ここでは多くは語らないで置きます。今話の空気を崩したくないので。
それでは、本編を。
萃儀と魔理沙が話をしている間、さとりは執務室…ではなく、自分の部屋にいた。
彼女は、ベッドの上で膝を抱え、うつむく。
脳をよぎるのは、先程までの会話。
――あくまで居候させてもらってるだけで、そういう特別なことは全く無いぞ――
…当たり前…です。
私がたまたま彼を保護して、住む場所が無かった彼がたまたまここに住んでいるだけなのですから…。
――魔理沙、詳しく話を聞いても良いか?――
あの食いつき方…機会が有るのならすぐにでも外に行きたいという感じでしたね…。
そこまでここを離れたい…のでしょうか…。
――『飛行可能』ってのが武器になるのはわかったかな――
彼に空の飛び方を教えた時、初めて空を飛んだ彼の嬉しそうな顔は本当に素敵でした。
…でも、あれが無かったら、彼はここを出て行こうとしなかったのでしょうか……
…いえ、それは違いますね…。
それはあくまで要因の一つにすぎません。
そして、部屋を離れる際に聞こえてきてしまった言葉。
――ああ、悪いけど頼んで良いか?――
…もう、決めてしまったのでしょうか…。
別にあなた自身のことですから、私がとやかく言う権利はありません。
…けど、一言くらいは相談してほしい…そう思うのは我儘でしょうか…。
分かっていた。
彼がいずれここを出て行ってしまうことも。
分かっていた。
彼に想いを告げるなんて許されないということも。
分かっていた。
彼に…彼に、会えなくなる日がいずれやってくることも…。
私は覚り妖怪。
ありとあらゆるものから、畏れ、忌み嫌われるもの。
そんな私が、地上にいる彼の下に赴けば。それを誰かに見られでもすれば。
彼は地上に居場所がなくなってしまうかもしれない。
…だから、私はもう彼に会うわけにはいかなくなる。
愛しいあなたに会えないのは辛いけれど。
想像するだけで胸が張り裂けそうだけど。
「初めから…わかっていたことだから…。」
自分に言い聞かせるように呟く。
「あんたは、本当にそれで良いのか?」
唐突に飛んできた声に、はっと顔を上げる。
視線の先には、壁にもたれかかって腕を組んでいる魔理沙の姿があった。
「い、いたのですか…?」
「ああ、結構前からな。」
魔理沙の物言いに、はぁと息をつく。
…だから貴女は苦手なんです。ペースが狂う。
軽く咳払いをして、何事も無かったかのように立ち上がる。
「…お見苦しいところをお見せしました。
先ほどの問いについてですが、全く問題ないとお答えしておきます。」
あくまで魔理沙の目を見据えて返す。
そう、問題ない。
少しばかり形が違うとはいえ、助けた相手と会えなくなるのなんていつものことだから。
「…そうか。」
「…ええ。」
お互いに小さく返す。
これでこの話はおしまい。そう思った矢先だった。
「…なら、なんであんたは泣いているんだ?」
「――っ!?」
思わず、両頬を手で覆う。
そこは、確かに冷たく濡れていた。
そんな私の様子をみた魔理沙は、大きく息を吐く。
「…はぁ、なんでこう、揃いもそろってこんなんなんだ…?」
呆れるように言う彼女だが、その言い方は少し引っかかる。
「『揃いもそろって』…?」
私の問いに、彼女は首を振る。
「いや、こればかりは私の口から言える問題じゃないんだ。
あんたらが、二人で話すことだ。」
ここで彼女の心をしっかりと読めば、答えはすぐそこにあるのだろう。
…でも、それは絶対にやってはいけないことのような気がした。
「萃儀さんと、二人で…ですか。」
魔理沙は深くうなずく。
「…ああ。あんたが胸の内でどこまで考えて、どう思い詰めているのかは私にはわからない。
けれど、泣くほど辛いんだろう?あいつが地上に行ってしまうのが。
一度で良い。ちゃんと話して来たらどうだ。」
「…でも、そんなことをしたら、優しい彼を悩ませてしまうかもしれない…!」
私の言い分に、魔理沙は呆れたように息を吐く。
「…あんたは何を言っているんだ?
恋愛ってのはそういうものじゃないのか?
悩ませるかもしれない。困らせるかもしれない。だから伝えるのを辞めます。
違うだろ!
抑えきれなくなった想いをぶつけて、話し合って。ダメならダメで仕方ないじゃないか。
話さなければ、万に一つもないんだぜ?
言うべきことも言えない。その後悔が死ぬまで付き纏うかもしれない。
あんたは本当にそれで良いのか?」
彼女は、そこで一度言葉を切ると、小さく息を吸う。
「良いじゃないか。悩ませてやれば。
あんたをこれだけ悩ませた馬鹿に、少しくらいその悩みを突き返してやれよ。」
魔理沙のあまりの言いように、思わず吹き出してしまう。
「…そうですね、最後に少しくらい、困らせるのもありなのかもしれませんね…。」
…二度と会えなくなる前に。
彼を一度、大きく困らせてしまうというのも、それはそれで良いのかもしれない。
そう考えてみると、心のモヤが晴れたような気がした。
「…あいつなら、居間にいるはずだぜ。」
「ありがとうございます。」
行って来いとばかりに親指を立てる魔理沙に微笑み返す。
――ごめんなさいね。私は、今からあなたを困らせに行きます。
――優しいあなたは、このことで思い悩んでしまうかもしれない…
――けれど、一度だけ。一度だけで良いから、この私の我儘を許して。
貴方が出て行ってしまう前に。
貴方に会えなくなる前に。
手遅れになってしまう前に。
この、禁忌の気持ちを。
私の『好き』を。
萃儀さん、貴方に伝えます――
覚悟を決めた彼女の想い。
それはもう、誰にも止められない。