この素晴らしき世界にハーレム女王を。   作:鮫島龍義

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この酒乱にありがたいお説教を

「……あの、アスカ」

「なんでしょうか」

「先ほどまで楽しい宴会だったじゃないですか。お酒飲めませんでしたが」

「そうだったね。私はお酒飲めないから別にいいけどさ」

「私以外にも飲まなかった人がいて良かったです。……それでですね」

 

 私とめぐみんは恐る恐る目線を前へと向ける。その先に映っているのは先ほどまで、私達が到底考えられなかった結末と光景。

 まさかまさかこうなるとは誰もが思わなかっただろう。

 

「まったく……アスカさんは毎回毎回毎回、もう少し現実を見たほうがいいと思うのです! 絶対にそう思うのです!」

 

 こんな日が来ると誰が思ったのだろうか。

 いつもの自己嫌悪に陥るイザナミはどこへやら、頬がほんのりと赤く染まったまま饒舌に私とめぐみんの前で語りかけるようにお説教をしているのだ。

 

「ど、どうしてイザナミはこうなっているんですか」

「こうなっているのは……お酒の力なんだろうね」

 

 現状、今のイザナミは非常に厄介な絡み酒となっていた。

 この数時間前、先に寝たカズマの存在を放って置いたまま私達は楽しい女子会をしていた。他者に遠慮するイザナミも酔っぱらったアクアのお酒をどんどん注ぐんでもらい、そのお酒を飲み続けていた。その時はまだ酷い酔い方はしておらず、笑みを浮かべる回数が多いことだけで済んでいた。

 しかし、宴会のお開き後に事態は急転換。私とめぐみんは自室に呼び出され、絡み酒特有のお説教をし始めているのだ。

 

「しかしあれですね、まさかイザナミが酔うと、絡み酒になるなんて想像できませんでしたよ。とても人にお説教するようなキャラじゃないから余計にびっくりしました」

 

 ここ数ヵ月、友達としての付き合っていためぐみんは相当イザナミの変貌っぷりに困惑を隠しきれていない様子だった。

 私も酔ったらお喋りになる所とか、絡み酒になる事に非常に困惑している。だけど私はめぐみん程ではなかった。

 なにしろ、あるところだけ言えば意外でもなんでもないのだ。

 

「私も酔うとこうなるんだとは思わなかったよ。でも最近のイザナミはお説教キャラに確立されている気がする」

「そうなのですか? いや、アスカが無駄なナンパを繰り返しているのなら説教されるのも当然ですね」

「言っておくけどナンパのことじゃないからね。あと私のナンパはけして無駄なんかじゃないからね」

 

 元々、イザナミは主に私のハーレム女王に対して、強い意志を持って否定的な言葉でさせない様にと邪魔をしてくる事は何度かあった。そういう事ができるからこそ、イザナミは強く言ったりするし、怯えずに止めようとしてくる事もできる。その新たなスキルと言うべきか、イザナミに身についた物がお説教である。

 

「ここ最近は私の身の危険に対しての説教かな。ベルディア戦で庇ったことと、イエティのことと、ダストに変なテンションで怒ったことに対して怒り過ぎだと怒られた」

「イエティのことは当然として、イザナミにしては多い方ですね」

「やっぱめぐみんもそう思う?」

「つまり、アスカはそれだけ怒らせるようなことをしているからですね」

「そ、そうじゃないって言いたいけど……その通りかもしれない」

 

 イザナミが自分勝手に怒っていることや、八つ当たりなんかしないのは私が知っているし、お説教の内容も私のことについてだから否定できない。

 などと、イザナミの話を聞かずにめぐみんと会話していると。

 

「二人とも聞いているのですか!」

「「す、すみません!」」

 

 イザナミが普段しないであろう声を張った発言に、私とめぐみんは背筋を伸ばして反射的に謝ってしまった。

 

「私はアスカさんのために言っているんですよ! 自分の身の危険を考えても、命をかけてまで私達を守ろうとしてくださりますが、そんなことよりももっと自分のことを大事にしてください! だいたい貴女はその場で反省しても過ちを繰り返して、その度に私がどんな想いで心配しているのかわかりますか!?」

