ゼロと底辺を結ぶ銀弦   作:ゆにお

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三話 お茶会

 魔法学院のとある渡り廊下。

 昼間だというのにしんと静まり返っているそこにカツカツと足音が響き渡る。

 足跡の主は急いでいるようだった。廊下を走る事は失礼ということを理解しているのであろう、それでも刻まれる足音のペースは速い。

 男であった。彼が重厚な扉の前で歩みを止める。その奥に控えている人物はよほど大物なのだろうか、男は自分の身なりを一端整えると深呼吸して扉をノックしようとした。

 

「はいりなさい」

 

 含蓄ある穏やかな声が男のノックを遮る。まるで扉の向こうから彼が来ることを見通していたかのようであった。

 

「失礼します」

 

 男は息を呑み扉を開いた。

 重厚なつくりのセコイアのテーブルに肘をつき退屈そうに水キセルを吹かす老人が待ち構えている。

 彼の傍らには、腰まで届く豊かな緑髪の女性が立っており、淵の入っためがねがよく似合っていて知性を感じさせられる。

 そんな女性が資料整理に勤しんでいるところを、入室した男は一瞬チラリと目を奪われてしまった。

 

「コホン、それでコルベール君。どうだったかね?」

 

 老人の呼びとめでコルベールは我に返った。悪戯を咎められた子どものように申し訳なく頭を掻く。子どもと違う点をあげれば、彼の毛髪がすっかり後退しきっていたことであろうか。

 コルベールが居住まいを正し真剣な表情を作った。

 

「はい、フェニアのライブラリーでそれらしい記述を見つけました。ですが……」

 

 そして、もう一度女性の方へと視線を向ける。ただしその意味は先ほどのものとは異なるらしい。

 それに気付いたように老人は言った。

 

「ミス・ロングビル」

 

「はい、なにやら重要な話のようで。私は退出していますね」

 

 名を呼ばれただけで彼女は意図を汲み取った。学院長秘書を務めているロングビルは穏やかに微笑み、一礼して退出していく。

 

「さて、それでは話を聞こうかの」

 

 そして老人、トリステイン魔法学院学院長を務めるオールド・オスマンは厳粛に言ったのであった。魔法学院の教員コルベールは一度頷き、そして書類に目を落として語り始めた。

 

「はい、やはり彼に間違いありません。彼は伝説の使い魔、『ガンダールブ』です」

 

 図書館の中でも秘蔵の書物を集めた教師のみが立ち入りを許された区画『フェニアのライブラリー』でまとめた資料をオスマン学院長に手渡す。

 

「ふむ」

 

「そのルーンの絵をご覧ください。彼女、ミス・ヴァリエールが契約したときにルーンの写しを取っておいたのですがそれと見事一致しております」

 

「……確かに、間違いないのぉ」

 

 事の始まりは先日の決闘騒ぎだった。

 学院内で起こった問題が教師の耳に入らぬわけがない、騒ぎを聞きつけた学院長秘書ミス・ロングビルが騒動を治める為に秘法である『眠りの鐘』の使用を求めた。

 しかし騒動の渦中にあるのが異例の使い魔であったため『眠りの鐘』の使用を認めず経過を見守ることにしたのだった。

 『遠見の鏡』と呼ばれる遠隔地の出来事を映し出す魔道具を使いオスマン達はあの決闘を見守っていた。

 まずはいきなり驚かされることになる。平民であろうと推測されていたその男はいきなり魔法を使ったのだ。

 驚きはそれだけに留まらなかった。すぐさまその魔法が何らかの手段を用いて妨害されたのだ。決闘を装ったリンチかと勘繰ったオスマンたちは目を凝らして犯人を捜すも、観衆の中に杖を使っていたものはいない。

 あとはご存知の通り、最終的にケイツがギーシュを打ち倒し騒動は終わった。

 

 コルベールたちが最も注目したのは、勝負を決定付けた突発的な身体能力の上昇である。

 広場を俯瞰するように眺めていた彼らはケイツの左手が光り輝くのを目聡く見ていた。

 古くから伝わる伝承にそれと類似した事例があったのを思い出し、オスマンはコルベールに調査を要求した、というのがここまでの話だ。

 

「ガンダールブになった男は魔法も使っておった。これはまずいんじゃないかのぉ」

 

 オスマンの心配はまさにそこであった。ハルケギニアにおいて、魔法を使えるものは貴族階級であることが通常である。彼もその類ではとオスマンが危惧しているのだ。

 

