私達の必殺技は王道ではなく、むしろ悪役がやりそうな不意打ち技。そのためにはまず、デュラハンに気づかれないように冒険者達がいる中へと紛れ込んだ。本当はベルディアの死角であり、隠れそうなところから奇襲を仕掛けたいが、パッと見てなさそうだった。
でも、肝心なのはベルディアが今どうしているのか。ダクネスは無事でいられるのだろうか、カズマも大丈夫なのか?
私はその現実に直視する。
「…………良かった」
私は胸をなでおろした。ダクネスもカズマも生きている。ただ、ダクネスは何回かベルディアに斬られたのか、鎧には所々無数の刀傷が刻まれている。頬には切れ目から血が流れている。無事とは言い難いし、ピンチであるのだけど、それでも死んではいない。
ありがとう。おかげで準備は整った。
ここから反撃であり、ベルディアを仕留める。
「イザナミ。練習してきた通りに、私がアクセルダッシュっと口にしたら加速する。そして、デュラハンでありベルディアを捉えたら、掴んでいる手を強く握りしめるから、安心して目を閉じて」
「その必要はありません」
「え?」
私は顔を後ろに向け、イザナミの顔を見た。
「正直に言いますと、怖いです。今すぐに逃げたいです。こんなこと、本当はしたくありません。でも、もっと怖いことになりたくないです。だから、私は目を閉じません。目を逸らしません」
「イザナミ……」
……自分のことのように、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「よし、行くわよ!」
「はい」
イザナミのデスサイザーしかない即死スキル。その大鎌の振りと、もの凄いスピードを持った必殺技でおしまよ、ベルディア。
正面に障害物がないかを確認。丁度、ベルディアが立ち止まっている。
今しか、ない!
「『アクセルダッシュ』ッ!」
目標をとらっ、
「あぐっ!?」
「おああああっ!?」
ベルディアを捉え、そのまま駆け抜け、合図を兼ねて、イザナミを抱えている両手に強く握りしめた。
そしたら、なんか視界が真っ暗になった。あと主に顔と膝とお腹が痛い。なんか泥臭いし、足が冷たいんだけど……なにが起こった?
なんで……私は倒れているの?
「アスカ!」
あ、ダクネスの声がする。
「急に来たと思ったら物凄い勢いで転んだけど、大丈夫か!?」
その言葉を聞き、不思議と冷静に暗然とした。
……私、転んだのかよ。
大事な場面で転んだのかよ。
王道的にも成功できる流れで、転んだのかよ。
イザナミとの必殺技をボスに与えるという大事な場面で、転ぶというオチをつけてしまったのかよ。
…………。
…………。
なんか情けなくて、恥ずかし過ぎで…………このまま地面に顔を埋めたままでいいです。
「おい、しっかりしろ!」
でも、起きないとダクネスに迷惑をかけるから起きなきゃ。
顔を上げると、ダクネスが手を差し伸ばしてくれた。
改めて見ると、ダクネスの頬に切れ目があり、髪もなんだかボサボサに見える。おまけに自慢の鎧は何か所か削られているし、生傷もある。
私が準備している間に、結構痛い目に遭ったんだな……。
「ダクネスの方こそ、大丈夫なの?」
私はダクネスの手を取りながら訊ねた。
「私は大丈夫だ。例えどんなに傷つけられても、背にカズマ達がいる以上は引くわけにはいかない。なにせ、守ることしか取り柄がないのだ。これくらいどうってことないさ」
ダクネスは少々照れくさそうに言う。
……ダクネスはそう言うが、それが嫌だって言う人もいるんじゃないのかな。
「それにだ!」
急にダクネスの頬の色が濃くなっていった。
「あのデュラハンは、私の鎧を少しずつ削り取るのだ! 全裸に剥くのではなく、中途半端に一部だけ鎧を残すんだ。流石、魔王軍の幹部。公衆の面前で、裸よりも煽情的な姿にして、辱めようとするなど、なんたる外道だ! いや、流石だ!」
私は時と場合を考えないダクネスのマゾ発言に頭を抱えてしまった。
取りあえず無事であり、いつも通りで何よりです。
「というか、イザナミは? ベルディアは?」
視線をキョロキョロと辺りを見渡すと、ベルディアと一緒に地面に倒れているイザナミを発見した。
「イザナミ!」
私はすぐ様、イザナミのところへ駆け寄って、無事を確かめる。
「イザナミ、大丈夫!? 無事ならキスするよ!」
「……酷い、起こし方ですね……」
イザナミがゆっくりと立ち上がった。呆れつつも、ちょっと笑っていた。自分の身を削っても、最善で確かめる術はこの言葉をかけたら読み通りにすぐに確かめられた。
それで起きなかったら白雪姫のようにキスで起こそうとしたのになー。
「大丈夫? 痛い所はない?」
「痛いところは、ありますが大丈夫です。急にびっくりしましたけど、なんとかデュラハンを刈ることができましたので……結果的に問題はないかと思われます」
「あ、当たったんだ……」
てっきり転んで失敗したかと思ったけど、そっか……当たったんだ。
…………締まらねぇ……。
成功したんだけど、締まらねぇ……。
私が成功するイメージは少年漫画のような王道よ。なんで四コマのギャグ漫画みたいになっちゃっているのよ! なんか恥ずかしいわ! イザナミとのくだりを返して!
