俺は魔人ブウが去った後、わんちゃんと共に荒野をさ迷っていた。今はカプセルもないし……ブウさん、周囲の家はみんなふっとばしてかなり田舎に家を建てていたからなぁ……人里までたどり着くのにどれくらいかかるのか。
しゅわしゅわと白い泡がたっぷりのったビールをジョッキでひげに泡をくっつけながら思いっきり飲み干したいぜ……あの喉越し、想像しただけでゴクリと喉が鳴る。あと、小さい頃のビーデルがあれ好きだったんだ。「真っ白いおひげ~」と言って喜ぶあの子は可愛かったなぁ。ま、今でも当然可愛いんだが。…………今頃ビーデルはどうしているだろうか。無事だといいが。
「きゅ~ん……」
「おお、すまんなぁ。お前も喉が渇いたよなぁ」
仔犬が切ない声で鳴くので、せめてと思いその小さな体を抱き上げた。待ってろよ。人里についたら、お前のドッグフードもたんまり用意してやるからな!
しかし、そんな俺たちに頭上から影が差した。なんだ、もしかして飛行機か!? テレビ局のヘリコプターが迎えに来てくれたのかも! そう思って空を見上げた俺だったが、真ん前に黒い中に浮かぶ赤い瞳があってぱちくりと目を瞬かせた。
「あらっ、サタンちゃんじゃな~い! こんなところでどうしたのん?」
「さ、サタンちゃん!? え、ええと君は誰かね? わ、私のファンか?」
言いながらも、その見覚えありすぎる特徴に水分が足りないはずの体からどっと冷や汗が噴出した。
「まあ、ファンでも間違いじゃないかしら。でもわたしを忘れるなんてひっど~い! 怒っちゃうわよ?」
「ひいいいい!? ま、待ってくれ。えっと……その、もしかして、魔人ブウさんでいらっしゃる……?」
「ピンポンぴんぽ~ん! 大っ正解!」
「そ、その~……しばらく見ないうちに、ずいぶん、その、雰囲気変わったというか、えっと、性別変わってません……?」
「可愛いでしょ?」
「え、可愛いっていうか」
「可愛いでしょ?」
「は、はい! 可愛いです、はい」
可愛いと言うと、魔人ブウは嬉しそうに「でっしょ~!」と満面の笑みを浮かべた。最後に別れた時の……ブウさんを食べた時と打って変わってずいぶん人が変わったように思える。……というか、かなり感情豊かになっているな。しかも胸と尻がぼーんとデカくなって腰がきゅっとくびれて体だけ見ればかなりのナイスバディーだ。な、何故女になっているんだ……!? 可愛いと言わされたが、正直気味が悪い。おえっ。
しかし何故だろう……笑顔が多いのに、あの時より底冷えするような恐ろしさを感じるのは。
ふと、魔人ブウが何かを手にしているのに気づく。
「あ、あの……その手にもってらっしゃるのは?」
「あ、これ? 神様!」
「神様?」
「そうよ。この星の神様」
「う、うう……」
緑の肌をした奇妙な姿のそいつは、苦しそうにうめいた。どうやら生きているようだ。……なんだろう、天下一武道会にいたあいつと、セルゲームで見た奴と似ているな。
「そうだ! サタンちゃんも一緒に来る? 今からねぇ、とっておきの私のお城を作りに行くの! よかったらいっしょに住まわせてあげる」
「へ!?」
「…………何よ、嫌なの? デブのブウはよくて、何で私は駄目なの!?」
急に頭の穴から煙を噴出して怒り始めた魔人ブウに慌てて取り繕う。
「め、めっそうもない! 光栄です!」
そう答えると魔人ブウはニッコリと笑顔になった。な、なんて感情の波が激しいんだ……! ブウさん以上じゃないか!
