…さて、さとりさんを抱えたまま、部屋の前まで来たわけだが…。
これ、部屋に入っちゃって良いのかな?
さとりさんの部屋なんて入ったこともないのに、主の許可を得ずに入って良いものなのだろうか。
でも、部屋に運べと言われたしなぁ…。
三十秒ほど悩んだところ、一つ名案が浮かんだ。
――そうだ、俺が借りている部屋に寝かせて上げれば良いんだ!
あの部屋もかなり広いし、ベッドも十分な大きさがあって、寝心地はとても良かった。
あそこでも充分休ませてあげることができるだろう。
そうと決まれば、早速俺の部屋に移動し、ベッドに向かう。
衝撃で起こしてしまわないように、その華奢な身体を丁寧に横たえた。
布団では暑いかもしれないな。タオルケットあたりが良いかもしれない。
そう考えて、タオルケットのみを身体にかけてあげる。
…こんなところだろうか。
…そういえば、私服で寝ると寝苦しくなるから、私服で意識を失った場合は衣服を緩めてあげると良いというのを聞いたことがあるような…。
一応タオルケットを取って、さとりさんの様子を確認する。
幸い、さとりさんの私服はかなりゆったりしているようで、首回りなども含め特にきつそうな所は見当たらない。
ただ、さとりさんの腰回りに巻き付いているコード。
辿っていくと第三の眼に繋がっているようだが、やたらきつく巻かれている。
――これ、明らかに苦しくなると思うんだけど、どうしようか…
取り敢えず、緩めることができるのか、コードをくいっと引っ張ってみる。
「ん…。」
微かな声と共に、ぴくっとさとりさんの身体が動いた。
…巻かれている部分に余裕はないみたいだな…。
これ以上緩めることは出来なさそうな上、なんとなくだが、あまり触れてはいけないものなような気がしてきたので、一先ず放置することにする。
再びタオルケットをかけ、自分はベッドの近くに椅子を持ってきて、そこに座る。
さとりさんは完全に寝入ってしまっているようで、一向に起きる様子をみせない。
――さとりさん、さっきの心労もあるんだろうけど、そもそも寝不足だったんじゃないかな…?
地底の主ということで、睡眠が不足することも多いだろうし、その疲れも来たんじゃないか。
そう結論付けて、改めてさとりさんの様子を眺める。
――身体にコードが巻きついている以外は、普通の年下の女の子にしか見えないんだよなぁ…。
そんなことを考えながら、さとりさんが起きるまであてもなく時を過ごした。
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何か温かいものに包まれているかのような安心感の中、まどろみから覚める。
薄目を開けると、見慣れた形状の天蓋が見えた。
あれ…?でも色が違う…?
私のベッドは淡いピンク色なのに対して、これは紺色。
…紺色ってどこの色でしたっけ…?
それぞれの部屋でベッドの色は違うので、私の部屋ではないのは確かなのだけれど…。
寝起きであまり思考が回っていないことに気付き、考えるのをやめる。
…それにしても、私の部屋とは違って、どこか安らぐような匂いがしますね…。
ともすると、また寝入ってしまいそうな…。
どこかぽーっとした心地で顔を横に向け……
――萃儀さんっ!?
すぐそばで椅子に座っている萃儀さんに気付いた。
彼は、こちらを向いてはいるものの、うつらうつらとしていて、私が目を覚ましたことにはまだ気づいていない様子。
――あ…思い出した、この部屋って萃儀さんの…。
萃儀さんの姿をみたことで、ここが彼の部屋であることを思い出す。
それはつまり、これは萃儀さんが使っていたベッドということで。
先ほどから感じていた温かさや、安らぐような匂いは全て…。
そこまで考えたところで、一気に顔が熱くなるのが分かった。
気恥ずかしさにタオルケットを頭からかぶってみたものの、それによって萃儀さんに包まれているかのような錯覚を覚えてしまい、余計顔が熱くなる。
…落ち着け私。萃儀さんが夜に使ったベッドを使わせてもらっているだけよ。他に何もないわ。
そう言い聞かせては見るものの、動悸は収まる様子をみせない。
…そういえば、萃儀さんは?
ふと気になって彼の様子を見てみると、まだうつらうつらとしていて、私には気づいていない。
…今の挙動不審をみられなくて良かったかも。
萃儀さんに痴態をみられなかったことに少々安堵しつつも、部屋にかけられた時計をみる。
その針は、午後五時を指していた。
…外に出たのが二時ごろだったから、三時間ほども眠ってしまっていたのね…。
今更ながら、自分が相当な時間意識を失っていたらしいということに驚愕する。
――もしかして、その間ずっとみていてくれたのかな…。
三時間も、ずっとそばで。
申し訳ないことをしてしまったかなとも思ったけれど、それよりも強く、温かいものが体全体に広がっていくような気がした。
無性に触れたくなって、彼の身体に手を伸ばす。
彼の膝の上に置かれた手に触れてみようとして…彼が身じろぎをしたので、あわてて引っ込める。
「ん…ああ、目を覚まされていたんですね。」
目を開けた萃儀さんが開口一番に言う。
「ええ…。ついさっきですけど。」
私の答えに、彼はほっと息をつき、笑顔になる。
「ところで、ここへは貴方が?」
「ええ。本当はさとりさんの部屋に運ぶのが一番だったんでしょうけど、どうも主の許可なく入るのがはばかられましてね…。」
私の問いに、頭をかきながらも答えてくれる萃儀さん。
…やはり、彼がここまで運んでくれたようですね。
一つ聞いたついでに、もう一つ、気になっていることを聞いてみる。
「それで、その…もしかして、ずっとそばにいてくださっていたのですか…?」
そう聞いてみると、彼はバツが悪そうにしながらも答えてくれる。
「そうですね…一応ずっとここにはいましたよ。」
――うっかり寝ちゃってたようですが。
そう付け足して照れくさそうに笑う萃儀さんをみていると、また心に温かいものが溢れてくる。
――未だ彼の心の声は聞こえないけれど。
――彼の優しさ、温かさは瞼を閉じていても感じる。
「――ありがとう…。」
精一杯の感謝をこめて言う。
一瞬きょとんとしたものの、笑みを深めた萃儀さんをみて、想いが伝わったことに安心する。
忌み嫌われた、ヒトを知らぬ私がこんなことを望むのはおこがましいのかもしれないけれど。
――もっと、あなたを教えて欲しい。
――もっと、あなたを聞かせて欲しい。
――もっと、あなたを見せて欲しい。
もう誰にも止められない。想いは加速する――。
次の金曜は試験の真っ最中なため、おそらく次の更新はその次の金曜になりますがご了承ください(-_-;)