魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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予定通り、一応、完結。

昨日の更新を読んでいない方は、ご注意ください。


最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルコ失踪事件が落着し、アインズの結婚相談を受けてから、数日が経った。

 

「姉さん、準備できた?」

 

 部屋の住人を()かすでもなく、ニニャは声をかけた。

 程なくして、新たにかわいらしいリボンを宿した純白の産着(うぶぎ)に包まれ、新調した白い竜のぬいぐるみと戯れる赤ん坊を抱いた女性が、奥から現れる。

 

「お待たせ」

 

 ニニャは(ツアレ)の付き添いのために、第九階層の使用人室の一角を訪れていた。ちなみに、ツアレの夫であるセバスは、アインズの供回りという最重要な使命により、一旦ながら休暇を返上しているのだ。

 一時間後、第十階層の玉座の間にて行われるという、アインズからの重要な宣布。

 その場に、マルコを含む彼女ら三人は呼び集められていた。

 

「今日は、大人しくしてるんだよ、マルコ?」

 

 姪っ子の頬をぷにぷに触りながら忠告を添える。

 赤ん坊はわかっているのかいないのか判然としない表情で、ただ「あー」としか返さず、叔母の指を軽く握り返す。

 悪魔や死者の凶相に怯え泣く赤子を連れていくのは、本来であれば(はばか)るべきところだが、ナザリックの最高支配者直々の御指名を受けては、マルコも臨席するしかない。いざという時――この間のような騒動の繰り返し――となれば、アインズの魔法が施された産着やリボンが、マルコの暴走を封印してくれるらしいが、やはり何事もなく終わってほしいと思うのが人情というもの。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 乳飲み子を抱く姉に促され、ニニャは使用人室の扉を開けた。

 すでに第九階層の広大な廊下には、直下にある最奥の地、玉座の間に集うべく招集されたモンスターの群れが、異形(いぎょう)人形(ひとがた)も、大も中も小もない無数(むすう)無尽(むじん)強者(つわもの)たちが、大挙となって溢れかえっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神聖不可侵なる巨城、第十階層の最奥に位置する玉座の間にて、再びアインズは全シモベたちの招集を行った。

 前回とほとんど同じ顔ぶれだが、居並ぶアンデッドやモンスターの列に、前回はいなかった者らも並んでいる。

 元守護者統括にして「宰相」として……“盾として”……アインズの身辺に侍るはずのアルベドが最前列にいることもそうだが、普段は宝物殿に詰めているはずの領域守護者の姿や、主席メイドとは言えただの人間でしかないツアレが愛娘を腕に抱いており、その妹のニニャまで、今回の招集を受けていた。

 はじめてのことに緊張の色を隠せない妹をツアレは気にかけてやるが、無理もない。

 ナザリック全階層、大陸世界に遍く散るほとんどすべてのNPCが広大な空間を満たしている。それ一体が容易く都市を落とし、国一つを亡ぼすことも可能な、一騎当万の百鬼夜行。いくら魔導王直々の教練によりレベルアップを果たした魔法詠唱者(マジックキャスター)であろうとも、その精神は十代の少女のそれなのだ。吐き出す呼吸までもが魔物を不快にさせはしないか、衣擦れひとつで巨竜の逆鱗に触れはしないか、そんな強迫観念に襲われそうになるが、無論、ニニャがナザリックにとって有益かつ、御身の優秀な徒弟として成長過程にある宝玉の原石であることを、遍く彼らは知悉している。瑕疵を与えるどころか恫喝することすらも、至高の御方への不忠不敬になりはてるだろう。そんな冒険とも呼べぬ愚考愚行を犯すものが、この神聖なる最奥の場に集うはずもない。

 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者、アインズ・ウール・ゴウン様、および家令(ハウス・スチュワード)セバス・チャン様のご入来です」

 

 メイド長・ペストーニャの宣告が、朗々と響く。

 重厚な扉が開く。怜悧なほど研ぎ澄まされた靴の音。杖を突き叩く清らかな調べが奏でられる。さらにその後ろから続く、執事の足音。

 広間へ当然のごとく遅れて到着し、威風堂々と進む主人の姿を前にして、シモベたちは確固たる感動と敬服に痺れたように、体の芯を硬直化される。優しい主である彼は、主人に相応しい態度と速度で、一歩、また一歩を、けっして速くない、だが見るものを陶然とさせるほど峻厳な力の圧と共に、踏みしめ進む。

