夕方、私達はたくさんの荷物を持って街の郊外に佇む一件の屋敷へやってきた。
「悪くないわね。ええ、悪くないわ! この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」
屋敷を一目見て、アクアは腕を組んで頷く。
ほんとこの女神様はいちいち偉そうね。
「こ、こんなところ私にふさわしくないですね。私なんか土に被って寝ているほうがお似合いですよ」
こっちは対極に遠慮を通り越しての自責だよ。
……とはいえ、屋敷を見て遠慮するのも、この家に相応しいと尊大な態度を取るのもわからなくはない。
なにせ私達は、お金持ちが持っていそうな屋敷に住むことになるのだから。気持ちが昂るのも、遠慮するのも仕方のないことだと思うことにした。
「ここ、元はとある貴族の別荘だったらしいですね」
めぐみんが言っていた貴族の別荘にただで住める…………なんてことはなく。
「しかし、除霊の報酬としてここに住んでいいとは太っ腹な大家さんだな」
ダクネスが疑問した通り、除霊の報酬で貴族の別荘に住めることになっている。
「ウィズは街では高名な魔法使いで通っているらしくてな。それでよくこの手の案件が持ち込まれるそうだ」
「そんで、今回は特別にそれを私達が請けることになったの」
ダクネスは「なるほど」と頷いて納得したようだ。
本当はウィズに頼みに来たんだけど、アクアの嫌がらせで調子が悪くなったウィズの罪滅ぼしとして引き受けることになったんだけどね。
まあ、この手は一応アクアの得意分野だし、家をくれるのだから私達にとってはプラスなのは間違いない。
「ところで本当に除霊なんてできるのか?」
「なによ、ダクネス。私の力を疑っているわけ?」
「い、いや、そういうわけではなく、さっきアスカの説明では大家さんが悪霊を退治してもすぐに新しい悪霊が住み着かれ、祓っても祓ってもきりがないって言っていたから……」
「大丈夫よ、私に任せなさい」
胸を張ってアクアは言うが……その…………し、信じているからね。
するとアクアは両手を前に出していきなり語り始めた。
「見える、見えるわ! 霊視によると、この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間にできた子供、その隠し子が幽閉されていたようね」
え、なにその生々しい話。別に聞きたくもなかったんですけど!?
「やがて元々身体の弱かった貴族は病死、隠し子の母親のメイドも行方知れず。この屋敷に一人残された少女はやがて若くして病死。それも父親と同じ病気にかかり、両親の顔も知らずに孤独に死んでいったのよ」
「……行くぞ、お前ら」
「そうだね。行こう」
私達はアクアの話を最後まで聞かず、屋敷へと入ることにした。
「……というわけでお供えはお酒を用意してよね、カズマ!」
一体、あの生々しい話で最後にお酒の話になるのだろうか。最後まで聞けばわかったけど、これ以上余計な情報を聞く気にはなれなかった。
とりあえず屋敷内を一通り掃除して、後は夜が来たら除霊活動を行おう。
●
今が何時かわかんないけど、いっぱい寝た気がした。でもお外は真っ暗だった。
まいったな……たまに目を覚ますと中々眠れないんだよね。あと、トイレ行きたい。
そう思い、ふと顔を横に向ける。
そこにはスヤスヤと可愛らしい寝顔のイザナミがいた。
……そう言えば、ちゃんとした部屋になっても一つのベッドで一緒に寝るのは変わらないのは、非常にありがたい。
なにせ、イザナミは「アスカさんが夜中に変なことしないか見張っています」と言って一緒に寝ることしているけど、私としてはその時点で十分目的は達成しているのよね。あと、イザナミが寝ていたら見張りも意味ないと思うのだけど、そのことは本人気づいていないから、気がつくまで一生黙っていよう。
そんなことよりもトイレ行こう。
そう思って私は起き上がろうとする。
――――だけど全身が締めつけられるように動かせなかった。
あれ、なにこれ……動かないし、息ができ、ない……。
「……っ!」
イザナミに助けを呼ぼうとしても声が出ない。手を伸ばそうとしてもどこも動かない。
あ、まずいこのまま窒息死になっちゃう。
あとマジでトイレ行きたい。漏れちゃう漏れちゃう!
二重の意味でピンチになった私はなんとか生にしがみつこうとなんでもいいから無理矢理体を動かそうとする。その思いが芯に届いたのか、苦しみが解放されたかのように軽くなった。
「ハァ……ハァ……な、なんなの……っ、それに今の……まさか」
そうだ。この屋敷には悪霊が住み着いている。そしてさっきのは金縛りという物だと思う。そうじゃなかったら、なんだ? 呪い?
