この素晴らしき世界にハーレム女王を。   作:鮫島龍義

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この異世界転生者に不意打ちを

「フフッ、この中こそが私の聖域、外の世界は怖いものだらけよ……フフフ」

 

 女神だったアクアはただの引きこもりになってしまった。

 そしてトラウマを抱えた引きこもりを連れて、私達は無事に街へ帰って来た。

 馬を引き、アクアが檻の中にいるから街の人達が嫌でも注目を集める中、ギルドへと向かっている。これから闇市場みたいなところに行き、アクアを奴隷市場みたいなところで売るわけじゃないけど、誤解されるのは目に見えている。

 そこはなんとかして信じてもらうしかない。

 でも、できれば何事もなくこのまま安全に帰りたい。

 

「め、女神様!?」

 

 そんな願いをへし折るように男のような叫びを耳にする。

 

「女神様じゃないですかっ! そんな所で何をしているのですか!」

 

 そして急に現れた男は檻に引きこもっているアクアに駆け寄り、鉄格子を掴む。そしてその男はアクアを出そうと、腕力だけでグニャっと捻じ曲げたのだ。

 

「ちょっ」

 

 あまりの非現実で衝撃的なものを目にして口から言葉が漏れそうになり、慌てて口を抑えた。

 う、嘘でしょ。ブルータルアリゲーターが群れで何時間もかけても壊れなかった鉄格子をいとも容易く破るとか……普通にドン引きです。イザナミなんかドン引き通り越して、恐怖と驚愕で気絶しそうだよ。

 というか……どちらさま?

 

「……おい、私の仲間に馴れ馴れしく触るな」

 

 私がドン引きしている中、唯一ダクネスはアクアの手を取ろうとしていた男に詰め寄ったのだ。

 その姿は皆を守るクルセイダーとして凛々しく、かっこよかった。かっこいいよダクネス。普段もそんな感じだったらいいのにね。

 ……ちょっと冷静になれたところでふと疑問に思う。

 あのドン引きした男、アクアのことを女神様と言っていたっけ? 一目見てアクアのことを女神と言えるのは、アクアが女神であることを知っているのかな? そうじゃなきゃアクアのことを女神と言えないはずだ。

 それともアクアに一目惚れになって、彼女のことを女神だと例える偽善者ならぬ、勇者を気取った危ない人かもしれない。

 まあ、アクアに訊いてみたほうが解決するわね。

 

「おい、アクア。お前、あれの知り合いか?」

 

 カズマも同じことを思っていたのか、私よりも先にアクアに訊ねていた。

 

「……知り合い?」

「お前のことを女神とか言っていたし、早くなんとかしろよ」

「……女神…………ああっ! そう、そうよ! 私は女神! なになに、女神である私にこの状況をどうにかして欲しいの? しょうがないわね!」

 

 この女神、引きこもっていたせいで自分が女神であることを忘れていたな。私は女神と言われた時にポカーンとクエスチョンマークを浮かべていた顔を見逃さなかったよ。

 ともあれ、アクアがようやく引きこもりをやめ、檻から出て来た。

 そして、その男に対して、

 

「あんた誰?」

 

 知り合いじゃないのかよ。

 

「何を言っているのですか、女神様! 僕です、僕、御剣響夜ですよ! あなたに魔剣グラムを頂いた!」

「え?」

「え?」

 

 きっとアクアが普通に忘れているだけだろうけど、知り合いであるそうだ。

 そしてさらっと言っていたけどあの男、日本人にある苗字と名前……み、み……みなんとかさんは、カズマがいた世界でアクアによって転生された者かな。だとすれば辻褄が合う。

 ……それにしても。みなんとかさんはカズマと比べると、イケメンで勇者っぽく、まるで小説サイトかつ異世界者系に出てきそうな主人公みたいな容姿をしている。おそらく理想に近い異世界転生者だ。

 ……そんで、みなんとかさんの後ろには二人の美少女が……畜生、パッと見ても、あの二人がみなんとかさんに惚れているのがわかるのがムカつくな。

 

「……ああ、思い出したわ! そういえばいたわね、そんな人も。ごめんね、すっかり忘れていたわ。だって結構な数の人を送ったし、忘れたってしょうがないわね!」

 

 アクアにとっては異世界転生者などコンビニの店員が一回来たお客さんのような捉え方でもしているのかな。

 

「あ、お久しぶりです、アクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張っています。職業はソードマスター。レベルは37まで上がりました」

 

 レベル高っ!?