 世界を征服せしめた魔導王、アインズ・ウール・ゴウンが、背後に老執事を従えて現れた。

 呼吸することはおろか、一瞬の瞬き、光彩の運動、鼓動の一拍、意思を持つことすら躊躇われるほどの強大に過ぎる存在が、階段を上り、悠々とした態度で、集い集ったシモベたちを振り返り、そして座する。供回りを務めたセバスは例のごとく、アルベドの後ろに控え、部下の戦闘メイド(プレアデス)たち同様に、(ひざまず)く。

 

「皆、面を上げよ」

 

 言うが早いか、シモベたちは主の発した命令に準じた。

 僅かな動作が幾百となると、これほどに大きな音が生じるのだとニニャは思い知らされる。

 

「此度の招集に、さらに多くの同胞たちが集ってくれたことに、感謝を述べよう」

 

 まさに支配の権化とも称すべき、これ以上ないほど堂々とした王の風格を溢れさせながら、彼は宣言を続ける。

 

「此度、おまえたちを招集した理由は他でもない――前回の招集によって我がナザリックに敷かれた新たなる法――“婚姻制度”についてだ」

 

 ナザリック内外での自由恋愛――婚姻の推奨と、法体制の拡充による恩恵。

 

「まず、すでにセバスたちなどの先駆者によって、我がナザリックでも子々孫々に渡り、強大な力を持つシモベを新たに産出できる糸口が発見されていることは、周知の事実だろう――セバス・チャン、ツアレニーニャ・チャン」

 

 夫と共に突如として名を呼ばれたニニャの姉は、傍で驚く妹に一瞥もくれず、寝入る愛娘を抱いたまま、すべてが決められていたかのように迷いなく、老執事と肩を並べ玉座の傍へ。

 ただの人間では一段のぼることすら憚られて当然の場所、その一段あたりで歩みを止め、ツアレは夫に倣うよう、鋼鉄のような芯を身に宿すように振り返る。その動作によって、己の胸に抱くナザリックの寵児を披露する。

 

「今ここに存在する赤ん坊、マルコ・チャンこそ、その先駆けであり、未来の結晶そのものだ」

 

 アインズが手を振って示した先にあるのは、世界級(ワールド)アイテム“ヒュギエイアの杯”の効能によってもたらされた混血種という新たな生命。

 その場に居並ぶ化外の物たちですらも、御身の栄誉に与れることを渇望してしまう。

 

「しかし、焦る必要はないぞ、おまえたち。何も必ず婚姻し子を()せという話ではない。私はおまえたちそのままの姿や在り方を認めているし、おまえたちの忠誠と忠義を疑うことはない」

 

 シモベたちの狂熱と激情を看破するかのように、御身は優しく慈しみに満ちた声音で、未婚のままでいる者たちの不徳でも何でもないことを先に許しておく。

 無論、婚姻を結んだ者たちの存在も言祝(ことほ)ぐのを忘れない。

 

「デミウルゴス、そして、コキュートス並びに雪女郎(フロストヴァージン)

 

 さらに、アインズは婚姻制度で新たな命が育まれつつあることを、参謀や将軍たちをツアレの横に並ばせて示した。同時に、他のシモベたちの間で湧き起こっている問題についても話すことに。

 

「異形種であるおまえたちの間では子を生しにくいという報告を受けている。だが、安心せよ」

 

 また名を呼ばれたデミウルゴスが、懐から世界ひとつに匹敵するアイテムを取り出し掲げ、アインズの手元へと返納すべく段を上った。恭しく差し出された杯を片手に受け取ると、アインズはナザリックの栄誉の象徴たるそれを、頭上に捧げ示す。

 

「デミウルゴスの実験により、このアイテムは異形種同士での交配にも、“子を宿しやすい”特性を発揮することが判明している。希望する夫婦には、この“ヒュギエイアの杯”によって生成される薬湯を進呈しよう」

 

 複数人のカップルの瞳に熱がこもった。戦慄とも狂喜ともつかない声が幾つも空間を反響してしまう。

 飲みすぎには気を付けるのだぞと冗談めかして破顔する主人は、杯を参謀の両手に置いて返却する。

 

