この素晴らしき世界にハーレム女王を。   作:鮫島龍義

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この厳しい冬に報酬を

「暇じゃないですし、私は男と恋して付き合って結婚して子供を産みたいので遠慮します。もういいですか?」

「あ、はいどうぞ……」

「それでは……」

 

 お茶を誘う前に断られてしまった。おまけに私が彼女と付き合う可能性を潰すようなお断りだった。

 こうなったのもミツルギさんが公の場で私の噂を問い詰めてきたせいだ。そのおかげで、この街の住人や冒険者たちは私がそう言う人だっていうことを知られてしまい、今ではお茶を誘う前に断られるのが当たり前になってしまった。

 そう思うとベルディアを倒した頃が私のピークだったのかもしれない。あの頃はまだ話を聞いてから断られた気がする。

 

「これでアスカのナンパ全敗記録が伸びましたね」

 

 私の後ろから成果という煽りを口にするのは、めぐみんだった。

 ここ最近のめぐみんは、私のハーレム女王計画の下準備として、ヒロイン候補にしたい女の子をナンパして攻略する行動フェイスに付き添いでついてきている。

 めぐみんは爆裂魔法に付き合っているお返しと言っているんだけど……ぶっちゃけ、いない方がやりやすいんだよね。

 

「アスカさん。ナンパしても相手に迷惑ですし、何よりもアスカさん自身が傷つきますので、もうやめた方がいいかと……」

 

 そしてもう一人、私の後ろから現実を突きつける煽りを口にしたのは、イザナミだった。

 彼女もめぐみんと似たような理由で私に付き合っているが、めぐみんと違って見守る形ではなく、私が成功させないためと、やらかさないための見張っている形で一緒にいる。

 ……というか、イザナミがいたんじゃ成功したところでイザナミに阻止され、結局失敗になるんじゃないか? 

 そのことに今更気づくと、不思議となんか腹が立ってきた。

 

「……二人共、結構言いたい放題言ってくれているじゃないの。言い訳してもらうと、二人も見張られていたらナンパの邪魔になるの! 見張られた状態でナンパしても、成功する確率が低くなるわ、同性だから尚更成功し難いわだし、トータル的に見ても不利過ぎるんだよ!」

 

 私の秘められた心の奥底の精一杯の訴えに、イザナミとめぐみんは……。

 

「ですが、私とイザナミがいなくてもアスカのナンパは成功してませんよね?」

「うぐっ。た、確かに成功はしていないけど、そういう日が少ないし、たまたまだと私は思うんだよね」

「そうです。アスカさんに成功してほしくありません。そうじゃなくても、アスカさんが成功できるとは思いませんが……」

「それはどういうことだおらああああああっ!」

 

 まるで二次創作で鬼畜キャラに変貌したかのようにイザナミは煽って来た。こういうキャラじゃないでしょ、イザナミは。

 大声を上げたらそれにびびって怯えてしまい、仕舞いには私のせいとか卑屈になるめんどくさいキャラなのに、なんで今は終始呆れているんだよ。

 これはあれか、私がなんでも一つだけ持っていける者として、異世界に連れてきた仕返しなのか? それは本当にごめんって。

 これだけボロクソに言われるとか……もう、ナンパはやめるか。本当に才能がないのかもね。

 

「さあ、今日もアスカの敗北で終わったので、ギルドへ行きましょう。カズマ達が待ってます」

「個人的にはあんまり良い気分ではないけど……行こうか」

 

 この世界もいつだって思い通りにはいかない。そんなこと、ジャイアント・トードにイザナミとの必殺技で中途半端な結果に終わったことで全て分かり切っていたんだ。

 ナンパは諦めるにしても、私のハーレム女王への道が諦めるわけにはいかない。諦めない限り、理不尽な運命さえも抗ってみせる。

 そう改めて決意したところで今日もギルドへ向かい、クエストでも受けよう。

 

 

 ギルドにやってくるとアクアがカズマに縋りついていた。

 

「…………またか」

 

 私達はカズマ達と合流しにやってきた。そしてその光景は見慣れてしまったものだったもので、思わず口から漏らす。

 恐らくアクア関連でカズマが怒っていて、アクアを見捨てようとしたのだろう。そして見捨てられるかと思ったアクアがカズマに泣いて縋りつく。そんでもってダグネスはどこか羨ましそうに見ている。きっとカズマがアクアに向かって何かしらの罵倒をしたのだろう。

