世界中の人間の頭の中にテレパシーを送るという化け物じみたことをやってのけたバビディという魔導士。そいつはどうやら孫悟空と孫悟飯を探しているらしい。こんな事態にもかかわらず動揺せずコーヒーカップを拭いている店主を見て、私もとりあえず心を落ち着けた。
魔人ブウか……ブロリーこそ最強であり、ブロリーさえいれば宇宙を支配出来ると思っていたころの私が知ったら驚くだろうな。いや、今でも十分驚いているが……宇宙は広い。
しかし、どうするか。
あいつらの事だ。その内ブウを倒すだろうから私に出来る事など無いが、万が一魔人ブウに今住んでいる街を狙われでもしたら困る。
老後の道楽と言いながらも凝り性の店主が一から物件を探し改装を加え、食器や家具も方々を回って納得のいくものを集めてきた。コーヒー豆の仕入れ業者も信頼できる相手を見つけられ、少しずつリピーターも増えてきて店の営業も軌道に乗った……最近では不器用ながら私が手掛けた焼き菓子なども「素朴な味で落ち着く」と人気を集めている。
こうして店主と私とで作り上げた店を壊されたらと考えると、妙なことに殺される事を想像するよりも嫌な気分になった。
……私も地球に来てから変わったものだな。かつては宇宙の支配をもくろんでいたというのに、今はこの小さな店がただただ愛しく、何気ない日々に満足しているのだから。
思えば惑星ベジータ時代は若い頃は戦闘に明け暮れ、ブロリーが産まれてからはみじめに宇宙をさすらいブロリーに振り回される毎日……心休まる時など無かった。コーヒー豆の香りが広がる茶色を基調とした店内で、ジャズという音楽を楽しみながら働く今の生活は私に初めて安寧というものを与えてくれた。サイヤ人としての戦闘本能を上回る心地よさに、私はこの場所に立つために生まれて今まで生きてきたのではないかとすら思っている。
そういえば最近、店主が昔の仲間と集まって楽器を演奏する場に私も参加させてもらった。ピアノ、サックス、アコーディオン、バイオリン、チェロ、フルート……それぞれが好きな楽器を持ち寄って好きに演奏するのだが、不思議と美しく心躍る旋律となる。前から仕事の他に趣味も持った方がいいと言われていたので、私も何か始めてみようか。……と、今はそんなことを考えている場合ではないな。
「店主……一応、避難の準備はしておいた方が良いのでは?」
店が壊されることも困るが、何より店主が危険にさらされるのが嫌だった。この人はブロリーと距離を置いて、人生の目標も失ってしまった私の話を辛抱強く聞いてくれたのだ。戦闘力こそ私と比べるべくもないが、彼にはそんなものでは計れない人としての魅力がある。いったいどれほど救われ、どれほど与えられたことか……。
「来たら来たでその時だ。それにいくら強いっつってもありゃガキじゃねぇか。両方な」
「……魔人と魔導士、両方の事ですかな?」
「ああ。何も知らない世間知らずのガキと知ったかぶって子供のまま大人になっちまったガキ。そんな所だろうよ」
「あれを見てそんな感想を抱くのは貴方だけだと思うが……」
店主は達観しすぎていて時々理解の範疇を超える。魔導士バビディがガキっぽい性格だというのは分かるが……。
しかし、そう考えているうちに再びバビディの声が聞こえた。先ほどは魔人ブウが街の住人を飴に変え食べつくした上で街そのものを破壊するという暴挙に出たが、また人間を菓子に変えるつもりだろうか。そう思い怖いもの見たさで映像を見るために目をつむったが……そこに映った光景に寒気が走った。なんだと!? これは、この街じゃないか! くうっ、こんな嫌な予感ばかりが当たるとは……!