 やっぱりカズマと違って、こっちの方が断然勇者っぽい。あとイケメン。

 

「……ところで、アクア様。どうしてこんなところにいるのですか? というか、どうして檻の中に閉じ込められているのですか?」

 

 やっぱり誰がどう見てもアクアを奴隷市場に送っているように見えるよね。鉄格子をねじ曲げて助けるのも主人公にとっては当然な行動か。

 実はクエストでアクアを檻の中で閉じ込めて湖を浄化しました。

 なんて言ったところで、この男が信じてくれるわけがないね。

 こうなってしまったら事実を話してもらったほうが一番平和的だろう。平和と言ってもどの程度の平和なのかは計りきれないけど。

 それを察したのか、カズマは自ら、ここまでの経緯や、今までの出来事をみなんとかさんに説明した。

 

 

「……バカな。ありえない、そんな事! 君は一体何を考えているのですか!? 女神様をこの世界に引き込み、しかも今回のクエストでは檻に閉じ込めて湖に浸け、ワニの囮にさせただと!?」

 

 それだけ聞けば、本当に何を考えているのかって、怒りたくもなるわよね。

 事情を聞いたみなんとかさんは案の定、怒りを露わにして、カズマの胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっちょ、いや、別にね、私としては結構楽しい毎日を送っているし、ここに一緒に連れてこられた事は、もう気にしていないんだけどね? それに魔王を倒せば帰れるんだし、今日ののクエストだって、怖い思いもしたけど、結果的には誰も怪我せずに無事に終わったし、なんと言ってもクエスト報酬三十万が、私に全部くれるって言うのよ!」

 

 その言葉を聞いたみなんとかさんは同情するかのようにアクアを見る。気持ちはわからなくもないけども。

 

「……アクア様、こんな男にどう丸め込まれたかは知りませんが、今のあなたの扱いは不当ですよ。そんな目に遭って、たったの三十万ですよ」

 

 命に比べるとたったの三十万かもしれないが……今の私達にとって三十万はたったで済まされないと思う。

 ……どうもこの男は、アクアのことをよく知らない故に美化している気がする。だからいかにも悪役そうな男であるカズマに吹き込まれたと思っていそう。

 

「……ちなみに、今はどこに寝泊まりしているのですか?」

 

 みなんとかさんの言葉に圧がかかっているのか、アクアはおずおずと答えた。

 

「え、えっと……馬小屋で寝泊まりしているけど……」

「は!?」

 

 みなんとかさんはカズマの胸ぐらを掴む手に力が込められたのがわかった。

 

「ギブギブギブギブギブ!」

 

 流石に止めないと、カズマ死んじゃうわね。

 そう思っていたら、みなんとかさんの腕を横からダクネスが掴んできた。

 

「おい、いい加減にその手を放せ。さっきから何なんだ。カズマとは初対面のようだが、礼儀知らずもほどがあるだろ」

 

 ダクネスが珍しく怒っている。てっきり、その手を自分に掴んでくれと要求しそうだと思っていたけど、誰でも良いっていうわけではないのね。

 

「ちょっと撃ちたくなってきました」

 

 それは止めて、私達が死んじゃう。

 

「……これも、全部私のせい……っ!」

「「「それは絶対にない」」」

 

 一体、何をどう思ったらイザナミのせいになるっていうのか。私もめぐみんもカズマもそう思ってツッコミを入れた。

 

「君達は……アークウィザードにクルセイダー、それにゲイルマスターとデスサイザー……。なるほど、君はパーティーメンバーに恵まれているんだね。だったら尚更だよ。君はアクア様やこんな優秀そうな人達を馬小屋で寝泊まりさせて、恥ずかしいとは思わないのか?」

 

 みなんとかさんはカズマに説教しているが、この世界の冒険者は馬小屋で寝泊まりか、みんなで雑魚寝が基本じゃないのか?

