私とカズマが死んでまた生き返ってから数週間が経過。
この数週間はチンピラの兄ちゃんことダストが絡んだことと、キールのダンジョンに向かったものの私は潜らずに待機していたことがあった。それ以外がありきたりな日々だった。
そんなある日、珍しくカズマから付き合ってほしいと言われた。本来なら美少女を優先したいところだけど、気分転換にカズマに付き合ってもいいかなっと思ったので同行することにした。
「ねぇ、どこに向かうの? いかがわしい店に向かうのだったら、セクハラで訴えるわよ」
「大丈夫、安心しろ。俺はお前をそういう目で一切見ていないから、セクハラする気もない」
そうですか。それはそれでどうなんだろうが、別にカズマに言われても不思議と腹が立つこともなかった。むしろカズマがそういう目で見ていないことに安心できた気がする。
「あ、ここだ、ここ」
先頭に立って歩いていたカズマが足を止めた。
そこはこの世界では珍しくもない小さな店屋。
「二人共、今の内に言っておく。まずアクア、絶対に暴れるなよ。喧嘩するなよ。魔法使うなよ。暴れるなよ」
「ちょっと、私、チンピラや無法者じゃないのよ? あと、なんで二回も暴れるなって言うの? 一回言えば大丈夫よ? というか私、女神よ? 神様なのよ? 扱いが雑じゃない?」
女神様は本当のことだろうけど、子供のように注意をする女神なんか普通いないと思うんだ。日頃の行いのせいかもね。
「そしてアスカ。お前は絶対に口説くなよ」
「つまり、中には美少女がいるってことね! そーりーカズマ、無理!」
「言葉で止めようとする俺がバカだったよ」
そう呆れるカズマは右手をわしゃわしゃと滑らかに指を動かす。その発言とその指の気持ち悪い動かしかたは、スティールで力づくでも止めるってことかよ。
せっかく監視役のイザナミはめぐみんと一緒にいるんだから、チャンスだと思っていたらこれだよ。
まだ注意だけで済ますイザナミの方がマシな気がする。
だったらさりげない感じで攻略すればいいことだ。露骨な行動は潜めて、まずはお友達から。
「ごめんくださ~い」
私は店のドアを開け中に入った。
ドアについている小さな鐘がカランカランと店内に鳴り響き、私達の入店を店主に告げられる。
「いらっしゃ……ああっ!?」
そこにいたのは……。
「あああっ!! 出たわね、イザナミ並に謝りまくるクソアンデッド! あんた、こんなところで店なんて出してたの!? 女神であるこの私が馬小屋で寝泊まりしてるって言うのに、ジメジメアンデットのあんたがお店の経営者ってどんな面してんのよ! リッチーのくせに生意気よ! とりあえずギッタンギッタンにしてから、神の名に下にこんな店を燃やし」
「やめんか」
「いだいっ!?」
さっそくカズマの言っていた忠告を聞かずに暴れ出したアクアの頭に、カズマはダガーの柄で軽く殴って止めた。
一目見た時にこうなるとは予想していたわね……そっか、ここなんだね。
知っていたけど、なんだかんだで会えなかったんだよね。
「ようウィズ、久しぶりだな。約束通り来たぞ」
カズマは後頭部を押さえてうずくまっているアクアを他所に、怯えている店主でありアンデッドの王でもあるリッチーのウィズに挨拶していた。
●
「……ねぇ、お客が来ているのにお茶も出さないのかしら? このお店は」
「あ、す、すみませんっ! い、今すぐお茶を持って行きますね」
「いや、商店なんだから別に出さなくていいと思うよ」
私は明らかに陰湿なクレームをするアクアの言うことを素直に聞いてしまうウィズを止めた。
だが、アクアを恐れていてか一言お礼を言ってお茶を出しに行ってしまった。
この世界の魔道具店は、お客にお茶を出すのが礼儀なのかルールなのだろうか? いずれにしても、私達にそんなことはしなくていいと思う。
ウィズが戻ってくるまで話は進まないだろう。そう思った私は近くにあった小さなポーションを何気なく手に取った。
「あ、それは強い衝撃を与えると爆発しますから気をつけてくださいね」
「え、そうなの!?」
流石ファンタジーの世界だ。日本では絶対にないであろう安全性の欠片もない危険な物が売っているわね。危ない危ない……。
私はそっとポーションを元に戻す。
ついでに見た感じが衝撃で爆発するものではなかった瓶を手に取ってみる。
「これは?」
「それは蓋を開けると爆発しますので気をつけて開けてください」
……こんなの、使いどころあるのかな?