私はとんだ結末にがっくりしていると、イザナミが口を開く。
「あ、あの……一体、何があったのですか?」
「え? 何があったのって……」
あ、きっと私がこけた理由か。多分、というか絶対に、いつのまにか出来ている水溜りのせいだよね。こんなのあったか?
この場にはダクネスと、少し離れたところにカズマがいる。聞いてみるのが一番。
「ダクネス。なんでこんなところに水溜りがあるの?」
「それはカズマが私にクリエイト・ウォーターを唱え、放って出来たものだろう。ああぁ……時と場合を考えずに私に水をかけるだなんて、なんという鬼畜な男だ」
ダクネスの頬が火照らせているのは置いといて、私はその話を理解して、カズマに詰め寄った。
「よ、よおぉ、元気して」
「おい、カズマ。何してくれてるの? ダクネスに水をかけるって、なんなの? 空気読めずにそんなプレイをさせたの? このゲス野郎! あんたの欲望のせいで、私達の友情を踏みにじりやがって! 返せ、私とイザナミのやり取り!」
「誤解だ! 俺だって時と場合ぐらいは考える! それにダクネスのはたまたま当たってしまっただけで、本当の狙いはベルディアだ!」
「なんでベルディアに水? 水が弱点なの?」
「それはわからんが、俺はベルディアに水をかけて、フリーズで足場を凍らせ、その隙にスティールで大剣を奪う作戦だったんだよ! 間違っても、ダクネスに妙なプレイはしていない!」
どうだろうなぁ……カズマには前科がある。その気じゃなくても、結果的にそうなったというのはありそう。
「そのスティール作戦は成功したの?」
「いや、失敗した」
「…………」
「そんなことだろうみたいな目で見るな。結果的にお前達のおかげで倒せたんだからいいだろ」
「妙なプレイをしなければ、かっこよく決まったけどね」
「だから、してねぇって」
カズマの作戦事態は良かったけど、そのスティールの成功例を私は見たことがない。きっとベルディアのパンツを取るだけで終わったか、そもそも魔王幹部にスティールが効かないのかだろう。
どっちにしろ、締まらないだろうが不格好だろうが、終わり良ければ総て良しということでいいだろう。
…………そう思っていたら、
「……クククッ」
突然、笑い声が聞こえた。
そして気が付いた時には、
「クハハハハハハハッ!!」
倒したはずのベルディアが、哄笑しながら立ち上がっていたのだ。
じょ、冗談でしょ。締まらない上に仕留めていないとか、本格的に私達ギャク扱いじゃない。
「カズマ!!」
「俺のせいじゃないからな!」
まだ何も言ってないのに私の感情を理解したカズマだった。
「……なるほど、ゲイルマスターの走力とデスサイザーの攻撃力を合わせて俺を倒そうとしたのだな。確かにあのスピードで奇襲されていれば、俺は反応できずにやられていたのだろう。悪くはないが、俺はこの程度の攻撃ではやられはしないし、即死スキルで俺を殺すことなど不可能だ!」
カズマに怒っている場合じゃなかった。左手に抱えているヘルムからは何も表情が見えないからわからないけど、まだまだピンピンしているっぽい。良く見れば、ベルディアの鎧に大きな切れ目を残しているけど、それだけだ。
というか……。
「即死スキルを持っていても、倒せないのか……参った」
ボス戦となるベルディアにはお約束である即死系は無効化されるらしい。もしくはアンデッド系に即死スキルは通用しないらしい。
その現実が、その事実が、ゲームと違う感覚で絶望に追い込まれてしまい、思わずボソッと口にしてしまった。
流石、魔王軍の幹部であり、私達の最初のボスとなる存在がそう簡単に倒せないわけない、か。
そもそもベルディアというボスは最初のボスで済まされるのだろうか。本当は私達が想像しているよりも遥かに強力で、可能性の希望さえも打ち砕くような絶望的な存在なのかもしれない。
…………いや、落ち着け。倒せなくても、イザナミの攻撃で傷を入れられているのは確かだ。けして勝てない相手ではないはずだ。
「駆け出し冒険者である貴様らが俺に傷をつけたのは褒めてやろう。だが、それが限界だ!」
考える時間は与えてくれない。そんなもん承知にしてやる!
