サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第21話 ロベール二等書記官

釣り好きのロベール・シャミエールは、駐トリスタニアガリア大使館の二等書記官である。

 

 祖父は男爵だが、父はその三男、さらに自らはその父の次男とあっては、相続する財産もなく、外務省役人として生活の資を得ていた。上層部がのめり込む政争とは距離を置き、日々の業務に精励することで、動乱の時代をも生き抜いてきた。数十年にわたる精勤の褒美がシュバリエ叙爵の栄誉。定年まで残り数年。その後は、勲爵士の恩給で悠々とは行かないまでも、釣り三昧の余生を送れるはずで「わが生涯もそんなに悪くはなかった」と思っていた矢先の命令だった。

 

 

 

 「サイトヒラガをリュティスの王宮まで召し出せ」というのが本国から大使館への通達であった。当然ながら、他国のシュバリエ、しかもトリステイン女王直属の騎士隊副隊長を王宮に呼び出す権限はガリア大使館にはない。しかも、呼び出す理由も、呼び出した後の処遇も書いていない。罪人扱いなのか賓客なのか。場合によっては、サイトのガリア内通が疑われる状況になる。これらを考えれば、あの神の左手ガンタールフが呼び出しに首を縦に振るとは考えられない。無理筋の要求である。

 ご丁寧に「これは最高首脳筋のご意向である」との添え文が付け加えられていた。ガリアで最高首脳と言えば、シャルロット女王陛下か副王で宰相兼務のイザベラ殿下しかいない。先だっては、シャルロット陛下が自ら「見舞い」と称して、このトリステインに両用艦隊を引き連れて姿を現したばかり。その時も大使館全員がきりきり舞いさせられたが、王家トップのシュバリエサイトに対する執着は尋常ではない。それだけに、もしもサイト召致に失敗すれば、担当者が王家から疎まれることは確実で、これまでの功績が一挙に無に帰しかねない。誰もが二の足を踏む命令であった。

 

 便せんに政府の印章が使われた通達を前に、しかめっ面で腕組みをする大使館の面々。誰もが口を開こうとしない中、大使がこう言った。

 「ふーむ、相手がシュバリエであるから、同格の者がかの者の所へ赴くのが当然であろうな」

 

 (えーっ、そこ? なんでそうなるの?)とは思っていても口に出せない。相手は、大使館トップにして伯爵だ。

 大使、公使に加え、上層貴族の子弟が多い一等書記官らはこれで候補から外れた。会議室の上席に居並ぶメンバーからは、災厄から免れたことでホッとした雰囲気が流れる。打って変わってどんよりとした空気に包まれたのが下座の二等書記官以下である。ただ、サイトと同じ勲爵士となると、わずか数人。

 その中から、白羽の矢が立ったのがロベールである。

 

 

 不幸中の幸いは、政府通達には期限が切られていなかったことだ。さらに「費用は大使館予算とは別途、政府から支給する」とある。ロベールは同情してくれた同僚の手を借りて、シュバリエサイトに関する資料収集に明け暮れた。釣りも同じだ。季節や時間、水温、川の流れを事前に把握し、それに合わせた釣り道具やえさを用意しなければ釣れる魚も手に入らない。トリスタニア繁華街にあり、サイト自身がよく通ったという酒場「魅惑の妖精亭」には、自ら足を運んだ。客を装い、おかまっぽい店長や妖精と呼ばれる従業員にも話を聞いた。「シュバリエサイトは、希代のヒーロー」とこちらから持ち上げると、皆、サイトが大好きなようで次々に彼にまつわるエピソードを明かしてくれた。彼の人柄や思考ルーチンなど多大な収穫はあったものの、チップ代は予想以上にかかった。経費精算できるだろうか、ちょっと心配になった。

 

 

 さて、これらのデータを基にしたうえでのシュバリエサイトについての分析結果。①権威や権力には屈しないどころか逆に反発する性分②金銭に執着しない③単純明快にして一本気。悪く言えば、お調子者にして向こう見ず④義理人情に厚く、助けを求められれば嫌とは言わない⑤蛇足だが、女性関係はルーズというか優柔不断。 ーーー世間一般では好ましい人物に分類されるのだろうが、権謀術策が渦巻く王宮では絶対に生き残れないタイプである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一週間後、ロベールはオルニエールへの車中にあった。訪問のアポイントメントは取っていない。下手に事前の約束を入れると、周囲の人間からあれこれ入れ知恵され、こちらの分析が無になる危険があったためだ。サイトが平日は領地にいるのは確認済みなので、直当たりで勝負に出ることにしたのだ。

 

 馬車が急カーブに差し掛かって大きく揺れ、オールバックにしていた銀色の髪がすこし型崩れした。それを軽く手で直してから、「始祖ブリミルよ。我を守りたまえ」。誰にも聞こえないような小さな声でロベールは十字を切った。

 

 

 

 

 突然の訪問にもかかわらず、待たされることなく応接室に案内された。館で働く配下の者は十人に足りないようだが、領主の人柄を反映してか、どの平民も素朴だが、温かな感じにあふれていた。応接室のソファに座る。回りを見渡すと、絵や彫刻などの装飾もない。誇るべき先祖がいないこと、金がないことの裏返しかもしれないが、シンプルにまとめられたセンスには好感が持てた。

