I will give you all my love.   作:iti

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Artoria・Pendragon.

 目の前でプツンと人形の糸が切れたかのようにベッドに倒れ混むギネヴィアを慌てて抱きかかえながらも、私は激しい後悔と自己嫌悪に襲われていた。

 

 (……やはり婚約など……するのではなかった!)

 

 私が追い求める理想。乱世に荒れ果てた国を救うには理想の王が必要だった。

 選定の剣(カリバーン)を引き抜いたあの日から――私は己の――そして民が描く理想のために戦い続け、ついに異民族の侵入を手引きしていた卑王であり邪竜ヴォーティガーンの討伐に成功した。

 

 これから先も異民族の侵入は続くことは目に見えてはいるが、それでもヴォーティガーンを討伐したことでその勢いは弱まる。これからは戦いだけではなく、その治世においても王としての責務を果たさなければならなかった。

 

 では国を治める王に必要なモノは何か。当然、民に、そして従える騎士達に慕われる統率力はもちろん、よりよい国策を提示するための知識も必要だ。当然、途切れることのない異民族の侵攻から民を守るための力も必要となる。

 そして、何より王を支える、そして民に夫婦としての模範を共に示してくれる妻の存在が――必要だった。

 

 王の傍らには気高く貞淑な妃が必要であるということは諸人が求める統治の形だった。私が民の追い求める理想の王であり続けるならば嫁を向かい入れることは、必須事項であり――だからこそ私は隣国で美しいという評判が絶えない女性――王女ギネヴィアに婚約の申し建てをした。

 

 この時の私は達観していたのだ。国を救うという美しき理想を実現するためなら、一人の女の人生など取るに足らない代価であると。

 本当の意味で理解していなかった――否、覚悟していなかったのだ。一人の人間の人生を奪う、その愚かさを、その罪の重さを。

 

 ギネヴィアは評判通りの――否、それ以上の麗しい女性(ひと)だった。

 

 細い絹糸を幾重に紡ぎあわせたかのような美しい金髪は僅かながらにウェーブがかかっていて、私と同じ金髪であるはずなのにどこか高貴なものを感じさせて、上品だった。

 翡翠の宝石をそのままはめ込んだかのように潤んだ双眸は見ているだけで引き込まれるようで。

 鼻はスッと通っており、雪のように白い肌には少しだけ赤みが刺していて、シミ一つ存在しない。

 選定の剣を抜き、身体の成長が止まってしまった私と違って彼女の身体は女性であるならば誰しもが羨むような理想の体躯を描いていた。

 民から聞いた限りの話ではギネヴィアはそんな神々から祝福された美貌を――一国の王女であるという自分の地位を一切ひけらかすことなく、常に民と同じ立場に立って物事を考えてくれていたのだそうだ。時には人手の足りない店の手伝いをしたり、戦争で親がいない街の子供の面倒を見たりしていたのだそうだ。一国の王女がだ。

 

 その美貌のみならず、心においてもギネヴィアは美しい女性(ひと)だったのだ。

 

 そんなギネヴィアであるならば……おそらく――いや、きっと貰い手など引く手数多だっただろう。

 私さえ……私さえ、婚約の申し込みをしなければ。

 

 「……」

 

 ベッドに横たえたギネヴィアの、その目蓋にかかった柔らかい金の髪をそっと払う。

 その寝顔は天使――いや、聖母そのもので……彼女であるならば、きっと女性としてのこの上ない幸せを掴めるはずだったのに――。

 

 「私は……最低だ……」

 

 こんなにも美しい女性(ひと)の幸福を――未来を奪った。

 目が覚めたら、いったい私はどれだけ彼女に罵られるのだろう。責められるのだろう。

 

 しかし、それでも私はそれらを全て受け入れた上で、突き付けなければならないのだ。国のために……理想のために、己の未来を捨ててくれと。

 

 気づけば私は吸い寄せられるように、眠り続けるギネヴィアの、陶磁器のように滑らかな頬に手を添えていた。

 

 「貴女は……それでも貴女は……こんな私を受け入れてくれますか……?」

 

 掠れた声でそこまで告げた次の瞬間。

 

 「え」

 

 ぱちり、と。目が覚めたギネヴィアと目が合っていた。

 

 +++

 

 目が覚めたその瞬間、私は不安げにこちらを覗き込むアーサー王と目が合った。

 

 「え」

 

 一瞬、お互いがお互いを魅入ってしまってから、ハッと気づいたアーサー王が慌てたように私から距離を取る。むくりと上半身を起こした私は……とりあえずアーサー王がまだ裸のままであることに気付いたので、とりあえず服を着るよう促す。一国の主が風邪でも引いたら大変だろう。っていうか、それ以前にその恰好は私からしてみたらあまりに目に()だっただけなのだが。