「ご、ごめんなさい!」

 

 毎度毎度説教する度に思うんのだけど、命がけで守ろうとしたのってイエティぐらいだけなのに、私って常に心配されるようなことしているのかな。でもイエティの件に関しては何も言えないから反論できない。

 というかこの話、前も聞かされた気がするんだけど何度目だ? 今回はお酒が入っているせいもあるから、しょうがないと割り切る事できるんだけどさ。

 私がその事で謝ると、イザナミは顔をめぐみんの方へ向ける。その瞬間、めぐみんはギョッと驚いて身構え始めた。

 

「めぐみんさんもしっかりと覚えていてくださいね! アスカさんは、ハーレム女王とか出来ないナンパすることよりも始末に負えないことがあるんです。そう、自己犠牲することなんですよ! アスカさんはそれがいけないことだとわかっていても、躊躇なく自分よりも他者を優先する人なんです! それでどれだけ心配かけているのかアスカさんはちっともわかろうとしないんです! 本当に困った方です、アスカさんのそういうところが一番危険なんですよ! なので、またそういう機会があったら全力で止めてください。お願いしますよ、めぐみんさん!」

「は、はい! その時は我が爆裂魔法で全力で止めますので安心してください」

「どこにも安心するところがないんですけど⁉」

 

 自己犠牲で死ぬどころか仲間に殺されたら本末転倒じゃんか。

 めぐみんも呼び出されたのって、それを言うためなのかな?

 そんな風に思っていると、急にイザナミはしおらしくなり始めた。

 

「毎度毎度、心配しているのですからね…………万が一ってこともありますし、蘇生されたとはいえ、一度死んでいる事実は変わりません。あんまり無茶しないでください」

 

 なじりながら私を案じるように言ってくる。心なしか涙目になっている。

 ……私は一生、イザナミに頭上がらない気がする。自己否定がデフォルトでも心根の優しくて芯が強いのがイザナミなんだ。

 

「アスカは一生無茶すると思いますので、無理じゃないですかね」

 

 おい、めぐみん。そこは同意するところでしょ。

 

「私もそう思います!」

 

 なんでイザナミはそこで同意するんだよ。先ほどの気遣いはなんだったってなるじゃないか。

 

「知っていますか、めぐみんさん。アスカさんの無茶苦茶エピソード! アスカさんはね、女子校に通っていた理由は女の子にモテモテになるためなんですよ」

「不純な理由ですね」

「だ、だいたいそんなものでしょ! ていうか、ちょっと待った! なんでイザナミがそのことを知っているのだ!?」

 

 転生してからイザナミにも一度も話していないエピソードを知っている事に私は心臓がバクバクと鳴るぐらいに動揺を隠せないでいた。

あれか、死神様は見ているってやつ的な感じで私の生涯はまるっとお見通しってことなのか!?

 一般人の高校に志望なんて、あの子が行くなら私もとか、家が近いぐらいか、これくらいの学力なら入れるからそこにするぐらいに決まっている。

 だから女の子にモテモテになりたいからって何が悪いんだ。誰もが将来のため夢のための高校に志望する人がいると思ったら大間違いだぞ。

 

「他にはですね……」

 

 不味い。このままだと私の過去をほじくり出されてしまう。やめてくれ、私は過去を振り向かない女なの。だたでさえ、お説教を何時間もされているのにたまったもんじゃない。

 でも、今のイザナミに逆らえない気がする……が……反抗しないと、ずっと私の話になるのだけは勘弁してもらいたい。

 

「あの……イザナミさん、別にそのことを言う必要ないんじゃないですかね」

「何を言っているのですか! めぐみんさんはアスカさんのことをハーレム女王とか夢見がちなことを言い続けるかっこつけの道下としか知らないんですよ! 本当のアスカさんは無茶ばかりする無茶苦茶な人だってことを知るべきなんです!」

 

 かっこつけの道下発言も酷いと思うけど、私のことを夢見がちだと思われている事が一番傷つきました。

 別に夢を見て何が悪いんだよ。まだ現実を見る年齢じゃないんだから、目指したっていいじゃないか。そういう小説だってあったんだから、私だって目指しても罰なんて当たらないじゃないか。