 ……ああ、そうか。わかった。

 この人は恵まれた環境にいる人間だから、そう言えるだ。

 きっと魔剣グラムというチート装備でお金に苦労せずに生きてこられたのだろう。私とカズマはみなんとかさんは基本がズレているから、ぞんざいに扱っていると思われているのね。

 それとパーティーメンバーに恵まれているですって。確かに私は恵まれているわ。でもね、みなんとかさんが思っているほど、恵まれてはいないわよ。

 

「君達、今まで苦労したみたいだけど、これからは僕と一緒に来るといい。もちろん、馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備も買い揃えてあげよう」

 

 イザナミを連れて来たことには後悔と罪悪感はあるし、苦労はしている。でも、少なくとも私は今の生活に不満などはない。カズマはあるんだろうけど。

 きっと、みなんとかさんのパーティーに入れば、苦労もせずに魔王を退治できるのだろうな。みなんとかさんの自己中、裏を返せば私達を救おうとているのだ。そのみなんとかさんのところに入るのは悪くはない。

 

「……ちょっと話し合うわね」

 

 カズマを除いて私達は会議を始めた。

 

「じゃあ単刀直入で聞きます……彼の仲間に入りたい人、挙手」

「「「「…………」」」」

 

 誰も手を上げなかった。

 

「ちょっとヤバいんですけど。マジでヤバいんですけど。本気でやばいんですけど。怖いんですけど」

 

 語彙力はないアクアはとりあえず入りたくないことがわかった。

 

「どうしよう、あの男は何だか生理的に受けつけない。何だか無性に殴りたい」

 

 マゾなダクネスでもやっぱり誰でも言いわけではないようだ。逆に言えばカズマになら生理的に受け付けられるってことかよ。ざけんなよ。

 

「撃っていいですか? あの苦労知らずのスカしたエリート顔に、爆裂魔法を撃ってもいいですか?」

「よくないです」

 

 気持ちはわかるが、やめてくれ。私達が死ぬって。

 

「イザナミは……」

「…………こ、怖いです……」

 

 案の定、拒むよね。みなんとかさんとの相性も悪いし、あいつの仲間に入らないほうがいいだろう。

 総じて不評、誰もみなんとかさんの仲間にはなりたくないようだ。

 

「アスカは、どうなのですか?」

 

 めぐみんに訊ねられたので、正直に答えた。

 

「待遇としては悪くないけど、カズマの仲間でいるよ。せっかくめぐみんの爆裂魔法を評価できるようになったし、イザナミを放っておくわけにはいかないし、ここ女の子多いし」

「……最後だけで本音丸出しなのがわかりますね」

「そうですよ。アスカさんはそういう人です」

 

 何故かイザナミが答える。でも、間違ってはいない。当然のことだからね。

 よし、決まったことでさっさとギルドへ帰ろう。

 

「カズマー、全員残るから早く帰ろうよー」

「そっか、わかった。そういうわけだから、俺の仲間は満場一致で貴方のパーティーには行きたくないみたいです。俺達はクエストの完了報告があるので、それじゃあ」

 

 カズマがそう伝えると、馬を引いて立ち去ろうとする。

 

「ちょっと待った」

 

 と、そこへみなんとかさんが立ち塞がった。

 

「……すみません、どいてくれます? ギルドへ向かいたいんですが」

 

 カズマが若干苛立ちながらみなんとかさんに伝えるも、彼は話を無視して言葉を発した。

 

「悪いが、僕に魔剣という力を与えたアクア様をこんな境遇の中に放ってはおけない」

 

 何となく、この後の流れがわかる気がする。

 

「……僕と勝負しろ」

 

 やっぱり、勝負で解決しようとする展開だ。

 結局力づくで解決するところも、なんか日本にはない展開で新鮮な気もするけど、良くはないよね。

 カズマはクズマで人間のふりをしているゴミかもしれないが、最弱の冒険者だ。まともにやったら絶対に勝てない。公平に見せかけた不平等で弱い者いじめだ。

 私はふとカズマとの視線が合った。すると、彼はコクッと頷いた。

 それに対して私も頷いた。

 

「えっと……みなんとかさん」

「御剣響夜です」

「み、みつるぎさんでしたね。では御剣さん。もし、御剣さんが負けたらどうなるのですか?」

「そうだな……僕が負けたら何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」

「よし乗った『アクセルダッシュ』」

 

 からの、足払い!

 

「あべっ!?」

 

 不意打ちかつ神速な足払いは、いくらチート武器かつ高レベルな勇者でも反応できまい。彼はそのまま地面へ倒れ込む。

 その隙にカズマの左手が光り出す。

 

「『スティール』!」

 

 カズマの左手にいかにも強そうだとわかる剣を持っていた。そう、カズマはスティールで御剣の魔剣グラムを奪ったのだ。

 御剣が驚く暇もなく、カズマは魔剣グラムを平らにして、おもいっきり頭部に強打をした。

 

「あばんっ!?」

 

 それはもう、あっさりとチート武器を持っていた御剣を倒した瞬間だった。

 

「「イエーイ」」

 

 見事なコンビネーションで高レベルな御剣を倒し、カズマとのハイタッチを決めた。

 

