魔導王陛下、御嫡子誕生物語 ~『術師』の復活~   作:空想病

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第3話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マルコが、行方不明?」

 

 外の警戒を強め、ナザリック周辺に不穏な存在がいないか注意喚起を継続していたアウラからの説明に、ナーベラル――ナザリック第九階層を守る使命を帯びた魔法詠唱者と、ニニャ――この世界独自の魔法にも長じる魔法詠唱者は、揃って言葉を失う。

 ナザリックで保護養育されているはずの嬰児を(かどわか)すような存在の出現は勿論、その存在がアウラなどの監視網を潜り抜け、難攻不落と称される地下大墳墓の聖域の最奥に近い階層に踏み込んだような状況というのは、実にこれがはじめてのことだ。

 アウラが飛来してきたニニャとナーベラルに敵意を込めて目標視(ターゲティング)してしまったのも、あるいは侵入した敵プレイヤーの増援かと疑ったが故の安全策だ。しかし、ナザリックを守護するLv.100NPCが目視確認した二人は、間違いようもなくナザリックの同胞たち。

 ナーベラルは険を含ませた声で、実直な懸念を口にする。

 

「では、まさか今も、この下にユグドラシルプレイヤーが?」

「わからない。私の監視網を抜けて、尚且つナザリックの第一から第九階層までを、誰一人として気づかれずに侵入出来る強者(プレイヤー)なんて」

 

 アウラは傍らの有翼蛇の鱗を撫でつつ、憎悪と悲嘆を込めた声で、かつてナザリックに侵入してきた千人を超えるプレイヤーたちの侵入劇を思い返す。

 ナーベラルは侵入されていない第九階層に配置されていた為、加えて現地人のニニャは当然のごとく、アインズ以外の「プレイヤー」という存在と直接相(みま)えたことは、ない。

 だが、あの至高の御身にして、今や大陸唯一の魔導国を一手に担う魔導王が、今も尚、警戒と危惧を抱き続ける存在。100年周期という法則に従い出現する、世界を混沌と擾乱(じょうらん)、安定と均衡、双方どちらにも傾き揺れて引っ掻き回す要因となり得る、超絶的な不確定要素。

 

「アインズ様が、かねてより警戒していたプレイヤーの存在……もしもの時は」

 

 マルコの家族である少女の前で、嫌なことを口にしなければならないアウラの頭に、一人の同胞の声が響く。

 

「デミウルゴス? そっちで何か動き…………はあ?」

 

 アウラはしきりに頷き、〈伝言(メッセージ)〉相手に呆れかえったような微苦笑を浮かべ額を押さえる。

 

「うん。解った……こっちは予定通り、ナーベラルとニニャが着いたから……うん。連絡しといて」

 

 魔法の繋がりが断ち切れると、闇妖精(ダークエルフ)の少女は同胞の報告に安堵の吐息を吐きかけるが、それは少し遠慮すべきだろう。

 

「ごめん、二人とも。とりあえず安心して。まだ……問題は続いているけど」

「安心……ですか?」

侵入者(プレイヤー)の可能性は、とりあえず、ほぼなくなったみたい。マルコはついさっき、第十階層の図書館で見つかったから」

 

 二人は目に見えて――ニニャは家族としての情から、ナーベラルはナザリックが神聖不可侵を保たれたことへの歓びから――安堵の笑みを面に浮かべる。

 そんな二人からアウラは目をそらし、頬をポリポリ掻きながら、告げる。

 

「問題は……その図書館から、マルコは転移を使って、どこかに逃げたらしいのよね」

「――はあ?」

 

 二人の魔法詠唱者は、ほぼ同じタイミングで首を傾げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アウラが、ニニャとナーベラルに、一連の騒動を説明している時、

 

「なるほどな。確かにそれならば、おまえがあれだけ取り乱すのも無理はない」

「し、失礼をいたしました。何卒、御容赦のほど」

 

 アインズはセバスの失態をすべて許した。

 実の娘が行方知れずになったとあっては、寸刻も心穏やかでいられるはずがない。

 マルコはナザリックに生まれた寵児にして、セバスというNPCの血と因子を受け継いだ希少な混血種(ハーフ)……さらには、主人であるアインズが保護と養育を確約した存在である以上、その喪失はあってはならない事態に違いない。誘拐されたとなれば、その下手人はセバスの善性でもってしても、億刑に値するほどの劣愚である。

 だが、そういった不安・懸念・激高・憤怒――いずれの感情も今や杞憂と化した。

 故に、

 父親の見せた意外に子煩悩な様子に頷く主人を、執事の瞳は冷静に見つめることがかなう。

 

「ところで、アインズ様――その御姿は?」

「え……あ、ああ。ちょっとした実験だ!」

「実験、でございますか?」

 

 嘘は言っていない。

 アンデッドの受肉化がどれほどの影響をアインズに及ぼすのかという経過観察中なのだから、これは実験中と言っても過言にはならない。

 セバスは未だに疑問符を頭上に浮かべているが、アインズはとりあえず直近の問題を解決することを急がせる。

 