「これより後、おまえたちの産む子供たちは、我がナザリックにとって有益な存在へと成長を遂げるだろう。無論、我がナザリックの偉大さを存分に知らしめるべく、十分以上の教育を施す。力に酔い、智に驕り、才に溺れ、能に暗み、忠誠を覚えず、使命を省みず、――そのような悲劇を招かないためにも、な」

 

 アインズの視線は、ツアレに抱かれるマルコに注がれた。

 彼がここまで言った以上、マルコをはじめとしたナザリックの子供らは、絶対良い子に育つと容易に想像できる。

 

「――続けて、私はここに宣言する」

 

 重く、重く、そして尚重く響く支配者の声に、シモベたちは心の臓腑を握られる気を味わう。

 漆黒の後光が骨の玉体を輝かせ、根源的恐怖へと誘うようなオーラが刹那の間、少しだけ立ち込めたからだ。

 最後に重大な発表を残していたアインズは、水晶の玉座から身を離し、杖を宙に浮くよう放ると、高らかに宣言する。

 

「――ナザリックの主人たる私もまた、おまえたち同様に、我が継嗣となりえるものたちを生む機会を得ることを」

 

 つまり、

 

「――我が伴侶となるもの、魔導王の王妃となる存在たちを、今ここに選定すると、誓う」

 

 魔導王の妃を選定することを宣したアインズは、シモベたちの昂揚と驚嘆の波を受け取り、そのまま流す。

 

「――ただし、一番二番といった差別化は一切しない。全員を我が正妃として迎え入れる」

 

 慈悲深いアインズならではの試みであり、また妃となる者らへの配慮であることは、疑う余地もない。

 彼は長らくナザリック内で議論が紛糾していた問題――アインズの横に座するに相応しいものは誰か?――に対し、これ以上ないほど覿面(てきめん)な解決手段を講じてきたのだ。

 アインズの左右両隣に設けられるだろう、王妃の座を、シモベたちは瞬きの内に幻視した。

 

「これより名を呼ばれたものたちが、我が妃となるものたちだ」

 

 そんなシモベたちの思惑や期待通りに、彼の王者はあたりまえな人物らの名を、新たなひとつの号と共に告げ始める。

 

「最王妃・アルベド」

「はっ」

 

 応じた純白の女悪魔が、玉座の左側へと足を運ぶ。

 

「主王妃・シャルティア」

「はっ」

 

 答えた真祖の吸血鬼が、玉座の右側へと足を運ぶ。

 

「陽王妃・アウラ」

「はいっ」

 

 頷いた闇妖精の少女が、シャルティアの右隣へ。

 

「月王妃・マーレ」

「は、はい」

 

 慌てた闇妖精の少女……少年が、姉の右隣へ。

 

「 おおおおおおお 」

 

 あまりにも壮観な光景が出来上がり、どよめきともつかない歓声が、玉座の間に轟いた。

 栄光あるナザリックにおいても最上位に位置する力量を備えた、アインズに伍するシモベたちは、これまでの不和や軋轢、確執や因縁、喧嘩や口論などが嘘であったかのように、粛然と規律よく、己の夫となる者の隣へと並び立った。

 それ自体は不思議なことでも何でもない。ナザリックに存在するシモベは平等に至高の御方々に創造されたもの。役職や制度上の階級、力の強弱という違いがあるとしても、すべては至高の四十一人に「かくあれ」と創りあげられた尊き同胞(はらから)なのだ。設定上、仲が悪いようにふるまう必要もあるものもいるが、本音の本音、本質の中の本質、本気や本心としての領域においては、彼女たちはまったく互いに認め合える好敵手であると同時に、大切な親友同士でもあったわけだ。

 故に、彼女たちがこの場において、御身の決定に不服や不満を抱くはずもない。

 それを表明する意味すらも、もとから存在し得ないのだから。

 シモベたちが驚き(おのの)く中にあって、ニニャだけは、事前に相談されていた分、衝撃は少ない。

 ただ……何というか。

 どう言葉にしていいのか、わからない。

 

「そして――最後に」

 

 奇妙な懊悩にとらわれかけた少女の耳に、続く魔導王の声が触れる。

 アインズは、シモベたちが奇怪そうに首を頭を全身を傾げ、何事だろうかと互いに目配せするだけの時をかけて、告げた。

 

