I will give you all my love.   作:iti

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Otokonoko ha honntou ni otokonoko nanoka?

 男の娘って、いいよな――。

 

 かつて私はそんなことを友人に言われた記憶がある。それが前世の記憶であることは言うまでもないことなのだが、かつて私はどこか悟りを開いたかのように語りかけてくるその友人を冷めた目で見ていた記憶がある。

 

 男の娘(Otokonoko)というのは簡単に説明するならば女装した美少年のことだ。一見すると本当に美少女にしか見えないのだが、少しだけ角ばった身体つき、そのスカートの向こうに隠されたパンツを押し上げるもっこりとした――ってイカン、私も大分、友人に毒されていたんだな。

 

 とにかく、どんな金髪のイケメン――白馬の王子様が出てくるのかと思っていたら、アーサー王とはなんと可愛らしい男の娘であったのだ。

 

 私の至上は金髪緑眼美少女であるのだけど、今ならかつての友人が言っていた気持ちも解かるかもしれない。少なくとも、下手に金髪イケメンの王子様と結婚するくらいなら、こういった可愛らしい男の娘が相手の方が、幾分か気が楽だ。見た目は完全な美少女である分、抵抗が少ないというか。……もちろん、たとえアーサー王が金髪イケメンの王子様だとしても、結婚し、結ばれる覚悟はしていたし、理想を抱く王の貞淑な妻として、民の模範となるようできる限りの務めを果たそうと心の底に誓ってはいたのだが。

 

 それでもイケメンか男の娘かと問われれば、相手は男の娘であることに越したことはなく――いや、女の子であるのが一番の理想なんだけどね――見た目はどストライクなアーサー王に私の心は不甲斐なくキュンキュンとトキメキ――トキメいている間に婚約の儀は終了してしまった。ちなみに婚約のキスは柔らかくて、いい匂いがしたとだけ言っておく。

 

 国の状況が状況なだけに盛大とは言わなくても、それなりの規模の祝賀会が開かれ、祝賀会が終われば言うまでもなく流れは夜の流れに移行する。

 

 「……」

 

 アーサー王の居城、キャメロット。その寝室にて私は大きなキングサイズのベッドの上で正座していた。ちなみにこのキャメロットは本来、あのヴォーティガーンの拠点だったらしい。八割を妖精が作ったのらしいが、詳しいことは解らない。というか、私自身、妖精すら見たことない。魔術のことといい、とことん私は神秘的なモノとは無縁であるらしい。

 

 とそんな宛もない思考を繰り広げているには理由がある。王の妃となったらもちろん跡取りである子を産まなければならないのだが、それは即ちアーサー王の夜伽の相手をしなければならないということだ。

 

 (だからっていきなり過ぎるっしょ!!)

 

 私はベッドの上でダラダラ冷や汗を掻きながら、心の中でそう叫ぶ。私とアーサーは今日初めて出会ったのだ。噂でアーサー王のことを知っていても基本的には初対面で。初対面で婚約すること自体、驚きであるはずなのに、いきなりS○Xするなんて、本当にいきなり過ぎる。心の準備期間というものを切実に要求したい。

 

 「――待たせてすみません」

 「……!!」

 

 寝室に響くのは、空間を引き締めるような厳格さがありながらも可憐な凛とした声。言われるまでもなくアーサー王である。

 解りやすく背中を仰け反らせた私は、いよいよこの時が来たかと、腹を括り、夫であるアーサー王と向き直る。動揺が悟られないよう、穏やかな笑顔を浮かべてだ。……はぁ、前世で童貞を捨てる前にまさか処女を捨てる時がこようとは、夢にも思いませんでした。

 

 「あ、あの、これから寝るん……デス……よネ?」

 

 あれ、おかしいな。今、喋ったのは壊れた機械なのだろうか。膝のガクブルが止まらないんですけど。

 

 「え、あ、そうですが、その前に話をしたいと思いまして……」

 「ハ、ハナシ?」

 

 ハナシって何語だっけ? もしかしてアレか。自分のエクスカリバーはこの可憐な見た目と裏腹にかなり凶悪なものであることを予め伝えておこうという話だろうか。破瓜の痛みってかなり痛いって耳にしたことあるし。って何を言ってるんだ私は。

 

 そんなことを考えている間にアーサー王はベッドに静かに腰を下ろした。ギシッという軋み音が異様なほど耳に響き渡ってくる。

 

 その音に私の頭はさらにパニック状態になろうとしたが――寸でのところで私はベッドに腰掛けたアーサー王が項垂れていることに気付いた。目元にかかる金髪のその向こうに秘められた宝石のような瞳に、憂いが帯びていることにも――。

 

 「……」

 

 何かただ事ではないことを感じ取った私は、ゆっくりと、アーサー王の隣に、少しだけ距離を開けて座る。いくら馬鹿な私でも、それなりに空気は読むほうなのだ。その眼をみれば、目の前の少女――じゃなかった少年が、何か大事なことを自分に伝えようとしていることはなんとなくだがわかる。

 

 しばしの沈黙。私はただアーサー王の言葉を待つ。

 

