ゼロと底辺を結ぶ銀弦   作:ゆにお

15 / 19
第三章 交錯する魔法
一話 勝ち得た平和、ケイツくんの魔法講座


 モット伯爵邸での騒動も過ぎ去り、平和な学院生活がケイツの元に返ってきた。

 とはいえ、もちろんあの後、悶着がなかったわけではない。

 勝手な行動を取ったケイツにルイズは激昂し、罰としてケイツは食事を抜かれた。

 本来ならば、ケイツは空腹に苛まれやつれているはずだった。

 にも関わらずケイツの心境は晴れ渡る空のように明るく、学院の廊下を歩くケイツはまるで別人のように快活だ。

 今のケイツに、擦り切れくたびれ果てたかつてのケイツと共通点を見出すほうが難しかった。

 ひとりの力で一人の少女を救ったという事実がケイツに自信を与え、背筋に心金が入ったように整然としている。

 どれだけすごい力を持っていようと成功の見通しがなければ足が竦んでしまう、それが今までのケイツだった。見えぬ何かに怯えキョドキョドしていたケイツはもういない。

 泰然自若という風に胸をはり厨房へとケイツは向かう。

 ルイズから与えられる食事は抜きだが、勝手に振舞われる分には問題ないと結論付けた結果だ。

 

「失礼する――」

 

「――まぁ、ケイツ様が着ましたわ」

 

「おお、ケイツさん今日はいい鹿肉が手に入ったんだ。期待しててくれよなッ!」

 

「我らの剣。待ってました!」

 

 ケイツが厨房に着くなり、瞬く間に歓迎の熱気に包まれた。

 以前までならばその歓迎っぷりに鼻白むものを感じていたケイツだが、今はその賛辞を身相応に受け入れていた。

 

「食事を頼む」

 

 軽く会釈し、既に指定席となっているテーブルに着く。

 程なくして、給仕のために見知った人影がケイツの方へと歩いて来た。

 思わず頬が緩みそうになったので、ケイツは口元に力を入れた。

 無意味にえくぼが自己主張しているケイツの顔を見る人が見れば、頬を引き攣らせそうなものだったが、シエスタはそれに言及しなかった。

 

「どうぞ、ケイツさん」

 

「ああ、助かる。……シエスタ」

 

 紅茶を差し出すメイドに対して、恥じらい混じりに礼を言うケイツの頬は赤い。

 シエスタに視線を合わせると微笑み返してきた。

 今この厨房にこのメイドが笑顔で居ることが、ケイツの成し遂げた成果の証明であり、まじまじと見るのも照れくさかった。

 とはいってもその成果を噛み締めるように、ケイツはティーカップを傾け、シエスタが入れてくれた紅茶の味を堪能する。

 

「茶に詳しくはないが、うまい」

 

 無骨だが心からの感想をケイツは吐露した。

 そんなケイツの言葉にシエスタははにかみ、そして一礼する。

 

「ありがとうございます。それ東方から伝わってきたものなんですよ」

 

 東方と言われてケイツは思い至る。まだ公館で刻印魔導士として働いていた頃やハルケギニアに来る直前に地獄でケイツが活動していたのも日本と呼ばれる極東の地だった。

 刻印魔導士だった時、そこの選任係官である東郷の武家屋敷で飲んだものと酷似しているような気がした。

 当時は≪悪鬼≫の飲み物に相応しい苦々しい最悪の飲み物程度にしか考えていなかったが、今になってみればこの苦味が胸の内に平静を運んでくれるようで気が安らぐ心地がしてきた。

 余裕が出来てきた頭で、あの頃から誇り高く百人討伐に望んでいればまた違った地獄での生活があったのかもしれないとケイツ考えて、すぐさまその詮無き考えを打ち切る。

 無理だったと分かったからだ。あの魔導士に恥辱しか与えぬ世界で恐怖に心を捻じ曲げられぬことなど不可能なのだ。

 ケイツが困難に立ち向かえたのは、ここがハルケギニアだからこそだ。

 心に温もりを与えてくれる気立てのいい仲間達がいるからこそだ。

 ≪沈黙する悪鬼≫だと判明したシエスタに嫌悪を感じないで居られるのだって、この環境だからだ。

 それは生と死が表裏一体である地獄の暮らしでは到底期待しえないものだった。

 

「ケイツ様。どうぞ食事をお持ちしました」

 

 鼻腔をくすぐる香ばしい香りと共に、目の前に料理が並べられてケイツは思考を打ち切った。

 給仕に当たったのはシエスタの友達の金髪のメイド、ローラだ。

 

「ああ、もう! ローラちゃん。私がケイツさんの料理を運ぼうと思ってたのに」

 

