「き……なさい………っ!……おき……い!」
何かが聞こえてくる。女の人の声だ
「護! 起きなさい!……するよ!」
五月蝿い。まだ眠たいんだから寝かせてよ
「お……さん知らないからね……」
やっといなくなった。折角気持ちよく寝ているのに起こしにくるなんて最低だよ。睡眠妨害罪だよ
布団の中で
「ぅぅ……なんだよ……折角寝てた…………っ!!?…あっぁぁぁあああああ!!」
ドンッと壊す勢いで叩くと時計は止まった。手にとって時間を見てみると朝の9時を迎えようとしていた。たしか今日の勤務は9時からだったはず。そろそろ起きるかと、体を布団から起こすと何かがおかしいことに気付いた。そしてもう一度時計を見る
9時になろうとしており、勤務時間は9時から。つまりもう数分しか猶予がなかったのだ。そのことに気付いたオレは一瞬にして部屋を出てダイニングへ向かった
「母さんなんで起こしてくれなかったんだよ!?」
「起こしたわよ。なのに護は全然起きないじゃない。お母さんは悪くないわよ」
「布団剥ぐとか五月蝿い音出すとか…あーもう時間がねぇ!!」
時間になっても起きなかったら起こしに来てと頼んではいたのだが、どうやらオレはそれを無視してしまったらしい。もうあと2分しかない。確実に遅刻確定だった
急いで部屋に戻ってカーキー色の軍服を着て家を飛び出す
「トリガーオン!」
ついでにトリオン体に換装して身体能力を上げてさらに急ぐが
結局15分も遅刻してしまった
「珍しいですね。隊長が遅刻するなんて。ご気分でも悪かったのですか?」
「もしかして布団の暖かさが気持ち良くてナニでもしてたんじゃないの?」
「ハルタ! 上官に向かって下品なことを言うな!」
書類整理をしているカズナが心配をしてくれるが全くもってそうじゃない。ハルタも男らしい理由を軽く言ってくれるがそれも違う
「いや…単に布団が気持ち良くてまだ寝ていたかっただけ」
最近は妙に眠たい。訓練で疲れているからかと思ったけれど、昨日は巡回警備の任務で。特に戦闘も怪しい人物も見かけなかった。おまけにトリオン体だから生身の体に疲れはない
「ストレスが溜まっているのでは?」
「ストレス? オレが?」
ストレスとか精神的なことなら確かにトリオン体に関係なく影響はあるだろうけど。それでも適度に発散はしているからそれも違うと思う。2人のやり取りは五月蝿いけど、これもオレの部隊ではいつもの光景だし
「それじゃオレは今日の巡回の準備をしてくる。部屋の後始末したら来てくれ」
「はい。でも待ってください、隊長」
デスクから立ち上がったオレは今日の巡回担当地域を回るための司令書を受け取りに行こうとしたらカズナが引き止めてきた。いつも仕事はきっちりこなすから後になって報告忘れなんて珍しいと思っていたらそれは違った
「たーいちょ! 誕生日おめでとー!」
「おめでとうございます。隊長! 私とハルタからです。似合うといいんですけど」
ドアの取っ手を掴んでいた手を放して振り返ると、紙吹雪が舞って祝いの言葉を投げかけられた。珍しい理由がコレだったなら納得できた
今日はオレの誕生日だ。だから驚かそうと報告とは別にしてきたわけだ。そしてカズナが渡してきたのは紙袋で、中身は服だった
赤色のジャケットにオレンジのシャツ、黄色とグレーのパンツだった。2人で選んだらしいけど、多分結構時間が掛かったんじゃないかなって思う。事あるごとに言い合いとかするから「あれが似合う!」「いいや、こっちよ!」「そんなの隊長にはあわない!」とか選んでいる様子が手に取るように分かった。結果的にお互い納得できるものがこの組み合わせだったわけだ
「サンキュー! ちょっと着替えてくる」
選んでくれたんだから着ないわけにはいかないだろう。でもオレはこんな明るい色の服は選ばないから正直不安だけど。部屋の外に出して今着ている服と変えて中に入れた
「どう…だ? こういう明るいの着たことないから似合ってるのかわからないんだ」
軍人になってからはいつも軍服ばかりだから、服もおかしくなければそれでいいと拘りも持たなくなってきた。だからこういう普段選ばないものを考えてくれるのは結構新鮮な気分だった
「おー意外と似合ってた」
「予想以上です、すごく似合ってます」
