魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第5話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 アインズ、アルベド、フォアイル、そしてニニャの四人は、アインズの転移によって、魔法都市の城を訪れた。

 ナザリックに比べれば大したことない城であるが、雇われた――人間や亜人の区別ない――外のメイドたちが日々磨き上げるそれは、人間の国の王族でも歩を進めることを躊躇うほどの輝きを、壁に床に天井に灯していた。

 

「どうした、ニニャ?」

 

 素知らぬ顔で居住地――三階分ぐらいぶち抜いた高さの伽藍(がらん)のような吹き抜けがあるが、断じてここはアインズの私室に他ならない――から外へ続く硝子扉へ向かっていた骸骨が振り返った。三人とも不思議そうに首を傾げているため、ニニャは勇気を振り絞って前へ。第九階層と第十階層で慣らされていなければ、ニニャは借りてきた猫よろしく、その場に縮こまっているだけに終わっていたかもしれない。

 こうして、四人は王城の隔離塔から、城へと通じる「天の橋」へと至る。

 

「ふわぁ……」

 

 そこに広がっていたのは、一面の花園だった。

 まるで天国のように澄んだ空気に、心地よい花の芳しい香りが馴染んでいる。

 生命を憎むはずのアンデッドたちが、生命の象徴たる花々の世話をしていた。

 

「ご苦労」

 

 主に声をかけられ敬服の姿勢を示す骸骨たちを横目に、アインズたちは城の方へ向かった。

 ニニャも僅かに遅れてそれに続くが、アンデッドたちは少女へいかなる関心も見せずに、再び花の世話を続けていく。

 ありえない光景だった。

 ナザリックで見た屈強なアンデッドよりも脆弱な、しかし並の人間なら簡単に殺し尽せるはずのモンスターが、ただの園丁(ガードナー)として、花園の管理に執心するなど。

 ニニャはさらに驚いた。

 橋の中間地点あたりで、ウッドテラスになっている展望台があるのだが、思わず、そこから広がる城下の様子に目を奪われる。

 

「なに、これ……」

 

 それは自分が知るいかなる都よりも、壮麗で精緻で、尚且つ機能的に整えられた都市の姿。

 依頼で赴いたことのある王都や、アイテム購入のため訪れた帝都などよりも、この聳える城は大きく、都市の成り立ちは堅固そのもの。都市内の街道どころか、そこから都市外へ伸びる道もすべて見たことのない黒い石畳――コンクリートの真似事――で覆い尽くされている。蟻のようにその上を行き来する馬車や人の数も、かなりの数になるだろう。

 自分の視力では眼下の様子がはっきりと見て取れるわけではないが、そこに広がる街のありさまは、日の光を浴びて燦然と、煌きを放っていた。

 

「あの、モモ……アインズ、様。この都市の場所って、た、大陸中央、なのでしょうか?」

「うん? いや、この土地は君も来たことがあるんじゃないか?」

 

 冒険者であったニニャなら、一度くらい来ていてもおかしくはない場所だと、魔導王は言い放つ。

 しかし、言われた少女は理解できない。王都よりも壮大で、帝都よりも秀逸な、こんな御伽噺の魔法の国でしか夢想したことがない都市になど、自分は訪れた記憶などない。

 アインズは立ち尽くすニニャに、静かに語り聞かせる。

 

「この魔法都市の名は、カッツェ。魔法都市・カッツェという」

 

 ニニャは心の底をブチ抜かれるほど驚いた。

 カッツェという響きが何を意味しているのか、過たず理解に至る。

 かつて霧が立ち込め、数多くのアンデッドが徘徊していた、冒険者御用達のモンスターの狩場。

 しかし、アインズが王国との戦争に勝利した後に領土として手中に収め、エ・ランテルに次ぐ都市として開発と造営を行わせた都市建造計画は、いまや、下手な現地勢力の都市などよりも数段優るものに成り代わっていた。

