ダンジョンから出て、俺とベルはすぐに帰り、ヘスティア様に【ステイタス】を更新してもらった。
今回は俺の耐久がアホみたいに上がることはなかったが、代わりにベルの全値が大きく上がっていた。その事に関して、ヤケにヘスティア様は不機嫌になっていたが、そのままさっさとバイトの打ち上げに行ってしまったので理由を聞くことはできなかった。
で、今は俺達は、ベルがまんまと引っかかった店に向かっている。
「いやー、今日も疲れたね」
「ああ。今日はガッツリ眠れそうだ」
「僕もだよ。でも、この後は久々の外食だからね」
「あー、そういやそうか」
適当に返事をしながら、俺は盾の様子を眺める。その俺を見て、ベルが俺に聞いた。
「……いい盾だよね、それ」
「ん、おお。拾い物だけどね。多分、第一級冒険者が落としたんだろうな」
「あの時、ミノタウロスの一撃も防いでたもんね」
「ああ。でもあれ超痛かった。骨まで響いたからね」
「何処で拾ったの?」
「あー、これは……」
「あ、そこお店」
聞いといて話を遮るな、と思ったが、まぁ遮ってくれないと通り過ぎていたかもしれないしと思い、スルーした。
店の中に入ると、すぐに「ベルさんっ」と隣のアホを呼ぶ声がした。
「……やってきました」
「はい、いらっしゃいませ。……あの、そちらの方が?」
「はい。ウラカゼ・クラスタ。僕の唯一の仲間です」
「こんばんは。シル・フローヴァです。ウラカゼさん」
「えっ、あっ、どうも」
こいつ、よりによって女に騙されたのか。男女に関してどうこう言うつもりはないが、とことん間抜けな奴だな。
「お客様2名はいりまーす!」
シルさんはそう言うと、俺とベルを店内へ案内してくれる。
「では、こちらにどうぞ」
案内されたのはカウンター席。中はそこそこ繁盛していたので、団体というほどの人数ではない客はカウンターに回されるようだ。
すると、女将さん……というよりヤマンバみたいな体型した人が声を掛けてきた。
「あんたらがシルのお客さんかい?ははっ、白髪なのは冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!……黒髪のほうは、何というか、マヌケそうな顔してる」
ほっとけよ、と、俺とベルは間違いなくシンクロしてたよ今。
「何でも、あたし達に悲鳴を上げさせるほど大食漢何だそうじゃないか!じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよ」
「⁉︎」
そんなこと言ったっけ⁉︎みたいな顔でベルはシルさんを見た。そのシルさんは、さっと目を逸らした。
「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか⁉︎僕自身初耳ですよ?」
「……えへへ」
「えへへ、じゃねー⁉︎」
「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」
「絶対に故意じゃないですか⁉︎」
「私、応援してますからっ」
「まずは誤解を解いてよ⁉︎」
はっ、ザマァねぇな。
「自業自得だバーローめ。あんなアホな手口に引っかかるからそうなる」
俺がそうベルに言うと、キョトンとした顔で女将さんが言った。
「何、他人事みたいに言ってるんだい。あんたは大食い選手権に出るほどの大食漢なんだろう?」
「なんで会ったこともない人にまで尾鰭付けてんのあんた⁉︎」
「いえ、それはベルさんが『僕の相棒はたくさん食べますからね』と仰ってたので」
「よーしベル、戦争だ。表出ろ」
「ちょっとあんた、人の店の前で暴れるつもりかい?」
女将さんがすごい形相で俺を睨んできた。いやこれは流石に酷すぎやしませんかね……。
ま、いいか。ベルはあとで殺す。
そんなわけで、お食事開始。幸いというか何というか、俺は一応金だけはあるので、無理しない程度に(主に財布的に)たくさん食べることにした。
ベルはそこまで金があるわけではないので、精々1000ヴァリス使えるか使えないか、と言った所だろう。
とりあえず、酒だけは遠慮しておいて飯を食べてると、シルさんが再びやって来た。
「楽しんでますか?」
「………圧倒されてます」
ベルがほんとに圧倒されてるように答えた。
正直、俺も圧倒されてる。冒険者たちの飲み会的なものは、俺の思ってた倍くらいパッパラパーな感じで、『そぉいやよぉ!この前のキラーアント戦あったろ!あの時俺はキラーアントを八つ裂きにしてやったんだぜ!』『ブァハハハハ!』みたいな感じだった。いや、何一つ面白くねぇからその話。
ベルとシルさんが二人きりで話してる横で、俺はひたすら飯を食ってると、店の扉が開いた。
入って来たのは、ついこの前助けられた『ロキ・ファミリア』。
直後、店内の雰囲気も変わった。それは、俺の隣のベルも例外ではなく、俺の顔面に不意打ちで右ストレートを叩き込んだ【剣姫】の事をジッと眺めていた。