 そしてその横で呆れているが、どこか羨ましそうに見つめているダグネスがいた。

 あと、今日のダクネスはクルセイダーらしからぬ軽装なのね。

 

「そのやり取りもお約束になってきましたね」

「やめろ、こんなことで俺達のパーティーの名物してたまるか!」

 

 今日も私達の他に、たくさんの冒険者達がいるけど、誰もカズマとアクアのやり取りを見ていなかった。もうすでに見慣れた光景なんだろうし、めぐみんが言ったようにあいつらまたやっているんだと思っているに違いない。

 

「な、何があったのですか?」

 

 イザナミが不思議そうにカズマ達に訊ねた瞬間、アクアは標的をイザナミに変更して縋り始めた。

 

「聞いてよおおおお! カズマったら、私に意地悪なこと言うんだよ! イザナミも酷いと思うよね! カズマは鬼畜だと思うよね! ね!」

「え、えっと……」

 

 アクアの気迫の同情の誘い方、及び同意してほしいと詰め寄ってくる。当然、気が弱いイザナミは戸惑うばかりである。話もわからないしね。

 ……とはいえど。

 

「おい、イザナミ。こんな駄女神に同情なんてしなくていい。こいつは空気も読めず、調子に乗るかまってちゃんだから、手柄も報酬も借金もくれてやるって言ったまでだ。さっさと見捨てた方が身のためだぞ」

「うああああああああん! そのことは謝るから! 本当に、調子に乗ってすみませんでした! だから見捨てないでください、カズマ様!」

 

 またアクアはカズマに泣きついて縋り始めた。

 思っていた通りだったよ。

 アクアはベルディア戦で一躍は買ったものの、街の一部を巻き込み、損害を出したせいで私達は借金を背負わらせてしまった。

 しかも三億という、生きていても普通は手に入れない特大なお金を差し引いて、四千万の借金。ベルディアを討伐して三億も手に入れたのに、なにが悲しくて結果借金になるんだよ。

 そりゃあ、アクアが調子に乗っていたらカズマも切れるわね。

 

「さて、みな揃ったところで、良いクエストを探そうではないか」

 

 ダクネスは私達にそう提案してくる。心なしか、嬉しそうでワクワクが止まらない感じでいる。

 けど、それを聞いた私はふと疑問に思った。

 

「あれ、探してなかったの?」

 

 てっきり既に何かしらのクエストを探したのかと思っていた。

そのことをカズマに訊ねると、

 

「いいや、仕事はまだ探してない。というか、この状況では急いで探す必要はないよ……」

 

 カズマはそう言いながらギルド内を見回した。

 冒険者達は朝から飲み始めている。中には今日は寒いから帰るとか言う奴もいて、本当に帰って行った。

 おい、冒険しろよ。

 

「まぁ、こうなるのも仕方ないですね。先日の魔王の幹部であるベルディアを撃退した報酬が、戦いに参加した冒険者達にも支払われましたからね。それだけではなく、今の季節は弱いモンスターのほとんどは冬眠してしまいましたから、この駆け出しの冒険者が集う街では基本的に宿にこもってのんびりと暮らすのが普通かと思われます」

 

 めぐみんの説明でなんとなく理解した。とにかくこの冬は初心者には厳しく、お金もレベルアップするのも一苦労する。稼ごうにもレベルを上げようにも、外には強くて危険なモンスターしかいないから宿にこもるしかないのか。

 おまけに、ベルディアを撃退した報酬のおかげで多少なりともお金に余裕が出来たから、余計に危険なモンスターを討伐するようなクエストは受けなくてもいいんだろう。あの人達は春まではお金の心配はいらないのね。

 私達が一番活躍したはずなのに、危険なモンスターを退治しなければお金が手に入らず、借金も返せないこの状況ってどういうことだよ……。

 ……頑張って、仕事こなそう。そう改めて、私達はギルドの掲示板に貼ってある依頼を探す。

 

「……にしても報酬は良いのばかりだけど、ロクなクエストが残ってないな……」

 

 カズマが一通り貼ってあるクエストを目に通すと不満をたれていた。

 でも、その通りだった。ベルディアを倒したと言えど、私達の強さは安定していない。パッと見て私達が確実にクエストをこなせるものが見当たらなかった。

 試しに一つのクエストに注目してみるも……。

 

「毎年行方不明者と死亡者を多く出すイエティ討伐、二億エリス……」

「アスカ! それにしましょう」

「無理!」

 

 金だけに食いついたアクアを一刀両断で拒んだ。なんか一、二を争う危険度が高いクエストを見つけた気がして、気落ちしそう。こんなめちゃくちゃなクエストしかないのかな?