 

 「はい……」

 

 か細く頷いたアーサー王は静かに床に散らばった衣服を再び身にまとった。着替え終えた所で部屋には何とも言えない微妙な空気が流れる。

 

 「……」

 「……」

 

 はっきり述べよう。今日出会って初めての相手と婚約するというだけでも異質なことであるのに、その婚約者が性別を偽り、自分と同性であった場合、人はどのような行動を取ればよいのだろうか。とにかく混乱して、思考が停止するのは間違いない。

 

 それでも、私はこの微妙な雰囲気を少しでも和らげたくて、できる限り明るい声でアーサー王に語り掛ける。

 

 「あはは……いきなり気を失ってしまってすみませんでした」

 「いえ……私が悪いのです。いきなりこのような事実を突き付けられれば、誰だって驚いてしまうのは無理もない」

 「……」

 「……」

 

 ダメだ。あまりに突発的な事過ぎて話が続かない。美少女だと思った男の娘が本当に美少女だったという事実は私にとってはウェルカムなことであるはずなのに、それでも動揺が隠し切れない。

 それは私の知るアーサー王伝説におけるアーサー王は男であり、前世の記憶と照らし合わせてもアーサー王が実は女性だったという文献を見たことがなかったからかもしれない。もう当たり前の認識としてアーサー王は男だと、予め意識に刷り込まれていたから、その分ショックが大きいのかもしれない。

 

 「すみません……本来なら、予め、貴女には秘密を告げておくべきだったのでしょう……否、告げておくべきでした」

 

 それでも、いくらショックが大きくても……頭が混乱していても、アーサー王が心の底から私に申し訳ないと思っていることは分かる。それだけ今の彼――否、彼女の顔は罪悪感に歪められていた。

 

 「しかし……それでも、貴方には理由があったのでしょう?」

 

 私は改めてベッドに腰掛け、項垂れるアーサー王の隣に腰掛ける。今度は先ほどよりも距離を詰めてだ。血の気が消え失せるほど握りしめられたその拳をそっと優しく包み込む。

 

 「話してくれませんか? 私に婚約を申し立てた理由を。貴方が、その心の内側に秘めた、その憂いを」

 「!!」

 

 そう告げると、アーサー王はなぜか驚いたように私を見た。あれ、何かおかしなことを言っただろうか?

 きょとんと彼女を見返すと、アーサー王は尚更その表情を戸惑いのものへと変えた。

 

 「貴女は……怒っていないのですか?」

 「え?」

 「取り乱さないのですか? 罵らないのですか? 私は貴女にそれだけのことをしたと言うのに……」

 

 一瞬、アーサー王の言葉の意味がわからなかったが、すぐに思い至る。

 

 そう。普通なら一生を共に添い遂げるはずの相手が実は女性だったと知らされたならば、もっと取り乱していておかしくはないのだ。ヒステリックに喚き散らし、口汚く罵っても、それは何らおかしい反応ではなく、むしろそれが普通の反応なのだ。()()()()()()()()()ならば。

 

 しかし私は普通ではない。五歳の誕生日で前世の記憶を思い出し、三日三晩寝込んだ際に私の中の価値観は大いに変わってしまった。

 だからアーサー王が男ではなく女である事を知って驚きこそすれど、怒りは湧かない。先にも述べたが、相手が女性であるというのは私にとってはウェルカムであるし、前世の記憶の影響がある分、精神的にもある程度、成熟している(つもりだ)。冷静に考えてみれば、彼女は今まで身を粉にして国のために尽くしてきたのであり、そんな彼女が面白半分に同性に婚約を申し込むわけがない。何か必ず訳があるはずなのだ。

 

 そして何より、こんなにも目の前で辛そうに顔を歪める少女の姿を見れば、そんな考えとか何もかも関係なしに、力になってあげたい。そう思ってしまうのはおかしいだろうか? 否、断じてそんなことはないはずだ。

 

 それでもそんな私の心情など知るはずもない彼女からしてみれば、今の私の対応は、温かいと感じるよりは、戸惑いを抱いたのかもしれない。そんな彼女の不安を取り除こうと、私は再度、微笑みかける。

 

 「たしかに驚きもしました。今も混乱していないと……そう言ったら嘘になります」

 

 その言葉にアーサー王の視線がわずかに俯けられるが、それに構わず私は続ける。

 

 「しかし、それ以前に既に私は貴方のパートナーなのです。どんな形であれ、婚約という儀を結んだ以上、妻は夫を支える義務があると、私は思うのです。……それとも、あれですか? 私では貴方のパートナーには相応しくないから、貴方は私に話してくださらないのですか?」