いや、そんなことはいいとしてだ。
私はトイレ行きたいんだよ!
――――カタンッ。
「え?」
突如鳴り響いた音に私はビクッと驚く。
「だ、誰か……いるの?」
声をかけてみるも返事はせず、静まり返る。
ちょっ、ちょっとやめてよ。異世界なんだから日本じゃ冗談で済まされるようなことがシャレにならないんだって。私、肝試しとか絶対に一人で行けないタイプなんだよ。誰かがいないと情けない所見せたくないから一生懸命頑張るけど、一人はまずいって!
しかもトイレ行きたいのに……普通に怖くて廊下に出るのも戸惑うじゃないか。
不本意だけど……イザナミと一緒に行ってもらうしかないか。いや、もう高校生になってトイレに一人で行けない子供はとっくに卒業したんだ。イザナミを起こして一緒に行ってもらうなんて私としてのプライドが許せない。
それにイザナミも悪霊に怯えて、結局二人して縮こまらったら申し訳ないね。
めっちゃ怖いけど、頑張るしかないわね。
カタンッ。
「ひっ」
お、お願いだから気のせいにさせて。後、トイレ行くまでは心を折らせないでください。
先ほどの恐怖を増幅させる何でもない音で私はドキドキしながら廊下に出た。
気分はお化け屋敷。どこから何が出てこないかと警戒心を張らせられる。ハハッ、何が悲しくて真夜中でお化け屋敷をしなければならないんだよ。しかもゴールがこの屋敷を出るのではなくトイレって、なんだよ。
そしてお化け屋敷で朝を迎えるまで寝なければいけないとか……これ思った以上にきついわね。途中で目を覚ました自分を怨みたい。
精神的に気落ちしたのを察したのか、後ろから何かが当たった感触がした。
「もう、誰が」
振り返ると視界がいきなり西洋人形で覆われていた。
「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は驚愕と共に腹の奥から出し切るように絶叫を上げ、反射的に西洋人形から逃れようととにかく走り出した。
走り出さなければ死ぬ!
そんな直感だけで私はとにかく走るしかなかった。
――――ガタガタガタタタタタ、ガタガタガタガタッ!
後ろから恐怖が迫るような音がしてくるけど、もしかしなくてもあの西洋人形追いかけてくるの?
ちらっと好奇心で後ろを見たら、西洋人形が束になってこちらを追いかけてきた。
「いやあああああああああああああああああああっ!!!!」
私はすぐさま前を向いて走る速度を上げた。
後で冷静に考えたら、あんなにも声を張ることできるんだね。
とにかく今は逃げるしかない。超怖いし、めちゃくちゃ怖いから逃げる。全力で恐怖から逃げる。
必死で走る中、私はふと目に入った部屋に飛び込み、そしてドアを閉め、慌てながらもドアの鍵をかけた。
その数秒後に、ドアに何かがぶつかる音がしたが、逃げ切れたという安心感でホッとした。
「助かった~……」
私はふと部屋の中央に視線を向ける。
そこには紅い瞳で黒髪の少女が暗闇の中、部屋の中央に座り込んでいた。
「きゃあああああああああああああああ!!」
「ひゃあああああああああああああああ!!」
私は安心感からの、ふと見えた恐怖と驚きに思わず悲鳴を上げてしまった。そうしたら目の前の黒髪の少女も悲鳴を上げていた。
……よく見ればピンク色の可愛らしいパジャマを着ためぐみんでした。
「め、めぐみんかよ……ちょ、驚かさないでよ」
「そ、それはこっちの台詞です! なぜアスカがこの部屋に飛び込んでくるんですか! てっきりアクアが帰って来たのかと思いましたよ!」
「アクア?」
何故アクアが出てくる……あ、そう言えばここアクアの部屋だった。寝る前に一度来ていたの忘れていたわ。
……あの時はアクアの泣き声で駆けつけたら、酒を飲まれたことで泣いていたことだったから、私はそれをなかったことにしたんだっけ。
ともあれ、ここがアクアの部屋でそこにめぐみんがいることはわかった。
「……もしかしなくても、アスカは欲求不満でアクアを襲おうとしたのですね。流石、イザナミが言っていた通りの不埒な獣ですね」
「そんなわけ」
「そんなわけないと言われてもアスカならやりかねませんね」
なんかすげぇ警戒している。本当にそんなつもりはないのに、どうしてなんだ。あれか、私の日頃の行いがいけないからなのか?
