サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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第二章 第3新東京

 サイトはもやの中にいた。先ほどのゲートの中との違いは、意識だけの存在になっていることだ。見聞きなど五感はあるものの体がない。目の前に差し出したはずの手がそこに見えない。心だけがふわふわと浮かんでいるような感じだった。「ああ、とうとう俺は死んじゃったのか」とも考えたが、さほどの衝撃はない。

 もやが薄れ、周囲が明るくなってきた。街がある。ビルがある。看板には漢字やひらがな、カタカナが使われている。

 「やった。日本に帰ってきた」とサイトは小躍りした、したつもりになった。実体がないのだから仕方がない。

 

 だが、大きな街なのに、人がいない。自動車はみな道路脇や駐車場に止まっているだけ。動いている車は一台もない。あまりにも不自然だった。高層ビルが林立する大都会なのに山脈に取り囲まれており、どこか近未来的な臭いがあった。サイトがルイズに召喚される前の日本の都市とは、何かが決定的に違っていた。

 

 サイトが少し不安になった矢先。車道を行く車を見つけた。猛スピードで突っ走る青い車だった。サイトが自動車に詳しかったら、アルピーヌ・A310だと見抜けただろう。とりあえず、この車について行ってみよう。意識体のサイトは難なく時速200キロ近くで走る車に追いついた。背後から、次々に爆発音が響いてきた直後、車はドリフト走行しながら急停車し、道路脇に立っていた男の子を拾った。白いワイシャツに黒ズボン。中学生らしい。

 

 それからは走馬燈のようだった。ここが第3新東京と呼ばれる都市であること、碇シンジという名のあの少年は、国連直属の超法規的武装組織ネルフに運用される人造人間エヴァンゲリオンのパイロットとして、ネルフ総司令の父親から呼び出されたこと。少年は、使徒と呼ばれる未知の巨大生命体と戦い続けたこと、最後は人間同士の争いに巻き込まれ、少年と同僚の少女パイロットを除き、人々はLCLという液体に変わり、人類も、文明も滅びたこと。どれもサイトのいた平和な日本からは想像もつかない状況の連続だった。

 

 大気圏外には、サードインパクト時に第2使徒リリスから噴出した血が今もアーチを架けていた。地に落ちた白いエヴァンゲリオン量産機9体が磔のような姿で風にさらされていた。その世界で、どれだけの日々が過ぎただろうか。血の色に染められた海のほとりで、あの少年パイロットは一人で寄せる波の方を向いて体操座りしていた。泣き果てたせいか、もうその頬に涙はない。

 

 ある日突然、その少年によって沈黙が破られた。「ぼくは碇シンジだけど、あなたは?」。

 これまで、この世界の人と接触しようとしてことごとく失敗していただけに、サイトは驚いた。シンジは言葉を続けた。「うん、存在を感じるんです。もし、よければ海の中で自分自身を強く意識してもらえませんか。LCLからあなたの体を再構成できるかもしれない」

 

 アドバイスに従って意識を海に沈めたサイトは自分を強く念じてみた。ほどなくしてサイトは海から上がってきた。青いパーカーにジーンズという服を身につけたサイトはハルケギニアでの姿のままだった。

 

 「サイト。平賀サイトっていうんだ。よろしく、シンジ君」。

 シンジの隣に腰掛けたサイトは、これまでの人生を語った。シンジのいるこの世界とサイトがいた地球と日本が大きく違っていること、ハルケギニアという魔法が支配する異世界に召喚されてルイズという名の大貴族三女の使い魔となっていること、諍いが、戦闘が、戦争があったこと、そして、今までのご主人様に加えて、新たに女王からも使い魔契約された瞬間、意識が飛んだと思ったらこの世界に来たこと、死んでしまったらしく、シンジが第3新東京に来たときからずっと見守る以外できなかったこと、などをじゅんじゅんと説明した。

 

 まじめな顔で話に耳を傾けていたシンジだが、「そのアンリエッタさまってやっぱりルイズさんやティファニアさんより美人なんですか?」。葛城ミサトそっくりのにやにや顔で尋ねてきた。

 (美人だけど、ルイズも美少女だし、テファも綺麗なんだよなあ)とサイトが思いを巡らして返事に窮している間に、シンジがもう一つ真剣な表情で質問を重ねてきた。「その世界に帰りたいですか?」

 「ああ、戻りたい。あの世界の人々と結んだ絆が今の俺を形作っているんだ」。今度は即答だった。

 

 「力になれるかもしれません。僕の手を取ってくれますか。あちらでもサイトさんを呼んでいるようですし」

 

 サイトは教えられたように、左手でシンジの左手を、右手でシンジの右手を取った。二人は両腕をクロスする形で握手した。「痛いかもしれないですが、少し我慢してくださいね」と言いながらシンジは力を込めた。ロンギヌスの槍のコピーでエヴァ初号機の掌を貫かれたときに、シンジの掌にも刻まれた聖痕。この聖痕がうっすらと熱を帯び、つないだ二人の手の中が光を放ち始めた。魔法のある世界にいたサイトは、神にも近くなったこの少年の力を借りれば、ハルケギニアに戻れることを直感で理解した。理解したからこそ言わねばならなかった。「俺が帰ってしまったら、シンジ君はこの世界でどうするんだ?」。サイトはズキズキする痛みを掌に感じながら口を開いた。

 

 「綾波とカヲル君からリリスとアダムの力と魂を受け継いでしまいました。望んでなんかはいなかったんですけどね…。だから、もう少し、この世界で僕の果たす役割を考えてみます」。

 

 掌からの光は、サイトがもう目を開けていられないほどの輝きになった。

 次の瞬間、サイトを構成した肉体はLCLに戻り、サイトの意識が飛んだ。浜辺の砂に残されたLCLの染みを見たシンジはつぶやいた。

 

 「さようなら、サイトさん」

 

 


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