「そ、それよりも、セバス。マルコが未だ行方不明というのは?」

「はっ。図書館で発見されたマルコは、あろうことかアインズ様より下賜されておりました、竜のぬいぐるみの転移機能を発動し、いずこかへと姿を消した、とのことです」

 

 デミウルゴスから受けた報告をそのまま(そら)んじた執事に、アインズは逆に疑問する。

 

「自己防衛用の第二機能が働いたのか? デミウルゴスや司書たちが、マルコに致命的な攻撃を加えるはずもなし……何か誤作動でも起こっているのか?」

 

 アインズは自分が魔法を込めた手前、己の失態を心配するが、まさかマルコがアンデッドや悪魔の形状に戦慄して恐慌してしまったなどとは思わなかった。これは仕方のないことであった。

 幼いながらも立派な命の火を灯すマルコ本人は、ここ数週間でそれなりの成長を遂げ、以前まではしっかりと見えていなかった化物の死相や蛙頭の悪魔という出で立ちに、生物的な危機意識、本能的な恐怖の感情を抱くようになっており、たとえそれが化物たち本人にとっては、悪意など欠片(かけら)もない善意からの行動であろうとも、見る側の赤ん坊にとっては知ったことではなかったのだ。自分の顔を覗き込むモンスターなんてものが現れたら、まともな命であれば失禁どころか、心停止すらしかねない状況に相違ない。そういう意味では、マルコはまだ幾分マシな耐性の持ち主であったと言えなくもないだろう。

 

「いずれにせよ、あのぬいぐるみの転移はせいぜいが階層内程度のもの。図書館から転移したとしても、第十階層付近にいることは確実だろうから、捜索チームは最下層に集中させれば問題あるまい」

「承知いたしました。それと、地表で警戒を強めておりますアウラ様から、魔法都市よりナーベラルとニニャ様が、ナザリックへの帰還を果たしたと、連絡が」

「うむ。思ったよりも早く着いたじゃないか」

 

 またニニャのレベルがあがっていることを実感し、アインズは相好を崩す。

 久しぶりにナザリック内を巡りながら、魔法談義に興じるのも悪くはない。

 

「二人の出迎えは後にしよう。とりあえず今は、マルコの捜索を急務とする。一応、全階層のシモベたちにも徹底させておけ。アルベド、デミウルゴスなどを玉座に集合させよ」

 

 アインズはセバスを伴い、転移を使わずに――というか使えないので――自分の足で玉座の間へ急ぐ。

 もしかすると、行く途中でマルコも発見されるかもしれない。

 わずかに危惧されたプレイヤーの出現はなく、マルコの異能によって発生した今回の騒動は、すぐにでも解決するだろうと、

 そう高を(くく)っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間が経過しても、マルコは見つけられなかった。

 捜索チームにはアルベドとデミウルゴスというナザリック最高の智者が加わり、第十、ならび第九階層での捜索には、勤務中の一般メイドをはじめ、巡回警備用のアンデッドや蟲の戦士たち、アウラのテイムモンスターに、デミウルゴス配下の魔将たちまで加わって、ローラー作戦が敢行されたのだが、

 

「これだけのシモベを動員して、赤ん坊一人も発見できないなんて……」

 

 元守護者統括はほぞを噛む。

 神聖かつ不可侵を約束された第十階層に大量のシモベを導入して虱潰しにしているというのに、混血(ハーフ)とは言え、脆弱に過ぎる赤ん坊の存在を確保できぬなど、前代未聞の珍事である。

 

「アインズ様のお与えになられたぬいぐるみの転移機能は、ナザリックの防御を突破できるものではありません。第十、ないしは第九階層にいることは確実です」

 

 悪魔はナザリックに帰還したニニャの方を何故かしきりに気にしつつ、マルコの状況を理路整然と語り始めた。

 赤ん坊を目前にして二度も見失ってしまった彼は、羞恥と責任感のあまり自死すら考えそうになっていたが、アインズの言葉ひとつ――「自分が与えた防衛用のアイテムが相手では仕様がない」――で、常のような忠烈に燃える臣下の様相を取り戻していた。しかし、三度目の失態などあってよいはずもない。

 アインズの招集によって、ナザリック最奥に位置する玉座の間に集った者は、アルベド、デミウルゴス、セバス、ユリ、ナーベラル、そしてニニャを含めた六名。

 アウラは感知に特化した魔獣やシモベを派遣した後、ナザリック防衛と侵入者の警戒に変わらず当たっている。ペストーニャはアウラの派遣したものとメイドたちを指揮し、今もマルコ捜索の陣頭指揮を執っている。

 マルコ発見の報を受けた母親・ツアレは、極度の緊張からの多大な安堵感という流れに耐えられず、自分の私室で寝込んでしまっている。付き添いには二人の一般メイドが付けられた。彼女は不調を押してまでこの場所に出席する構えを見せていたが、主人であるアインズから私室での休息を厳命されては是非もなし。シャルティア、マーレ、コキュートスは、外の都市で政務に明け暮れており不在だった。

 アインズが――仮面をかぶり小手を装備しているという――常とは違う装いにも関わらず、シモベたちはそのことを気にする様子などなく、敬愛する主の目の前で盛大に物議を醸し続けていく。