「とりあえず想像よりおかしくなかったことには素直に喜んでおくよ」
どうやらこの色の組み合わせはハルタたちも予想以上に似合っていたってことが分かった。こいつらもおかしくはないかな? 程度には思っていたんだろうな。すぐに脱いでやろうかと思ってしまったよ
予定地区に到着するとそこは送り込まれたトリオン兵が数体いて、こちらに気付くと進み始めた
「モールモッド3体か。これなら余裕だな」
「油断しないのハルタ」
「カズナの言うとおりだ。手馴れたトリオン兵でも数で責められたらひとたまりも無いんだから」
戦士1人1人の質も大事だけど、基本的に数の暴力は強力だ。余裕を見せるハルタをカズナが釘を刺して調子に乗らないように言った
「それじゃ、撃破するぞ!」
モールモッドがカズナの射程に入るとオレとハルタは左右に別れて射撃を開始した。アサルトの銃弾の雨に足を止めてブレードで弱点を守っているが、剣を抜いて背中に着地すると突き刺して撃破。となりのモールモッドが体の向きを変えてオレを攻撃しようとするが、突進して展開したブレードを切り落とすと地面に着地して奥へ向かう
あとはハルタとカズナが相手をしてくれるからと任せても大丈夫だから
「見慣れたから余裕だな」
攻撃範囲まで来たオレを硬いブレードが襲い掛かるが、飽きるほど訓練してきた相手だから避けるのは容易く、隙を見つければ斬り落としてから弱点の目に剣を突き刺して撃破する
「さっすが隊長だ!」
「おつかれさまです」
「ああ、お前たちもな。ダメージも無いみたいだしこのまま続けて大丈夫だな」
カズナたちも任せていたのをしっかり倒してダメージもないようで、このまま巡回の任務を続けられそうだと知り予定の時刻までこなした
本部へ帰還している途中にハルタたちがくれたこの服を見てなぜか
いや、いつも通りの支給されている戦闘服なのだが。それが余計に違和感を強くさせた
「なあ。ハルタたちってオレと同じ格好をしていなかったっけ?」
「え? なに言ってるんスか隊長? オレたちはずっとこれですよ?」
「そう、だよな……?」
後ろに座るハルタが答えたように、この2人が来たときからずっと戦闘服は変えていない。だけどオレの中にはいまの格好に違和感を感じるのだ
それに、他にも色々なにか忘れているような気もした
「そんなことより、今日は隊長の誕生日なんですから! 楽しみましょう!」
「そうそう! ケーキでも食べてパァーっと過ごしましょうよ!!」
「っふ。それ、ただハルタがケーキ食べたいってだけじゃないのか?」
「ち、ちがいますって!? 何言ってるんすか!」
街が近づいてくるにつれて今日の任務ももうすぐ終わる。ハルタの欲望丸出しの言葉も今日も平和だなって感じられた
「ただい…っ!?」
家に帰宅してドアを開けた瞬間そこは家じゃなかった。いや、確かに家らしい建物だったがオレの家とは違っていた。それに出迎えてくれたのが母さんじゃなく知らない人たちばかり。眼鏡を掛けたおっさん、筋肉質な茶髪、ふわふわしてそうな黒髪の青年、優しそうな笑みのサングラスの人、髪が長くて少し怒ってそうな女の子、こっちも髪は長いけど黒髪の眼鏡を掛けた女の子、髪が白い小さい子供、表情が硬い眼鏡の少年。他にも何人かいた、だけどどの人もオレは知らないはずなのに、不思議と知っているような気がした
「…、護? どうしたの?」
「ぇ…あれ?……母さん?」
「そうよ? 帰ってきてぼーっとして、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ…ただいま」
母さんに呼ばれ現実に戻った。玄関に立ったままで呆けていたらしい。なんでもないと誤魔化して部屋に向かった
さっき見えた人たちは一体誰だったのか? 知らないはずなのに知っているような気がした。胸の内にそんなモヤモヤした気持ち悪い感覚が残ったまま夕食の時間になった
「誕生日、おめでとう」
「っ…あ、ありがとう…!」
15歳にもなると祝われるというのは結構恥かしくなってきた。嬉しいことではあるんだけど、みんなから注目されるというのはむず痒かった。ケーキに刺さった蝋燭の火を消して部屋の電気が点けられる。カズナが用意してくれたケーキ屋のだから相当良いモノが使われているだろう。オレも何度か差し入れで持ってきてくれたのを食べたことがある。庶民が食べるものとは味の深さが違っていて美味しかった