 

「あ、あのイザナミ。私はそこまでアスカのこと知る必要を感じられないというか……」

「それはそれで酷いよ! そこは知ってもいいじゃないか! なんで興味なさそうに言うのよ!」

「だって、先ほどの話を聞いている限り、アスカは今も昔も変わらない気がします。私もイエティの件で本当は誰かのために無茶をする人だってことは知ったので特に必要ないかと」

 

 ……それを言われると、なんかずるい気がする。

 それって、めぐみんが私の事を案じているって期待しちゃうじゃないの。

 

「その通りです。ではまず、アスカさんがどうして女好きになったのかを」

「待て待て待て! 私が無茶をしたエピソードの話をするんじゃなかったの!?」

「アスカちょっと黙ってください! 聞いたからと言ってアスカのこと好きになるわけではないんですが、それは知りたいです!」

「私が好きにならないのは別に言う必要なくね!?」

 

 マズイ。これはマズい! そのエピソードは墓場まで持って行くはずだったのに、ここでめぐみんに暴露されてしまえば、私は立ち直れなくなる!

 というか、マジでその話さえも握っているというのか? 冗談じゃないわよ! 私達のプライベートが女神達に監視されているとか、ずっと窮屈に気にしなければならなくなるじゃない。

 いや、そんな事よりもマジであの話をするの? ほんとそれだけは勘弁してもらいたい!

 絶体絶命の危機だったその時。

 

「この曲者! 出会え出会え! 皆、この屋敷に曲者よーっ!!」

 

 屋敷にアクアの声が響き渡った。

 ありがとう宴会の女神様。

 

「よし、めぐみん行くぞ!」

「ちょっ、あ、アスカ、引っ張んないでくださいよ!」

 

 私はそれを切っ掛けにめぐみんを連れてこの場から颯爽と去ることができた。

 先ほどまでイザナミのお酒の力のせいで逃がしてくれなかったから、アクアの声で取っ払ってくれたことに感謝しなければならないね。

 私はアクアに応えるようにめぐみんを連れて向かう。

 廊下を走ること数秒、アクアは広間にいて、そして小柄な女の子が魔法陣みたいなのに取り押さえられていた。

 

「アスカ、めぐみん見て見て! 私の結界に引っかかって身動き取れない曲者を捕らえたわ。」

「これは女の子? いや、違う。これはサキュバスじゃないですか。なんでこんなところにいるんですか?」

 

 めぐみんはその小柄な女の子を見て、サキュバスがここにいることに疑問を持ち始めた。

 サキュバスは私がイメージするサキュバスのまんまであり、一見、小悪魔のコスプレをした美少女だと見てもおかしくはなかった。

 サキュバスがこんな所にいるってことは、やっぱり…………。

 

「おい、アクア!」

 

 噂をすればなんとやら、カズマもやって来た。

 

「あ、カズマカズマ、見て見て、曲者を捕らえた……って、こっちにも曲者がいた!」

「誰が曲者だ!」

 

 いや、そんなタオル一丁の姿で現れれば誰だって曲者だって言われてもおかしくないわよ。というか、なんでそんなかっこうしているのよ。

 

「取りあえず短剣で刺していい?」

「急にどうしたんだって、何でそこにサキュバスの子が?」

 

 何でって……あの子はカズマが呼んだんじゃないの? 何で知らなそうに言うのよ。

 カズマに違和感を抱いている最中、アクアはウキウキな気分で語り始めた。

 

「すごいでしょ! 実はこの屋敷に強力な結界を張ったのよ。そうしたらこのサキュバスが屋敷に入ろうとしたみたいで、結界に引っかかって動けなっていたのよ! サキュバスは男を襲う淫らな悪魔だから、きっとカズマを狙ってやってきたのね。でも、もう大丈夫よ。カズマの平穏は私が守ったわ」

 

 なるほど、アクアの話を聞かされて合点がいったわ。

 やはりカズマは昼間のサキュバスの店で契約みたいなものをして、今夜実行されるから早く帰って来たんだ。そしてカズマの精気を吸いにサキュバスは訪れたのだが、アクアの結界に引っかかってしまい実行できなくなったんだ。