 ローラはなぜか悔しがるシエスタに対して勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「シエスタちゃんはケイツ様にお茶を淹れてあげたじゃない。だったら私が料理を運ばないとメイドとして不公平よ」

 

「ローラちゃんは他の仕事があるじゃない。わざわざ先輩に手を煩わせるほど私は頼りなくないですよ」

 

「そんなのは関係ないわ、私はケイツ様のメイドとしての自負があるもの、本来のメイドの仕事と両立だってしてみせるわ」

 

 シエスタが目を瞬かせる、今思いもよらぬことを聞いた気がしたからだ。

 そしてシエスタの驚愕は遅れてやってきた。

 

「――ええッ! ローラちゃんいつの間にケイツさんのメイドになったの? そんなの私聞いてませんよ。それにさりげなくケイツ”様”って言いましたよね?」

 

 ローラは狼狽するシエスタを前にますます有頂天になっていく。

 

「ふふ、シエスタちゃんを助けてくれたらなんでもするって言っちゃったんだもの。だから私はケイツ様のメイドとしてお仕えする心構えなんだからね」

 

 頬に両手を当て小さく恥らうローラを見てシエスタの目が三白眼につり上がった。

 

「なんですって! そんな、一体どういうことか説明してください」

 

 矛先がケイツの方に向きかけてげんなりとしそうになったそのときだった。

 

「――おいおいおい、お前らいい加減にしろ! とっとと持ち場に戻れってんだ!」

 

 収拾が付かなくなりそうだったその場をマルトーは一喝で治めた。

 二人のメイドは背中に火がついたように駆け出していく。そんな様子を見送ってマルトーは「困ったものだ」と首を振ってみせ、そしてケイツに向き直る。

 

「おう、ケイツさん。モテる男は辛いねぇ! それでよ、今日の料理は良い牛肉を使ったんだ。どうだ? 口に合うといいんだがよ」

 

「ああ、うまい。料理長の料理にはいつも感心する」

 

 他者に対する賞賛など、生来よりまともに口にした事の無いケイツの語彙は貧弱だ。

 それでもマルトーはそんなケイツの言葉にニカリと笑う。

 少しみっともないと思えるほど、止まらずに料理を口へと運ぶケイツの動作を見ればその言葉は本心なのだということが一目瞭然だったからだ。

 

「はっはっは、そう言ってくれると嬉しいぜ。いや、そうやって食ってくれると、と言った方が正しいか」

 

 マルトーはひとしきりニヤニヤと笑って続ける。ケイツが黙々と料理を口に運ぶのを見ながら続けた。

 

「いや、ケイツさんには本当に感謝してるんだぜ。シエスタのことだって、ローラの傷の治療だって、その他何だってだ。あんたがいると賑やかになるのさ。だからいつだって歓迎するからよ。そのなんだ」

 

 話ていて照れくさくなったのか、マルトーは鼻頭をポリポリと掻いて「食い終わったらそこに置いておいてくれ、俺は仕事に戻るからよ」と身体を翻して厨房の奥へと消えていった。

 忙しい時間帯だったのだろう。わざわざ無駄を承知の上で時間を割いてくれたマルトーの心遣いにケイツの胸は熱くなった。

 

「これからだ。私の人生はこれから始まる」

 

 ケイツは決意を確かめるように言葉にした。ハルケギニアでの生活はまさしくケイツにとって人生最高のものだと実感できる。

 暖かい食事に、暖かい心遣い、そしてやりがいのある仕事……であるかはまだ分からないが少なくとも不満はなかった。

 食事を終えて、午睡にまどろむような時間がゆっくりと過ぎていく。これが幸せというものなのだろうか、とケイツは考えていた。

 

 

 

 

 

 代わり映えがしない時間が続き、そして某日。

 午後の授業が終わり、ルイズは同伴させているケイツへと顔を向けた。

 

「ね、ねぇ、ケイツ。わ、私に魔法を教えてくれない?」

 

 ルイズは下唇を噛み締めてケイツを睨み上げる。そもそもケイツに教えを請うこと自体が苦渋の決断だったのであろう。

 ありありと羞恥が全身からにじみ出ており、ルイズはその小さい体を震わせている。

 そんなルイズの佇まいに気圧されながらも、途端にケイツは顔を顰めた。それが答えだった。

 

「何よ、そんな変な顔して、ね、ね。どうなの?」

 

 それだけではケイツの意図はルイズには伝わらない。依然と期待を込めてルイズは尋ねる。

 

「無理だ」

 

 だが期待に縋るような眼差しをケイツは一刀両断する。もちろんルイズの柳眉はつりあがった。

 

