結局、俺の今まで貯めるに貯めた貯金は壁、天井、椅子、机の修理費、飯代、ベルの飯代に消えた。
それでも足りなかったので、この店でバイトすることになった。幸いというか何というか、俺はそこそこ料理出来るので、足を引っ張ることはないかもしれない。
……にしても、何故だろう。ここ最近女難が尋常じゃない気がする。
「………はぁ」
「どうかしたかニャ?セクハラの少年」
お店のキャットピープルのアーニャさんが声を掛けてきた。
「や、最近ついてないなぁって……。せっかく貯めてたお金、昨日の晩で全部とかしちゃうし」
「うるせェ、ついてねーのはこっちの方だっての」
隣から声がした。【凶狼】ことベートさんだ。この人も、昨日【ロキ・ファミリア】の方から貸し出された。
「ったく、こっちは全然覚えてねぇってのによ」
「あ、記憶なくすタイプなんですね。良かったじゃないですか」
「あ?何が?」
「………まず間違いなくトラウマ確定でしょうから」
アーニャさんも腕を組んでウンウンと頷いてる。
「まぁ、よくわかんねぇけど……」
「というか、ベートさん記憶なくすタイプならあんま下手に飲まない方が良いですよ。絶対後悔するから」
「あ?何でテメェにンなこと注意されなきゃいけねェんだ?」
「や、本当にマジで。これはほんと冗談抜きっす」
釈然としねぇ……みたいな表情をするベートさん。まぁ、理由もなしにそんな事言われたくないのはわかるが、その理由を言えば本当にこの人死にたくなるだろうからなぁ。
そんな話をしてると、昨日、俺を殺そうと短刀持って追いかけてきたリューさんが店の奥からやって来た。
「三人とも。キチンと仕事をして下さい」
「ああ、すみません」
俺が素直に謝ると、リューさんは目を閉じて言った。
「ああ、すいません。間違えました。二人と一匹、でしたね」
「ちょっ、その一匹って俺の事ですか?俺の事じゃないだろうな?」
「あなたに決まってるでしょう。時間と場所も弁えずに名前も知らない女性に欲情して、スカートの中に頭を突っ込むなんて……」
「「えっ……」」
「ちょっ、違うからね⁉︎二人とも信じないでくださいよ!」
この人、まだ怒ってんのか。
「あれは不可抗力だって言ってんでしょうが!そもそも、ベートさんが俺のこと投げなきゃあんな事にはならなかったんですよ!」
「だから覚えてねえって言ってんだろ!」
「ああ、それとロウガさん。ミアお母さんが呼んでましたよ。ゴミ捨て頼む、と」
「けっ、人を良いように使いやがって……」
「酒なんて飲むからそうなるんですよ」
「ああ⁉︎テメェも一緒に捨てて来てやろうか⁉︎」
「早く行かないと怒られますよ」
「チッ、おいウラカゼ。テメェ後で覚えてろよ」
ベートさんはそう言うと、店の奥に消えて行った。
「ニャー。なんか昨日は大変だったみたいだニャー」
「本当ですよ……。あーあ、しばらくはお金節約しないとなぁ……」
すると、カランコロンと扉の開く音がした。
早速、俺はマニュアル通りの接客をした。
「あ、いらっしゃいませ。申し訳ありません。当店はまだ……」
「あれ、ウラ?何やってるのこんな所で」
ベルだった。直後、俺の拳がマッハでベルの顔面に減り込んだ。
「グハッ⁉︎」
思いっきり殴り飛ばされ、地面に転がるベル。それに俺は追撃した。
「ちょっ、何すん……⁉︎」
「くたばれ食い逃げ野郎ォォォォッッ‼︎‼︎」
飛びかかってストンピングを食らわせようとした。だが、着地のときにベルの足を踏んでしまった。足首を捻って転んだ。
「ギャアアアア‼︎グキッて言った!グキッて言った!」
「な、何やってるの……?」
「何やってるんですか……」
ベルとリューさんの呆れた声がハモった。
リューさんは俺のことなどまるで無視して、ベルを見た。
「失礼しました。すぐにシルとミア母さんを連れてきます」
「は、はい……」