いや、今はそれどころじゃないんだって。後ろでガツガツとドアにぶつかる音がしてくることに警戒しなさいよ。
「とりあえずここに来たのはたまたまで、人形から逃れるためだよ。というか、何でアクアの部屋にめぐみんがいるんだよ」
「う……」
めぐみんは言いづらそうにしているも、目線を逸らしながら返答した。
「いや、その……私も人形から、逃れるために……アクアに、その……身の安全を守ってもらうのと、その……一緒にトイレに、と思いまして……」
めぐみんも私と同じ目に遭ったのね。そしてめぐみんの私の言葉でトイレに行きたいことも察したようだ。
「アスカもトイレですか」
「さっきのびっくりで思わず、悲惨なことになりかねたけど……」
「それは失礼しました。あ、ところでアスカもあんな女の子らしい悲鳴を上げるのですね。それにもびっくりです」
「おい待て、その言い方だと女の子らしくない悲鳴を上げると思い込んでいたのか? 私だって女の子だぞ」
「精神はおっさんであるアスカに、女の子という言葉は似合いませんよ」
「誰がおっさんだ」
生前もクラスメイトからおっさんって言われたこともあったけど、おっさんではない。
「ところでアクアはどこにいたの?」
「多分アクアは、ダグネスとカズマと共にこの屋敷内の除霊を行っているのではと思います」
あの三人最近一緒にいること多いな。
アクアならともかく、ダクネスもカズマも一緒なのか。
まあ、カズマはこの屋敷のためなら一生懸命どんな手を使っても除霊しそうな勢いはありそうだし、ダグネスも悪霊を除霊する勢いで同人誌ネタにありそうなことを願っているのかもしれない。いや、流石にそれは私の偏見か。
とにかく悪霊の除霊はあの三人に任せればいいだろう。
「アスカ、ドアの外の音が止んでます。今ならドアの外に人形はいないのでは?」
それを言われて耳をすますと、音は確かに止んでいた。
止んでいるのはわかったけど、正直出ていいのかは微妙な気がする。だってあの人形が自然と消えるとは思えない。
除霊したのなら、アクアの雄叫びの一つや二つ聞こえるはずだ。黙って除霊をするとは思えない。つまりあの人形はまだ廊下にいる可能性が高い。
ぶっちゃけ怖いから出たくはない。かと言って、このまま部屋にこもってアクア達が除霊を終えるまで待っていれば、ここが大惨事になる。そうするとアクア達の態度に恐怖を覚えてしまう。そんでもって嫌われること間違なし。
でも私には策がある。こんな時、敏捷力が高いゲイルマスターで良かったと心底思う。
「めぐみん。ちょっとお花を摘みに行ってくるね」
私はベランダに出て、外にある公衆トイレを目指そうとしたら、行かせまいと主張するかのように後ろからめぐみんが私のズボンを掴んできた。
「……めぐみんさん? 私、お花を摘みに行きたいのですが、放してくれませんかね。そうじゃないとここが大惨事になりますよ」
「行かせませんよ。何一人ですっきりしようとしているのですか? アスカは私のためにここで一緒に逝きましょう」
めぐみんはにっこりとほほ笑み、
「駄目、ですか?」
上目づかいでお願いしてくる。
「こんな時だけ可愛らしくしやがって! だったら私のハーレムになってからデレデレになりなさいよ!」
「それは嫌です。私はアスカと違ってノーマルですので」
「この畜生が、いいから放しなさい! あ、そうよ! 私はアクセルダッシュで公衆トイレに行くんだから、めぐみんはベランダからやればいいじゃないの」
「バカじゃないですか!? 女に向けて言うことじゃないですよ! やはり変態気質なアスカですから、そんなこと言うかと思っていましたが、思っていた通り言いましたね!」
「やはりって思っているって私に対するイメージってどんだけ悪いんだよ! お外が嫌ならそこに空いた酒瓶があるじゃん。私はその間に行っているからさ、どうぞ」
「もっと酷いじゃないですか! 何がどうぞなんですか!? その空いた酒瓶で私に何をさせようとしているのですか!? わからないので、アスカがそのお手本を見せてくれるんですよね? さあ、やってみてくださいよ! 私に何をさせようよとしているのかを、さあ早く!」
「このバカ、嫌に決まっているでしょ! 私にそんなプレイさせて誰の得になるって言うのよ!」
「だったら嫌なことを人に勧めないでくださいよ!」
「も、もうこの話はなし! だから早くトイレに行かせて!」
「いいえ、そうはいきませんよ。アスカもこの地へ共に逝き……ま、すから…………」
……ん?