そんな疑問を思いつつ、そっと元に戻す。
とりあえず隣の瓶を手に取った。
「じゃあ、これは?」
「水に触れると爆発します」
「なら、これは?」
「温めると爆発します」
「…………これ」
「それは冷やすと爆発します」
「爆発しかないじゃないの!」
私は全力でウィズに指摘した。
「ちちち、違いますよ! そこの棚は爆発シリーズが並んでいるだけですよ!」
爆発シリーズって、需要あるのですかね……。
まあ、この世界は日本じゃないことは分かり切っているし、この世界にとっては必要な物かもしれない。
「なぁ、ウィズ。この瓶はなんだ?」
「あ、カズマさん、それは五分間掴み続けると爆発しますので気をつけて」
「やっぱり爆発じゃないの!」
「ご、ごめんなさい! 整理していた時に置き忘れました」
そんな危ない物を置き忘れないでよ。知らない人がそれを五分間掴んでいたら大惨事になっちゃうわよ。
様々なコンビニがあったように、この世界でも魔道具店にもいろいろあるんだろう。初めての魔道具店だけど、この店は普通でないと私は察した。
「なぁ、ウィズ。以前、何かリッチーのスキルを教えてくれるって言ってたよな。スキルポイントに余裕ができたからさ、何か教えてくれないか?」
この数週間、なんだかんだでカズマの経験値が上がっていたんだよね。雪精霊にゴブリン、私は知らんがキールのダンジョンでもモンスターを倒したのかもしれない。
その経験値でクリスから罠発見と罠解除のスキルに加え、キースからはアーチャースキルの千里眼も取っていたんだっけ? それだけ聞けば、冒険者って便利だと思えてしまう。
そして何よりも美少女との絡みが強制的に起こる故にヒロイン攻略にぴったりな職業じゃないかと思い始めた。
こういう時だけ最弱の冒険者になりたい。そんでもって、ウィズにいろいろ教えてもらいたいな。
私が羨む中、ウィズのことを嫌っているアクアはと言うと。
「ちょっと何考えているのよ、カズマ! リッチーのスキル? リッチーのスキルですって!? なんでこんな薄暗くてジメジメしているところが大好きななめくじの親戚みたいな存在かつイザナミとキャラが被っているクソアンデッドのスキルを取ろうと思っているのよ! 取るだけ時間の無駄、人生の無駄よ!」
「ひ、酷い!」
例えアクアにとって敵であろうが、その言葉は私の知る女神の言うことじゃないと思うんのは私だけですかね。
「別にウィズがなんだっていいんだけどさ」
「私は美少女がいい」
「聞いてねぇし、話が進まないから一旦黙れ」
なによ。私は美少女が如何に大事なのかを主張しただけなのに。
「不本意にも最弱職の冒険者しかなれなかったけど、それなら冒険者の特権を惜しまずに強力なスキルは持っていた方がいいだろ。特にリッチーのスキルなんて普通は手に入らないだろうし」
「でも女神としては、私の従者がリッチーのスキルなんて覚えることを見過ごすわけにはいかない所なんですけど……」
アクアがぶつぶつとカズマが言ったことに不満を抱いているようだったが、仕方ないと折り合いつけて、渋々と引き下がっていた。
確かに、本来なら敵であるはずのウィズが敵意を示さず、友好的に接してくれるのはありがたいよ。それにカズマが強い力を持てば、うちらも戦闘に関して今よりも楽になるはずだ。
「あ、あの……」
突然ウィズが不安そうな顔で恐る恐る訊ねてきた。
「め、女神としてはって……その、ひょっとして本物の女神様だったりするのですか?」
まるで聞いてはいけないようなことをアクアに訊ねる。魔法少女の正体をバラすることが禁断の言葉であるような心境だろうか。
「あーそんな設定あったね」
「設定じゃないわよ! 正真正銘の水の女神! 前々から散々言っているでしょうが!」
ビシッと指してアクアは忠告をしてくる。
そしてそのアクアは、指す方向をウィズに向ける。
「聞いていたわよね。あんたの言う通り、水の女神アクア。アクシズ教団で崇められている女神でもあるのよ! わかったなら今までのことを改めて詫びなさい!」
「ヒィィッ!?」
何故かウィズがこれ以上にないくらいに怯え始めた。そして拒否反応をするようにウィズはカズマの後ろに回り込んだ。