「はぁ……まったく、人間が召喚されるというだけでも異例のないことなんじゃ。何でもっと確認せんかったのかのぉ?」

 

 じっとりと、咎めるような視線をコルベールに向ける。

 

「それは、何分状況が立て込んでおりまして……彼は召喚されたとき瀕死の重体でした。あれほどの傷を治す治療薬は普通手がでませんし、その……」

 

 しどろもどろに説明するコルベールの話をまとめれば、彼の処遇を巡ってもめにもめた末、召喚者であるルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが私財を投げ打って彼を治療した。むろん慈善活動をしたわけではないのだからそのまま契約を、という運びになったと説明する。

 

「はぁ、生徒に責任を押し付けてどうするんじゃ、嘆かわしい……」

 

「返す言葉もございません」

 

「……して、その男は今どうしておるのじゃ?」

 

「はい、どうやらミス・ヴァリエールに従っているようです。外から見ていて目立った問題などは起こっておりません」

 

「ふむ、そうか」

 

 報告を聞いたオスマンは肩の力を抜いた。

 学院の最上階にあるこの学院長室から俯瞰できる眺めも、いつもと違って煤けて見える気がした。嫌世の憂いに浸っていたくなる心を、水キセルを胸いっぱいに吸い込んで正す。

 

「……まぁ、どちらにせよ。一度その御仁とは話し合ってみるしかあるまいて」

 

「そうですな」

 

「では、下がってよし」

 

「はッ」

 

 一礼し退出するコルベールをオスマンは頭を抑えて見守った。

 

「はぁ、私の穏やかな老後が無事に来ればいいんじゃがのぉ……」

 

 室内には魂の抜けた老人の叫びが空しく響き渡るのみであった。

 

 

 

 そして昼下がり学院の広場にあるカフェテラスの一角。

 最近何するにもケイツは出来る限りルイズと一緒にいることにしていた。

 中年のおっさんが日がな付きまとってくるのを、使い魔が従順になったと喜べばいいのか、むさ苦しく感じればいいのかルイズはとても悩ましかった。

 

「はぁ、何が悲しくて優雅なティータイムをあんたなんかと過ごさなければいけないのかしら」

 

「そう、邪険にするな。私にはお前が必要なのだ」

 

「あんたね。その言い方誤解を招くから止めなさいよ」

 

 包み隠さず、本人の前で不満を言うルイズの声はその内容とは裏腹に快活であった。

 大好物のクックベリーパイに舌鼓を打ちながら、その表情は弾んでいる。しかし暗雲はすぐにやってくることになるのだ。

 

「――あらあら? そこのお二人さん。仲睦まじくて結構なことですが、相席してもよろしいですか」

 

 横からルイズとケイツに声が掛けられる。

 ともすればそれが慇懃無礼だと感じてしまうのは、その声色がずいぶんと甘ったるいものであったからだ。

 クックベリーパイに夢中になっていたルイズが、声の主を視界に入れてフォークを動かす手を止め、不機嫌に顔を歪ませる。

 

「げ、キュルケじゃない。何よ、私は今忙しいのよ。あっちに行ってなさい」

 

「いいじゃないの。私、ルイズに謝ろうと思ってたのよ」

 

「謝る? あんたが?」

 

 怪訝そうな顔をするルイズをよそに、キュルケはちゃっかりとテーブルに座った。

 傍にいた青い髪の少女に手招きして、同席を促す。

 

「ちょっと、なんで断りもなく座ってるのよ? その子だれ?」

 

「いいじゃないの。この子はタバサ、私の友達よ」

 

 紹介された少女がコクリと頷く。挨拶のつもりらしかった。

 

「はぁ、それで? あんた何を謝ってくれるのかしら?」

 

 ルイズに促されたキュルケは満面の笑みを浮かべてしゃべりだす。

 

「そうそう、この前は彼のことつまらない使い魔なんて言っちゃってごめんなさいね。まさかメイジだっただなんて知らなかったわ」

 

「興味がある」

 

 キュルケに続けて青い髪の少女が一言付け加えた。

 どうやら、使い魔召喚の翌日の朝、廊下でのやりとりを言っているようだ。

 でもルイズにはその魂胆は丸分かりだ。キュルケのツェルプストー家とラ・ヴァリエール家は因縁がある。今回もそれ絡みの話だとルイズは悟るのであった。

 

「あのね、あんたとうとう同級生から相手にされなくなったからっておっさんにまで手を出すつもりなの?」

 

