東方萃儀伝   作:こまるん

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さとりとの出会いが萃儀の運命を決定づけるのは間違いないので、本来の意味とは少し違いますが、「邂逅」を使うことにしました



古明地さとりとの邂逅

「さあ着いたよ。ここが地霊殿だ。」

 

 勇儀に案内されること10分。

 俺は、見たこともないほど巨大な洋館の目の前にいた。

 

 噴水のある大きな庭を越えた先には、人が通るには少し大きめの扉が威厳を持って佇んでいる。

 館はかなり大きく、かなりの人数が収容できそうだ。

 

「ニャーン」

 

 門をくぐって庭に入ると、ふと、足元から声が聞こえた。

 見ると、人懐っこそうな黒猫がこちらを見上げている。

 

 俺は無言で猫に手を伸ばし、撫でまわす。

 

 くすぐったそうにしつつも、目を細める黒猫はとても愛くるしいものだったが、暫く撫でていると、黒猫は思い出したかのようにふらっと館の方へ去ってしまった。

 

「あー。行っちゃった。ここの飼い猫かな?」

 

「まぁ、猫ってのは気ままな生き物だからねぇ。」

 

 俺のつぶやきが聞こえたのか、萃香が答える。

 

「まぁ今のは気ままな行動と言うよりは…いや、すぐにわかるだろうし言わないほうが面白いか。」

 

 何かを言いかけた勇儀だったが、何を思ったのか口を閉ざしてしまった。

 

「なんだよそれ!余計気になるじゃないかー!」

 

 萃香が食って掛かるが、勇儀は笑って受け流す。

 

「まぁまぁ、すぐにわかるって。

 とりあえず、中に入るぞ。」

 

 そういって扉を押し開ける勇儀。

 

 両開きってなんかカッコいいよなぁー と俺がどうでも良いことを考えていると、

 

「ようこそ、地霊殿へ。

 何か御用ですか?」

 

 前方から声が聞こえてきた。

 

 見ると、桃色の髪をした少女が、ゆっくりと階段を下りながらこちらへ向かってきている。

 

「ああ。突然押しかけてすまないな。

 今日は、少し頼みがあってきたんだ。」

 

「あなたが私に頼みごとなど珍しいですね。

 …成程。そういうことですか。」

 

 不思議そうな顔をした彼女だったが、左胸にある目に触れたかと思うと、納得したかのように頷いた。

 

 成程ね。あれが第三の目ってやつか。

 ということは、目の前にいるのが、ここの主と言う古明地さとりさん?

 

「ええ。お初にお目にかかります。ここの主をしています。古明地さとりです。」

 

 ホントに心読めるんだなぁ。

 

「そうですね。私はこの目を通して、他者の心を見透かすことができますので。」

 

 あっ、俺だけ名乗ってないや。流れで名乗り忘れるところだった。

 

「大丈夫ですよ。心を読めば「そういうのはちゃんとやるものなんですよ。」…はい。」

 

 いくら心を読めるとはいっても、自己紹介とかはちゃんとしないと。それが礼儀ってものだ。

 

「俺は…萃儀。苗字はないです。自分の出自や能力については自分でも全くわかっていません。」

 

「私の心を読んだならわかっているかもしれないが、頼みってのは、萃儀のことなんだ。」

 

 勇儀が続く。

 

「萃儀さんの過去を、この目で読み取ることができるのかどうか。

 もう一つは、住む場所がない萃儀さんをここに住まわせてほしい、と。」

 

「そうそう。話がはやくて助かる。」

 

 確かに、心を読めるさとりさんなら、俺が自分で分からない心の深層の記憶まで読み取れるかもしれない。

 

「そこまで期待されても困るのですが…。

 それでは、少し深く読んでみます。お待ちくださいね。」

 

 そういうと両手を胸の目に当て、目を閉じるさとりさん。

 集中しているのだろうか。彼女の周りを黒猫がくるくると回っているが、反応を返さない。

 って、あの猫、さっき庭先にいた黒猫じゃないかな?

 さとりさんの飼い猫だったんだ。

 

 …それにしても、猫に懐かれる姿と言い、物腰と言い、とても地底中で嫌われている妖怪とは思えないな。

 外見だって、どれだけ恐ろしい姿をしているのかと思えば、むしろ逆。めっちゃ可愛いし。

 性格も悪そうに見えないし、なんでそこまで嫌われていたんだろう…

 

「あ、あの。…萃儀さん?」

 

 あ、はい。何でしょう。

 

「何かわかったのか?」

 

 勇儀が身を乗り出すようにして問う。

 

「い、いえ、残念ながら。

 深層を視ようとしても、黒い靄のようなものがかかっていて上手く視ることができませんでした。

 ご期待に副えず申し訳ありません。」

 

 そういいながら頭を下げるさとりさん。

 

 まぁ、そっちはダメ元だったし仕方ないよなぁ。

 自分でも分からないことがわかるわけないか。

 