急にどうしたんだ。さっきまでの勢いがなくなって、すぼんでいるし青ざめている。後ろになにかあるの?
私は半信半疑にめぐみんの視線の先にある後ろの方へ顔を向ける。
そこには確かに見た瞬間、人の顔を青ざめる恐怖の象徴の一つであろう。ベランダの窓にびっしりと張り付いた、大量の西洋人形がこちらを見つめていた。
「「ぎゃあああああああああああああああ!!」」
私とめぐみんは同時に叫び、咄嗟にめぐみんを引き連れて部屋を飛び出した。
●
「ううっ……あ、アスカ、いますか? いたら返事をしてください。離れないでくださいね?」
「ちゃんといるし、返事もするよ。もし人形が襲いかかってきても置いて行くことはしないから、安心して」
「……それとは別でドアをぶち壊して、入ってきたらシメますからね」
「流石にそこは信用してくれ」
あの後、私達は真っ先に近場のトイレに逃げ込んだ。そうじゃないと体が思うように動かないし、この歳でお漏らしするのは私もめぐみんも避けたかった。あと、流石に限界だったというのある。
そして今、先に済ませた私はめぐみんが出てくるまで、ドアの前で待機していた。
「……あ、あの、アスカ。流石にちょっと恥ずかしいので、大きめの声で歌でも歌ってくれませんか?」
「そんなことよりも、私のプロポーズでも聞く?」
「そんなおぞましいこと聞きたくありません! お願いですからそれだけは言わないでください!」
「そこまで否定しなくてもいいじゃない!」
プロポーズを拒まれた私は仕方なしに歌うことにする。
にしても歌か……参ったな、最近はアニソンしか聞いていなかったから、世間で言うマニアックしか歌えない。いや、この世界ではジェーホップもアニソンもマニアックな歌としてくくられるか。
「じゃあ歌うけど、歌唱力はそんなに自信ないから文句言わないでよね」
「聴いてから判断します」
そりゃそうだ。
めぐみんに応えて、私は歌い出した。それはもう、大声のアカペラで歌を届けた。
「……ふう。えっと、もういいですよアスカ。それにしても不思議な歌ですね。こんちきちんとは何ですか?」
「……まあ……京都という国のお言葉の一つなのかな。その歌っている人も京都出身だし」
といっても二次元のアイドルなんだけどね。
「そんな国と言葉があるのですね。前から思っていたのですが、アスカってどこの国出身の人なんですか?」
「この世界では知られていない日本という田舎で遠いところだよ」
私は間違ってはいないけど、正しく伝えはしなかった。異世界からやってきたなんて言われても、信じることなんてなく、ただ呆れられるのがオチだからね。
「それよりもアクアを探そう。流石にもうあの怖い思いはしたくない」
「それもそうですね」
先ほどの西洋人形が浮いて動いているのは、悪霊の仕業で間違いはないのだろう。どうにかしたいけど、私とめぐみんの力ではどうすることもできない。
ただ恐怖を感じ、ただ怯えて逃げるだけならアクアを探して頼んでもらうのが一番安全でしょうね。
私とめぐみんがトイレの手洗い場から廊下に出ようとした時だった。
――――カタ、カタッ。
その音だけで委縮してしまいそうな嫌な音が聞こえてきた。
私は思わずトイレの手洗い場のドアの前で身を屈めてしまう。隣にはめぐみんがビクッと震え、私の服の袖をギュッと掴んで身を寄せてきた。
可愛い。めぐみん可愛い。
でも怖い。西洋人形怖い。
ほんと、しゃれにならないってあの西洋人形の怖さは。ただでさえ、よく見るとホラーな西洋人形なのに、その西洋人形がホラーの演出をさせてくる。お化け屋敷の怖さなんて非じゃないくらいに、からくりも人間の手でもなく、本物の幽霊の仕業で不安感を煽っているんだ。そんなのが怖くないわけがない。
でも私よりもめぐみんが怖がっているのかもしれない。
ここは私がしっかりしないと。
「だ、大丈夫だよ、めぐみん。私達は独りじゃないんだから二人いれば大丈夫だ……って」
「黒より黒く、闇より暗く漆黒に……我が深紅の混淆を金光望みたもう……」
なんか隣でぶつぶつと詠唱し始めている。
「やめなさいっ! この屋敷ごと吹き飛ばしたら、何もかも失うわよ!」
私は詠唱するめぐみんの口を手で塞いだ。
おそらく恐怖のあまり、全て壊す勢いで詠唱を始めたんだろうけど、そんなことすれば自分が口にした通り何もかも失う。例えば自分達の命とか、生き残ってもこの街にクレーターを残すとか、大家さんとか街の住人の信頼とか。そしてそれでもなお、借金は失うどころか加算される。何も良いことなんてないんだ。
「な、何をするんですか。こんな家、全部爆破すればいいんですよ!」
「そんなジグソーパズルが出来なくてイライラするから全部ひっくり返すような発想で唱えられても誰も幸せなんかならないよ!」
「そんなことしませんよ!」
「例えで言っているの!」
ドンッ。
「「ひっ」」
扉に大きなぶつかる音で私とめぐみんはビクッと震えてしまった。
それは一度だけではなく、連続でドンッとぶつけてくる。もしかしなくても、あの人形がこのドアを体当たりで破ろうとしているの?