その光景を目撃した私はカズマに怒りを抱いた。
「カズマァ! 何をやっているんだぁっ!」
「俺がやからしたみたいに怒るなよ! おいウィズ、別にそんなに怯えなくてもいいだろ。アンデッドと女神なんて水と油みたいな関係だろうけどもさ」
カズマは怯えているウィズを宥める。
畜生が、その役目は私であるはずなのに……羨ましい。
「い、いえ、その……アクシズ教団の人は頭のおかしい人が多く、関わり合いにならない方が良いというのが世間の常識なので、アクシズ教団の元締めの女神様と聞いて……」
それを恐る恐るウィズは口にすると、アクアは当然……
「何ですってぇっ!? この女神たる私を、頭のおかしい頂点に立つ女神と愚弄しているのか!」
「ごごご、ごめんなさいっ!」
アクアはぷんすか激怒しながら謝り続けるウィズを追いかけ始めた。
「話が……進まない……」
カズマがぐったりとした表情でぽつりと呟いた。
そう言えば何の話をしていたっけ?
●
一旦落ち着いたところで話は進むかと思いきや、ウィズがふと思い出したように話をし始めた。
「そう言えば、カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうですね。あの方は幹部の中でも剣の腕に関しては相当なものですので、凄いですね」
ウィズはそう褒めてくれる。お世辞でないことはわかっているけど、正直どれくらい強いのかイマイチわかっていないんだよね。
もしかしたらあの時、ベルディアに勝てたのが奇跡かもしれないし、頑張って倒せたのは必然なのかもよくわかっていない。
でも、一歩間違えたら死んでいたのはちょくちょくあった。そう考えると普通に殺されてもおかしくはないし、勝てる状況じゃなかったのかもしれない。
もしものことを考えても、結果を出しているから振り返ることしかない。
それで、だ……。
「ねぇ、ウィズ。その言い方だと、ベルディアのことを知っていることになるんだけど?」
気になったところをウィズに訊ねてみた。もしかしたら同じアンデッドの仲間だから、何かしらの繋がりはあると予想してみる。
「知っているもなにも、私も魔王軍の幹部の一人ですので」
にこにこしながら、自分の趣味を相手に伝えるような感じで返してきた。
そっかー、だからベルディアのこと知っているんだー。
それなら納得…………。
「確保!!」
私の頭の理解が追いついてきて驚愕を表す前に、一度静止していたアクアが再びウィズに襲いかかった。今度はウィズが逃げないように勢い良く飛びつき、のしかかるように取り押さえた。
「やっぱりそんなことだと思ったわ! 打ち首決定ね!」
とても女神だと思えない悪魔の笑みを浮かべるアクアは、それはもう清々しいほど喜々していた。
あの水の女神様、すげぇ悪魔のように活き活きしているな。
「ま、待ってくださいアクア様! お願いします、話を聞いてください!」
「そんなこと知ったことではないわ」
「そ、そんなーっ」
今のアクアを見ると、ウィズの弁解の余地を聞き入れてくれなさそうだ。すぐに実行に移さないあたり、アクアの性格の悪さが出ている。きっともっと絶望感を与えてから成仏させようとしているのかもね。
そんなことは思いつつも、立場的に言えばアクアが正しいのかもしれない。自分達が冒険者である以上、敵である魔王の配下、しかもその幹部が街に住み着いているとなると、関係上、ウィズを退治しなければならない。ここで見逃すわけにはいかず、これ以上街に住み着かせるわけにもいかないだろう。
でもそんなことはさせない。ウィズを殺すなんて非道をさせるわけにはいかない。
なんだって私のヒロイン候補なんだかね。黙って見るわけにはいかないわ。
本当はアクアをぶん殴ってやりたいところだけど我慢しとこう。話がややこしくなってカズマにぶたれるのがオチだからね。穏便に行こう。
「ちょっとアクア、話ぐらい聞いてあげなさいよ。可哀想でしょ」
「……そうね」
あら、案外すんなりと聞き分けが良いじゃない。
「ほら、早く言いなさいよ! 言い終わったら消してあげるから。さぁ、早く!」
そんなことはなかった。
しかもその脅し方だとウィズに救いようがないじゃないか。