 

「カズマ! これにしないか?」

 

 ダクネスは掲示板に貼ってある紙をカズマに見せる。

 

「牧場を襲う白狼の群れの討伐、報酬百万エリスだぞ。白狼に囲まれ、め、めちゃくちゃに蹂躙される……くっ。よし、これにしよう!」

「却下」

 

 カズマはダクネスのリクエストを速攻で断った。私達をドM願望に巻き込まないでほしい。

 

「アスカ、アスカ! これはどうですか?」

 

 今度はめぐみんが掲示板に貼ってある紙を指す。

 

「冬眠から目覚めてしまった一撃熊の討伐。討伐なら二百万、追い払うなら五十万と書いてありますが、我が爆裂魔法の一撃で確実に討伐してみせますよ」

「却下で」

「なんでですか!?」

「こんなのに関わりたくないです」

 

 当然、私もめぐみんのリクエストを断った。一撃熊って、名前通り過ぎるでしょ。そんな危ない奴と関わりたくはない。

 

「カズマ、カズマ。これに決まっているでしょ」

 

 次にアクアが掲示板に貼ってある紙をカズマの顔に貼るように突きつけた。

 それを剥がした時のカズマの顔が既に苦い顔をしていた。

 そしてそれは予想が外れることもなく、

 

「マンディコア亜種とグリフォン亜種が争いをしているらしいけど、二人まとめて討伐すれば、三百万エリスよ」

「これ前も却下した奴だろ! しかも亜種って何? 報酬金額が前よりも上がっているし、こんなのも却下だ、却下!」

 

 どうやら私の知らないところでカズマは見覚えがあったらしい。というか、この世界のモンスターも亜種は存在するのね。

 

「……どれも嫌です。帰りましょう」

「そう言わずに、なんか頑張れそうなクエストを探してみてよ」

 

 イザナミは他の三人と違って消極過ぎていた。一通り見て青ざめている。わからなくはないけどさ……。

 一部例外みたいなのを挙げてもこんなクエストばかり、もっと他に良さげなものはないかと思って、ふと目についたのは、

 

「機動要塞……デストロイヤー?」

 

 接近中につき、進路予測のための偵察募集中……なんだこれ?

 

「ねぇ、デストロイヤーってなに?」

 

 そのことを訊ねてみると。

 

「なにって言われても、デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて、高速起動する要塞だ」

「ワシャワシャ動いて全てを蹂躙する、子供達に妙に人気のあるやつです」

 

 ……どう言うことだってばよ。

 ダグネスのめぐみんの返答をまとめると、なんちゃらの動く城みたいに動いていて危ないってことなのかね。

 これも危険そうだし、やめとこう。

 他には……。

 

「雪精討伐、一匹討伐するごとに十万エリス……なぁ、この雪精ってなんだ? 名前からして、そんな強そうに聞こえないんだけど」

 

 私が探していると、カズマが一つのクエストに目をつけ私達に訊ねてきた。確かに他と比べると、そこまで強く無さそうに思えるが……実際はどうなんだろう?

 知ってそうなら、ダグネスとめぐみんに視線を向けると、めぐみんが答えてくれた。

 

「雪精はとても弱いモンスターですし、特に人に危害を与えることもしません。一匹倒すごとに春が半日早くくるモンスターでもあります」

「なら、俺達でも簡単に倒せるってことか?」

「そうですね。剣で簡単に斬れますが……」

「その仕事にするなら、ちょっと準備してくるね」

 

 めぐみんの言葉に、アクアはちょっと待てと言い残してどこかへ行ってしまった。これだったら私達でも稼げそうだ。

 だけど、めぐみんが一瞬険しくなったのは気のせいだろうか? でも、特に反対するようには見えない。

 

「これだったら、イザナミでも大丈夫だよね」

「そ、そうだと思います……」

 

 この世にイザナミが弱くて自信が持てるようなモンスターはいないのだろうか? というか、ベルディアの大剣を一瞬でも受け止めたなら、本当はそれなりに戦えるのでは? 