……仕方がない。今回は自然と去ってくれるか、アクアが何とかしてくれるまで安全に行こうと思ったけど、破ろうとしてくるのならここにいては危ない。
「めぐみん、ドアを開けたら走って。そしてアクアを見つけてほしい」
「え、アスカはどうするんですか?」
「私はなんとかして、あの人形を倒すか動きを止めさせる。人形の攻撃を食らっても、死ぬようなことはないはずだし」
「だ、大丈夫ですか?」
「相手はイエティじゃないんだ。それと比べてば西洋人形なんて怖くないんだ」
そのことを口にすると、めぐみんはわかりましたと言って頷いた。
「しゃあっ、かかってこい、この人形ごとき! 後で私の宴会の女神様が容赦なく除霊されるんだぞごらあぁああああっ!」
私は叫びながらドアを勢いよく押し開ける。
ごっ! と何かがドアにぶち当たり「ほぎゃあっ!」と悲鳴が聞こえて来た。
「……え?」
私はその声に聞き覚えがあった。
恐る恐る、めぐみんと共にドアの外へ飛び出すと。
「お、おいアクア! 大丈夫か!?」
「だから言っただろ、油断するなって……」
そこにはドアの前で気を失っているアクアと、アクアに声をかけるダクネス。そしてアクアに呆れているカズマがいた。
人形はというと、力を失ってそこらへんに床に転がっている。
…………。
えっと……なんとか助かりました。
●
「悪霊を退治したと言うことで、臨時報酬が出てますよ」
受け付け嬢の言葉に私とカズマとアクアは無言でガッツポーズを取った。
私達はなんとか一晩で悪霊退治に成功することができた。
そして今回ばかりはアクアがいなければ成功できなかった。
大家さんに頼まれたことだけど、ダクネスが「クエストを請けたわけではないが、一応ギルドに報告した方がいいだろう」と言われたので、私とカズマとアクアは朝早くギルドに向かって報告をした。
ダクネスが言うには、本来なら冒険者ギルドがなんとかする仕事だったらしい。大家さんも最初はギルドに頼んだらしいのだけど、悪霊が空き家に住み着きまくる事態は初めだったそうで、対処しようがなかったそうだ。一応討伐クエストを出していたのだが退治しても、また新しい悪霊が住み着いてしまって尽きるこい状態だったらしい。
そのことを含めて、冒険者ギルドでは解決できなかったそうだ。
「あの、悪霊の件なんですが、何でそんな悪霊があの屋敷に集まってきたのですかね」
「それ何ですが……あの屋敷の近くに共同墓地があるじゃないですか」
カズマの疑問に受け付け嬢の人は眉をひそめながら答えてくれた。
共同墓地って、確か……ウィズと初めて出会った場所じゃないか。
ちょっと懐かしいと思いつつも、私は受け付け嬢は話の続きを聞いた。
「あの墓場に何者かがイタズラか何かで、神聖属性の巨大な結界を張ったようなんですよ。それで行き場を失った霊があの空き家に住み着いたようで……」
ん? 確かあれって…………ウィズの代わりにアクアが浄化することで折り合いになったんだよね。
と言うことは……。
私は視線をアクアに向ける。わー、冷や汗がくっくりはっきりと見えるよー。
…………。
「「ちょっと失礼」」
私とカズマは受け付け嬢に断りの一言を入れ、アクアをギルドの隅へ無言で引っ張った。
「おい。心当たりがあるな? 言え」
「はい、カズマさん」
「わかっていると思うけど、正直に話しなさいよね」
「……はい、アスカさん」
アクアは観念したようにおとなしく素直に敬語で話してくれた。
「以前、ウィズに墓場の迷える霊を定期的に成仏させて欲しいって頼まれたじゃないですか。でも、しょっちゅう墓場まで行くのってめんどくさいと思ったわけですよ。だからいっそのこと、墓場に霊の住み場所を失くしてしまえば、その内適当に散っていくかなーって思って、やり……ました……」