「ひ、卑怯者! 最低、卑怯者!」

「最低! 悪魔! 鬼! クズ! 二対一なんて卑怯よ! 正々堂々と一対一で勝負しなさいよ!」

 

 案の定、御剣ハーレムの美少女二人は私達を激しく非難する。これは想定内だから、仕方のないことだ。

 

「悪いね、お嬢ちゃん。正々堂々と戦っても勝てないから、こちらが勝つように仕向けて奇襲させてもらったよ」

 

 このことはカズマも理解しているようだ。彼にとっては卑怯もクソもない、勝てばいいみたいなことを思っているから反論はしない。

 まあ当然、御剣ハーレムの少女達は納得してもらえないだろうが、私も、カズマも、貴女達の主人である御剣さえも、一対一で戦うなんて決めてないんだよね。無論、こちらが二人で戦っていいとは禁止していないし、不意打ちもありとかなしも決めてはいない。そして、私はそれを決めつけないようにした。アクセルダッシュ足払いもしたのもそのためだ。

 と、そのことを説明すると。

 

「なによ! そんな方法で勝ったことに恥ずかしくないの!?」

「別に恥ずかしくないよ」

「開き直っているんじゃないわよ! 自分が弱いことを認めている証拠じゃない!」

「そうだよ、私達は御剣さんと比べれば弱いわよ。それに負ければ仲間が失うじゃん。卑怯とも言われようが私は確実に勝つ方法をとるに決まっているでしょ」

 

 それに御剣さんが勝ったところで、あの残念女神様を相手にするのはしんどいと思うし、幻滅もするだろうし、無理じゃないかな。そうだな……三日以内にこちらへ返却してくると思うな。

 さて、上手くこっちが勝ったところで……なんでも一つ言う事ができる権利、どうしよっか。

 

「カズマー、言う事聞く権利を決めていいよ」

「お前はいいのか?」

「とどめさしたのは、カズマなんでまかせます」

「……それじゃあ、この魔剣を貰っていきますか」

 

 カズマのその言葉に、取り巻きの一人がいきり立った。

 

「ば、バカ言っているんじゃないわよ! そんなの認めないわ! それに、その魔剣はキョウヤにしか使いこなせないわ!」

 

 ……いや、そんなわけないでしょ。そんなクレジットカード(実際使ったことないけど)みたいな剣があるわけないでしょうよ。

 でも自信満々に言っていて、特に嘘をついている様子もない。

 えっと、魔剣グラムを与えた女神様は……。

 

「残念だけど、マジよ。魔剣グラムはあのヤバい人専用武器になっているわよ。ヤバい人が使えば、人の限界を超えた膂力が手に入り、石だろうが、鉄だろうがザックリ斬れるんだけど、カズマが使ったところで野菜ぐらいしか切れないわ」

 

 そっか……カズマが盗んだ魔剣グラムは名ばかりのぼろくそ剣でしかないのか。

 

「でも、せっかくだから貰っとけば?」

「そうだな、なにかに使えるかもな。……というわけで、そいつが起きたら、これはお前が持ちかけた勝負なんだから恨みっこ無しだって言っといてくれ」

「じゃあね、お嬢ちゃん達。機会があれば私とお茶しに行こうね」

 

 私とカズマは別れを告げ、今度こそギルドへ向かおうとするも、御剣の仲間がそれを認めず、武器を構え始めた。

 

「待ちなさいよ! 認めるわけないでしょ!」

「そうよ! 私達はこんな勝ち方を断じて認めないから! キョウヤの魔剣、返して貰うわよ!」

 

 参ったな……女の子と戦うの、私あんまり好きじゃないんだよね……。

 私が躊躇っている中、この男はというと……。

 

「別にいいよ、受けて立とうじゃないか。ただし、俺は真の男女平等主義者だから、君達が相手でもグーパンするし、ドロップキックもするからな。手加減してもらうと思うなよ?」

 

 あんたはどっかの悪役ですか? とても味方サイドにいるような台詞だと思えないよ。

 

「そうだな……まずは、公衆の面前で俺のスティールをお見せしようではないか。さぁ、どうする?」

 

 カズマのいやらしい手つきと指の動かし方を見た、御剣さんの仲間達は違う意味で身の危険を感じたのか、恐怖に怯えて逃げてしまった。

 

「「「「うわぁ…………」」」」 

 

 一名を除いた私達はそんなカズマにドン引きしてしまった。

 ……御剣さんの方がマシだったのかもしれない。

 