可能性はまだ、なくなっていない。なら絶望するのも、諦めるのもまだ早い!
ベルディアが抱えている頭を頭上に投げ、空いた左手の指を私に指した。
死の呪いか。
「私の仲間に手を出すな!」
その前にダクネスが勢い良く、大剣を振りかだし、ベルディアを払い斬りをしようとする。
「お前はもういい」
だけど、ベルディアはそんなダクネスの気合いの一振りも、大剣で受け止めた瞬間に軽く一蹴した。軽い感じに見えるのに、ダクネスは勢い良く地面へ叩きつけられる。
「ダクネッ」
違う。叫ぶよりも、最善な方法を!
「カズマ! なんか策を!」
「え、お、おう!」
ダクネスが倒れてしまった。イザナミはベルディアに対して恐怖を抱き、なにもできないのだろう。カズマでは守ることも避けることも難しい。なら、一つでもベルディアからの被害を抑え、時間を稼ぎ、勝利する可能性を考えるなら、私がベルディアを引き付ける必要がある。
「やはり、貴様が俺の相手になるのだな」
気が付いた時にはベルディアが私に詰め寄ってきていた。
反応が早い。最初から私を狙っていたのか。
「アクセッ!?」
距離を空けつつ、回避しようとしてアクセルダッシュを使おうとした直後、ベルディアの大剣は私のお腹を狙うように大剣を横へ振ろうとしていた。
この、野郎っ! 私がアクセルダッシュを使えば、勝手に体が真っ二つになるような振り方しやがって。しかも牽制にもなるから、使えない状況でこのまま斬られてしまう。
「終わりだ」
畜生、こんなあっさり死んでしまうのか!?
「させませんっ」
お腹が真っ二つにされそうだったけど、イザナミの精一杯の声と共に大鎌の刃でベルディアの大剣を受け止めてくれた。
た、助かった……。
「甘いわ!」
安心している場合ではなかった。ベルディアはすぐさま、標的をイザナミに変える。
大剣を力強く振り上げ、イザナミの大鎌を宙へと飛ばす。その弾き飛ばす勢いでイザナミはふらついてしまう。
ベルディアはその機会を見逃すはずもなく、ここぞとばかりに振り下ろそうとした。
遅れをとってしまったが、間に合え!
「『アクセルダッシュ』!」
グッ!?
アクセルダッシュを使って、イザナミを巻き込んで強引にも距離を空けようとした。それに成功したものの、私がイザナミを庇う形となり、背中から痛みが走った。幸いに思っていたほど激痛ではなかったけど、始めて背中から斬られる感触は気持ち悪かった。
「っ……だ、大丈夫? 怪我解かない?」
私はイザナミに声をかける。
取りあえず助けることだけためにイザナミを勢い良く巻き込んでしまったから、怪我をしているのかもしれない。
「あ、はい。ごめんなさい、助けてくださり、ありがとうございます……」
どうやら衝突したダメージがあるものの、無事だそうだ。まだ安心するのは早いけど、思わず安心してしまった。
「あ、あの……」
それにしても、この押し倒すシチュエーション。
…………今なら、ラッキースケベが許されるのでは?