リューさんはそう言うと、店の中へ引き返した。
キョトンとした顔でベルが俺に聞いた。
「ウラ……?こんな所で何してるの?」
「オメーの所為だよバーロー」
「え、ぼ、僕?」
「昨日お前が……!」
「クォラ、クソガキィッ‼︎遊んでないでさっさと働らきなァッ‼︎」
ミアさんの怒声が聞こえ、俺は「は、はいぃ!」と情けない返事と共に、シルさんとミアさんと入れ替わりで店の中に戻った。
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ベルは少しシルさんとミアさんとお話しすると、ダンジョンに向かった。
あの野郎、シルさんに昼飯もらってやがった。リア充爆死しろ、と思ったが、昨日のあいつの分の金はちゃんと払って行ったから許そう。まぁ、そのお金も店への修理費に消えていったんですけどね。
「オラ、男二人!さっさと机退かして雑巾掛けしなぁっ!」
「………チッ、何で俺がこんな事……!」
ミアさんからの命令に、ベートさんは舌打ちしながらも従った。
二人がかりで机を全て端に寄せると、雑巾掛け開始。濡れた雑巾を床に着けて、一気に端から端へ駆け抜ける。
速さはほぼ互角。すると、ベートさんが少し加速し、俺より先に壁際に着いた。で、俺にドヤ顔する。
少し、カチンと来た。
引き返すとき、今度は俺が加速し、先についた。ドヤ顔し返した。
「……………」
「……………」
直後、ズダダダダッ‼︎とものすごい勢いでお互いに走った。最初は互角だったのだが、流石にレベル5といったところか、ドンドンと差をつけられていく。
「ギィヤハハハァッ‼︎テメェそんなもんかウラカゼコラ!」
「レベルが違うんだからそんなもんでしょ!」
「勝負する前から諦めてんのか⁉︎だからテメェら雑魚は……!」
「だからラフプレーで対抗する!」
俺の横を遮るベートさんに脚を出した。見事に躓いて前に転がるベートさん。
「ばっ……!テメッ……!」
「フハハハハハハ‼︎勝てばいいのだよ勝てば!」
「上等だコラァッ‼︎妨害有りでいいんだな⁉︎後悔すんなよ⁉︎」
「いやあんたは無しだろ!レベル差考えろよ!」
「うるせーバーカ!勝てばいいんだろ⁉︎」
「おまっ……!それでも第一級冒険者か!」
「知るかバーカバーカ!」
言いながら掴みかかってくるのを俺は必死に躱す。が、躱しきれるわけがないわけで。
すぐに腹にタックルを食らった。
「フグッ⁉︎」
「ハッハー!捉えたぜオイ!本日はどのような料理になさいますかお客さぁん?」
「おごっ!こ、このっ……!」
ほんとにこいつレベル5か……!半ば呆れ気味にそう思ってると、カランコロンとまたまた店の扉が開く音がした。
「ベート、ちゃんと働いてるー?」
【ロキ・ファミリア】の女性陣だ。【剣姫】のアイズさん、巨乳のティオネさん、無乳のティオナさん、百合のレフィーヤさんの四人である。
四人は俺たちを見るなり固まった。
「チッ、テメェら何しに……!……なんだよ?」
俺も不思議に思ったのだが、すぐに謎は解けた。今の現状は、ベートさんが俺の腰に抱きついてる感じである。
「……ちょっ、ベートさん離れて!」
「ああ⁉︎せっかく捕まえたのに離すわけねぇだろ!」
「今その台詞を言うな!状況考えろ!」
「アア⁉︎状況って……!」
そこでようやくホモホモしい絵面に気付いたようだが、もう遅い。女子勢は全員が全員、引きつった笑みを浮かべている。
「……ああ、うん」
「ベートにそういう趣味、というか性癖があるなら……」
「私達は、別に……」
「ちょっ、待てお前らァッ‼︎これは違っ」
頼みの綱!って感じでアイズさんを見るベートさん。が、そのアイズさんは軽く会釈すると、走り去ってしまった。
「ちょっ、待て!今の会釈なんだ!おいアイズ!アイズー!」
ベートさんも苦労してるのかもしれないなぁ。