…さて、どうしようかこの状況。
落ち着いてくれたのは良かったのだが、俺にしがみ付いたまま眠ってしまったさとりさん。
うーん。ずっとこのままでいる訳にもいかないし…。
かといって起こすのもなぁ…。
あれこれ考えながらも結局さとりさんを抱きしめたままでいると、遠くから、自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
声が聞こえてきたほうを見ると、こちらへかけてくる一人と一匹が。
あれは…勇儀とお燐か?
一人と一匹は…もういいや、二人で。
二人は、俺たちに気付くと、更に速度を上げる。
「さとりっ!萃儀!無事かっ!?」
勇儀がそう叫ぶと同時に、お燐が人の姿に戻る。
勇儀は、こちらの無事を確認すると、一息つき、話を続ける。
「私は、いつもの通り、旧都の見回りをしていたんだが、唐突に地霊殿の方から荒れ狂うような力を感じたんだ。
何事かと思って駆けつける最中で燐と合流したので、その道中で事情は聞いた。
弾幕についての話をしていたんだってな?」
確認するように問うてくる勇儀に対して、頷くことで答えを返す。
「…ああ。さとりさんに弾幕のなんたるかを教えて貰った後、自分でもやってみようと思ったんだが、全くうまくいかなくて…
取り敢えずの妥協案として、さとりさんの妖力を借りて弾幕を撃とうということになって。
で、さとりさんに妖力を流し込んでもらったところで、俺の身体の内部にあった力が呼応して暴走したみたいだ。」
俺の答えに、お燐は目を見開く。
「なっ…!?あれが、お兄さんの力だっていうのかい?」
お燐に頷きで答えを返すと、勇儀は腕を組んで思案顔になる。
「あの途方もない力が萃儀のモノか…。只者ではないとは思っていたが…。」
そこで一旦言葉を切った勇儀は、しっかりと俺を見据えて、言った。
「…私はこれまで、かなりの数の強者をみてきたが、あの時立ち上っていた力は、僅かな時間であったとはいえ、それらの比較ではなかったように思えた。
神のものではないかと思ってしまうような…そんな力だ。
今はどうにかおさえこめているようだが、次はちゃんと抑えられるかわからないぞ。
なるべく、その力は使わないように気を付けるんだ。」
鬼の四天王だという勇儀がこれだけ真剣に言うのだから、確かに危ないものなのだろう。
…それにしても、神の力か。全く心当たりはないんだが…。
今日は上手く能力で抑え込めたが、確かに次はどうなるかわからない。
極力、能力は切らないようにしておこうか。
「…ところでなんだが。」
俺が思案していると、不意に勇儀が語調を変えて切り出す。
…まだ何かあるのか?
あんな力を暴走させたところだし、何かをされるのかもしれない。
俺の身構えが伝わったのだろう。勇儀は首を振り、苦笑する。
「あ、いや、別に深刻な話ってわけじゃないんだ。
ただ、少し気になることがあってね。」
…まぁ確かに、この謎の力を身につけた理由やら経緯やらが気になるのかもしれないが…。
俺自身にも全く分からないんだよな。
「…お姐さん、この人多分まったくわかっていないよ。」
お燐が、あきれたというように口を挟む。
「うーん…自覚なさそうだからねぇ…。」
同調し、肩を竦める勇儀。
自覚がない?
この力の危険性はある程度はわかってるつもりなんだが…。
「お兄さん、取り敢えずその考えはいったん置こうか。多分全く違うから。」
諭すように言うお燐。
全く違う?力の話じゃないのか?
じゃあ何の話だ?
「うーん…、まぁいいや。このままじゃ埒が明かないし。」
――単刀直入に聞いてしまうけれど。
そう前置いて、勇儀は言う。
「あんたたち、いつの間にそんな仲になったんだい?」
そんな仲…?
勇儀の視線の先には、俺の腕の中で寝息を立てるさとりさんが。
二人の言わんとするところを理解し、一気に顔が熱くなるのを感じた。
「いやね?確かに、できれば仲良くなってほしいとは言ったよ?
