至らない点は多々あるとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。
…ここはどこだ?
灯りこそあるものの、全体的に暗い。夜なのか?
体がやけに重い。まるで、自らの力が急に弱体化されたかのような感覚だ。
俺はこんなところ知らない…。
…あれ?そもそも俺…は誰なんだ…?
自分が何者であったのか、それすらも分からない。
分かるのは…自分が男であることのみか。
「お~? 誰だいアンタ。見慣れない顔だねえ。」
突然目の前に現れたのは、オレンジの髪を長く伸ばし、頭には赤い大きなリボンをつけている少女。
頭からは大きな角が二本生えていて、それが彼女が人間ではないことを表している。
少女とは言ったが、彼女の身体から溢れ出る覇気のようなものが、それが幼い外見とは程遠いものであることを示唆していた。
「ここは…?」
俺がそう問うと、彼女は少し驚いたような顔をする。
「ほぉ~。こいつは驚いた。この私に話しかけられて平気な顔をしているとは。」
どうやら、俺が逃げ出そうとしなかったことに対して関心しているようだ。
「いやいや、確かにヤバそうなことは判るし、正直逃げられるものなら逃げたいのだが、逃げる当てが無いんでな。」
そう。逃げるも何も、そもそもここがどこかすらわからないので、人が話しかけてきたのは好都合なのだ。それを逃げて台無しにするわけにはいかない。
「怯えていると言いつつも、しっかり言葉を返してくる…か。只者じゃないねぇアンタ。
…おっと、まだ名乗ってなかったね。私は山の四天王の一人、伊吹萃香だ。
改めて聞くよ。アンタはいったい何者だい?」
山の四天王。
その言葉に聞き覚えは無かったが、少なくとも、目の前の存在が強力無比の存在であることは裏付けされたことになる。
「俺は…わからない。」
俺の返答を聞いた萃香は、怪訝な顔をする。
「わからないだって?どういうことだい?」
「何も覚えていないんだ。名前、出自、行動…。
気付いたら、何もかも忘れてここにいた。」
それを聞いた萃香は、腕を組んで考え込むような仕草をする。
「うーむ。迷い子ってやつかねぇ?
だが、それにしては…。」
そこで言葉を切った萃香は、俺の目を見据えると、続ける。
「アンタの身体からは、弱まってこそいるものの、覇気を感じる。
アンタ、実は相当な手練れなんじゃないかい?」
そう言って俺を見つめる萃香の口角はつり上がっており、まるで新たな強敵が目の前に現れたことを喜ぶような…
ちょっと待て、強敵!? 俺が?
いやいやいや!!
「ちょっと待ってくれ。 確かに、頭の中に闘いの術のようなものはうっすらと確認できる。
だが、今の現状ではそれは使えないということもなんとなくわかっているんだ。」
そう、確かに萃香の言う通り、俺の脳内では、戦闘術。それも、体術が数多く記憶として残されている。
しかし、それらは所詮死んだ記憶。生きた記憶ではない。
記憶を失ったらしい現状、満足に繰り出せるかはわからないし、そもそも身体能力に大きな枷を感じる。
「うーん。確かに、万全の状態ではなさそうだもんねぇ…。
分かったよ!今度、アンタが万全の状態になったらやりあおう!」
はい。四天王さんとやらとの戦闘が確定されましたー。
…これ、万全になる=死ぬの構図が確立されたんじゃ…。
「あ、ああ。その時はお手柔らかに頼む。」
「じゃあ、私はこれから用があるんで、そろそろ行くけどどうする?