 イザナミも大丈夫そうだし、カズマもその雪精討伐クエストを請けそうだ。

 ……ん?

 

「雪精か……」

 

 ダグネスがぽつりと呟く。しかも嬉しそうに呟いていた。

 てっきり、ダクネスは弱すぎるモンスターを討伐することに反対するかと思ったし、何かと強いモンスターにやられて同人ネタを願望しているドMクルセイダーが嬉しそうだ。

 …………嫌な予感がする。

 嫌な予感はするけどお金がほしいので、とりあえずこのクエストを請けることにしよう。

 

 

 雪という漢字が使われているだけあって、雪精は雪原に住み着いていた。

 白くてフワフワしていて、手のひらの大きさの可愛らしい丸い形があちらこちらに漂っている。

 にしても可愛いな……とても害もなさそうだし、強くもなさそう。この丸っこいのを一匹倒したら十万エリス……それ、なんかおかしくない?

 なんでこんなお手軽なクエストを誰も受けないのかな? いくらお金に余裕があっても、一匹倒すだけで十万も貰える楽なクエストがあるなら、誰かしらやっているはずだと思うけど……。

 でもそれだったら、頭のおかしいところと爆裂魔法に関すること以外はわりと常識人寄りのめぐみんが止めているかな?

 ……それよりもだ。

 

「なぁ、そのかっこうはなんなんだ?」

 

 そう、カズマが指摘したように私も気になっていた。

 それを示すのはアクアのかっこう。昆虫取り網といくつかの小さな瓶を抱え、そんでもって麦わら帽子をかぶっている姿はまるで虫取り少年のようだった。

 

「アクアさん……今は冬ですよ」

「はぁ? そんなことわかっているわよ!」

 

 その格好で言われても説得力がありません。

 

「これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れとくの。飲み物と一緒に入れていれば、いつでもキンキンな状態で保つ、携帯用冷蔵庫になるってことよ。どうよ、頭いいでしょう」

 

 ……なんかオチが見えている気がしなくもない。つか、それだったら麦わら帽子は必要なくね?

 虫取り少年アクアは置いといて、だ。

 

「ねぇ、ダクネス」

「何だ?」

「鎧は着てこなかったの?」

 

 一応暖かそうな私服スタイルのダグネスにそのことを訊ねてみた。

 

「この間、魔王軍の幹部にボコボコにされてしまい、今は修理に出している。だが、何も問題はない。ちょっと寒いが、我慢大会みたいで、それもまた……」

 

 ダクネスは何かを想像してハァハァと興奮し始めた。なるほど、変態は自分の体温変化で温度を高めることができるらしい。エコだな。

 もしかして、このクエストを請ける前に嬉しそうなのは我慢大会みたいなことを味わうことができるからか?

 流石、変態は我々の考えを上回っていて、普通の発想を超えている。

 

「さあ、いっぱい倒して、いっぱい捕まえて、ガッポリ稼いで億満潮座を目指すわよ!」

 

 そんなアクアの女神とは思えない発言で雪精討伐の幕開きがした。

 

 

 雪精は手のひらサイズであるものの、ゆっくりと漂っているため攻撃が当たりやすいと思われたが、そんなことはなかった。

 攻撃すると、素早い動きで避けたりして逃げたりもする。反応も良く、カズマ達は雪精に攻撃を当てるのに苦戦している。

 そんな中、私はというと……。

 

「よし、これで六匹目。ついでにレベルアップ」

 

 カズマ達と比べて順調に雪精を討伐していた。しかも刀身が短い短剣で仕留めている。

 

「ハァ? なんでお前、そんなに簡単に当てられるの? 俺なんかようやく三匹目なんですけど?」

「なんでって……」

 

 そこにあんまり疑問は感じてなかったし、難しいこともわかっている。私も当てられないことだってあるんだから。

 私とカズマ達の違いを上げるのなら……。

 

「速さが足りない、とか?」

「もうちょっと納得する答えはないのかよ」

「じゃあ、才能?」

「うわっ、ムカつくな」

 

 そう言われても、それしか言いようがないんだもん。自分で言ってなんだけど、自分がこの中では一番の速さを誇っているのと、アクセルダッシュよりかは雪精のスピードが遅いことが、カズマよりも倒しているという事実を作っているのかもしれない。

 実際は知らん。本当に私が才能あるだけかもしれないしね。

 