「――魔王妃・ニニャ」

「……………………ええぇ!?」

 

 少女の懊悩は吹き飛び、短く言われたことの内容を推し量る暇もなく、宣した魔導王は有無を言わさぬ語調で宣告を終える。

 

「以上、この五名を、我が継嗣(けいし)たる子を生むに値する存在に選定する。

 異論ある者は今ここで述べるがよい!」

 

 主人の決定には絶対的服従を誓うシモベたちに、否も応もなかった。

 最後に選定された王妃の存在で、多少の混乱はみられるが、全員が実直な答礼を己の姿形に相応しい様子で執り行う。

 

「ちょ、ちょっと待っ!」

 

 あまりにも急転直下な展開に、ニニャは礼儀も分別も忘れて、その場で立ち上がる。

 シモベたちの巨体や群体に埋没する小さな少女の身体だが、アインズはニニャの反応を当然のものと受け止め、その青い双眸(そうぼう)を見つめ返す。人間の、現地人のシモベとして、姉と共に最前列に近い位置取りにあった少女は、至高の玉座に踏み出すことも躊躇われたので、その場での異論抗弁を試みようとし、

 

「落ち着きなさい、ニニャ」

「ア……アルベド、さん?」

 

 意外な人物の口から紡がれた音色に、ニニャは射竦(いすく)められるように固まった。

 

「あなたはアインズ様に選ばれた。それは決定事項なのよ?」

 

 純白の女悪魔は玲瓏な響きで少女を叱咤しつつ、だが、その面差しには慈愛や情愛に満ちた聖母のごとき祝福の笑みを浮かべ、悠然と自分の左隣の位置が空いていることを手で示した。

 そここそが、ニニャの立つべき場所なのだと、彼女は教えている。

 しかし、ニニャは前に踏み出せない。

 踏み出せるわけもない。

 

「わ、わた……私は、ただの人間で」

「あら? 慈悲深いアインズ様が人間を妃とすることもない、狭量な御方だと思いんしたか?」

 

 白皙の面貌を薄く微笑ませる真祖の吸血鬼は、少女の狭い認識を嘲弄するように見据えるが、

 

「こ~ら~、シャルティア? ニニャを怯えさせたりするなんて、アインズ様が許すわけないでしょ?」

「べ、別に(おど)かしているわけじゃ!」

 

 親友を(たしな)める闇妖精(ダークエルフ)の少女が、ニニャの援護に名乗りを上げた。見れば、マーレも特段気にするでもなく、ニニャを段上へと招くように何度も頷き、同じ魔法詠唱者の少女を歓迎していた。

 さらに周囲を見れば、セバス、コキュートス、デミウルゴスの三人まで、ニニャが「魔王妃」に選定された事実を認め、頷いてみせる。唯一、知らされていなかったらしい(ツアレ)だけは、起こった出来事に対し、その場で右往左往といった状況にあるのは、かすかに笑えた。

 

「ニニャ」

 

 見れば、求婚してきた(状況的にそうとしか言えない)アンデッドの彼が、優し気な声をかけてくれる。

 だが、

 

「うわ、ちょ……あ、の」

 

 ニニャは逃げ出したい気分だ。

 しかし、ここはナザリックの最奥の最奥。

 居並ぶ魔獣や竜や屈強なモンスターたちが、逃走する道を示すはずもなく。

 無論、ニニャはアインズたちの教練によって、それなりの力を備えた魔法詠唱者(マジックキャスター)。正攻法では無理でも、与えられた魔法の装備や、姿を隠す魔法を使えば、あるいは。

 

「ア……アイン、ズ……様」

 

 なのに、ニニャはいずれの手段も見せなかった。

 玉座の位置に立っていたアインズは、あろうことかニニャのもとへと歩み降り始めているというのに。

 少女は眩暈を覚えながら、歩み寄ろうとする彼を、その骨の姿を、瞳を、一心に見つめ返してしまう。

 この場における最高支配者に対して礼を失するとか、自分を蘇生させ鍛えてくれた大恩人である魔法の師なのだからとか、そういった思惑や懸念は一切ニニャの胸中には存在しない。

 