 カッツェ平野に、僅か数年の歳月をかけて建立された魔法都市の様は、その十倍の年月をかけなければ完成しないほどの規模で、ニニャの、魔法詠唱者の少女の目の前に、広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズたち一行は、城内の簡単な案内をニニャに対して済ませると、割と簡素な馬車――馬は魂喰らい(ソウルイーター)で、御者は死の騎兵(デス・キャバリエ)――に乗り込んだ。無論、魔導王であるアインズが乗るにはだいぶ大人しい装飾で、一見すると街を普通に行き交う乗り合い馬車程度にしか思えないが、こうでもしないと街を散策するということは不可能だ。魔導王専用の馬車が街を進むだけで、通りは水を打ったように静まり返り、全市民が平伏の姿勢をとってしまう光景など、アインズがニニャに見せたい光景からは乖離している。アルベドやフォアイルも、すでに主人の意図するところを理解し尽くしているので無駄な口出しはしない。

 アインズが奥の席に座り、アルベドはその隣。フォアイルが先を促したため、アインズの正面にニニャが座る位置になる。メイドは慣れた様子で出入口を閉じると、ニニャの隣に座った。

 

「確かめておくが全員、装備し終わったな? では、行こう」

 

 言われたニニャは、自分の首に飾られたアイテムを眺める。アルベドやフォアイルも似たようなネックレスを身に着けているが、自分の目の前の魔導王は驚くべきことに、自分が知るモモンの姿――鎧兜を脱いだ壮齢を迎えた普通の中年の顔になっていた。聞くところによると、これは幻術で作られた姿らしく、彼ほどの存在だとニニャたちがしているアイテムの恩恵だけでは、正体を隠匿し、市井を巡ることに不安が残るのだとか。彼の全身を覆っていたローブや装飾はすべて脱ぎ捨てられており、一見するとニニャが着ているものと同じ簡素な人間の身なりにとって変わっている。

 馬車内の三人が頷くのを確かめ、アインズは死の騎兵に出発を命じる。

 朽ちた弦楽器を思わせる耳障りな承知の声と共に、御者は手綱をぴしりと振るった。

 壮健な馬の(いなな)き、というよりも化け物の吠える声と共に、馬車は驚くほど衝撃を感じさせないまま、門外へと前進する。

 

「すごい……これってマジックアイテムの?」

「そうだな。我が国の馬車のほとんどは快適な車輪(コンフォータブル・ホイールズ)軽量積荷(ライト・カーゴ)、そして室温維持の魔法が施されている」

 

 アインズ専用のものになると、浮遊板(フローティング・ボート)を応用した浮遊四輪車(フローティング・キャリッジ)が使われ、黒と金でコーティングされ、色とりどりの宝玉や金細工を施された車体は、最高峰の魔法の防護を張り巡らされており、高位階の魔法でもない限り破壊するのは不可能な代物になっている。

 しかし、アインズは時たま、都市の流通や市井の治安把握のため(という名の息抜き)に、こういった庶民的な――数年前まで王侯貴族専用の――移動手段を大いに活用しているのだ。何の防御にもならない簡素な四人乗りの馬車に、至高の御身にして、今や大陸世界唯一の王者として君臨するようになった御方が乗り込むには些か以上に不安の残る馬車の使用を忌避したいアルベドや守護者などを一年以上もかけて説得して、魔導王となったアインズはようやくお出かけの自由を勝ち取ったのである。

 

「国のほとんどって……どれぐらいの数が?」

「この都市だけで、200以上だったか?」

「正確には252輌が運行されており、うち131輌が国営の乗合馬車に使われ、120輌が私営馬車に(おろ)されております。残る1輌が、我々が搭乗しているこちらのものになります」

 

 アルベドの正確無比なフォローに、アインズは大きく頷く。アルベドはさらに大型ものや超大型のもの、小型のものなどの存在も説明していくが、聞かされている少女はあまりの情報量の多さに耳が麻痺したような気分を覚えた。

 ニニャは自分が未だにこの国がどれほどのものであるのか、見誤っていた事実を痛感させられる。

 マジックアイテムというのは、言うまでもないことだが特別な手段や方法によって魔法を付与あるいは自発するようにされた道具のことであり、安いものでも金貨単位、高額の物になると王族や貴族でしか(あがな)うことのできないものが存在しており、今ニニャが座しているふわふわの絨毯と美麗な内装で覆われたそれらは、間違いなくそういった者たちにしか与えられないはずの最高級品であるはず。

 そんなものが、それだけのものが、このひとつの都市だけで252輌――?