 

「間違って第八階層には、……封印閉鎖されているから行けませんか」

「しかし、そうすると第八を飛び越え、第七階層に上がった可能性が?」

「それが、現在のところ我が階層の守護を任せている紅蓮からの報告だと、下層階からの転移者はメイドたち以外、確認できていないとのこと。それ以外は、上から下への転移者しか見ていないという話で」

 

 セバスとユリの指摘を、最上位悪魔の謹直な声が否定する。

 無論、紅蓮の感知を何らかの手段や方法で素通りする可能性もあり得るが、さらに上層へと向かうための転移門はプルチネッラや魔将などのシモベが掌握済み。万が一に備え、他の全階層にいるシモベたちにも、マルコ捜索の指令が下っている以上、あの赤ん坊は上の階層には到達していないと見るべきだろう。

 ちなみに、上から下への転移者というのは、アウラが第六階層から連れてきた魔獣たちと、ナーベラル及びニニャのことだ。

 それ以外の誰も、第七階層には立ち入っていないということは、答えは一つ。

 

「間違いなく、マルコはこの二つの階層のどこかにいるはず」

 

 デミウルゴスは、ナザリックの地図――マスターソースを開ける玉座だからこそ、アインズはここを捜索部隊の本部に定めた――とも言うべき映像の二ヶ所を、はっきりと指差して示した。

 第十階層と第九階層は、大階段で構造的に繋がっており、転移用の門を使う必要なく行き来は可能な場所だ。それこそ、二つの階層の中間に位置する階段にでも転移してしまえば、マルコはどちらの階層にも自由に出入りが可能ということになる。そこで再び転移機能が発動していたら。

 だが、今や階段には、死の騎士(デス・ナイト)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)をはじめ、多数のシモベたちが警備のため居並んでいるため、さすがに気付かれる可能性は高い。

 しかし、マルコはありえないような偶然と奇跡を拾い上げ、第九から第十階層の図書館にまで自力で赴いてみせた。警備を充実させるよりも早い段階で、再転移をしている可能性もゼロではない。

 ぬいぐるみの転移機能はさほど強力なものではないが、敵の追跡を攪乱(かくらん)するために、転移直前の危機的状況に合わせた回数分、マルコを連続転移させるという第三の機能を秘めているのだ。それこそ、一瞬だけ赤子の泣き声を聞いたようなとか、一瞬だけ白い巨大な影を見た気がするという報告が、第九と第十階層のそこここで発生している。

 

「……アルベド。ニグレドの探査状況は?」

 

 声が震えそうになるのを必死に抑えつつ、傍らに侍る宰相に問いかける。

 思うように事態が進展しないことに、普段よりも幾分不安の度合いを強めた主人の声に、アルベドは重い吐息を吐き出すしかなかった。

 

「姉さんの能力で探査も行っておりますが、何分、状況が状況ですので、今少しお時間が」

 

 アインズは玉座に体を預け、頷いてみせる。

 マルコがシモベたちに気付かれず、尚且つ階段を通ってナザリックの深部にまで潜ったことは驚嘆に値するが、その偶然と奇跡の所業は、そのままニグレドの探査にも引っかかりにくい対象であることを如実に示している。最弱レベルの赤ん坊、ナザリック固有の気配の薄さというのは、いくらニグレドと言えども探査魔法を発揮するのは困難を極める。ニグレドが一度でもマルコと相対し、その存在を直に記憶する機会があれば話は別だったはずだが、まさかよりにもよって、今日、彼女のもとへ訪れる前に、マルコが行方不明になるとは。

 しかも、マルコが存在するはずなのは、ナザリック内でも特に情報系魔法に対する対策や防御が拡充され尽くしている最下層。いくら調査系に特化した職業構成の高レベル特化型魔法詠唱者であっても、同士討ち(フレンドリィ・ファイア)が解禁されたこの世界では、下手に探査を強行するとニグレドがナザリックの防衛機能に引っかかり、爆死する事態にもなりかねない。それではいくら何でもバカバカしすぎる。

 何という運命の悪戯か。

 アインズは重い本物の嘆息を仮面の内側で吐き出してしまう。

 

「焦るな、おまえたち。マルコの無事は、あのぬいぐるみがある限り、絶対だ」

 

 アインズの、まるで自分に言い聞かせるような言葉に、そこに集う者たちは大いに頷いてみせる。

 あのぬいぐるみには、第一、第二機能の他にも、様々な魔法的な機能が充実されている。第三の連続転移についてもそうだ。さらに究極的な話、マルコが一度死んでしまったとしても、即座に蘇生させる〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉まで込められている為、敵に奪われたわけでもない限り、マルコの命は保障されているのも同然なわけである(混血種に蘇生が適用されればの話だが)。

 だが、この状況ではむしろ、マルコの位置を逐一知らせる情報系魔法の方が有用な事実に気づかされる。

 アインズは己に平静になるよう心の中で言い聞かせつつ、ひとつ確認を行う。

 

