サイト君、がんばる   作:セントバーナード

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女王陛下、駄目ですよ、駄目。いくらなんでも、それは無茶というものです。

「そう、よく分からないわ、私は3番目だと思うから」



第一章 召喚の儀

 それは、トリスタニア王宮内の屋外練武場で行われた。

 使い魔召喚の儀。儀式の主は、アンリエッタ・ド・トリステイン。しばらく前に王冠を戴くようになったものの、その美しさは「トリステインの花」と称された王女時代と何ら変わらない。

 

 練武場には、不測の事態に備え、魔法衛士隊、女王直属の銃士隊、水精聖霊騎士隊が控える。さらに、各大臣、諸侯、官僚たる法衣貴族、王国におけるブリミル教の最高位たる大司教の姿も。

 皆、一様に口元を引き締めている。これから起きることの想像が付かないのだ。魔法学院で十四、五歳の学生が進級条件として実施する儀式とは訳が違う。国の、トリステイン王家の威信がかかっているのだ。

 

 

 アンリエッタはこの場に至るまでの数々を思い出していた。

 

 父亡き後、その友情に殉じる形で、宰相としてこの貧しい国を支え続けてくれたマザリーニ枢機卿。

「歴代の王が使い魔を召喚しなかった理由には、訳があるのですぞ。王の使い魔と家臣の順位付けはどうするのか? 王の使い魔を傷付けた者への処罰は? ドラゴンよりも巨大な魔獣が現れたら、その食費も尋常ではありません」

「王族の多くは熟練の魔法の使い手です。それゆえに高位の使い魔が現れるでしょう。トリステイン王家は代々、水魔法の使い手を輩出しております。水系統の使い魔なら、蛙、水鳥、魚? それらなら幸いです。しかし、マーマンやサイレーンが現れたら? はたまた、シーサーペントやクラーケンならどういたします? その飼育場所の設営も含めて国が傾きますぞ」

「けれど、貴族の範となるべき王が使い魔の処遇で他国に恥じるようなことはできません。これらゆえに、王は召喚を行わないのです。なにとぞ、考えを改めていただけますよう」

 

 マザリーニは王母たるマリアンヌまでも引っ張り出して説得に当たったが、アンリエッタは頑として肯んじなかった。「アルビオンはジェームズ王、ウェールズ皇太子が戦火に倒れ、チューダー家は途絶え、今も混乱の極みにあります。トリステインもまた同じです。「浅薄非才の身で王位に登りましたが、もし、私を狙う者があり、それが成功したならば、当家もこの国も滅びに面することになるでしょう。

「王家の盾となるべき魔法衛士隊もグリフォン、ヒポグリフは今や隊の形をなさず、残るのはマンティコア隊だけ。だからこその使い魔召喚なのです。身近にいて、私を常に守ってくれるものがこの非常時、絶対に欠かせません」

 

 理路整然と必要性を述べるうら若き女王。老練なマザリーニも「よくぞ成長なされた」と若干のうれしさをかみしめながら、その弁に屈するしかなかった。ただ、いざというときのために、屈強で精悍な兵を、ことの成り行きを国民に納得させるために、武官文官、諸侯ら主要な人々を立会人に付けさせることを条件にするのが精一杯だった。

 

 

 そして、今。

 

「我が名は、アンリエッタ・ド・トリステイン。五つの力を司るペンタゴン。我のさだめに従いし、使い魔を召喚せよ」

 

 相伝の王杖に据えられた握り拳ほどのサファイヤが水色の半弧を描くように見えた後、女王の前に銀色に光る枠が現れた。高さは約2メール強。大きさはその4分の1。とりあえず大海獣が召喚されることはなさそうだ。娘の召喚と王家の行く末を心配して参列していたマリアンヌ太后は、傍らに控えた宰相から安堵の息が漏れるのを聞いた。

 

 だが、吐息さえ聞こえるような静寂は突如、破られた。「おおおおおっ!」というどよめきが女王の右斜め前方20メイル周辺から上がったためだ。

 

 そこには、アンリエッタの目の前にあるゲートと同じものが出現していた。水精霊騎士隊の副隊長サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールの真ん前だった。

 

 状況を理解し、最初に動いたのは、近くにいたギーシュ・ド・グラモン隊長。貴族ならではの功名心と麗しき女王陛下とキスできるチャンスを逃すまい、という彼ならではの多大なスケベ心に煽られてゲートに歩を進めた。サイトの隣という地の利があっただけに迅速だった。だが、足早に歩を進めたものの、彼の熱意が実を結ぶことはなかった

 ゲートの奥はもやがかかったように見えるのに、その表面は目に見えない壁で覆われていた。前屈みでゲートに飛び込もうとしたギーシュは、額をガラスのようなものにひどくぶつけて目を回した。

 それを見て「どいてどいてどいて」と転がり込んできたのはマリコルヌ・ド・グランドプレ。「なんで、サイトばっかり」と嫉妬の炎で火だるまとなったマリコルヌは右45度の角度でゲートに飛び込み、そのままの勢いで左45度の方角にはじかれていった。

 