 

「ああ。勘違いしなくていいぞ、ニニャ。この馬車の内装は私専用として、特別に造らせたもの。他の馬車については、これよりもかなり落ち着いた感じになる」

「は、はぁ……」

 

 そう言われても、開いた口は塞ぎようがない。

 一都市だけで200を優に超すマジックアイテムが、一般の交通手段として使われているという現実。

 こんなお話、物語の中にだって聞いたことがない。

 

「……見えてきたな」

 

 窓外の光景を眺めるアインズの言葉に吊られ、馬車の内装を観察していたニニャも硝子の向こうの世界を直視する。

 開いていた口が、さらに大きく広がってしまう。

 

「う、嘘でしょ?」

 

 城の長く幅広い堀を越えるための橋の太さ長さも驚くべきだが、ニニャは目抜き通りの両端に建てられたものに驚いた。彼女の知識だと、古色蒼然とした永遠の停滞とも言うべき王都や、理路整然とした新進気鋭の活気に溢れる帝都の、そのどちらにも該当するものがない。

 都市はまるで一個の芸術作品であるかのように、すべての建物がひとつの意志の下で建造されたと判るほどに規格が統一されており、尚且つ、そのどれもが巨大で、通りに面する側のほとんどは水晶のように輝く硝子だった。硝子でできた壁――窓――からは中を行き交う人の姿や、食事や休息を愉しむ者の姿も窺い知れる。建物にはすべて何らかの紋章――魔導国の印璽なのだろう――を金糸で施された赤い幕旗が風になびいており、水晶で築かれた都市の保有者が誰であるのかを明確に表してくれていた。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王によって建造された魔法都市・カッツェ。

 この世界でも類を見ない、魔導国ならではの新しい都市のありさまが、そこにはあった。

 一行は、アインズの勧めにより、城から南方へ行った都市の中央市場で行われているという朝市を目指した。

 市場は大きな通りが交差する円形広場で開かれており、馬車がロータリーのように舗装された道の上をぐるりと巡る直径一キロ近い空間の中心に、たくさんの品物が露店に並べられ、たくさんの金銭が遣り取りされ、たくさんの人々が声の限りに商いを行っている。

 アインズは適当なところで馬車を止めさせた。四人はそこで下車していく。役目を終えた馬車が一行を残して走り去っていくのにも気づかないまま、ニニャはその光景に圧倒されていた。

 防音性にも富んでいた馬車内から出た途端、一行は凄まじいまでの音の本流に包まれる。喧々囂々。騒音の坩堝とも言うべきそこは、魔法都市随一といわれる中央市場にふさわしい活気が、満ち満ちていた。

 

「バレアレ印の新水薬(ポーション)、大量入荷しました!」

「アゼルリシア産霜竜(フロストドラゴン)ステーキ肉だよ!」

「ルーン工房のマジックアイテム、今なら安いよ! 冒険者の方々ぁ必見!」

「ジャイアント・レインフルーツ、一個1銀貨っ! 早い者勝ちだっ!」

 

 声が()れることを(いと)うことなく、露天商たちは行き交う人々に商品の魅力を喧伝する。

 瑞々しい果実や野菜が山のように積まれ、肉の焼ける潤とした匂いが周囲に立ち込める。見たこともない宝石や装飾が棚に並べられ、不思議な光を放つ武器や防具が陳列されているのを、屈強な者たちがためつすがめつしている。右を見ても左を見ても、どれもこれもがニニャの関心を覚えるものばかりで、少女は小さな子供のように興奮を抑えきれないまま首を巡らし続けるしかなかった。

 

「すごい活気だぁ」

「そうかな?」

 

 これはまだ控えめな方だとアインズは教えてやる。

 

「今日は平日な上、もう昼に近い時間帯だ。休日の早朝になると、今の倍の露店が並び、客足も倍以上にはなる」

 