そんな圧倒的不利な状況の中、ウィズは必死に弁解を求めるようにアクアに伝え始めた。
「わ、私を倒したところでアクア様が求めるものが手に入るわけがないです! そもそも幹部と言っても、なんちゃって幹部ですし、私の役目は魔王城を守る結界の維持のためだけなのです!」
「そうなんだ。じゃあさようなら」
「待ってくださいアクア様ーっ!!」
無慈悲にもウィズに死刑宣言したアクアは魔法の詠唱をし始めた。
女神のくせして鬼みたいな対応、流石です。
でも流石に止めるか。このままだとウィズが報われなさ過ぎる。
「ちょっとアクア、さっきの話を聞けばウィズを倒す必要はないじゃない。それにウィズは人に迷惑かけているわけじゃないんでしょ?」
「は、はいそうです! 今まで人に危害を加えたことなんてありません」
「ほらわかったでしょ。ウィズを倒す必要がないんだよ」
その話を聞いてもなお、
「……よくわかんないけど、念のために倒すべきね」
アクアの心境が変わることはなかった。
この女神、ウィズの話を故意に聞き流しているのか、普通に理解していないのか、とりあえずの気分だけで倒そうとしているっぽい。
そんなやり取りにカズマは呆れたのか、詠唱を再開するアクアにまあ待てと手を突き出して止めた。
「えっと、つまり幹部を全部倒すと魔王の城への道が開ける感じで、ウィズはその結界みたいなのを維持だけ受け負っていることか?」
「は、はい、そういうことです! 魔王さんに頼まれたんです! 人里でお店を経営しながらのんびり暮らすのは止めないから、幹部として結界の維持だけを頼めないかって」
その話を聞いた私はずいぶんとのんきな魔王様だと思った。よくあるファンタジーの魔王だと極悪非道なイメージが王道でこの世界の魔王もそんな感じかと思っていたけど、この世界はキャベツが空を飛ぶくらい常識が外れているから、想像と違うとは当然よね。それはそれで安心できるからいいかもしれない。ただ私もカズマも求めていた異世界ファンタジーとは違うかもしれないけどね。
「それだったら倒す必要はないね。アクアさっさとどきなさい」
「はあ? なんでよ。ぶっ殺すに決まっているじゃない」
「なんで!?」
まるでそんな常識も知らないようなトーンでアクアは言ってきた。しかも煽るようにではなく、疑問を静かに指摘するように。
そして驚愕する私にアクアは怒るように返答してくれた。
「決まっているでしょ! 人類が未だに魔王を倒されないどころか、その魔王城に攻められないのも、つまりこのクソアンデッドが生きているせいよ! だから生きているだけでも十分迷惑をかけているわけなの! わかったの、カズマの二番煎じ?」
「だ、誰がカズマの二番煎じだ、誰が! 私はあんな人間の皮を被った外道と一緒にしないでもらいたいな! その言葉は侮辱というより死の宣告に近いんだよ! 今すぐ取り消して! あんな奴と一緒にしないで!」
「そ、それもそうだったわね。ごめんなさい」
「なあ、なんで俺が貶さなければならないんだよ。俺関係ないだろ! なんで俺の悪口を言う必要があるんだよ!」
そのことに関しては謝るけど、二番煎じって言われてば誰だって一緒にしたくないと否定すると思うよ。それに実際外道なところあるじゃないか。
「ごめん、言い過ぎた」
「話逸れたけど、殺るわね」
私はカズマに一言謝ると、アクアは自然な流れでウィズを倒そうとしていた。
当然、ウィズは再び泣きながら抵抗し始めた。
「ま、待って! 待ってください! アクア様の力なら、二、三人ぐらいで維持する結界を破れるはずです! 魔王の幹部は元々八人います。私を倒したところで後六人も幹部がいるのです。流石にアクア様でも結界を破ることができません」
「そんなのやってみなければわからないし、あんたを倒せば魔王討伐できるのも早くなるじゃない。だからあんたをここで見逃すわけにはいかないわ」
「そ、そんなぁ……」
一見、アクアの言っていることは正しいと思うが、あんなに泣きついているリッチーを私は見たことない。
もう許してあげなさいよ。あんた女神様でしょうよ。