「もう一度、状況を整理しよう。

 第十階層はこの玉座の間をはじめ、「小さな鍵(レメゲトン)」も「図書館(アッシュールバニパル)」もすべて調べ上げた。第九階層は、「円卓の間」や様々な施設なども、すべて確認したのだろう?」

「はいっ……あ、いえ……」

 

 頷いた直後、何かを言い淀んだユリの挙動を、アインズは目敏く追及していく。

 

「どうした?」

「いえ、そんなはずありません……思い過ごしですので、どうかお気になさらず」

 

 粛然と俯く戦闘メイドが気にかかったアインズだったが、それよりも先んじて、デミウルゴスが主人に一つの可能性を示唆する。

 

「アインズ様、恐れながら我等シモベ風情では、侵入を禁じられている場所がございます。ユリはそこにマルコがいる可能性を思考したものかと」

「う、ん…………なるほど」

 

 馬鹿みたいに「うわ、そういえば、そうか」と呟きそうになるのを、喉の奥で必死に押さえ込む。

 

「第九階層にあるアインズ様の自室をはじめ、至高の御方々専用のロイヤルスイートルーム……よろしければ、これらの聖域捜索の御許可をいただきたいのですが」

「うむ。是非もない、か」

 

 至高の四十一人――ギルド:アインズ・ウール・ゴウンのかつてのギルメンたちの私室は、定期的な清掃に赴く一般メイド以外には開放されることがない、いわば神の領域。そういう事情によって、今回のマルコ捜索においてもシモベたちが侵入するという選択はありえなかった。また、ギルメンたちのプライバシー保護のため、監視カメラのような外から部屋の中を覗くような機能も設備もなく、魔法による覗き見対策も充実している。万一、マルコがその中に逃げ込んだとしたら、たとえニグレドであっても探知は不可能なくらいである。

 現れた可能性に、アインズの胸中にはひとつの懸念事項が灯り始める。

 

「だが、そうなると……少々厄介だな」

「厄介、とは?」

 

 アルベドに対し、アインズは自身が懸念するロイヤルスイートルームの仕様を語り出す。

 

「ギルメンたち――我等の私室というのは、転移についてはそこまで制約があるわけではない。部屋の主が他のメンバーを自室に招く際に、指輪をいちいち装備していなくても転移ですぐにやってこれるようにした結果だ。だが、それ故に、部屋の持ち主が許可していない状態の部屋に転移すると――」

 

 アインズの説明したギミックの存在に、一同は表情を硬くしてしまう。

 今の時刻――マルコが行方をくらませてからの経過時間――を確認しつつ、仮面で人間の表情を隠した最高支配者は方針を定めていく。

 

「デミウルゴス。おまえはこの場にて捜索部隊の全容を掌握せよ。後ほど、補佐のメイドたちを遣わす」

「畏まりました。――我が配下を幾許か、この玉座の間に招集してもよろしいでしょうか?」

 

 許可を出さない理由がない。アインズは首肯でもって彼の申し出を許した。

 他にもアインズは二言三言、デミウルゴスに注意事項を添付しておく。

 

「では、急ぐぞ!」

 

 主人が立ち上がる姿に応え、デミウルゴス以外の部下たち――加えてニニャ――も、その背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘロヘロ様の私室、異常ありません!」

「たっち・みー様の私室も、異常はありません!」

「ぬーぼー様、死獣天朱雀様、源次郎様の御部屋にも、異常なしとのこと!」

「音改様、ばりあぶる・たりすまん様、武人建御雷様の御部屋、確認いたしました!」

「餡ころもっちもち様、ぶくぶく茶釜様、やまいこ様の私室、いずれも異常は確認できません!」

 

 玉座の間に集められた一般メイドたち数人は、いつにもなく緊張した面持ちで、己が受信した〈伝言(メッセージ)〉の内容を簡潔に、玉座の間に残ることを命じられた最上位悪魔に宣していく。

 彼女たちに加えて、デミウルゴスが己の階層から呼び寄せた嫉妬の魔将(イビルロード・ラスト)が、手にしたチェックリストにマークを加えていく。

 すでに、

 ペロロンチーノ、ぷにっと萌え、ブルー・プラネット、あまのまひとつ、ガーネット、ウィッシュⅢ、フラットフット、エンシェント・ワン、ベルリバー、タブラ・スマラグディナ、弐式炎雷、ク・ドゥ・グラース、ホワイトブリム、獣王メコン川、チグリス・ユーフラテス、テンパランス、スーラータン、るし★ふぁー、ウルベルト・アレイン・オードル――

 ほとんどの至高の四十一人の私室には、アインズたちのチームとは別に、メイドと幾人かのモンスターが調査に赴き(アインズが行使したギルマス特権による入室許可を一時的にもらって)、そこにマルコがいないことを……より厳密には、室内に施されたギミックが作動していないことを確認している。

 ちなみに、アルベドに私室として与えたものも含めた58室の予備部屋も、異常はないことは調べがついている。隣接する専用の主寝室やドレスルーム、キッチンや浴室、バーカウンターなどの部屋などにも、赤ん坊とぬいぐるみはいないと判明している。アルベドの部屋については、アルベド本人のお墨付き(かなり慌てていたが、すぐに確認して戻ってきた。なんという健脚)という具合だ。