 今は人が行き交うのに不足のないほどのスペースが空いているのだが、アインズの言った時間帯になると、一歩を踏みしめるのも一苦労という人の波が、氾濫した川のように市場を埋め尽くすのだ。そのため、そういった者たちが将棋倒しなどの不幸に見舞われないように死の騎士(デス・ナイト)の誘導員が急派される。今もロータリーにて馬車の交通整理を行う傍ら、市場の治安維持に勤める彼らは、この中央広場に駐在する任を負った警邏部隊の一員であるわけだ。

 

「交易都市になると、ほぼ毎日がここ以上の賑わいを見せているな」

「こ、ここ以上なんてあるんですか?」

「世界は広いのだ、ニニャ」

 

 アインズは微笑みさえ浮かべ――今は人間の顔なので表情はニニャにも読める――、少女が興味を示した方向へと付いていく。その脇を、アルベドとフォアイルが付き従うのだ。

 ニニャは気づいていないが。

 アルベドと、一般メイドのフォアイルは、外の世界においては比類ない華を集積した絶世の美女の姿をしており、事情を知らない一般人たちはその姿を直視しただけで軽い恋心を抱くことも珍しくはない。しかし、そんな二人は純白のドレスやメイド服という都市の中では浮いてしまうだろう服装に身を包みながら、誰一人として、彼女たちに興味や好意を向けようとするものはいない。まるで、どこにでもいる通行人とすれ違っているかのよう。

 これは彼女たちのネックレス型のマジックアイテムの効果によるもの。

 このネックレスは高位階の看破魔法でも使わなければ無効化することのできない最上位の認識妨害魔法が込められており、アインズは供回りを務める彼女たちと、一応ニニャにも与えることで、周囲の人間から関心を持たれることがないように対策を施している。

 アインズたちは注目を浴びることに慣れていないわけではないが、それでは都市の日常を肌で感じることは難しい。行き交う人々全員から平伏されても困るし、妙な噂になってしまうのも遠慮したい。都市の視察と散策を行う上で、このマジックアイテムの装備は必要不可欠とも言えた。さらに言うと、このマジックアイテムは物理・魔法の攻撃にも恩恵をもたらしてくれるのである。不意な事故や襲撃への対策も万全というわけだ。

 そんなアイテムで守られているニニャは、人波に自分の見たことのない影が複数あることを認め、愕然となる。

 

「あれはひょっとして……蜥蜴人(リザードマン)?」

 

 トブの大森林の湖に棲息するという、蜥蜴と人の中間とも言うべき姿をした存在は、見事な鎧に身を包み、魔法の輝きを灯す大刀を背中の鞘に納めている。

 しかし、ニニャの知識ではその後ろに並ぶ者たちの正体はわからなかった。

 アインズは少女に教えてやる。

 

「後ろに並ぶのは、ビーストマンと人馬(セントール)だな。チームリーダーの人間の女は、君と同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)かな?」

 

 杖を持ち、魔法のトンガリ帽子を被った青い髪の少女は、蜥蜴人の屈強な剣士と肩を並べ、ビーストマンの女槍戦士と人馬の少年神官を付き従えている。胸から下げたプレートは、アダマンタイトの漆黒の輝き。

 

「か……彼女たち、最高位の冒険者、なんですか?」

「ああ、君は知らないか。アダマンタイトは、今は下から数えた方が早い。銅や鉄、銀や金、白金(プラチナ)などはすべてシュレッダーに入れるか、貨幣などにするため廃止されているからな。上にはダマスカス、エレクトラム、ヒヒイロカネ、アポイタカラ、七色鉱などがある。最低位はミスリルを採用しているのだよ」

 

 ナナイロコウなど、まったく聞いたこともない鉱石の名を聞かされてもニニャにはよく判らなかったが、注意深く観察すると、オリハルコンやアダマンタイトの他に、緋色の金属や青色の金属のプレートを下げた冒険者の姿も見つけられた。自分が知る銅や銀の輝きなど、どこを探しても見当たらない。しかも、都市の人間は誰一人として、都市を行き交う大量の亜人たちに注目していない。まるで、そんなもの見慣れてしまっているかのようではないか。