「それに、私だけが順調ってわけではないよ?」

「ん?」

 

 私が指したのは、冬なのに昆虫採集みたいに虫取り網を振り回すアクア。

 

「カズマー! 見て見て、六匹目の雪精捕ったぞー!」

 

 アクアは嬉々とした表情で、カズマに雪精を詰めた小瓶を見せつけた。 

 ただアクアが虫取り網を振り回しているかと思えばそんなことはなく、順調に雪精を捕っていたのだ。

 

「……あんまり討伐が振るわなかったら、あいつが捕まえた雪精も退治するか」

「やめなさいよ」

 

 ボソッとカズマが容赦ないことを口にしていた。

 本当にその通りになったら、アクアが泣きじゃくる姿が想像できる。

 一方、私とアクアが順調でいる中、不調の人もいる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。私が存在している事態、ごめんなさいっ」

 

 無害そうで、こちらに攻撃もしかけてこない可愛らしく、丸っこい雪精すらもイザナミは怯えていた。心なしか、ただ漂っているだけなのに雪精はヤンキーが情弱そうな少年を絡む感じがする。

 前も思ったけど貴女、神様ポジションでしょ。なんで逆に無害な精霊に怯えられるんだよ。

 

「……あの、イザナミ?」

「ひいぃ、な、なんですか?」

 

 この子、生きていけるのかな?

 

「な、なんでこんなものに怖がっているの?」

 

 そんな疑問を訊ねると、イザナミの顔が真っ青になっていく。

 

「だ、だって、倒したら一斉に復讐してきて、私の首だけ残して、晒して、最終的には八つ裂きにしてまうかと考えたら、恐いです」

 

 恐いどころの話じゃ済まないけどね。想像力が豊か過ぎるわよ。

 

「そう言う考えは悪くないけど、イザナミは考え過ぎだって」

 

 要するに見た目に騙さないけど、強敵であると思い込み、そして想像力を働かせてしまったから怯えているわけなのね。それだったら一匹十万は安くない? そんな恐ろしい奴なら、注意事項にもっと書いているから、そもそもクエストなんてないだろう。

 そう言う意味では、私はポジティブに考えているつもりだ。多分、イザナミの考えはなくはない、と思いたい。

 

「そこまで恐いんだった、どこかへ避難でもしたら?」

「そ、そうですよね。私みたいなクズ思考を持っているクズ以下の私は非難されますよね。いるだけで邪魔ですよね」

「そっちの非難じゃなくて、避難訓練……って前も言ったでしょ!」

「ひぃ……あ、ひぃっ」

 

 私の張った声に驚き、雪精がイザナミの目の前で通り過ぎた時にまた驚くと同時に怯えてしまった。

 魔王軍の幹部の一人であるベルディアさんに申し訳ないと思うけど、ベルディアよりも雪精の方が恐がるってどういうことよ。

 雪精が凶暴の塊でないことが救いだよ。

 

「ええい、めんどくさいです! アスカ、爆裂魔法で辺り一面をぶっ飛ばしていいですか?」

 

 めぐみんが苛立ちを覚えながら、荒い息を吐きつつ訊ねてきた。その様子からすると、結構苦戦していたようだ。

 爆音で雪崩が起きないか心配だけど、確かにちまちまやってもめんどうだね。

 よし、やっちゃおう。

 

「やっちゃっていいけど、こちらに被害を出さないでね」

 

 一応配慮を入れ、許可を取る。するとめぐみんは嬉しそうに呪文を唱える。

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 一日一回しか使えない燃費の悪い上級魔法。しかし、その焔の光は壮絶な破壊を誇る魔法が放たれた。

 雪原に降り注ぐ業火の光。冷たくて乾いた空気が轟音と共に吹き荒れる。割と近いところに放ったので、爆風で吹き飛ばされそうになった。

 そして爆煙が晴れると 白い雪原の一部に茶色い地面をむき出しになったクレーターが出来上がったのを確認できた。

 同時に、めぐみんは雪の中に埋もれるようにうつ伏せになって倒れていた。

 

「は、八匹やりましたのと、撃つ前に一匹杖で倒したので合計九匹。レベルも一つ上がりました」

 

 顔は上げず、雪の中に埋もれながら報告をしてきた。

 結構やったと思う反面、もっと倒せたんじゃないかと思うけど、逃げ足の速い雪精が爆裂魔法に警戒して、さっさと避難したかもしれない。

 