「いきなり、こんな話をされて混乱してしまうのも解るが……聞いてほしい」

 

 もはや、互いに腕を伸ばせば触れられる位置にまで、二人の距離は迫った。

 しかしながら、ニニャは僅かに尻込むように、踵を後ろへ引いてしまう。

 痛いくらいに響く心臓が、今この瞬間が現実であることを告げてくる。

 幻術でも精神攻撃でもない、それはアインズの見せた、本気の本気。

 

「あ、いえ、その、あの……あ、いや」

 

 しどろもどろとはこのことだ。

 痛む胸を両手で必死に抑えるが、まるで期待通りの効果は発揮されない。

 

「ちょ……大丈夫か、ニニャ?」

「……だいじょうぶ、じゃ、ない、です」

 

 震える掌で口元を覆う。

 こんなことありえない。

 そう思うが、目の前の光景はどうあっても現実なわけで。

 

「――嫌、だったか?」

「…………」

 

 もう、何も言えない。

 アインズは、ニニャに言われた通り、堂々たる王の風格を(あらわ)に、語る。

 

「嫌なら嫌と、はっきり言ってくれて構わない。これは私の我儘なのだからな」

 

 片膝をつくアインズに顔を覗き込まれ、ニニャは不意に顔をそらす。

 周囲のどよめきは、アインズが膝をついたからなのか、ニニャが反抗的とも言える静寂を保っているからか、あるいは両方か。

 段上に並ぶ王妃たちや守護者各位などが沈黙の笑みを浮かべ、事の推移を見守っているので、他のシモベたちは何も言えない。

 至高の存在は、そういったすべてに構うことなく、少女の紅い頬を、表情を隠しきれない短い髪を、ちらりと睨みつけるような青い宝石を、ただまっすぐに見つめる。

 

「……い」

 

 ずるいと、そう言いそうになった。

 そんな瞳で求められては……とてもたまらない。

 彼は、アインズ・ウール・ゴウンは、ニニャの恩人だ。

 生き別れになっていた姉に幸福な家庭を与え、ただ一度だけ冒険しただけの仲でしかない少女(ニニャ)を死の(とこ)から蘇らせた、稀代の魔法詠唱者(マジックキャスター)。自分というちっぽけな存在を、一度は死に果て運良く蘇ることができただけの存在を、ここまで鍛え上げ、ここまで導き、連れてきてくれた偉大な偉大な至高の王様。

 

「…………いいえ」

 

 嫌なわけない。

 嫌なはずもない。

 嫌だなんてありえない。

 私は人間で、彼はアンデッド――だが、それが何だというのか。

 

 彼ほどに優しい存在を、私は知らない。

 彼ほどに優れた王様を、私は知らない。

 彼ほどに、実直で、誠実で、愛情深い男を、私は知らない。

 彼以上なんて、知りたくもない。

 

 ニニャは、確かに思ったのだ。

 アインズが結婚の相談をしてくれた時を思い出す。

 

 彼と共に歩めたなら、

 彼の隣に並べたのなら、

 それはきっと、これ以上ないほど、

 とても素敵なことなのだろうな、と――

 

「聞いてくれ、ニニャ」

 

 震える瞳で、熱く濡れた眼差しで、彼を見る。

 男が言わんとしていることを、思いの発露を、ニニャは焦がれるような気持ちで、待つ。

 そんな自分は、男の想いを受け取ろうと黙りこくる自分は、ひどく我儘(わがまま)に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対するアインズは、真っ赤になりっぱなしの少女、愛すべき『術師(スペルキャスター)』――ニニャへ、ひとつ告白をする。

 一世一代の大告白を。

 

「その、私は、いや俺は、君という宝の原石に魅せられてしまったのだ。魔法でも何でもない、君という存在が持つ笑顔、言葉、思い、すべて……」

 

 歯の根が浮きそうになるくらいに恥ずかしい台詞だが、これ以外に言うべき言葉がないのだからしようがない。

 まったくもって情けないことだが。

 しかし、それでも、アインズが抱いた想いは本物だった。

 本気の本気の本気の部分で、アインズは目の前の少女を――ニニャという存在のすべてを、求めた。

 レアものを集める収集家(コレクター)ではなく、

 ペットを愛でる愛好家としてでもなく、

 至高なる統一大陸の魔導王としてでもない。

 ただ一人の男として、君のすべてに惹かれ焦がれている。

 