「なんでよ! あんた私のアレを見ても馬鹿にしなかったじゃないの。何か理由があるんでしょ。ほら言って見なさいよ」

 

 既にルイズが起こす爆発は失敗の産物だということがケイツの知るところとなっていた。

 違った視点を持つケイツに教われば、何か新しい発見があるかもしれないとルイズは考えていたのだ。

 

「お前らの使う魔法と私の使う魔法は根本的に違うからだ。お前たちの魔法理論と私達の理論は相容れない」

 

「それじゃ分からないわよ。もっと具体的に言って」

 

 当然ルイズは納得しない。

 仕方が無いので、ケイツは言葉を捜すように中空に視線を泳がせて、訥々と語り始めた。

 

「だから、つまりだな。私が扱う≪相似大系≫は似ているものは同じであると世界が錯覚する自然秩序の下で発展した魔法だということは既に説明しただろう。

 お前たちは自分の魔法大系しか知らんだろうから無理はないのだが、魔法世界は無数に存在し、その魔法世界ごとに魔法秩序は全て異なり、魔導士は自分の属している魔法秩序しか観測することは出来ない。

 だから私にはお前たちの魔法秩序を認識することが出来んのだ。だから教えることも不可能だ」

 

 それは実感の篭ったケイツの嘆きでもあった。

 生まれてすぐに≪相似世界≫から追放されたケイツはその難しさを身にしみて理解している。

 

「どういうこと?」

 

「つまり私ならば≪相似大系≫の魔法秩序をその身に宿している。引き連れていると言ってもいいかもしれん。ここまではいいな?

 その結果、私の観測によって『銀色の魔力弦の発現』という形で自然秩序が勝手に歪み、魔法秩序が現れる。だからそこに≪相似大系≫魔導士である私がその歪んだ秩序に変化を与えることで魔法を成すわけだ」

 

 例えばこのようにな、とケイツはルイズの机にあった魔法の教本を手にし、本棚に入っている『似た形の本』と銀弦を結び、それを引く。

 結ばれた銀弦につられて本棚の本がケイツの動作と『同じ』だけ動き、引き抜かれた。ルイズには既に何度も見た普通の操作術だった。

 

「それで?」

 

「逆に言えば私は相似弦の観測を基点とする魔法しか使えないのだ。≪協会≫圏内の魔法世界は他にも≪円環大系≫、≪神音体系≫、≪錬金大系≫、≪完全体系≫、≪混沌大系≫などと多岐に渡るものがある。しかし、≪相似大系≫では≪円環大系≫の魔力を見出すことが出来ず、逆もまた然りだ。それぞれの魔法大系は完全に独立している」

 

「つまり、ケイツは私達の魔法を認識することができないから教えられないってこと?」

 

「そうだ。私はこの世界の魔法秩序に対していわば盲目なのだ。目の見えぬものに景色の鮮明さを伝えろというのは無理だろう」

 

 その説明でルイズはがっくりと肩を落とした。確かにその通りだ。

 ケイツの使う魔法は杖を必要としない口語で発言させる≪先住魔法≫とも更に違う。杖も言葉も必要ないものだ。

 それはハルケギニアの魔法とは完全に一線を画すものであったからだ。

 

 ルイズの落胆に何かを感じたのか、申し訳なさそうにケイツは何とかルイズの成長の糧になろうと思慮をめぐらした。

 

「――しかし、私の推測ではこの世界の魔法は≪索引型魔術≫に属するものだと思われる」

 

 降ってわいた助言にルイズは顔を上げ、長身の男を視野に入れた。

 

「≪索引型魔術≫?」

 

「ああ、おそらく≪魔法語≫を基点に索引を引くものなのであろう。だが、私の相似大系は≪魔力型魔術≫に属する魔術だ。なお更説明するには相性が悪い」

 

「また分からない言葉が出てきたわね。≪魔力型魔術≫とか≪索引型魔術≫って何よ」

 

 ルイズが次々に湧き出てくる固有名詞に辟易としながらケイツに尋ねる。

 

「まずは≪索引型魔術≫魔術から説明しよう。

 あるものとあるものが同じである根拠、『真実有』たる形相(エートス)が観測できる世界で発達する魔術だ。

 お前らの使う魔法、例えば『ファイヤーボール』などは、魔法語(ルーン)という形で『火』の形相を索引として引くことによって発動させるのだと推測する。術者が変わっても同じ呪文を唱えれば、一様に、効果が得られるのであろう?」

 

 ケイツは言葉を区切って、ルイズを見る。

 ルイズが途端に不機嫌になった。

 

「何よ? 言いたいことがあるのなら『ファイヤーボール』を試しにあんたにやってみてあげましょうか?」

 

