サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第九章 王立魔法研究所

 

 

 サイトが王宮内の病室を出るには、バルコニーでの新たな伝説から三日必要だった。

 

 侍医団の仕事は早々となくなったのだが、新たにサイトの両掌に刻みつけられたルーン調査のため、王立魔法研究所が病室に入ったのだ。サイトは初めての召喚時にコルベール先生から「ガンダールフ」を模写することの許可を求められたことをうっすらと思い出していた。

 

 調査の結果、ルーンの刻印は、女王のコントラクト・サーヴァントによることは明らかになったが、その解読と使い魔への能力付与の解明はお手上げだった。

 その記号は、ハルケギニアで使われている文字との類似性は認められたものの読み方さえ分からなかった。各専門家が研究所内の文献を当たったものの該当する例は皆無だったのだ。

 

 それなら、サイト本人に訊ねればいいのに、入れ替わり立ち替わり病室を訪れた所員は「異国の元平民に分かるわけがない」と決めつけていた。また、サイトもこの件で口を開く気はまったくなかった。

 結局、魔法研究所は「現状不明、継続調査」との報告をアンリエッタにするしかなかった。アンリエッタも「コントラクト・サーヴァント」の成功を確認できただけで良しとした。サイトとのきずなが魔法学の権威に認められたことがうれしかったのだ。

  

 

 シャルロットはバルコニーでのお出ましの翌日、後ろ髪をひかれる思いでリュティスに戻って行った。別れ際、「また今度」とサイトの頬に軽いキスをしていった。

 

 ルイズとティファニアも抵抗したものの魔法学院に帰らされた。サイトが回復した今、虚無の担い手、聖女とは言え、学生である二人がトリスタニア、王宮に尻を据える理由がなかったのだ。もちろんシェスタも。

 

 

 

 

 

 かくして、アンリエッタの天下が訪れた。

 

 

 

 と、考えるのは早計であった。

 

 

 

 

 

 「なぜ、我が使い魔となったサイト殿をそばに置くのが問題なのです」。

 

 

 

 アンリエッタがマザリーニ、ボルト侍従長に抗議の声を上げたものの、今度ばかりは二人の臣下も理論構築をしていた。

 「使い魔だけならその通りにいたしましょう。陛下が召喚の儀を開くに際して仰せになった目的がそのすべてならば」。

 「しかし、陛下はあの後、『生涯の伴侶』と述べられました。なら、結婚前の男女が果たすべき当然の責務がございましょう。王族ならなおさらでございます」

 

 

 アンリエッタの軽はずみな行動を制止するとともに、シュバリエサイトにも相応の教育が必要であると釘を刺したのだ。  

 

 子供のころから知っている二人の忠臣の言葉に耳を傾けるだけの余裕がアンリエッタにはできていた。何せ、邪魔な三人はいない。

 それに、将来はこの国の王になってもらう予定だが、今のままでは不都合が多いのも事実だった。魔法学院のルイズの部屋で初めて会った時、あいさつを許すつもりで手を伸べたのに、いきなり唇を奪われた。そのことを思い出し、一人で赤くなった。

 

 

 女王と重臣の密談はさらに続く。では、サイトの処遇をどうするのか。

 

 確かに、護衛の名目であっても、同年代で男性のサイトを身近に置けば、王宮スズメのさえずる噂が国境を越えるのは確実であった。「ゲルマニアとの婚約を解消した女王が寂しさから黒髪のツバメを飼い始めた」という流言は国の体面上、なんとしても避けたいところだ。女王の護衛は当分、アニエスら女性で組織された銃士隊にがんばってもらうしかない。

 

 王宮内のマンティコア隊に一時的に編入させることは、水精霊騎士隊副隊長の地位とサイトが魔法を使えないことが障害となった。魔法衛士隊での序列が軋轢を生むのは目に見えていたし、サイトが入ることで魔法を中心とした日常訓練にも支障が出てしまう。そもそも、サイトは幻獣に乗れない。

 武人としてのサイトは名高いが、それは個人の戦闘力の話であって、いきなり軍に入れて部隊を指揮させるわけにもいかない。

 文官として採用することは、弊害しかなかった。サイトにできるのは今の段階では、書類運びぐらいしかない。貴族である官僚から、小物、使用人扱いされるのは、本人がはなはだしく感情を害するだろうし、政府内でサイトが軽視される原因をわざわざ作るのは将来のことを考えるとマイナスでしかなかった。

 

 

 魔法学院に返すのが最良の選択と思われるのだが、これには、アンリエッタが強硬に反対した。

 「サイト殿はメイジではありません。魔法を学ぶ学院に在籍する意味がないではないですか」。目の前の二人にはほんとの理由が分かっていたが、口にはしない分別があった。

 

 

 落ち着いた先は、彼の者の領地であるオルニエールにて、まずはハルケギニアの文字を学んでもらうことだった。領主としても署名ができなければ話にならない。加えて、サロンで恥をかかないように文芸や音楽、歴史などの教養も必要だ。王宮での作法も覚えてもらわねばばらない。

 

 

 

 サイトの家庭教師を誰にするかは、案外、簡単に決まった。アンリエッタの推挙によるものであった。

 

 

 高位貴族の子女で、教養に申し分なく、しきたり、マナーに詳しい人物。官職を奉じておらず、オルニエールで暮らしても支障がない独身者。面識があり、少なからずサイトを理解している者となると、極めて限られるためだった。そして、アンリエッタにとって絶対の条件が、虚無の休日ごとに彼の領地を訪れることが明白な幼馴染の振る舞いを厳しくけん制できる存在。

 

 

 

 

 

 

 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール

 

 

 王立魔法研究所からはその時、盛大なくしゃみが聞こえたそうである。

 

  

 

 

 

 

 


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