ケーキが切られて取り分けられていると今度は幻聴が聞こえた
『なんで護のほうが大きいのよ! アタシのケーキでしょ!』
『えっと…ごめん……交換した方が…』
『別にいいわよ。初めてなんでしょ? こっちのケーキ』
『お? 小南も譲ってやるなんて成長したなー』
『アタシのほうがお姉さんなんだから当然よ!』
『そんなに大差ないだろ…? 身長なら護のほうが』
『もー!! レイジさん嫌い!! なんでそんなこと言うのよ!』
『あらあらレイジくんは女心分かってないわねー』
『ゆ、ゆりさん!? そ、そそそんなことは決して……!?』
知らない声、でも知っていていつも聞いていた声。会話で3人の名前らしいことを聞いて、何故かさっきの幻覚で見た人の名前と姿が一致した
「護?」
オレは…知っていた。まるで一本の線で繋がれたように次から次へ大事なことを思い出していった
叔父さん、林藤支部長、陽太郎、瑠花姉ちゃん、レイジさん、とりまる、宇佐美さん、ゆりさん、クローニン、桐絵ちゃん、修、遊真、千佳、レプリカ、春多、一菜。なんでこんな大切な仲間を、家族を忘れていたんだろう? それに、思い出したくも無かったことも思い出してしまった
「っっ……父さん、母さん…」
「どうしたの護?」
「泣くほど嬉しかったのか?」
「うん……また、
顔を上げればオレを見つめてくる父さんと母さん。かけがえのない親。だけどもう、この世にはいない人たち。オレの所為で死なせてしまった
「よかったね、護」
「ガーディ!?……お前にも…会えてよかったよ…!」
「僕もだよ」
声がして振り返ればたった、数時間だけ過ごした友達のガーディがいた。あのころと変わらない姿で。助かるかもしれなかった命をブラックトリガーに使ってオレを何度も助けれくれた。困ったときはガーディのブラックトリガーを使えば何とか乗り越えられたことも多かったから
「護はよく頑張ったよ。いっぱい辛いことに耐えたよ。だからさ、もう自分に罰を与えるのは辞めてみない?」
「……でも…」
「護。見ろ」
「……あ、れは……!?」
ガーディが指した方向を見るとそこにいたのは
『もう……いやだ…痛いよぉ……母さん、父さん……』
「あれは護の心だよ」
「オレ…の心?」
「うん。護は沢山罪を犯したから罰を受けないといけないって耐え続けたのがあの子。そして―」
【オレは大切なものを守るためなら…なんだってする】
「また……オレが…」
「こっちは護が守りたいものを守るためになんでもする覚悟をしている【護】だよ」
春風を持って切っ先をオレに向けて今すぐにでも殺してきそうな目で睨まれた。オレが何人もいるから多重人格かも知れないと思ったけど、記憶だってしっかりあるし、オレ自身が考えてしてきたことをも覚えている。だったら多分こいつらは性格が違うだけのオレなんだ。こいつら含めて全てが「忍田護」なんだ
気付けばさっきまでいた家は無くなって、父さんと母さんとガーディが立っているだけだった。それで本当にこの世界が夢の中の世界なんだって分かった。どうして夢を見ることになったのかも
「オレは……死んだのか?」
「ううん。護は寝ているだけ。ただ起きるか死ぬかは護が決めることだよ」
「……そっか…死ねば……自由になれるのかな…?」
ミデンの大規模侵攻で重傷を負ったオレはどうやらまだ生きているみたいだ。だけど沢山の命を奪ったオレが生き続けることはいいのか分からなかった。一菜や春多がこれからも笑っていられるのか気になった。いや、あいつらのオレへの信頼を考えればその可能性は低いだろうな
じゃあ生きるかと問われれば答えに迷う。ボロボロの『オレ』を見ればもう助けてやりたい、解放してやりたい。自由にして楽にしてやりたいって思う。結局オレはどうすればいいのか分からない
「それは僕達には決めれない」
「ガーディ……」
「護を許せるのは護だけだよ。もう死んでいる僕達は護の決めたことを見守ることしかできないから」
「護。あなたはまだ15歳なのよ? まだまだ楽しい事だっていっぱいあるわよ」
「母さん…っ」
「かっこ悪くて当然なんだよ。みんなカッコいいだけの人生を送れる人なんていないんだからさ」
「っどうさん……!」