 

 翌日。

 

「何でよおおおおおおおっ!」

 

 アクアの喧しい声が朝から始まった。

 なにかと騒ぎを起こすアクアさん。中に入ってみると、涙目になりながら、職員に掴みかかっていた。

 

「だから、借りた檻は私が壊したんじゃないって言ってるでしょ!? ミツルギって人が檻を捻じ曲げたんだってば!」

 

 あーなんとなくわかった。弁償されることに納得していないから訴えているのか。

 とりあえず私はカズマ達と合流して、アクアを見守る。そしてしばらくして、アクアがこちらへやってきた。

 その表情はしょんぼりしている。

 

「……どうだった?」

「粘ってみたけど、駄目だった。今回の報酬、壊した檻のお金を引いて、十万エリスですって……」

 

 今回の報酬が三十万だから、あの檻自体が二十万……って、高いな。あれ、そんなにするのかよ。

 でも確かに、あの強度でブルータルアリゲーターから一度も噛まれずに済んだんだからそれくらいなのは妥当なお値段なのかな。いや、それでも高いでしょ。

 今回ばかりはアクアに同情するよ。完全に御剣さんの善意がとばっちりになってしまったんだからね。

 

「あの男、今度会ったら絶対にゴッドブローを食らわせて、檻の弁償代を払わせてやるんだから!」

 

 御剣さん、貴方の善意でアクアを救おうとした気持ちはあったんだろうけど、結果的にアクアからは嫌われ、恨みを募らせ、怒りを燃やしてしまったね。

 ……あ、噂をすれば……なんて、運の無い人。

 

「探したぞ、佐藤和真!」

 

 御剣さんが、仲間である二人の少女を連れてやってきた。そして私達がいるテーブルにカツカツと歩み寄り、バンッとテーブルに手を叩きつけた。

 

「佐藤和真! 君の事は、ある盗賊の女の子に聞いた。ぱんつ脱がせ魔だってね」

「え?」

「えって、なに驚いているの。間違ってないでしょ」

「いやいやいや、間違っていないからな!」

「他にも女の子を粘液まみれにするのが趣味な男だとか、色々な人の噂になっていたよ、鬼畜のカズマだってことをね!」

「待て! 誰がそれを広めたのか詳しく!」

「別に否定できるものではないでしょ。あと、私達をトイレに行かせないようにすることも考えていたじゃん」

「おおい、語弊がある! これ以上、俺のイメージをぶち壊すな!」

 

 今更、皆に愛される正義のヒーロー・サトウカズマみたいなのを浸透させようとしているの? もう諦めなさい。人の流行は、一度回ればインフルエンザのように浸透するから手遅れだわ。君はすでに人間のふりをしたクズであり、鬼畜のカズマだってことはわかり切っているのよ。

 

「それに、志尾明日香!」

「え、私?」

 

 何故か御剣さんに私のフルネームで呼ばれる。

 

「見た目からは想像つかなかったけど、日頃から常に女の子を見つけたらナンパして彼女にしようとする、レズビアンだって噂が広まっている。それは本当かい?」

「ちょっと待った! それこそ誰がそれを広めたのか、詳しく!」

 

 確かに一日一回以上は可愛い女の子を見つけては、ナンパというお茶を誘っていることは事実だ。でも、それだけでレズビアンだってことが知らされるなんて普通思うか? ナンパする女ならまだしも、それだけでレズビアンって噂を広められている。つまり、私のことを知っている人物が噂を流した確率は高い……。

 私は思い当たる人物、イザナミに視線を向ける。

 

「……こうでもしないと、アスカさんは誰に構わず毒をかけようとするので、未然に防ぎました」

 

 やっぱりあんたかよ! 余計なことしやがって……っ。これでは今度、私のヒロイン候補達が警戒するではないか! 噂だろうが、私がレズビアンであることの可能性を思い浮かぶだけで、最大の障害ができてしまった。

 やられた……しかし、やるなイザナミ。流石私のヒロインだけある。

 

「アスカ……」

 

 何故かカズマに肩を叩かれた。しかも優しく。

 

「そう、落ち込むな。常識人の皮が剥がれただけだろ」

 

 カズマの表情はとても人を慰めてあげるような顔ではなく、ざまぁ見ろと言わんばかりの挑発する顔で言ってきた。

 ……こいつだけは、地獄に送るべきだと私は思うんだよね。あと、殴っていいよね。すげぇ腹が立つんですけど!