 アインズが語るギミックが発動していれば、間違いなく何かしらの異常事態に見舞われていることは確実なため、普段部屋を開ける機会に恵まれたメイドたちは、部屋の解錠と内部の確認をこそ主任務としており、彼女たちとは別に、戦闘と〈伝言(メッセージ)〉を行えるシモベを大量投入している状況にある――故に、何かしらの異常事態(アクション)が室内で起こっていれば、そこにマルコは存在するという図式が成立するはず。

 だが、

 

「……デミウルゴス様。すでに、至高の御方々専用のロイヤルスイートルーム、99部屋の調査が、完了しました」

 

 魔将は困惑をわずかに含ませた声で、事実を告げる。

 ギルドの最大構成員数100人分の部屋がナザリックには用意されていたが、その半数は誰にも使用されないまま放棄され、四十一人それぞれ専用に与えられた部屋についても、この世界に転移する以前から、部屋主が現れなくなって久しい月日が流れていた。

 デミウルゴスは己の失態から混迷を深めた事態に対する責任感以上(・・)の懸念を抱く。

 

「御方々の部屋にはいないということでしょうか? だとすると、一体どこに?」

「いえ、まだ最後に残っている御方の部屋があります」

 

 魔将の呟く声に、そう炎獄の造物主がこぼした、直後、

 

「た、たった今! ア、アインズ様の部屋にて、異常を確認したと!」

「そ――そんな馬鹿な!?」

 

 メイドから最後に上がった絶叫じみた報告に対し、魔将は驚愕に黒い鴉の嘴を開いて大声をあげるが、デミウルゴスは全く動じない。その可能性をも彼は読んでいた。

 というよりも、すでに他の99部屋に異常がない時点で、残された御身の部屋はひとつ限りだったのだ。

 

「君たちはここに残っていなさい。他の者たちにも、アインズ様の私室への接近を禁じるように」

 

 デミウルゴスは早々に半悪魔形態の蛙頭を面に浮かべ、御身より下賜された指輪を左手薬指に煌かせる。

 

「御下命に従い、私はこれより、アインズ様達の助力に向かいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズの私室は、他のメンバーたち、四十一人のそれと規格はほぼ変わらない。

 ギルド長という地位にあるのだから、もう少しそれらしい差別化を図ってもバチは当たらないとメンバーから指摘されたことがあるにはあったが、かつてのアインズは「メンバーと自分は同格」という立場を貫徹していたので、あまり部屋の規格そのものをいじるのは好まなかった故だ。

 ギルメンの中には自分専用の内装や家具、そしてアイテムなどで部屋を飾るものも大勢いたが、アインズはそこまで部屋の内装にこだわりを抱いたことはほぼない。無論、それなりに長いユグドラシル時代に、アインズだって無数の内装や家具などを私蔵している。それらというのは、時に課金ガチャの外れ景品として、時に時期イベントやプレイヤーメイドの限定品という魅力につられて、時にギルメンたちとの買い物が楽しくて……無作為にそういったものを収集することもあるにはあったが、とりあえずそれらを使って自室を飾るようなことはしなかっただけなのだ。こういうのを、ペロロンチーノ曰く「使うかどうかは別として、とりあえず確保しておく現象」と言っていたか。

 それに何より、このロイヤルスイートそのものが、ギルメンたち謹製の作品でもあるので、その作り込みを尊重したいという思いが強かった。

 

 そんな一個の芸術ともいえるだろうロイヤルスイートルームの中にあって、

 

『こぉああああああああああああああああああ――ッ!』

 

 場違いなまでに可愛らしいぬいぐるみの竜の吠え声が、アインズたちの身を震わせる。

 

「うえぇ……」

 

 思わず小さな呻き声が、喉を滑るように吐き出されていく。

 ほとんど無意識に呟いた言葉だった上、目の前で吠える作り物の竜の一声にかき消され、そこにいる一同はアインズの仮面の内で行われている懊悩に気づく余地がなかったのは幸いだった。

 

「これが……アインズ様が与えた、玩具の動像(トイズ・ゴーレム)

「すごい。なんて、強大で、強壮な……」

 

 アインズはアルベドとニニャの言葉に疑問の声をあげそうになって、直前で飲み込んだ。

 確かにアインズの、一般的なプレイヤーの感性から考えると、目の前にいるぬいぐるみじみた巨竜というのは、かなり間が抜けている。布地で作られた光沢の一切ない身体もそう、顔面を構築する大きなボタンやミシン目というのもそう、そして何よりも、奇妙奇天烈に吠えたてる小動物のごとき貧弱な竜の蛮声というのもそうだ。ダンジョンのボスキャラでこんなものが出現してきたら、確実に気分が萎えることうけあいという出で立ちに相違ない。

 ないのだが、いかんせんこの世界での美的感覚については奇妙な齟齬(そご)が生じている。

 それこそ、ニニャはアインズとの冒険で出会った森の賢王ことハムスケを立派な魔獣と称し、ナーベラルにしても巨大なジャンガリアンハムスターの愛くるしいまん丸の瞳に、力を感じてすらいた。

 だとするならば、むしろアインズの方が少数意見なのかもしれない。アンデッドになったことで、一般的な美意識というものに対する感受性も変容した可能性もあるが、やっぱり総合して「この世界、変だ」という結論に達してしまう。

 それに彼女たちを弁護するなら……そう、例えばだが、オモチャをメインテーマにしたダンジョンやイベントであれば、あるいは?