「お、お願いです! せめて、アクア様が結界を敗れる程度に幹部が減るまでは生かしてください! 私には、まだやるべきことがあるんです……っ!」
ついに本気で泣き出して悲願するウィズに、流石にアクアも微妙な表情を浮かべ言葉を詰まらせていた。
流石にそこまで鬼ではなかったか。
「何回も言っているけど、倒す必要はないならそれでいいじゃない。例えここでウィズを倒したところで、魔王討伐するのが縮まるわけでもないと思うよ」
「そもそも魔王だの幹部だの、俺達みたいな未熟で身勝手なパーティーにどうにかできるとは思えないから何もしないほうがいいだろ」
「おい異世界転生者。他力本願にかけるってどうなのよ」
と冷めた目で言ってみたものの、二度死んでいる身となれば危険なことに関わらない方がいいのは当たり前のことだと納得しそうになった。
それとも私の知らないことで何か考えがあるのかもしれない。あ、でも考えてなさそうな気がする。
そんなことを思っていると、私達の会話でウィズを倒さない流れを察したのか、ぱあっと表情を明るくしていた。
かわいい。守って行こう。
「あ、でも思ったんだけど、ウィズがそんなこと言っていいの?」
「何がですか?」
「いや、ウィズって魔王軍の幹部じゃない。他の幹部と知り合いとかいるんじゃないの? ベルディアだって私達が倒しちゃったし、その……恨みとかないの?」
ふと思った疑問に対して、ウィズは少しだけ悩んで答えた。
「ベルディアさんとは……特に仲が良かったとか、そんなこともなかったですからね……。ベルディアさんは……私が歩いていると、よく足元に自分の首を転がしてきて、スカートの中を覗こうとする人でした」
……あのデュラハン。この世界の常識人もとい常識アンデッドだと思っていたけど、そんなゲス野郎だったのか。1パーセント同情していたけど、その話を聞いてあの変態ベルディアを倒して心から良かったと思えたわ。
「知り合いと言いますか、仲の良かった方は一人しかいませんので。その方は……まあ簡単に死ぬような方でも無いですか、大丈夫ですね」
それはどんな意味を含めているのだろう。変に考えないほうが良さそうだ。
「それに……」
そう言った後、ウィズはちょっとだけ寂しそうに、
「私は今でも、心だけは人間のつもりですしね」
笑っていた。
その笑顔を見た私はこれを言わずにいられない。
「けっこ」
「言わせないからな」
この空気の読めないカズマを私は殴っても罰はあたらないよね。
●
「で、何しにここに来たんだっけ」
「忘れるなよ」
素で忘れかけていたのに対し、カズマは呆れていた。だって、しょうがないじゃない、いろいろと脱線したんですもの。
「なあ、ウィズ。話は戻すけど、リッチーのスキルを教えてほしい」
「あ、はいそうですね。え、えっと……とりあえず一通り私のスキルをお見せしますから、好きなものを覚えてください。以前私を見逃してくれたことへの、せめてもの恩返しですので……あ」
急にウィズはハッと何か気がついたような仕草をし始める。そして私とカズマとアクアに対して、顔を左右に振りながらオロオロする。
「どうしたの? カズマに恩返しするのが嫌になったら素直に嫌って言っていいんだよ」
「ハハハ、ウィズが俺のこと嫌いになるわけがないだろ。嫌われているのはお前だぞ、アスカ」
「アーハハッ、カズマもつまんねぇ冗談を言うようになったのね……」
「おい、黙れよ」
「そっちこそ黙れよ」
私とカズマの言葉の殴り合いを制するようにウィズは怯えながらこちらに伝えた。
「あ、あのそういうわけじゃないです。私のスキルは相手がいないと使えないものばかりなので……」
「相手が必要ってこと?」
「あ、はいそうです」
つまり私達に危害を加えてしまうと気がついてオロオロしていたわけなのね。
そういうことなら。
「じゃあ、私がやるわ」
ウィズと接して仲を深めて好感度を上げさせる。最終的にハーレム女王計画の軌跡であり、私がハーレム女王になる仕込みとなれば断る理由なんかないさ。
「ウィズ。アスカに遠慮なんていらないから好きにしてもいいぞ、最悪殺しても構わない」
「構うし、とても仲間だとは思えない気づかいだよね」
これはカズマから信頼しているって捉えていいのだろうか?