おい、まさかこいつ……。
「お前、あの人に惚れたの?」
「ブフッ!」
俺が言うと、ベルは口に含んでいたものを吹き出した。はい図星。
「ち、ちちち違うよ!何をいきなり……!」
「うんうん、わかったわかった。あの人に一目惚れしたんだな」
「違うってば!怒るよ⁉︎」
「はいはい。激おこ激おこ」
「〜〜〜!ウラ……!」
俺に殴りかかろうとするベルを片手で制しながら俺は【ロキ・ファミリア】のほうに目を傾けた。
【剣姫】だけでなくヒリュテ姉妹に【凶狼】【勇者】【九魔姫】と、第一級冒険者が勢揃いしていた。
その【ロキ・ファミリア】が席に座ると、主神のロキが大声で言った。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ‼︎」
そう言うと、全員が全員、グラスをぶつけ合って一斉に騒ぎ出す。第一級冒険者も、酒が入るとただの人に戻るようだ。
いつまでも眺めてると、目を付けられるかもしれないので、ここから先は耳で観察することにした。何なら、【ロキ・ファミリア】の不祥事を見つけて弱味にしようとしてるまである。
そんな事を思いながら、耳を傾けてると、【凶狼】の大声が聞こえた。
「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」
その言葉に、【剣姫】は「あの話?」と聞き返す。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ⁉︎ほれ、あん時いたトマト野郎の!」
………誰がトマトだよこの野郎。いや、まぁ血で真っ赤になってたかもしれないけど誰がトマト野郎だよこの野郎。
ふと横を見ると、ベルがかなり顔色悪くしていた。あ、マズイなこれ。
「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上っていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけて行った奴!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」
奇跡みてぇって、例えがよくわかんねーよ。上るだったらもっと言いようがあるだろ、例えばほら……メチャクチャシェイクしたコーラを開けた時、みたいな?……やべ、俺のもよく分かんない。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえ冒険者が二匹!」
うん、俺とベルだね。
「抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がってちまって!片方が守らなかったらマジで死んでたぜアレ!」
いや、守ってもおたくの【剣姫】が来ないと死んでました。
………あれ、やべっ。そのままだと俺が【剣姫】にオッパイダイブした事がバレる。
「ふむぅ?それで、その冒険者はどうしたん?助かったん?」
「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
「………」
「それでそいつら、あのくっせー牛の血浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ……!」
良かった。笑いを取るためにそっちに行ったか。
「それにだぜ?その片方の奴は叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
「……くっ」
「アハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー‼︎」
「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」
あっ、この流れはマズイ。ベルの顔色がどんどん悪くなっていくのが見なくても分かる。
「しかしまぁ、久々にあんな情けねえ奴を目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ」
「……あらぁ〜」
「ほんとざまぁねぇよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねえっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」
俺は気が付けば立ち上がっていた。ガタッ、と勢いよく立ち上がったため、周りの視線を集めてしまった。
………さて、どうしよう。喧嘩腰でものを言えば、明らかに酔っ払ってるあの男は突っかかって来るだろうし……。
なるべく、下手に出よう。
俺は、言うセリフを決めると、【ロキ・ファミリア】の方へ歩いて行った。