そして気づけば私は店を飛び出し、上空に居た魔人ブウと魔導士バビディの前に飛び出ていた。そして、こう言っていたのだ。
「街を破壊する前に、うちの店の珈琲と菓子を堪能していけ!!」
「ふ~ん、地球にもいいものがあるじゃない。この苦みがいいね。それにしても持て成そうとしてくれるなんて気が利くねぇ。ちょうど喉が渇いてたんだ。知恵遅れの猿ばっかの星だと思ってたけど、ぎゃーぎゃー騒いで逃げるだけじゃなくておべっかつかう頭の回る奴も居るんだ」
「おれ、その黒いの嫌いだ。でもこの甘いケーキは好きだぞ!」
そして何故私は魔導士と魔人を店内に入れてしまったのだろう。だが、何もしなければ問答無用で街ごと破壊され殺されていた。だから多少寿命が延びただけだとしても、これでよかったのだろう。思考停止だと何とでも言うがいい。私が一番私の行動の意味を分かっていないのだ。
「なら、こいつを飲め」
「んー? でもこいつも黒っぽいぞ」
「ホットチョコレートだ。それもとびきり甘いスペシャルのな」
「チョコレート!? 飲む!」
それにしても、店主は落ち着きすぎではないのか。普通に魔人ブウに飲み物を提供している……。
「おお、何だこれ。おれがいつも食べてるチョコと違う! 甘いだけじゃなくて、なんか色々な味がするぞ?」
「数種類のスパイスを加えてある。それと、うちの自慢の珈琲もな。好みでミルクを入れても美味いぞ」
「入れる!」
「じゃあ少し待て。熱々のそいつには、温めたミルクが良く合う」
店主はそう言うと、ミルクパンを取り出し瓶からミルクを注ぐとコンロの火にかけた。
「ボクはコーヒーをおかわり。でも、もっと濃いのが飲みたいな」
「だったらエスプレッソだな。お前チビだが、酒はいける口か」
「んん? チビとは失礼な奴だね! っていうか、酒かい? まあ飲めないことはないけど」
「そうか」
「おい、ミルクまだか? もう待てないぞ。これ以上待たせたら、お前をミルクに変えちゃうからな!」
「もう少しだ。……美味いものを食べたり飲むためには、待つ時間も必要だと知らんのか。そうすると美味いものがもっと美味くなる」
「む、そうなのか?」
「ああ。さて、その前にお前さんにエスプレッソだ。好きにすればいいが、こいつには砂糖を半分くらい入れて一気に飲むのをお勧めする」
「へえ、じゃあやってみようかな……うわ、本当に濃いね! でもその分多めに入れた砂糖の甘さがいい感じ。これは目が覚める……魔術を使う前に飲みたいね。集中力が上がりそうだ」
「あと、酒が飲めるならこれもいってみるか」
「これは?」
「グラッパだ。葡萄の搾りかすから作った蒸留酒で、度数がすこぶる高い。こいつをエスプレッソのカップ下に溶けないまま残った砂糖にそそいで溶かし、飲む。どうする?」
「じゃあちょうだいよ。…………うん、これもなかなか。でも僕はお酒よりコーヒーの方が好きかな」
「そうか。……待たせたな。ミルクだ」
「おお、待ってたぞ!」
「ミルクはミルクパンで、直火で温める。電子レンジじゃいけねぇ。こいつを注いでやると……おい、口を伸ばすな」
「! う、美味い。いいなあこれ! おい、もう一杯よこせ!」
「いいだろう」
「……………………………」
私、する事ないな。というか会話多いな。店主……あなたの事は凄いと思うしそいつらを連れ込んだのは私だが、あんな大虐殺をした奴ら相手に何故そうも普段通りなのか。
あ、呼ばれた。
何、ホットケーキだと? フッ、この私のホットケーキの腕を知らんようだな。美しく均等に焼かれた厚みのあるふわふわフカフカもっちりの生地を積み重ね、熱いうちにこだわりの発酵バターを乗せ溶けたそれを黄金色のソースとする……そこにナイフとフォークをうずめる快楽に酔いしれるがいい。あとバターも美味いが、他のトッピングはサワークリーム(好みでレモンソースを添えて)、エキストラライトのメイプルシロップ、アカシアのはちみつ、季節の果物を使った手作りコンフィチュールと選べるぞ。バターだけだったのを女性客用に最近増やしたのだ。…………何、おかわりだと? しかたがないな。では今度は30段焼いてやろうではないか。
ふ、ふん。これは現実逃避などではない。私はただ、店に招いたからには客として扱わねばならぬという事を思い出しただけだ。決してホットケーキ作りに夢中になる事で現実から目を背けているわけではない。
この後、魔導士バビディと魔人ブウは街を破壊することなく普通に出て行った。どうやら魔人ブウの腹が膨れたから、今回は見逃してやるとのこと。「またコーヒーを飲みに来るよ~」とかいう魔導士の言葉など聞こえなかったが、まあ街を破壊せずにいてくれるなら良しとしよう。
…………とりあえず、店主を尊敬する気持ちが深まった。
重い話の後だからちょっとほのぼのとした閑話を入れようと良かれと思って。
ちなみにこの間にトランクスはドラゴンレーダーを西の都から持ち帰りました。