 軽くウラシマ効果を味わう少女の様子を、アインズは満足そうに眺め、とある場所へと案内した。

 そこは広場の片隅に、しかしはっきりと自己主張するように建てられた金属でできた山のような六角錐のモニュメントで、戦士や剣士、神官や魔法詠唱者の出で立ちをした人々は、そのモニュメントにぽっかりと開いた入口を通って姿を消す。どうやら地下へと続く階段があるらしく、彼らはそこを目指しているらしい。

 

「あれは冒険者組合の作成した、人工のダンジョンだ」

「都市の中に、ダンジョン、ですか?」

「新米冒険者たちは全員、あそこでパワーレベリングを行うことが義務付けられているのだよ」

「ぱわー……れべりんぐ?」

 

 あのダンジョンで一定以上の戦績を上げられた=レベリングに成功した者にのみ、最低位のプレートであるミスリルが支給されるようになる。それからようやく、彼らは冒険者としての道を歩み始めることになるのだ。

 

 経験値大量確保による、大幅な戦力(レベル)増強。ナザリックの無限湧き(POP)モンスターを狩らせ、難解なトラップに挑み、悪所を切り抜ける胆力と性能を身に着けさせることで、ダンジョンに隠された財宝や魔法武器などを手中に収めるという、実にゲーム的な手法で、彼らはそれまでの苦労が何だったのかという速さで、力を身に着けていった。

 これはひとえに、この世界のモンスターが低レベル(獲得経験値はお察し)過ぎたこと、そんなモンスターでも傷を負い殺される(経験値はパァになる)こと、モンスターとの遭遇戦はあくまで消極的な動因に過ぎず、人類の生存圏にあぶれてきた少数を狩ることで依頼は達成されたことになっていたことなど、原因をあげていけばキリがないレベルで、彼らは本格的な戦闘訓練――もとい経験値稼ぎ――を行ってこなかったのだ。彼らが行ってきた訓練といえば、モンスターに見立てた案山子に木剣を振るうか、同じ級の冒険者同士で稽古を行う程度。それでも一応経験値というものは貯まるようなのだが、そんなことを続けていっても一日に1ポイントか2ポイント稼ぐのがやっとな状態だったのである。実戦形式でモンスターを効率よく狩ることができれば多少マシにはなるのだが、人間というのはあまりにも脆い。毒を受け、麻痺を受け、腕の一本でも不能になった時点で退却を余儀なくされ、運が悪ければあっけなく死んでしまう。ゲームとは違い、現実の世界でのモンスター討伐というのは、常に命の危険が迫る事柄であるのだから、当然と言えば当然と言うわけだ。

 しかし、作成したダンジョンには、外のモンスターよりも強壮な化け物・アンデッドが集い、しかも冒険者たちを無闇に殺さないよう手心まで加えてくれる。本物の戦士とも言うべき小鬼(ゴブリン)蜥蜴人(リザードマン)たちの教育や支援も手伝ってくれる上、不幸にもデストラップに嵌ってしまい致命的な傷を負ったり死んでしまっても、ある程度の資金を積むことで、容易に回復復活までさせてくれるのだ。これは、人間の神殿勢力ではまったく行えるはずのない、価格破壊とも言うべき大革命をもたらしたのは、言うまでもないだろう。

 

「冒険者志願者たちは、組合が用意した施設、まぁ寮なのだが、そこで寝泊まりをし、ああして定期的にダンジョン攻略を行うことで、組合から一定の収入を得られる。モンスターを討伐した数や発見した宝の質に応じて、給金が増減する完全歩合制になっている」

「発見した、宝?」

「ダンジョン攻略の、各階層ゴール地点にあるものだ。魔法の武器や希少なマジックアイテムで、志願者たちはそれを自分の強化に使うもよし、組合に返却提出して寮での暮らしを充実させるもよし、生命保険――自分が死んだときの蘇生費用のために組合で換金するもよし、他の志願者たちと交換して使うなどということも、よしとされている」