「そう♪ じゃあ、そのわんちゃんも一緒に行きましょうね」
「ううう~……わんッ」
「こ、これやめろ! ははっ、こいつ、あんまりにも様子が変わられたんで驚いてるんですよ」
わんちゃんは魔人ブウがブウさんを食べてしまった相手だと分かっているのか、小さい体で精いっぱい威嚇していた。だが、そんなことをしたら殺されてしまう! 慌ててその小さな体を抱え込むと、引きつった笑いで誤魔化した。
「…………ふ~ん。まあいいわ。さーて、行きましょうか!」
そう魔人ブウが言ったかと思うと、ふわりと俺の体が浮いた。
「わわっ!?」
「うふふっ、心配しないで。ちゃんと落とさないようにするから」
…………俺はいったい、どうなってしまうんだろう。
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「最悪だわ……」
先ほどまでの出来事を思い出して、思わず頭を抱えた。
あたし、チチさん、ビーデルさん、デンデ、ミスターポポ、ランチさん、ミノシア、ウーロン、プーアル、亀爺さん、牛魔王さん、マーロンちゃん、龍成くん、エシャロットちゃん、怪我した空龍……そしてカリン塔で回収したカリン様、ラディッシュ、ヤジロベー。随分多人数になっちゃったけど、ひん死の空龍を連れて帰って来た餃子はなんとか頑張って全員をテレポーテーションさせてくれたわ。
行き先は占いババの館。空梨の師匠の占いババなら、万が一魔人ブウが空梨の占いを使えたとしても何かしらの方法で誤魔化してくれるんじゃないかって期待を込めて。
そして占いババは期待通りに霊的な力をシャットアウトする結界みたいなものを作ってくれたわ。けど万が一、あいつが……魔人ブウが私たちを探そうと思った時に一般的に知られている占いババ様の館も危険だってことで、場所は移動した。今はあたしンちの別荘の一つに隠れている。そして占いババ様の水晶で魔人ブウを見張ってたんだけど……まさか空梨に続いて悟天くんにトランクス、ピッコロまで吸収されるなんて! 悪夢なら早く覚めてほしい。いったいどうなっちゃうのよ……!
しかも魔人ブウの悪夢はそれで終わらなかったわ。
あいつ、地上に降りてきたと思ったら亡者たちの対処を終えて帰って来たギニューとジース、ナッパ達サイバイマンまで吸収しちゃったのよ! 悪食にもほどがあるわ!!
幸い人造人間で”気”を読まれない18号は隠れてうまく回避したのか、さっきケータイに連絡したら電話にでてくれてほっとしたわ。今はこっちに向かっているみたい。
「界王様から連絡もないからあの世の様子も分からないし……どうしたらいいのかしら」
「あ、あの! 今戦えるのは僕だけだし、僕が何とか……」
怪我が治った空龍がけなげにもそう申し出てくれたけど、嬉しいけどそれは駄目。
「無理しなくていいわ。あいつ、空梨は死んでないって言ったんでしょ? だったら吸収された人たちはきっと魔人ブウの中で生きたまま取り込まれてるのよ。それを分かったうえであんたが攻撃なんて出来ないだろうし……それに、もしあんたまで吸収されちゃったら今度こそ終わりだもの。今ならまだ孫くんに悟飯くん、ベジータ、ラディッツが戻れば空龍と龍成くん、エシャロットちゃんで誰かがスーパーサイヤ人ゴッドになれるわ。けど、一人でも欠けたらアウト」
もう一人パラガスだっけ? 居た気もするけど、会ったことないし不確定要素なのよね。だったら除外。
現状あの世から戻ってこられる人数を合わせてもサイヤ人は七人。一人多いとはいえ、どこで不測の事態がおこるか分からないしね……もし万が一があったら、頼みの綱のゴッドも作れなくなってしまう。
……でもそれもそうだけど、さっき自分で言った内容が最大のネックなのよね。
吸収された他の誰かなら、悪いけど(というかトランクスが居る時点で本当は凄く嫌だけど)ブウごと死んでもドラゴンボールで生き返ることが出来る。でも空梨だけは別。以前空龍の出産のときに聞いた未来の話……それによれば、出産が原因で死んだ空梨を生き返らせることは出来なかったと聞いたわ。どういうわけか魂が世界の何処からも居なくなってしまったんですってね。つまりあの子、一回でも死んじゃえば生き返れないってことなのよ。
「ゴッドが出来ても倒せない……か。本当に頭が痛いわ……」
ナメック星に向かったクリリンくんたちからも連絡が無いし、八方ふさがりよ!