「……そんなことやっている場合ですか?」
ゆっくりと手を伸ばすのがバレてしまい、イザナミに止められた同時に正論を言われてしまった。
ごめんなさい。ごもっともな話です。
ラッキースケベを諦めて、態勢を整えるべく立ち上がるり、体をベルディアに向ける。
「中々しぶといな、ゲイルマスター。しかし、逃げ回っているだけでは俺を倒すことはできないぞ」
「言ってくれるわね……その通りだけど」
実際、ベルディアに攻撃を食らわせるにはイザナミの攻撃が一番効きやすいのだろう。現にベルディアの鎧は大鎌の傷跡を残している。それを何回か繰り返していけば倒せるのだろうけど、そう簡単にこっちのペースで戦わせてくれない。
そうするには、まず弾き飛ばされた大鎌を回収しないと戦わせてくれない。
…………そんなことよりもだ。
「そんなことよりも、イザナミに手を出すんじゃないわよ。綺麗なお肌に傷でもつけたら、私は許さないからね!」
あの真っ白なお肌に傷が入ったら台無しになるじゃないか。引きこもった感じなのに奇跡的にお肌が神々しい美白、それでいて健康そうなイザナミの肌をどうして傷つけようとするのかが理解できん。あの外道首持っている騎士め、一体何を考えていて生きているのだろうか。
「ほほう。駆け出し冒険者が俺を挑発するのか? それとも仲間を傷つけるなという仲間想いの表しか?」
「挑発? 仲間想い? いいえ、違うわ。警告よ! この際だから言わせてもらうわ! 私の大切なハーレムは命をかけて守るから、あんたに奪われはしないからね!」
私の大事な人は命を懸ける価値がある。だって、自分の命と同じくらい大切だ。私にとっては当たり前だ。
「私はアスカさんのハーレムの一員ではありませんので、そんなことしなくてもいいです」
後ろからイザナミの淡々とした声で拒否される。そこは思っていても、断らなくてもいいんじゃないかな?
こんなこと中々言えないし、こういう世界でしか言えない主人公的な台詞を言えて、自分にちょっと感動しているのよ。それくらいかっこつけてもいいじゃない。
「……いいだろ! 駆け出し冒険者よ、守れるものなら、守ってみせろ!」
ベルディアは右手に持つ大剣を構え直してから、一気にこちら側へ詰め寄る。
一人だったら、一生懸命やって、命かけて、頭を全力全開で振り回していけば、勝てるという希望が見つかる程度かもしれない。
でも、私一人だけで戦っているわけではない。
……そろそろ、策はまだですか? カズマさんよ!
「『クリエイト・ウォーター』ッ!!!」
ベルディアが私に斬りかかろうとすると、カズマが叫ぶ。初級の水魔法を大げさに唱える。
しかもその放った水はベルディアには避けられてしまい、そのまま私が浴びる形となった。
…………結果的に、ベルディアの攻撃を防いだ形にはなったけどさ。
「……カズマ。策が思いつかないからベルディアと一緒にお水遊びでもして、みんなで仲良くワイワイとはしゃいで和解しようと愚策を思いついたの? それとも私達の邪魔をしたいの?」
ベルディアに当てたかったのはわかるけど、結果的に私に当たった恨みでカズマに皮肉を言う。
それに対して、カズマは返答することはなく、
「水だああああああああーっ! あいつに水をかけろおおおおおおっ!」
大声で叫び、冒険者に伝える。
ベルディアは水が弱点という、攻略方法を。
「『クリエイト・ウォーター』!」
「『クリエイト・ウォーター』!」
「『クリエイト・ウォーター』ッ!!」
カズマを筆頭に魔法が使える冒険者達は魔法を唱え、ベルディアに向けて放つ。
「うおっ、っと、あぶなっ!」
しかしベルディアは時々情けない声を漏らしているけど上手くかわしている。
……それを見た私はベルディアの弱点が水であることを理解した。そうじゃなきゃ初級の魔法程度、避ける必要なんかないからね。
でも、中々ベルディアに水を浴びせられない。このままだと、ベルディアを弱らせる前にこちらの魔力が尽きてしまう。せっかく弱点が見つかったのに、倒せないこのもどかしい感じをどうにかしたい。
「ねぇ、一体何の騒ぎなの? なんで魔王軍の幹部と水遊びなんかやってるの? そんなことやっていて楽しいの?」
そんな中、空気も読めず、何食わぬ態度でアクアが入って来た。
そういえば、めぐみんの爆裂魔法を放った時以降から姿を見ていないようだったけど、今まで何をしていたのだろう。
「今までどこ行ってたの?」
そのことを訊ねてみると。
「何って、カズマと違ってちゃんと仕事をしていたのよ」
いや、カズマも仕事しているんだけどね。
その会話を聞いていたカズマは、苛立ちを覚えながらもアクアに聞こえるように喋りだした。