 そんな中、言うだけ言った御剣さんはというと、アクアに近寄り始めた。

 

「アクア様。僕はこの鬼畜な男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います。ですから、この僕と」

「ゴッドブロオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐぶへぇ!?」

「「キョウヤ!!」」

 

 見事にアクアの光る右手が御剣の頬を抉るかのように殴り飛ばした。アクアを助けようとしているのに殴られるなんて、ついていなさ過ぎ男君だね。

 床に転がる御剣に追い打ちをかけるかのように、アクアは詰め寄ってからの胸ぐらを掴み上げられる。

 

「ちょっとあんた! 檻を壊した金払いなさいよ! あんたのせいで私が弁償する事になったんだからね! ふざけんじゃないわよ! 三十万よ、三十万! なんか知らないけど、あの檻は特別な金属と製法でできているから無駄に高いんだって! おかげでこっちは報酬十万しか貰えなかったわよ! 今すぐ払いなさい! とっととお金を出して、早く!」

 

 あの檻、本当は二十万って言ったくせに、ちゃっかりと十万を巻き上げやがった。

 金を要求された御剣さんはアクアに気圧されてしまったのか、素直に財布から三十万を出してしまった。

 

「すみませーん!」

 

 お金が手に入ったことで上機嫌になったアクアは、メニューを片手に店員を呼んで注文をしていた。

 そんな女神であるアクアのことをなかったかのように、御剣さんはカズマに話しかけた。

 

「……佐藤和真、あんなやり方でも、僕の負けは負けだ。そして何でも言うことを聞くと言ったのも事実だ。それを取り消すことつもりはない。それを含めて、こんな事を頼むのは虫がいいのも理解している。頼む! 魔剣を返してはくれないだろうか? 代わりと言ってはなんだろうが、店で一番良い剣を買ってあげるから、頼む!」

 

 本当に虫のいい話だよね。

 でも、あの魔剣グラムはカズマが持っていたところで名前ばかりのただの剣でしかないのは事実だ。御剣さんの話を受け入れ、買ってもらって強化するのも手だろう。

 それに彼はちゃんと謝っているから、悪い人ではないんだろう。嫌われやすい人であるけどね。

 だからここは……無慈悲に伝えようではないか。

 

「えーっと、みつるきんさん」

「御剣です」

「……ちょっと噛んだだけだよ。カズマはもう魔剣を持っていないのよ」

「…………え?」

 

 御剣さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。そして注意深くカズマを見始める。

 

「さ、佐藤和真。ま、魔剣は? ぼ、ぼぼぼ僕の魔剣はどこへ?」

 

 顔中に脂汗を浮かべる。事実を受け入れたくないのだろう。

 それでもカズマは無慈悲に一言告げる。

 

「売った」

「ちっくしょおおおおおおおお!!」

 

 御剣さんは泣きながらギルドへ飛び出して行った。

 ……御剣さん、ドンマイです。

 

「……一体何だったのだ、あいつは」

「……何だったんだろうね」

 

 だからね、ダクネス。彼のことは……そっとしようではないか。

 

「ところで、カズマ。昨日もそうだけど、先ほどからアクアが女神だとか呼ばれていたが、一体何の話だ?」

 

 ああ、そっか。ダクネスもアクアが女神であることは知らないのか。あんだけ御剣さんが女神女神って言っていれば気になるのも当然か。

 この辺はカズマとアクアにおまかせしよう。

 

「今まで黙っていたけど、貴女達には言っておくわ。私はアクア。アクシズ教団が崇拝する、水を司る女神。女神アクアは私なのよ!」

 

 真剣な表情でダクネス、そしてめぐみんに伝えるも、

 

「「という夢を見たのか」」

「違うわよ!」

 

 声がハモってしまう程。直観で信じることはなかった。今までの素行を見ていれば信じられないのもわかるけどね。実際、私がそうだったわ。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください!』

 

 突如鳴り響く、緊急アナウンス。今日は一体なんなの、さっきから騒がしい展開が続くなぁ……。

 

『繰り返します! 全冒険者の冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください! ……特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします』

 

 ……なんか名指しされたんですけど。

 …………まさか。

 名指しされたので、私達は慌てて正門に駆けつけた。ダクネスが重装備なので、遅れるものの到着する。

 やはり正門の前に現れていたのは、予想通りの首なし騎士、デュラハンだった。

 

「なぜ城に来ないのだ! この、人でなしどもがああああああああっ!!」

 

 魔王の幹部が、罪を認めない不良に怒鳴るような先生のように、もの凄いお怒りだった。


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