いや、好意的に受け取るな。カズマがそんなこと考えているわけがない。最悪私が死んでもアクアに蘇生すればいいと軽く考えているに違いない。
と言っても、水の女神よりも女神らしいアンデッドのウィズが私を殺すようなことしないと思うんだよね。
「ではアスカさん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく」
とは言ってみるものの、アンデットのスキルとかイマイチよくわかっていないのが不安かな。
「まずはドレインタッチなんてどうでしょうか? ほんのちょっと吸いませんので大丈夫だと思います。カズマさんはスキルを覚えてもらうだけなら、ほんのちょっとでも効果があれば覚えられると思いますので」
「とりあえずそれで。カズマもいいよね?」
「ああ、問題ない」
「では、失礼します……」
ウィズが私の手に取り始める。
あ、なんかひんやりする。
そう素直に思った瞬時になんか力が抜けていくような感覚が走った。
空腹感に似ていて、不思議と力を加えたい欲が出てくる。
あー……これが吸われていく感じなのねー……。痛くないけど、なんか不思議と元気がなくなっていく……あーもう、考えるのやめよう。帰って寝たい。
「ちょっとアスカ、私と代わりなさいよ」
「え?」
横でアクアがそう言った直後、乱暴に私を突き飛ばしてウィズの手を掴み取った。
……後で覚えていろよ、宴会の女神様。
「あ、あのアクア様? もう大丈夫だと思いますので手を掴まなくてもいいのですよ」
「そんなのわからないじゃない!」
「いや、もう終わったぞ」
私はカズマの傍に寄り、取り出していたカズマの冒険者カードを横から確認した。そこにはドレインタッチというスキル名が記載されている。
「あの、カズマさんが終わったと言っていますので、手を離しても……というか、アクア様に触れていると何だか手がピリピリするので、そろそろ離して欲しいのですが……」
「へー……やっぱりそうなるのね」
アクアはうんうんと何かを納得すると、離さないようにウィズの手を握りしめ、更にもう片方の手でウィズの手首をおもいっきり掴んだ。
「ア、アクア様? あの、手が熱くなってきたんですが……というか、痛いです、あの痛いんですが、アクア様! 本当に離してください! 痛いですし、私の体がどんどん蒸発して、じょ、浄化されているのですが。あ、アクア様、このままだと消えちゃいます。ああ消えちゃう消えちゃう、消えちゃいます!」
「アハハハハハハッ! さあ、観念するがいいさ、この水の」
「いい加減にしなさいよ」
「あだっ」
ウィズに嫌がらせをしていては悪魔のようなゲスの笑みを浮かべているアクアを引っ叩いて止めさせた。
ウィズのことを嫌っているのにどうして自ら手を掴んだと思ったら、そういうことか。
「ううぅ……酷いです……」
心なしかウィズが薄くなっている。比喩表現ではなく文字通り薄くなっている。気のせいだと思いたい。
「……カズマ、アクアのせいでウィズが調子悪そうだし、一旦出直してくる?」
「いや、もうこのドレインタッチにしたからもうやらなくていい」
おお、決めるの早いわね。まあいいけどさ。
これでカズマは新しいスキルを習得し終えた直後だった。
「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」
この店に中年の男がやってきた。