「見てわかんないのかよ! 水だ、水! あいつは水が弱点だから水の魔法を放っているんだよ! というか、お前、一応水の女神なんだろ? だったらさっさと水の一つや百ぐらい出しやがれ、このなんちゃって女神が!」
「……あんた、そろそろ罰の一つくらい当てるわよ、このヒキニート。なんちゃって女神ではなく、正真正銘の水の女神なんだからね! どこかのヒキニートみたいな貧弱な水ではなく、洪水クラスの水なんか簡単に出せますから」
出せるんだ。
流石、名ばかりの水の女神だ。
「だったら、その水を出してくれない?」
「別にいいけど、その前にカズマは私に謝って! 水の女神様をなんちゃって女神って言った事をちゃんと謝って!」
「後でいくらでも謝ってやるから、出せるならとっとと出しやがれ、この駄女神が!」
「むきーっ!! 今、駄女神って言った!」
言い争っている場合じゃないんだけどなぁ……。
「もういいわよ! 見てなさいよ、カズマ。女神の本気を見せてやるから!」
カズマの売り言葉を買い、涙目になりながらもアクアは一歩前に出る。
すると、アクアの周囲の水色の光と水のようなものが漂う。
「この世に在る我が眷属よ、水の女神、アクアが命ずる」
そして詠唱をし始めると、背筋が寒くなるようなものを直観で感じる。
それはめぐみんの爆裂魔法を始めて感じた時と似ている。あれと同等、いやそれ以上だとすると、マジでヤバいのが直感した。
「この雑魚どもめ、調子に乗るな! 貴様らの出せる程度の水など、この俺には……ん?」
ベルディアが言いかけたところで動きと口が止まる。そしてアクアを見て、これはヤバいと不吉な予感を察しているようだった。
それはベルディアだけではなく、周囲にいる魔法が使える冒険者達も、アクアに対して不安を抱いているように見えた。
そしてベルディアは、迷うこともなく逃亡を選択する。ここから素早く逃げようと背を向けた。
そうはいくか。背を向けているなら私にも勝機がある。
「『アクセルダッシュ』」
からの足払い。
「うぉっ!?」
逃げることに専念していたのと、アクアだけを危険視していたベルディアの油断のおかげで、見事足払いが成功し、ベルディアは地面に倒れる。
「この」
「『アクセルダッシュ』」
そしてすかさずその場から去る。何か言いかけたらしいけど、知ったこっちゃない。
「姑息なことしやがっ……お、おい離せ!」
ベルディアは立ち上がろうとした時、ダクネスが逃がさないように足を掴み始めた。
そしてベルディアが逃げられない状況の中、ついにアクアは水を生み出す魔法を唱えた。
「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」
ベルディアの頭上から大量の水が降り注ぐ。それこそ、アクアが言っていた通り洪水クラスだった。
でも、これって……。
「え!?」
嫌な予感は的中した。
アクアが唱えた水はベルディアを呑み込まれるだけではなく、私やカズマに周囲にいる冒険者を含め、魔法を唱えたアクアまでも巻き込んでしまった。
●
やがて水が引いた後、私は地面に倒れていたので立ち上がって息を整えた。
「ぜぇ……ぜぇ……し、死ぬかと思った…………」
まさかまさかの仲間の攻撃に巻き込まれる形で死ぬかと思ったんですけど……ちょっとマジでシャレにならないですけど。こうして生きているのだから、いいけどさ。ふ、ふざけんなよ、宴会の女神様。
イザナミがどうなったのか、めぐみんや他の皆はどうなっているのか、ベルディアは倒せたのかを確認するために周囲を見渡す。
イザナミが近くでぐったりと倒れている。他の人達も同様だった。しいて言うなら、無事でなかったのは正門と正門付近にあった家の一部が崩壊していた。
なんで魔王軍の幹部ではなく、仲間の攻撃で街の一部が崩壊されるんだよ。
その、魔王軍の幹部であるベルディアはというと……。
「な、何を考えているのだ、貴様……。ば、馬鹿なのか? 大馬鹿なのか貴様は……っ!?」
ヨロヨロしながらも無事でいた。
ベルディアの意見はごもっとも、激しく同意する。
でも、そのおかげで弱らせることができた。今がチャンスだ。
「今がチャンスよ、カズマ!」
アクアの声でカズマが立ち上がる。そして視線をベルディアに向ける。
「今度こそ、お前の武器を奪ってやるよ!」
「やってみろ! 弱体化したと言え、駆け出し冒険者のスティールごときで俺の武器は盗らせはせぬわ!」
カズマの話では、一度はスティールで大剣を奪おうとしたけど失敗した。ベルディアの言葉通りなら、スティールをしても失敗の二の舞になるだけではないのか?