 つまりカズマがタオル一丁で待ちかまえていたのもサキュバスと関係あるに違いない。

 …………タオル一丁でサキュバスを待ち構えるとか、どういう神経しているんだよ。普通にドン引きするわ。

 

「さあ、観念するのね! サクッと悪魔祓いをしてやるわ」

「なんだかよくわかりませんが、覚悟することですねサキュバス。おとなしく滅するがいい!」

 

 アクアとめぐみんは戦闘態勢に入った。自分は殺されてしまうと嫌でも悟ったサキュバスはヒッと小さく怯えていた。

 これだけ見ればどっちが悪魔なんだか、アクアに至っては女神の気品さも感じられない。

 けど、このまま放って置くわけにはいかないか。私のヒロインとして助けてやりたいけど、今日はイザナミにお説教されたばかりなので今だけは自重しとこう。

 でもやっぱり可愛い子に罪は基本的にないので、どうにか上手く逃がす事にしよう。それで私の好感度が上がるのなら尚更実行するべきだ。

 

「さあって、今からとびっきりの強力な対悪魔用の……カズマ?」

 

 アクアはカズマの様子がおかしいことにあっけに取られていた。

 それもそうだ。カズマがサキュバスの目の前に立ち、手を広げて庇い始めたのだからだ。

 

「ちょっ、ちょっとちょっと! なにやってんの!? その子はカズマの精気を狙って襲いに来た、悪魔なのよ! なに庇おうとしているのよ!」

 

 アクアがカズマに向けて鋭く叫ぶ。

 それでもなお、カズマは動ずることもなく庇うことをやめない。

 

「ねぇ、聞いているのカズマ? それともなに私に刃向かおうって言うわけなの?」

 

 カズマは無言を貫き、庇うことをやめない。

 

「……そう。一体何のつもりなのかは知らないけど、水の女神としてはそこの悪魔を見逃す訳にはいかないのよ。庇うってことは、袋叩きにされても文句は言えないわよ、カズマ!」

 

 水の女神と言うわりにはチンピラの兄ちゃんみたいなことを言っているな。

 

「今のカズマは、そのサキュバスの魅力に操られている!」

 

 そこへネグリジェを着たダクネスが遅れてやってきた。

 

「先ほどからカズマの様子がおかしかったのだ! 夢がどうとか設定がこうとか口走っていたから間違いない!」

 

 一体、カズマとダクネスの間に何があったんだ?

 

「おのれ、サキュバスめ、あんな辱めを……っ! ぶっ殺してやる!」

「本当に何があったの!?」

 

 例えドM発言でドン引きする事はあったけど、汚い言葉を使う事がなければ物騒なことなど一度も言わなかったダクネスがぶっ殺すとか口走るなんて……そうなるまでに何に追い詰められたのよ。

 良く見ればなんか若干涙目になっている。悪霊の件といい、最近カズマとダグネスの間に何が発展していくっていうのよ。

 

「カズマ、一体何をトチ狂ったのですか? 可愛くてもそれは悪魔、モンスターですよ? しっかりしてください! アスカでさえ、手を出そうとしないんですよ。アスカでさえ、倒すべき敵を認識しているんですよ」

 

 私だって本当は庇いたいし、ヒロインにしたいけど、イザナミにお説教されたばかりだから控えているの! というか、そこまで女に飢えているわけじゃないわよ!

 控えている私を比べ、カズマは未だに後を引かない。それどころかファイティングポーズを取り始めた。

 

「どうやら、カズマとはここで本気で決着をつける必要があるわね。いいわ、かかってらっしゃい!」

 

 指をポキポキ鳴らし始める喧嘩腰の女神様。

 ここでカズマをフルボッコにするのかと思った矢先、

 

「アスカさん遅いです! まだ話は……」

 

 イザナミが酔ったままこちらへやって来てしまった。

そしてイザナミはサキュバスの存在に気づき言葉を失った。

 そうなるよね。ここにサキュバスがいるとなると、驚くのは仕方ない。

 

「……アスカさん。どういうことですか?」

 

 …………なんで私の方へ殺意を向け、睨んでいるのですかイザナミ様。

 