「いやね、ルイズじゃあるまいし。でも、彼が素敵だって思うのは本当よ。ねぇ貴方、お名前教えてくださる?」

 

 キュルケは余裕の表情でルイズをいなし、ケイツへと話しかける。

 

「浅利ケイツだ」

 

「ミスタ・アサリいいお名前ですわね。『微熱』はご存知かしら?」

 

 キュルケはしなをつくり、ケイツの方へともたれかかるように身を寄せ、服の束縛から逃れるかのように張り詰めたその大きな胸をケイツの方へと近づけていく。

 三十余年の人生を経て、まともに女性経験のないケイツは冷や汗が止まらなかった。

 

「ちょっと、あんたッ! こんな昼間から発情しないで。こっち来なさい」

 

「え? あ、ちょっと。ああん。ちょっとルイズだめぇ~ッ! そんなところひっぱらないで。分かった、分かったから止めて」

 

 とうとう見かねたルイズが切れた。

 キュルケを鷲づかみにし、嬌声を上げずにはいられない光景が繰り広げられる。突然の出来事に動揺したキュルケがルイズに引っ張られてしまった。

 だが、そんな周囲の騒動にも動じずに、青髪の小さな少女がケイツへと眼差しを注いでいる。

 

「な、なんだ?」

 

「あの魔法は一体なに?」

 

 簡潔に彼女は呟く。

 

「あの魔法とは?」

 

「決闘。あなたが最初に使っていたやつ」

 

「ああ、お前たちは≪相似大系≫を知らぬのだったな。話せば長くなるが――」

 

 そして、ルイズに説明したように同じ事をタバサにも説明する。

 その様子を見て、暴れていたキュルケもおとなしく耳を傾けていた。

 

「へぇ、先住魔法とも違う魔法なのね。興味があるわ」

 

「見たい」

 

 元々人から関心を得られることなど少なかったケイツは自らに注がれる好奇の眼差しにのぼせ上がる。

 

「いいだろう。では我が魔法をとくと見よ」

 

 だが、そう言ったっきり、勿体つけたケイツが硬直した。

 あどけない少女達に期待の眼差しを向けられて何か凄い事をしようと考えたはいいが、何をすればいいかアイディアが浮かんでこなかったからだ。

 ケイツは間違いなく最高峰の才能を手に入れた。しかしそれは膨大すぎる選択肢を与えられたことと同義だ。

 その中から最適なものを選び出すという経験は、ケイツにはまだない。

 少女達のじれったそうに細くなっていくにつれて、ケイツの背中に冷や汗が流れ落ちる。

 

「よ、よし。これをみろ」

 

 ようやく決意したケイツがポケットからビスケットを取り出した。

 それを紅茶に浸し、水分を帯びてふやけたものを手でこねて人形の形にしていく。

 

「あんた、ちょっとはしたないわよ」

 

「まぁまぁ、いいじゃないのルイズ。余興なんだから」

 

 作法のなってないケイツに対して冷たく呟いたルイズをキュルケがなだめる。彼女も同感だったのだが好奇心が勝った。

 そしてケイツが拵えたそれは人形と言えば聞こえがいいが、中心の部分から四本棒状に伸びていて、その上に丸いものが乗っている程度の粗末な人形が出来上がる。まるで赤子の工作のようだ。

 

 それをケイツは自らに相似弦を結んだ。

 

「これでどうだ」

 

 自慢げに身振り手振りを動かす。それに合わせて人形も歪に動いた。

 『似ているもの同士は同じもの』だと世界に誤認させる≪相似大系魔術≫が最も得意とする操作術を披露したのだ。

 けれど少女達の評判は芳しくなかった。

 

「おほほほ……えっと、中々前衛的でいいんじゃないかしら」

 

 キュルケでさえ苦笑いを浮かべている。

 

「あんた本当にセンスないわね」

 

「地味」

 

「うぐ……」

 

 キュルケほど大人ではなかった少女達の嘘偽りない感想がケイツを抉った。

 そしてケイツが視線を落としたとき、一本の弦が銀色の橋を架けた。

 ルイズとタバサの胸部に、輝く架け橋が掛かっていたのが問題だった。

 

「あ、あんたねぇ……。確かその魔法って私の記憶違いじゃなければ『似ている』ものを『観測』することで弦を繋ぐんだったわよねぇ……」

 

 ルイズがぷるぷると震え出した。彼女の言葉が意味するところを察しタバサが無言で杖を構える。

 

「まて、誤解だ。そういうつもりではないのだ」

 