いや、それはカズマもわかっているはずだ。
わかっているはずなのに……いや、わかっているからこそ、どこか勝機の兆しを見越したように見えるんだ。
「カズマ、なんか策とかあるの? 手伝う?」
「その必要はない。これで決める!」
そう自信満々に口にするカズマは右手を突き出すような構えをする。
「ほざけ!」
対するベルディアはまたも自らの首を空高く頭上に投げ、両手で大剣を構え始める。
失敗すれば、カズマは真っ二つに斬り殺されてしまう。
「『スティール』ッ!!!」
それでもカズマは怯えることもなく、怯むこともなく、気合いの叫びでスティールを発動させた。
結果は…………何も変わらない。どこからどう見ても、カズマはベルディアが持つ大剣を奪うことはできなかった。
周囲の冒険者が失望の声が耳に届く。皆も今なら成功すると信じていたのだろう。でも、結果は失敗に終わった。
……それでも。
それでも、カズマは落胆することはなかった。
いや、それどころかむしろ……唇を吊り上げ、喜んでいた。
「カズマ?」
私はカズマの様子を伺う。すると……。
「あ、あの……」
ベルディアの声が聞こえる。しかも、結構近い。
……それもそうだ。
なんだって、カズマがスティールで盗んだのは大剣ではなく、ベルディアの首を盗んだのだ。
「……く、首を返してもらえませんかね…………?」
ベルディアがか細い声を震えているのに対して、カズマは悪魔のような笑みを浮かべていた。どっちが悪なのだろうかと区別ができないくらい、悪い顔だった。
「おい、お前ら、サッカーしようぜ!」
カズマは楽しそうに冒険者達に遊びを誘った。ベルディアの首を持って。
「サッカーっていうのはな! 手を使わずに足だけでボールを扱う遊びだよー!」
そして残酷にも、カズマは冒険者達に向かって蹴り飛ばす。ベルディアという首をボールにして。
「足だけかー、難しそうだなっ!」
「おっと、ちょっと蹴りにくいけど、ほれっ!」
「ひゃっはー! これはおもしれー!」
「おい、こっちにもパスしてくれよ!」
魔王軍の幹部の頭でサッカー……どっちかっていうと蹴鞠をしている冒険者達の姿はなんかシュールだった。
あと、みんな結構上手だった。
「やめっ!? ちょ、いだっ!? あだだだっ! い、いい加減にしろ!!」
ボールにされ、ボコボコに蹴り続けられたベルディアは怒声を発するも、ボールにされているのか魔王軍の幹部としても、ボスとしても、アンデッドとしても威厳は全く感じられず、蹴ることをやめない。まるで親がもう帰るわよと言われても遊ぶのをやめない子供達のようにね。
「いだっ、か、かくなる上は……ふんっ!」
ベルディアの首はなにやら念じているように見えた。
すると、体の方がこちらに向かってきている。遊んでいたら窓ガラスを割られ、それに怒鳴りつけようとするおじさんのように大剣を持ちながらやってくる。
なんて例えてみたけど、地味に遠隔操作できるのかよ。
このままではサッカーを楽しんでいる冒険者達が殺されてしまう。そんなことさせない。
なので。
「『アクセルダッシュ』」
「あだっ!?」
先ほどと同じようにアクセルダッシュで一気に距離を詰め、足払いをしてベルディアの体を転ばせた。
さて、もうお遊びはこれでお終いにしよう。変に逆襲されてもこちらが困るだけだからね。
「イザナミ、ベルディアに攻撃して」
「は、はい」
私は落ちていた大鎌を拾い上げ、ずぶ濡れになってちょっとエロくなったイザナミに渡して指示を送った。
「おい、ダクネス。一太刀食らわせたいんだろ?」
カズマも落ちていた大剣を拾い、ムチムチがエロいダクネスに渡して指示を送っていた。
「これはっ! お前に殺された、私が世話になったあいつらの分だ! 私は何度も斬りつけるつもりはない! まとめて受け取れ!!」
ダクネスは倒れ込んでいるベルディアの体に大剣を大きく振り上げてから、おもいっきり振り下ろす。
ベルディアの鎧は砕くことはなかったが、所々にひびが入った。あと、もう一撃入れれば完全に鎧が砕けるだろう。