「あの、すみません」
「ん、何や?」
返事をしたのはロキ様。俺はあくまで【凶狼】に向かって言った。
「あの、先程から少し暴言が過ぎるので、そう言う話は少し周りに気を……」
使って話していただけませんか?と、続けようとしたところで、【凶狼】は俺の言葉を遮った。
「あ?お前あの時のトマト野郎の片割れじゃねぇか」
うわあ……よりにもよって気付かれたよ……。つーか最後まで話聞けよ。
「気を使えってのはこっちの台詞だってんだよ。テメェらみてえな雑魚がいると、俺たち冒険者の品位が下がるってんだよ」
「は?」
思わず素で返してしまった。なんでお前にそこまで言われなきゃなんねぇんだよ。
「や、品位とかそんな話じゃなくてですね、」
「そもそもテメェ、確かアイズの胸にダイブしやがった奴だよなァ?」
直後、ピシッと【ロキ・ファミリア】全員が固まった。
ついでに俺も固まった。
「ちょうどいい、テメェにはあの時の礼を返してなかったな」
「いや返さなくていいです、あの時おたくのお姫様に殴られましたから!ていうか何で今それ言うんですか⁉︎」
「うるせェコラァッ‼︎表出ろ、死なない程度に殺してやる」
「嫌です!というかアレはほんと事故で……!当人同士で解決したじゃないですか!肉体言語だったけど!」
「肉体ぃ⁉︎自分、アイズたんに何したんや!」
うわあ!面倒な神に絡まれた!
「何もしてないです!ていうかむしろ俺が殴られました!」
「ほ、ほんとに揉んだんですか⁉︎アイズさんの胸を⁉︎」
誰だか知らないけど、エルフの女の人が俺に食って掛かる。
「や、だからそれは当事者同士で……」
「そんなごまかした答えは聞いてないです!アイズさん!どんなんですか⁉︎」
その人が【剣姫】を見ると、【剣姫】は顔を赤くして目を逸らした。
「キイイイイ!羨ま……犯罪です!最低です!処刑です!」
「処刑⁉︎そこまで⁉︎」
すると、急に真面目な顔になった【凶狼】が俺に冷たく言い放った。
「ウルセェ。そもそもテメェらみてぇな雑魚はな、俺達第一級冒険者に助けられること自体がおこがましいんだよ」
「は……?」
本気で何言ってるんだろうこの人。アルコールって飲むと頭の中が銀河の彼方になるような成分含まれてたっけ?それとも【凶狼】の『凶』ってクレイジー的な意味なのかな。
そんな事を思ってると、別の声が聞こえた。【九魔姫】からだ。
「ベート。そもそもミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。アイズの胸の件も当人同士で解決したのなら、その少年に謝罪する事はあっても攻め立てられることはない」
「おーおー、流石エルフ様。誇り高いこって。でもよ、こんな救えねえ奴を擁護して何になるってんだ?それはテメェの失敗をテメェで誤魔化すためのただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言って何が悪い」
「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ。それはそうと、ほんとにアイズたんの胸揉んだん?どんなんだったん?」
「あの、申し訳ないですけどあんた黙ってて下さい。話が拗れる。あと超柔らかかったです」
うん、あれはマシュマロかってレベルで柔らかかった。
「アイズはどう思うよ?自分の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」
つーか、俺はあの状況でちゃんと動けてたからね?動けてた結果、死に掛けたわけだけど。
「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ?」
そう言うと、【凶狼】は俺の首根っこをつかんで自分の横に並べさせた。
「このガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
うわあ、この人良くない酔い方してる。というか、これで記憶残るタイプなら間違いなくトラウマだよこれ。
「ベート、君、酔ってるの?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
うわあ……勝つ気満々の顔してる。これで負けたらいい笑い者………、
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「プッ」
思わず吹き出してしまった。直後、周りはシンッとするが、俺は我慢限界。
「プッハハハハ!振られとる!アレだけ自信満々だったのに振られてんじゃん!プッハハハハ!」
それに合わせて【ロキ・ファミリア】も大声で爆笑。今度は【凶狼】がみんなに笑われる番だった。
てかやばい……面白すぎる……。よく見たら周りの冒険者も肩を震わせてんじゃん……!