「どうしてここにサキュバスがいるのですか? 原因はアスカさんですか?」

「ち、違うわよ! 私じゃなく」

「丁度良かったわ、イザナミ。貴女もこのサキュバスとそれを庇うカズマを袋叩きにするわ。手伝って」

「いいえ」

 

 私が言い切る前にアクアがかぶせてきて、アクアが言い終わる前にイザナミが遮らせた。

 

「そのサキュバスを見逃すわけにはいきません。その悪魔の方から話をお聞きしたいのです。その後、アスカさんを説教しますので邪魔しないでください」

 

 お説教コースが決定した瞬間だった。

 ちょっと待った。なんでお説教されなくちゃいけないのよ。今回私は何も悪いことしていないじゃない。

 これもお酒の力なのか!? お酒の力ってイザナミを暴走される成分が膨らんでいるのか!? 人はそれを酔うって言うから酔っているのか!? 自分でも何を言っているのかわからなくなった。それくらい何故かピンチになっています。

 

「い、イザナミ? どうしたんだ? なんかいつもと様子が違うのだが……いつものように謝らないのか?」

「謝るのはアスカさんですよ」

 

 お酒で豹変したイザナミにダグネスはかなり動揺していた。いや、この場にいる皆がイザナミの変貌っぷりに驚くしかないだろう。

 

「なに言っているのよ! そのサキュバスに話す必要なんてないわよ! いいから早く手伝っ」

 

 ――――その刹那。

 

「ごほっ!?」

 

 イザナミが一瞬でアクアの懐に入り、腹パン。

 

「がっ!?」

 

 すかさず壁に向けて殴り飛ばした。

 その威力は絶大で拳一発でアクアを気絶させたのだ。

 

「「「「アクア!!!!」」」」

 

 私達はアクアの名を叫ぶ。そしてサキュバスを庇っているカズマでさえもその光景に仰天してしまった。

 だって、引っ込み思案で常に自己嫌悪するイザナミが酔っていたとはいえ、アクアを腹パンだけで沈めたのよ。そんなの誰が予想できるんだって話だ。

 

「仕方ないですね……邪魔をするのなら、しばらく眠ってもらいます」

 

 酔っぱらいながら殺意を湧き出し、四次元ポケットのようにどこからか大鎌を取り出した。

 その姿はまさに死神に相当しく、今からでも大鎌で狩りつくす恐怖の象徴を作りだしている。下手な魔王軍の幹部よりも、今のイザナミの方が物凄く怖い。

 そしてそれは、このままバッドエンドになってもおかしない状況に陥っている事を意味している。

 

「お、おい、イザナミは一体どうしたんだ? いつはこう……ごめんなさいとごめんなさいと、ごめんなさいと……」

「ごめんなさいしかないのかよ」

「では、どうして今のイザナミはあんなに怒っているのだ!? あれはまるで死神じゃないか! とてもあんな殺気を纏った女の子ではなかったぞ!」

 

 ダクネス、その例えは鋭いよ。だって本当の死神なんだもん。

 

「もしかしてあれか、昼間のチェスで負けたのがそんなに悔しいのか?」

 

 お酒の力だと思いますよ。

 

「それともカズマの影響か。おのれカズマ、自分もおかしくなったと思ったらイザナミにもおかしくさせるなんて……っ、ぶっ殺してやる!」

「おい待て! イザナミは俺のせいじゃないだろ!」

 

 あ、沈黙を貫いていたカズマがツッコミした。

 正気に戻ったのだろうか? いや、元々おかしかったか。

 ともあれ、こうなったらサキュバスどころじゃない。パンツ一丁のカズマもイザナミを止めなければヤバいと直感しているに違いない。

 

「皆、とりあえずイザナミを止めよう」

「そうですね。今のイザナミを放置するのは不味い気がしますね」

「四人力を合わせれば、なんとかなるだろう」

「隙を作ってくれ。そうすれば俺のスティールであの大鎌を奪ってやる」

 

 未だかつてないほど、これほど結託したことはないだろうか。皆で仲間の暴走を止める。とても熱い手展開じゃないか。

 私達が力を合わせれば、どんな相手だって怖くない。例え相手が仲間であり、死神であっても負けはしない。

 ここにアクアがいないのは残念だ。

 