だけど、流石にここまで進むのは予想外と言うかなんというか…。」
どこかニヤニヤとしながら言う勇儀。
「いや、待って。誤解。誤解だから。」
咄嗟に否定したものの、二人の顔を見る限り、全く信じていない。
「誤解って言っても…
実際、さとりをさも大切そうに抱いているじゃないか。」
それは確かにそうだけど…!
「それは、さとりさんが、離してはいけない存在に思えたからで…!」
「成程、離したくないほど大切だと。」
「そういう意味じゃない!!」
こちらが何かを言えば言うほど、勇儀の笑みは深まっていく気がする。
「まあまあ、萃儀がそういうならそういうことにしておこうか。
何はともあれ、上手く地霊殿に馴染めているようで良かったよ。
萃儀なら大丈夫と踏んだ私の目に狂いは無かったということだな。」
散々からかっておいて流されたようで少し不服だが…。
その点については、三人には本当に頭が上がらない。
萃香に見つけて貰い、勇儀にとりなして貰い、さとりさんに拾ってもらい…。
どの一つが欠けても、今の俺は無かっただろう。
さとりさんと仲良くなるどころか、今頃必死に住む場所を探していたかもしれない。
もしかしたら、既にどこかで野垂れ死んでいるかもしれない。
「ああ…萃香、勇儀、そしてさとりさん。三人には本当に感謝しているよ…。」
しみじみと答えた俺の視界に、お燐が割り込む。
「あれーっ?お兄さん、あたいへの感謝はないのかい?」
悪戯っぽく笑うお燐。
「ああ、お燐も、お空も、見ず知らずの俺を受け入れてくれてありがとう。」
「わかっているなら宜しい!」
快活に笑うお燐をみていると、こちらもつられて笑いがこみあげてくる。
勇儀を見ると、こちらも笑顔になっていた。
「…まぁ、色々気になることはあるが、それはまた今度考える事にしよう。
取り敢えず、さとりを部屋まで運んでやったらどうだ?
まだ起きそうにないし、いつまでもそのままでいる訳にもいかないだろう。」
その言葉にさとりさんを改めてみやる。
先程まで取り乱していたとは思えないほど安心しきった様子で寝入ってしまっているさとりさん。
…確かに、これはすぐ起きそうにないな…。
これだけ話してもまったく起きる様子をみせないし。
「そうだね、お兄さん、さとり様を部屋に運んであげなよ!
あたいはもう少しお姐さんと話したいことがあるからさ。」
お燐の提案に、勇儀もうなずく。
「ああ、私も、少し話したいことが残っている。
折角だし、萃儀はさとりが起きるまでそばにいてやったらどうだ?
あのさとりがそこまでの様子をみせているんだ。きっと何か大変なことがあったんだろうさ。」
「ああ、そうするよ。
でも、そばについてあげるなら、俺よりも、ずっと一緒に住んでいるお燐のほうが良いんじゃないか?」
俺の問いに対して、お燐は首を振る。
「いや。そんな様子のさとり様をみるのはあたいも初めてだよ。
悔しいけど、さとり様にとって今一番安心できるのはお兄さんで間違いないみたい。
それに、さっきも言ったけど、あたいは少しお姐さんと話があるからね。」
「…わかった。それじゃあ、俺がさとりさんを部屋まで連れて行くよ。」
「ああ、頼むよ。」
さとりさんを抱え上げ、歩き出す。
思った以上にその身体は軽い。
――あたい達は、さとり様に安心を与えて貰う側だからね…
先程、付け加えるように呟いたお燐の様子は、どこか寂しげでもあった。
お燐はお燐なりに、敬愛する主の支えになりたいという想いが強いのだろう。
勿論、この場にはいないが、お空も。
勇儀も、さとりさんを案じている様子はありありと伝わってくる。
――さとりさん、貴女のことを想っている人はこんなにいるんですよ…
――だから、もうあんな哀しい顔はしないでください。
そう胸中で呟きながら、左手でさとりさんの髪に触れる。
初めて触れたその髪は、どこか安らぎを感じさせた。
――俺も、貴女の支えに。
その呟きは、誰に聞かれるともなく溶けて行った。