I will give you all my love. 作:iti
初めて出会った時に決めた。
たとえどんなことが起きようとも、私だけは必ず、貴女の味方でありつづけようって――。
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何の変哲もないただの学生だった私はある時、何の前触れもなくその人生を終えることになった。
死因は私の最後の記憶を辿るなら、おそらく信号無視をしたトラックの衝突なのだろう。
そう。女として――。私は死んだと思った次の瞬間、前世とは違う性別である女性としての生を受けていた。死んだ人間がみな前世の記憶を保持したまま生まれ変わるのかどうかは解らないが――おそらく――いや、きっと、普通のことではないイレギュラーなことなのだろう。
そんな前世の記憶を思い出したのは、五歳の誕生日を迎えた時のことだった。突然の記憶の混流に私は三日三晩うなされ、生死をさ迷った。
熱が治まり、一命を取り留めた私は己の前世の記憶を思い出し、同時にその前世の記憶から、今の自分の立ち位置を知った。
ある程度、読書を親しむ者であるならば一度は読んだことがある――たとえ読んだことがないにせよ、一度くらいは耳にしたことがあるだろう『アーサー王伝説』、もしくは『アーサー王物語』でもいい。かつてのイギリス――ブリテンを治めた伝説の王であるアーサー・ペンドラゴンを中心とする騎士道物語である。……正確に述べるならアーサー王伝説、アーサー王物語も騎士道物語という一大ジャンルのうちの一作品でしかないのだが、ここでは重要なことではないので割愛する。
重要なのは私は、その物語に登場する人物の一人だったということだ。ギネヴィアと聞けば、ピンと来るだろう。
アーサー王の王妃――ギネヴィア。アーサー王という伴侶が居りながら、湖の騎士であり、円卓の中でも最も誉れ高き最高の騎士であるサー・ランスロットとの禁断の恋に落ちた女性。禁断の恋と言うのは要は不倫だが、それが元凶で円卓に亀裂が走り、結果としてブリテンの崩壊に繋がるのである。
何の冗談かと思った。ありえないとも思った。なぜならギネヴィアもアーサー王伝説もあくまでも架空の話であり、実在した話ではなかったはずだからだ。
しかし現実にギネヴィアという女性はここに存在していて。アーサー王も噂に聞いただけだが現に存在しているらしい。無論、アーサー王の愛剣である聖剣エクスカリバーも。よく解らなかったのは魔術の存在や……異民族の侵攻を招いていた卑王――ヴォーティガーンが魔竜であるということだが、魔術に関しては魔女たるモルガンや魔術師のマーリンがいることから当然存在するのだろうし、私自身、アーサー王伝説をしっかりと読み込んだ訳ではないから、詳しいことは解らない。原典ではヴォーティガーンが魔竜だったのかもしれないし、そうではないのかもしれない。とにかく言いたいのは、今、私が生きている現実はありえない『神秘』が平然と実在する世界だということだ。
私はそんな神秘に満ちた世界で、過剰なまでの愛情を注がれて育ってきた。五歳の誕生日に三日三晩寝込んだと言ったが、それが原因で親が過剰なまでに私の心配をするようになってしまったのだ。
だから私は生まれながらにして一度たりとも外の世界を見たことがない。外の世界は危険でいっぱいだと親は頑なに私を外の世界に連れ出そうとはしなかった。精々城の外にある城下町が限度だ。まぁ、自分の愛娘が三日三晩原因不明の高熱で生死をさ迷ったとなればここまで過保護になってしまうのは仕方がないとは思うし、現に外の世界は異民族の侵攻で危険が一杯なのだが。
私に婚約の申し出があったのは、そんな生活が十年以上続いた時のことだった。
世間では卑王であるヴォーティガーンがアーサー王によって討たれ、暗雲の時代に終わりを告げようとしている時のことだ。
正直に言って、私は乗り気ではなかった。
これが前世の記憶を思い出したことの弊害なのかは解らないが、前世の男の時の記憶が影響したのか、私は男に好意を寄せることができなくなっていたのだ。
無論、友情と呼ばれる好意とソレは別モノではあるが……男性に友情という好意を向けることはあっても恋愛としての好意を向けるのは、正直言って苦痛だった。今までの生活で女性としての振る舞いに慣れたし、その事については苦痛ではないが、それでも、男性を異性としてみることができなかったのだ。
国を救うべく戦ってきたアーサー王の事は尊敬する。そんな時代の救世主に婚約を申し立てられたのがとてつもなく名誉なことであることは言うまでもなく解る。
しかしそれでも前世の記憶が正しければ、アーサー王は男なのだ。
そんな私がその婚約の申し出を受けることに決めたのは、民が、国が、理想の王には気高く貞淑な妃が必要だということを、私もまた理解していたからだ。
はっきり言おう。私には何の力もない。
国を守る騎士たちのように剣も振るえなければ、皆を幸せにする魔術も使えない。未来を見通すこともできなければ、何か特別な力を持っているわけでもない。
普通の一般の民と同じく、前世の学生だった頃の自分と同じく、平凡な、ただの人間の
外の世界を見たことがない。あるとしてもせいぜい城下町程度だ――。私はそう言った。でもそんな狭い世界の中でも人々は苦しんでいた。それでも前を向いて必死になって生きようとしていた。ただ温室育ちで、安全な城の中でちやほやされているだけの私にも挨拶をしてくれた。明るい笑顔を向けてくれた――。
ずっと悔しかった。何の力も持たない自分自身が。そんな私が初めて誰かの役に立てる――たとえ婚約者が男だとしても――前世も合わせて人生で初めての相手が男だとしても――それは本望だった。
だから私はその婚約の申し出を受けることにした。一度も見たこともない伝説のアーサー王がいったいどんな人なのか、ちょっとだけ緊張しながら。
ようやく人々の役に立てる事に胸を高鳴らせ――理想の王に相応しい理想の妻を演じようと、心の奥に誓いを立てた。
そうして私が出会った
王としてあまりに厳格でありながらもあまりに可憐で。
凛然とした私と同じ色の双眸はどこか憂いを帯びながらもジッと私を捉えて離さなかった。
「あ……」
思わず頬が熱くなる。
こんなの聞いていない。かのアーサー王がこんなにも小柄だっただなんて。
一見すると少女にしか見えない。こんなにも可愛らしい存在が王であっていいのか。
その姿はまさに私がかつて
とどのつまり私は。
「う……ぁ……あ……」
生まれて初めて出会ったアーサー王に一目惚れした。
・主人公はアーサー王物語を知っていても、Fate/は知りません。
・前世の記憶を思い出した際、高熱を発症。三日三晩生死をさ迷ったため親が過保護に。自分の城の城下町くらいにしか顔を出したことがないため、アーサー王との面識はなかった。
・前世の男の記憶が影響して、性の対象は完全に女になってます。ここまで言えば後はいいたいことはわかるな? (なお男の娘は許容範囲の模様)