夢中で爆笑してると、【凶狼】から俺に手が伸びた。俺の頭を掴んで思いっきり投げ付けられた。アマゾネスの方々の中に叩き込まれる。
「テメェ……何様のつもりで俺の事を弄ってんだ?アア?」
「いや、ベート。流石に今のはお前の負けだ」
「ていうか、何すんのよこの駄犬」
「黙れババァ。……そもそもクソガキ、テメェら雑魚がアイズに釣り合うと思ってんのか?」
【九魔姫】と俺の下のアマゾネスの人が言うが、【凶狼】は聞く耳を持たない。
「はっ、そんなことあるわけがねぇ。軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、アイズの隣に立つ資格なんてありはしねえ。雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ」
そう言った直後、ガタンと音がした。慌ててそっちに目を向けると、ベルが椅子を蹴り飛ばして店から出て行っていた。
「⁉︎ ベル……!」
俺は慌てて立ち上がって追いかけようとした。立ち上がるときに、手を地面に着いたのだが、その真下でムニュッと柔らかい感覚。
「ひゃんっ」
「えっ?」
慌てて下を見ると、褐色の柔らかい胸を思いっきり掴んでいた。
「あっ」
「うわっ………」
アマゾネスの胸のない方が、まるでゴキブリを見つけたかのような声を出した。
気が付けば、周りから俺はゴミを見る目で見られていた。
「ちょっと、あんた……何触ってんのよ……!」
ヤバイ!怒り浸透だ!でも、何故だろう……余りに揉み心地が良過ぎて、手が離れない……!
「いつまで触ってんの?」
胸のないほうから冷たい声が聞こえた。
「いや、違うんです!ほんとは離したいんです!でも、手が離れないんだ!………ハッ、さてはあなたの胸は人の手を引きつけるブラックホールが」
「あるわけないでしょうが!何人の胸触っといて人の所為にしようとしてんだァッ‼︎」
両足の揃ったキックを下から腹にモロに喰らい、俺は天井を突き抜けて空中に舞い上がった。
そして、そんな俺を待つのは当然、自由落下のみそのまま落下した。店の天井にもう一つ穴を作って落下。
「えっ」
「うぐヲッ⁉︎」
………死ぬ、死んでしまう。もうこのまま死んだふりをした方がいいかもしれない。そう思ってそのまま力を抜くと、俺の上から「なっ、なっ、なっ……」と声が聞こえた。薄っすら目を開けると、純白のパンツだった。
「何してんですかあなたはァーッ‼︎」
突然の叫び声とともに、顔面に蹴りを入れられ、俺は大きく吹っ飛ばされた。
何があったのかわからないまま、薄っすら目を開けると、スカートを抑えて真っ赤な顔をしたエルフの店員さんが、短刀を構えて俺を睨んでいる。
………もしかして、俺今スカートの中にいた?
「ちょっとあんた、何人の店にいくつも穴開けてんだい」
不機嫌丸出しの声がした。言うまでもなく、女将さんだ。どす黒い怒りのオーラをビンビンに放って、こっちを睨んでいる。
「す、すいません!でも俺お金なら少しは……!」
言いながら立ち上がろうとすると、下から「んんっ」と声がする。
今度はアマゾネスの胸のない方の胸を触っていた。慌てて手を離した。
その女の人は俺をジト目で睨みながら言った。
「………何か言うことは?」
「あなたの胸にブラックホールはありません。素直に謝りま」
また蹴り飛ばされた。