 銃士隊の隊列からは、隊長のアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランが「陛下の危機(主に貞操面で)」とばかりに進み出た。前二人の愚行を見ているだけに、ゲートの前ですっと右手を差し出すにとどめた。上から下まで、右から左までを触れたが、どの場所も硬質ガラスのよう。指一本、内部に入ることがない。

 

 誰も動かず、動けなくなってから数分が経過した。魔法力が費消され二つのゲートは徐々にその輪郭がぼやけて来る。

 サイトが左を向き、可憐な女王に視線を移す。まるで親とはぐれた子犬のような不安そうな瞳でこちらを見つめる女の子がそこにいた。

 

 

 背中のおしゃべりな剣が「覚悟を決めるしかなさそうだな、相棒」とささやいた。

 ピンクブロンドのご主人さまの怒った顔が目に浮かぶ。それでも、こちらを見つめる女の子を泣かすわけにはいかない。

 サイトは意を決して一歩、また一歩ゲートに向かう。あれだけ他の人を拒んでいたゲートはなにごともなかったように正当なるゲストを迎え入れた。

 

 サイトがゲートに消えてからおよそ10秒後、アンリエッタの近くのもう一つのゲートの内部が揺れた。そのもやの中にサイトの姿が浮かび、右足からゲートの外に足を踏み出した。「そう言えば、こけたりしないでこの門をくぐるのは初めてかな」。彼はどうでもいいことを考えていた。

 

 ゲートを抜け出したサイトは、アンリエッタの正面に立った。

 アンリエッタの頬はこれからのことを思って、軽く上気していた。使い魔にサイトを喚ぶ、という最初の賭けに彼女は勝利した。

 この賭けは本当に運否天賦だった。きっかけは、アルビオン王弟・モード大公の娘で、従姉妹に当たるティファニア・ウエストウッドがその想いの強さだけで、ルイズの使い魔であるサイトを使い魔にすることに成功したと聞いたからだ。

 ティファニアは虚無の担い手ゆえに成功したのでは? 使い魔一人に主人が二人というのも前代未聞だが、さらに加えて三人はあり得るのか? ゲートがサイトさんの前に開いたとして、ルイズを好きなサイトさんが私の使い魔になるのを承諾し、ゲートを抜けてくれるのか? さまざまな疑問と不安がアンリエッタにまとわりついた。しかし、サイトを使い魔にしない限りは、ルイズと対等の位置には決して立てないのだ。

 「サイトさんを慕う心はルイズにも、テファにも負けていない」。やるしかなかった。

 

 まっとうそうな理屈を付けてマザリーニを説き伏せた。マザリーニが安全のため、魔法衛士隊を控えさせることは想定のうち。そこに、銃士隊と水精霊騎士隊を女王直属の近衛だから、という名目で加えさせた。これで、もう一つのゲートがサイトさんの前に現れるか、その場で確認できる。サイトの前にゲートが開かれなければ、「気分が優れない」と言って、すぐに召喚の儀を取りやめるつもりだった。

 

 サモン・サーヴァントはメイジにとって基本中の基本の魔法であるにも関わらず、分からないことだらけだ。その仕組みは不可解ながら、想い人を呼び出せたアンリエッタはその賭けに勝ったと言える。この勝負に比べたら、次に控える人間相手の問題は、はるかに対処が容易だ。手も打ってある。目を三角にして怒り出しそうなルイズは、他の生徒とともに魔法学院に授業と言う名で幽閉中だ。

 

 

 

 「サイトさん、私の召喚に応じていただき、まことにありがとうございます。コントラクト・サーヴァントをしとう存じます。どうぞ、こちらへ」

 サイトをにこやかに招き寄せたアンリエッタは再び、王杖を掲げ、呪文を唱え始めた。その声は先ほどの召喚呪文と比べてはるかに大きい。練武場にいる全ての者の耳に届いた、アンリエッタの狙い通りに。

 

「我が名は、アンリエッタ・ド・トリステイン。始祖ブリミルの直系にして、王国トリステインを統べる者なり。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔にして生涯の伴侶となせ」

 

 「?」。最後の言葉にサイトがあっけにとられている間に、アンリエッタはサイトの頭をかき抱き、その唇を奪った。

 

 

 練武場あちこちから声が上がった。「えええええっ」「使い魔に加えて、伴侶?」「どういうことだ?」「陛下は何を?」

 

 

 喧噪がさめやらない中、ずっとサイトに口づけしていたアンリエッタが名残惜しそうに顔を放す。「これからはずっと、ずっと一緒ですわよ。サイトさん」。サイトにしか聞こえないように小さな声でささやいた。

 

 アンリエッタの野望が適ったと思った瞬間、サイトが膝から崩れ落ちた。その黒髪が地面に着きそうになるのをアンリエッタは両手で必至に押しとどめた。王杖は投げ捨てられ、純白のドレスが土にまみれるのも気にしなかった。「ドクター、ドクター!」。女王の悲痛な叫び声が練武場にこだました。

 

 

 

 

 

 




投稿小説は初めてです。プロットは完成しているので、最後まで書けたらいいな、と思っています。

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