「めぐみん。起き上がれる?」

 

 そんな状態では顔が冷たくもなるし、肌も良くないだろうと思って声をかけた。

 

「大丈夫です。今はちょっとこの状態でいたいです」

 

 まるで雪を知らない子供が初めて雪を見た時に、冷たさを全身で味わいたいような理由で断られた。いや、そんな子供がいるわけないか。

 ともあれ、ノーコンのダクネスと怖がっているイザナミと雪精採収しているアクアを除いて、私が六匹、カズマが三匹、めぐみんの九匹を合わせれば十八匹になるのか。

 それでアクアが捕まえた六匹分を含めれば、計二十四匹。報酬が一匹十万エリスだから掛け算して二百四十万エリス。

 六人で割れば一人四十万。

 しかも一時間もかかってないから、こんだけ短時間で稼げるとか、なんてお得なクエストなんだろうか。

 こんなお手軽なクエスト、みんなもやればいいじゃない。

 アハハハハハハ。

 …………。

 …………。

 …………おかしい。

 攻撃を与えることが簡単ではないし、結構素早いから人によっては大変かもしれない。

 それでも不自然なくらいに、このクエストはお得過ぎる。

 こんなクエストを誰もやっていないとか、絶対になにか裏があるはずだ。

 だってそうでしょ。

 いくらお金に余裕がある冒険者がいても、お金が増えることになに一つ困ることなんてないんだ。それを誰一人もやっていないって、明らかに何があるはずだ。

 あたらずとも遠からず。イザナミがなんなに怖がっているのも、この先の恐怖に怯えていたのかもしれない。

 

「……そう言えば」

 

 ふと見まわすと、見れる範囲でイザナミはいなかった。

 と思ったら、森の方へ入って行くのをなんとか見つけることが出来た。

 危ない危ない、危うく見失うところだった。にしても、なんで森へ……って、私がどこかに避難したら、と提案したからか。

 

「イザナミは森に入ったし……私達もここらで」

「なんですって!?」

 

 急にめぐみんが大声で叫び、顔を上げた。

 

「び、びっくりした……」

「あ、すみませんって、イザナミが森へ入ったんですか!?」

 

 めぐみんの顔が険しい。ほんの些さかだけど、慌てている?

 

「イザナミが森に入るのが駄目なの?」

「駄目ですよ! 今すぐ、イザナミを連れ戻さないと大変なことに!」

 

 ……なにが理由なのかはわからないし、何が起こるのかはわからない。けど、その理由は後回しでいいだろう。

 私も、めぐみんが本当にうろたえている様子を見て、不穏な予感がした。

 私はめぐみんをおぶって、イザナミが森へ入ったところを目指す。

 その前に一言、カズマ達に伝えないと。

 

「おい、お前ら何しに」

「悪い、カズマ。ちょっと離れる!」

「離れるって、どこ」

「『アクセルダッシュ』ッ!」

 

 私はアクセルダッシュで一気に駆け抜けた。カズマが何か言いかけていたようだけど、全部は聞いていられないのでさっさと向かうことにした。

 

 

 めぐみんが突然、イザナミが森に入ったことに慌てだした。なんでもイザナミが森に入ると危険のこと。私もめぐみんの顔を見て、イザナミを救出するために駆け出した。

 そして無事にイザナミを見つけることができました。

 

「……あ、あの……アスカさん、めぐみんさん」

「…………なんでしょうか、イザナミさん」

「えっと、その……どうしたのですか?」

 

 イザナミが不思議そうに訊ねてくる。くるけど、実は私もよくはわからない。 

 気が付いたら、全体的の森の一つの入口付近辺りに生えている大木にぶつかったようで、その衝撃で小枝に積もっていた雪が落ちてきて埋もれるという追い打ちを食らい、そんな無様な姿をイザナミに発見されたということかな。

 

「確かに急いでって言いましたけど、スピードの出し過ぎです。一瞬死ぬかと思いましたよ」

「それは……ごめん」

 

 私はイザナミを救出するという危機感を抱いていたようで、焦ってアクセルダッシュの加減を間違え、スピードを出し過ぎた。つまり出勤に遅れるから、無理して制限速度を超えたスピードで事故ったサラリーマンのようになってしまったのか。