「どうか、俺のものになってほしい」

 

 嫌になるほどキザったらしい台詞を吐いてしまうが、ええいままよ。

 

「望むとあれば、この世界も、差し出してみせる」

 

 あまりにも法外な交換条件だ。さすがに周りのシモベたちが不審げに肩を揺らす。

 存在しない心臓がとんでもなく痛むような気がする。ひっきりなしに精神が安定化され、一体どうなっているのか、わけが分からないほどだ。

 

「いいえ」

 

 アインズの申し出に、確かに、首を振った少女(ニニャ)

 一瞬、本当に一瞬、やっぱりダメかと、思った。

 自分はアンデッドで、彼女は人間――それを思えば、答えは知れているはず。

 それでも、アインズは決めたのだ。

 少女に告白しようと――俺のものになってほしい、と――そう、決めたのだ。

 ニニャの震える瞳が、唇が、少女の心を吐露していく。

 

「世界なんていりません」

 

 どういうことかと疑問しそうになるアインズ。

 瞬間、骨の白い顔に降り注がれた、熱と接吻。

 気付けば、少女がここにあることを証明する、確かな両手のぬくもりに、アインズの頬骨は包まれていた。

 

「あなたさえいてくれれば、わたしは、もう、何もいりません」

 

 ニニャはこぼれる涙と共に、蕾ではない、笑みの花を咲かせていた。

 少女が棺の中で、死の眠りにあった頃は想像もしていなかった、彼女へと抱く真摯な思い――それは愛情。

 ああ、そうだ。

 そうだったのだ。

 アインズは彼女のおかげで、愛を知った。

 アンデッドになり果てた自分でも、人を愛せる事実を、知ることができた。

 

「――ありがとう、ニニャ」

 

 言って、そのまま少女を肩に抱いて包み込む。

 微笑みを深めるニニャにつられ、アインズもまた微笑んだ。

 

 

 

 四人の王妃をはじめ、守護者が、ツアレが、シモベたちすべてから、歓喜と祝福が湧き起こる。

 万雷の拍手喝采。ここにまた一つ、魔導国の歴史が刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音の飽和(ほうわ)のごとき喝采の最中、彼女たちは語り合う。

 

「……随分と大人しいでありんすね、アルベド?」

「もちろんよ、シャルティア。これこそが、アインズ様のご決断」

 

 いくら正妃に選ばれたとはいえ、この問題はアルベドたち一同にとって看過できるようなものではない。それを判っているから、アインズは事前に守護者たちに意思決定を示してくれたのだ。

 

 ……ニニャを正妃に迎え入れる。

 

 ただの現地の少女がナザリックの最高支配者の隣に並ぶというのは、驚嘆して余りある決定に違いないが、アルベドをはじめ、誰一人として、ニニャがアインズに相応しくない存在だとは思わなかった。思えなかった。アインズの教練によって逸脱者の位階寸前にまで到達しつつある、超級の術師(スペルキャスター)……ただの現地の有象無象と切って捨てるには、その才能は大きく、宿す力というのは果てがないように思われた。

 アインズの決定である以上、覆ることはない、どころか、覆す必要すらなかった。むしろ、ニニャとの成婚――現地人たる彼女との交配は、セバスとツアレ同様に、有意義な結果をもたらすに違いない。

 ――そう、アルベドやデミウルゴスらが予見した通り。

 現地勢力との融和政策を掲げるアインズが見初(みそ)めた魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女は、その後、魔王妃として、確固たる存在として君臨しつつ、他の王妃たち――アルベド、シャルティア、アウラ。マーレ――と同様に、彼の御方の継嗣(けいし)となる愛子(あいし)の一人を……魔王の娘を……のちに賜ることになる。

 

「それに、不束(ふつつか)な私には、本来この場にあることすら」

「――それは言わない約束よ、アルベド」

 

 主王妃が語気を強め、弱音を吐き出す最王妃を掣肘(せいちゅう)する。

 

「今はただ、アインズ様の幸せにのみ、思いをいたしんすえ」

「そうね……シャルティア」

 