 「……貴女は、納得しているのですか。此度の婚約に」

 「え?」

 「今日出会って初めての相手と婚約は普通ではない。貴女はそう思わないのですか?」

 「……」

 

 語られた内容は意外な内容だった。……いや、ある意味当然といえば当然の疑問なのだが。

 

 しかし実際どうなのだろうか。確かに婚約の話自体は前々から聞いていても、アーサー王と出会ったのは、今日が初めてだった。前世の記憶から照らし合わせてみても、今日初めて出会った相手と婚約するというのは異常なことなのかもしれない。

 ただ、それでも受け入れなければならないことなのだと私は思うのだ。今のこの時代だって上流階級の間では許嫁や、政略結婚その他諸々いろいろとあるだろう。

 正直、私も男と結婚するのは……それも噂の中でしか聞いたことのない殿方と結婚するには抵抗があったが、それでも結局は民の役に立てるならと婚約を受け入れたし。

 

 そんな一連の私の言葉を静かに聞いていたアーサー王は、その瞳に僅かに憂いを秘めながらも儚げに笑った。

 

 「……貴女は、私と同じなのですね。民のためを想い、理想のために自分の心を殺してまで私との婚約を受け入れてくれた。……本当に、私にはもったいないほどの麗しき女性だ」

 「あ……」

 

 アーサー王のその言葉に不覚にも私の頬が熱くなる。顔を俯け、私はアーサー王に告げる。

 

 「ほ、本当は今日この日、恐くて仕方がなかったのです。自分の受け入れるべき宿命を理解しつつも、私などが貴方に相応しい妻となれるのか。一度も出会ったことのない御方と上手くやっていけるのか不安で……」

 

 何とも情けない話だが、これは事実だ。私の言葉にアーサー王の膝に固められた握りこぶしが僅かに震える。

 

 「けれど、貴方と出会って、その不安が杞憂に過ぎなかったのだということを悟りました。初めて出会った貴方はとても優しくて……美しくて。私は瞬く間に貴方に引き込まれました。……少しふしだらかと思うかも知れないですが、一目見たその瞬間から、私は貴方を支えていきたいと、心の底から思ったのです」

 

 本当に出会って一日で何を言っているのだと思う。現金な奴だと。ただ、事実なのだから仕方ないだろう。

 

 はにかんだ私はそう言ってアーサー王を見る。するとそこには。

 

 「……ッ!」

 

 悲痛なほど顔を歪めたアーサー王の顔があった。一瞬、目が合い、すぐに視線を私から逸らした彼は、今にも泣きそうなほどだった。

 

 「……すみません……私なんかのために……本当にすみません……」

 「え……あ……?」

 

 唐突に謝り始めたアーサー王に、私は戸惑った。なぜ謝るのか。今の話の流れから、アーサー王が何か悪いことをした覚えはない。もしや、好意的に思っているのは私だけで、彼からしてみれば、私は嫌だったとか?

 

 「いえっ! そんなことないです!」

 

 ぼそっと思わず漏れ出たその言葉をアーサー王はすぐに否定した。しかしそうなると尚のことわからない。なぜ貴方がいきなり謝る必要があるのか。

 

 「……」

 

 アーサー王はしばし、涙で潤んだ瞳で私をじっと見つめた後、やがて意を決心したかのようにベッドから立ち上がった。

 何事かと見守る私を余所にアーサー王は――なんと自らの身にまとう寝間着に手を付け始めた。

 

 「なっ、何をしているのですか!? やっぱりそういうのはまだはやっ――」

 「いいから見ていてください!!」

 「ッ!」

 

 アーサー王のいきなりの奇行を慌てて止めようとした私の言葉を、他でもないアーサー王の言葉が途中で遮る。

 その迫力に押された私は思わず押し黙ってしまう。

 

 「……」

 

 シュル、シュルと布の擦れる音のみが寝室に響き渡る。尚も私は自分の顔の前に手をやり、それでも好奇心からその隙間からアーサー王の行動を覗き込んでいた。

 しかし、やがてアーサー王がその身にまとう全てを脱ぎ捨てた時、私はその光景に目を見開いた。

 

 「えっ……」

 

 そんな私にアーサー王は、そのそばかす一つない頬を僅かに赤く染めながらも、しっかりと私の目を捉えて告げる。

 

 「これが……私なのです」

 

 そこには一糸まとわぬ華奢な……少女の身体がそこにあった。

 

 え、待って、これってどういうこと? 男の娘は実は本当に女の子だったっていうこと? ははっ、自分で言っておいて訳が分からないやー。

 

 そうして視界に飛び込むあまりに膨大な情報量に飲み込まれた私は。

 

 「ッ!? ギネヴィア!? しっかりしてください!」

 

 どうやら意識を失ったようだ。

 




 ・前世の友人は男の娘至上主義だったようです。ちなみに主人公は金髪緑目美少女至上主義。
 ・前世において主人公は童貞を捨ててなかった模様です。それでいて魔術を使えないとは不便ですね。
 ・人は直視できない現実と向き合うと意識を失うようです。
 ・アーサー王はやっぱり女の子でした。

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