 交通安全って大事なのね。幸い、私もめぐみんも怪我はそんなになかった。結果的にはこちら側から発見されたけど、イザナミを見つけることもできた。これで不穏に感じていたものが無くなるといいな。

 とりあえず、このまま雪に埋もれているのは寒いし冷たいし苦しいから、なんとか雪をどけて立ち上がった。

 力尽きているめぐみんはどうにか引っ張り出して、肩を借りるようにして立ち上がらせた。

 

「あ、あの……お二人はどうしてここに?」

「どうしてって、イザナミを連れ戻しに来たのです。森は危ないですからね」

 

 イザナミの質問にめぐみんが答える。するとイザナミは美白の顔が、不健康そうな青白く染まっていく。

 あ、この流れは……。

 

「つまり、こんなゴミクズ以下の私のせいで、お二人は余計な傷を残したのですね。なんて罪深いことをしてしまったのでしょうか。これは罰を受けるべきですね。今すぐ、大きな傷を……」

「やめなさいって」

 

 イザナミが大鎌で自分の体を切り裂こうとしていたので、それを予想していた私は止めさせた。

 

「傷を残したって言いますけど、ほんの少し擦りむいただけです。イザナミは重く受け取り過ぎます」

 

 めぐみんもイザナミの性質に慣れたようで、とり静めるように説得し始めた。

 

「だいたい、木にぶつかったのはアスカさんのせいなんですから、イザナミが謝る理由はありませんよ。というか、全部アスカさんのせいです。そう思えば、楽になりますよ」

「なんで私をダシに使うのかな?」

「……そうですね」

「納得しちゃったよ!?」

 

 でも、確かにイザナミが自分を責めている理由が私とめぐみんが木にぶつかるという事実を作った事を考えると、私のアクセルダッシュによるスピードの出し過ぎが原因か。

 

「ともかく、カズマ達のところへ戻りましょう。今なら間に合います。まぁ……戻ったところで、冬将軍が現れていると思いますが、寛大なお方なのでなんとかなるはずです」

「え、うんって、ちょっと待って、冬将軍? 冬将軍って何!?」

「冬将軍は冬将軍ですよ」

 

 それがわからないから、訊いているんですよ。その言葉通りなら、カズマは冬将軍というなにかと対峙している状態になっているかもしれないってことじゃん。

 めぐみんが口にした、冬将軍という言葉が気になったので思わず訊ねてしまったが、それは後で聞いた方がよさそう。

 多分、めぐみんの言葉から察すると、森にいること事態が危険なのかもしれない。

 

「さあ、行きましょう。冬将軍の対処法は私が……」

 

 そう言いかけた途端、めぐみんの顔が一気に真っ青に染まった。

 そして……。

 

「ふ、伏せて!」

 

 めぐみんが唐突に私を押し倒してきた。

 

「きゅ、急にどうしたの? まさか! 私のことが好きになって、欲望に抑えてきれず」

 

 ――――ブンッ!

 

 めぐみんに押し倒されるという、ある意味幸せな展開。

 めぐみんから攻略されるという奇跡の好意に私は心から嬉しかったし、動揺した。

 しかし、大木がミサイルのように飛んできたのを視界が捉えてしまったのと、聞いたこともない重々しい音に私の幸せは一気に絶望へ変転した。

 …………。

 …………。

 …………。

 ……あの。に、人間って、本当に驚くことがあると…………何も言えなくなるのね。

 

「アスカ! 起きてください! ではないと死にます!」

 

 めぐみんは必死に声をかける。

 見たくはない。大木を槍投げのように飛ばす存在を私は見たくないし、現実を受け入れたくはない。イザナミもきっとそうだ。ずっと立ったままビクともしないでいる。立ったまま気絶でもしているんじゃないかと思うくらいに突っ立っている。

 でも、あれを気のせいにしてはいけない。気のせいにしたら、死んじゃう。

 私は立ち上がると、視界に映っていたもの。大木を槍投げのように飛ばした存在の形。

 3メートル程の大きさで、かなりゴッツイ体つきをしている人間のようなもの。そして特徴なのは、その全身が白色の毛皮に覆われているってことだ。

 これだけで間違いない。あれは私も知っている有名な未確認生物の一種……。

 

「……雪男」

「いえ、あれはイエティです」

「一緒だよ!」

 

 めぐみんの細かい指摘に私は思わずツッコミを入れてしまった。


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