「このばかぁ~~!!」

 

 狼狽するケイツだが既に手遅れだった。

 いつものお約束をその身に刻むこととなったのだ。

 

「……ミスタ・アサリってそっちのほうが好みなのかしら」

 

 キュルケが自分の胸に視線を落とし呟く声は誰にも聞こえなかった。

 

 

 

「まったく、ケイツってば本当に信じられない!」

 

「変態」

 

 騒ぎはすっかり収まり、少女達三人はケイツをダシにして、気だるいティータイムを過ごしている。嵐は過ぎ去りすっかり凪へと変わった。

 

「コラ、ダメじゃないタバサ。口に『クリーム』が付いてるわよ」

 

「不覚」

 

「私が拭ってあげるわ」

 

「ん」

 

 キュルケがポケットからハンカチを取り出してタバサの頬を拭った。

 その光景はまるで姉妹のような微笑ましい。

 

「あんたたち仲いいわねー」

 

 ルイズの心に僅かな羨望が湧き上がる。キュルケは不倶戴天の敵同士だが、矛先が向かないとそれはそれで一種の寂寞感を覚えてしまう。

 だが、いきなり口数の減ったルイズを、キュルケは見逃さなかった。

 

「ねぇ、ルイズ。あなたの『クックベリーパイ』おいしそうね。私に少し頂戴よ」

 

 にやけた彼女の微笑みは愉悦が混じっている。

 ルイズは途端に弾かれたように闘志を覚醒させた。

 

「絶っ対っにダメッ! あんたこれが私の大好物だって知ってていってんでしょ! ツェルプストーに上げるものなんて銅貨一枚たりともないんだからッ!」

 

「えぇ~、いいじゃないの。じゃあ代わりに私の『ケーキ』を一口食べていいから。今なら二つの『ストロベリー』もつけちゃうわよ」

 

「ふんだ、そんな取引なんかに応じるものですか。私の『クックベリーパイ』は誰にも渡さないんだからね。大好きな人に頼まれてもあげないのに、キュルケなんかには絶対ダメ」

 

「やっぱりヴァリエール家の人間はケチねぇ。『ミスタ』・アサリもそう思いますわよね?」

 

 同意を求めるようにキュルケがケイツに振った。

 キュルケの目に飛び込んで来たのは、すっかりと硬直し頬を赤らめているケイツであった。

 

「……あの、『ミスタ』・アザリ、さっきから何かすごい変な顔していますわよ? どうしたんですの?」

 

 キュルケがケイツの方に怪訝そうな眼差しを向ける。

 それもそのはずであった。ケイツには時折彼女達の話す言葉に英語が混じって聞こえてくるのだ。

 ルイズに一度確認したが、分からないと言われた。

 魔法世界の者達にとって、英語は最低の卑語を意味する。それが格式高いお嬢様方の口からぽろぽろと零れてくるのだからたまったものではない。

 彼女達は当たり前の日常会話をしているのに、ケイツにはなんだかそれがひどく淫靡なものに思えて唖然とせざるを得ない状況であった。

 

「……いや、なんでもない。なんでもないのだ」

 

「ふ~ん。ならいいのですけれど……ルイズ、何か知らないの?」

 

「さあ、なんかケイツったら女の子の食べ物でも興奮できるみたい。この前だって『クックベリーパイ』の話したら何か変な顔してたし」

 

 ルイズが投下した問題発言が盛大に爆発した。

 

「……まぁ、それは『微熱』と名高い流石の私でも思い浮かばなかったわ」

 

 上級者ですわね、とキュルケの瞳が熱っぽく潤んだ。

 『微熱』を自称し、自他共に認める恋愛のエキスパートといえど、知る由も無かった新たな可能性をケイツが示唆したことで、創造意欲を駆り立てられるのであった。

 

「変態」

 

 一方タバサは冷ややかな視線を向け、ケイツから守るようにハシバミ草のサラダを庇った。

 大好物を陵辱されてはたまらないとその目が訴えていた。

 

「止めろ。私はもっと硬派なのだ。私を”そっち”に引きずり込むのは止せ」

 

 ケイツの呟きは虚空へと吸い込まれた。誰に言っているのかは分からないが悲痛な嘆きがそこには込められている。

 けれど、地獄で暮らしていた頃とは比べ物にならないほど、ケイツの生活は順調で平和であった。




ルイズ達のカタカナ言葉からエロスを感じられるようになったら、みなさんも立派な魔法使いです!

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