「行くぞ、お前ら!」

「「「おー!!!」」」

 

 カズマの熱い、熱い、かけ声と共に私達はイザナミを止めるため、一斉に立ち向かった。

 

 

 

 夜が明け、朝がやってくる。

 昨夜のイザナミのありがたいお説教とサキュバス騒動の疲れが残っているものの、私とめぐみんで街中を数時間かけて探索していた。

 

「やっと見つかりましたね」

「こんな隅っこにいるとはね……街から出なくてホッとするよ」

 

 この街の隅っこにある日陰で黒いフードをかぶり、うずくまっている少女に声をかけた。

 

「探したよ、イザナミ」

 

 声をかけると、反応はするものの姿勢を変えることはなかった。

 

「……どうしてこんな迷惑の塊のクズを探すのですか?」

「あんな置き手紙を読んだら探すに決まっているじゃないですか」

 

 めぐみんは置き手紙を取り出した。

 書いてあったのは『しばらく旅に出ます、探さないでください』とシンプルでド定番の置き手紙だった。

 慣れていないおかげで、旅に出ると書いておきながら街から出てないのは幸いだったけど、もうちょっと頑張って遠出しなさいよ。

 

「で、イザナミはなんでこんな置き手紙を書いたんですか?」

 

 めぐみんは呆れながらイザナミに訊ねた。

 

「それは私が昨夜のことといい、悪霊騒動で迷惑をかけたからです」

 

 イザナミはこちらに体を向けず、ジメジメと語り始める

 

「悪霊の件では一人スヤスヤと寝ていた役立たず。そしてアクアさんからお酒をいただいたのにも関わらず、酔った勢いで皆さんを説教した挙げ句、できもしないのにアスカさんがサキュバスを招き入れたのを勘違いしてしまい、皆さんを倒してしまうなんて……私はとんだ愚か者のクズ以下のゴミ虫以下です……」

 

 そう言い終えると、改めて自分自身の罪悪感を抱えてしまい、より一層沈んでしまった。

 できもしないとか余計なお世話だというのは一旦置いといてだ。イザナミの言ったことは事実である。

 悪霊の件ではイザナミだけがあの騒ぎがあったのにも関わらず、何事もなく熟睡していた。

 昨夜の件は、暴走し始めたイザナミを止めるべく、アクアを除いた私達四人で立ち向かおうとしたのだが、これがまたイザナミは物凄く強くて、本気で戦おうとしてもそれを上回る強さで圧倒して返り討ちにされた。

 でもカズマだけはただではやられず、私とめぐみんとダクネスを囮にしているうちにサキュバスを逃がしていたらしい。

 その後は気絶していたから知らないが、起きたらイザナミの置き手紙が置いてあったのでめぐみんと一緒に朝から探していたのだ。

 悪霊の事はともかく、泥酔していたのにも関わらず記憶を保持しているのは予想外だった。私達にとってもイザナミにとっても忘れていたほうが良かったのかもしれないね。でなきゃ、イザナミが変に罪悪感を抱かずに済んだからね。

 仕方ない。説得して旅を出る前の旅を終わらせよう。

 

「……前々からずっと思っていたんですけど、イザナミってめんどくさいですね」

 

 私がイザナミを慰めようとしたら、めぐみんが先にドストレートに言葉をぶつけた。心なしか、イザナミはその言葉に刺さって沈みが増した気がする。

 

「イザナミは謝り過ぎなんですよ! 聞いているこっちが気を遣ってイライラするのでやめてほしいですね!」

 

 今まで溜まっていた鬱憤(うっぷん)があったのか、ここぞとばかりに発言するめぐみん。

 

「……ではどうすればいいのですか?」

 

 恐る恐る訊ねてくるのに対し、めぐみんは仁王立ちで堂々と言い放った。

 

「何度も言う必要はありません。ごめんなさい一言で十分ですよ!」

「でも……」

「でもありません! さあ、早く! ごめんなさいは!」

「ごめんなさい……」

「よろしい! では帰りましょうか!」

「めぐみん力技過ぎるでしょ……」

「イザナミを見ているとゆんゆんと被って苛立ちますね」

 