夢の世界では生きているオレしか許せる人がいない。父さんと母さんに抱き締められて声と温もりを感じた
「まだ、オレ……守れる…かな?」
「ああ、お前は父さんの自慢の息子だ。できないことはない」
大切な仲間、友達を放って置けないと思うオレは強欲だ。まだ生きて守りたいと、このまま死んでも霊にでもなって出てきそうな気がする
「また迷惑……がけて……しま…」
「子供は大人に迷惑を掛けなさい。いつか大人になったときにその分助けてあげれば良いのよ」
確かにまだ中学生だけど、それでももう15歳は大人に近づくのを感じるんだから甘えたり迷惑を掛けるなんて恥かしくなった。けれど死ぬまで好きにしてみたくもあった。ゲームとかご飯とか服とかお菓子とかもっとしてみたいことがある。だってこのミデンは魅力的なものが溢れかえっているんだから
「っっ……ぅ、ぅぅぁぁぁああっぁああー!」
久しぶりに母さんたちの前で泣いた。夢の中でだけど
今までのオレからは想像できないような情けない姿だったと思う。だけど、涙を流しているうちに、胸のうちにある「ナニか」が剥がれていくような気がした。多分それはオレが自分で縛っていた罪の意識とか、必要以上に幸せを享受してはいけない自制心とかじゃないかと思う
泣き終わるころには不思議と心も身体も軽くなった感じがした。きっと今ならまだ歩いていけると思う。起きれば春多と一菜もいるから倒れそうになれば支えてくれる。玉狛にはボスや桐絵ちゃんやみんながいるし、本部には叔父さんだって。もうオレは一人じゃないから大丈夫だ
【オレを殺すのか? ならお前を―】
「いや、【お前】もオレだから……そっちの『オレ』も」
『オレはもう、痛いのも苦しいのもいやだ…』
切っ先が胸に触れた。ちょっと力を入れれば刺さってしまう。だけど不思議とオレは怖くはなかった。多分きっとそれは進むために前を向こうと決めたからだと思う。今までは殺してきた人や自分のした罰を忘れないために下を見ていたから
「オレ一人じゃ弱いから、さ?…助けてくれない?」
【……】
『…え?』
「おまえたちも
【……分かった】
『…うん、怖いけど…1人じゃないなら』
春風が光の粒になって消えていき代わりに手が差し出された。ボロボロになっていた『オレ』も弱々しくだが立ち上がって手を被せてくる。オレも乗せた
『これから…いっぱい辛いこと、あるよね……』
【オレたちならもう大丈夫だろ。そうなんだろ?】
「うん。オレたちは1人じゃないから」
不安な気持ちは当然ある。だが今までみたいな恐怖とかは感じない。だって楽しい思い出だってたくさんあるから。きっとこれからその何倍もの思い出ができるはずだ。それを一菜たちと作れるなら最高なことだ
2人のオレが光に包まれて薄くなると、光の粒がオレへ流れて入ってくる。きっと本当の意味で1つになるってことだろう
最後にオレが光り出すとなんとなくわかった。多分起きようとしているんだろう。誰かいるのかなって期待もしつつ、誰もいないかもしれないと不安にもなったり。体が薄くなり最後に父さんたちに別れの挨拶でもしようと振り返ればいなかった
「別れぐらい…言わせてよ……ありがとう。父さん、母さん、ガーディ」
いなくなった空間に向けて感謝の気持ちを込めて言った。死んでもオレを見守ってくれていたことにありがとうを
護くんまだ生きてましたね。よかった、よかった~~!
いきなりですがここまで読んでくださった「自戒の絆」に関して今後のことお伝えしようと思います
大規模侵攻も終えて護くも生存していたことが分かり区切りもいいのであと数話で一区切りにしようかなと思います
理由としましては
・別サイトも含めいくつも書いている事で手が回らなくなってきた
・書きつづけている作品や練り直してる作品に集中したい
・モチベーションの維持が難しくなってきている
・物語が原作に近づきそうだから
などです
また護くんの部隊はA級ランク外なのでB級ランク戦には参加しなかったり(解説には出します)、ガロプラの急襲もほぼ登場しなかったりとあっという間に遠征試験編(?)に追いつきそうな感じなので、話を考えるためにも原作の続きを待とうと思っています
楽しみにしている方には申し訳ないですが、再開するまで気長にお待ちいただければと思います