「あれだけの人数全員に行き渡るほどの数が、あそこに?」

「全員、には――行き渡らないだろうな。何人かは第一階層を突破できずに脱落していく。最初の内は慣れていないものだと軽い恐慌状態(パニック)に陥るものもいて、そういった連中をふるいにかけるのさ。第一階層で死者は出ない仕組みだが、それを越える度胸もなければ残る階層の踏破など不可能だからな。階層は全部で五つに規格が統一されているが、言うまでもなく、下に行けば行くほどモンスターは強くなり、トラップやフィールドエフェクトも悪辣になっていく」

「……ふぃーるど、えふぇくと?」

「そうだな。言うなれば、天候や気候が悪い状態と言おうか? 嵐とか、暗闇とか、夏の日照りのように熱いとか、逆に冬の凍った湖のように冷たいとか、そういう厳しい環境下に置かれても、モンスターとの戦闘を十全に行える体力気力、そして魔力を養っていかねば、今の冒険者は務まらないのだ」

 

 ニニャは納得の表情を浮かべ、入口で記名手続きを行う列を眺めた。

 驚くほど装備が充実している者が真剣な表情をしている横で、大した装備を持っていない者が笑っているのは、なるほどそういうことか。

 

「装備を盗まれたりする可能性は?」

「ほぼ、ないな。

 志願者の武装はすべて組合の管轄下にある。志願者の装備は個人で管理するのではなく、原則は組合に預け、ダンジョン攻略時に受け渡しを行うという方式になっている。他の志願者をダンジョン内で殺害して装備を奪うなどして、闇市に流し利益を得ようとする馬鹿もいなくもないが、高価なアイテムには認証タグ――魔法的な追尾性能があって、どれだけ遠方にあっても魔術師組合が探査可能だ。このシステムを採用してから、魔法武器やアイテムの盗難件数は三桁もいっていない。来年には一桁に収まるという試算もある」

 

 これは、摘発率が異常に高いからというよりも、そんなことをした者の末路を考えれば、自ずと件数総減の理由が判るだろう。

 ダンジョンにあったものはすべて、アインズ・ウール・ゴウンからの賜物だ。それだけの恩賜を、窃盗し横領するなど――そんなことをする愚物は、魔導王の名を軽んじる罪人として、どのような刑罰に処されるのか。情状酌量の余地などない。

 無論、そんなことまで説明してやることはない。必要がないことは、アインズは基本的にやらないのだ。

 

「興味があるか? 冒険者になることに?」

「……いえ」

 

 言葉とは裏腹に、興味深い眼差しで少女は志願者たちの列を眺めている。

 アインズは昨夜、宰相と参謀が語っていたことを思い返す。

 

「遠慮することはない。かつては君もまがりなりにも冒険者だったのだから、彼らがどれほどの強さなのか、どうやってミスリル以上の資格を勝ち得るのか――知りたいだろう?」

「……すいません。正直、気になります」

 

 正直なことはよいことだ。

 

「そんな君にぴったりの話があるのだが……どうだろう?」

 

 ニニャは少しだけ逡巡する間を持つと、しっかりとした意志を感じさせる瞳を向け、頷いた。

 アインズはニニャに対して、ナザリックでの経験値大量確保作戦(パワーレベリング)の概要を説明する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜もすっかり深まった都市の光景は、しかし昼にも匹敵するほどの輝きを溢れさせ、その活気が衰えることはない。通りを照らす永続光の街灯もそうだが、通りに面する酒屋や宿屋などからも光が溢れていた。勿論、ニニャの知識にも“黄金の輝き亭”のような最高級なそれであれば珍しくもない光の規模だが、街の通りのほとんどの店々のすべてが、最高級のみに限られていたはずの光を氾濫させているのはどういうわけか。考えるだけで凄まじすぎる。

 ニニャはアインズたちと共に都市巡りを終えると、城への帰還を果たした。

 今、彼女がいる場所は、城の最上層に近い、幾百もある部屋の中でも最高品質な規模と内装で整えられていた3LDKほどの客室である。下手をすると、国賓を招く時に使うような部屋なので、ニニャはあまり居心地がよくない。姉とマルコと寝泊まりしていた使用人室でも圧倒されていたのに、その二倍以上の広さを自分一人で使うなど、想像の範囲を超えて余りある。