 

「……って、現実逃避してる場合か」

 

 首を振り、思わず大きく呟いてしまい、数人の視線がアインズに集中するが構わない。

 相手はダメージこそ与えなかったが、Lv.100の存在を軽く吹き飛ばす機能をもった赤ん坊の守護竜。油断して、何かマルコに悪影響を及ぼすようなことになっては、セバスに、そしてツアレに申し訳が立たない。

 加えて、

 白竜が対峙している“アインズたち以外の存在”もある。

 

『――プライバシーを侵害するものを排除する! これは誅罰である!!』

 

 厄介な男の声が響く。マナー違反者に厳しい風呂場のライオン像と同じ口調で、その動像(ゴーレム)はぬいぐるみに組み付いて離れない。

 

「シルバー・ゴーレム・コックローチもそうだが、どうしてこういう方面にばかり……」

 

 弾劾するような意図が含まれかけた声を、アインズは中途で断ち切った。

 あの厄介な男……彼もまた、アインズ・ウール・ゴウンの仲間の一人なのだから。

 ぬいぐるみの膨れた巨体に拮抗する動像(ゴーレム)の姿は、かなり奇怪だ。身長数メートルの体躯は案山子(スケアクロウ)のように適当な、針金をより合わせて造った細長い人間の形をしているのに、手足はパンパンに膨れた白い手袋に長靴というのも、わざとらしいほどにミスマッチだ。さらに、その頭部に頂く造形は、人間のそれとは違い過ぎている。

「一眼レフカメラ」……というのだったか。

 技術の発展した未来の日本では骨董品(アンティーク)の部類に数えられる代物で、古ぼけた黒い筐体に銀色で丸く縁どられた巨大レンズが、ひっきりなしにシャッター音を奏でている。しかし、別に写真をデータとして保存しているわけではないらしい。一応、シズの記憶する情報を見た限り。

 あのゴーレムは、無人の室内に無断で転移したものを自動的に排除しようと召喚されてきた存在だ。普段は第九階層のどこかに格納・隠蔽されている存在で、そのひょろい見た目とは違って割と希少(レア)な金属で造られた関係から、かなりの強度と硬度を誇る。どう考えても体格や質量の差で負けそうなカメラ頭の棒人間が、見た目は巨大な白竜と拮抗することができている理由だ。(はた)から見ると巨大怪獣大決戦という印象を受けるが、これがアインズの室内で行われていることを思うと笑うに笑えない。

 無論、アインズとセバスが玉座へと向かった後に、マルコとぬいぐるみがこの場所へ現れたことは、ほぼ間違いないだろう。部屋主が許可を出していない状態でメンバーの私室へ転移を行ったものに対して発動するギミックの一つ〈転移遅延(ディレイ・テレポーテーション)〉、それが一定時間のタイムラグを転移使用者に与えるのも影響してしまったのかもしれない。

 

「このままでは、まずいな」

 

 二体のゴーレムは、互いに意思を持たない。それ故に、与えられた命令行動を厳格に順守しようとする存在だ。手加減も遠慮も一切ない。

 だからこそ、互いが互いに存在する限り、己の使命を忠実に(まっと)うするべく行動し続ける。し続けるしかないのだ。

 綿密な状況判断や戦況分析とは無縁。互いの事情も機能も力も慮外どころか、思考する能力さえない動き回る像であるが故に、このような拮抗状態に陥ってしまうのも必然でしかなかったわけだ。

 自分の部屋への侵入などは、この際だから構わない。

 マルコのためにも、早く手を打たなければならないが、

 

「アインズ様」

「来たか、デミウルゴス」

 

 ちょうど良いタイミングで最上位悪魔が私室前の廊下に、アインズたちの背後に、姿を現した。

 アインズの自室というのは色々想定外だったが、ナザリックの主人は手筈通りの号令を発する。

 

「よし。ユリとナーベラルは引き続き、カメラ頭から私とニニャを護れ。アルベド、デミウルゴス、セバスの三名は、ギミックをマルコたちから引き放すのだ。面倒にならぬよう、破壊も許可する」

「……よろしいのですか?」

「あれは、おまえたちでも手を抜いて戦える相手ではない。あのカメラ頭は修理費用を払えばいくらでも復元可能なもの。それよりも重要なのは――」

 

 言い終わる前に、白い竜が轟音と共に倒れ、ついに棒人間に組み敷かれた。内部に満載されていた白綿を、血飛沫のように溢れさせ始める。あのぬいぐるみはLv.100NPCすら吹き飛ばす機能を発揮するが、間抜けな見た目通り、膂力(りょりょく)はさほどでもない。デミウルゴスを吹き飛ばしたのはそういう魔法効果があったからこそだが、あのカメラ頭はこの部屋のギミック――どちらが有利なフィールドにいるかは、決定的に明らか。しかも、ぬいぐるみは安全な転移を行うために、自分に敵性対象が接触した状態での転移は行えない。ここでは圧倒的に、白竜が不利な戦況だと言える。

