真っ白になった。

 

 

『現実には怪獣も怪人もいないんだ。火災を対処するのは我々消防士の使命だ。仮面ライダーなんて物はいらないんだよ』

 

『ぐ……ッ!』

 

『それにキミは何歳だ? 特撮なんて子供が見る幼稚で下らない番組だろう。いい加減大人になって、もっと違う趣味を持ちなさい』

 

 

フラッシュバックする光景。

隼世はもう一度大きなため息をついた。

 

 

(仮面ライダーはいらないのかな? 望まれていないのかな……)

 

 

絶対のライダー像が歪んでいく。

だとすれば、なんの為に戦えばいいんだ。

愚直な正義なんて、今の世の中には必要無いんだろうか。

 

 

(ライダーになんて、なるんじゃなかった)

 

 

憧れは憧れのままで、良かったのかもしれない。

隼世は大きくうな垂れ、頭を抱えるようにしてため息をついた。

 

 

(教えてくれよ、市原隼世)

 

 

お前の正義は、一体なんだ?

 

 

 





ゴーストの映画面白かったです。
ああいうタイプは久しぶりで、最近の夏映画の中でもトップクラスに好きかも。
もうちょっとゴーストチェンジはあっても良かったかもしれませんが、そこら辺はやっぱり尺の問題でしょうね( ́・ω・ )

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