「いえ。そんなことで頭下げないでください。過去の俺の事は自分でどうにかしますよ。」

 

 俺がそういうと、さとりさんは顔を上げ、勇儀と俺と見る。

 

「その代りというわけではありませんが、もう一つの件はお任せください。

 萃儀さんが望む限り、ここ地霊殿で受け入れますよ。」

 

 微笑むさとりさん。

 

 おおそれはありがたい!見ず知らずの俺を受け入れてくれるとは優しいなぁ。

 ホントに、卑怯で卑劣とか根も葉もない噂流したやつ誰だよ殴り飛ばしに行ってやろうか。

 

「萃儀!良かったじゃあないか!」

 

「ホントだね!勇儀がここに行くって言った時は正直不安だったけど、来てよかったよ!」

 

 自分の事にように喜んでくれる勇儀と萃香。

 この二人と言い、さとりさんといい、今日はやたら良い出会いに恵まれているよなぁ。

 

「……それでは、早速ですが空いている部屋へ案内しますね。」

 

「ああ、さとり。ちょっと待ってくれ。」

 

 踵を返そうとしたさとりさんであったが、勇儀に呼び止められ、また振り返る。

 

「折角こうして対面してるわけだし、軽く話さないか? 萃香もいるし。」

 

 手に持つ杯を掲げて勇儀が提案する。

 

 それを聞き、勇儀と萃香を一瞥し溜息をつくさとりさん。

 

「…全く、貴方たちは飲むことしか考えてないんですか…。

 まあ良いでしょう。準備してきますので居間でお待ちください。

 

 お燐、萃儀さんを客室まで案内してあげなさい。」

 

 さとりさんがそういうと、足元にいた黒猫が俺の側まで来る。

 

 へー。この子、お燐ちゃんって言うんだ。

 案内してくれるってことは、後ろについて行けばいいのかな?賢い猫なんだなぁ。

 

 そんなことを考えながら見ていると、お燐ちゃんは突如発生した煙に包まれる。

 

 そして、煙が晴れた後には、猫耳、二本の尻尾を生やした赤髪の少女が立っていた。

 

「やっほー、お兄さん。自己紹介が遅れたね。

 あたいは、火車の火焔猫燐。お燐って呼んでね!」

 

 快活な様子で自己紹介してくれるお燐…さん?

 

「あ、ああ。宜しく…。」

 

 え?さっきまでこの子猫だったよな?

 動物って皆こんな感じに人になれるのか?

 

「いえ、人の姿をとるにはかなりの力が必要です。それ程の力を持つのは、そこのお燐と、地獄烏のお空だけですよ。」

 

 すかさず疑問に答えてくれるさとりさん。

 ホント便利だよね助かります。

 

「い、いえ。感謝されるようなことは…。

 コホン。お燐、二回の奥の部屋は空いていたはずだから、そこへ案内してあげなさい。」

 

「はーい。さとりさま。

 ほら、行くよお兄さん!」

 

 そういうと、また猫の姿へ戻り、階段を駆け上がっていってしまった。

 

 後を追う…前に。

 

「さとりさん、俺なんかを拾ってくれて本当にありがとうございます。

 暫くの間、宜しくお願いします。

 勇儀、萃香も、見ず知らずの俺に名前を授けてくれたばかりか、ここまで付き合ってくれてありがとう。この借りはいつか返すよ。」

 

 三人に頭を下げてから、俺も階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

「さあ、ここがあんたの部屋だよ。

 一応、生活に必要なものは揃っているはずだけど、足りないものがあったら何でも言ってね。」

 

 部屋についたところで、再び人型に戻っていたお燐に説明を受けた。

 

「それじゃ、あたいはこれで。晩御飯の時は呼ぶから、それまでゆっくりしていると良いよ。

 明日からはいろいろ働いてもらうけどねっ!」

 

「ああ。案内ありがとう。お燐…さん。」

 

 俺がそういうと、お燐は一瞬きょとんとした顔になったが、直ぐに笑顔になる。

 

「あはは。あたいには『さん』はいらないよー。

 『お燐』って呼び捨てにしてくれるほうが嬉しいかなー。」

 

 正直どう呼んだものか困っていたので、そういってもらえるのは助かる。

 

「わかった。お燐、ありがとう。」

 

「はいはい。それじゃ、また晩御飯の時に呼びに来るよ!」

 

 お燐はまた猫の姿に戻り、廊下を駆けていった。

 それを見送って、部屋に入る。

 

 部屋は結構な広さで、俺一人が過ごすにはもったいないくらいだ。

 部屋の隅に置いてある、これまた一人には広すぎるくらいに大きいベットに寝転ぶ。

 

 

 …それにしても、いきなり訳の分からない場所に放り出されたときにはどうなることかと思ったけど、いい人たちに恵まれて本当に良かった。

 当てもなくあたりをさまよい続け野垂れ死ぬ可能性だって高かった訳だからな…。そう思うとぞっとする。

 自分が何者であるかさえもわかってない今の現状だが、今は出来ることをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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