 

「では、ひとまず――〈次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)〉」

 

 ぬいぐるみが再転移するより先に、蛙頭のデミウルゴスが空間に鍵をかけた。

 続けて、三人のLv.100NPCたちが室内に歩み入ろうとした、

 瞬間、

 

「って、うぉ?!」

「アインズ様!?」

 

 NPCたちが一斉に驚愕の声をあげる。

 主人の視界、一同の頭上に、ぬいぐるみの上腕部の残骸が、かなりのスピードで吹き飛ばされてきたのだ。

 残骸自体はアルベドの特殊技術(スキル)で容易に弾き飛ばされ、主人には一切の災禍もふりかからなかった。至高の御身にはいかなる瑕疵(かし)もありえない。

 ……にも関わらず、アインズの身体は、前方から何者かに突き飛ばされたかのような姿勢をとっている。

 その姿に、NPCたちは、目を(みは)り、固まった。

 

「ちょ、大丈夫ですか、アインズ様!?」

「う、うむ……一応、大丈夫だ」

 

 最も至近にいたニニャに助け起こされ、気遣う戦闘メイドらを手で制しつつ、アインズは(つと)めてゆっくりと身を起こす。ここで慌てふためいては、常の魔導王然とした自分からは乖離(かいり)してしまう。それは少しまずい気がする。

 上位物理無効化の特殊技術(スキル)のおかげで物理ダメージなどはない。

 というか、今のは完全に、アインズが勝手に驚いて尻もちをついただけなのだ。

 受肉化の影響によって、普段のような精神安定が働きにくいことが悪影響を及ぼしているのだろう。予測はしていたが、受肉した状態での戦闘は慎むべきだな。アインズはそう結論に至った。

 ……なのだが、

 

「ゴーレムクラフト風情が――と、言いたいところだけれど」

「どうやら、“お見せしてもよい相手”のようですねぇ」

「我々の全力をもって、お相手をいたしましょう」

 

 その怒りの矛先は、腕の持ち主ではなく、腕を放擲した者に集中する。

 アルベドが、デミウルゴスが、そしてセバスまでもが、その身を完全なる異形へと変えていく。

 侵入者を未だ排除しきれていないカメラ頭は、突如湧き起こった憎悪と憤怒と敵意に対してまったく無力な存在だ。いくら希少金属で建造されていようとも、彼我の実力差、数の差は歴然としている。

 彼らの思い――言の葉は、ひとつきり。

 

「死になさい」

「死んでくれ(たま)え」

「死んでいただきます」

 

 三人同時、

 必滅の一撃が、

 棒人間然としたゴーレムの頭部を、身体を、存在を、砕き、捩り、焼き尽くす。

 

「うわぁ……」

 

 三人一斉の変化形態という光景に、アインズは少しだけうすら寒い感じを抱きそうになる。

 ただの人間でしかないニニャもまた、驚愕と畏怖に凍り付いたように表情を引きつらせる。

 対して、ユリとナーベラルは、むしろ清々しいような表情を浮かべ、蹂躙され蹂躙され蹂躙の限りを尽くされるカメラ頭を睥睨(へいげい)するだけ。彼女たちにしても、あの三人の激高には全面的に同意しており、あれが破壊されることに対して大いに溜飲が下がる思いだった。二人が大人しくしているのは無論、アインズとニニャを護衛する役割もあったからだが、あの暴風雨のごとき厄災の只中にいては巻き込まれるのは必至の事実だからに過ぎない。

 かくして、ロイヤルスイートルームのギミック動像(ゴーレム)であるカメラ頭は、数分もした蹂躙劇の末、跡形もなく消滅することとなる。

 一応、あれもナザリックの一部扱いなので復元にはそれなりのユグドラシル金貨を消耗する羽目になるだろうが、そんなことは些末な問題だ。

 問題なのは、白綿を大量にこぼしながらも駆動しようとするゴーレムの方である。

 

「今のうちに……行くぞ、ニニャ」

「は、はい!」

 

 三人は暴力に酔いつつも、しっかりと主命を果たしてくれていた。

 アインズとニニャは、カメラ頭の猛攻から引き離された白い竜へと歩を進める。

 ギミックに組み敷かれ、左右の腕や翼を千切り取られたぬいぐるみは、しかし今も尚、自分の守護対象を護る機能を発揮しようとしている。だが、デミウルゴスが発動した特殊技術(スキル)で転移は完全に阻害されているのだ。今、あの竜にできることは、敵を吹き飛ばす魔法と、マルコを絶対守護する鉄壁の護りを維持することだけ。

 

「マルコ!」

 

 叔母にしてマルコの肉親たる少女の声に、しかし白竜は威嚇するような蛮声をあげる。喉笛を握り潰され、ただでさえ弱々しかった声はさらに小さくなり、ただ「こはっ、こはっ!」という程度のかすれ声にしか聞こえなかったが。