 「そんなこと――ある訳がありません! 貴女は私が想像していた以上に素晴らしい女性(レディー)でした!」

 

 そう勢いよく告げてから、いきなり大きな声を出してしまったのが恥ずかしかったのか、アーサー王は僅かに頬を赤く染めながら、再び顔を俯ける。

 

 「ただ、私は……私にはこんな風に優しくされる権利などないと……そう思って……。……罵られることを……怒鳴られることを覚悟していたというのに、このように優しくされたら私は……どうすればいいのか……」

 「……」

 「どうして……どうして貴女はこんなにも私を想ってくれるのですか?」

 

 申し訳なさそうに顔を歪ませながらも、私の対応にどうすればいいのかわからないようにもじもじするアーサー王の姿がヤバい。真面目に対応しなければならないことはわかっているのだが、顔の筋肉が緩んでくるのが抑えられない。

 

 ここで話を整理すると、正直に言って私は男だと思っていたその段階でアーサー王に惚れていた。まさに一目惚れだ。男性とは思えないその可憐さに心を打たれ、これだったら相手が男性でもいいかなと思ったりもした。そんなアーサー王が女性だと分かった今、私の彼女に対する好感度は上昇することはあれども減少することはありえない。外見だけで物事を判断して内面の事などまるで見ていないかもしれないが……外見で判断することにいったい何の問題があるというのか。私は今日、初めて彼女に出会い……初日でその内面を知ることなど、エスパーでもない限り、できるはずもないのだ。相手の内面というのは長い付き合いを経て理解していくものだと、私はそう思っている。

 

 そんな中で唯一、初対面でも相手のことを判断できる基準が外見であり、私は一目見ただけで彼女が好きになった。私が彼女を想う理由は今はそれで十分だ。

 

 それに元より私は――

 

 「……生まれつき身体が弱く、あまり外の世界に出たことがない私ですが……それでも、貴方の……アーサー・ペンドラゴンという王の噂は絶え間なく耳にしていました。荒れ果てた国を……苦しむ民を救うために日々戦い続ける貴方のことを私はずっと尊敬していたのです。そしてその心は……たとえ貴方が女性だと分かった今でも揺らいだことはありません」

 

 私はずっとアーサー王に憧れていた。王族という同じ立場でありながら、魔力も何も力を持たない私は無力でしかなく、国を……民を、自分の手で守ることができる彼女が羨ましかった。私も城下町にある店の手伝いをしたり、戦争で親がいない子供たちの面倒をみたりと自分のできることをできる限りやってきたつもりだったが、それでもそんなことはたかが知れていたのだ。

 

 だから私は――

 

 「貴方の隣に並び立てると知って、私は嬉しかったのです。こんな私でも誰かの役に立てるのだと――ようやく、私にもできることが見つかったのだと――嬉しくて、嬉しくて……」

 「……」

 

 だからこそ私は――

 

 「あなたが理想のために己の全てを捧げようというのなら……私もその理想に全てを捧げます」

 

 この胸の内に秘めた想いは全て、自分の中に閉じ込めよう。私にとっての普通は、彼女にとっての普通とは限らないのだから。

 

 私が貴方を愛していていも、貴方が私を愛してくれるようになるとは、限らないから――。

 

 「ギネヴィア……」

 

 胸を打たれたかのように、本当にいいのかと私に問いかけるように見つめてくるアーサー王に私は心の内側を読み取られないよう微笑んでから、頷く。

 

 「だから私に、本当の名を教えてくれませんか? アーサーではない、あなた自身の(女性としての)本当の名前を――」

 

 アーサー王は私をじっと見つめて――最後に一瞬だけ、憂いに顔を歪ませた。

 静かにベッドに腰掛ける私の前に片膝を着き、まるで主君に忠誠を誓う騎士のように凛々しく顔を上げた彼女は力強い意志の込められた瞳で私に向けて告げた。

 

 「慈悲深い貴女に最大級の感謝を――。私はアルトリア・ペンドラゴン。今ここに、あなたの想いと、この名にかけて誓います。必ず皆が幸せに暮らせる国を造ることを」

 

 儚き誓いと共に告げられたその名が、彼女の――アーサー・ペンドラゴンの本当の名前だった。

 




 ・主人公は自分の抱く愛情が異質であることを理解しているため、敢えてアルトリアに自分の愛情を告げませんでした。アルトリアは国のために自分と婚約しているのであり、愛しているから結婚したのではないと思ったからです。
 ・簡単に説明するなら、自分が百合OKでも相手も百合OKとは限らないでしょということです。自分の愛情を伝えることで普通の性の価値観を持つであろうアルトリアに迷惑をかけると思った訳です。
 ・前世が男だったくせに思考は乙女チックですね。

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