行くあてもないんだったら、ついてきても構わないよ?。」
ホントに何の当てもないので、大人しくついていくことにする。
「ああ。お言葉に甘えさせてもらうよ。」
それを聞いた萃香は、こちらに笑顔を向けると、歩き出す。
「オッケー。こっちだよ。」
「因みに、どこへ行くんだ?」
「私の親友のところさ!」
俺の問いに対して誇らしげに答える萃香。
しかし、俺はその答えに対して不安しか湧かなかった。
「…という訳なんだよ。」
「へぇ~。そんなことが。」
そう言ってこちらを値踏みするような眼で見ているのは、金髪を腰までのばした女の人で、額からは大きな角が生えている。
少女という感じの萃香と違い、大人の女性という感じの人だ。
「おっと、自己紹介がまだだったね。私は勇儀。元四天王の一人、星熊勇儀さ。見ての通り『鬼』だよ。」
そう言って左手に杯を持ったまま右手を差し出してくる勇儀。
敵意を持たれなかったことに安堵しつつ、その手を取る。
「ところで、いつか萃香と戦うんだってね?」
そう言ってニヤリと笑う勇儀に、俺は嫌な予感の適中を悟った。
「あ、ああ。」
「その後は勿論私とも戦ってくれるんだよな?」
勇儀のその問いかけは、一応こちらの意志を問う形にこそなっていたが、実質拒否権がないのは丸わかりだった。
「勿論。ただ、万全になるまでは待ってくれよ?」
俺がそう答えると、勇儀は満面の笑みを咲かせる。
「そうかいそうかい!受けてくれるかい!
いやー。最近は骨のある人間がいて嬉しい限りだよ。
勿論、私はいつまでだって待つよ。万全の状態の相手を倒してこそ意味があるんだ。」
…また一つ、万全になりたくない理由ができたな…。
こんな明らかに強そうな奴らと戦うなんて、命がいくつあっても足り無さそうだ。
ここの『鬼』とやらは、みんな戦闘狂なのか?
それにしても、明らかに化け物と呼べるような相手と相対している割には、俺の心の動揺って少ないような。
存外、記憶を失う前の俺も結構な化け物だったのかもしれないな。
そんなことを考えていると、不意に、萃香が話しかけてくる。
「ねえ、アンタさぁ、やっぱり名前が無いのは不便だと思うのよ。」
しみじみと言う萃香。
「確かにそう思うが、俺は記憶がないからなぁ。」
「そこでだよ!!」
萃香は身を乗り出し、勇儀を見る。
勇儀は意を察したかのように頷く。
「いいね。私はこいつのことが気に入ったし、構わないよ。」
その返事を聞いた萃香はわが意をえたりとばかりに腰に手を当て頷く。
俺だけ置いてけぼりなんだが…。
「あんまりわかってなさそうな顔だね。名前が無いなら、私たちがつけて上げようって話さ!」
自慢げに言う萃香。
横を見ると、勇儀も、うんうんという感じでうなずいている。
…確かに、記憶がない以上元の名前に愛着なんてあるはずもない。
名前がないと不便というのもその通りだ。
どうせ名乗る名前は考えないといけないのだ。
折角、四天王という御大層な肩書を持つ『鬼』達がつけてくれるというのだから、ありがたく受取れば良いだろう。
かねてより、偉人から名前をもらうという話はよく聞く。
「二人が良いのなら、つけて貰ってもいいか?」
「そうこなくっちゃ!実は、もう案は考えてあるんだ。」
嬉しそうに話しだす萃香。
「折角私たちがつける訳だし、どうせならちなんだ名前にしたいなと思ってね。
それで、私の名前と勇儀の名前から一文字ずつ取って、『萃儀』ってのはどうだろうか。」
一文字ずつもらうって、軽く言ってるけどこれ物凄いことなんじゃないだろうか。
勇儀の方を見ると、満足げに頷いている。
オーケーということだろう。
俺も頷きを返す。
「オッケー決まりだ! 今日からあんたは『萃儀』と名乗るがいい!」
萃儀…。
これが新しい俺の名前。
「ありがとう…。俺は『萃儀』として今日から生きるよ。
その名に恥じないよう精進する。」
「おうっ!その意気だ!」
元とは付くものの、四天王の二人から一文字ずつ名前を貰ってしまった。
名前をくれた二人の顔に泥を塗らないためにも、恥ずかしい生き方は出来ないな。
右も左も全くわかっていない状況だが、どうにか生き抜いてみせる!
生きる決意固めてますが、直ぐに地霊殿に拾われます(ボソッ