要するに今回の件はアクアのせいってことじゃないか。
そしてそれを私達で解決する……自作自演。どう考えても、これ人として駄目でしょ。あの大家さんに詐欺したことになるじゃない。
私はカズマと目を合わせ、無言で頷いた。
「……ギルドからの臨時報酬は受け取らない。いいな?」
「……はい」
流石のアクアも今回ばかりは申し訳ないと思っているのか、カズマの言葉に素直に頷いてくれた。
「私も一緒についていくから、大家さんに謝りに行こう」
「はい、本当にごめんなさい」
こうして悪霊の件は意外な形で幕を下ろすのだった。
●
「良かったね、カズマ。大家さんが今後ともあの屋敷に住んで良いって言われて」
「本当に大家さんは良い人で助かったよ」
私とカズマは先ほどの出来事を思い返しながら、屋敷の庭にある小さなお墓を掃除していた。
真実を知った後、私達はギルドの報酬を受け取らず、不動屋さんに向かって大家さんに今回の件で謝罪をした。
でも神様のような心優しい大家さんは怒ることも悲しくこともなく、二つの条件をつけてきたことであの屋敷に住んでほしいとお願いされた。
一つは屋敷の庭の隅にある小さなお墓を手入れする事。
そしてもう一つの条件が……。
「それにしても冒険が終わったら、夕食の時にでも仲間と一緒にその冒険話の花を咲かせて欲しいって頼まれたけど……これってどういうことなんだろうね?」
ちょっと変わったものだった。私としてはそれで別にいいのだけど、条件にしては少し珍しいというか、あんまりしっくりとはこなかった。
「……もしかしたら、アクアがテレビに出てくるインチキ霊能力者みたいな凝ってそうな凝ってない設定に関係ある……いや、ないかもしれんな」
「言いかけてなかったことにしないでよ。気になるじゃない」
カズマは浮かばない顔で私に教えてくれた。
「この屋敷に来た時、アクアがなんか変な設定口走っていただろ。その少女の名前があったらしいんだよ」
「……そりゃあ、人間なんだから名前くらいあるわよ」
「挙げ足取るなよ。察することできるだろ」
カズマはやりづらそうに話を続けた。
「その少女の名前がアンナ・フィラ……ンテ・エステ……ロイドだったか。好きな物はぬいぐるみと人形、そして冒険者の冒険話だったかな。アクアのあれがほんとなら、その少女が幽霊として屋敷を見守り、そして冒険談の好きな少女は俺達のくだらない冒険談でも聞きたいんじゃないのかなって」
「……カズマ」
私はカズマに対して、思ったことを口にした。
「くだらない冒険談ってどういうことだよ」
「そりゃそうだろ! お前家族に対して、今日空飛ぶキャベツと戦ったんだ! なんて自慢して言えるのか?」
「それは……そうかもしれないが」
「だろ!」
カズマに言葉にぐうの音も出なかった。いや、それは例えが極端過ぎる気がするのだが、どっちにしろ本当のことだから否定できない。
「……まあ、重々しい冒険談よりも、くだらない冒険談で笑ってもらえばアンナも喜ぶんじゃないのか?」
「いや、笑ってもらうというか笑われる……まあ、いいか」
何か言いかけたようだけど、諦めるように頷いた。
生前はきっと辛いことが多かったんだろうし、後悔も残ることも多かったけど、幽霊としてあの屋敷で住み憑いているのなら、私達の思っていたのとは違う冒険談で笑ってくれれば満足なのかな。
まあ、まだ幽霊としているのかはわからないけどね。
「じゃあ、さっそく冒険でもしに行く?」
「いや、今日はもう休もう。昨晩はダグネスに……いや、なんでもない」
こいつ、昨晩ダクネスと何があった?
アンナさん、未だに幽霊としているのなら何があったか私に教えてください!