 ゆんゆんって誰だ? おそらく紅魔族の一人だと思うが……後で詳しく聞こう。

 にしても流石最大火力を誇る爆裂魔法の使い手、見事なごり押しだった。

 でもそれだけではイザナミが立ち直ることはない。イザナミとっては何も解決していないはずだ。一緒に帰るにはイザナミの中にある罪悪感を取り払う必要がある。

 

「そういうことだから帰るわよ、イザナミ」

「役立たずの私が帰っていいはずありませんよ……」

「それは大丈夫だよ。私からすればめぐみんよりも役に立っているから」

「おい、誰が役立たずだ。絶対に私の悪口を言いましたね」

「役立たずとは言ってないじゃない」

「誰かと比べている時点で役立たずと言っているのと同じです! おのれは我が爆裂魔法の何を見てきたのですか! 庇うためとはいえ、一度爆裂魔法を操る者と名乗ったからには私の存在と爆裂魔法の存在が如何に重要なのか見返すべきです! なんなら我が爆裂魔法がどれだけ凄いかをご自身の肌で感じてみてはいかがですか、アスカ!」

「わ、私が悪かったから、胸ぐら掴まないで……っ。ご、ごめんってば」

「フッ、わかればいいのです」

 

 イザナミを励まそうとして、めぐみんを引き合いにしたらキレてしまい、喧嘩を吹っかけられるだけでは済まされない事態に発展しそうになった。一歩遅ければ、私は爆裂魔法に滅されただろう。

 

「えっと、そういうことだから、イザナミは役立たずじゃないから一緒に帰ろうよ!」

「何がそういうことですか……」

 

 呆れながらもイザナミはようやこちらに体を向ける様に立ち上がった。

 罪悪感を通り越してウジウジ考えているのがバカバカしくなっちゃったのかな? なんかそれはそれで複雑な気分だけど、まあいいだろ。

 でもそれだと好感度が上がんないんだよね……。

 

「好感度なんか上がらないと思っているのなら、それは思い込みですよ」

 

 ……君先ほどまで大分落ち込んでいたよね?

 それくらい言える様になったのならどんな形であれ、立ち直ったのは喜ばしい事だとしとこう。

 そもそも昨夜の件は私もめぐみんも気にしていないし、許す許さないとかそういうのはなかった。アクアは恨みを持っていそうだけど、それはこっちでなんとかすれば済まされるだろう。

 

「じゃあ、イザナミ。帰ろう」

「そうですね、ご迷惑かけました」

 

 あ、自分で帰ろうと言ったけど、帰る前に言いたい事があった。

 

「イザナミ。私達が帰る場所はあの屋敷なんだから、旅を出たとしてもちゃんと帰らないと駄目だからね。遠くに行くのは構わないけど、帰って来ない時は必ず見つけ出して連れ戻すからね」

 

 私がどれだけイザナミが好きである事を告げたかった。今回の様に、いきなりいなくなっても私は必ず連れ戻す。それくらいイザナミには遠くに行ってほしくない。

 

 

「アスカさん…………またお得意の思いつきのかっこつけですね」

「無理矢理連れ戻すとか、強引な程にもあります。もっと相手の気持ちを考えたほうがいいですよ」

 

 なんでイザナミは素直な気持ちをかっこつけとか言って呆れちゃうのよ

 なんでめぐみんに上から目線で言われなきゃいけないのよ。私はめぐみんには言われたくない。

 

「ふふっ……アスカさん、言わなければ良かったですね」

「そんな事言っているから、いつまで経ってもハーレム女王になれないんですよ」

 

 でもおかげで二人の笑顔が見られた。

 いや、笑われているのか? めぐみんに至っては完全に煽っている。

 でも、もうそれでもいいや。笑顔が見られただけでも価値は十分。

 イザナミに元気を取り戻して一件落着。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は装備を整えて冒険者ギルドへ! 街の住人の皆様は直ちに避難してください!』

 

 ……この世界に転生して前々から思ったんだけど。突如訪れる脅威がシャレにならないんですけど!?


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