 

 

 メイドが供じた熱いお茶を口にしたところで、館の主ガンダールフが現れた。やや遅れて、ブロンドの髪を持つスレンダーな美人も。目尻側がつり上がっためがねが険を感じさせるものの第一級の美人であることは間違いない。事前調査で上がった公爵ラヴァリエール家長女エレオノール嬢に間違いなさそうだ。

 

 型どおりの挨拶の後、ロベールが本題を口にした。「サイト卿には近々、リュティスの王宮をおたずね頂きたいのです」。けげんな顔をしたサイトとエレオノールを前に、ロベールは続けた。ここは一気呵成にこちらのペースに持ち込むしかないのだ。

 

 「実は、女王陛下がサイト卿の見舞いにトリステインを内々に訪れたことがガリア国内でも広まってしまいまして…。本復したにも関わらず、当のシュバリエ本人から見舞いに対するお礼がないのは、シャルロット女王陛下、王家、ひいてはガリア王国自体を軽く見ているのではないか!と憤る輩が王宮内の貴族だけにとどまらず、市井の平民にまで多数に上る状況となっております」

 「女王陛下は、この噂を打ち消そう、なだめようと大変、ご苦心なされているのですが、いかんせん、王位に登ってまだ日が浅く、その威信も下々まで届かず、王都は波乱含みの様相になっている由」。 嘘であった。王家の正当な後継者であるシャルロットとイザベラのタッグは強力で、ジョセフとシャルル兄弟から発する王家の仲違いが修復された今となっては、シャルロットに弓引こうとする者は皆無である。だが、疑似餌で魚を誘うには、本物以上の本物らしさが必要だ。それらしき形状、色彩を入れねば、魚は食いついてこない。

 

 「ついては、本国の混乱をこのまま手をこまねいて見ているわけにはいかず、駐トリスタニアガリア大使館の独断で、サイト卿にガリアへのお越しを、と伏してお願いに参った次第」とロベールは深々と頭を下げた。後は、魚が疑似餌に食いついてくれるのを願うしかない。

 

 

 「それはそうでしょうね」

 意外にも側面支援に出たのは、エレオノールだった。トリステインでも、功績のあった老臣、功臣の病気見舞いに王が自ら、または勅使を派遣して見舞うことはままある。快復した後には、本人がお礼に王宮に伺うのは常識だった。それをしないのは、王を軽んじている、叛心ありと思われても仕方がない。ガリア王自らがサイトの下に足を運んだのであるからして、答礼は欠かせないはずだ…。滔々と流れるような弁舌。王家の儀典、作法になまじ詳しいための推察だが、今回の場合、少々的外れとも言えた。だが、ロベールは、心の内でブロンドめがねに素直に感謝した。

 

 

 「そういうものなんですね。タバサに悪いことしちゃったなぁ」とサイト。腕組みしながら考える。

 早々にリュティスに行かねば、と思うが、問題はリュティススまでの交通手段である。ゼロ戦を使うのが一番てっとり早いが、他国の王都を戦闘機が飛来するのは、刺激が強すぎる。駐機する場所があるはずもなく、ゼロ戦を屋外に残して王宮に向かうことになるが、集まった野次馬がゼロ戦に何をするか分からない。次に早いのが、タバサに頼んでシルフィードを寄越してもらうことだが、ロベールの話からすると、「王の使い魔を借馬代わりにするとは何ごとか!」とガリアの憤激をさらに増すことになるだろう。空路が無理なら、少々日時は要するが、自分で馬車を用意して陸路を行くしかない…。リュティスまでの往復を考えると、従者の確保、宿泊費用などに多額の出費が強いられることになりそうだ。大身の貴族とは違い、サイトはしがないシュバリエ。さりとて旅費をまかなうために領民への税を増すことなどとても考えられず、どこからか借金するしかないが、ルイズやエレオノール、アンリエッタに頼むのは、男のとしてのメンツが立たないし、仲の良いギーシュら魔法学院の友人は皆、貧乏で、ハナから期待できない。

 

 「うーん」とうなったままのサイトを見て、ロベールが撒き餌を放つ。シュバリエサイトが裕福ではなく、個人で馬車を融通する余裕がないのも調査済みだ。

 

 「大変失礼とは存じますが、当大使館からリュティスへの馬車が出ますので、ご同乗いただけたら幸甚でございます」。「馬車が出ます」「ご同乗」とは方便だ。サイトのために馬車をあつらえるのだが、それを言ってしまって「なんか変だぞ」と感づかれる可能性がある。魚が疑似餌の前から逃げてしまわないように、ここはなんとしても、自然な風でリュティス行きを承服させねば。自分の、ひいてはガリア大使館の命運がかかっているのだ。

 

 

 

 

 「申し訳ない気もしますけれど、お願いしていいですか?」

 

 

 

 大魚が疑似餌を呑み込んでくれた。

後はばらさないように引き上げるだけだ。少々後ろめたいが、この気のいい若者を馬車でリュティスに送り込んでしまえば、ロベールは重責から放たれる。「やはり、釣りは男児一生の趣味」。帰りの馬車でもらしたロベールの独り言は今回も誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 


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