 何とも痛ましい光景だ。

 しかし、自分が造らせ魔法を込めたゴーレムながら、見事な働きぶりではないか。

 

「……やむを得ない。少し下がれ、ニニャ」

 

 日頃からマルコの養育にかかわってきた叔母であれば、マルコを宥めることもかなうかと連れてきたが、マルコはもはや半狂乱じみた様態で泣きじゃくり続けている。並の赤ん坊では、泣きすぎて逆に体力を使い果たし、生命の危機に陥ってもおかしくはないほどであるが、やはりあの子は、小さいながらも竜の雛なのだと理解(わか)る。

 しかし、それでも油断はできない。今は一刻一秒を争う。

 父たるセバスは本気形態で戦闘を続けているので、こちらに急派させるのは躊躇われた。そもそもあの形態のセバスを父と認識できるか、大いに疑問である。

 故に、アインズは次善策に打って出た。

 

「アインズ様っ!?」

「お、お待ちください!!」

 

 ユリとナーベラルが制止する声を振り切って、アインズはマルコのもとへ靴の()を響かせながら足を踏み出す。

 

「おまえたちはそこから動くな」

 

 主人からの厳命に、戦闘メイドたちは身を硬くする。彼女たちの戦力では、Lv.100すらも吹き飛ばす魔法に耐えられる保証はないし、己の目の前で彼女たちとマルコが相撃つ光景など、見たくもなかった。

 新たな敵の出現を察知した竜が、無い腕のあたりから魔法の吹き飛ばし効果を発動する。

 

「ぐっ」

 

 上位魔法無効化の特殊技術(スキル)を持つアインズですら、その威力にはさすがに抗い難い。しかし、ぬいぐるみは今や正常な状態から逸脱しているため、十全に魔法を発揮することはかなわないらしく、何とかその場に踏み止まれる。

 ……だからこそ、暴走と暴発の可能性が憂慮されるのだ。

 最悪、マルコをその身に抱いたまま、機能不全を起こしたゴーレムが、自爆でもしたら……

 いやな汗を背筋にじとりと味わいながら、アインズは言葉を紡ぐ。

 

「――怖がらなくていい、マルコ」

 

 竜は血を噴く代わりに綿を撒き散らし、近づいてくる敵を排除する魔法を連発する。

 

「ぐ、がっ!」

 

 内ひとつが、アインズの身体を正確にとらえ、その肉体を後方に、

 ――吹き飛ばさなかった。

 僅かに疑問し、振り返ったアインズは、自分の背後にて屹立する存在に支えられていた事実を知る。

 

「ニ……ニニャ?」

 

 戦闘メイド二人にとって主の命令は絶対であったが、この少女だけは(・・・・・・・)別だ(・・)

 

「早く、アインズ様!」

 

 ニニャがこの時、ぬいぐるみの魔法が単数対象――魔法で有効捕捉可能な員数が一人だけだと“勘違い”し、誰かが支えさえすればアインズは吹き飛ばされないと“誤認”したからでは、ない。

 少女の後押しを受けたアインズは、おかげで何とか、竜の額でいまだ防御魔法に包まれたマルコを至近にすることに成功した。

 

「……マルコ」

 

 滝か豪雨のようでもあった赤子の泣き顔は、優しげな声を聞いて、僅かに鳴りを潜めていく。

 しかし、現れたのは、嫉妬する者たちの仮面をはめた存在。マルコはまた愚図りそうになる。

 マルコの危険を感じた竜が再び威嚇の声をあげ、魔法を放出しようと身構える。さすがにユリとナーベラルも、これ以上の座視はできかねると、主の名を呼んで命令の撤回を叫んだ。

 しかし、ナザリックの主は頑として、自らを矢面に立たせ続ける。

 

「何を怖が……って、ああ……この仮面じゃ、説得力がないよな」

 

 アインズは苦笑し、マルコが怖がる要因をすべて排した。

 泣いているような、怒っているような、形容のしようがない感情を(あらわ)にした、異様な造形のマスクをした怪しい相手では、さすがに安心しろというのは無理のある話だ。

 

 仮面を外したアインズを、マルコの瞳が、ついでニニャの瞳が、とらえた。

 

 そこにあったのは、アンデッドの、死の顕現たる顔ではない。

 どこまでも優し気な、男の微笑み。

 

「もう泣くな、マルコ」

 

 赤ん坊は、それまでの喚き散らす様子が嘘だったかのように、穏やかな表情(えみ)を浮かべ、その微笑(ほほえ)みの腕の中におさまっていく。

 その確かな男のぬくもりの中、ひどく安心しきったマルコが眠りに落ちるのと同時に、白竜もまた安堵の吐息を吐き出しながら、壊れた姿の小さなぬいぐるみへと戻っていった。

 

 よしよしと背中を優しく撫で、アインズは赤ん坊を(しか)と抱きしめる。

 

 こうして、ナザリック始まって以来の“かくれおに”、

 マルコの異能によって引き起こされた一連の事件は、落着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完結まで、あと三話かな?

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