サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第25話 消火

 

 「地図を、状況図を」とのサイトの要望は、即座に受け入れられた。タバサの頷きと共に、侍従が火事の進行方向などを赤字で書き入れた地図を目の前の机に広げたのだ。

 

 しばらく見入っていたサイトは、ブツブツと独り言を発した後、タバサとそこに居並ぶ司令部の全員に単独作戦の概要を説明した。まるっきり理解できない内容にも関わらず、異を唱える者はいなかった。もはや、現場でガリア政府の打てる手はなく、リュティスにいるイザベラが構築に取りかかっているはずの延焼防火帯だけが頼りの状況。サイトが何をしようと、「ご随意に」と言うしかなかったのだ。

 

 

 

 「どのような副作用が起きるか私にも分かりかねます。騎士団や軍の皆さんは山火事から3キロメール以上離れるようにお願いします」

 「ああっ、フネはもっと離してください。できれば、地上に固定しておいて」

 「この教会にも影響が来るかもしれません。各種のシールドを張って安全を心がけてください」

 

 

 

 

 これらの要請が実行に移されたことを確認して、サイトは足早に教会を後にした。リュティスからここまでサイトを乗せて来、伝令役としての務めも果たした老練な竜騎士に「申し訳ありませんが、もう一働きお願いできませんか。山火事のそばまで私を運んだ後はすぐに離脱してください」と依頼した。

 

 

 

 

 空き地から飛び立った竜。竜騎士が巧みに竜を操る。空を焦がす炎が間近に迫ったところで、「じゃあ、よろしく」とメイジでもないサイトが飛び降りた。

 

 「なんてことを!」と竜騎士は叫んだが、約束を思い出し、すぐに竜を反転させる。その際、首をねじって後ろを見ると、地面に向かって落ちつつあるはずのサイトが100メールの高さに浮かんでいた。いや、宙に立っていた。

 

 

 

 

 

 山火事の炎をおよそ200メール先にみて、サイトは笑みを浮かべて「とりあえず第一弾は成功だ」と背中の剣に呼びかけた。

 

 「おうっ、今の相棒に不可能はねえよ」。

 

 ヴェルサイテル宮殿の別室で、火事現場までの竜の背中で、サイトは魔剣を相手に消火方法の相談をした。紅い世界で碇シンジから分けてもらった力。その分析をデルフリンガーに頼んだ上での立案だった。

 

 

 

 

 宙に浮かぶことは成功した。なら、次の段階に進まねばならない。

 

 

 両手を伸ばし、掌を正面前方に向ける。

 

 しばらくするうちに、掌の方向、大樹が燃えてできる炎の上に青白いモヤが生まれた。モヤは徐々に膨らみ、直系100メールほどの球状に育った。

 

 

 サイトは両腕をおもむろに降ろしていく。掌が向く方向に合わせて巨大な、青白いモヤのボールが下がっていく。モヤが木々の先端に近づくと炎が消えた。そのままボールは地面近くにまで降ろされる。それに合わせるようにボール内部と近くの火が消える。

 

 

 

 上空のサイトは、青白いボールに掌を向けたまま、上半身をねじって山火事の帯に平行して走り始めた。視覚に秀でた風系統のメイジがすぐそばにいたのなら、サイトが宙を蹴る際、つま先を起点にして八角形上のオレンジ色の相転移空間がかすかにきらめくのが見えただろう。

 サイトの走りに合わせてモヤは命を吹き込まれたように動き出す。その青白さが触れるや否や、炎は収まっていく。と、同時にカン、キン、カキンという金属音が次々に響き渡った。

 

 モヤに四方八方から大気が流れ込む。一方で、モヤ近くまで流れ込んで、行き場を失った大気は地面に落ち、来た方向とは反対方向へ地表を流れて行く。大気同士が擦れ合い、あちこちで乱気流が生まれ、雲が生じた。中では雷鳴がとどろき、稲妻が輝く。

 

 

 サイトが宙で10キロメールを走り終えたとき、炎は消え去っていた。モヤが通り過ぎた後には嵐が巻き起こり、雪や雹が降り続けていた。

 

 

  

 

 「なんとか…消えたな……」とこけた頬でつぶやいたサイト。空からゆらゆらと落ちていく。意識を手放したサイトを魔剣が操り、地面に連れて戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最前線司令部は狐に包まれていた。

 山火事が消えていく。マッチの軸棒全部が燃えているようだった炎は端から順に鎮火し、その後には嵐が巻き起こっていた。火事場からは強烈な冷気がしのびより、サイトが命じたように各種のシールドを張っておかなければ、思わぬ事故が起きていたのは間違いなかった。

 

 

 確かに、単独作戦の説明は受けた。

 

 「燃焼の3要素のうち、どれかを取り除かねば、火は収まりません。でも、酸素や可燃物を取り除くのは広域すぎて無理です。となると、燃焼温度を発火点以下にするしかない。絶対零度までとは行かなくても、マイナス200度前後の冷熱を維持して炎にぶつけてみます」との内容が理解できるはずがなかった。

 ハルケギニアでは、「燃える」とは物質内部にある火の元素の反応によるものという考えが常識だった。居合わせたメンバーは、サイトの説明に曖昧に頷くことしかできなかったのだ。

 

 しかも、サイトの「危険だから、離れていて」という要請で、現場を近くから見ていた人間はガリア政府には誰もいない。遠目で宙に浮かぶサイトの前に青白い雲が生まれて、それが炎を次々に消していった、との報告しか司令部にされなかった。

 

 

 

 

 

 

 ただ、家々を焼かれて逃げる最中の村人数人が、山頂からこの光景を見ていた。

炎が森に帯状に広がる所に、青いパーカー、ジーンズ姿のサイトが空から降りてくる。

そして、神と見間違うほどの技で、業火を次々に消していく英雄の姿を。

 

彼らは、この光景を目に焼き付けてこう言い伝えたという。

 

 

 

 

 

 「その者、青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」

 

 

 

 

 

 


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