「……続けるぞ。次は私達≪相似大系≫の類型でもある≪魔力型魔術≫だ。

 これは自然秩序の乱れを≪魔力≫として感知し、それをとっかかりに自然を操作する。

 説明するまでもないと思うが、私が『似たもの』に魔力弦を見出し、それを操ることなどまさに≪魔力型魔術≫の在り様を体現としていると言ってもいいだろう。例に出す価値があるかどうかは分からないが≪円環大系≫などは周期運動に魔力を見出す。回転を加速させたり、他にも振動を操ったりする。中でも原子核のまわりで電子軌道を占有する電子などは奴らにとって絶好の魔力(資源)だ。そうやって膨大な電子を収束し加速させ、いとも簡単に稲妻を編み上げる」

 

「なるほどね。後半はあまり分からなかったけど、枠組みが自由だからある程度好き放題出来るって事かしら? 便利でいいわね」

 

「いや、あながちそうとも言い切れん。≪魔力型≫は魔導士が集めることが出来る≪魔力≫が魔法使いの腕によって大きく左右されるのだ。先ほど『ファイヤーボール』の例を挙げたが、魔法で火を起こす、ということを考えてみて欲しい。

 ≪索引型魔術≫の場合は『火』という索引を引けるかどうかが全てだ。もちろん魔法の腕の良し悪しは索引の精度に直結するが、それでも索引さえ引ければ『火』は起こせるであろう。

 これに対して≪魔力型魔術≫は難しい。≪魔力≫という資源だけ与えられてそれで何をするかが完全に術者に委ねられてしまうのだ。≪相似大系≫ならば『似ている操作元』の中から火を起こす現象を自発的に選択しなければならない。そして≪円環大系≫であれば、電熱で容易く着火させることが出来よう。これに代表されるように、≪魔力型≫はできることと出来ないことがはっきり分かれてしまう融通のなさが欠点でもある」

 

 ルイズは可愛らしく小首をかしげケイツの言葉を吟味するように唸りながら思考に耽る。

 

「うーん。ケイツの説明通りだとするなら、私は≪索引≫が上手く引けないから魔法が失敗するのかしらね」

 

 ケイツは理解が早いルイズに感心するように一度二度と頷き答える。

 

「≪索引≫を観測できる形を≪魔法媒介≫と言うのだが、お前たちの≪魔法媒介≫は魔法語(ルーン)なのだろうな。

 だが、お前の索引は他の生徒たちと寸分違わぬというのに一人だけ違う結果に帰結するのは妙だ」

 

 ケイツはルイズの授業に付き添っており、少なからず身についたハルケギニアの魔法について見解を披露する。

 

「何? 何か分かったの?」

 

「いや、仮にお前たちの魔法の類型を≪索引型魔術≫とするならば、索引行為とそれによって導かれる真実有(エートス)はそれぞれ一対一対応のはずだ」

 

「つまり、ファイヤーボールを唱えたら火の玉という真実有以外に繋がることはないってことね?」

 

「ああ、だが、お前の場合は爆発という結果に変換される。≪索引型魔術≫であるならば『爆発』の索引を引かない限り爆発が起こり得る事はない。まぁ、お前たちの魔法が≪索引型魔術≫であるという前提での話なので、違っていたら無意味な議論なのだが――」

 

 仮説は仮説でしかないと、尻すぼみになるケイツの言葉をルイズが引き継いだ。

 

「いや、あながちケイツの言うことが間違いだとも思えないわね。確かにルーンを唱えて魔法を発現させる私達の魔法は≪索引型魔術≫と呼んで差し支えないように思えるの」

 

「だが、そうだとしてもだ。手掛かりはないのだぞ。ん、いや……お前が特殊な事例で≪索引≫が誘導されてしまっていると考えると、どうだろうか?」

 

「それじゃあ、なんとかして索引を修正する方法があれば私でも魔法が使えるようになるのかしら?」

 

「あるいは、お前だけの索引を探し出すか、であろうな」

 

「――それよ!」

 

 ルイズが天啓を受けたかのように立ち上がった。急に快活になったルイズにケイツは腹のそこから嫌な予感が湧き上がって来た。

 

「……それで、どうやって≪索引≫を探すのだ?」

 

 ケイツは当然の疑問を浮かべた。あくまでケイツが提示したのは彼の知っている魔法の類型だけだ。ここから先はケイツには関与しようがなかった。

 にも関わらずルイズの表情は明るい。自信に満ちてさえいた。

 ケイツはとてもとても嫌な予感がした。

 

「決まってるじゃない――」

 

 ルイズはさも当然といわんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべて言った。

 

「――虱潰しよ」

 

 満面の笑みでルイズが告げたのはもっとも非効率な手段だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。