 嫉妬の炎など欠片も抱いていない悪魔の瞳が、ひとつの形となるアインズとニニャを言祝いだ。

 シャルティアも、そんな友と共に微笑みを深め、至高の御身の幸福を、ただ(よろこ)ぶ。

 傍らに立つ闇妖精(ダークエルフ)の双子もまた、声の限りに祝福を唱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シモベたちの歓声と祝辞に包まれる二人は、抱き合ったそのままの形で、ひそかに言葉を交わす。

 

「ニニャ。頼みがある」

「……何でしょうか?」

「君の、本当の名を教えてほしい」

「……姉さんから、聞いていませんか?」

 

 言われるまでもなく、アインズは知っていた。

 ニニャという名は、姉のツアレニーニャという存在を忘れないために名乗っていたもので、良く言えば愛称、悪く言えば偽名に過ぎない。

 だが、

 

「君の口から、君の声で、聞かせてほしいんだ。君の、本当の名前を」

 

 おかしくなって、少女は笑う。

 相手の本当の名も聞いていないのに求婚してきた彼のことが、何だかたまらなく微笑ましい。

 魔王の妃は、空と海の瞳を潤ませ、大地の色に染まる髪をそよがせ、桜色の小さな唇を開き、そして、委ねる。

 

 己の本当の名を、

 自分のすべてを、

 愛する(かれ)(もと)へ。

 

 

 

「わたしの名前は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【終】

 

 

 

 

 

 







 まず、
 偉大なる原作『オーバーロード』と、
 偉大なる原作者・丸山くがね様(むちむちぷりりん様)に、心からの感謝を。


 そして、ここまで読んでくれたあなたに、感謝の極み。


 ようやくアインズ様が告白の上、結婚してくださいましたね、感無量です。
『魔導王陛下、御嫡子誕生物語~『術師』の復活~』は、これにて一応完結です。
 八月の頭から始まって、思い返せば長かったような短かったような道のりです。
 はじめての週刊連載は仕事やリアルの都合で慌ただしく、誤字脱字なども多く、読者の皆様にご不便をおかけし、ご不快にしたこともあったことでしょう。それでも、皆様のアクセスに支えられ、一時は日刊ランキングにも名を連ねることができたことは、感謝してもしきれません。本当に、これまで評価やお気に入り登録、誤字報告のみならず感想まで書いて下さった皆様に、この場を借りて篤く御礼を申し上げさせていただきます。ありがとうございました。


 セバスとツアレの子が生まれたのをきっかけに、ナザリック強化計画の最終段階にまで突入した拙作。とりあえずの大団円を迎えた魔導国と魔導王御一家ではございますが、彼ら彼女らの物語はまだまだ続いていくのです。アインズ様のハーレムルートはこれからだENDです。
 ……ひょっとすると後日談を、アルベドが生んだアインズの息子・御嫡子に関わるドタバタを一話ぐらい書くかもですが、あがるかどうかは未定ですね。


 それでは、あらためて最後に。
 評価や評価コメントをつけて下さったすべての方々、
 拙作をお気に入り登録していただいた1700名を超える方々、
 作者のミスへひとつひとつ誤字報告を送ってくれた親切に過ぎる方々、
 この物語に感想を残してくれた――

 九尾さん 無心人間さん なかたまんさん はぎわらしんぢさん もこなじみさん valeth2さん あくあむさんさん 21の目さん ロンピンさん ぴけ!さん kuroさん max299さん huntfieldさん 物語綴さん フェイスレスさん ALLOさん としさん 謎の人物MORさん シンクさん 後半へ続くさん ニドラーさん くろきしさん ありゃりゃ……さん 久遠@雷さん 首輪付きの保護者さん ロムさん なかじめさん みみみさん genx2さん アザトースさん タツマキさん こりぶりんさん あっきさん パルさん 山手線さん トックメイさん 大正義こしあんさん mukuroboneさん ノーネームさん はしばさん mmmさん 浅き者さん もぱさん ライナさん べっかんさん 溶けない氷さん たくぼさん 千夏さん もりもーりさん パルさん ミカン畑さん ハムスケ=忠臣さん ムラクモ555さん 炬燵猫鍋氏さん ディザスター◆0OEYGVrXeUさん シロイロさん kkmyyさん

 以上(最終話投稿時点)合計57名の読者の皆様方――



 本当に、ありがとうございました。



 それでは、また次回。      By空想病




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