「どうにか吸収された人間を救い出す手立てがあればいいんだけどねぇ……」
「でも吸収っつってもよ。どんな状態で腹の中に入ってるか分からないよなぁ……生きてるってことは原型は保ったまんま保管してるってことか?」
「そう考えるとつくづく変な生き物だよねぇ……。僕たち妖怪なんて可愛いものだよ」
「ちょ、よせよプーアル! 冗談でもあんな化けモンと並べられたくないぜ俺は」
「そうだ! あんたウーロン、ちょっとお菓子に化けて魔人ブウに食べられてきなさいよ! そしたら魔人ブウの体内に侵入できるわ! でもって中がどうなってるか様子見て来てよ。高性能の通信機あげるから!」
「ば、馬鹿言うなよ! 冗談じゃねぇって! お前頭いいんだからもっと他の方法考えろよな!」
ええ~。名案だと思ったんだけどなぁ。
でも、体内に入る……か。これ、結構いい案じゃない? それに、他にいい手立てなんて現状じゃ見つからないし。
そういえば似たような事が前にもあったわね。あの時は確か……巨大化したピッコロの体の中に孫くんが入って、前の神様が封印された瓶を取り戻したんだっけ。
って、そういえばあたし……すっごく昔に体を小さくする機械作らなかったっけ……?
!!
「閃いたーーーー!!」
「うおっ、ぶ、ブルマ。どうしたんじゃいきなり! 年寄りを驚かせんでくれ」
「ミクロバンドよミクロバンド! 使えるか分からないけど、あれを改良して……そうね、いっそ肉眼じゃ見えないくらい小さくなれるようにすれば、魔人ブウに気づかれずに体内に侵入できるわ!」
「ミクロバンド、ですか?」
「そうよ! 体を小さくしてくれる機械よ! ふっふっふ……やっぱりあたしってば天才だわ!」
「! じゃあ、もしかしてそれでお母さんたちを助けられるかもしれないの!?」
「ご、悟天ちゃんもか!?」
「確実とは言えないけど、まったく何の希望も無いよりましね。そうと決まれば都のカプセルコーポレーションに戻って材料を集めて……もう危険なんて言ってられないわね! ちょっと行ってくる! みんなはここで待っててちょうだい」
「だったら僕が護衛についていきます! それくらいさせてください。お願いです!」
「……わかったわ、空龍。でもあんたはちゃんと気を消して、魔人ブウに気づかれないようにすること。いいわね?」
「はい!」
あんまりにも必至だから、きっと断っても諦めないと思って了承した。……この子も目の前でお父さんとお母さんを失ったんだものね。何かしていないときっと気もまぎれないんだわ。
まあ行きは餃子のテレポーテーションで一瞬だし、きっと大丈夫でしょ! ベジータや孫くんが戻って来た時のために、あたしたちでも出来る限りの対策をしとかないとね。
「にいちゃ、行っちゃうの?」
「ち、ちゃんと無事に帰ってくるよね? ね?」
「うん、安心してよ2人とも。今は戦いに行くわけじゃ無いんだ。お前たちはお前たちで、しっかりみんなを守ってるんだよ!」
「「うん!」」
ふふっ、やっぱりお兄ちゃんね。双子の頭を撫でる姿が頼もしいわ。
まったく空梨ったら……私たちを助けるためったって、こんな可愛い子たちを残して何吸収なんてされてんのよ! 無事に帰ってきたらきつ~いお説教してやるんだからね!
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そうしてブルマたちが去った、少し後。
「今戻ったよ」
「! ママだ!」
扉の向こうから聞こえてきた母親の声に、ぱっと表情を明るくしたマーロンが駆けだした。しかし異変に気付いた亀仙人がそれを止めようとする。
「! い、いかん! 行くなマーロン! そいつは18号じゃない……気を感じる!」
「え!?」
誰ともなく驚く声をよそに、母親に早く会いたい一心でマーロンは扉を開けた。開けてしまった。
「はぁ~い。皆さんお揃いで賑やかね。私も混ぜてくれる?」
18号のケータイを手に持ったピンク色の悪魔が、18号の声まねで楽しそうにそう言った。