東方萃儀伝   作:こまるん

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心の声

「さ、さて。双方落ち着いたところで、弾幕の話に戻りましょうか。」

 

 少したって、落ち着いたらしいさとりさんが声をかけてくる。

 まだ少し頬が紅いような気もするが、そこを突っ込むのは野暮と言うものだろう。

 

「はい。お願いします。」

 

 俺の返事を聞き、コホンと咳払いをする。

 

「基本となる弾幕はだいたい見せ終わりましたし、萃儀さんも弾幕を撃ってみましょうか。

 先ず、身体の内側へ意識を傾けてください。

 何らかの力を感じませんか?」

 

 その言葉に、意識を自らの内面へ向けてみる。

 すると、確かに、身体の奥底の方から何かを感じることができた。

 

「その力を、身体に循環させて下さい。」

 

 その言葉の通り力を操ろうとするのだが、どうにも上手くいかない。

 

「えっと…そうですね。井戸から水をくみ出す感じでやってみてください。」

 

 井戸から汲みだす…。

 うーむ。確かに力自体の存在は感じるんだけど…。

 

 俺が悪戦苦闘していると、背中に優しく手が置かれた。

 さとりさんだろう。

 

「サポートします。少し探りますね…。」

 

 暫く無言になるさとりさん。

 俺が力を操れない原因を探っているのだろうか。

 

「これは…霊力ではない……?

 妖力とも違いますし……。」

 

 何かわかったのかな?

 

「いえ。ますます謎が深まるばかりでした。

 どうも、萃儀さんの奥に眠っている力は、霊力でも妖力でもない…、もっと別の何かのようです。」

 

 別の…何か…?

 

「はい。透き通っているかのような不思議な力を感じます。

 何らかの原因によって奥底に封じ込まれているみたいですが、記憶がないのと何か関係があるのでしょうか?」

 

 うーん。やっぱり心当たりはないかな…。

 

 封じ込まれている云々は気になるが、皆目見当もつかない。

 

「そうですか…。

 どうします?試しに私の妖力を流し込んでみましょうか?

 制御のサポートはしますし、弾幕を撃つくらいならできると思います。」

 

 さとりさんに力を借りて撃つということかな?

 

「ええ。どうやら萃儀さんの力は使用できないみたいですので。」

 

 さとりさんがそれで大丈夫なのならばお願いします。

 

「では、力を流し込みますね…。」

 

 触れられた手から、力強くも優しい流れを感じる。

 それは、俺の身体の奥底まで流れていき……

 

――そこからは、直感だった。

 

 とっさに振り返り、きょとんとしている様子のさとりさんを突き飛ばす。

 

――パリィン!

 

 同時に、何かが砕けるような声が響き渡る。

 

 さとりさん、ごめん…。

 

 最後の謝罪が伝わったのかどうか。

 確認するまもなく俺の意識は闇に飲み込まれた。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 うーん…。一体なんでしょう、これは。

 確かに何らかの力は感じるんですが、用いることはできないようですね…。

 そもそも、霊力でも魔力でも妖力でもないようですが…?

 

 萃儀さんにもわからないみたいなので、一先ず謎の力については棚上げすることにする。

 

 このままでは萃儀さんは弾幕を撃つことができませんね…。

 少し効率は悪くなりますが、一つ方法が無いわけではありません。

 

「どうします?試しに私の妖力を流してみましょうか?」

 

 そうすれば、弾幕を撃つくらいならできるかもしれない。

 

 そう提案したところ、二つ返事で了承を得たので、彼の背中に手を置く。

 

 間違っても萃儀さんを傷つけないように。

 極力、力を抑え、ゆっくりと私の妖力を流し込む。

 

――ドンッ

 

「え?」

 

 突然、真剣な顔をした萃儀さんに突き飛ばされた。

 

――さとりさん、ごめん――

 

 僅かに聞こえた謝罪の言葉。

 

 瞬間、凄まじい風が流れ込んでくる。

 発生源は――萃儀さん!?

 

 萃儀さんを中心として、暴力的なまでの風が吹き出す。

 その中心からは、これまで見たこともない程に途方もない強さの力が溢れだしている。

 

 その力はみるみるうちに膨れ上がって行き、あわや私も飲み込まれるか――

 

 …と身構えたところ、突如力は消え去り、先程までのが嘘だったかのように辺りが静まりかえる。

 

「今のは一体…?」

 

 舞い上がっていた土埃も止み、ようやく萃儀さんの姿を確認できるようになってきた。

 

――あれ? 

 

 彼に駆け寄ろうとして、あれだけの力の流れの中にいたのにも関わらず衣服の乱れさえないことに気付く。

 

――いや、それじゃない…。

 

 彼がゆっくりと瞼を開ける。

 

 そこで、ここまで感じていた違和感の正体に気付いた。

 

――彼の心の声が聞こえないっ!?

 

 萃儀さんの下まであと数歩というところで足が止まる。

 

――何故。どうして。

 

 フラッシュバックされるのは、私の中で最もつらい記憶。

 

『お姉ちゃん、ごめんね…。』

 

 彼女は、こいしは、そう行って心の瞳を閉ざしてしまった。

 それ以来、こいしの心の声は聞こえない。

 

 私が、私が不甲斐ないばかりに、最愛の妹は心を閉ざしてしまった。

 

 『ごめん』 『ごめんね』 

 

 謝罪の言葉が脳内でこだまする。

 

――やめて。貴方たちが悪いんじゃない。

 

 霞む視界のなかで、萃儀さんが目を開け、こちらへ歩み寄ろうとしているのが見えた。

 

 

 意識は戻っている。

 

 

 なのに、心の声が聞こえない。

 

 

――私は、また間違えた――?

 

 膝から力が抜ける。

 

 ガクン と崩れ落ちようとしたところを、何かに正面から支えられた。

 

「…と……ん!……さん!」

 

 ああ…こいし…萃儀さん…

 

 こんな不甲斐ない私でごめんなさい……。

 

「さ、と、り、さん!」

 

 耳元で聞こえた叫び声に、はっと我に返る。

 

 ぱっと開けた視界には、私の身体を支えながらも、こちらを心配そうに見つめている萃儀さんの姿が。

 

「すいぎ…さん…?」

 

 思わず名前を呼ぶと、彼は深く頷く。

 

「俺は、大丈夫です。」

 

 彼は力強く宣言した後、困ったように頭をかき、言葉を繋ぐ。

 

「さとりさん。貴方が何を想っていたのかは、俺には全く分かりません。

 ですが、これだけは言えます。

 俺は大丈夫。ちゃんと無事にここに立っています。」

 

――だから、安心してください。

 

 心にしみいるようなその言葉に、また視界が滲む。

 

 目から溢れ出るものを隠そうとして、萃儀さんの胸に顔をうずめてみる。

 

 

「ごめんなさい…少しだけ…このままで…。」

 

 

 殆ど声にはなっていなかったと思うが、彼には伝わったようで。

 

 両手を私の背中に回し、抱きしめてくれた。

 

 

 彼の胸は温かく、気持ちが安らいでいく。

 張りつめてた気持ちは徐々に弛緩していき、私はゆっくりと意識を手放した。

 

 

――萃儀さん、ありがとう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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