 軽い舞踏会でも開けるのではないかという広いバルコニーの手すりにもたれながら、ニニャは眠らない都市の光景をしきりに眺めてしまう。

 

「今日は、すごかったなぁ」

 

 いや、今でも十分すごい光景を目の当たりにしているが、アインズたちとの都市巡りには本当に参った。自分が死んでたった数年で、世界はこんなにも変わるものなのか。これもひとえに、アインズ・ウール・ゴウンという稀代の魔法詠唱者(マジックキャスター)――魔導王の力と治世の賜物なのだと、都市を行き交う商人や市民は口々に語っていた。通りのそこここには、もはや馴染み深い骸骨姿の魔法詠唱者の立派な像が建てられており、人々は何かしらの恩恵や加護を授かろうと、そして、大陸に平和と繁栄をもたらした超越者への敬意と感謝とを示すことに迷いがなかった。その光景を直視することを彼は異様に忌避していたが、まさか恥ずかしいなんてこともないだろう。いや、意外とそれも可愛い気がするけど。

 

「――アインズ・ウール・ゴウン魔導王」

 

 遍く大陸世界を統治する、空前絶後の至高帝。

 広く深く、すべての生命に尊崇される神のごとき存在。

 かつては自分たち“漆黒の剣”と共に旅をしたこともある冒険者。

 死んだ自分を蘇らせ、探し求めていた姉との幸福な再会を果たしてくれた大恩人。

 

「本当に、すごいなぁ」

 

 少女は青い瞳の奥に、澄んだ憧憬と尊敬を抱きながら、夜の冷たい空気をほてった胸の内に入れる。

 

『ニニャ』

「は、はい! アインズ様!?」

 

 慌てて周囲を見回してしまった理由は、少女の格好を見れば明らかだ。

 純白のタオル地で覆われたバスローブ姿のニニャは、つい今しがた一風呂(ひとっぷろ)を終えたばかり。男性の前でさらすには貧相な体つきということも相まって、つい反射的に胸元の生地をきつく手繰り寄せてしまったわけだ。……もっとも、彼女が死んだ際、アインズがその膨らみを見ていたことなど、少女は知らないわけだが。

 

『慌てるな。ただの〈伝言(メッセージ)〉の魔法だ』

「あ、そう、でしたか」

 

 よかったです、なんてとても言えない。そんな口の中の言葉とは裏腹に、妙に悄然となる自分が少し解せない。

 

『すまないが、政務が立て込んでいてな。私には構わず、先に夕食にしてくれ』

「そんな、先になんて」

『まぁ、アンデッドなのだから食事など不要なのだが、最近は食事を愉しむことも覚えてな。ナザリックの料理長ほどではないが、あのビーストマンの女料理長も、なかなかのものだ。十分味わうと良い』

「はぁ……では、お言葉に甘えて」

 

 ニニャは観念して、アインズの厚意に甘えることにする。ナザリックでも味わっていた貴族が口にするようなコース料理は、最初こそ格式張ったものが重荷に感じられていたのだが、その旨を正直に伝えた後からは、ニニャにも馴染み深い、食堂で味わうような一品料理が増えた。聞くまでもなく、アインズが気を使ってくれたのだろう。本当に恐縮してしまう。

 

『では一時間後に会おう。レベリングの件については、その時に』

「はい。それでは」

 

 アインズとの〈伝言(メッセージ)〉を終えた途端、入室の許可を求めるメイドの声とノックが部屋に響いた。当然、ニニャはその声を室内に招き入れる。

 ワゴンに乗って運ばれてきたものは、焼き立てのパンに湯気の立つスープ、黒い鉄板に焼かれたドラゴンステーキに、ドリンクは甘い果実水。ニニャのお気に入り料理(メニュー)の一つである。

 だが、ニニャは驚きに目を瞠った。

 

「失礼いたします」

 

 そのメイドは、黒髪のポニーテールをピンと張り、切れ長な黒い瞳で賓客に声をかけた。

 

「ナ、ナーベさん!」

 

 ナーベラル・ガンマは、ニニャの驚きに凛然とした無表情でもって応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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