そしてベルディアに大きなダメージも与えているはずだ。さっき、頭の方からくぐもった声が聞こえて来た。
「さぁ、イザナミ。一思いにやってくれ」
イザナミはベルディアに近づいて、大鎌を振り上げる。
「……今回に関してはめぐみんさんが迷惑をかけたと思います。私もそれに止めなかったので、迷惑をかけました。ですが、貴方も迷惑をかけました。そして何よりも…………アスカさんを殺そうとしたことに、私は許すことができません」
そう言い伝えると、イザナミはダクネスと同様におもいっきり振り下ろした。
そしてその一振りはベルディアの鎧を砕くことに成功させた。
そんなことよりも、イザナミがそんなことを思ってくれているなんて……もしかしてデレ、
「デレてはいませんよ」
……そんなこと言わなくてもいいじゃないか。私に希望を抱かせてよ。
……ともあれ、ベルディアの鎧は砕けた。
確か、ベルディアはこう言っていたはずだ。
魔王様の加護を受けたこの鎧、と……。
つまり、その鎧がなければ……。
「おし、アクア! 後は頼む!」
「アクア、ラスト任せたよ!」
カズマと私がアクアに頼む。
「任されたわ!」
そう自信満々に言ったアクアは右手を天へと上げると、どこから杖が飛んできて掴んだ。
そして淡い羽衣をまとい、杖を弱り切っているベルディアに向けて叫ぶ。
「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」
ベルディアの体の周囲に光る魔法陣が描き出され、そこから白い光が包み始める。
「ちょ、待っ、まっ! ぎゃあああああああ!!」
流石に鎧もなく、水を浴びて弱り切ったベルディアは女神の魔法を耐え切ることができなかったようだ。
これでやっとおしまいになるのね。
だったら、せめてもの慰めだ。
「へい、パース!」
ベルディアの首でサッカーをしている冒険者達にパスを要求する。
すると良い感じに冒険者の一人が要求を受け入れ、こちらにパスをしてきた。
「魔王軍の幹部ベルディア。この勝負、私達の勝ちよ!」
最後にベルディアに勝利宣言を伝え、体の方へとおもいっきり蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたベルディアの顔も白い光に包まれ、体と共に薄くなっていき、そして消えて逝って浄化された。
なんとか、魔王軍の幹部の一人を倒すことができたか。今回に関しては、ベルディアが廃城に爆裂魔法を撃ち続けた私達の被害者だった。それを訴えに来た結果が浄化されるという結末。本人はたまったものじゃないのだろうね、本当に。
でも、めぐみんには死の呪いを向けられ、イザナミにダクネスに死の呪いをかけた罪を私は許すことはしない。あと、イザナミの自慢の美白を傷つけたのも罪だし、ダクネスを傷つけたことも罪だ。
そういうことを含めて運が悪かったわね、ベルディア。
……こうして、魔王軍の幹部であるベルディアとの対決は決着がつき、冒険者達の勝どきを上げて幕を下ろした。
●
先ほどまで雲行きが怪しかったけど、ベルディアを倒した途端に天候が回復し始めた。なんて良いタイミングだ。
そんな青空の下、傷だらけのダクネスは片肘をつき、目を閉じて祈りを捧げていた。
「……何をしてるの?」
私はダクネスに訊ねると、目を閉じたまま独白をするように答えた。
「祈りを捧げている。デュラハンは不条理な処刑で首を落された騎士が、恨みでアンデッド化するモンスターだ」
どうやら、この世界でのデュラハンはそういう存在らしい。一説によれば、妖精であり、死を予言する者として呼ばれていることもあるけど、そこは異世界、日本と違うことだって当たり前なのかもしれない。キャベツは空を飛ばないことが一番の例だ。
「こいつとて、モンスターになりたくなった訳ではないだろう。自分で斬りつけておいて何だが、祈りぐらいは……」
「……そっか」
正直に言えば私にとっての敵であり、あいつがやったことが許されるわけではない。私には祈ることすらもできない。
でもそれは私の私情でしかないから、それを止めさせるのは野暮でしょうね。
そう納得する中、なおもダクネスの独白は続く。
「……腕相撲勝負をして、私に負けた腹いせに私の事を、鎧の中はガチムチの筋肉なんだぜと、バカな大嘘を流してくれたセドル」
「え?」
「なんなら当ててもいいけど、当たるんならな! ……と、バカ笑いして私をからかったヘインズ」
「だ、ダクネス?」
「そして、一日だけパーティーに入れて貰った時に、何であんたはモンスターの群れに突っ込んで行くんだと、泣き叫んだガリル。皆、あのデュラハンに斬られた連中だ」
「……あの、もっとまともな思い出はなかったのですか?」
人が死んでいるのに、このツッコミはするか迷っていたけどツッコミをせざるを得なかった。
私がツッコミを入れてもなお、ダクネスは話を続ける。
「……あいつらに、あいつらにもう一度会えるなら……一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな……」
その優しげな声で呟くと、
「「「お、おう……」」」
後ろの方から男の戸惑ったような声が聞こえた。
私とダクネスは一緒に後ろへ振り向く。
そこにいたのは、どこか照れている様子の三人の男達。
あれ? こいつらって、ベルディアに斬られた連中……だよね? あれ? 斬られて死んじゃったんじゃなかったっけ? え、実は生きていたってパターン?
そんな次々と浮かぶ疑問を他所に、一人の男が申し訳なさそうに口にした。
「そ、その……色々と悪かった、な。お前さんが俺達に、そんな風に思っていたなんて……」
「あ、ああぁ……俺も悪かったよ。腕相撲に負けたくらいで、しかも女に負けた腹いせで変な噂を立てちまって……。今度、奢るから、さ……」
「剣が当たらない事、実は気にしていたのか? その、えっと……わ、悪かったな。ほんと、悪かった……」
次々とかけられる三人の言葉に、祈りを捧げていたダクネスは小さく震え出し、頬からみるみる赤くなっていく。
そこにまたも空気も読まずに、弾んだ声でアクアが入り込んできた。
「すごいでしょ、ダクネス! 私ぐらいになれば、あんな死にたてホヤホヤの死体なんて、ちょちょいのちょいで蘇生できるのよ! 良かったじゃない、これで一緒にお酒が飲めるのよ!」
おー流石、一応女神と呼ばれるだけあって、すごいなー。
でもそのせいで、一人の騎士が羞恥心を感じる羽目になっている。
自分の独白を良い感じの音量で語り始めていたダクネスは涙目になり、頬から顔全体に赤くなり、それを隠すように両手で覆い座り込んでしまった。
え、えっと、その……。
「い、生きていたから良いじゃん。死んじゃうよりかは、ま、マシだよ!」
「…………そうだな」
一応フォローするもダクネスの声に元気がなかった。
余程恥ずかしいのね。
「良かったじゃないか、みんなとまた会えて。ほら、飲みに行って来いよ」
どうやらカズマもダクネスの独白を聞いていたらしく、ダクネスに声をかける。それでもダクネスが変化することなく「……死にたい……」と消えそうな声で呟いていた。
「お前、常日頃から責められたがっていただろ。遠慮するなよ、三日間ぐらいはこの話を続けやるからさ、喜びなって」
と、カズマが楽しそうに伝えると、ダクネスが肩を震わせて口にした。
「こ、この責めは、私の望むタイプの羞恥責めとは違うかりゃ……っ! うわああああん!」
あ、噛んだ。そして泣き始めてしまった。
……どうしよう、すっごくときめいた。今の恥ずかし過ぎて死にそうな感じのダクネスがめっちゃ可愛い。
この可愛さを味わえるのは私しかいないだろう。
……今しかない。
「ダクネス、良かった今夜私が慰めてあげるよ……」
「「そんなことしなくていいです」」
今こそダクネスを攻略するチャンスだっていうのに、毎度のことイザナミに邪魔される。しかもイザナミだけではなく、めぐみんも邪魔する側へ加勢されたし。
世の中って…………ほんと思い通りにいかないのよね。
それと、やっぱし異世界転生物で無双するなんて、小説の中でしかないんだね。